“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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本日投稿一話目です。


運命加速の誘い

 

 

 ヴェイル地区コンバット・トーナメントで2連覇を成し遂げると、夥しいまでの賛辞、賛美、礼賛が己の名に添付された。

 羅列された文字を馬鹿真面目に思い返すと、なんとも居たたまれない気分になるため思い出す気にならないが、嗚呼もゴテゴテとしていると自分の名前ではないように感じるのだから不思議である。

 

 小島パッチとは比較にもならぬ人口がある首都ヴェイルでは、どこを歩いても人の気配を感じる。故にどこを出歩いてもヨナタンは有名人として持て囃され、同時に距離を置かれていた。

 七歳だった去年と八歳だった今年、最年少で倍の年月を生きたハンター見習い達を薙ぎ倒し、最年少での連覇記録を樹立したのだ。少年の年齢を考えると今後も記録を伸ばす可能性は高い。

 故にヴェイルの市民は少年を褒め称えながらも、理解できない存在として遠ざけた。だってどう考えても才能豊かな10代半ばの少年少女の方が強い。何倍もの歳月を訓練に費やし、体も大人に近づいている彼らが勝つのが普通だ。まだろくに訓練を積んでいないはずの初等訓練校の新入生が、圧倒的に努力量と体格に差がある上級生を倒せるはずがないだろう。

 

 ――ヨナタンはそんな固定観念を打ち壊し、常識的に考えて有り得ない偉業を成し遂げた。

 

 トーナメントはヨナタンによる蹂躙の現場だった。誰も彼もがヨナタンに一切のダメージを与えられなかったのだ。プロハンターや兵士、目の肥えた観客から見ても、完成された技で立ち回っていたのである。ヨナタンが勝利しても当然の帰結としか感じられなかっただろう。

 七歳、八歳の子供が成熟した戦士であるかのように、十六歳の優勝候補達を簡単にあしらう様はまるで現実味のない光景だ。才能がある、天才だ、そんな言葉では片付けられない領域である。

 必然としてヨナタンは、転校先のアカデミーでも孤立していた。()()()()()()()()()()()()()()()()だから、どう接したらいいのか分からない――同年代の少年少女の心境はそんなものだろう。

 天才様なんだからどんな問題もどうってことないだろ? そう僻まれはしても、しかし妬まれはしなかった。どこか別世界の生き物を見ているかのような目は、決して嫉妬を孕まない。憧れはする、尊敬もしよう。だがそれらの感情は、総じて『丁重に天才という名のラベルを貼って他とは区別する』事で生じたものでしかない。友好的で親密な関係を築くには完全無欠に手遅れだ。

 

 だが尤もと言うか。あるいは案の定と言うべきか。ヨナタンは現状を微塵も気に病んでいなかった。極上の肉に集る蝿のような取り巻きはいても、本質的には孤独であるのに痛痒を覚えなかったのだ。

 寧ろ現状には感謝しか無い。

 こうした環境でも物怖じせず接してくる人間は、根っからの善人で衒いのない友好を結べるだろうし、突っかかってくる人間は反骨精神と向上心の高さを示しているようなものだ。

 彼らは雑多な人を篩に掛けてくれているのだと思えば、取り巻きを鬱陶しく感じる事もなかった。……残念ながら身の回りの学友は、漏れなく篩に落とされてしまっているからこそ現状がある訳だが、それはそれである。夢のために本格的に活動を始める前の、ある種のモラトリアムと割り切っているのだ。今はこの退屈を味わいまったりと過ごすのが大吉だと諦めていた。

 

 周囲の喧騒を右から左に聞き流しながら、ヨナタンはぼんやりと虚空を眺めている。

 

 昼休み休憩が間もなく終わろうとしている時の事だ。さぞ難解な事柄に思いを馳せているのだろうと周りからは思われているようだったが、少年は今夜の献立を考えているだけだった。

 何を隠そうヨナタン・ナーハフォルガーの料理は、三ツ星レストランのシェフでさえ弟子入りを熱望しかねない腕前である。自炊経験が云百年とあり、全深淵狩り共通の凝り性が働いた結果、料理の類いも達者になっていたのだ。生まれの良さ故か舌が肥えている事もあり、家を出て以来自分が作った物以外を口にする気になれずにいるのである。

 

(今夜はミストラルの独自料理……いやヴァキュオだったかな? ともかくレパートリーを増やす意味も込めてスーシ、スシー、シースー……うぅん()()だったかな。それを作ってみよう。ナットーもいいね)

 

 チャレンジ精神は専ら料理に向かっているヨナタンだが、彼は知らない。

 スシやナットーを一から作り出すのに、どれだけの手間暇と時間がかかるのかを。ついでにナットーは彼の味覚に嘗てない打撃を与えるであろう事を、今のヨナタンには知る由もなかった。

 作り方を調べる所から始めよう。時間が掛かるようなら、とりあえず昨日の残りであるボルシチで済ませようと決める。ヨナタンは極度の辛党であった、辛さが魅力の料理を作ると、自分以外に食べられる者は母親以外いない。極端に辛いものを好むくせに味覚が正常なままなのは、ヨナタン七不思議の一つと言えなくもないのかもしれなかった。

 

(甘いのはどうも口に合わないんだよね。ワイスが喜ぶから作りはしていたけど……待てよ、ワイスに辛味の良さを教え込――洗の――布教すれば、同志になってくれるかも……? 僕のボルシチは母さんしか喜んでくれないから、やはり嗜好の面でも同志を増やすのは急務だね……)

 

 母親譲りの味覚である。トリシャが赤い調味料を手に取って台所に立とうものなら、父パトリオットは瞬時に気配を消して外食に出掛けていた。その度にトリシャは悲しそうにしていたから、パトリオットの分もヨナタンが平らげる羽目になっていたのも今となっては良い思い出だ。

 

(流石に一年に一度しか帰郷しないのも悪いかな……? 後ろ暗い仕事にも手を出してるシュニー社の件もある。金を稼ぐのは良いけどファウナスのヘイトも稼ぎ過ぎているからね……ホワイト・ファングのテロも激化していくだろうし、父さん達に身辺に気をつけるよう言っておかないといけないな。ジャックハート達をそっちに回そうか? いい加減護衛の仕事もちゃんとさせてあげないとだし……ああ、そうだ。テロの激化は避けられないけど、そこに生じる混乱を利用すれば裏と表の勢力整備も出来るね。アッティラに言って……いや言うまでもないか。(ボク)なら動く、父さん達に危害が及ばないように伝えておけばいいか)

 

 料理と同じだね、とヨナタンは思う。

 灰汁が出たら除かねば、料理の味も落ちるというもの。

 

 今はまだ絶大な権力を誇るアカデミーの学長や軍、議員等は潔癖が過ぎる。染まり過ぎては駄目だが、敢えて汚濁にも手を突っ込み、社会の汚泥であるならず者も管理しなければならない。

 その点で言えばアトラスの将軍アイアンウッドが適任だが、彼の経歴を見るに些か独断専行が激しいし、仲間と歩調を揃えず行動する悪癖がある。自身の価値観を他者に押し付ける独善の気があった。

 彼の性格は目下の人間に慕われ、同僚や上司に疎まれるもの。リーダーシップがあると言えば聞こえは良いが、いたずらに和を乱して混迷を齎しかねないところがある。彼は行動するとなれば凄まじい加速力を生むアクセル足り得るが、今はまだ強力なブレーキ役がいなければならないだろう。そのブレーキ役は――と、脱線に次ぐ脱線をする思考を弄んでいると校内放送が流れた。

 

 自己に埋没していた意識が急浮上する。

 

『二回生のヨナタン・ナーハフォルガーくん、二回生のヨナタン・ナーハフォルガーくん。お客様がお見えです、学長室に向かってください』

 

「………」

 

 それを聞くと、ヨナタンは席を立った。

 

 周りの生徒達が好奇の目を向けてくるが、小指の先ほども注意を払わない。客とは誰だろう。学長室への道すがら考えてみる。個人に心当たりはないが、どんな人物なのかは想像がついていた。

 

 ――訪ねてきたのは十中八九、ヨナタンが深淵狩りだと確信している者だろう。ローマンやニオが来たとは考え辛く、アトラスにある本家やシュニー社の関係者、軍の人が訪ねてくる可能性も皆無だ。

 彼らは事前にアポイントメントをしっかり取るだろうから、お伽噺を現実のものと理解している手合い以外にヨナタンを訪ねてくる事はない。それ以外、例えば新聞記者などのマスコミが取材に来る事はあるが、それに関してもアカデミー側が追い払ってくれているので検討に値しなかった。

 

 お客様はどんな人なのか。考えられるのはまず軍、本家、シュニー社、ワイス、両親は除外して。それ以外でアカデミー側に、ヨナタンを呼び出させる事ができる立場の人間だろう。

 となると候補は絞られる。王国政府の議員か、はたまた()()()()強権を振るえるアカデミーの学長辺りだ。もし学長なら――最も近い位置にあるビーコン・アカデミーのオズピンが有力だろう。

 オズピンの顔は知っている。ローマンが渡してきた、覚えておいた方が良い人物の写真集で見た覚えがあった。

 

(オズピンか、或いは彼の遣いだろうね。……ん? 僕の背景を知っている、こうして接触してくる……そういえば前に、クロウ・ブランウェンが『また会おう』って言ってたな。もしクロウがオズピン勢力に繋がっていたんだとしたら、お客様は彼かもしれないね。まあ見ず知らずの他人の可能性もあるか)

 

 ――ヨナタンの推測は、ほとんど正鵠を射ていた。

 ほぼ情報のない状態から限りなく正答に近い予測を立てたのである。もしサイコメトリーで彼の思考を読み取れる者がいたなら、ヨナタンの思考が段階を飛ばして正答に近づく様に戦慄を覚えるだろう。

 客はヨナタンの背景を知っている。客はオズピンの勢力下にある者で、クロウは確かにオズピンの仲間だ。推測は外れていない。だが何故そのように飛躍した閃きを得られるのか常人には理解できまい。

 

 ヨナタンが学長室前に到着し、扉をノックする。すると中から入り給えと促され扉を開いた。

 

「――おや?」

 

 中にいたのはこのアカデミーの学長と、ビーコン・アカデミーの制服に身を包んだ若い女性だった。ヨナタンはクロウがいない事に眼を細め、学長達に恭しく一礼する。女性は少年を直視していた。

 

「はじめまして、僕はヨナタン・ナーハフォルガーです。貴女が……僕を訪ねてきたお客様ですか?」

「はい。私はビーコン・アカデミー三回生グリンダ・グッドウィッチ。突然の訪問にも関わらず、こうしてご足労頂き恐縮です。呼びつけるような真似をした事を謝罪します。申し訳ありませんでした」

「気にしていないので謝らないでください。ご覧の通り僕は若輩の身です。年長の方にそのように遜られたのでは居たたまれません」

「……若輩? ふふ……諧謔がお上手ですね」

「そうですか? 冗談を言ったつもりはないんですけどね……ところでグッドウィッチさん、本題に入る前に確認させてください。貴女は――」

 

 グリンダと名乗った女生徒は、見たところ二十歳手前といったところだ。今年が最高学年かもしれない。来年にはビーコンアカデミーも卒業してしまうだろう。彼女はショートヘアの金髪に碧眼、硬質な美貌に眼鏡を掛けた美人さんだ。生真面目そうで、少し神経質そうでもある。右足のブーツに取り付けてあるホルスターに馬術用の鞭を収納しているが、それが彼女の武器なのだろう。

 

 彼女は年下のヨナタンにも丁寧な物腰だが、オズピンの関係者なら納得だ。

 

 ヨナタンの実年齢を勘違いしているのだ。かなり年上だと思っているから畏まっている。それは間違っているが、間違っていない。ヨナタン本人も自分を何歳だと言い張れば良いのか解らなかった。

 

「――オズピン学長の遣いではないですか?」

「! ……ええ、どなたかから既にアポイントメントを取られていましたか」

「いいえ。そろそろ来るかなと思っていただけです」

「……なるほど。聞きしに勝る叡智をお持ちのようですね。私は確かに学長の遣いです。よろしければこれを」

 

 ヨナタンの反応が予想外だったのだろう。しかし驚きはしても冷静にグリンダは話を飲み込んだ。無駄に事情を説明する必要がないなら、単刀直入に切り込んでも問題は発生しないと判断したらしい。

 つかつかと歩み寄ってくると、懐から手紙を出して手渡ししてくる。ヨナタンは迷わず受け取った。

 

「これは?」

「中身は存じません。ですがナーハフォルガーさん、貴方から色よい返事を頂ける事を期待している――と、オズピン学長は言っていました」

「ああ……そう。これは学長さんからのアポイントメントなんだね。会って話をしたいわけだ。――分かりました。手紙を読んで不都合がなければ、決して無下にはしないと約束しましょう」

「ありがとうございます」

 

 前向きな返答を受けたグリンダは、微かに相好を緩めて微笑する。

 どうやらヨナタンに対して良好な印象を持ったらしい。なかなかお目にかかれずにいる隔意のない態度にヨナタンも好感を持つ。思えば正しい意味で、友好的に接してくる人は久しぶりだ。

 ローマンは友好的というよりは利害の一致した共犯者だし、ニオの事はよく分からない。グリンダとはここヴェイルで、何気にはじめて友人になれそうな気がしてきた。……気がしただけである。

 

「では、また会えることを期待しています。その時は改めてお話しましょう」

「ええ、()()()を楽しみにしておきます、先輩」

「……フフ。先輩ですか。……失礼。お邪魔しましたルーズベルト学長。私はこれで下がらせていただきます」

 

 事情が分からず、話の流れも早すぎて、同席していたルーズベルト学長は目を白黒させていた。

 グリンダが立ち去るのを見届け、ヨナタンも学長室から出ていく。

 一応、失礼しますとだけ声を掛けるのは忘れない。

 

 廊下を歩く。

 ヨナタンは受け取った手紙を指先で弄びながら、不意に苦笑を溢した。

 

(どうしてこう、アナログな手を使うんだか……オズピンは懐古主義者なのかな? それとも僕がアナログな手を好んでるのを知っていたとか? 僕がご先祖様達の影響を受けているのを知っている……いや、僕がご先祖様と同一人物だと仮定してみた場合、アナログの方が好感触を掴めると思ったのかもしれないね。学生を遣いに出してきたのは……単に彼女が優秀で、オズピンに自分の側に引き込んでもいいと思われるぐらいに信頼できるからだろう。体捌きは平凡だったし……センブランスが強力で、それを使いこなすタイプの女狩人(ハントレス)なのかもしれない)

 

 ともあれ、やっと面白くなりそうだ。ヨナタンは鼻歌を歌いながらスクロールを取り出し、ニオにメールする。毎度の事ながらローマンと直接連絡を取り合わず、ニオを間に挟むのも難儀だ。

 

 メールの内容は、『遊びに行くヨ!』だ。

 

 なんともいじらしく、子供らしいメッセージである。

 

 

 

 

 

 

 

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