“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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ターニングポイント

 

 

 

 ヨナタンの駆るオンロードバイクが、傾きつつある太陽の下を疾走する。

 

 舗装された道を走る事を前提に、加速性や乗り心地を重視したオンロードバイクの原型は、アクセルの握りとブレーキ、車体の形状の名残だけとなっている。分類で言えばオートバイに等しい。

 アトラス王国に属していた元科学者を複数名雇用している、SOCの開発部門から卸されたバイクの名はエッジトマホークだ。単純な速度と加速性に秀でているのは当然として、なんとエッジトマホークは宙に浮く。ヨナタンによって増設された燃料タンクの一つに粉末状のグラビティダストが満載され、オーラに反応してエッジトマホークの車体を宙に浮かせるのだ。そして前輪と後輪に増設した、ジェット機構によって宙を疾走できる。

 暴力的なパワーと、圧倒的なスピード、奇跡的な機動力を有し、乗り手を厳選するモンスターマシンと化しているのが、この改造エッジトマホークだ。普通のバイクでは満足できなかったヨナタンは、この上で更に車体を弄り、武器を携行できる格納スペースまで設けていた。

 

 無論、今年10歳となったとはいえヨナタンはまだまだ小柄だ。このモンスターマシンを乗りこなすには背丈が足りない。よってこのバイクに乗る時だけは、密かに肉体年齢を弄って肉体年齢を14歳時分のそれにしている。それぐらいの肉体年齢でやっと腕と脚の長さが要求水準に達するのだ。

 Nアカデミーの校庭から、マドンナリリーの外れにまで来るのに要した時間は、僅かに五分。一般車両では通常三十分は掛かる事を考慮すれば、非常識な速さであると言える。これで、まだ都市部での走行だからと抑え気味なのだから驚嘆に値する性能だ。

 

 間もなく国際協定上定められた、マドンナリリーの領域から出てしまう。ここに至るまで、回収するはずの少女の姿は見掛けなかった。メールを送ったのに反応がないのだから、途中で合流するつもりという意思表示だと解釈したのに、それは誤りだったのだろうか? それならそれで別に良いかと思うも、森の荒れた道に入るや聞こえてきた爆発音に頬を緩める。

 今のはダストが炸裂した音だ。流石に要領が良い――ローマンから連絡を受けた時には外れで訓練でもしていたのだろう。その脚でヨナタンが通りかかるだろう地点に先回りしていたらしい。日傘のように差したパラソルを手に、いつもの笑みを浮かべたニオ・ポリタンが物陰から姿を表した。彼女が優雅な所作で()っと手を伸ばしてくるのに、ヨナタンは目に掛けているゴーグル越しに微笑を溢す。

 

 すれ違いざまにその手を取って、減速する事なく駆け抜ける。軽やかに持ち上げた少女の華奢な肢体を背後に回し、ひらりと横座りになったニオがパラソルを閉じて片手をヨナタンの腰に回した。

 

「どこに訪問するか聞いているかい?」

 

 前を見たまま問い掛けると、なんとなく肯定の意思が返ってきた気がする。

 言葉要らずでスムーズに意志の疎通が出来るようになっている事には苦笑を誘われる。

 

「相手は盗賊だ。はっきり言ってしまえば社会の癌で、皆殺しにしても困らないろくでなし共だけど、彼らの労働力を捨てるのは勿体ない。いい加減盗賊団なんて()()()()()は卒業させてあげよう」

「………」

「ん、今笑った? 笑ったよね?」

「………」

 

 微かに耳に届いた笑い声に敏感に反応して振り返ろうとするも、あたかも前を見て運転しろとでも言うように背中を叩かれる。暇はないが折を見て訓練を見てやったり、食事などで胃袋を掴み、可能な限りコミュニケーションを取り続けた成果が出ているようだ。心の距離感が以前よりもずっと近づいている気がして、そろそろ声を聞けるんじゃないかと思う。

 物は試しだとヨナタンはアクセルを廻した。

 一気に加速しジグザグに走行しながらターボを作動、更にアクセルの横にあるボタンを押して粒子状のグラビティダストを放出し、宙に浮きジェット機構を起動。多段式に加速していくと、耳を打つ風切り音の中に微かな声が交じるのが聞こえた。

 

 笑っている。アクロバットな走りのスリルに、楽しそうに笑っている。ヨナタンは思った。やっぱり思った通りだ――と。鈴を転がしたような、瀟洒で可憐な声だ。歌えばさぞかし美しかろう。

 

 本当なら余計な仕事に向かう途上でしかないが、こうしてリフレッシュできるなら悪くない。一年以上もマドンナリリーに缶詰だったのだ、自分で思っていたよりも精神的に疲弊していた可能性はある。

 やはりたまには睡眠を取ろうかなとヨナタンは思った。人が睡眠を必要とするのは、脳が外部から受けるストレスで摩耗し、質の良い睡眠を取る事で脳の疲労と摩耗した部位を修復する為だ。ヨナタンが睡眠を取らずとも死なずに活動できているのは、自身の脳の摩耗をオーラで修復できるからでしかない。それでも一年以上も二十四時間昼夜問わずに働き詰めれば、自覚のない所で負荷が掛かっていたのかもしれなかった。

 

「そろそろ目的地付近だ」

 

 もう? というような雰囲気。

 アクロバットな走りをもっと体感していたかったのかもしれない。

 しかし一つ問題が有る。肝心要のターゲット、盗賊団の根城の所在地を知らないのだ。

 だがまあ……問題はない。

 

「――こっちか」

 

 シオンという町の付近にある渓谷、という情報は有るのだ。その近辺を探っていれば自ずと手かがりは見つけられる。ヨナタンとは窮極の個にして完全なる群でもあるのだ。

 ヨナタン本来のセンブランスは死霊術【過去降】だ。その力は何も、自らの起源である深淵狩りに接続し、能力を引き出すばかりが能ではない。本質は過去視であり、また亡霊を自らの従僕とするもの。それにより自らに付かず離れず常に付き従う、所縁知らぬ亡霊達に命じ散開させた。

 暫くシオン近辺を走り回り、自分の目でも痕跡を探すも特にそれらしいものは見つからず、複数の亡霊の内の一体が思念を飛ばして来ると車体を傾け、盗賊らしき者を見つけた地点に急行した。

 

「見つけたよ、ニオ。折角だから挨拶でもしてやろうじゃないか。彼らの流儀に合わせて、とびっきりアウトローな、ね」

「………」

 

 無言の応答は、パラソルを持ち直す仕草。

 亡霊は斥候としてこの上なく有能である。なんせ彼らは如何なる機器、如何なる生物にも発見されないからだ。ヨナタンと同系統の死霊術使いでもない限り、気付ける道理のない亡霊は重宝する。

 盗賊らしき者は単独だった。シオンの町外れにある酒場から出てきたところである。風体はみすぼらしく、如何にもアウトローといった姿だが、控えめに言って三下にしか見えない。

 疑わしきは罰せよ、と言うつもりはないが。マドンナリリーの市民、近隣の町人の戸籍データを記憶しているヨナタンの頭脳(データベース)に照合しても該当はない。推定有罪(ギルティ)だ。法令に従い身柄を確保しよう。

 

 バイクが走ってくる気配を感じ、男が振り返る。なんだ? とその貌が言っているのに構わず、その真横を通り抜け様に腕を横に伸ばすと、手を握ってきたニオの手を握り返し虚空に放る。

 疾走の勢いを乗せてニオの華奢な体躯がバレリーナの如く回転し、強烈な膝蹴りを男の顔面にお見舞いした。果たして錐揉み回転し吹き飛んだ男の前歯が砕け散る。ついでに鼻骨も粉砕した。

 急制動を掛けて停車し、男のすぐ傍に停まったヨナタンは、パラソルを開いて着地したニオを尻目に気絶している男を見下ろす。

 

「こんにちは」

 

 挨拶に、返事はなかった。死んでないから良いやと肩を竦める。

 早速聞き取りを開始しよう。善意の協力に期待する。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 接近するバイクに気づいた盗賊団の歩哨は不幸だったかもしれない。

 嘆くだろう。悔やむだろう。なんだって俺が当番の時に、と。

 だが正義の使者はそんな彼を慰めるだろう。寧ろ幸運だったよ、と。なぜなら君だけが悪い訳じゃない。人様の物を盗んで粋がるアウトロー気取りは漏れなく悪だ。

 ――止まれという制止を無視して突撃してきたバイクを躱せず、その車輪で顔面を整形された男が跳ね飛ばされ岩壁に叩きつけられる。ぐったりと気絶してしまった彼には構わず、無慈悲なる騎手は【火の触媒】による雷撃で根城の門を粉砕した。

 雷鳴を切り裂くように、盗賊の本拠地へと乗り込む。凄まじい轟音は来訪を告げるインターホン代わりだ。堂々と侵入を果たした騎手はハンドル横にあるスイッチを押して車体を縦に割ると、中からなんの変哲もない長剣を引き抜いた。

 

 何事だと飛び出してくる盗賊達を見渡しながら、ヨナタンは14歳相当の肉体年齢から10歳のそれへ回帰する。体が萎んでいく様は不気味の一言。怯む彼らに、少年はあくまで自然かつ気軽に訊ねる。

 

「御機嫌よう、こそ泥諸君。レイヴン・ブランウェンはいるかい?」

「なんだテメェは!?」

 

 盗賊の一人が怒号を発するが、なるほど尤もな誰何である。

 招かれざる客というものだが、しかしヨナタンには知ったことではない。ヨナタンが誰何してきた男を一瞥するや、彼の背後から飛び出した少女がパラソルの先端で男の胸を強かに打ち抜き悶絶させた。

 一気に殺気立ち、シミターや斧などの武器を持ち出す盗賊達を無視して、ニオがくるくるとパラソルを廻す。

 

「なっ――!?」

「僕らはお客様だ。ボスが出迎えるのが筋だと思うんだけど……流石は猿山のお猿さん達だね。ウキウキうるさい上に礼儀も弁えてないと見える。さてはバナナの一本でも投げ銭(おひねり)しないと、ボスを呼びに行く芸は見せてもらえないのかな?」

「あたし達が猿だと? ガキが……何が礼儀だ、大人を舐めてちゃ痛い目を見るって教えてやるよ! ――お前達、このふざけたガキ共を躾けてやんな!」

 

 ベリーショートの髪の、褐色の肌の女がそう号令を掛ける。途端に襲い掛からんとする連中は、なるほど確かに場馴れしているのだろう。だが悲しいかな……虚しくなるほど無力である。

 

 判断は正しいのだ。

 ヨナタン達が何者であるか聞き出すよりも、襲撃を仕掛けてきた一点で、まずは撃退を考えるのが正解である。制圧後に尋問でもして背後関係を洗えばいいとでも思っているのかもしれない。

 だがヨナタンが本気で殺すつもりなら彼らはものの数秒で全滅する……悲しいまでの実力差があるのに、それを解さないだけで彼らの程度が知れるというものだ。

 戦闘員としては落第だなと思うも、ヨナタンの外見は幼いのだから侮ってしまうのも無理はないと考え直す。言うまでもないが、ヨナタンのような存在は特例中の特例だからだ。

 

「――ニオ。危なくなったらフォローするから、お猿さん達に『待て』の芸を仕込んで上げるといい」

「………」

 

 完全に馬鹿にした物言いにイキり立つ盗賊団を前に、嗜虐心を滲ませた笑みを浮かべたニオが進み出る。無形の構えは武の一文字が芯となっている証であるが、ならず者共が武術を解する道理もない。

 ニオの力量が、自分達を遥かに超えるというのは完全に想像の埒外らしい。なまじ可憐で幼い容姿をしているものだから、薄汚い大人達は本気で掛かるのを躊躇してしまったようだ。――なんと救いようのない愚かさだろう。直前に一撃で()()()()仲間の事を忘れてしまっているとは。

 忘れたのなら、もう一度思い出させてやればいい。

 弛緩していた四肢が力んだ瞬間、迅雷の如き踏み込みで接敵。ニオは手近の男の懐に潜り込むやその手首に触れる。瞬間、男の視界が急転した。まるで大地がひっくり返ったかのように投げ飛ばされた男は、頭から地面に叩きつけられ一瞬の内に意識を失う。

 

 シン……と沈黙が広がった。その瞬間にヨナタンは盗賊団に殺意を叩きつける。ニオの為に、だ。

 

「何をしている? 殺す気で掛かって来ないなら――僕がお前達に躾けをしてやろうか?」

 

 折角の実戦なのに、間抜けばかりではニオの経験値にもなりはしない。どうせなら本領を発揮して、ニオに冷や汗の一つでも流させてみろ。そうでなければニオの糧にならないじゃないか。

 完全な私情による、筋違いな苛立ち。何のために彼らを挑発して馬鹿にしたのか、何のためにこうも堂々と真正面から乗り込んだのか。自分一人で片付けるなら、現時点で全員を戦闘不能に出来ている。そうしなかった意図も汲めず本気の本気、死に物狂いで掛かってこないとは何事か――そんな理不尽な、自分本位極まる憤懣。

 

 場が、凍りつく。

 

 重たい鉛が圧し掛かり、喉に固形物を押し込められたかのような息苦しさが盗賊団を襲った。

 身動き一つ出来ない。異能に等しい殺気の帳は彼らの自由意志を奪い去る。

 熱いのに冷たい、形容し難き苦痛。恐怖だけが感じる全て。ひゅ、と漏れた吐息一つに寒気を覚える。

 

 ――ヨナタン・ナーハフォルガーは『英雄』である。世が定義するところの英雄たる条件を満たしたが故の、名誉ある呼び名としてのものではなく。彼は『英雄』という名の種族なのだ。

 すなわち、人の人たるの臨界を極め、限界点の遥か先に進んでいる化生。此の世に在ること自体が何かの間違いとしか言えない、現行人類が生んだある種の突然変異体(バグ)なのである。

 そんな怪物である彼は本来、普通の人間の感性からは致命的に乖離していて如かるべきであるが、ヨナタンは古の老戦士の端末として異例の――自我を有する事が赦された者だった。

 

 だからこそ『英雄』としての性能を完全に引き出せる器でありながら、まだ人間味のある人格を有していたのだが――やはりその感性は、人の言う普通からズレていた。

 

 彼にとって、人間は味方である。守護するべきものであり、時に肩を並べられる同志でもあった。だが――最大多数の人間を害する少数には、その価値観は適用されない。

 つまりヨナタンからすると、作り出している最中にある必要悪と正義の天秤に乗らない盗賊なんてものは、駆除すべきグリムと同じ存在なのだ。根本的な部分で人間扱いしていない。

 せめてもの厚意で役に立たせてやろうというのに、それすら熟せないようでは生きている価値はないとまで断じる。

 故にヨナタンは偽りなく怒っていた。

 そして――『英雄』たるヨナタンの怒りとは、殺意を宿す。最悪の化生(システム・バグ)の恐ろしさは筆舌に尽くし難いだろう。蛇に睨まれた蛙どころの騒ぎではない。龍に睨まれたミジンコだ。

 

 途方もなく強大な、逆立ちしても敵わない存在に殺意を向けられた時……人間は動物的な恐怖に支配される。盗賊達は自らの死を幻視した。灰も残らず焼き払われる未来を悟った。

 故に、ヨナタンの叱声は、彼らから一切の余分を削ぎ落とした。

 

 

 

「全身全霊を賭して挑め。さもなくば死ね! さあ、敵は此処にいるぞ。死に物狂いで挑まねば命の保証はない!」

 

 

 

 ――戦え!

 

 ヨナタンの怒号によって、盗賊達は弾かれたように、泣き出しそうになりながらニオへと襲い掛かった。どうして、とか。何かヤバい奴に目をつけられたとか。そんな迷いも戸惑いもかなぐり捨てた。

 もはや狂乱である。訓練された軍隊ならともかく、脆弱な精神力しか持たない盗賊風情では、やむを得ない醜態であると言えた。ニオも嗜虐心をかなぐり捨て、鬼気迫る顔をしているが、同時に大きな余裕も持ち合わせている。張り詰めているのはヨナタンの怒気に当てられたからで、余裕は安堵の裏返しだ。――世界で一番強い人が味方である、という。

 その安心感は強い。それこそ実力差を無視して、死に物狂いで挑みかかってくる者達に、なんら気圧されず本来の実力を出せるほどに。

 ニオは舞う。舞うようにして、オーラのなんたるかを心得ぬ有象無象を蹴散らしていく。舞踏の武闘、膂力の差を無いものであるかのように、大の大人を片手で捻り投げる。相手が格下ばかりとはいえ多勢に無勢だ。対多数戦闘の濃密な戦闘訓練として、ニオの才気は秒刻みで洗練されていく。

 中にはトチ狂って背後からヨナタンを襲う者もいたが、それに対してヨナタンは振り向きもせず裏拳一発で昏倒させた。手の甲に、鼻の骨の砕けた感触が残る。そうして時には、随所でなんの変哲もないピストルで銃撃し、ニオが気づかなかった背後からの攻撃を防いだりもしている。肩を弾丸で撃ち抜かれた女が苦しむも、ヨナタンの視線を感じては遮二無二に立ち上がり再びニオに打ちかかっていく――

 

 そんな光景が、ニオが全員を打ち倒すまで繰り広げられた。

 

「……レイヴンは留守だったか」

 

 この期に及んでも出てこない女首領に、ヨナタンは失望の吐息を溢す。

 地面に倒れ伏した盗賊達が、そこかしこで苦悶の声を上げていると、凄惨な拷問跡地のように見えるが彼に省みさせるには到らない。

 どうやら無駄骨だったらしい。

 レイヴンが今どこで何をしているのか判然としないが、そのうち戻って来そうではある。ヨナタンは嘆息した後にまだ意識のあった男の下に歩み寄ると、長剣の腹でぺちぺちと頬を叩いた。

 

「合格だ。よく戦った。特別に更生の余地有りと認めよう。さあ、さっさと起きて仲間達に縄を打つんだ。手足を縛れ」

 

 優しい声音が、逆に恐ろしい。なまじ子供の姿だから更に恐ろしい。

 男は重い体に鞭を打つようにして立ち上がり、一人一人の手足を縄で縛っていく。手抜かりなく拘束されていくのを見届け、ヨナタンは微笑むと男を労ってやった。

 

「ご苦労さま。疲れただろう? これは褒美だ、ありがたく受け取るといい」

 

 言って、ヨナタンは長剣の腹で男の脳天を打撃し一撃で気絶させる。

 無慈悲だった。サドっ気のあるニオをして苦笑いを禁じ得ない。

 

「ニオ。悪いんだけどローマン――は、不適格か。マドンナリリーの警察に連絡してくれ。指名手配中の盗賊団を捕縛したって」

「………」

「それから……。

 ――ああ、やっと来たのか

 

 

 ――刹那の間。

 

 

 空を舞う一羽の鴉が頭上の位置にまで来るや、鴉が人間の女の姿を象った。

 

 重力に引かれ落下して来るなり、腰だめにした赤い刀を一閃する女。

 それは神速の抜刀術。この盗賊共とは比較にもならない、超一流のハンターに伍する武だ。相手が誰であれ、この奇襲は反応を赦さないだろう。どんな手練でも手傷の一つは刻まれたはずだ。

 だがヨナタンは尋常の理外を歩む者。彼の反応速度は人の域を超えている。仮に奇跡的な確率で不意打ちが成功しても、ヨナタンが動揺する様を拝めはしないだろう。鉄壁不動の精神に、瑕疵はない。

 

 おもむろに掲げられた長剣が、赤刀を待ち構えていたように受け止める。

 

 如何なる材質か、真紅の刀身と長剣が噛み合い、鋼同士の激突とは思えぬ音色を奏でた。

 

 ウェーブした黒髪の女が着地する。美しい女だ。クロウ・ブランウェンとは双子というが、全く似ていない。赤い瞳は妖しい魅力を宿し、女盛りの熟れた肉体は男の関心を買って止まないだろう。

 二十代後半に見えるその美貌は苦み走って、自らに返ってきた手応えに顔を顰めていた。

 長剣との接触の瞬間赤刀に返ってきたのは、木の棒で堅いクッションを殴ったかのような感触だ。鈍らでこそ無いものの、業物とは言えない長剣なら罅ぐらい入っているべきなのに、刃毀れ一つ無い。

 それが意味するのは一つ。自らの奇襲が、この上なく完璧にいなされ、無効化されたという事。女、レイヴン・ブランウェンは自らの一族が一人残らず地に立たず、捕縛されている様を見て舌打ちした。

 

「――私が留守の間にやってくれたわね。アンタは何者? 私の一撃をこうも簡単に捌くなんて……少なくとも見掛け通りのお子様じゃないようだけど」

 

 レイヴンは半ば、ヨナタンの正体を察していながらも問いを投げた。

 それに対してヨナタンは軽く応じ、迂遠に肯定する。

 

「分かっていてマドンナリリーに手を出したんじゃないのかな、レイヴン・ブランウェン」

「……自己紹介の必要はないようね。それで……お客様には丁重なおもてなしをしてあげたかったんだけど……私抜きでどんちゃん騒ぎをするのは失礼だとは思わなかった?」

 

 レイヴンは分かっていた。マドンナリリーに手を出す事の意味、危険性を。

 故に危機が迫る事は承知していたが、想定していたよりも事態の推移がずっと早い。()()()()()()よりも、一族である盗賊団の方を取った女は、もう少し早く帰ってくれば良かったと後悔した。

 だが事は既に起こっている。悔やんでも遅い。それに――レイヴンには切り札があった。宛てになるかは今のところ分からない……いや、はっきり言えば不安だが、ないよりはマシだろう。

 

 ヨナタンはレイヴンの揶揄に鼻で笑った。

 

「思わないね、君は社会通念的に見て屑だ。なんら礼を払う意義のない、ね。本当なら有無を言わさず叩きのめし、反抗する気力も湧かないようにしているところだよ。だけどそうしていないのは、僕が個人的に君へ聞きたい事があるからに過ぎない」

「叩きのめす? この私を? ……あながち冗談にも聞こえないけど……私がただやられるだけの女に見える?」

 

 レイヴンの実力は、全ハンターの中でもトップランクに位置する。現行世界を見渡しても、彼女と互角に渡り合える個人は少数だろう。

 そんなレイヴンだからこそ、ヨナタンの台詞が放言には聞こえなかった。

 薄っすらと彼の実力を読み取れる。とはいえそれは――岸壁に立って、雄大なる大海原を見渡しているような――途方もないオーラを感じ取れるという事でもあった。

 正確な実力はともかく。そのオーラ量だけは察した。

 レイヴンのオーラ量が百だとすれば、目の前の少年のオーラは一億……あるいはそれ以上。少なくともオーラ量だけで勝敗が決定されるなら、此の世のどんな者も彼には太刀打ちできまい。

 

 だが実際に戦えばどうか。セイラムですら最大級に警戒する『英雄』の力を試してみたい――そんな思いが全くないとは言えない。

 腕が立つからこその興味と、仄かな敵意。それを見透かす少年の目は酷く無関心だ。

 

「さあね。ああ、自己紹介が遅れていた。折角だし名乗っておこう。――僕はヨナタン。君のような事情通には【深淵狩り】と言えば伝わるかな?」

「!! ……そう。納得」

 

 レイヴンには、オズピンの仲間だった過去がある。

 だが彼女は秘密主義者のオズピンに猜疑心を持ち、そしてその宿敵……セイラムを知って、勝機は万に一つもないと思いオズピンを見限った。道具扱いされる事に我慢の限界を迎えたというのもある。もともとハンター・アカデミーに入ったのは、一族の為に役立つ力を手に入れる為という思惑もあった。

 そんなレイヴンだからこそ、オズピンの下を離れても独自に情報を集めるのはやめていなかった。故に、やがて知る事になる。セイラムが宿敵として定めているのはオズピンだけではないと。

 それこそが深淵狩りだ。その存在は、あのセイラムをして直接対決を絶対に避けようとする者だ。――絶対的な超越者セイラムに恐れをなしたレイヴンだからこそ、深淵狩りに接触し、庇護下には置かれずとも友好的な関係を築き上げようと考えるのは自然な事だったと言える。そしてそのための交渉材料も手に入れていた。

 

 レイヴンは深淵狩りの事を知ると、お伽噺の全てを学び、同時にレムナントの歴史も学び直した。そうして導き出した結論は、彼はオズピンよりも遥かに信用に値し、交渉の余地のある相手だという事。

 世界が暗雲に包まれている今、生き残るにはセイラムの目から逃れ続けるか――あるいは深淵狩りと手を結ぶ事。仮に後者との交渉が決裂しても、早急に命の危機に陥る事だけはない。

 

 その推論が正しいと証明するかのように、レイヴンの一族達は誰一人として殺されていなかった。

 

「――で、そこの物陰に隠れているのは誰だい?」

 

 ヨナタンが長剣の切っ先で指し示すのは天幕の中。ぎくりとしたのか、身動ぎする気配が垂れ流される。

 

 レイヴンのセンブランスは、特定の個人をマーキングし、それを頼りに彼我の距離を零にして移動する事の出来るゲートを開くものだ。

 最初レイヴンは天幕の中に()()()()を連れてやって来て、オズピンに与えられた魔法の力で鴉に変身し、ヨナタンの頭上にまで移動していたのである。気配を気取られた()()()()に女は舌打ちした。

 戦士としての才覚は下の下だ。

 本来なら()()の力がセイラムに渡らぬように、レイヴンがそれを奪い取るつもりだったわけだが――

 

「深淵狩り。今日ここに貴方がいるのは、私が貴方を招いたから――それは伝わってる?」

「もちろん。君がよっぽど阿呆じゃない限りはそうだろうと考えていた」

 

 レイヴンの問いに、ヨナタンは頷く。

 やはり頭がキレる。彼女は意を決した。一族に手を出された事に関しては、今回ばかりは目を瞑ろう。ここが自分達を最大限高く売りつける為の勝負どころだ。

 

「――取引しない?」

「しない。君は僕の質問にだけ答えるドールになればいい。その後は盗賊稼業から足を洗ってもらう」

「ああ、そう。でも話だけでも聞いてくれたら嬉しいんだけど。きっと退屈はしないから」

「ワーオ、大きく出たね。じゃあ僕が退屈したらどうする?」

「その時は戦う。私達の自由を奪おうとする全てと」

「ははは。セイラムに恐れをなして逃げた女が戦う? 逃げずに戦うだって? 面白いジョークを聞かせてもらった。お礼に話ぐらいは聞いてあげようじゃないか」

 

 魔女から逃げた――その断定はどこから来るのか。人間離れした――否、人間を極めた洞察力が、レイヴン自身も知らない、レイヴンその人の本質を見透かしているのかもしれない。

 

 ヨナタンの態度は一貫している。それこそレイヴンの奇襲を最初からなかったものとして捉えているかのように。

 あの手応えは異様だった。まるでハンターアカデミーの学生だった頃、はじめて教官だった者に手解きを受けたかのような感覚がある。それでもレイヴンは笑みを浮かべた。やはり、話は通じるのだ。

 

「取引の内容は簡単よ。私の知る全てを、貴方に話す。知識と情報の提供をする」

「論外だね。そんなものは力尽くで聞き出せばいい。力に屈しないのなら、ここにいる君の一族を人質にする」

 

 いとも容易く非道な案を口にするが、ヨナタンなら本当にやるだろう。

 その冷酷さは、しかしこの上なく分かりやすい意思表示だ。

 だが、だからこそ、彼という人間性を感じさせる。

 

(――合理主義。深淵狩りはリアリストであり、分かりやすい数字の羅列じみた感性の持ち主だと思ってたけど、ずばりだった)

 

 想像していたよりも大分人間味があるのは喜ばしい。

 こちらを見るなり怯み、ヨナタンの背後に隠れた少女、ニオ・ポリタンを一瞥しながらそう思う。

 

「続きがある。急いで結論を出さなくても良いんじゃない? もう一つ差し出せるものがあるんだから」

「……それは?」

「恐らく今、()()()()()()()()()()()()()()()を提供するわ」

「――ソイツはクールだ。君は僕のほしいものが分かってるんだね」

「ええ。取引……する気になった?」

 

 ヨナタンは一瞬だけ思考を挟んだ。

 しかしすぐに計算は終わる。悩むだけの価値は、レイヴンを除いた盗賊団にはない。

 もし本当に欲しいものを差し出すなら、取引するのも吝かではなかった。

 

「ああ。君が本当に僕の求めるものをくれるなら、取引に乗ってもいい。で、君はそこまでして僕に何を求める?」

 

 掛かった――レイヴンは会心の笑みを浮かべた。

 勝ったのだ、賭けに。もう誰にも支配されない為の権利を手に入れられる。

 

「自由よ」

「……? ……具体的には?」

「貴方は私達を追わない、売らない、捕まえない。それだけでいい」

「無欲だね。結構なことだ。けどそれだけじゃ足りない」

「……どういうこと?」

 

 まさか要求したものを『足りない』と言われるとは思わず、レイヴンは聞き直してしまった。

 だがヨナタンは意地悪く、しかし親切だ。隠さずに事情を話した。

 

「君達が盗賊稼業を辞めない限り欲する自由は決して手に入らない。理由を説明すると長くなるから、簡潔に要点だけを押さえて言うと、僕の築こうとしている世界の在り方は小悪党を野放しにしないものだ。小悪党はより大きな悪に吸収され、大いなる善と二分した勢力として立ってもらうことになる」

「………」

「よってどのみち小悪党を卒業しないとならない。どんな取引をしても、求められる対価を渡せないとなれば成立しないだろう? だから僕からの要求は、その対価の形を変える事だ」

「……どんなふうに?」

 

 一息には飲み干せない話のスケールで殴りつけ、思考を挾ませた上で食い付きやすい話をチラつかせる――その話術は百戦錬磨のハンターとはいえ聞き流せるものではなかった。()()()()()のだ。

 反駁して意図を理解しようとした時点で、レイヴンは受け身になってしまった。その上で納得させられたなら――やはり役者が違い過ぎるということだろう。

 

「土地を与える。開墾して慎ましく生きればいい。正当な働きには正当な報酬を約束する。稼ぎが足らず遊べないと言うなら、僕のところに来て出稼ぎ(アルバイト)すればいい。仕事の内容はこちらが提示するけど、受けるか受けないかは君達の方で選ぶ権利もある。これが最低ラインだ。どうする?」

「………」

 

 レイヴンは考えた。

 薄々気づいてはいたのだ。いつまでもケチな盗賊稼業は続けられないと。

 彼女は頭のキレる女傑である。情報収集も怠らない。故に、世界が大きな力でうねり、在り方を変えようとしている事を感じ取っていて、その先の世界に自分達の生きる場所がない事も予感していた。

 考えれば考えただけ、選択肢が無い気がしてくる。ヨナタンの話は、蹴る余地がない。話が美味すぎるが、同時に理解し妥協できる権利もある。彼女は、悟った。どうやら呼びつけて交渉すると考えた時点で負けていたのだと。今まで通りの在り方を頑固に貫けば、待っているのは破滅だ。

 

 それでもいいと思えただろう。だがそれは、破滅を知らなければの話。知ってしまった以上、それでもいいとは思えない。――レイヴンは背筋が凍る思いだった。まさか、と固い唾を飲み込む。

 より大きな悪に吸収される……大いなる善と勢力を二分する……ヨナタンは善に属するだろう。だが、悪は? そもそも、そんな話をなぜ深淵狩りが知っている?

 

「まさかアンタ……()()()はアンタの――」

「おっと。要らない詮索はなしだよ。雉も鳴かなかったら撃たれないんだ。それで……どうするかの返事はまだかい?」

「………」

 

 冷たい汗が頬を伝う。

 とんでもない化け物を目にした気分だ。

 返す返すも思う。この時ばかりは変に勘の良い自分を呪わずにおれない。

 関わった時点で負けだ。関わろうとした時点で愚かだ。レイヴンはもう笑うしかない。

 だから笑った。

 

「参った。アンタの条件を飲む。代わりに……」

「分かってるよ。約束は守る。ついでに明言しておこうか? 君達は世界一発展する都市の、世界一幸福な市民になる。望めば法に抵触しない範囲と、僕の力と気分が及ぶ範囲で大抵の事は叶えてあげよう。もちろん君が僕の望むものをくれるならだけど」

「……分かった、ボス。降参するわ、降参。どうやらセイラムを避け続けるより、持ってるチップを全部アンタに賭け(ベットし)た方が良さそうだから」

 

 分かってるじゃないか、とヨナタンは微笑んだ。

 どのみち人類の今後はグリムとの決戦に掛かっている。死ぬか生きるかしかないならば、生き残った後の方を考えるしか無い。死んだ後の事なんて考えるだけ無駄なのだから。

 レイヴンはそうした悟りを得て、苦笑いしながら天幕の方を振り向く。

 

「出て来なさい」

 

 命じる声。レイヴンの言葉に従い、天幕から出てきたのは一人の少女だ。

 とりたてて美しくなく、覇気もなく、閃く知性も感じさせない――地味で臆病そうな――平凡な少女。彼女を観察したヨナタンは目を細め、レイヴンに少女の正体を訊ねる。

 

「彼女は?」

「察しはついてるんじゃない?」

 

 レイヴンは常の強気な笑みを浮かべ、そして言う。

 

 

 

 ――ここが、これまで幾つかあり、これから先にもある――ターニングポイントの一つだった――

 

 

 

「今代の【春の乙女】よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




レイヴン・ブランウェン
 原作主人公チームのリーダー、主人公ルビー・ローズの姉であるヤン・シャオロンの実母。美人だけど育児放棄母。センブランスを一言で説明すると「どこでもドア」

春の乙女
 レイヴンが失望するほど戦いに向かない少女。原作ではセイラムに奪われるのを恐れたレイヴンに殺され、レイヴンが春の乙女の力を受け継いだ。今作の時系列だとまだ殺されておらず、代わりにヨナタンへの貢物に。



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