“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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面白い・続きが気になると思っていただけたなら感想評価よろしくお願いします…っ!マジで作者の生きる糧になります…!


悪魔の兵器

 

 

 

 

 

 おい、聞いたか? ――それは如何にも根拠が薄弱そうな切り出し方だ。

 だが仕事の片手間に流す雑談なら、それぐらい軽い方が取っ掛かりやすい。

 男は態とらしく潜められた同僚の声に適当な相槌を打ちつつ、大型飛空艇の補給作業を続けた。

 

(ここに三機の飛空艇が来て、燃料を補給してるだろ? こいつら、ヴァキュオから来てるらしいぜ)

 

 おいおい、マジかよと笑う。

 世情に疎い馬鹿でも知っていることだが、今のヴァキュオの情勢は混沌そのものであるらしい。なんでも世界的大罪人に国は牛耳られ、評議会の議員もその息が掛かった者しかいないらしいのだ。

 今やヴァキュオ王国のあるサナス大陸は不法者の楽園であるとかなんとか。

 だが楽園は無法地帯を意味しない。犯罪者や反社会勢力の武装組織が跋扈しているというのに、ヴァキュオの治安は極めて良いらしい。犯罪は殆どなく、法を犯した者はすぐに捕まるという噂がある。

 捕まった者は凄惨な拷問の末に死体を晒されるというが、証拠となるスクープ写真、映像の類いはない。

 犯罪天国という訳ではなく、行き場のない者が最後に行き着く場所であり、倫理や情けを無視した厳罰主義が横行してもいるようだ。混沌の中にも秩序がある……そして結果論を重んじる部分もあり、ほとんどが今のヴァキュオを支配している独裁者の意向で片がつくという。

 

 法を守るも守らぬも、独裁者の意志一つでどちらにも転ぶ……まるで一昔前の封建制国家の暴走のようだ。

 

 そんな情勢だからヴァキュオからの観光客はイコールで亡命者であるとまで言われている。観光客が帰国したがらず、長居しようとする者はいつの間にか姿を消している事も噂に真実味を持たせていた。

 

(ここだけの話、おれの従兄弟が勤めてるスタンドにも大口の客が舞い込んでるみたいなんだが……ソイツらもヴァキュオから来てるらしい)

 

 お? と同僚の言葉に目を見開く。この男は噂話は好むが陰口や嘘は嫌う。従兄弟がよそのスタンドで働いているのは本当だろう。という事は、従兄弟から聞いた話とやらも真実かもしれない。

 

(もしかしたら亡命者かもな)

 

 ハハハ、まさか! と――再び声を上げて笑った。民営のガソリンスタンドであるため、積載している荷物を検める権利はないが、この大型飛空艇を所有し操舵を務めていた男は明るい人柄だった。

 話しかけても気さくに応じてくれるので印象もいい。とてもじゃないが国から逃げてきた人間のようには見えなかった。彼は運搬業者を名乗り、大口の取引が待っていると言っている。そしてそれを自分達は疑っていない。疑う理由など存在しないし――()()()()()()()

 

 同僚の呑気な様から目を逸らし、冷たい汗が頬を伝う感覚を無視する。

 

 亡命者? そんなちんけなものではない。男は顔を強張らせたままだ。同僚がこのまま気づかない事を祈る。万が一にも気づいてしまって、変に騒がれでもしたら、まずい事になるという予感があった。

 給油を終える。早く行っちまえと男は念じた。

 自称運搬業者の操舵手が給油の料金を支払う。早く済ませろ、早く、早く、早く――! 念じる男に、操舵手が微笑んだ。そして彼は男に向けて小声で囁く。

 

「――賢明だな。何も見ず、知らず、聞かない。下手な正義心を振りかざす阿呆でない分、お前は長生きするだろう」

 

 は、は、は、と。操舵手が離れていくと呼吸が荒くなる。

 頭の中は真っ白だった。離陸していく大型飛空艇を見送りもせずに、男はスクロールを手にして通報しようとして――やめる。そんな事をしたら、自分の身に良からぬ事が起きる気がしてならない。

 男はスクロールを仕舞った。そして、忘れる事にした。

 自分は何も見なかった。何も知らなかった。そういう事にする。

 

 ちょっとした出来心で荷物を覗いてしまったが、もう二度とそんな事はしないと神に誓った。

 

 一機の飛空艇の中から、獰猛な獣の唸り声などしなかった。

 一機の飛空艇の中に、多数の武器弾薬があるのを見つけたりしなかった。

 一機の飛空艇の中に、大量のダストが積まれていたなんて事はなかった。

 

 大型の飛空艇が空の彼方に消えていく。その行き先を、しかし男は考えようとも思わない。

 好奇心は猫を殺すが、正義心は人を殺す。下手な詮索はしないに限ると男は思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 それは、なんてことのない平凡な日だった。

 

 往来を多様な職の人が忙しなく行き交い、客引きをする接客業の店員や、取引先に急ぐセールスマン、人と待ち合わせ時間を待つ者などで賑わっている。その繁盛ぶりは目を回しそうな程。

 他では例を見ず、とても平時のそれには見えない。だがマドンナリリーでの平凡とはこの喧騒を指し、とにかく活気があった。うるさく、姦しく、慌ただしい、天井知らずに発展しアトラス王国にも匹敵するほどに成長する――まさに高度成長期とでも言うべき未曾有の繁栄だ。

 近代的、現代的という形容はもはや相応しくない。一ヶ月前の最新機器が型落ちし、最新のファッション、最新の兵器、最新のプラン、最新の物流が後を押されながら更新される。まるで時代そのものが生き急いでいるかの如く前のめりとなり、近未来的な世界の創造を成さんとしているかのようだ。

 世界で最も科学技術が発展しているのはアトラス王国だ。だがそれに次ぐ第二位はどこの国家でもなく、ただの一都市でしかないマドンナリリーであり、そこはもはや都市国家とでも形容すべき域に達している。

 

 何がそうしているのか、何がそうさせるのか。彼らを突き動かしているのは只管に自らの利だ。誰に強制されるでもなく、働けば働いた分だけリターンがあり、成果に応じた報酬を得られるから労を惜しまない。

 全員がライバルだ。他者より早く、他者より先へ、他者より上へ――際限のない人間の欲望が正の方向へのスパイラル、循環を生み出して作用し続けている。負の方に傾けば取り締まられ、破滅する一方で、正の方向に車輪を回し続ける限りは身の破滅がないのだ。法を守っている限りどう転んだところで最終的には利益しか齎されない以上、彼らは善良なる人で在り続ける。

 人が人である限り犯罪は無くならない。だが、マドンナリリーの警察は病的なまでに有能だった。どんな些細な犯罪も見過ごさず、時には未然に防ぎもする。抜け道を探そうにも法律に穴はない、取り締まる人間や機械の目を欺こうにも()()()必ず見つかり、計画して準備を始めた段階で露見してしまう。なぜ? どこから監視されている? トリックは簡単だ。多忙なる深淵狩りの触手――無限のオーラを最大限発揮し、姿なき数千もの亡霊が都市全体を見張っているのだ。

 

 完全なる人力の防犯機構。ヨナタン以外の何者にも成せない検挙率百パーセント。この実績だけを盾に抑止力とし、自然、人は不正を働かなくなった。ライバルとの競争で敗れても、発展期にあるマドンナリリーはどこでも常に人手を欲している。都市の拡張と土地の開拓を常に推し進めているのだ、仕事はどこにでも転がっている。落伍しても再起は叶う故に破滅を恐れる必要はない。

 

 人が生活している以上ゴミは溜まる。路傍に投げ捨てられるゴミもある。それらを拾うのは清掃用アンドロイドだ。本格的な人型や、大きなバケツにローラーをくっつけたような玩具じみた物もある。アンドロイドにも様々なタイプがあり、戦闘用のそれも実戦配備され都市外縁部を警邏していた。

 軍人やハンターが搭乗して操る戦術機動兵器まで開発され配備されているのだ、マドンナリリーは既に小さな国家と言っても過言ではない軍事力も有していた。故に――その防衛意識も比例して、極めて高いレベルで維持されているのも当然といえば当然である。

 

「――! ソナーに感あり! 未登録の航空艇が多数マドンナリリーに向かってきています!」

「おや……珍しい仕事が入りましたね。どうなさいますか、局長?」

 

 都市中央に建造され聳え立つ塔――世界で五つ目となるCCTシステムの搭載された通信専用塔――には、様々なレーダー類が完備されている。今のところマドンナリリーの四方に一つずつ建てられた支塔から送られてくるデータを受け取り、高度なAIが危険を報せると職員はすぐさま応じた。

 通信局長は電気が走ったような空気の中――ギラギラとした目でこちらの判断を見守る副局長を横目に――落ち着き払った所作でコーヒーのカップを置いて、職員へ訊ねる。

 

「警告を出しなさい。所属と来訪目的を明らかにせよ、応じたなら空港の緊急着陸スペースを確保する、従わないようなら国際協定に照らし合わせ、最悪の場合は撃墜する――と」

 

 局長の判断は峻烈だった。だがそれが正しいと指導され、正規のルールだと言われている。

 彼もまた局内の過酷な出世レースを勝ち抜いてきている有能な男だ。そしてそんな彼だから理解している。些細な失態一つで局長の座は脅かされる。ライバルはそこら中に掃いて捨てるほどいる、と。

 誰にも隙は見せられない。故に、自分の給料を脅かす存在に掛ける情けもない。下手を打てば失点だが、上手く片付けたら加点材料になるのは明白だからだ。局長は冷酷かつ機械的に仕事を処理する。

 

「了解。――こちらマドンナリリー、所属不明機に通告する。現在貴君らは当方の領空を侵犯している。所属を明かし、こちらの誘導に従うなら着陸許可を出す。従わない場合は撃墜する。速やかに応答せよ」

 

 苛烈な警告だ。有無を言わせず撃墜する方向に舵を切るのはやり過ぎだと言う者もいる。しかしマドンナリリーではそれが赦されていた。それはひとえに昨今の世界情勢――カオスの存在を警戒する外政官が、四王国と協議してその弁論を振るい、強硬な対応策を是認させたから執れる姿勢だった。

 だが、応答がない。

 数秒経つごとに緊張感が高まり、オペレーターが局長に振り返る。

 

「……もう一度警告を」

「了解。繰り返す――」

 

 オペレーターの発する全周波の警告。しかし、応答はない。

 それどころか――レーダーに掛かる航空艇の数は増す一方であり、その数は()()を超えた。

 

「きょ、局長……!? この数は普通じゃありません……!」

「……! やむを得ん、中央委員会(ナーハフォルガー)に委任された権限に於いて宣言する……! アンノウンを敵性飛翔体と断定! ML防衛部隊に通報後、大至急市民に向けて避難警報を鳴らせ――!」

「りょ、了解っ!」

 

 風雲急を告げる。

 さながら一国が侵攻してきたかの如き緊急事態に、マドンナリリーの自衛軍が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 市街の店という店、あらゆる非戦闘目的施設に、地面からせり上がった高強度シャッターが自動で掛けられていく。市民はアンドロイドの誘導に従い整然と地下シェルターへ避難していった。

 こうした有事に備え、年に三回の避難訓練をしていた成果だろう。これは訓練ではない、と危機意識を煽る放送を聞いても辛うじてパニックにならずに集団行動が取れていた。

 

「ん……?」

 

 都市の外縁を覆う円周の防壁は、さながら万里に亘る長城である。

 拡張が続けられる都市を守る防壁は、この数年で二重のものとなり防備を過剰なまでに強めていた。その城壁の上に現れたのは遠隔操作型のトーチカ、搭載砲はリニアガンとレールガンだ。都市中枢にあるCCTタワーからの操作で、城壁の内部に具えられていた迎撃兵器がハッチを開き押し上げられてきたのである。

 その銃口が上空の航空艇に照準され、弾丸を雨霰と投射し始める。地面にもばら撒かれる薬莢と、轟音。それをBGMに展開される戦闘用アンドロイドと陸軍の軍人達。そして義勇軍と銘打ったハンター部隊。

 それらを尻目にしながらも、目に入った物にヨナタンは首を傾げた。

 

「……へぇ、勤勉だね」

 

 それは、ドローンである。武装を具えず、カメラのみを搭載した飛翔体の小型航空機だ。

 ドローンの数は二十機余り。それは主に戦闘用アンドロイドや軍人達、ハンター部隊の周りに向けて飛び立っていき、その上空で滞空している。ドローンを操作している人間の正体を察したヨナタンは笑った。

 あれは恐らくNアカデミーの物だろう。同タイプのドローンがNアカデミーに導入されたのをヨナタンは知っていた。避難したはずの生徒達がドローンを飛ばせたのは、教官であるジャックハート達が許可したからであり、実戦というものを見せてやろうとしていると察する。

 

 情けないところは見せられないなと苦笑した。

 

 遂に始まったパーティー……その前哨戦。派手に開幕の花火を上げ、世界に戦いの火蓋を切った事実が報される舞台だ。これを機にカオスは裏社会から表世界に打って出て、アッティラが西に東に、北に南にと飛び回って活躍していく事になり、ヨナタンもそれを追う体で世界を駆け回る。

 ヨナタンにしか止められない最強最悪のヴィラン、それがアッティラの役割である。この前哨戦を終えた後にミストラルで一度アッティラと戦う必要があり、計画では数年後に相討ち気味にヨナタンが勝ち、アッティラは傷を癒やすために潜伏する状態に持っていく。その時が――マドンナリリーが本当の役割を発揮し始める瞬間だ。

 

 ともあれ、先の事は今は置いておこう。こちら側の人的損耗は限りなく減らし、可能なら戦死者はゼロに抑えたいところだ。そしてカオス勢力は半数までなら殺してもいい。

 なぜなら現在の世界バランスを見るに悪の側が強いのだ。その証拠に、有象無象を集めたとはいえカオス勢力の軍勢は、まるで一国の軍隊が攻め寄せてきたかのように膨大だ。正義が弱い状態を維持していた方がやりやすいが、今は悪の方に比重が大きく傾き過ぎている。難易度調整のためにもここで間引く必要があった。

 

 攻め寄せてきたカオス勢力は空軍ばかりではない。空挺団が運んできた陸軍が、戦車タイプの機動兵器やロードバイクを駆りマドンナリリーを目指している。それの迎撃をマドンナリリー(ML)……ML防衛部隊が行なっている。危険な白兵戦は分厚い装甲とガトリングガン、ブレードを装備した戦闘用アンドロイドが請け負い、敵機と敵兵を斬り殺していた。

 人間とファウナスは主に射撃に専念し、白兵戦は防衛線を抜けてきた敵に対してのみ行なう。MLの戦士たちは精強だ、数ばかり多いカオスに簡単に遅れを取る弱卒はいない。城壁の上に展開されたリニアガン、レールガンが次々と敵航空艇を撃墜していく。そこそこ良い具合に戦闘は推移している。

 

 攻め寄せる端から溶けるように駆逐されていく敵勢力。例外的に、生身の人間でありながら白兵戦を仕掛けるファウナスの男――ルキウス・カストゥスが華々しい活躍を魅せつけるのを遠目に、ヨナタンは外縁部の城壁の上で思案した。

 

 今回のカオスによる襲撃は、嘗て水面下で交戦したヨナタンを、アッティラが殺すために仕向けたもの……という筋書きに修正されていた。故にヨナタンを打倒し得ると客観的に判断できる戦力を用意してあるはずなのだが、それらしきモノが出てこない。このままだとヨナタンの出る幕もなく終わってしまうだろう。それは……少し下手だ。

 アッティラはどうしたのだろう。いざとなればアッティラ自身が仕掛けてくるものと思っていたのだが、そんな様子もない。消化試合のようにすんなりと終わらせてしまってもいいのだろうか?

 

(……計画の進行はローマンとアッティラに任せてるんだけど、細かい展開を知らないとやきもきするね……)

 

 こちらの人的損害が出ないのは喜ばしいのだが、MLの完全勝利で終わってしまうのはよろしくない。多少は装備や防壁を壊してくれないと――アトラスからの支援が引き出し辛くなる。

 前線で戦う自軍には申し訳ないが、少しは手加減してやってほしいものだ。外交戦略を有利にするカード作りも考えている身としては、外政官たちが仕事を果たしやすい状況が欲しいのである。

 アトラスの軍事技術の供与を引き出したいのに、今のままでいいではないかと言われてしまう。どうしたものかと悩ましさを覚えつつ、ヨナタンは嘆息して大剣ガラティーンを足元に突き刺した。

 

 代わりに取り出したのはアンチマテリアルライフル――変形機構を具えない普通の銃火器だ。ダスト弾や怒号、悲鳴の飛び交う鉄風雷火を遠目に、何もしないで突っ立っているだけというのも外聞が悪い。

 ちょうど一機のドローンがヨナタンの近くに来てしまった事もある。カメラ越しに教え子が見ているかもしれないのだ、仕方ないから射撃のお手本でも見せるとしよう。

 

 ――最近MLで放送されているアニメで、『正確な射撃だ……それゆえに読みやすい!』と言い放つ歴戦の戦士が登場した。その歴戦の戦士は作中で敵の射撃を次々と華麗に躱し、一度も被弾していない。

 以来射撃よりも白兵戦の方が確実だというイメージが市井に広がっている。

 馬鹿か、とヨナタンは思うのだ。こんな時にアニメの事を思い出すのは緊張感が足りず、ヨナタンの方こそ『馬鹿か?』と呆れられるかもしれないが、それはさておくとして誤った認識を広めたくはない。

 一般人がどう思おうと自由だが、そうしたアニメを見て育った子供の認識を拭う手間を、アカデミーの教官に押し付けるのも可哀想だと思う。同じアニメ内で否定的な台詞を主人公に吐かせたら良いのかもしれないが、とりあえずは実演してみせるとしよう。

 

 狙うのは、正面。防衛線を抜けてMLの兵士に肉薄しようとする敵兵。敢えて弾速の遅いダスト弾を使用する。オーラを使える人間にとって、銃弾はなんら脅威たりえない。見てから弾くのは容易だ。

 恐らく普通に撃ったのでは、Nアカデミーの生徒……子供でも音速の弾丸を武器で弾いてしまえるだろう。ましてや弾速が遅いとなれば豆鉄砲に等しい。しかし……ヨナタンが放った弾丸を敵は防げなかった。

 脳天に直撃し、死亡する敵兵。

 仰天してヨナタンを視認する正面の敵勢。

 彼らにもヨナタンの姿が視認できる距離だ。注意を向けてきていなかった敵にも弾丸は見て取れていただろう。にも関わらず最初の一人が射殺されたのはひとえに不意打ちだったから……と想ったようだ。

 雑魚とはいえ必死の形相で押し寄せる敵軍。戦闘用アンドロイドの被害も馬鹿にならないが、あれらは旧式だ。処分ついでに戦闘データを集められているのだから文句はない。

 そんな事を思いながら、再び発砲する。今度は狙撃手であるヨナタンにも注意を向けている敵を狙った。弾丸は見えている、そして狙いは正確だ、防ぐのは容易い……はずだった。

 

 敵兵は心臓を貫かれ即死する。

 

 構わず次弾を装填。狙いをつけ、発砲。装填、照準、発砲――それを淡々と繰り返す。

 的中率は百パーセントだ。敵は見えているはずの弾丸で仲間が殺られていく様に戦慄し、前線中央部に攻め寄せる脚が遅くなってきている。

 

「射撃というのはただ狙って撃てば良いというものじゃない」

 

 傍らに滞空するドローンに向けて言う。データは残るだろうから、今は一人しか見ておらずとも後で全員にも閲覧させられる。故に教導のつもりで分かりやすく解説してやった。

 

「射撃というものはね、如何にして標的の隙を突くかが肝要だ。躱せないタイミングで、防げない箇所を狙い、敵が移動して行く地点に()()()()。これが出来れば誰も防げない。僕でも直撃する。()()()()()というのはそういうもので、そんなものに狙われた時点で標的は詰むんだ。だから躱された時点でその射撃は正確ではなかったという事になる」

 

 そして、その()()()を実現するのが困難だからこそ、人は戦術として弾幕、制圧射撃を行なうようになり、それが充分な戦果を稼いでいくから正確な射撃というものを蔑ろにしていっている。

 ヨナタンが想定するNアカデミー卒業生は、この正確な射撃を狙って撃てる技術を具えている。近接戦闘よりも射撃の方が強いという事を骨の髄まで理解してもらいたい。

 とはいえ、そういうヨナタンは近接戦の方が強いのだが。ヨナタンは判断の基準に出来る存在ではない。

 

 ――やがて敵勢力は減退し、あちらこちらで降伏していく様が展開される。

 

(……おいおい、こんなものなのかい? ローマン……)

 

 所要時間、一時間と十分。

 MLの損害は、生身の人間とファウナスに負傷者少数、戦死者ゼロ。戦闘用アンドロイドは2百機中九割が大破。しかし戦闘データを得られた上に、大破したのは型落ちした旧式のため寧ろ収支はプラスだ。

 

(それとも、この局面はこの程度でいいと考え直した……?)

 

 対するカオス勢力の損害。

 総数千名弱の内、六百人近くが死亡。投入されてきた百機以上の航空艇は、中身が空ばかりだったとはいえ全滅。三十機もの機動兵器も同様。残りは降伏し始め、終戦の様相を呈し始めていた。

 MLの被害が軽微なのは大変結構だが拍子抜けも良いところだ。

 ヨナタンはそこそこ失望した。せめてMLに肉薄する程度は期待していたからだ。分身体ルキウスの戦果こそ華々しいが、これでは到底今後に活かせる成果とは言えない。

 

 だが――まだ終わりではなかった。

 

『――上空より敵影――!』

「ん……?」

 

 耳につけていた通信機越しに警告を聞き、上を見上げる。

 ()()は高度十八キロメートルより、雲を突き抜けて現れた。

 

 十機の大型航空艇だ。それは遥か上空より大量のダスト爆弾を投下し――しかし、ML上空に張り巡らされたバリア発生装置のエネルギーバリアに阻まれた。爆風までも防がれ地上に影響は出ない。

 MLは拡張を続けるその政策上、地上をバリアで覆う事はできない。しかしその代わりに上空へ張ることの出来るバリアの強度は、ヴェイルのビーコン・アカデミーにあるバリアよりも高いものだった。

 断続的に爆発する目映い爆弾。それは多少の罅をバリアに入れる事に成功したが、それだけだ。

 

「……綺麗な花火だ」

 

 次いで投下されたのは無数のグリム。

 アーサー型をはじめ、捕獲しやすいグリムばかりが次々とバリアの上に着地し、バリアを破壊しようと殴打し始める。中にはバリアの展開していない部分に向けて走っていく個体も居た。

 総数はパッと見で四十あたりだろう。割と捕獲を頑張った方かもしれない。バリアに罅が入ったから、グリムの膂力で殴り続けたらいつかは破壊されてしまうだろう。

 

 が、それまで。思いのほか迅速な接近に爆弾やグリムの投下を許してしまったが、待機していたハンター部隊が急行しバリアの上のグリムを次々と掃討していく。ヨナタンが手を出す間もない。

 今のが奥の手だったとしたら失笑ものだ。しかしこの段取りを俯瞰して見るに、それはないと言える。小型の爆撃機が航空艇の蔭に隠れ接近して来ているのだ。

 

 ヨナタンは、思う。

 

 僕がアッティラの立場だったら、切り札の投入はこのタイミングでするだろうな、と。

 最初にド派手な軍勢をぶつけ、次に花火を咲かせ、グリムを投下することで意表を突き――敵の手と意識をあちらこちらに分散させた後に、思いっきり殴りつける。一撃で立ち上がれないようにKOするのだ。

 そう思いながらヨナタンは目を細める。

 ヨナタンをして意表を突かれたからだ。爆撃機が投下した、一つの爆弾。それは想像以上に小さい。全長3.12mで、最大直径0.75m……総重量約5tほどだろうか? 一応自分が対応するつもりで高所に移動しておいたが、果たしてあんなものが脅威になり得るかは疑問でしかない。

 

 しかし、アッティラが投入した切り札なのだ。それはつまり、アッティラ(ヨナタン)がヨナタンを殺し得ると判断した力があの爆弾にはあるという事だと考えられる。そして切り札の形が爆弾という事は、この一撃を以て世界のアッティラに対する悪のイメージを絶対のものにし得る、破滅的な破壊力を秘めていると思われた。

 

 ヨナタンは念の為、【透視】する。迂闊に迎撃しては何があるか解らない。あれはヨナタンをして未知の、恐らく現行最新の科学兵器だ。遙か上空から落下してくる、ミサイルとも呼べない爆弾の内部を透かして視る事で、まず胡乱に思ったのは一ミクロンもダストが使用されていない事だ。あんなものでどれほどの破壊力が叩き出せるというのだろう。気を取り直して搭載している薬品や、配列、電板を視認し如何なる効力が発揮されるか暗算する。そして――顔色を変えた。

 

「ッッッ――!?」

 

 なんのつもりか、刻印されていた爆弾の名称はガンバレル型ウラニウム活性実弾リトルボーイ――後に言う核兵器――原子爆弾であった。

 想定される破壊力、齎される副次作用、それらをヨナタンの叡智は一瞬にして弾き出し、明確な命の危機を感じ取った。そんな馬鹿な、そこまでやるのかと唖然としたのは刹那の間のみ。あれは深淵狩りが培ってきた知恵と知識の全てを総動員すれば、辛うじて実現できる兵器だ。恐らく現時点だとヨナタンやアッティラしかその脅威を理解できまい。

 ダストを用いない、純粋な科学の数式が齎す破壊の爪痕。それが今後の世界に如何なる影響を与えるのか想像に難くなく、故にヨナタンは心の中で渾身の罵声を上げながらも怒号を発した。

 

「――こちらヨナタン・ナーハフォルガー……ッ! 総員、対ショック体勢を取れェッ!」

 

 言って、ヨナタンは生まれて初めて全力を振り絞った。全霊を擲った。

 密かに訓練を積んでいた魔力の使用、四女神の一角の権能を全開にして空を飛び、一度に出力できるオーラを注ぎ込んで歴代の深淵狩りの内、最も強力でありながら過剰戦力として使用して来なかった切り札を切る。

 原子爆弾の考え得る効果範囲三キロメートル四方をカバーする。発動させたのは【深淵(アビス)】――空間遮断。平らな円盤形で出力して、漆黒の遮断面を創り出し、次の瞬間――ML上空で史上初、核兵器が炸裂した。それは、ピカリと光り――光と音が、絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 果たして、核兵器は完璧に防がれた。

 即座の人的、物的損害は皆無であったのだ。

 だが世界は衝撃を受けた。

 核兵器の齎す副次作用――放射能による大気汚染など――が甚大な悪影響を残し、除染作業に多大にして莫大な労力を要したからだ。 

 そしてヨナタンという規格外が核兵器を防いだ後、ML全土を黒いオーラ【深淵】により覆い続け、齎されているだろう副次作用への対策を提示され実行した所、驚愕に値する検証結果が出された。

 その破壊力は元より、推定される効力は当然として、あれがダストを用いない科学兵器だと判明したのである。個人に防がれたとはいえその個人は評価に困る最強生物であり、もしも彼が居ない所で使用されていたなら、爆心地の生き物は死に絶えていただろう。奇跡的に生き残っても半年以内に死に至る。

 

 あれはまさに悪魔の兵器だった。

 

 市井には情報統制が敷かれたものの、世界各国の上層部は恐怖とともに確信する。

 

 テュルク・アッティラ――あれは、何を於いても殺さねばならない、絶対悪であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨナのパートナーは誰?選ばれなかった娘は…。

  • ワイス・シュニー
  • ルビー・ローズ
  • ニオ・ポリタン
  • ピュラ・ニコス
  • うるせぇ!男なら全員だ!
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