重ねて、ありがとうございます。
流石に過労死するかと思った。
一連の出来事を経ての感想は、全てその一言に集約される。
戦闘自体はどうという事もなかった。しかしあのリトルボーイとやらを防ぐ為に【深淵】を張り、放射能を遮断する為とはいえML全土にセンブランスを展開する羽目になるとは思っていなかったのだ。
しかも一日二日どころの話ではない。
一ヶ月だ。一ヶ月もオーラを最大出力で放出し、センブランスを発動し続けて、朝も昼も夜もなく、未知の概念【放射能】への対策をMLの全部門に通達し、市民への説明や外部への道を封鎖した事で生じた不満を和らげ、損失の補填の為の施策を練ったのだ。
休まず眠らずだ。そうして放射能対策の装備と、除染作業の完遂までに一ヶ月も掛かった。アトラスに次ぐ科学技術を有するMLですらそれだけ掛かったのである。
払った労力は甚大であり、さしもの超人も疲労困憊だ。
まず危険性の周知が大変だった。次いで、それに対する対策チームと、除染に使う機械の開発、作業工程とそれを行なう人員の選抜や最適のセンブランス持ちの投入が死ぬほど億劫だった。
何せなんのノウハウもない未知の存在に対する対策だ。ヨナタンは自分の計算や想定に間違いはないはずだという自信はあったが、それでも一抹の不安はあった。何事もなく済んだ時は安心した。
とまあ、そんなわけで【深淵】を解除した後はヨナタンもダウンした。極度の疲労で立ってもいられず、目を覚ましたのは二日後で、病院の個室だった。【深淵】は陽の光も遮断していたものだから、一ヶ月ぶりの日光を窓越しに見た時はそれなりに感動したものである。
自分一人だけだったらどうという事はなくとも、保護すべき人間がいるとなると話も変わってくる。その事をよくよく痛感させられ、今回ヨナタンが犯した
幾ら咄嗟の事であったとはいえ、些細な判断ミスのせいで一瞬で済ませられた仕儀に一ヶ月も掛ける羽目になったのだ。あの時ヨナタンはML全土へ【深淵】を張りドーム状に展開したが、そうではなく【深淵】で核爆弾そのものを包めばよかったのである。そうすれば、【深淵】が空間遮断であるという特性上、放射能やらの副次作用が齎される事はなかったのだ。
過ぎた話を悔やんでも仕方がない。次があればそうしよう。ヨナタンはそう結論づけた。
「………」
一応ヨナタンは病人という事になっている。久方ぶりの休暇代わりに、病院で休ませて貰おうとベッドの上で横たわっていた。無論他の病室に空きが無いようなら、迷惑にならないように退院するが。
そんな現状だから、ごろごろとして手持ち無沙汰を楽しみ、頭の中で今後に纏わる方策を思案するところなのだが……今のヨナタンにそんな余裕はなかった。
いるのである。
ベッドの横に椅子を引っ張ってきて座っている、ニオ・ポリタンが。
「………」
「………」
会話はない。以心伝心というよりは、ヨナタンの方が一方的に小さな反応を読み取って意志を疎通させている少女だ。相変わらず一言も話さないが、まあそれも個性の内だろうと思っている。
数年前から容姿に変化はない。肉体的な成長は打ち止めしているらしい。しかし瞳の奥に有る知性の光と顔つきからは、着実に幼さが抜けていっていた。そう――ヨナタンに『女』を意識させるほどに。
思えばここ四年は遠ざけていた。いや、遠ざけては居ない。単に接し方を変えただけだ。思春期を迎えた男女が当たり前のように持つ距離感を持っただけのこと。だから僕は悪くない……と、ヨナタンは下腹部に集まる血を感じながら劣情から目を逸らす。
忙しかったとはいえ一ヶ月の禁欲も、ヨナタンの精神に疲弊を強いていた要因だ。ヨナタンを苛む性欲の強さは尋常ではない。気を抜けば女と見た瞬間に襲い掛かりかねないのである。
小柄なニオが相手でも、だ。
そんな事はしたくない。性行為に忌避感があるのではなく、己の本能――深淵狩りの根源にある使命に突き動かされ、ニオに欲望をぶつけたくなかったのだ。そう思うぐらいにはニオに対する情もあった。
――だが、そんな事情などニオにとっては知った事ではない。
ニオのボスはローマンだ、敬意と忠誠は彼に向けられているし、それが曲げられる事は無い。無口で何を考えているか分かり辛い少女ではあるが、彼女は意外と義理堅く……執念深いのだから。
しかしそれはそれ、これはこれだ。
ニオにとってボスはローマンだが、ヨナタンは師である。そしてローマンを除けば唯一、自らの素を出して接しても円滑なコミュニケーションを取れる相手であり、同い年の異性だった。
そしてニオはその育ち故か、力を信奉する面もある。彼女の知る限りこの世で最も強いヨナタンを特別視するのは当然の帰結だろう。そしてそうであるからこそ、ここ数年自分との接し方を変えたヨナタンに対して積もりに積もった不満がある。ジッとヨナタンを見る目は、どこか厳しい。
「………」
「………」
が、ヨナタンはニオに対して何も言わない。必然無口極まるニオとコミュニケーションが取れるはずもなく、場には沈黙だけが敷き詰められていた。
ニオが膝の上で拳を握り、顔を俯かせる。
彼女には分からなかった。なぜヨナタンが自分を見ないのか。なぜ突然、自分との間に壁を作るようになってしまったのか。誰にも相談できず独り悩み続けてきたが、今まで答えをくれていたヨナタンは何も言ってくれない。二人が揃った場面で、ローマンに対し声なきSOSを出しても、その問題には曖昧に笑われるだけだった。なぜ? どうして? 悶々と悩んだまま、今に至る。
ヨナタンはニオの幼い苦悩に気づいてはいた。だが、気づいたからとできる事はない。変に触れようものならゲス野郎になってしまう確信がある。頼むから一人にしてほしかった。今はダメなのだ、せめて明日以降ならかなりまともに話せるが、今だけは無理である。だって一ヶ月も息を抜いてない。普通の思春期男子が持つ欲望を、万倍累積させたかの如き獣性を爆発させてしまう。
どれほどそうして沈黙していたか。やがて――ニオが席を立つ。
帰ってくれるのかと安堵しかけたヨナタンに、しかしニオは意外な行動に打って出た。
「―――」
ニオはヨナタンの手を取り、耳元に唇を寄せてきたのだ。
そして凝固するヨナタンに囁きかける。滅多に話さないニオの声は、甘い。下手をすれば生涯で一度も喋らないのではないか。そう思うほどに稀な発声だが掠れていなかった。
彼女は一言問い掛けた。どうして? と。その意図は明白だ。
声を発してまでの問いは、ニオから切実な想いを感じさせられる。ヨナタンは必死に己を抑えながら――しかしニオの腕を無意識に引っ張ってしまっていたが――華奢な体躯を抱きそうになりつつも言った。
思えば身長差も大分開いたな、と現実逃避しながら。
「ニオを抱いてしまいそうだからだ」
端的に、事実を言う。
それにニオは目を剝いた。今度は彼女が固まる。
強靭な理性で死に物狂いにニオの腕を離して突き放すと、彼女は椅子にぺたりと腰を落とす。
そうして、俯いた。頬を赤く染めて。
「………」
「………」
今度の沈黙は、別の意味で重かった。
これでニオもヨナタンの事情を察し、距離感を弁えるだろう。
さしものニオとて気まずさを覚えるだろうから。
そう思っていると、信じがたい行動にニオは打って出た。
再び椅子から腰を離すと、ニオはヨナタンの顔を小さな両手で挟み、その顔をニオの方に向けさせたのだ。
唖然としてされるがままになったヨナタンの目を、ニオは薄弱な意志で見詰める。
その、目は。その目は、まるで――
「………」
――
「ッ……!!」
恥ずかしさに潤み、求めているかのようだった。
プツン、と何かが切れる。いや、切れそうになった。
寸でのところで堪えられたのは――堪えてしまったのは――来客があったからだ。
「……お兄様?」
病室の戸を開き、入り口に立っていたのは、花と果物を持って見舞いに来たヨナタンの妹――の、ようなものの――ワイス・シュニーだった。
「お兄様、何をして……そちらの方はどなたなんですの?」
† † † † † † † †
「わ、ワイス……」
そっとニオの身体を離し、嘗てなく声を震えさせるヨナタンは今世紀最大の気まずさを覚えていた。
兄の顔を両手で挟み、濡れた瞳で見詰めていた少女。それに腕を広げ、今まさに抱きしめようとしていた兄。ワイスが見た光景はそれであり、ヨナタンは筆舌によって表現し難い心境だった。
とはいえワイスは困惑しているだけで、彼らが何をしていたかを察してはいない。というのも、ワイスはまだ十二歳だ。七歳でMLのNアカデミーに入学し、最初の二年は余所事を考えていられる余裕はなく、以後も一般的な知識を体験に移す工程を経ていない。自己研鑽の意識が強いが故に空いた時間は専ら戦闘訓練に費やし、友人や班員との付き合いでしか遊びというものも経験していない。
故に、ワイスは知識として性行為については識っていたが、識っているだけで現実に見たものをそこに結びつける想像力がないのである。よく言えば純粋だが、悪く言えば歪つな成長を遂げていた。
しかし、若干の胸のむかつきを覚えたワイスである。
兄を兄としてしか見ていないワイスだが、それはそれとして明らかに異性と親しげな様子を見ると、なぜだか機嫌が悪くなって仕方がない。自分で自分の気持ちが分からないまま、ワイスはつかつかと靴音を鳴らしてヨナタンに歩み寄り、ベッド横のテーブルに花と果物を置いた。
「お兄様、こちらの方は?」
「……友人のニオ・ポリタンだよ。こう見えて僕と同い年だ」
「あら、そうなんですの。御機嫌よう、ミス・ポリタン。わたくしはワイス・シュニー。お兄様とは血の繋がりはありませんけれど、実の兄のように思っています。よろしくお願いしますわ」
「………」
ワイスの刺々しい態度でニオは一瞬真顔になったが、すぐにいつもの微笑みを湛えて会釈をした。
それに対して形の良い眉を顰めたのはワイスである。家柄の関係上、礼儀作法に関して叩き込まれて育ったからだろう。挨拶に対して会釈だけで済ませ、名乗り返しもしないニオの態度は失礼に見えた。
「ミス・ポリタン? わたくしは名乗りましたのに、お返事をして頂けないんですの?」
「ワイス、彼女は
「………」
ニオのそれは完全に他者を拒んでいるようにしか見えない。初見でなくてもそうなのだから、ワイスにも当然そのように見えた。ヨナタンが仲裁するように言うものだから、一層印象が悪い。
ワイスは思った。と、言うよりも感じた。この人とは仲良くなれない、と。寧ろ嫌いだ。兄のような偉大で優しい人の友人としても相応しいとは到底思えなかった。
「………」
一方のニオは何を考えているかまるで感じさせない表情で、ミステリアスな雰囲気を醸している。しかし長年彼女を見てきたヨナタンは察する。どうも、ニオの機嫌が悪いらしい……。
なぜ? とは思わない。なんとなく察しがついた。そしてヨナタンにはこの期に及んで惑うような優柔不断さは無い。その逆で即断即決を好む気質だ。果断な姿勢は損なうことはない。
故にヨナタンは嘆息してワイスに告げることにした。ワイスにとってそうであるように、ヨナタンにとってもワイスは妹なのである。それ以外の何者でもないし、妹以外の何かになるとは思っていない。
ワイスにニオを嫌ってほしくない。そう思ったからフォローする事にしたという面もある。
「すまない、恥ずかしくってつい嘘を吐いてしまった」
「嘘?」
「ああ。ニオは僕の友人じゃない」
「……っ」
「友人ではない……? なら、なんなんですの?」
「ニオは言うなれば――僕の
言うと、ワイスは驚愕に目を見開いた。
ニオもまた同様の表情をしているが、満更でもないふうに見える。
「こ、恋人……?」
「ああ。彼女の機嫌が悪いのは逢瀬に及ぼうとした所にワイスが来たからだ。間が悪かったんだね」
「………」
言ってしまった以上、後には引けない。
自意識過剰、自惚れ、イタい思い込み……その手の類いの妄想でないことを祈る他にない。
もしニオが嫌がるようならすぐさま訂正するつもりだったが、
「………」
――そうでないなら訂正する必要もないだろう。
こんな形ではアレなので、後で改めて交際してほしいと申し込もうと思う。
ニオは、ヨナタンを好いている。――自惚れでなければ、そうだ。そうでなければ、先程のような状況になどなるはずもない。理論的にそう考え、ヨナタンはらしくなくも照れてしまいそうになる。
兄のそんな顔に、ワイスは衝撃を受けた。
恐らく彼女の受けたショックを理解できる人間は、本人以外には存在しないだろう。
「そ、そうなんですの……? な、ならわたくしは……あ、いえ……お見舞いに来たばかりなのに慌ただしくして申し訳ありませんが、後で出直させていただきますわ……っ!」
「あ、ワイス――」
ヨナタンが呼び止める前に、混乱した様子のワイスは病室から飛び出してしまった。
呼び止めて……何を言おうとしていたのか。ヨナタンは伸ばしかけた手を見詰め首を傾げる。
改めて言葉を探しても、特に言う事もない。
ワイスの混乱は、知らぬ間に兄に恋人ができていたお兄ちゃんっ子な妹のそれだろう。
ヨナタンはそのように結論したが、事実その通りである。ワイスは只管に混乱していただけだ。兄は自分だけの兄で、自分以外の誰かにとっての『特別』になる未来をまるで想像していなかったから驚いてしまって、驚かされた猫が飛び跳ねるような挙動に出てしまったのである。
「………」
「あ、ニオ……そういう訳だから……いや、違う。えぇと……」
くい、と袖を引かれてニオの方を見る。
するとニオは微かに期待するような眼差しで、言葉を求めていた。
喋らない少女の、精一杯の自己主張を無下にはできない。ヨナタンはなし崩しな台詞を吐こうとしてそれを止め、飾り立てた言葉を組み立てていきながらも棄却し、率直に伝える事にした。
「ニオ。僕は君を、女の子として好ましく思っている。よければ僕と交際してほしい」
将来の生活は約束するとか、そういう無粋な台詞は口にしない。言うまでもなく当たり前の事であり、そんなものよりも伝えるべきものがあったからだ。果たしてニオは微笑み、小さくうなずいた。
思わず抱き締め、その蕾のような唇を奪う――前に。
ヨナタンはやはり、理性の人だった。理性あってこその人間だと信仰している。だから盛りの付いた猿のような真似はせずに、懸命に理性を奮い立たせてニオ・ポリタンに告げた。
「ありがとう。君を絶対に幸せにする。僕を選んだ君を、後悔させたりはしない」
「………」
ハッキリ言って、ヨナタンはニオとそういう関係になるとは欠片も思っていなかった。
その場の雰囲気や、性欲に突き動かされて、発散させてくれるだろう異性に飛びついただけではないか……そのように指摘されたら、非常に情けない事に否定はできないかもしれない。
だがそんなものだろうと思う。ヨナタンだって人間なのだ、そういう事もある。大事なのは切っ掛けではなく、どのようにゴールするか、どのような過程を経たかだろう。
元々異性として意識していた。ニオといて苦痛に感じた事はない。これから生涯を共にしても悔やむ事もないと断じられる。
好意はあるのだ、愛する努力はする。愛される努力もする。人と人とが繋がり関係を継続するにはそう在るべきだった。例え今ある情が愛でなくても、それは関係を深めれば自ずと生まれるものである。
――そうした経験談を、ヨナタンは切り離した。
それこそ無粋な経験と知識だろうと思ったからだ。
色々ゴチャゴチャ考えたが、理屈なんざどうでもいいと割り切った。
……さっきから下半身が怒張しっぱなしだが、意地と根性で耐える。脳が沸騰しそうだが死ぬ気で耐えた。今、理性を手放したら、ヨナタンは獣に堕ちる自覚があった。
だいたい、病院で盛るなど節操なしの不埒者以外の何者でもあるまい。
ニオはそっと身を寄せてくる。そして目を閉じて、顔を近づけてきた。紳士であれ、紳士的であれ。ヨナタンは自らにそう言い聞かせ、口づけを交わす程度なら紳士なままだろうと理論武装する。
そうして、ヨナタンはニオと情を――
「――ヨナッ!!」
――交わす前に、またも来客が訪れて停止した。
思わず舌打ちしたヨナタンである。ニオも珍しくあからさまに顔を顰めた。
だが戸を蹴破る勢いでやって来た人物を認めると、面白くない思いも霧散する。
「……ローマン?」
やって来たのはローマンだった。
常の斜に構えた余裕がない。肩で息をしていて、場の雰囲気と距離感からヨナタンとニオが何をしようとしているのか察しても茶化しもしない。皮肉も嫌味も揶揄もせず、ちらりとニオを一瞥しただけだ。
敬愛するボスのそんな様子を見てニオの顔が張り詰める。私事を一瞬で切り離した。ヨナタンの瞳にも冷酷な光が戻る。只事ではないと理解した以上、彼らの頭には仕事しかなくなっている。
こうした切り替えの早さは、ハンターならば具えていて然るべき素質であった。
「急にどうしたのか、なんて無粋な問いは控えようかな。スクロールを使わないどころか、部下を寄越さず自分の脚で来たという事は……」
「ああ、相変わらずの勘の良さは嫌いじゃないぜ。いいかヨナ、お前相手に前置きは要らないだろうから単刀直入に言う。――問題が起きた。とんでもない大問題がだ」
「………」
ローマンの言を重く受け止める。
彼の言う問題とは、言うまでもなく例の計画についてだろう。
そちらに関しては完全に任せ、こちらはそれに合わせて踊るだけだったはずだ。にも関わらずローマンが現れた。彼の知恵や力だけでは処理できない事態が起こったのは明白。
故に落ち着いた声音で反駁する。
「……オーケー。何があったのか聞かせてくれ」
言うと、ローマンは応じた。それは――静かな衝撃としてヨナタンを撃ち抜いた。
「――核が撃ち込まれた」
核。
核が、撃たれた。
ここではないどこかにだ。
それが引き起こす大問題に、自然、ヨナタンは返答するのに間を要した。
「………………どこに?」
「アトラス王国の前身、旧マントル王国の首都だ」
「………」
一瞬、気が遠くなる。目眩すらした。なるほど効率的で、効果的で、合理的だ。撃たれた場所を聞いただけでヨナタンは打ち込んだ側の思惑と、それが齎す効力の全てを悟る。
だが動揺もまた一瞬。瞬きの間で鉄壁の声を発した。
「一応確認しておこうかな。それは……ローマンとアッティラの計画通りなのかい?」
「そんな訳あるか。全く……嫌になるぜ。二発目の核の使い途は決まってたんだ。ヨナとアッティラの野郎の決戦で、奴が自爆で使う事になっていた。そこで悪党共を削って、ヨナが善玉を守る。悪と正義の比率を二対八にするのが理想的な形だった」
ローマンが吐き捨てるように本来の計画を言う。
それはつまり、そうする事がもう出来なくなった事を意味した。
悪と正義のバランスの理想。それは政党で例えるなら野党と与党だ。与党は正義を為し、野党は悪として監視する……そうしたかったのだろう。なるほど確かに理想的だ。
野党は悪でなければならない。だが悪ではあっても
「アッティラの独断か」
「ああ。事前の相談も報告もない。今は箝口令が敷かれてるだろうから、この情報が出回るのは後になるだろうぜ。なあ……アッティラの野郎は暴走したのか? それが聞きたい」
「いや、それはないね」
ローマンの疑念を否定する。
それだけは絶対に無い。断言する。
アッティラはヨナタンの分け身だ。裏切らない。本体を乗っ取ろうと画策するような、ありがちなフィクションめいた事も有り得ない。なぜならアッティラもまた深淵狩りである。深淵狩りである以上、始まりの戦士の軛から逃れる術はない……もし逃れられるならその方法を教えてもらいたいものである。
「暴走は有り得ない。アッティラはローマンや僕に連絡も、相談もする時間がないまま行動した事になる。今のアッティラにそんな真似を強要できる輩がいるとしたら、それは一人しかいない」
だからヨナタンは冷徹な目をしている。鉄のような声を出している。
ローマンは察したのか、露骨に舌打ちして額を押さえた。
「……ハッ、それならお前の管轄だな、ヨナ」
「……遺憾ながらそのようだね」
「なら後は任せた。分かってるだろうが、アトラスからヨナに要請が来てる。除染やらをどうやるのか教えてくれだとよ。あと被爆者に対する対処法も知りたいらしいぜ」
「分かってる。仕事ばかり増やしてくれて……この礼はたっぷりしてあげないとだ」
溜め息を吐くヨナタンに、やっとローマンから緊迫感が消えた。
「それじゃあ、邪魔したな。ヨナ、それからネオ」
「………」
「いいさ。ローマンも、わざわざ報せてくれてありがとう。感謝するよ」
「ハッハー、私達の間に
最後に揶揄を残したローマンに、ヨナタンは苦笑する。
ほんとうに……忙しくしてくれる。うんざりだ。少しは楽をさせろと言いたい。
言いたいが……仕方ない。
ヨナタンは、おあずけを食らった。
† † † † † † † †
核爆弾とやらの破壊力は、不老不死の魔女をして瞠目させられた。よもや純粋な科学技術のみで過去のあらゆる奇跡を凌駕し、神の領域に片足を踏み込ませるとは思いもしなかったのである。
そう、神の奇跡だ。所詮は小手先の戯れに等しいレベルでも、その領域に近い技術を獲得した。その事実は痛快であり、今後の研鑽は神の御業を人の業に塗り替え得るとなれば喝采を上げたくもなる。
だが……所詮は人の業でしかないのもまた事実。愉快ではあったが、まるで足りない。あれは防禦を捨てた不老不死たる肉体をも跡形もなく消滅させるであろうが、正しく神の呪いにより結実した不老にして不死の肉は、蒸発した器をも瞬時に再構成してしまうだろう。自らの手で己の五体を滅した事もある魔女には、核により己を滅却した場合の顛末も想像がついた。
そして、手駒のシンダー・フォール。あの小娘の持ち帰った映像を観た魔女は憂鬱でもあった。
深淵狩りはやはり怪物である。核の炎をも完全に防ぎ切った様には感動すら覚えた。
アレを殺せるモノなど、人の世には存在し得まい。魔女――セイラムはMLを覆ったあの漆黒の殻を見た時に決断を下した。もはや冗長にして迂遠なる手法に拘ってはおけない、と。
この数年、何度も深淵狩りに接触しようとした。だがその悉くが失敗している。恐らく深淵狩りはセイラムが自身に接触しようとしている事に気づいてさえいまい。グリムを使おうものなら近づいた時点で処理される、人を介して伝えようにも相応の立場がなければ話せもせず、任務で移動する途上に待ち伏せさせようにも
どう足掻いても会えない。セイラムはそれでも気長に立ち回ろうとしたが、ことここに及べば是非に及ばず。魔女は類稀な経験則とそれに拠る直感によって感じ取っていた。このまま自らの計画を進めては、いずれ近い内に深淵狩りとの敵対は避けられないものになる、と。あの怪物の勢力は日を増すごとに拡大し、人界を侵食していくのだ。ともするとセイラム自身の計画が潰される事も考えられる。
――セイラムは現在唯一、深淵狩りと対等に渡り合える存在だった。
武威に呑まれず、知恵や弁舌に踊らされない。
オズピンとは違い深淵狩りに突かれる弱点もない。
故に魔女が行動に移れば、深淵狩りであろうと虚を突ける。伊達に長年に亘って人の世に存在せず、数多の人間を操ってきた訳ではないのだ。魔女の叡智もまた人としての臨界に達しているのだから。
数千、下手をすれば万の歳月を生きた。
無為に過ごした時は多くとも、有為であった時もまた膨大である。
セイラムは深淵狩りと戦いたくはない。ないが――時にリスクを犯してでも行動すべき時を、怯懦により見誤るような愚鈍さを持ち合わせていなかった。故にセイラムは人界の協力者に依頼した。
どこぞの国でも良い、核とやらを落とせ、と。
アッティラ。テュルク・アッティラ。セイラムをして心胆寒からしめる偉容を誇る威容の怪人物。セイラムはアッティラを高く評価していたが、その一方で
ただの勘だ。だが、少なくとも数千もの時を経た魔女の勘である。狡猾にして慎重、知恵のみで人の世に巣食ってきた歴史が魔女の審美眼を磨いた。その眼力が訴える。アッティラには欲がない、と。
ありとあらゆる私利私欲が存在しない。にも関わらず悪を束ねる。人が人である所以の欲望を持たぬのは異常であり、そうであるのに一廉の勢力の頭領となっているのなら――
真に欲を抱えたエゴの塊がアッティラを操っている。それはセイラムの確信だ。で、あればこそ、セイラムがアッティラを信じる事はない。誰かの操り人形へ信を置くのは愚かに過ぎるというもの。
頷かねばカオスを敵として、アッティラを除いた全ての人員を殺し尽くすと脅した。
無論脅しに屈するアッティラではなかろう。故に脅す一方でメリットも提示した。グリムを操れるセイラムである、以後のカオスの活動にグリムを戦力として遣わすと約したのだ。そしてその上で――
【何が目的だ?】
アッティラのその問いに、己の思惑を話した。無論、奴の背後にいる黒幕に伝わっても構わない。その黒幕が仮に――普通に考えれば有り得ないが――深淵狩りだったとしても問題はなかった。
いやもしかすると、もしかするかもしれないとすらセイラムは思っている。もしアッティラが深淵狩りの手の者だったとしても、それはそれで有り得ない話ではない。常人の尺度では有り得ずとも、
果たしてアッティラは、熟考の末にセイラムの要請に従った。
核を撃てば、深淵狩りはMLから出て来ざるを得ない。アレの英雄としての声望が、外に出る事を強要する。絶対に出てくるのだ。となれば、セイラムの目的は達成されるだろう。
なぜなら――
「ふ……何が目的か、だと? 無論、決まっているとも。
大胆にして不敵。潜む時と潜めぬ時を嗅ぎ分け、自ら動く度量と行動力を、神の如き魔力を誇る魔女は具えていた。
ただ、それだけの事なのだ。
最初から最後まで己の城から離れない置物のような魔王――そんなものは幻想だった。
ヨナのパートナーは誰?選ばれなかった娘は…。
-
ワイス・シュニー
-
ルビー・ローズ
-
ニオ・ポリタン
-
ピュラ・ニコス
-
うるせぇ!男なら全員だ!