“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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水曜投稿とか待てるかぁ!(逆ギレ)
書き上げたら即投稿! それが私のジャスティスだと気づいた!




憧憬の導く末は

 

 

 

 グリムの急襲を知ると、漠然とした不安が重石となって喉に詰まった。

 息苦しさを感じるのは、きっとそのせいだ。

 

 就寝の間際に、突如鳴り響いた警報。

 聞く者の心に漣を立て、強制的に鬼胎を呼び覚ます音は、グリムの来襲を告げるものだ。その事を知らずに居ても、立て続けに推移する状況は少年にも理解を与えた。

 逃げなければならない。ここにいてはいけない――慌てふためく両親に手を引かれて、どこに逃げているのかも分からないまま走った。訳が分からなくても現実は待ってくれないし、両親も何が起こったのか説明する時間を惜しんで兎に角避難していたから、ただただ理解させられているだけだったのだ。

 

 平和な時間が、どれだけ脆いのかを。

 

 外敵が現れただけで崩れ去る平穏。

 そして見知ったおじさんもおばさんも、父も母も、焦りと混乱、恐怖に突き動かされて走る姿に悟る。

 自分達は、常に薄氷の上に日常を築いているに過ぎないのだ、と。

 

 だが理解していても、少年は純粋で、心優しいが故に愚かでもあった。

 

 母に手を引かれて走る中、小さな少女が道の真ん中に蹲り、怯えて動けなくなっているのを見つけてしまった。少年はそれを見て、つい母の手を振り払って助けに行ってしまう。

 母は少年の行動に驚き、慌てて連れ戻そうとした。だが後ろから走ってきていた誰かに接触し転倒してしまう。父が気づいて妻を助け起こしていた間に、彼らは不幸にも少年を見失ってしまった。

 少年は純粋な正義心、親切心に突き動かされただけだ。決して悪し様に責められるべきではない。ただ、間が悪かった。運悪く人狼型グリムのベオウルフが近くにまで来てしまった為、彼は慌てて蹲っていた少女の手を引いて走り、適当な家屋の下にまで逃げただけだ。そのせいで両親を見失ってしまい、途方に暮れる事になっても後の祭り。ベオウルフの数がどんどん増えていき、下手に動けば見つかってしまう事に気づいてしまう。

 

 ――だから、だ。

 

 少年は命の危機を悟り、持って生まれた資質を開花させた。生存本能が少年のオーラを目覚めさせたのである。才豊かな少年が目覚めたセンブランスは、負の感情を沈静化させるもの。負の感情に吸い寄せられるグリムに気配を悟られなくなり、対グリムに対するステルス性に富んだ力だ。

 それは少年の中にあった恐怖や混乱をなくし、少年に触れられていた少女にも伝播して、二人はこの鉄火場にあって冷静さを取り戻した。故に下手に動くべきではないと理解し、その場に居座らざるを得なかった。

 

 だがいつまでここに隠れ潜めば良いのか。この町が壊滅し、グリムがいなくなるまでか? いったいどれだけ待たねばならない? こうしている間にも町の人達に置いて行かれて、両親は自分を探しているだろうからグリムに見つかり取り返しの付かない事になるかもしれない。

 センブランスによって幼さに釣り合わないほど冷静になった為、少年はそこまで考えが及び悩んだ。どうしたらいい? センブランスを――この時はまだその名も知らなかったが――使い続けると、とても疲れる事は体感で悟っている。少女を連れたままグリムの中を突っ切って、両親と合流するのは不可能だろう。では少女を捨てて行けば? ……そんな事を考えた自分を嫌悪する。そんな事はしてはならない、と少年は強く思った。だが、しかし、だけど、でも――少年は悩む。答えが見つからない。このまま無為に時間を浪費する訳にはいかないのに、いったいどうしたらいい?

 

 故に、少年と、少女の転機はここだった。

 

 空から降り注ぐ十三の流星群、悪鬼を討ち滅ぼす炎の槍が降り注いだのはその時の事で。直後、凄まじい轟音と共に何かが地面に激突し、クロユリ全土に鳴り響く大喝が人々の混迷を鎮めてしまったのだ。

 何事だ、と思う間もない。余りの大声に、少年達は咄嗟に耳を塞いで。恐る恐る外の様子を確かめるべく動き出そうとした瞬間、少年達が潜む家屋の間近に誰かがやって来た。

 

 その誰かは容易く家屋を打ち崩しながら少年達を見つけ出し、表通りに連れて行くと所持していた盾を降ろしてその後ろに少年達を隠す。そしてハンターと名乗った仮面の人は、長槍を手に提げた自然体のまま、あの恐ろしく巨大なグリム達に向き直った。

 

 ――少年、ライ・レンはこの時の光景を忘れない。

 

 飛んだのだ。

 馬の体を有し、人型の上半身を持つ、巨大で悍しい化け物が。

 まるで蹴飛ばされた鞠の如く。擬音を付けるなら、ぽーん、という風に。

 

 人形劇の操り人形が、乱暴に振り回されたかのような光景に、ライはぽかんと口を半開きにしてしまう。

 

 何が起こったのか。

 それは、豚の鳴き声のような馬の嘶き。破れかぶれ、無策の神風特攻。

 洗練された防具一式を纏う仮面の戦士が、赤いダスト光を発する脚部を撓らせ、ナックラヴィーという名を有するグリムを迎え撃ち。残像すら生じない超速の脚撃を馬の頭部へ直撃させ、嘘みたいに軽々と、地面から水平に飛翔させたのである。

 

「―――」

 

 唖然とする、間はない。

 自身の真横を通過し、外壁に激突したナックラヴィーAに代わり、ナックラヴィーBが細長い腕をゴムのように伸ばしたのだ。標的は当然仮面のハンターである。溢れ出る強烈な殺意は負の感情、この場の誰よりも負の想念を撒き散らす人間は、グリムからすると誘蛾灯そのものだった。

 

 であれば、その誘蛾灯(ハンター)に惹かれるグリムは羽虫なのだろう。

 

 二本の腕が代わる代わる撓り、伸縮自在な鞭のように乱打してくるのを、長槍を最小の動作のみで操って的確に弾き、弾き、弾く。壮絶な火花が繚乱し、夜の暗がりに咲く戦火となった。

 さながら槍の結界と化した領域へ、グリムが侵入するのを拒むかのように鉄壁を成す戦士。人外の質量、膂力、累積する遠心力、それらを児戯と嘲笑い捌く戦士と、周囲の家屋を薙ぎ払いながら猛攻に徹するナックラヴィーB。その様は、表情はないはずなのに必死のそれであり、打って変わってハンターは余裕を隠そうともしていない。

 有り得ない、認められない、彼我の質量差は小石と大岩のそれであるのに、なぜ小石(ハンター)大岩(グリム)の猛攻を一歩も動かず凌駕して(しのいで)いるのか。あべこべの力関係に逆上したナックラヴィーBの、人体部が有する仮面の角が伸び、禍々しく変貌するや口腔を開けて咆哮した。耳を劈く声量は衝撃波を発し、辺りの砂利が巻き上がる。

 

 ライの隠れるハンターの盾に、小石混じりの砂利が叩きつけられる。

 

 咄嗟に戦闘に魅入られていた少女の肩を掴んで、盾の内側に身を隠した途端だった。

 

 轟く咆哮が、次の瞬間には悲鳴に似た苦悶に変わる。ライと少女が戦場から目を離した瞬間、鼓膜を破らんばかりの音の暴力に対抗して戦士が吶喊したのである。戦士の雄叫びは真正面からナックラヴィーBの音の暴力を突き破り、グリムを怯ませる。弱腰を透かして見るや突撃したハンターが、へっぴり腰のグリムの迎撃を容易く見切り、薙ぎ払ってきた細長い腕を掴むや握り潰した。

 圧倒的握力で腕を粉砕されたナックラヴィーBの悲鳴――それをライ達は聞いたのである。好奇心によるものか、不用心にも盾の影から顔を出すライ達の目に、ハンターがナックラヴィーBを、先に吹き飛ばしていたナックラヴィーA目掛けて投げ放つ光景が飛び込んだ。

 小石が腕力で、大岩を片手で振り回し投げたのだ。凄まじい風圧と共に、振り回されて擲たれたグリムは、きっと何が起こっているのか理解できなかっただろう。傍観者のライ達すら呆気に取られていたのだから。

 

「――――」

 

 仮面の戦士が何事かを囁く。あるいはそれは、死に逝く怪物達への葬送の詩だったかもしれない。

 

 二つの巨体が折り重なる。

 

 上体を弓なりに逸らし、長槍を振りかぶった戦士が二度トリガーを引いた。すると長槍に装填されていたダスト弾が炸裂し、膨大なエネルギーが長槍へ充填される。

 轟――と紅蓮の焔が槍を包む。

 號――と紫電が焔の槍に充電される。

 焔と紫電が融合して、太陽の光の如き神鳴りの槍と化した得物を、ハンターは全力で投擲した。

 一直線に飛翔した槍が、軌道上の大気を摩擦し、刳り、灼熱の余波を生む。それはクロユリのアスファルトの地面を抉り、溶かした。神の怒りを体現したかの如き暴威の直撃を受けた二体のナックラヴィーは、果たして抵抗も儘ならず胸の中心を穿たれ、灼熱の業火で身を灼かれてまたたく間に灰燼へ帰す。

 擲たれた長槍は、グリムを貫くやエネルギーを使い果たしたのか、光を失い外壁の残骸に当たると跳ね返され、勢い余って地面に突き立つ。ハンターは悠然と歩み、残った1体の大蛇……キング・タイジツのすぐ傍を通過した。

 

 キング・タイジツは動かない。(ハンター)に睨まれた(ヘビ)のように、身動き一つ取れない。目の当たりにした力の差と、体を縛る死の恐怖に大蛇は束の間、人間に対する本能的な憎悪すら忘れたのだ。

 金縛りに遭ったまま、凝固する大蛇。戦士はその頭部をグリムの白仮面越しに軽く拳を当て、コツン、と音を鳴らす。すると全くの無抵抗の儘、キング・タイジツの頭部が膨張した。オーラを楔として無拍子で打ち込んだのだ。その拳打の威力は、軽い動作に見えても威力は絶大。キング・タイジツの頭部に次いで胴体から尾へ、連続して膨張し――内側から盛大に爆ぜる。

 

 ハンターは地面に突き立っていた長槍を引き抜くと、不意に半身になった。何気ない動作で空から飛来した無風の羽の矢を躱したのだ。

 

 彼方から鳥型のグリム、ネヴァーモアが襲来している。ハンターはそれを一瞥するとグリップを捻り、露出したスイッチを親指で押して狙撃銃形態へ変形させるや、ろくに狙いも付けずに立ったまま速射した。

 羽を撃ち抜かれたネヴァーモアが墜落する。期せずしてライ達のすぐ後ろに落ちたグリムに、少年たちは慄いた。ネヴァーモアはまだ生きている、体勢を立て直してハンターを威嚇するように翼を広げ――長槍形態に戻した得物を手に、いつの間にかライ達の近くに来ていたハンターが盾に穂先を突き込む。

 

 重い仕掛け音と共に接続され、巨大な戦槌に形態変化した得物を手に、ライ達の目の前からハンターが掻き消える。一瞬の内に距離を詰めたハンターが、ネヴァーモアが羽の矢を放つ前に、その頭部を下から豪快にカチ上げた。

 ネヴァーモアの巨体が宙空に舞う。その一撃で頭蓋が粉砕され大鳥は即死していたが、掌を開いて掲げたハンターは構わず電磁波を投射。照射を受けたグリムの体が空中で燃え上がり、灰となって微塵に散る。

 ひらひらと、燃焼した灰が舞い落ちる様は、歌劇の終幕を告げる桜吹雪を見ているかのようで、ライと少女はこれを戦闘だと思えなかった。これは戦いではない。まるで……そう、まるでお伽噺(ヒーローアクション)。グリムという恐ろしい化け物を蹴散らし、危機から市民を救う活劇だ。

 

「――作戦司令部、こちらアビスウォーカー。クロユリに侵入していたグリムを殲滅した。ミッションの更新を請う。……それから避難の遅れていた二人の子供を保護している。回収の為、人手を回せ。オーバー」

『こちら作戦司令部。了解しました、アビスウォーカーはオニユリで交戦中のアトラス軍に合流してください。道中で子供を回収しますので、それまでの護衛を頼みます』

「了解」

 

 ヘッドフォンに手を当て、通信を行なったハンター・アビスウォーカーがライ達に歩み寄る。そして、へたり込んでいた二人の目線に合わせるように、片膝をついてライ達に言った。

 

「無事だな?」

「ぁ……は、はい……」

「よし。では移動する。付いて来い」

 

 言いながらアビスウォーカーは、ライの腕を掴んで立ち上がらせる。

 そして少女の首根っこを掴むと、有無を言わせずそのまま肩に担いだ。

 少女を担いだまま歩き出すアビスウォーカーに、ライは慌てて着いて行く。

 仮面に覆われた顔を横から見上げ、ライは恐る恐る言葉を発した。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「ありがとう、ございます。助けてもらって……」

「………」

「ハンターって……強いんですね。あの化け物を、ああも簡単に倒してしまうなんて」

 

 感謝を無言で流したアビスウォーカーだが、ライが続けた言葉に視線を向ける。その青い瞳が自身を射抜くのを感じたライが微かに震えたのに、仮面の戦士は鼻を鳴らした。

 

「感謝する必要はない。戦士が強く在り、弱者を守護するのは当然なのだから」

「え……?」

 

 強いのは当然。守るのも当然。

 当たり前の義務を熟しただけのように言うアビスウォーカーに、ライは目を瞬く。

 話を聞いている少女も、不思議そうにしていた。

 戦士の青い目は、真摯だった。ライと少女は、その目に何かを感じる。

 

「どうして……?」

 

 少女が問う。主語のないそれに、しかしアビスウォーカーは答えた。

 

「知る必要はない。戦士に成らない者は」

「……なりたい」

「……なに?」

「強く……なりたい……」

「………」

 

 か細い声で呟く少女に、ライは目を見開く。アビスウォーカーは訝しげだったが、ライは少女の気持ちを察した。少年は今日の昼に、少女が複数人の少年に囲まれ、虐められている所に居合わせたのだ。

 だから、なんとなく理解できた。少女の言葉にアビスウォーカーは嘆息する。暫く何も言わず歩き、やがて飛空艇が近付いて来るのに気づいた彼は口を開いた。

 

「……名前は?」

「……ノーラ」

「ノーラ。どうして強くなりたいのか、理由は訊かない。お前の聞きたい事にだけ答えよう。戦士が強いのは、時間を使うからだ」

「時間……?」

「戦士ではない人間が、友と遊び、惹かれた者と恋をして、愛を育み、子を成し、糧を得る為に働く。健やかに日々を過ごしていく中で平穏の内に在り、時に詰まらない事で友と諍いを起こし、和解し、或いは更に友情を深める――そう過ごせたかもしれない時間の全てを、戦士に成る為の訓練に費やす。人生を捧げ、己を高め、義務を全うし、目的の為に邁進する。得られたかもしれない財産を捨て、同志とだけ絆を深め、弱者の為に献身するから戦士は強い。強く在らねばならない」

 

 それは、余りに過酷な在り方だ。人の生きる道とは思えない。

 ライと少女――ノーラが息を呑むのに、アビスウォーカーは苦笑した。

 

「尤も、私は戦士ではないが」

「………?」

「私がよく知る戦士(ジブン)がそうだというだけの事だよ。私も戦士だったら良かったんだが……生憎と高潔に生きてはいない。だから私個人の見解としては、強くなる為のアドバイスは一つしか送れないな」

「それって……?」

()()()()()()。エゴを貫き通したいと望む想いが、人を強くする。エゴを貫く為に努力を惜しまない人間は強いし、私はそんな人間が一番恐い」

 

 飛空艇が近くに着陸する。ハッチが開いてアトラス王国の兵士がやって来るのに、ノーラを肩から降ろしたアビスウォーカーがライ達へ言った。その二つの小さな背中を、兵士達の方へ押しやりながら。

 

「強くなりたいなら、エゴを持て。それを貫く為の努力を惜しむな。そうすれば強さは得られる。だがノーラ、それから……」

「――ライです、ライ・レン!」

「……ライ。今の話を聞いて履き違えてはくれるなよ。弱さは罪だが、悪ではない。強さは悪だが、罪ではない。どっちが良くて悪いという事は無いんだ。我儘にエゴを貫こうとするなら、筋は通せ。いいな」

 

 返事は返せなかった。

 アビスウォーカーがそれを待たず、ライ達を兵士に預けて行ってしまったからだ。

 飛空艇が上昇を始めるのに、ライとノーラは窓から下を見下ろす。地を征く一人のハンターを見詰める。その背中はどこまでも堂々としていて、揺らぐ事を知らない強靭さの塊だった。

 

 ライは。

 ノーラは。

 

 今日というこの日に出会ったあの人の事を、決して忘れはしないだろう。

 幼心を懐く少年たちにとって、アビスウォーカーという人は鮮烈に過ぎる存在感があったからだ。

 ああ。余計な装飾を剥ぎ、懐いた想いを言葉にするなら――

 

 二人は、アビスウォーカーに()()()のである。

 

 故にライ・レンとノーラ・ヴァルキリーは、いつかハンターを志すだろう。

 まるで避け得ぬ運命を辿るかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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