――そして、現代――
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レムナント最北にして極寒の地、ソリタス大陸。
グリムをも寄せ付けない過酷な気候に支配され、開拓民が生き残る為にいち早くダストの採掘と、科学技術の発展に尽くした成果として、遂に旧きマントル王国は歴史の影に埋もれ後継国家アトラス王国が成立した。
そのアトラスに本社を置くエネルギー製造会社があった。社名は今や知らぬ者のいない【シュニー・ダスト・カンパニー】である。そこには或る男が勤めており、男は今、大慌てで病院へと車を走らせていた。
「……えぇいッ!」
渋滞に巻き込まれ、苛立たしげに愛車のクラクションを鳴らす男の名はパトリオット・ナーハフォルガー。入社とともにシュニー社の技術部に配属されて以来、僅か十年で技術部長の座に至った若き俊才である。
シュニー社はレムナント最大のエネルギー製造会社だ。その本社で、多くのライバルを抑えて立身出世し、頭角を現したパトリオットは極めて優秀な社員であるだろう。それは主観的、客観的に見ても変わりのない評価である。
その優秀さはシュニー社の社長ニコラス・シュニーも知るところであり、ニコラスが社長の座を退き娘婿のジャック・シュニーが跡を継いだ後でも評価が変わる事はなかった。だからこそ信頼の置ける部下を欲していた新社長ジャックはパトリオットに目をつけ、彼を部長職に就けたのである。
故に
ジャックも満足していたのだ。新社長として辣腕を振るうには、足場を固めて周囲の信任を得ると共に確かな実績が必要であり、その実績を上げる事でパトリオットを重用したジャックの評価も相対的に上がったからである。
(――子供の誕生に立ち会えないようでは夫の、父親としての沽券に関わるだろうが!)
そのパトリオットは今、焦っていた。我が子を身籠っていた愛する妻が、今に出産の時を迎えそうであると連絡を受けたのだ。
ちょうど手が空いていたこともあって彼は大慌てで退社し、こうして愛車を走らせて病院に駆けつけようとしている。しかし運悪く渋滞に捕まってしまった。我が子が生まれる時は必ず妻の傍にいると固く誓っていただけに、その焦りはパトリオットの心神を強烈に焼いている。
「……クソッ!」
一向に解消される気配のない渋滞に、パトリオットは焦れて車から飛び出した。病院に向けて自身の脚で走り出したパトリオットは、運転代走業者に連絡して愛車を任せる。本音を溢すなら他人に自分の車を運転させたくはなかったが、そんな程度の低いこだわりで時間を浪費するわけにはいかなかった。
オーラを纏う企業戦士。発動するのは【身体強化】のセンブランスだ。
走り出してすぐ息が荒くなってくる事で、パトリオットは自身の体が鈍っている事を自覚する。だが
息も絶え絶えで、なんとか目的の病院まで走り込む事ができたパトリオットは、彼の到着を待っていた看護師の案内の下、神経質なまでの除菌作業を受ける。当然の事だとしてももどかしく、気を逸らせるパトリオットは作業の終了と同時に陣痛室へと駆け込んだ。しかし、既にそこに妻の姿はなく、奥にある分娩室から妻の苦しむ声が聞こえてくるではないか。
既に出産が始まっているのだ。パトリオットは泡を食って入室する。そこでは新たな命を生み出すために、担当助産師・医師・世話係が妻の出産のサポートをしており、とうの妻は産みの苦しみを味わって大粒の汗を流していた。
妻はパトリオットがやって来た事にも気づかず苦悶の声を上げ続けている。堪らずパトリオットは妻の傍に行くとその手を握りしめた。漸く微かに目を開けて夫の姿を認めた妻は、少し安心したように微笑むも、すぐに苦しみを思い出して悶える。その出産の苦しみは、男ではショック死するほどの苦痛であるという。パトリオットは懸命に「頑張れ!」と励ますしかない己の無力さにほぞを噛む。
普段は非力なのに、どこからそんな力を出しているのかというほど、妻はパトリオットの手を強く握る。それに応えて握り返す事しかできなかった。
やがて、妻の苦悶の声が止む。と、同時に割れんばかりの鳴き声が轟いた。
「やった! 元気な男の子ですよ!」
担当助産師が歓喜の叫びを上げ、それにも勝る歓喜と感動を味わいながら、妻は手渡された赤ん坊を抱き上げる。しわくちゃで、お世辞にも猿のようにしか見えなかったが、しかし妻は己の赤子が世界で一番可愛いと確信する。
呆然とするパトリオットに、妻は赤ん坊を抱いてほしいと言う。それに応えて、ほぼ無意識に担当助産師を介して渡された我が子を、慣れない手付きで抱き上げたパトリオットは我知らず呟いた。
「なんという事だ……」
出産は、死闘である。それを乗り越えた直後だった故に、担当助産師をはじめとする病院関係者や、目が霞んでいる妻は気づくのが遅れた。健康状態の有無であるなら即座に気づいただろうが、そうではないのだ。
ある意味で部外者であったパトリオットだからこそ、いの一番に気づいたのである。
「あなた? この子の名前はどうします?」
「あ、ああ……」
妻――トリシャの声に、パトリオットは呆然としながら応じた。
「ヨナタン……
ヨナタン、と。
そう名付けられた赤子の背中には――特徴的に過ぎる【痣】が浮かんでいたのである。
それは、パトリオットの一族に伝わる伝説の徴。
起源すら定かではない旧き伝承の一つ、【深淵狩り】の特徴だった。
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ヨナタンは才気煥発なる神童であった。
誕生したその時から歯が生え揃っていたばかりか、類稀な才気の発露なのか生後10ヶ月にして言葉を発し、しかもその意味を完全に理解していた。
それ以前にも必要のない時以外は全く泣かず、代わりによく笑って愛嬌を振りまきパトリオット夫妻を和ませ、生後半年でものを掴めば立ち上がる事もできるようになっていて――それのみならず、何にでも興味を示して屋内を歩き回り、トリシャが目を離した隙に家の外に出ようとまでした事もあった。
それには流石に肝を潰したトリシャは監視の目を光らせねばならず、叱っても直らないその癖だけが唯一トリシャを悩ませたのであった。――それ以外では手の掛からない子供だったからこそ余計に悩んだものである。
――パトリオットの。ナーハフォルガーの一族は、多くの【深淵狩り】を輩出した一族だ。
唯一ではないにせよ、なぜ彼の一族に伝承の存在が生まれ易いのかは定かでない。が、由緒正しき戦士の家門である事は公然の事実であり、アトラス王国内でも重きを置かれる名家であるのは確かだ。
一説によるとアトラスの前身であるマントルで、大戦勃発の阻止や、大戦中にて和平に尽力したものの謀殺された政治家もまた【痣】を持っており、ナーハフォルガーの遠縁の親戚であったという。
また【ハンター・アカデミー】の創設に向けて暗躍し、大戦終結後にファウナスの権利獲得に働きかけ、アカデミーでの教育の基本となるノウハウを構築した者も、【痣】を有していたのは教本にも記されている事実だ。
その知名度は、【シュニー・ダスト・カンパニー】に勤めるパトリオットのスピード出世の裏には、社長であるジャックがその血筋に目をつけて、アトラス軍に対する伝手を手に入れようとしているからだと、まことしやかに噂されるほどに有名であり、ジャックとしてもその噂を否定する事はないだろう。
実際にナーハフォルガーの名や血を有する者は、グリムとの戦いや他国との戦争で功績を挙げること著しく、その強さは常軌を逸し、勇猛果敢にして精強なる戦士または軍人との評を手にしていた。
そうした家門であるから、ヨナタンもまた慣習に従って戦士としての英才教育を施されるのは必然である。とはいえパトリオットの例があるように、伝統として戦士の技能を叩き込まれこそすれど、必ずしも軍人やハンターになる事を強制されたりはしないが――パトリオットの親戚一同、特に【痣】を持つ者を直接知る老人達は、【痣】を持って生まれたヨナタンに過度な期待を向け、伝説の再来となる事を切に望んだ。
「懐古主義の老害共が……! 私達の子供をなんだと思っている……!」
伝説の再来であろうが、そんなもの知ったことではない。ヨナタンは愛する妻との間に出来た初めての子供であり、パトリオットはそう憤慨したものだが現実は厳しかった。
一族の分家の出であるパトリオットや、トリシャは可能な限り抗おうとはしたものの、アトラス内で根強い影響力を有する本家の親戚達への抵抗には限界があった。ヨナタンの幼少期が過酷なものになるのは必然だったのである。
物心がつく以前から、教育係と称して訪れた元ハンターや元軍人の親戚に、武器の扱い方や戦略を教え込まれ、人間同士での戦闘行為全般はもちろん対グリムを想定した戦術も叩き込まれた。その教育工程は幼い子供の情操を歪ませるに足るものであったが――パトリオット夫妻にとって幸いだったのは、ヨナタンが想像を超える天才児だった事だろう。
訓練を開始して早期にオーラに目覚め、更にセンブランスをも発現。普通の子供であれば難儀する苦難を平然と乗り越え、人格的に歪む事が全く無かったのである。驚くべき事に幼いヨナタンにとって、戦闘訓練に関する全てが大人達の
一族を通して連綿と受け継がれてきて、パトリオットにとっても思い出したくもないほど過酷だった戦闘教育の全てが、ヨナタンからすると
――当然だ。
ヨナタンは教えられる事の全てを
言うなればヨナタンは、過去の亡霊という名の守護霊の加護を、これでもかと受けた天才児だったのだ。結果としてヨナタンからして見ると、自身よりも遥かに年配の教育係たちの指導は
斯くしてヨナタンの存在は、一族内の老人によって喧伝され、アトラス王国の上層部に周知される事となる。それは政府と軍の注目を大いに集めた。
【痣】の持ち主は傑物揃いである。将来の有能さは約束されたも同然であり、ハンターや軍人、あるいは科学者になるかは未定であっても、今の内から自分たちの紐付きにするのもいいかもしれないと思うようになった。
そしてそれは新たにアトラス軍を率いる事となった新将軍、ジェームズ・アイアンウッドも同じである。有能な人材は幾らいても足りるという事はないのだ。青田買いと同じで、能力と人格が保証されているに等しい【痣】持ちの存在を見過ごしては、多くの人の上に立つ者として失格である。
五歳になると、軍部の戦技教導官をして「もう教えられる事は何もない」とまで言わしめ――正確には最初から他人の教えを必要としなかった――ヨナタンは、既に傑物の片鱗を見せ始めている。
流石に大人の軍人に勝つ事は不可能である様だったが、それはヨナタンの体力や身体能力が必要水準に達していないからであり、肉体が成熟した暁にはアトラス随一の戦士になるだろうと指導した誰もが太鼓判を押した。
特に刮目するべきは内包するオーラ総量である。それは五歳にして、成人した一流のハンターを超えかねないほどのものであり、アイアンウッドがそれを知ると将来的に軍へ引き込む事を目論んで策謀を巡らせた。
有能な人材は必要不可欠だ。特にヨナタンの年代となると、次代を担う新世代である。それが他国に流出するような事態は避けるべきであり、アトラスに縛り付けるには相応のしがらみが必要になってくるだろう。
アイアンウッドはヨナタンの両親を調べ、彼の父親がシュニー社の技術部長であり、社長であるジャックの信任厚い男である事を知る。――アイアンウッドが考えるに、人間を縛り付けるのは簡単だ。首輪を付けるのである。
首輪の名は情と責任、財産と地位だ。
失いたくないもの、離れたくないものを用意するのだ。
もっと簡単な方法として洗脳という手段があるが、どうもヨナタンにはその手の教育は通じないようだ。それはヨナタンに限った話ではなく、【痣】の持ち主は総じて強固な自我を有しており、自己を曲げた試しがないらしい。
――それとは別の話として、シュニー社の社長ジャックは軍部への伝手を欲している。ダストを取り扱うシュニー社の性質上、取引の相手として軍を外す訳にはいかず、将軍であるアイアンウッドは顧客として最上に近い存在だ。
故にジャックは、アイアンウッドがヨナタンに目をつけている事を聞きつけると閃いた。ヨナタンという【痣】持ちは、シュニー社の技術部長――自身の側近であるパトリオットの息子だ。それが軍に入れば強力なコネになる。
だが忘れてはならないのは配慮と根回しだろう。ヨナタンはジャックの子ではなく、近い将来右腕になることを期待しているパトリオットの子である。誠実なパトリオットの反感を買ってまでやることではない。
よってジャックは最初にパトリオットへ話を通した。すると案の定、パトリオットは良い顔をしなかったが、ジャックは彼が口を開く前に説得する。君の息子に強制する気はない、ただ選択肢を増やしてあげるだけだ、彼が何を選んでも尊重し意志を曲げさせようとはしない、と。
パトリオットはそれに、一つの条件を付け加えるなら何も言わないと約束した。それは我が子がアトラス王国を一度離れ、外国で見聞を広められるようにする事である。
ずっとアトラスに――本家やシュニー社、軍の近くにいたのでは良いようにされる事が自明だったからだ。ジャックはそれに同意し、約束した。
どのみちヨナタンが完全に軍の所属となれば、そのコネは必ずしも有効に機能するとは限らない。心底から軍の忠実な下僕になってしまったら、必ずしもシュニー社に益する存在になるとは確信できなくなる。
パトリオットを通してシュニー社に利益を齎す事も可能ではあるだろうが、先を見据えるならヨナタン本人とシュニー社で直通の人脈を築くべきだと判断していた。その為にはシュニー家と個人的な繋がりを持たせるべきだろう。
しかしシュニー家の長女であるウィンター・シュニーはジャックの反対を押し切って、ハンター養成学校アトラス・アカデミー卒業後は軍属になる道を選び、シュニー家の相続権を放棄する意思を固めてしまっている。
そこでジャックはヨナタンとほぼ同年代である次女――次期社長となる事を期待している令嬢ワイス・シュニーを使うことにした。
ジャックとて人の親である。娘たちに対する愛情はある。しかしシュニー社の利益も同時に考える必要があり、愛情と社の利益を両立させるには、政略として娘を利用すると共に、ヨナタンと良好な関係を築かせねばならない。
その点でジャックは心配していなかった。彼はヨナタンと直接会ったことがあるが、とても五歳とは思えないほど聡明で人格面も信頼できる。ワイスと引き合わせるだけで、自然と仲を深める事は想像が付いた。
ジャックとアイアンウッドの思惑は一致した。
可能ならヨナタンを軍部に引き込みたいアイアンウッドと、軍部との直接の繋がりを欲したジャック。ヨナタンという切っ掛けがあれば、シュニー社と軍の伝手は強化される。
ジャックはアイアンウッドと密談を交わし、シュニー社と軍の未来を明るくするための布石とした。
将来の活躍がほぼ確実視されるヨナタンと個人的な親交を結べば、次期社長であるワイスとの繋がりは必ず利を生むであろう。特にヨナタンとワイスは次世代なのだ、先を見据えて動くなら不利には働かない。
と言ってもそれはあくまで未来の話だ。アイアンウッドとてシュニー社との伝手は欲しい。ヨナタンの件は切っ掛けに過ぎず、現在は個人的なチャンネルを作ったジャック相手の商談を纏める方に舵を切った。
相応の責任を負う立場に立つ者は、如何なる情も利用して先を見据えるのが義務である。それにどう折り合いを付けていくかは本人たち次第だろう。しかしその点ではアイアンウッドも心配していなかった。
何故なら現時点で大人の知性にも引けを取らないヨナタンと直接会話した時に彼は言っていたのだ。
直接言葉を交わしたなら理解できるだろう。両親の前でこそ無垢な子供らしさを見せるが、本質としてヨナタンは子供ではない。
伝承で語られるように――歴代の【痣】の持ち主たちの経験と知性を受け継いだ存在、化け物の類いであるとアイアンウッドは確信していた。そしてその化け物も、有効に活用してこその将軍である。
物事は合理的に思索し判断を下すべきであり、それは次世代についても同様だ。アイアンウッドはその次世代に関しては、ヨナタンこそが強力な指導者になる公算が高いと感じているのであった。
子供の姿をした大人。それがアイアンウッドのヨナタンへの評価だった。
・ナーハフォルガー
歴代深淵狩り(転生体)の原作へのエントリーによるバタフライエフェクトにより発生した本作オリ一族。マントル時代からのアトラス王国の名門。
・深淵狩り
老戦士をオリジン(基幹)とした歴代転生体の皆さん。色々頑張り過ぎて地味に歴史に噛みまくった結果、【四女神】【銀の眼の戦士】と同列に扱われる伝承の存在と化した。ヨナタンの異常さの秘密。なお歴代深淵狩りのお歴々の能力値はオーラ量以外概ね地味。一部の人達を除いて怪物めいた能力は発揮しなかったり出来なかったりする。ヨナタンは歴代ナンバーワンの天才児。
・痣
獣の手型の形をした痣。深淵狩りの証。深淵→グリム。
・主人公
本作主人公はチートなヨナタン。ではない。あくまで老戦士である。
が、老戦士(故人)はヨナタンを通して出る力としてしか出演予定なし。
誰がなんと言おうと主人公は老戦士なんだ……!
原作のキャラクターにはモチーフがある。原作主人公のモチーフは赤ずきんちゃん。ヨナタンのモチーフは『オリ主』。これはひどい。