“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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本日投稿四話目です。


アビスウォーカーの槍

 

 

 オズピンは気を遣ってくれたのだろうが、無用な気遣いだ。

 ヨナタンの名は伏せよう。

 だが今後の動きを考慮してクレバーに判断し、彼はナーハフォルガーの名を使う事にした。

 

 有事の際にまで個人の好悪を持ち出し、利用できるものを利用しないのはナンセンスだろう。

 何より人命が掛かった事件が起こっていて、それを丁重に利用させて頂こうというのに、一身上の都合で出し惜しみをするようでは、ヨナタンは胸を張ってワイス・シュニーの兄だと自認できなくなる。

 ご利用は計画的に。如かれど個人的な企みに無関係の人を巻き込んで、命を落とさせては片手落ちだ。利用するからには骨の髄まで、巻き込むからにはアフターケアも万全に。片方が得をして片方が損をしたり、両方揃って仲良く損をするよりも、互いに得をするwin-winな結果こそが大正義だろう。

 

 すぐさまアトラス軍の将軍、アイアンウッドに連絡し、彼に自分がオズピンの同志になった事を伝える。そして今回の件で自分も出る事を伝えると、早口に己の思惑も併せて利を説いた。

 

 それにアイアンウッドは即断で是と返答する。国益と共にオズピン勢力の利にもなると瞬時に理解したのだ。アイアンウッドという男は武辺者の軍人であるが、多少の政略も解さねば到底一国の将軍足り得る事はできない。理解してから決断するまでの早さが、彼の頭脳が一級品である証拠になっている。

 彼はアトラス政府に働きかける事を内約してくれた。心配する必要はない。次いでシュニー社のジャックにも連絡する。彼とは直通の回線があり、ヨナタンからの通信にジャックは直接応じると、アイアンウッドにしたのと同じ話を伝える。するとシュニー社も参入する事を確約してくれた。現時点では口約束に過ぎないが、彼は利となる約束を破る人間ではなかった。

 

 ――これでアトラス軍、政府、シュニー社はミストラル政府にも話を通す。同盟国の上層部と市井、両面から圧力が掛かっては頷くしかなくなるだろう。如何にミストラルが文化大国でも、同盟国であるアトラス、世界最大のダスト製造会社であるシュニー社を軽んじる事はできまい。

 併せてナーハフォルガー本家にも連絡して彼らに()()()。久方ぶりに戦闘に出る、と。その支援として自らを運ぶ()()を与えた。深淵狩りを神聖視する本家だ、偉大な祖としての行動に否の返事は有り得ない。

 

 その後、僅かに空いた時間を使ってローマンにも連絡した。

 

『――という事で、ミストラルに出張する事になったよ。時間がないから端的に言うけど、この開拓地には壊滅して貰って、ミストラルが放棄を決定した後にアトラスが再開拓する。開拓民は無傷で一時退去して頂き、入植を望むなら丁重にお迎えしようと思う。後はミストラルとアトラスの共同統治という形に持っていき、代表という事でナーハフォルガー本家の人間を置く手筈だ。シュニー社やオズピン勢力、アトラスやミストラルも噛む勢力になるだろうけど、代表はあくまで僕の意を汲む傀儡だよ。僕らの本拠地として運用するのに最適だと思うけど……どうする?』

 

 一拍の間があった。知能犯の気があり、実際に知力に秀でている男でも、流石に前ふりのない儲け話を呑み込むには時間が必要だったらしい。

 だがローマンが何より秀でているのは、判断の早さだ。状況を理解すればすぐに動き出せる行動力もある。ローマン・トーチウィックはヨナタンからのキラーパスを巧みにいなし、捌いた。

 

『……ハッハー! なんだそれは、数段飛ばしに行くじゃないか! 景気が良いにも程がある! 私の答えは決まっているな。全ブッパだ、その波に乗らない手はないだろう?』

『ああ。ゆくゆくは――』

『ミストラルとアトラスが頑張って発展させていき大都市になる、最初から参入していた企業はどんな弱小でも大手に成り上がれる好機だ。いったいどんなマジックを使ったのかご教示頂きたいものだな、兄弟』

『話が早くて助かるよ、流石ローマンだ。それから……ああ、面白い話もある。プロフェッサー・オズピンと友達になったんだ、彼は親友だよ。彼に秘密で動けば良い具合に夢に近づける』

『ハハハハ! なんとも有り難い()()サマじゃあないか! 友情ごっこで踊らせるつもりとは、とんだ悪党だよ、ヨナは。良い死に方はしないな』

『お生憎さまだ、()()()()()の経験はないから今更だよ。僕らのやる事で、オズピンは嬉しい、僕らも嬉しい、全世界歓喜の善行だ。誰も損をしない、悪党を除いてね。――アッティラにはすぐにでも裏社会、反社会勢力をまとめ上げる巨悪に成り上がってもらわないとだ。面白い獲物が網に掛かるかもしれない。その為にも協力をしないとね』

『あん? ……あぁ、オーケー、オーケーだとも。だがそちらは私に考えがある。任せてもらおうか。ただし後で()()()()も一緒に、全部話してもらうからな?』

『勿論だ。グッドラック、ローマンお兄さん。頼れる兄貴がいて嬉しいよ』

『抜かすな、ヨナ坊や。そっちこそ幸運を、だ。お前の功績は私にとっても美味な物らしいからな』

 

 ――暗躍はイージーモードだ。多くの人脈(パイプ)を持ち、計画を立てれば、後は優秀な人達が勝手に中身を詰めて肉付けをしてくれる。個人の知より全体の集合知の方が勝るのは自明であるとヨナタンは思う。

 建設的かつ合理的に、最短距離を最速で駆け抜け、なおかつ生じる(ひず)みは最小限で。その為にもこんな所で躓いてはいられない。久方ぶりの戦いだ、油断して死にましたじゃ格好悪いにも程がある。

 故に、だ。

 

「――今生初の、全力全開で行くとしよう」

 

 ヨナタン・ナーハフォルガーとしては、初の実戦である。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 装備の最終点検(チェック)

 

 

 

『――状況を説明します。四日前、突如としてCCTタワーの中継塔が倒壊。微弱な電波トラブルを検知したアトラス王国軍の偵察により、グリムの大群がミストラル王国の森林地帯に集結している事が判明しました』

 

 

 

 耳に被せてあるヘッドフォン、通信感度良好。

 外部の音を遮断しておらず、搭乗している飛空艇のエンジン音も聞こえる。

 高速で流れていく景色を尻目に点検を開始。

 

 

 

『ミストラル王国はこれに対し即時軍の出動を決定するも、部隊の編成が遅々として進まず先遣隊としてハンターへ出撃を要請。それと合わせてアトラス、ヴェイル、ヴァキュオにも救援を要請したようで、ヴェイルとヴァキュオはハンターを出動させました。アトラスは軍も合わせて出動した模様です』

 

 

 

 両手の甲から肘までを覆う手甲。両足を防護する靴型の足甲。両足首から膝までを固める脚甲。そのいずれもがアース・ダストを混ぜ込まれ、加工された鋼鉄の防具だ。

 手首の可動域、良し。肘の動作の阻害もない、良し。足首と膝も良し。防具は強度の割に軽い。生身のままでいるかのようなフィット感がある。これらは本家から取り寄せた大人用の防具だが不自由はなかった。

【変身】の特性で自らの肉体を二十歳そこらのものへ変化させているからだ。

 

 

 

『現在ミストラルのハンター先遣隊は、ヴェイル・ヴァキュオのプロハンターと合流。グリムの大群から逸れて行動していた個体や、どこからかグリムの大群に加わろうとやって来た個体を、確認できる範囲では全て撃破したとの事。作戦司令部は数の多いグリムの大群を殲滅するには軍が必須と考え、グリムの侵攻を抑える為に遅滞作戦を立てて実行しました。今の所は効果を挙げているとの事ですが、先程から何度も応援を請う無線が入れられています』

 

 

 

 次に肌に密着するタイツ型のバトル・スーツ。これは古くからの使用法である、ダストの織り込みが行なわれた一品で、オーラの使用に呼応して微かに発光する。それはダストを内蔵した装備の特徴だ。

 防具に余計な機能は不要。徹底的に機能性と防御力を追求した装備である。そしてそのバトル・スーツの上に滑り止め用のグローブを嵌め、簡略化されたプレートアーマーで胴体を守る。多量のダスト弾と各種ダスト結晶・粉末を容れたケース入れとしてベルトを巻いており、これらの装備を固定する金具やベルトにも弛みはない。

 

 

 

「――グリムの内訳は?」

 

『本隊となる大群に人狼型(ベオウルフ)105、熊型(アーサ)121、鳥型(ネヴァーモア)7、蛇型(キング・タイジツ)5、イノシシ型(ボーバタスク)84、スズメバチ型(ランサー)6――そして水妖人馬型(ナックラヴィー)が2……以上』

 

 

 

 ……人間勢力は強くなった。だからだろう、()()()()を大群などと呼べてしまう。

 昔に比べて軟弱になった、とは思わない。寧ろ強くなっているからこそ、より明確にグリムの脅威を認め、この程度でも大群と称しているのだろう。

 正直これぐらいの数なら、時間をかければ()()()()殲滅できる。が、その思いは油断であり慢心だ。()()と聞いて張り詰めていた緊張感が緩んだのを自覚して、改めて気を引き締め直す。

 

 

 

「有象無象ばかりに、大物が8か。まあ……それならなんとかなる」

 

 

 

 気を引き締めても、強気な発言は忘れない。

 これよりも半数の人間の軍の方が、ヨナタンとしてはずっと恐ろしい。

 

 ――防具は良しだ。次に武具をチェックする。

 

 折角肉体年齢を誤魔化しているのだから、わざわざ身元を特定されかねない愛用の短剣は持ち込んでいなかった。代わりに持ってきた武器は三つある。

 

 一つ目が拡散榴弾球。針の形に加工した無数のダストを内蔵した、蜂の巣のように穴だらけの鉄球だ。サイズはメロンほどもある。ヨナタンが発案し設計開発したお気に入りの兵器である。

 開発手段として【改造】を用いたので、開発費用は内蔵したダストと材料になった廃材などの調達料だけだ。財布に優しくグリムに厳しい、大軍殲滅の申し子だと自負している。

 もしも人に対して使用したらミンチになるだろう。

 

 具合良し。

 

 二つ目はシンプルな形状の長槍である。それは鋼鉄製であり、柄には古代語で【われらの(つるぎ)は善き隣人のために】と彫り込まれていた。ナーハフォルガー家に生まれた深淵狩りは、揃ってこの長槍を愛用していたという。穂先は両刃剣のそれで、切っ先は鋭利に尖っていた。

 伝家の宝槍とはいえ、ヨナタンには特に思い入れのない武器だ。自分の物として返還された以上は好きに使わせて貰うつもりであり、本家から恭しく差し出されたそれは既に好みな形に【改造】している。

 

【改造】した二つ目の武具は、長槍改め銃槍(スピアー・ライフル)だ。

 

 槍のグリップの根本にあるトリガーを引くと変形し、スナイパーライフルに変形する。この狙撃銃はアトラス軍の銃器の設計図を参考に、独自のアレンジを加えた代物である。射程は使用する弾丸にもよるが理論上だと最大一km。ヨナタンが狙撃手として用いたなら――この惑星の自転、銃口を向ける方向と角度、銃口のすぐ先で吹く風や天候、雨粒、標的と銃口の間にある距離の影響までを計算して――三km先の標的にも命中させられる。

 

 そして三つ目の兵装は、大型の丸盾だ。今は背中に装着している。

 盾とは武器である。鈍器である。この分厚い丸盾が最も重量があり、狙撃に際してのバイポッドとしても利用できる他、スピアー・ライフルと結合する事で破城鎚(ウォーハンマー)に変形させられる。斬撃や刺突、銃弾の効き目が薄い敵を、文字通り叩き潰すのに用いるのがヨナタンの流儀だ。

 

 

 

『ご武運を。もう間もなく作戦目標地点に到着し――っ!』

 

 

 

 全兵装安全確認完了(フルウエポン・オールグリーン)

 淡々と確認を終えて、お仕事の時間はまだかなと首を巡らせた時だ。

 ナーハフォルガーの名を持つ女オペレーターの、焦った声がヘッドフォン越しに鳴り響く。

 

 

 

我が祖(マイ・アンセスター)、大変です! グリム群が開拓地に襲撃を仕掛けた模様! ハンターの遅滞作戦を突破した強力な個体がいます、このままではクロユリが壊滅してしまい――あ、アトラス軍作戦司令部より任務(ミッション)が更新されました! 【前線のハンターに合流する必要はない、村落に着陸し次第、速やかにグリム群を撃滅せよ】との事!』

 

「――了解。だが着陸する必要はない。飛空艇から飛び降り次第、()も任務を遂行する」

 

『――了解! 開拓民の避難はこちらで主導します。ハッチ・オープン、作戦目標地点上空まで後10秒。……時計合わせ! ……3・2・1・マーク! 任務開始(ミッション・スタート)! コードネーム『アビスウォーカー』降下願います!』

 

 

 

 飛空艇のハッチが上に開く。すると激しい風圧に晒され、少しだけ目を細めたヨナタンは、肉体年齢二十歳そこらの自分の目元を、グリムの甲殻めいた仮面で覆い隠した。

 操縦席の方を一瞥すると、強化ガラス越しにパイロットが親指を立てているのに気づく。彼はナーハフォルガーとは無関係の、アトラス軍の飛空艇パイロットだ。彼に口元を緩めた笑みを返し、飛び降りる。

 

 高度は200メートル。空中に身を投げ出したヨナタンは辺りに視線を走らせて、戦場となる地点を見定める。――森林地帯の中にある開拓地は、周囲に防壁を築いているが街としての機能はまだ有していないらしい。

 開拓民の姿がそこかしこに散見され、防壁を破壊して侵入してきたグリムを目にしてパニックを起こし、逃げ惑っているようだ。そして肝心の開拓村クロユリに侵入したグリムは――四メートルはある馬の体に、逞しい人間の上半身をくっつけたような化け物――ナックラヴィーが2体。黒い大蛇のキング・タイジツが1体。人狼の如きベオウルフが13体。計16。ナックラヴィー達とキング・タイジツはまだ防壁を越えていないが、ベオウルフは既に侵入済み。

 結構な数の討ち漏らしである。ナックラヴィー1体だけで、こんな村など壊滅させられるだろうに、通してはならない個体に突破されるなどハンターの怠慢だろう。……いや、ハンターは仕事はしている。単に数が多すぎるだけで、対処するスピードと手が足りなかったのだ。責められるべきは展開が遅いミストラル王国軍である。

 

 そこまで考えながらヨナタンは早速、腰のベルトに括り付けていた拡散榴弾球を手に取った。

 

「――頭上注意だ。悪いが人命優先でね、畜生如きが人間様を殺めようとしているのは見過ごせない」

 

 嘯きつつオーラを込め、拡散榴弾球を虚空に放る。狙いは雑多なグリム、逃げ惑う開拓民を巻き込まない為にターゲット数を絞り、標的は13体のベオウルフだけにした。

 放られた拡散榴弾球が激しく光る。

 それはダストの光。球体にある無数の穴から、使用者のオーラを受けてダストの膨大なエネルギーが噴射される。針状のダスト結晶が激しく燃え上がり、炎の槍となって地上に降り注いだ。

 ――さながら炎の流星群である。オーラのミサイルが破滅的な破壊力を伴って飛来した。

 

「うっ……わぁァァアァァア! ……あ?」

「ヒィ! ヒッ、ヒヒ、ひぃぃいいっ!? ひ……?」

 

 開拓民の男女がベオウルフに接近され、あわやその豪腕で頚椎をへし折られる寸前。空から落ちてきた炎の槍が、ベオウルフを跡形もなく葬り去る。

 着弾した炎の槍は、外部に一切の熱を漏らさず、ただ標的を貫通して地中深くにまで浸透していった。触れた箇所だけが溶解し、地面は小さな奈落を作って、奈落の表面が硝子の如くに溶けている。

 

 目の前にした死に恐怖して両目を閉じ、手で頭を庇って蹲っていた男女は、いつまで経っても自らを痛みが襲わない事に気づいて我に返った。目を開いて恐る恐る前を見るも、そこにいた筈の化け物は既に()()

 代わりにいたのは、人だ。凄まじい衝撃とともに、空から降ってきた。

 完全装備の長槍を手にした成人男性(ヨナタン)である。

 長槍を地面に突き刺した姿を見て、ハンターだと男女は悟った。みっともなく蹲っていた彼らに、ハンターは優しく手を差し伸べはせず、二人の腕を掴んで無理矢理立たせると鉄壁の声音で言い聞かせた。

 

「立て。目を開け。怖くても最後の瞬間まで諦めずに逃げろ。ここは私が食い止める、さっさと行け。――行けッ!!」

「はっ、はいぃぃ!」

「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

 呆然とした様子の男女を叱りつけると、彼らは一目散に逃げ出した。礼を言われているが無視し、ハンター=ヨナタンは槍を引き抜き廃墟と化したクロユリの町を見渡した。

(――良い具合に壊れているね。後が楽になる)と思うも、言葉にはせず。地面を陥没させて着地していたヨナタンは、クレーターの中心から動き出す。幾つか人間の死体があるが、いずれも頭が潰れていたり、体が上下で泣き別れていたり、腸を食い破られていたりとスプラッタである。救出が間に合わなかった彼らに対し、一瞬だけ瞑目した。

 

(すまない、遅れた。代わりと言ってはなんだが、ここから先は一つも人命を損なわないと約束する)

 

 別に悲しくはないし、罪悪感もない。彼らに対する感傷は皆無だ。

 それでも心の中で謝り約束するのは、ヨナタンなりの誠意である。ハンターや軍人は、彼らの働きによって戦士で在れる。対価として力無き者を守るのが義務であり、その義務を果たせなければ存在意義はない。

 戦士である以上、プロであるとかアマチュアであるとか関係ない。果たすべき責務を、当たり前に遂行するつもりでいた。ただそれだけの話であり、だからこそヨナタンは苛立つ。

 

「チッ……」

 

 舌打ちは、品がない。

 だが個人的にも、このクロユリでの人死にが出るのは不本意である。

 

「彼らは近い将来、僕の庇護下に置かれるかもしれなかった人だぞ……? それをお前は……全く、これだから畜生は嫌いなんだ」

 

 忌々しい。ヨナタンの怒りは普通の感性からズレているが、彼の中では論理的な損害として計上されている。経済的な利益を上げず損害ばかりを出すグリムという存在は、ヨナタンにとって甚だ不快だった。

 ヨナタンを載せて先行していた飛空艇に続き、四隻の飛空艇がクロユリの離れに着陸していく。そこからナーハフォルガー本家の元ハンター達が降り、クロユリの人々に飛空艇へ乗り込むように誘導を始めた。

 だがベオウルフ達が一瞬にして壊滅したのに気づきもせず、多くは未だに混乱して惑っている。その間にもベオウルフの一団に続いてクロユリの防壁を破り、ナックラヴィーやキング・タイジツが襲来してきた。

 その姿を見てさらなる混乱の坩堝に陥る人々。ヨナタンは嘆息して、大きく息を吸い――【ダウンロード】――【ただの大声(ビッグボイス)】――を吐き出す。

 

傾注(黙れ)ッ!」

 

 長槍の石突で地面を叩き砕き、【火の触媒】で電撃を発生させながらの大喝である。全ての喧騒をかき消し、群衆の鼓膜を打撃して、一瞬意識を空白にしてのける音の炸裂弾だ。

 静まり返ったクロユリ全土。全ての人とグリムがヨナタンを見る。それを感じながらヨナタンは指示を出した。

 

「総員、駆け足! 誘導に従い即時飛空艇へ乗り込め! 子供の手は離すな、順番を守れ、指示に従え、さもなくば死ぬぞッ、死にたくなければ――ただちに行動を開始せよッ!」

 

 再度、長槍の石突で地面を叩く。その轟音を合図に、人々はあっという間に統率が取られて飛空艇に向かう。グリムよりもずっと恐ろしい何かに睨まれ、魅入られたかのような集団行動だった。

 これで周りの被害を気にしながら戦う必要はなくなった、とヨナタンは息を吐く。だが――そうは問屋が卸さない。

 

「――ま、待って! 待ってください! うちの子がっ」

「何をしている、こっちに来い、早く!」

「離して! ()()が、ライがいないの! はぐれてしまってたのよ!」

「頼む、ライを……息子を探させてくれ!」

 

「………」

 

 荒ぶる人の親。彼らを抑え込むナーハフォルガー家の私設兵団。

 鋭敏な聴覚はその悲痛な声を聞き取り、ヨナタンは深々と溜息を吐いた。

 

 大方、混乱の中で親と逸れてしまったのだろう。この廃墟のどこかに、ライという名の少年が隠れ潜んでいると思われる。

 先程のヨナタンの声は聞こえたはずだが、ただでさえグリムの襲撃に遭い混乱し、人々のパニックの空気に当てられていた所に、ヨナタンの大声で腰を抜かしてしまっているのかもしれなかった。動こうにも動けない状況という奴だ。あるいは瓦礫の下敷きになったか、廃墟の出入り口を見つけられずにいるか……。

 

「安心してくれていい。その子は私が責任を持って保護する。お前達がいたのでは邪魔だ、さっさと退避する事がその子の生存確率を高めると弁えろ。――連れて行けッ!」

 

 ヨナタンの指示で、我が子を想う親の必死さに躊躇っていた元ハンター達が開拓民を連れて行く。夫婦が必死の形相で抵抗していたが、鍛えた戦士達に抗える訳もなく飛空艇に連れ込まれて空へ飛び立っていった。

 自身に最敬礼して去っていくナーハフォルガー本家の者達。そちらには一瞥もやらず、ヨナタンの殺意に呼応して近づいてくるグリム達を見渡した。

 ヨナタンは空気が淀むほどの殺気を纏っている。それを叩きつけられているグリム達は、怯んでこそいるものの逃げ出す気配はない。アレらにとっても、人間は滅ぼすべき敵なのだ。

 

「フン……【ダウンロード】……【音波探知(ソナー)】」

 

 遠巻きにするばかりで仕掛けてくる様子のないグリムを見据えながら鼻を鳴らした後、足甲でコツンと地面を蹴り叩く。そこから生じたオーラの波が周囲に広がっていき、動く物体の位置を特定した。

 動く物体。呼吸をしているなら、胸は上下する。その程度の動きでも充分であり、ヨナタンは一瞬怪訝な思いを懐いた。反応が二つあったのだ。ともあれ向かって7時の方角に跳躍する。ちょうど家屋の下に隙間があった。子供なら潜り込める程度の隙間だ。

 

 銃槍に丸盾を結合、大槌に変形させた武具を振りかぶり、横薙に一閃すると家屋を吹き飛ばす。

 パラパラと瓦礫と木材の破片が飛び散るも、下に居た子供は無事だ。

 ソナーに反応は二つあったが、案の定そこには二人の子供がいるではないか。

 黒髪の少年と茶髪の少女である。少年の身なりが良い、親が富裕層の人間だからだろう。しかし臆病そうな少女の方は薄汚く、さながら浮浪者の如しだ。

 二人は寄り添っていて、怯えた目でヨナタンを見ている。だがヨナタンは子供達に、わざわざ勇気づけるような事は言わなかった。

 

「位置が悪い、そこにいたんじゃあ巻き込みかねないな」

 

 ハンマーを振って邪魔な家屋の基礎を破壊しながら二人に近づく。

 

「こっちだ。ついて来い」

「ぁ……!」

 

 少女を脇に抱え、少年に指示をするとさっさと開けた場所に連れて行く。

 地面に少女を降ろして、怯えを隠せていない二人にヨナタンは言った。

 

「私は敵じゃない。守ってやるから大人しくしていろ」

「ぅ……守る……?」

「………」

「ハンターの仕事だ、これも」

 

 本当はまだハンターではないが、それは言わぬが華だ。

 ハンマーの連結を解き、丸盾を地面に置く。ドスンと音を立て、半ばまで地面に埋まった盾の後ろに二人を追いやった。

 

「そこにいるんだ。私がいいと言うまで動いてはいけない。親にまた会いたいなら言う事を聞け。分かったな?」

「……は、い」

「………」

 

 一拍の間を置いて、少年が首肯する。少女は黙りを貫いた。

 微かに浮かびかけた苦笑を誤魔化し、改めて向こう側にいるグリムに視線を向ける。

 

「――畜生の分際で『()()』が出来るとはお行儀がいいな。おめでとう、お犬様に一歩近づけたじゃないか」

 

 嘲笑を投げる。グリム――ナックラヴィー二体と、キング・タイジツ一体。後者の方が雑魚だが、ナックラヴィーは中々の大物だ。グリムの中では中の上ぐらいの歯応えはある。

 銃槍の穂先を畜生共に向ける。本当は分かっていた、奴らはヨナタンに気を遣って子供達の救出を見ていたのではない。()()()()()のである。

 肌で感じる、力の差。ヨナタンに挑めば死ぬという予感。しかし根源的な破壊衝動、人間に対する憎悪、それらが若く未熟なグリム達に逃走という選択肢を選ばせない。恐怖と憎しみ、天秤にかけて後者が勝ったからここに残り、死にたくないから仕掛けられずにいたのだ。

 

 グリムの生態は調べ尽くされている。不明な部分はあるが、アレらは魂の力であるオーラを持たない。すなわち魂がない証左であり、しかしながら動物的な本能はあるというチグハグな存在であった。

 半端な姿勢は侮蔑に値する。

 

「どうせ()()()()()なら、動物の本能など持たなければよかったのにな?」

 

 そうしたら、逃げるか戦うかを能動的に選べたはずだ。

 とはいえ仮にアレらが逃げたとしても、ヨナタンには見逃してやる理由はない。逆に駆除する理由なら山のようにある。

 長槍形態の銃槍の柄、狙撃銃形態時に銃身となる部分をスライドしてダスト弾を装填する。そうして穂先をグリム達に向けると、ヨナタンは背筋が凍りつくような残忍な笑みを浮かべ、宣告した。

 

「『灰は灰に。汝は(かお)に汗して食物を食い、終に土に還らん。其は其の中より取られたればなり。汝は塵なれば塵に還るべきなり』――要するにさっさと死ねと言っている。どぅーゆーあんだすたん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【オニユリ】
ミストラル王国の富裕層の一部が、お偉いさん達の色々に疑問を持ち、新天地を夢見て開拓地を作ろうとして開発されていた村。後々に大都市に発展していくことを夢見ていた。
原作に於いては壊滅。放棄されている。

【クロユリ】
上記とほぼ同じ。
ただここには富裕層の一人、リー・レン、アン・レンがいた。
彼らは原作キャラのライ・レンの両親だが、ナックラヴィーやらネヴァーモアやらによって村は壊滅。両親も死亡している。

『ライ・レン』
中華系っぽい技を使う原作キャラ。魅力的なキャラではあるが、その魅力が発揮されるのにちょっと時間がかかるスロースターター(偏見)
なお中国なんてものはこの世界には存在しない。文化的に多様なミストラルで、偶然中華っぽい服とか技とかが生まれたと思われる。 

『ノーラ・ヴァルキリー』
原作キャラ。ノーラ天真爛漫可愛い。主人公チームRWBYの面々にも勝るとも劣らないほど可愛い。めっちゃパワフル。モチーフは雷神トールだとかなんとか。
本作時系列だとライ・レンともどもショタとロリ。


なお本作にはナーハフォルガー家や深淵狩りが存在する為、バタフライエフェクトは普通に起こっている模様。特に深淵狩りがハッスルしてるので、セイラム側はかなり危険視している。
原作だとクロユリ・オニユリには小規模の襲撃しか仕掛けなかったのに、なぜ本作だとこんなにいたのかは現時点では不明という事にしておきたい。


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