“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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混沌の前夜

 

 

 

 

 白いコートの一張羅をビシッとキメて、高級ホテルの最上層で夜食を採る。

 

 ナイフでステーキを切り取り、上質なソースと絡めて口に運んだ。ゆっくりと咀嚼して飲み込むと、口の中に残った脂を流すために、値の張るワインをちびりと舐める。そうしながら眼下に広がる夜景を見下ろすと、ローマンは皮肉げな笑みを浮かべた。

 我ながら陳腐な『金持ちの優雅な一時』を過ごしているが、なかなかどうして悪くない気分だ。昔では考えられない立場に成ったなと、感慨深い気分にもさせられる。

 

 嘗てヴェイルのケチなマフィアだった。それがどうだ? 今や新設された中立都市マドンナリリーの有力者の一人だ。マドンナリリーでも利権を二分するSOCの社長の座にあり、妻子まで出来ている。

 今のローマン・トーチウィックは世界的に見てもまずまずの成功者だろう。だがここで終わりではない。寧ろこれからが本番なのだ。凡人は守るべきものができると守りに入り、保守的な人物に変わりがちだがローマンは違う――子供は可愛い、妻にもそこそこ愛着はある、だがそれよりも胸が踊って仕方がない。世界の片隅で粋がるだけだった鼠が、どこまで行けるか気になってしょうがないのだ。

 

 マドンナリリーは、完成した。

 

 世界に打って出る橋頭堡、活動の主軸となる根拠地が完成したのである。

 斯くなる上は踊り狂おう。もはや立ち止まれない所にまで来ている。そも、最初から止まるつもりもない。世界を舞台にしたゲームで遊び、自分の手で良いように転がしてやろう。

 何。ジャンル違いの骨董品ども、知性が足りず頭の軽い野蛮人どもの相手なら盟友が勝手にしてくれる。ローマンと盟友の仕事は綺麗に棲み分けできていた。どちらにとっても互いの存在は有用であり、競合して敵対するような事には絶対にならない。

 

【気分が良さそうだな、トーチウィック】

 

 丸ごと貸し切ったホテルのフロアに、唐突に闇が現れる。

 傍らにはレイヴン・ブランウェンの姿があった。

 

 この四年間で盟友の信頼を勝ち取り、計画の中心部にまで食い込んできた女のセンブランスによって、遠方から遥々やって来たのは今をときめく悪の首領【テュルク・アッティラ卿】だ。

 ヴァキュオ王国を掌握後、四年前からミストラル王国に勢力を伸ばし、今や二国間にも留まらずアトラス・ヴェイル王国でも危険視される者。桁外れの実力で障害を捻じ伏せ、軍やハンターを返り討ちにすること数知れず、ミストラルでも【カオス】の構成員は堂々と表通りを歩くまでになっていた。

 警察も、軍も、ハンターまでもがアッティラとカオスを掣肘できない。事態を重く見た各国が、彼らの検挙に本腰を入れても捕まるのは末端のみ。それすらカオスの奪還部隊に襲撃され、逮捕された者もすぐに身柄を奪い返される始末だ。カオスに関連するニュースが流れない日はない。各国の権威や求心力は日に日に低下し、アッティラを打倒できない事を批判する市民はどこにでもいた。

 

 カオスの魔の手は、アトラスとマドンナリリーにはまだ及んでいない。手つかずだったヴェイルに勢力が伸びるのは時間の問題だ。順調に――カオスは世界の敵になりつつある。いや、もう成った。

 カオスの勢力は余りに強く、チンケな小悪党を赦さない。従属か死を迫るのだ。場所によってはカオスが支配する事によって治安が回復した地域もあり、却って国よりも支持する輩まで出てくる始末。国としてはアッティラの存在は認められないだろう。だからこそ映えるものもある。

 

 内心アッティラと直接会っている所を他人に見られたら、没落不可避だなと笑った。そんなヘマをするローマンではないが――既に充分な富と名声を得ていながら、枯れる事のない野心家は立ち上がって巨悪を迎えると、剽軽な態度でおどけながら一礼する。

 

「やあ! 待っていたよアッティラ卿! それから……ヨナの右腕さん?」

「私には構わないで、さっさと要件を済ませてくれる? こっちはまだ仕事が残ってるんだから」

「ハッハー、仕事のデキる女は大変だな? オーケー、そういうならさっさと済ませちまおう」

 

 レイヴンとローマンの関係は、良くもなければ悪くもない。どこまでもビジネスライクな間柄で、互いにそれをよしとしていた。深く関わり合いになるのは避けられないが、かといって親密になる気もない。

 しかしレイヴンがローマンをどう思っているかはさておくとしても、彼はレイヴンに対して好意的だった。何故なら彼女のセンブランスは極めて有用で、レイヴン自身も有能だ。ハンターとしての技能を有していても本質的には自分本位で、ヒロイックな精神を有していないのでローマンの神経を逆なでもしない。ヨナタンもそうした彼女の在り方を買い、情ではなく徹底した利益と安全で彼女の忠誠を得ていた。

 不変の忠誠ではない。金で買った契約だ。だからこそ信頼できる。レイヴンとしてもヨナタンと敵対すれば、自身の能力の事もあり真っ先に殺されるのは理解しているので、秘中の秘であるアッティラとの関係性を誰かに告げるつもりはなかった。また、カオスを利用した世界再編計画にも同調している。なぜならその方が旨い立ち位置にいられるのだから。

 

 悲しむべきは、レイヴンが有能過ぎる事だろう。優秀であるが故に、ヨナタンから彼女に対する仕事の依頼はなくなる事がない。仕事を受けるか受けないかはレイヴンの自由意志によるが、自身の一族に与えられた土地を豊かにするには金が幾らあっても足りないのだ。忙しくて目が回りそうだろう。

 

「アッティラ卿。マドンナリリーは、遂に完成した。アンタを迎え入れる準備が整ったんだ」

【であれば、計画通りにオレも動こう】

「いや、その前に一つ頼まれてくれ」

 

 アッティラは機械だ。プログラムされた使命の為に、自ら考え行動する『感情のないヨナタン』である。彼の実力は無条件で信頼するに値した。故にローマンは彼に依頼するのだ。

 

「くどいようだがマドンナリリーは完成した。警察機構は万端で、ハンターも数多く駐屯しているから軍事面での防備は充分だ。政情は完全に一本化してるから割れる心配もない。()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()と?】

「その通り」

 

 当意即妙、打てば鳴る鐘のように真意を読み取るアッティラに、ローマンは笑みを浮かべて肯定した。

 

「私のSOCをはじめとした企業は商業面でも高度成長期に入った。こうなったらもうシュニー社は邪魔でしかない。ダスト産業のシェアを独占されてるせいで、その方面での業績の伸びもイマイチだしな。SOCと正面からやり合える奴がいるのは旨くない……叩き出してくれ」

 

 シュニー社は本当にマドンナリリーの発展に大きく寄与してくれた。彼らがいなければあと五年はマドンナリリーの成立は遅れていただろう。そういう意味では恩人だが、これから先は競争相手でしかない。

 消せるなら消す。ローマンは冷徹だった。だが、経営者としては正しい。手段は非合法だが、目障りな相手に掛ける情けなどは微塵も持たないのだから。アッティラもまた頷いて同意を示し提案する。

 

【構わんが、シュニー社だけを狙い撃ちにする口実がない。やれと言うならやるが、貴様の所にも挨拶に行く事になる。ダミーを幾つか用意し、必要経費として割り切れる範囲で本命も交えておけ】

「話が早くて助かるね……了解してるとも。テキトーに情報を流すから、ソイツを襲ってくれたらいい。シュニー社をマドンナリリーから叩き出した後は、前に決めた通りの手筈で動いてくれよ」

【ああ。オレはミストラルから動かん。貴様らがカオスを蹴散らした頃に、ミストラルで待ち構えるオレの所に乗り込んでこい。祭りの準備はこちらで済ませておこう】

 

 言って、アッティラがレイヴンを一瞥する。

 嘆息した女が赤刀を振るうと、空間が縦に割れて別の空間に繋がった。

 その闇の中に黒甲冑の偉丈夫は消えていく。それを見送ったレイヴンがゲートを消し、また別のゲートを開くとローマンを横目に見る。

 

「私も人の事は言えないけど、ろくな親じゃないわね」

「ハッ……」

 

 やれやれと首を振りながらゲートの向こう側に消えていくレイヴンに、ローマンは失笑する。

 ろくな親じゃない? それがどうした。ソイツを決めるのはお前じゃない。

 ローマンは椅子に座り直して、つまらない諧謔を口にした。

 

「私の所の子供(チビ)が、まともな親で満足するかよ」

 

 可愛い盛りで元気盛りの四歳だが、誰に似たのか小賢しい上に口が回る。

 快楽主義めいて娯楽を貪るガキに善も悪もありはしない。ろくでなしの親からも、平然とオモチャをせびるぐらいだ。神経も太くて悩ましい限りである。そこらのクソガキと同じ尺度で図れるものか。

 

子供(チビ)達も、家内(オンナ)も、私にとってはただの道具さ……世間様は単純だからな。良い夫で良い父親だって見せかけるだけで、私の株が面白いほど上がる。まったく、都合の良い駒だよ」

 

 言いながら懐中時計を取り出す。その内側に仕込んだ小道具(シャシン)に写る、双子の子供とその母親を見るローマンの顔は――台詞とは裏腹に、ほんの微かに緩んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

『――やはり強い、強すぎるゥッ! ヨナタン・ナーハフォルガー、大勢の予想を覆す事なく無傷のまま優勝を決めました! ヴェイル地区バトルトーナメント八連覇を成し遂げたのです! 無敗の王者が現れて八年……あと二回、あと二回優勝するとナーハフォルガー選手が十連覇という大偉業を成し遂げてしまうッ! 頼むから早くプロになってくれェッ!』

 

 淡々と試合を終わらせると、喝采が浴びせられる。

 しかしそれは最早、『ああまたか』『まあヨナが勝つよな』という、ある種の予定調和を見た事に対するお愛想でしかなかった。

 ヨナタンは嘆息する。

 裏で繰り広げられるトトカルチョは、ヨナタンの対戦相手が試合で何秒立っていられるかという内容に切り替わってしまった。それはどうでもいいが、微妙な罪悪感から目を背けられない。

 背けてはならないとも思う。前途ある選手が脚光を浴びる機会を、自らの名声の糧にしているのだから。今頃落ち込んでいる少年少女が居たら慰めてやりたいのが正直なところだ。

 僕に負けたからと腐らないでほしい、僕に負ける事は恥ずかしい事じゃないんだ、と。

 そう言えば、きっと顰蹙を買ってしまう。勝者からの慰めは傲慢なセリフにしか聞こえないのだ。ヨナタン自身も己が傲慢な人間である自覚はあるが、かといって直そうとも思っていない。

 顰蹙を買ってまで晴らしたい罪悪感でもなかった。なら沈黙を金としよう。

 

「はぁ……」

 

 八連覇もしていると、流石にヨナタンの名と顔はレムナント全体を見渡しても著名な部類になっていた。あけすけに言うと有名人になっている。ヨナタンの顔写真を雑誌の表紙にしたものや、ポスターの類いもそこそこ貼り出されており、堂々と出歩いていると人の耳目を集めるようになっていた。

 だが変装はしない。どんなに煩わしくても、自分という存在は隠さない。物憂げに嘆息して辺りを見渡すと、女性の黄色い歓声が上がった。レストランで夜食を採るポーズをしていると、ヨナタンから視線を向けられた女性客が興奮してしまったらしい。苦笑しながら手を振ると、友人同士でキャッキャと陽気な笑い声を上げて笑顔を向けてきた。

 

「やあ。人気稼ぎに余念がないじゃないか、ジュリアス。いや……ヨナタン」

 

 近づいてくる気配には気づいていた。

 杖をついて傍に立った白髪の男が、黒いレンズ越しに自分を見ている。

 ヨナタンはそちらには視線を向けず、彼に着席を促した。

 

「久し振りだね、オズピン」

 

 椅子を引いて対面に座った男、オズピンの顔を見ずに言う。彼は苦笑した。

 

「オーケー。私が悪かった。もうジュリアスの名は出さない約束だったね」

「分かってるならいい」

 

 フン、と鼻を慣らしてオズピンの顔を見る。

 ヨナタンは眉尻を落として笑みを浮かべてみせ、彼の顔色を軽い口ぶりで揶揄した。

 

「相変わらず辛気臭い顔をしているね。その見るからに不幸でございって顔はやめてほしいな。せっかくのディナーが不味くなる」

「手厳しいな。生憎この顔は生まれつきだよ。――それで、何の用があって私を呼び出したのかな?」

()()()。僕達の大目的は一致している、行動を共にしていなくとも僕達は同志だ。話し合いなんて必要ない。こうして僕に()()()()()()のは君だ、オズピン。『何の用だ』は僕の台詞だよ」

 

 ヨナタンはマドンナリリーに確たる地位を築いているが、アカデミーの籍は未だにヴェイルに置いている。深い意味は特にないが、移籍していないのはオズピンへの単なる義理立てだ。

 オズピンはヴェイルにあるビーコンアカデミーの学長である。謂わばヴェイルこそが彼の膝下であり、ヨナタンの『ヴェイルにあるアカデミーの生徒である』という肩書を利用して呼び出せるのだ。

 こうしてヴェイル地区トーナメントの開催日だけ渡航して来るのは例年通りの事。そんな時期を狙ってコンタクトを取ってきたのはオズピンであり、会って話さないかと言ったのはヨナタンだ。

 ()()()()()を鑑み、総括的に状況を俯瞰して判断すれば、何某かの相談に見せかけた駆け引きを仕掛けてくるのではないかと踏んでいた。その読みが的中したと確信したのは、オズピンが一人で来たからである。

 彼が伴を連れていれば、ヨナタンは彼からの話はないと思っていたところ。そうでない以上は何を言っても白々しくしか聞こえない。――ヨナタンの目を見てオズピンは苦笑を深めた。

 

「流石だ、と言っておこう。私は確かに君に話したい事、話してもらいたい事があってコンタクトを取った。場所を変えなくてもいいのかな?」

「構わないよ。顔色を変えず、平素の声音で話していれば、意外と人は気にしないものさ。その程度の腹芸はこなせるだろう?」

「では――ああ、すまないお嬢さん。ココアを一つ頼む」

 

 オズピンがウェイターを呼び止めて注文する。それから、注文の品が届くまでの間は沈黙が二人の間にはあるのみだった。無言でディナーを済ませていくヨナタンは、ちらりと視線を他の客に向ける。

 男女四人の友人グループだろう。彼らは口々に不安や憤りを話していた。ミストラルやヴァキュオの現状、カオスの跳梁。それらを制せない王国の不甲斐なさを詰り、対応策を会議している。自分が議会に議席を持っていたらああするだのこうするだの。市民としてはヴェイルにもカオスの手が伸びてくるのではないか不安だの安心だの。

 

「――相談したいのは、まさに彼らの話している内容についてだ」

 

 オズピンが言う。

 

「カオスについてかい? そんな事は議会の能無し共にでも聞かせてやると良い。プロフェッサー・オズピンなら正しい対応策を取れるだろう」

「買い被りだよ。議会は私などより遥かに冷静かつ理性的だ……だが君は議会の能力を信用していないようだね」

「していないさ。彼らは無能だよ。今の在り様は衆愚政治だと断言する。けど今の世界情勢には相応しくない政治形態でも、後の時代になら適切なものだろうとは評価しているけどね」

「――王がいた方がいい、と?」

「オフコース。今は非常事態の只中だ。呑気に議論している暇があるなら、絶対的権力を持つ統率者が強権を振るい衆愚を引っ張っていく方が良い。もちろんこれは僕の個人的な思想で、それを世界に広めようとは思っていないよ。世界を混乱させる事態は僕も望んでいない」

 

 それで、と言いながらナフキンで口を拭き、ナイフとフォークを置く。

 

「――結局、カオスの件で僕に相談したい事っていうのは何かな?」

 

 ヨナタンの見透かすような眼差しは、多くの人間が心的負担を覚えるもの。隠そうにも隠しきれない叡智と、類稀なる精神の重厚さがそうさせるのだ。だがオズピンは臆さない。

 現行世代の中でも数少ない、ヨナタンと対等に話せる人間がオズピンだ。

 

「カオスは、ヴァキュオ発祥の反社会勢力だ」

 

 口火を切る声音は、凪いでいる。

 

「謳う題目は現行体制の打破。無能な国家上層部、議員を粛清し、アカデミーの権威を失墜させる。その後に統一国家を樹立し、力を以て締め付け、グリムという共通の敵に相対すると彼らは言っている」

「そうだね。それが?」

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようじゃないかな」

 

 ポーカーフェイス。

 互いに、表情にはなんの色も浮かんでいなかった。

 コーヒーを口に含んだヨナタンは、一拍の間を空けて応じる。

 

「うん。言いたいことは分かった。でも僕の答えも君は知っているはずだね」

「もちろん。真実はどうあれ、君は否定するだろう。証拠はないし、私も君と決裂してまで追求したいとは思っていない。ただ、少なくとも君はカオスに関与しているのではないかと私は思っている」

「根拠は?」

「カオスが()()()()()()()()()()()()()()からだ」

 

 ヨナタンは、笑っていた。心底楽しんでいるかのように。

 いや、事実この遣り取りを楽しんでいた。

 同じ条件でカードを配りゲームをしたいと思うほどに。

 だが、悲しいかな。彼我に配られたカードは、中身も、数も違い過ぎる。

 今のオズピンの手札では、到底ヨナタンを暴けない。

 

「ヴァキュオを掌握し、ミストラルを侵食し、次にヴェイルを狙っている。だけどミストラルとヴェイルの間にあるマドンナリリーに手を出さないのは不自然な動きだ……そう言いたいわけだね?」

「……その通り。君は何を成そうとしている? 私達は同志だろう、打ち明けてもらいたいものだ」

「誤解しているようだね。僕は悪い事はしていない。それに、隠し事があるのはお互い様だろう? そちらが僕に隠していることを話してくれるなら、僕も秘密を打ち明けてもいい。けど君は話してくれないだろうね。君の秘密主義の根幹にあるのは()()()()()()だからだ。心の奥底では、この僕にも疑惑を懐いている。()()()()()()()()()()()

「――――」

 

 人外の洞察力は、オズピンの思想と行動から彼の内心を掴んでいた。

 

 オズピンは頻りに教え子へ人を信頼する事の大切さを説いているという。それは正しい。だが些かくどかった……。レイヴンからの情報提供、彼の普段の態度、ヨナタンには秘密を明かしたように見せかけて話していない部分があること……総括してみれば分かりやすい。実に、人間らしい男だ。

 ヨナタンはオズピンに好意的である。素直に評価している。彼の功績は偉大であり、その力は人類にとってなくてはならないものだと認めていた。しかし――彼は致命的なまでに、人間で在り過ぎる。

 幾度も転生を繰り返した彼は、セイラムと戦う中で何度も裏切られた。そんな背景が透けて見える。故に、ヨナタンはからかうような口ぶりで、彼の心をえぐった。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

「………」

「それを僕に明かしていないのは何故だ?」

「……っ」

「レリックの在り処と、使い方、女神の力を持つ乙女はどこにいる?」

「――――」

「ついでにレリックを揃えたら何が出来るのか、何が起こるのかも知りたい。――ほら、隠し事が多いじゃないか。そんな様で僕にだけ秘密を話せというのは虫が良すぎるね。僕は信頼には信頼で応えるけど、そうでないなら最低限度の態度しか取るつもりはない」

 

 実を言うと、レリックの在り処だけは見当がついている。故に奪おうと思えばいつでも奪えるだろう。そうしていないのは、単にオズピンと敵対してまでレリックを奪う意義を見い出せていないからだ。

 ()()()()()()()()()

 だからヨナタンは微笑む。精神的な弱点を抱えたままのオズピンでは、自分との駆け引きで勝つことは出来ない。弱点を克服したなら油断ならないが、それならそれで愉しめるから歓迎しよう。

 

「……私が誤解している、というのは?」

 

 痛い点を突かれたからだろう、オズピンは露骨に話題を逸らした。

 いや、論点を戻したと言うべきか。

 彼の質問に、ヨナタンは肩を竦める。

 

「カオスと僕は無関係だ。()()カオスに何も指示していないし、取引もしていない。ついでにカオスが結成されるに至った経緯も知らないね。徹頭徹尾、僕は彼らの活動に関与していないよ」

「では彼らはなぜマドンナリリーを襲わない? あそこは新設都市だ、だからこそ富は集まっているし、自らの存在を誇示する為に襲うのは充分に有り得るだろう。彼らの粛清の対象も多い」

 

 粛清の対象とは、主にシュニー社をはじめとする既得権益の連中だ。アトラス軍の最新軍事兵器やそのデータもある。マドンナリリーを失陥させ手中にしたなら、確かにカオスの利益は大きいだろう。

 それに対してヨナタンは告げた。

 

「それは、僕とカオスのリーダーが知り合いだからだろうね」

「……なんだって?」

「彼らはマドンナリリーを襲わないんじゃない。もう襲ってる事が明るみに出る瀬戸際で、僕が食い止めた。そして()()()()()()カオスのリーダーは攻撃命令を出さないんだろう」

「……カオスのリーダーは、テュルク・アッティラという名だった。その彼と戦った、と……? なら何故、彼は今も生きている?」

「単純な話だよ。アッティラは強かった。それこそ()()()()()()()()()()()()()()ね」

「――――」

 

 何度目かになる絶句。だが今回のそれは、オズピンをして心底から驚愕させた。

 

 深淵狩りと戦い生き延びるのみならず――互角? 引き分けた?

 そんな馬鹿な。それが事実なら、アッティラはどれほどの怪物なのだ。

 疑わしい。だが真実なら納得できる。辻褄が合うのだ。それほどまでに強いなら、確かにヴァキュオやミストラルの軍、ハンターでは太刀打ちできまい。良いようにされているのも理解できる。

 同時に、オズピンの肝が冷えた。

 それほどの強さを持つと知られたら――いや、知られずともカオスの勢力は強大だ。セイラムが目をつけないとは思えない。もしアッティラがセイラムと手を組んだら……悪夢だ。

 

 それが分かっているのかいないのか、ヨナタンは呑気に笑っている。――もちろん、ヨナタンは何もかも分かっているのだが。何せ実際に交戦した訳ではないが、()()()()()()()()()()()

 謂わば、先の予定の話をしているのだ。さも過去の話をしているかのようなヨナタンの欺瞞である。だがオズピンには想像もつくまい。彼は誰も信じていないが、誰を疑ってもいないのだから。

 

「ああいう天然のモンスターがいるから人間には呆れるよ。彼は僕にしか止められないし、逆に彼もそう思っているかもね。だからリスクを犯してまでマドンナリリーには手を出さずにいるんだと思う」

「……世界は今、混乱の極みに至ろうとしている。なのに君は何もしないでいるのか?」

「心外だね。僕はこれでも忙しいんだ。色々と片を付けてから対処しようと考えていただけで、何もしないつもりはないよ。アッティラは僕が殺る……ああ、捕まえるなんて甘い事は言わない。殺すよ」

「………」

 

 はっきりと断じるヨナタンに、弱気はない。

 戦い続ければ勝てる確信がヨナタンにはあると理解したオズピンは席を立った。

 

「もう話は終わりかい?」

「ああ、意外な展開だったが有意義な話ができた。だが最後に確認したい事がある」

「なんでも聞いていいよ。答えるかはさておきね」

「なんてことはない質問だよ。君の進路に関してだ、ヨナタン」

「僕の?」

「ああ。今のアカデミー卒業後、君はどこに進学するつもりなのかな? 段階を飛ばしてプロになる道もあるが……」

()()()()()()()よ。僕だって人間だからね、一度きりの青春を溝に捨てたくはない」

 

 ヨナタンの台詞を諧謔だと思ったのか、オズピンはくすりと笑って立ち去って行く。

 そんな彼を見送って、会計にいった。

 このレストランのディナーは、まずまずな味だった。二度と来ないだろうが他人に勧める選択肢の一つには入る。値段相応だから食べても損はしない、という評価だ。

 

(プロローグは終わり。これから先はメインテーマを語る時間だ)

 

 ひそやかに呟き、ヨナタンも軽い足取りで去った。

 

 

 

 

 

 

 

 




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