『本来ならこちらから出向き、挨拶に伺うのが筋だろう。もし不快にさせてしまっていたのなら申し訳なく思う。そして唐突な事であったのに、こうして手紙を開いてくれた事に感謝しよう。
遣いに出したグリンダから聞かされているだろうが、私の名はオズピンという。ビーコン・アカデミーの学長であり、平和を愛する多くのハンターの一人だ。私のような立場の者が如何に輝かしい功績を挙げているとはいえ、一学生でしかない君に個人的なコンタクトを取ったのには勿論理由がある。
もしよければ明日の午前11時に、私のいるアカデミーの学長室に来てくれないだろうか? ここでなら他人の目を気にする必要はないだろう。腹を割って話せば、きっと我々は素晴らしい友人になれると確信している。都合が合わない、もしくはなんらかの事情があって私に会う気がないと言うなら、今回の話は忘れて欲しい。願わくばハンターという職業を作り上げた同志の一人として、君と会う機会に恵まれる事を祈る。――
(オズピンなのかオットーなのかハッキリしてくれない?)
手紙を読んだヨナタンはそう思った。
しかし後援者オットー、ジュリアス。この2つの名には覚えがある。
ジュリアスとは現在テュルク・アッティラの名で暗躍している、約八十年前の大戦期の英雄だ。
彼より一つ前の深淵狩りが遺した活動母体を下地に、アカデミー制度の成立に尽力したハンターの祖の一人と言えば分かり易いかもしれない。
そしてその後援者にオットーという名の
(つまり、オズピン=元ヴェイル国王だと言いたいのか? ハッ……)
堪らず失笑を溢した。常識的に考えれば有り得ない。
そう思いながら手紙をニオに渡すと、彼女もまた目を丸くして、次いで嘲笑を浮かべた。何を世迷言を垂れるのかと思っているのかもしれない。攻撃的な性が透けて見える笑みだ。
所は元マフィアのボスの――現在はヨナタンの住処である広大な館、時分は夜である。メールを見て訪ねてきたニオを饗しているところだ。ニオは手紙を懐に仕舞いヨナタンを見遣る。
「どうやらオズピンは僕と
「………」
冗談めかして言うと、ニオは肩を竦める。
優雅に紅茶を嗜む姿は一端のレディのものだが、これで一応は同年代なのだから年不相応だ。
ニオの境遇では子供のままで居られず、大人にならざるを得なかったのだろう。ヨナタンのような特殊な事情もなく、こうも落ち着いているのは嘆かわしい事なのかもしれないが、ヨナタンにとっては付き合いやすい少女だった。姦しい少年少女に囲まれて生活を送っていると、こうした物静かな雰囲気は貴重なものに感じられる。特に、話していて考えを整理しやすい。もしかするとこのニオの佇まいも、ローマンに気に入られている由縁なのかもしれなかった。
「僕との共通項をでっち上げて共感でも持たせたいのか、はたまた本当の話でオズピンも特異な身の上なのか……どちらにせよ興味を引かれるね。仮に真実でも、出任せでも、向こうが取り入ろうとしてくる分には好都合だ。アカデミーの学長の立場は非常に権威があるし、利用する分には――ん?」
「………」
「……そうだね。取り入ろうとしてるんじゃなくて取り込もうとしていると見るのが普通か。目的は今のところ不明。コンタクトの方法からして、秘密裏に関係を結びたいけど、露見してもどうとでも誤魔化せると踏んでいる。下手に噂が広まっても、僕に飛び級を勧めたとでも言い張るつもりなんだろう。僕に取り入る意義はないし、取り込もうとしている場合、彼らになんのメリットがある? ……なんだっていい、少なくともこちらにデメリットはない。相手の懐に飛び込んで探りを入れる分には問題ないね。向こうは僕をジュリアスと呼んだんだし、彼のように振る舞って見せれば好感触を掴めるかもしれないな」
言葉を発しないニオだが、時折り物音を立てて思考にノイズを入れてくる。それは思索の邪魔をしているのではなく、思考している相手に諫言しているのだ。ヨナタンはニオがソーサーにカップを置く仕草を見て些細な思い違いを修正し、声に出して今後の対応策に肉付けをしていく。
利発であり、聡明な少女だ。今はローマンに乗り物の操縦技術を仕込まれている最中らしいが、ゆくゆくは万能なスパイにでも仕立て上げようとしているのかもしれない。意志の疎通には難儀するが、なんだかんだでヨナタンもこの少女の事を気に入っていた。細やかながらも贈り物をしたい。友好の証に。
「ニオはご飯はもう食べたかい? まだ? よかった。それじゃあ僕の夜食に付き合ってほしいな」
「………」
「心配しなくても味は保証するよ。ちょっと待っててね――」
眉を落とすニオに笑いかけ、ヨナタンは特製のボルシチを用意する。
数分後、テーブルの上に置かれたのは真っ赤なボルシチ。ニオは困惑してヨナタンの顔を見た。
赤すぎる。臭いからして全力で辛さを訴え、覗き込んだニオが刺激にやられて目を潤ませた。
「……!」
無言で皿を突っ返すニオに、ヨナタンは苦笑した。やはり駄目か、と。やむなく引き下がり、代わりにフレンチトーストを持ち出した。アカデミーからの帰宅後、ニオが来るまでに用意していたものだ。
スシやナットーを作るのは、また別の機会に挑戦しようと思っているので、その時こそ食事を楽しんでもらいたいものである。
「ニオ」
「……?」
「もしよければなんだけど、暇があったら訓練を見てあげようか? 君は才能があるし、ローマンは優れた師なんだろうけど、別の教官がいてもいいと思うんだ。嫌だったら断ってくれていい。どうかな?」
「………」
「……?」
「………」
「………あ、うん。それじゃあ、よろしく」
暫く考え込んでいたニオだったが、やがて微笑を浮かべる。それが了承のサインだと気づくのに一拍の間を要したが、ヨナタンは少しだけ嬉しくなった。友人と言うには歪だが、仲良くなれた気がしたのだ。
ほんの少しだけ、距離が近づいた。孤独に辛さは感じずとも、それとは関係なく友人を欲する気持ちはある。一方的で独りよがりな関係ではなく、本当の友達というものになりたいなと思った。
もちろんニオだけでなく、ローマンとも。打算で結んだ関係だが、どうせ長く付き合うなら親しくないたいと思うのが人情だろう。淡々とビジネスライクに接するのも悪くないが、それでも。
ところでニオは、外見上は同い年に見えるヨナタンから指導されるのに抵抗はないのだろうか? ふとそんな事が気に掛かって問い掛けてみると、ニオは意味深な笑みを浮かべるだけで意思表示しなかった。
つまり、まあ……そういう事なのだろう。
† † † † † † † †
名高いビーコン・アカデミーの敷地を通っていると、在校生から盛んに物珍しげな目を向けられる。
面白くはないが慣れたものだ。今更機嫌の良し悪しを表に出すような幼稚さなど持ち合わせておらず、無難に手を振ったり愛想を振りまきながら学長室に向かった。案内はなかったが別段不親切だとは思わない。
約束の11時ピッタリに学長室に着き、ドアをノックする。時間に五月蝿く早すぎたり遅すぎたりするのを嫌うのが【ジュリアス】だ。彼の個性に合わせて来訪したわけである。
「どうぞ」
声を掛けられ、入室した。
学長室の窓際は、壁面のほぼ全体がガラス張りで、外の景色を一望できるようになっていた。そしてキャンパス内に設置されているクロス・コンチネンタル・トランスミット・タワー……【CCTタワー】の姿も確認できる。
CCTタワーとは、アトラス王国の開発した大陸間通信システムだ。この
屹立する機械の塔は、絶対不可侵の防衛対象である。王国内のネットワークと、タワーのシステムは繋がっており、スクロールなどの端末からでも他の大陸の情報を入手可能だ。小規模な中継塔も幾つか建造されているが、グリムの脅威に晒され続けているため警戒を強いられているのが現状である。
ある意味で、各王国の心臓部と言える。なんせ各王国に一つずつ、計4つあるCCTタワーの内、いずれか一つだけでも停止するとレムナント全体のネットワークが機能しなくなってしまう危険性があるのだ。
反社会勢力が破壊を狙う危険が付き纏う以上、CCTタワーの防衛の為にトップクラスのハンターが複数名張り付いておかねばならない。
学長室に入ると、椅子に腰掛けていた男性がすぐに立ち上がった。彼一人の姿しか確認できない。白髪だが染めている印象はなく、眉が黒い事もあり、加齢によって自然と白髪になったのだろう。見た目は若々しいが年配なのかもしれない。彼がオズピン――黒いレンズの眼鏡が特徴的で、一目見たら忘れられない存在感がある。
「やあ。この出会いを心待ちにしていたよ、ジュリアス」
友好的な笑みとともに手を差し出される。握手を求めているのだろう。
ヨナタンは胡散臭いものを見た気分になりつつも、それを隠して応じる。
見た目はまさに大人と子供で、握った手のサイズ差は如何ともし難い。
「――ハ。わざわざ
ジュリアスの役を演じながら返答する。
そして手を振り解くと露骨に眦を吊り上げ、オズピンを睨んだ。
「それと、今の俺の名はヨナタンだ。学長様ともあろう御方が、人の名を間違えるものじゃあない」
「ああ、失礼した。長年友好の握手を求めていたものだから、それが叶って興奮してしまったようだ。ジュリアスと呼ぶなという事は、やはり個体名に思い入れはないのかな?」
「好きに勘繰ると良い。名は幾万通りもある。どうとでも呼んでいいが、当代の名は尊重して然るべきだと思うだけの事だ。仮にも人の子として生まれ落ちているのだからな」
居丈高な自信家。かつ合理主義者。
子供の姿で演じているのに、傍から見て演技のようには見えない。極めて自然体のままだ。
何故なら演じてはいても、モデルは別の自分だ。過去の己を思い出しながら振る舞うのと同じで、ちぐはぐに感じられるものはない。ヨナタンはこうしてジュリアスを演じながら思う。
偉そうにするならジュリアス役がいいね、と。
少年の言に一理あると頷いたオズピンが、ヨナタンを歓待用のソファーに招く。ドスンと音を立てて座り込んだヨナタンだが、それにオズピンは気分を害したりはせず寧ろ可笑しそうに頬を緩めた。
「ふ……話に聞くばかりだったが、ジュリアスらしい態度だ」
「………」
「おっと今はヨナタンだったね。――さて、急な招待に応じてくれて感謝しよう。
「ああ。だが腹を割って話そうと言ったのはそちらだ。アンタは迂遠な言い回しで伝えてきたが、アンタが
俯瞰して見るにお前何様だよと自分にツッコミたくなる。相手の誤認に付け込んで、対等どころか上から目線で話しているが、本来はヨナタンの方がはっきりと敬意を示さねばならない相手だ。
その事に若干の後ろめたさを感じないでもないが、今は脳の片隅に追いやっておく。オズピンはヨナタンの正体は知っているようだが、彼の知るジュリアスという自我はヨナタンには含まれない。厳密には同一人物なのだからややこしい事この上ないが……沈黙は金という事にしておこう。嘘は吐いていないのだから。
そんな事より、ヨナタンは期待していた。彼は自らが転生者である事を臭わせてきたが、証拠はない。しかしオズピンは下らない嘘を餌にして呼び出すような人間には見えなかった。
少なくとも彼自身は自分を転生者であると思っているはずで、そうであるなら、仮にもアカデミーの学長ともあろう男が証明材料を用意していないとは思えない。それにこそ興味がある。
オズピンはヨナタンの要求に、さもあろうと頷いた。
「君の背中には獣の手型のような痣があるんだったね。そしてそれが深淵狩りに共通する徴であり、証であると。これ以上無く分かり易い特徴だ。が、残念な事に私は見た目で解る特徴を有していない」
「ああ、それで?」
「【痣】を見せてくれないか。その後に私も証拠を見せよう」
「……まあ、いいだろう。だが人払いは万全だろうな? 他人に目撃されたら酷い絵面だ、ゴシップが飛び交う羽目になる。あのビーコン・アカデミーの学長が、いたいけな少年を裸に剥いている、とな」
「それは酷いな。誰にも見られるわけにはいかない」
ヨナタンの揶揄にオズピンはくすりと笑う。しかし動きがないのは、人払いはしてあるという事だろう。嘆息して上着を脱ぎ、肌着も脱ぐ。そしてソファから立ち上がってオズピンに背を向けた。
少年の背中には、獣の手型のような【痣】がある。オズピンはそれを間近で目にしながら囁いた。
いや、うめき声に近い。
「……成る程、本物だ。見る者が見れば解る。これは入れ墨等ではない。人工的に造れはしない徴だ。途方もなく膨大なオーラが、ここではない何処かにあり、君の肉体に流れ込んでいるのを感じられる」
「まじまじと見るな。照れるじゃないか」
「すまない。ただ羨ましくてね。私にも見て解るような徴があればよかったのだが。……失礼して、痣に触れてもいいかな?」
「……俺にその気はない。妙な真似をしたら叫ぶからな。年頃の女の子みたいにあられもない悲鳴を上げて外に逃げてやる。社会的に殺してやるから覚悟して触れよ」
「……地味に恐い脅しはやめてくれ。君の言う妙な真似はしない、約束する。私は単に君が信じてくれるであろう証拠を、嘘偽りのない形で見せようとしているだけだとも」
ならいい――と、背中に触れる許可を出すと、オズピンが痣に触れてきた。
何をするつもりなのか、様子見する。無いとは思うが、隙を見て薬物を注入してきたり、精神干渉系のセンブランスで支配して来ようとしたら、即座に弾き飛ばして逃げ出す用意はしておく。
戦闘は無しだ。場所が悪すぎる。下手に怪我をさせようものなら罪に問われるかもしれない。仕切り直して後日報復するしかなかった。――ヨナタンがそんな具合に警戒しているのを知ってか知らずか、オズピンは躊躇う素振りもなく言った。
「それでは、
「? 何を……、……ッ!?」
瞬間だった。
何か得体の知れないものがヨナタンの中に流れ込む。
咄嗟に弾こうとして、しかしそれには及ばないと【天啓】が発動する。抵抗せず、受け入れろ、と。訳が分からぬ儘、しかしヨナタンは瞬時の判断で齎された超直感に従った。すると視界が暗転する。
――見えたのは、古代を生きた一人の男の生涯だった。
後編に続く。
【ニオ・ポリタン】
原作だと多分、ミストラル王国のヘイブン・アカデミーの出身?
本作だとヴェイルから入学先のアカデミーとしてヘイブン・アカデミーには籍だけを置いている。