ある時は西の大陸に男として生まれ、グリムに殺された。
ある時は南の大陸に女として生まれ、人同士の諍いで死んだ。
ある時は運良く天寿を全うし、平穏に死んだ。
ある時は東で戦士として生きるも、特性を覚醒させられず死んだ。
またある時はグリムに殺される寸前に特性を発現するも、時既に遅く【俺】を受け継いだ瞬間にグリムに殺された。
そしてある時は、北で研究者として生きるも、何もなせずに死んだ。
ある時は、ある時は、ある時は――
延々と繰り返される無駄死にの歴史。俺はただただ幽霊として漂い続ける。
時にはセンブランスを覚醒させた事で、現世に【俺】という存在を受け継いだ転生体が現れもしたが。転生先の肉体はお世辞にも才能豊かというほどでもなく、やはり無名の戦士としてグリムに殺される末路を辿った。
そんな事を繰り返していると、必然的に気付かされた事がある。
それは、便宜上【転生】と呼んでいる現象を繰り返す内に、センブランスを発現した転生体である【男】や【無名の戦士】などと統合され、【俺】の性格や性質が変化している事である。そしてそれに恐怖を覚えていない。
また、統合された【俺】は転生体に受け継がれこそすれど、研究者であった【男】のセンブランス――詳細は不明ながら雷を発生させるもの――などは、後の転生体には持ち越せない。あくまで【俺】を受け継いだ転生体が、最初から持っていた
特性を持ち越せない、後追いとなる転生体に受け継がせられないのは残念だったが、朗報と言える発見もあった。どうやら特性が覚醒した転生体に限りオーラ総量は蓄積されるようなのだ。
平凡な戦士だった【俺】よりも、【男】や【無名の戦士】のオーラ総量は確実に上だった事、更にその後の転生体は歴代全てのオーラを足したかのような量を保持していたのである。つまりオーラだけは転生体に引き継げる。
しかし覚醒するまでは転生体個人の資質に拠り、覚醒後に一気に歴代転生体のオーラ総量が加算されるため、覚醒前が凡人であれば無力なままグリムに殺されてしまう危険が付き纏うが――そこは諦める他にないだろう。
なぜ特性は無理なのに、オーラは引き継げるのか。その差は一体何だ? そこだけは幾ら考えても今は答えを出せなかった。
そうして自らの死を繰り返す内に、時代の変遷を見届ける。
見聞を広めるにつれ、後の時代では以前よりもオーラを用いた戦闘術が洗練されていき、特性を発現する人間が明らかに多くなっていっていた。転生体が特性を覚醒させた後その実態を調査したが、どうやらオーラを用いた戦闘訓練が嘗てより効率的になり、特性を覚醒させ易い土壌が仕上がってきたようである。それはつまり百年以上前の転生体である【男】が目指したような、特性の発現が体系づけられた事を意味していた。
(無駄じゃなかった)
もちろん俺や【男】が成した事など、時代の流れの中では極些細なものだったかもしれない。しかしその流れ、礎の一部になれていたのは確かだ。
であるなら、やはり俺の働きは徒労ではない。
後の時代に俺の生きた証を残し続けられる。
長い時の旅は辛くなかった。なにせ転生体が【俺】を受け継ぐまでの間は、ほとんど夢を見ているような心地であり、覚醒した転生体として活動している期間も、死を経ると時間の蓄積による疲労は霧散してしまうからだ。
疲れはしない、歩みを止めはしない。俺の根幹にあるのは、戦士として戦った原初の誇りであり、そして俺が戦士となった最大の理由であるグリムへの殺意である。グリムの滅びを確信するまで、俺が諦めることはないだろう。
転生という生と死を積み重ねる。
すると俺は、遂に時代の節目――転機とも言うべき時代に行き着いた。
それは、人類がグリムに対抗するための力。【レムナント】に眠っていた資源。如何なる由縁か、後に【ダスト】と呼ばれる事になる、あらゆる用途に役立つ万能のエネルギー源だ。
誰かがそれを見つけ出し、天然資源のダストを加工し武器として用い始めたのである。
僥倖にも当時の転生体は、歴代の誰をも遥かに凌駕する戦士としての才覚に秀でており、十代半ばで特性を発現するほどの天才だった。これまで並以上の才覚を持ち合わせたことのなかった俺は、内心激しく高揚しながらも、天才的な才を躍起になって磨き上げ、蓄積してきた経験の全てを高次元の技術に昇華しようとしていた。この経験は必ず後の代の転生体に役立つという確信が、俺のモチベーションを常に最大化させてくれていたのだ。
そんな時にダストの発見と、武器として転用を始めたという噂を聞きつけ、俺はすぐさまダスト発見の地に向かった。ダストという資源がどんな可能性を秘めているのか、知りたくて堪らなかったのである。
そうして初めて目にしたダストは、外見上は鉱石資源だった。
現時点で発見されているダストの種類は四つ。レッド、ブルー、イエロー、グリーンである。それぞれが順に炎、水、雷などといったエネルギー性質を有しているようで、鉱石状のダストは強い衝撃を加えたら爆発するようだ。これを粉末状に加工した場合、より危険性は増して、些細な衝撃を加えるだけで爆発してしまうため取り扱いには細心の注意を払う必要があるらしい。
だがその爆発もまた、使いようによってはグリムとの戦いで大きな力になるだろう。ダストを用いた研究は他の人間がすればいい。俺は強烈な目的意識に従って、ダストの普及に尽力していくことにする。今生の俺の使命は、グリムと戦うための力を技術として固定し、経験に落とし込むことで次代の転生体に力を引き継ぐ事と、人類全体にダストという無限大の可能性を広める事だ。
充実した人生を送った。目的に向けて大きな前進を遂げられたという確信がある。
しかし天才的な才能の持ち主に転生したことで、運を使い果たしてしまったのだろう。以後の転生体はいずれも凡庸であり、また卓越した戦闘技術の体系化やダストの普及によって、戦闘職とそれ以外を明確に切り分ける事になった結果、ほとんどが平和に過ごす一般人や、戦闘を生業にしない科学者等になった為センブランスを発現せず、俺が現世に関われる機会が激減してしまった。
悪いことではない。それだけ人類が力を付けた証拠であり、文句をつけるつもりは毛頭無かった。あるいはこのまま蚊帳の外に置かれ続け、グリムが絶滅させられるまで過ごすのも選択肢としては【有り】である。
漫然と転生体の主観の中で過ごす。
そうしているだけでも、色々な事を知ることが出来た。が、漠然とした感覚に夢心地のまま浸かっているためか、よほどのことでない限り印象に残らず、俺はひたすらに長い時を漂い続ける羽目になった。
何やら【魔法】という、オーラやセンブランス、ダストとは異なる絶大な力を振るう男女や、その四人の娘たちが現れたり、銀色の眼を持った戦士が現れたりなどしたようだが、そういう超越的な存在と出会う機会はなかった。
――人間とグリムの力関係は逆転した。
もう人間は、グリムに一方的に殺されるだけの存在ではない。
オーラとセンブランス、ダスト。そしてダストを用いた科学技術の発展と、それに伴って開発されていく強力な兵器。それらが高度な次元に近づくにつれて、俺は次第に心境を変化させていった。
もはや俺の出る幕はないのかもしれない、と。
無論俺がいなければ、人はグリムの脅威を完全に消し去れない等と驕ってはいないし、むしろ俺が関わらないままグリムを駆逐できた方が喜ばしい気分ではあったが――俺はもう必要のない、過去の亡霊として大人しく消え去るべきなのではないだろうか。俺は次第にそう思うようになっていたのである。
何故なら人の世の発展は、いずれ必ずやグリムという外敵を滅ぼすだろうと確信させてくれたのだから。いい加減、ロートルは立ち去るべき時が来たのかもしれない。
だが……事の成り行きは、どうもきな臭い方向に進んでしまう。
マントル、ヴェイル、ミストラル、ヴァキュオという四つの【王国】――村や町などの規模を大きく拡大した複数の都市が、勢力として纏まり新たな組織として成立したもの――が、建国されたのは良い。
それだけ人間の数と力が増した証であり、グリムをより効果的に殲滅できる体制が誕生したのだから歓迎する。だが、前々から懸念していたことが、遂に醜い争乱の火種となって、やがて激発した事を知ってしまう。
火種の名は、【ファウナス】
それは人によく似た、しかし同時になんらかの動物の特徴を備えた、人とは違う別種の知的生命体である。
ファウナスの存在を、俺は知っていた。と言っても転生が始まった初期の頃はまだ知らずにいたのだが、人間の勢力圏が拡大していくにつれ、自然とその存在を認知する運びとなったのだ。
人間がグリムの脅威に見舞われない安全な地域を探し、版図を拡大していくと、同じように安全を求めていたファウナスの土地と接触し、土地の奪い合いが頻発するようになった。とはいえ同等の知性と、よく似た姿を持っていたことから、話し合い自体は可能だったため俺が彼らを恐れることはなかったのだが――生憎と全ての人間がそうだったわけではない。
牙や爪などの、見るからに恐ろしげな身体的特徴を有するファウナスを、大多数の人間は恐れ、追いやり、差別をするのみならず、最悪の場合リンチなどをして殺害してしまうケースもあったのだ。殺害とは別のケースとして、ファウナスを奴隷としてしまう場合もあった。こうなるとファウナスも黙っておらず、人間と敵対行動を取るようになっていたのだが――ファウナスを同じ人間として見ていた俺は、当時の転生体として活動していた際に、彼らと協力してグリムと戦い二種族間の協調の流れを作り上げた。しかしどうも、人間はその流れを台無しにしてしまったらしい。
事の発端はこうだ。
切っ掛けを俺が知ることはできなかったが、なんらかの事件の後に人々が感情を抑えれば、グリムの発生や脅威を抑えられると考えたマントル王国が、自己表現を禁止する法律を制定した。この時点で臍で茶を沸かせるほどに滑稽であったが、なんと同盟国のミストラルもマントルに同調。人々を抑圧し不満を溜めさせてしまう。それから程なくして、ミストラルとヴェイルが空白地帯であったサナス大陸(※レムナントの東)の東部に勢力を伸ばし、ミストラルとヴェイルは互いの国土と主張してやまずに武力衝突を始めてしまった。
斯くしてヴェイル・ヴァキュオ対ミストラル・マントルという四国間で【大戦】が勃発してしまう。これまで小競り合いはあっても、それらとは比較にもならない本格的な戦争が始まってしまったのだ。
これは人類史が始まって以来初の、最悪の愚行だと言える。
辺境に追いやったとはいえ、全人類共通の天敵であるグリムは依然強大な勢力を保持したままだ。人間同士で殺し合っている場合ではないはずである。にも関わらず戦争を起こすなど短慮という他にない。
人間は手を取り合い、互いを尊重し合いながら生きていけるはずだと思っていた俺は、所詮は人間の数が少なかった時代の遺物に過ぎないのだろうか?
俺は戦争を止めるべきだと判断した。人間同士で殺し合うなんて馬鹿げていると義憤に燃えた――のではない。
人間は増える。繁殖力という点で、動物の中で並ぶ存在はいまい。しかし、無限ではないのだ。有限の存在であり、限りある
今の人類は勢力という一点で上回っているが、必ずしもその差は絶対ではないのだ。逆転され、人間が滅ぼされる危険性は充分に考えられた。グリムを滅ぼすまで人間同士で相争う事などあってはならない。
人間同士で争いたいなら、せめてグリムを絶滅させてからにしろ――戦争行為に対する俺の感想は、そうした苛立ちと失望が全てであった。
当時の転生体個人の思想としても戦争を愚行と断じ、止めたがっていたのだから、停戦を目指すのは自然な流れだったと思う。
しかし個人がいくら努力しようとも勢力同士の争いを止めるには至らず、政治家として活動していた俺は無数の政敵によって嵌められ、あろうことか裏切り者の非国民と謗られて処刑されてしまった。
戦士や研究者としての経験値では誰にも負けないつもりでも、政治家としては当時が初代だったのだ。政治という陰謀を下地にした戦いでは常人としての力しか発揮できず、結果として何も出来ないまま終わってしまった。
この段になって、俺は考えを改めた。
人間同士が相争う。それはもういい。好きにすればいいだろう。
グリムがいなくなった後の人間の敵は人間になるという事がよく分かった。
俺は過去の影に過ぎない。今更現在を生きる人間の営み、時代の動きをどうこうしようとは思わない。だが俺は、グリムの殲滅を諦める気はなかった。
同族同士で殺し合いたい愚か者は好きにすればいいが、しかし愚かではない人間――グリムの脅威から戦う力を持たない人々を守りたいと志す者達まで、くだらない戦争に巻き込ませはしない。
国とやらの思想に縛られない、対グリムのみを念頭に置いた組織を作る。新たに転生体として覚醒した
大戦は十年続いた。
その間に水面下で啓蒙活動を含めた根回しを始め、俺は【ハンター・アカデミー】という制度を作り上げた。
と言っても一人で何もかもを成せたわけではない。制度の制定に携わった一人というだけである。俺と同様の考えを持つ者達と協力しなければ、国の思想に囚われない対グリムの戦士を育てる機関は立ち上げられなかっただろう。
大戦の終結に合わせて、平和や協調の現れとしてハンター・アカデミーの成立を各国に認めさせ――同時期に【大陸間通信システム】や、平和式典としての【ヴァイタル・フェスティバル】が生まれる。
奴隷制は廃止され、ファウナスにはメナジェリー大陸(※レムナント南東)と共に市民としての権利が与えられた。これにより争乱は一応の終わりを見た――かのように思われたのだが。
やはり俺や同胞たちの判断は間違っていなかった。
個々人では善良でも、群衆となると悪質な性質を持つらしい人間は、再び愚行を繰り返したのだ。国の思想に囚われない【ハンター】を育て、活動させる組織を作らねばならぬと考えたのは間違いではなかったと確信させられる。
俺の知らぬ間にマントル王国が消滅して【アトラス王国】に取って代わられた後、大戦を経てもなお燻り続けていた火種が燃え上がったのだ。
ファウナスである。
浸透してしまっている差別意識が再燃し、ファウナスは全てメナジェリー大陸に行くべきだと考え、一部の人間がファウナスを追いやり始めたのだ。ご丁寧にも大戦後、一度は認められたファウナスの権利を撤回までして。
これに対してファウナスは当然のように反発、【ファウナス権利革命】と呼ばれる戦争が起こった。俺としてはまたか、と人間の愚かしさに呆れ果ててしまったが、全ての人間が偏見と差別意識に支配されているわけではない。俺は自身の転生体がファウナスを差別し嫌悪する様を、根気強く説得して考えを改めさせようとする人を見て、そのように希望を持つことも出来た。
――この頃になると、俺の意識は深刻なまでに人間から乖離していた。
もしかすると【俺】という
子機である転生体が特性を覚醒させておらずとも、必要分の経験と知識、知恵、オーラを提供して後は自律行動に任せるといった手法も可能となり、覚醒後も親機の意識を子機に降ろさず、子機の死後に収集した経験や知識を親機へフィードバックする事も可能となった。つまり、無理に俺が主体となって活動せずとも良くなったのである。歴代転生体のいずれかの影響で、転生体を別個人として尊重するべきだと考えるようになっていた為、このような変化――ともすると成長、進化とも言える現象が起こったのかもしれない。
こうなると、いよいよ俺は自覚せざるを得なかった。
もしかするとずっと昔からかもしれない。
俺の人間としてのあらゆる情念が稀薄になり、たった一つの目的の為にだけ駆動する概念と化していたのかもしれなかった。
それはグリムを滅ぼすという一念であり、それは普通人からすると執念、妄念と断じられる域に達している。
ならば俺は、この世界に直接関与するべきではないだろう。
俺は戦士であり、科学者であり、政治家であり、思想家であり、戦技研究者であり、人間だった。
だがしかし、どう足掻いたところで俺は【過去】が残した影法師に過ぎず、今を生きる人々に益を与え続ける限りは自分で己の存在を容認できていたが、なんらかの暴走を起こして命ある人々に不利益や害を齎してしまえば――俺は自分という現象がただの怨念と化すだろうという自覚があった。
つまり、グリムを滅ぼす為なら人間を滅ぼす事も辞さぬようになるだろう、と。
それでは本末転倒だ。
俺は自分がまだ正常な判断を下せる内に、自らを強く律する事にした。
今後如何なる事情があろうとも、転生体に【俺】という自意識を降ろす事だけはしない、と。そして可能な限り今まで蓄積してきたオーラも、経験も、知識も降ろさない。過ぎたるは及ばざるが如しだ。
転生体を通して世界を見守り、いつか俺の存在が不要になるまで、必要最小限の干渉しか行なわない。経験上俺はよく知っていたからである。妄執や怨念に突き動かされる者は、決して望むものを手に入れられはしない事を。
故に、この選択は正しい。少なくとも俺はそう信じた。
† † † † † † † †
――そうして、
数千年にも亘る時の旅路を歩み、これからも歩み続けるモノの正体は、数百から数千もの人間の自我、経験、能力が集合して成立した
彼は、たった一つの目的しか見ていない。見る気もない。心変わりなど断じてありえない。故に彼は己の成した偉業、打ち立てた伝説に対してひどく無頓着であり、いっそ自らの事柄に関しては無知ですらある。
だからこそ彼は知らなかった。
知る気もなかったし、耳にする事があってもすぐに
時代の節目には必ず現れ、そうでない時にも数々の功績を残し続けた人間の中に、必ず背中に刻印のような痣を持っている者がいた事を――多くの人間達が認知するようになっていた、等と。そんな事態に彼は関心を持たない。
その特徴を有する人間は、凄まじい力と執念を燃やし、グリムを殺し続け、直接的・間接的に人々に貢献し続けた存在だ。故に人々は言い伝える。獣の刻印を背に負う者の名は――【深淵狩り】である、と。
・老戦士
おじいちゃんの人間離れ(故人)