生きる糧やでほんま…。
一般に分かりやすい勧善懲悪の物語に於いて。あるいは英雄伝説、神話の伝承、童話のお伽噺に『欠かせないファクターとは何か』と論じれば、実に幅広く語る事ができるだろう。
しかし敢えて絞れば虐げられる弱者、虐げるヴィラン、救い出すヒーローが三つの柱となる。
仮にこのレムナントでの現実を物語に見立てても、役者は既に揃っていると言えよう。
虐げられる弱者とは市民であり、虐げるヴィランとはカオスであり、救い出すヒーローとはハンターを指す。国軍や各国の政情などは場を賑わせるファクターの一つに過ぎない。
だが、ただのヴィランとは言えないモノもあった。
それがグリムだ。
人と見れば見境なく、善悪の一切を考慮せず殺し、喰らう、絶対的な人類の天敵である。獣人と揶揄されるファウナスにとっても同様に脅威であり、その存在はもはや絶対悪としか言い様がない。
そんな悪の親玉だと語られるのが、魔女セイラムだ。グリムを操れる不老不死の怪物であり、オーラとは異なる魔力を有する神の如き者である。伝承の四女神を束ねたよりも強大な力を誇る魔女は、自らの目的の為なら何であっても利用する純粋悪であり、まさに魔王と言える。この世で最も邪悪な存在とも言えるかもしれない。
だがしかし――それに相対する者もまた、魔王と称するに足る『英雄』だ。
彼こそは人の内より生じた奇跡の産物。グリムへのカウンターとして生まれ落ちた天然自然の人工物――グリム絶滅を希って、その為なら如何なる悪逆も成す人界無辺の超越者――深淵狩りだ。
セイラムが純粋悪なら、深淵狩りは人類悪である。
彼は英雄的な化け物だった。その力が、ではない。何よりもその、強烈無比なる目的意識がだ。彼はグリムを滅ぼす為ならなんでもやる。比喩ではなく本当になんでもしてきた。
目的の為に最も近道で、最善で、最短な方法として。人類の発展、団結が望ましいと考えたが故に人の世の趨勢に関与してきた。自らの精神性が人の規格から乖離したから、子機とも言える転生体に一代限りの自我の保有を赦した。その方が円滑に物事を進められると判断したからである。
それが間違っていたなら、彼は子機から自我を奪い自ら動くだろう。
魔女が核を撃つように仕向けたと知っている子機なら、セイラムが話を持ち掛けてこようと一蹴してしまう。折角の機会をふいにされては勿体ないと考えたから一時的に子機の自我を凍結して現界した。
深淵狩りと魔女は似た者同士だ。違いは、魔女のように弱者を踏みつけ、踏みにじり、利用するか。深淵狩りのように弱者を肥えさせ、利用するか。要は害を為すか利益を与えるか程度しか差異はない。本質的には魂の双子とも言えるほどに似通っている。故に――魔女は不可思議な心地を味わっていた。故に深淵狩りは不可思議な心境に陥っていた。
シンパシー。
相対して
同族嫌悪はない。同類相憐れみもしない。望む成果だけを求める。
「お前の目的を問おう。何を求め、何を成さんとする?」
グリムを椅子にするという暴挙。
グリムをテーブルにするという愚挙。
不倶戴天であるはずの敵対者と対話する――快挙。
今、彼らは運命のターニングポイントに立っている。
セイラムが問い掛けるのに、深淵狩りは端的に応じた。
「グリムの殲滅。根絶。この地上から奴らを絶滅させるのが俺の目的だ」
「愚問だったな」
「ああ。貴様を殺せばグリムが滅ぶと言うなら、刺し違えてでも貴様を殺してやるところだ」
「出来るのならやってみせるといい。だが悲しいかな……仮に私を滅ぼせたとしても、グリムは滅びない。私はあれらを操れるが、創造しているわけではないからだ」
会談の滑り出しは、不自然なほど自然だった。
深淵狩りの目的を聞いても、セイラムに驚きはない。深淵狩りにも驚きはなかった。魔女が滅んでもグリムが滅びないというのは、オズピンの過去を知った時から想像がついている。
「――貴様の目的は?」
今度は魔王が、魔女に問う。
お互いに察しが付いているが、それでも目的を問うのは初対面だから。
もっと正確に言うなら、会話の取っ掛かりを探っているだけである。
問いに、魔女は隠し立てせず歌うように応じた。
「枯れぬ叡智の泉たる『知識』――欲する物が無くば新たにできる『創造』――我が渇望を癒やす『破壊』――久遠の旅路に終焉を招ける『選択』――それらのレリックを蒐集し封印を解く鍵を回収する」
「集めて何をする?」
「光と闇の兄弟神を召喚し、奴らを殺す。私の目的はそれだけだ」
「………」
手慰みに機械剣の柄を握り、アクセルを吹かせる。
ダストの赤光が目映く光った。機械剣を突き刺されていたグリムが苦悶の声を上げて藻掻く。
深淵狩りは嘲るように鼻を鳴らした。――無論、あけすけな感情を見せるような幼稚さはない。鼻を鳴らしたのはポーズだ。セイラムから感情を引き出そうとしている。それが分かるからセイラムも、己の悲願を嘲笑われようと腹を立てたりはしなかった。
「オズピンの魔法により、俺は貴様の過去を識っている」
「……ほう」
しかし怨敵の名を出して揺さぶられれば、唯一のウィークポイントである故に眉を動かしてしまう。だが分かりきった反応であり、許容範囲だ。セイラムは無言で顎に手をあて話の先を促す。
深淵狩りは怨念に等しい怒りの心の動きを見て、さもあろうと首肯した。裏切り者に怒りを懐く正常な感性は持ち合わせている、さりとてそれが風化しない異常性も。それも判断基準に加わるのだ。
「だが識っているだけだ。想像はできるが、理解してやろうとは思わん」
「それでいい。私の裡を探るのはいいが、共感など示されようものなら怒りの余りお前を殺してしまうだろう。深淵狩りであろうとも、今代の器は惜しいのだろう? 精々私の機嫌を損なわないことだ」
「さもしいな。容易く逆上する玉ではあるまい。そんな可愛げがあるなら口説いてやるが……まさか俺を誘っているのか?」
失笑、二つ。
魔王と魔女は示し合わせたように肩を竦め、あるいは構えを解いた。
「……よく分かった。くだらん探り合いでは遅々として話が進まんな」
「同意してやろう」
互いに長居したい場所でもない。両者は腹を割って本題に入った。
切り込んだのは、主催者であるセイラムだ。
「深淵狩り。私の同志になれ」
「――ん。条件を飲むなら考えてやらんでもない」
「条件? よかろう、聞くだけ聞いてやる」
「俺の問いに隠し立てせず答え、俺の駒になれ。さすれば形だけの同志として遇してやろう」
「ハッ。論外だな」
魔女が嗤うのに、魔王もまた嗤った。
空気が軋む。放たれる威圧感は魔力とオーラ。瀑布の如き力の発露に世界の方が悲鳴を上げた。
伝説の英雄――大魔法使い足るオズピンは娘達に力を分け与えた為、その力は大いに衰えている。故に有史上、拮抗した力関係を持つのは互いしか存在していなかった。
久しく感じていなかった緊迫感を楽しみ、深淵狩りは相好を崩す。人間らしく振る舞っている己の滑稽さをも楽しみながら。真実の自分には、既に人らしい情動など燃え尽きていると弁えているのだ。
「如何なる仕儀であれ、貴様が識っているであろう知識を明かさねば、俺の出す結論は何も変わらん。多少は譲歩してくれてもいいだろう?」
「ふむ……まあ、よかろう。問いを投げる事を特に許す。その儀を以て私の慈悲としよう」
セイラムもまた愉快だった。
摩耗し果てた人間性、その名残が息を吹き返している。
まるで王女であった頃のような、鮮明な感情の波……■■■と共に戦った時のようだ。
恐らく清々しいこの想いを抱けるのは、古今を見渡しても深淵狩りしか居まい。その確信がある。
在り方の回帰。不思議と、心が震えた。
深淵狩りは魔法の実在を知って以来、ずっと気に掛かっていた事を問う。それはヨナタンが知らず、知ろうともせずに『どうでもいい』としていた、一つの核心に至る問い掛けだ。
「貴様の目的が復讐だろうというのは察していた。だがどうやって復讐を成そうとしている? 貴様は過去、自らの所業によって旧人類を滅ぼしている。なんの策もなしに神に挑まんとしているなら、貴様は自らが痴愚の狂人であると自白しているに等しいぞ」
「辛辣だな。だが、尤もな疑問でもある」
「レリックの齎すそれぞれの力は? 四つ揃えば何が起きる? 俺の目的はグリムの絶滅を除いて他にない。闇の神を殺せばそれが成るなら、俺と貴様の目的は一致していると言えるかもしれないな。真に俺を同志に誘うのなら、これらの一切を誤魔化すことは赦さんぞ」
「………」
セイラムは沈黙した。
神に挑む。それは、人の尺度で図れる偉業ではない。いや、偉業ではなく愚行である。
人は四季の乙女を神と号する。だが本物の神とは、四季の女神を塵芥にするのに手こずりもしない。彼女達を吐息一つで滅ぼせてしまうのが、本物の神である兄弟神だ。
強大な力を有するとはいえ、セイラムに神々が討てるとは思えない。彼女の不老不死も神に与えられた呪いだ。兄弟神がその気になれば不老不死も取り上げられ、只人の如く殺される結末が待っている。
ややあって、セイラムは口を開いた。どこか疲れたように。
「……奴らが私を滅ぼすなら、それはそれで良い。私はそう思っていた」
「貴様の壮大な自殺に人類を巻き込むつもりか? 旧人類だけでは道連れとして物足りず……現行人類も死出の旅路に付き合わせるのが貴様の望みだったわけだ」
「フフ……そうなるならそうなるで、私は構わんがな。……私は永く生き過ぎた……死ねるならどれだけ他人が死のうと気にもならん。それが偽りのない本心だ。だが――我が殺意もまた本物だよ」
神々の姿を思い浮かべたのだろう、セイラムに壮絶な殺気が宿る。
魔女の本気は伝わった。だが、深淵狩りは無言で先を促す。
「レリックの持つそれぞれの力は――」
セイラムが、語る。語ってしまう。知られたところで何も困らないと。
――もしもセイラムが虚偽を働くか、あるいは黙して語らねば、
運命の分岐点が、ここなのだ。
果たして、深淵狩りの叡智が全開で稼働する。
「――そして四つのレリックが揃えば、神々を召喚できる。神々の再来は審判の時だ。現在の人類が、神と共に生きるに能うかを判じ、能わぬならば滅ぼすと奴らは宣っていた」
「………」
「そして――レリックの真価は他にもある。四つのレリックは、揃えた者に神の如き力を授けるという。あれらは嘘は言わん……あれらにとって人は塵だ。塵に嘘を吐くような者などいない」
「神を人の尺度で図るのか?」
「あれは嘗て私に容易く謀られ、死者蘇生を成している。騙そうと思えばさして苦労はせん」
「知恵の足りない神だな……」
伝えられた神の醜態に可笑しさを覚え、深淵狩りは再び失笑した。
数秒、間が空く。
深淵狩りが、開示された情報を咀嚼し、呑み込んでいるのだ。
彼はふと戯れに想像する。もしこうして魔女と相対していたのが
なんだ、と深淵狩りは嗤った。
どちらにどう転ぼうと、人でなしには変わりないではないか。今後の趨勢を占う深淵狩りも、アトラス軍を当て馬に敵戦力を探るであろうヨナタンも。であればどちらが有益か考えれば良い。
客観的に判断して、己の方が最善の道を選べる。深淵狩りは意を決した。決して、しまった。
「――要求を変更する」
「ほう? それは、つまり……私の同志になるという事か?」
「
「そうか……ならば、」
「結論を急くな。人の話は最後まで聞くものだぞ」
交渉は決裂した。そう判断し俄に殺気立つセイラムを制し、深淵狩りは己の策を開陳する。
『その場の思い付き』では片付けられない急造の奇策――献策必中の智慧は自他の啓蒙だ。
数万もの英邁な脳を抱えているに等しい精神体。現存する全てのコンピュータを並べた物よりも、明白に上回る演算速度と精度を深淵狩りの頭脳は有していた。
遠大なる智能は妙手を描き、魔女が、瞠目する。開いた口が塞がらない。驚嘆し、感嘆し、そして顔を伏せて声を殺して嗤う。拍手喝采し小躍りしたい内心を矜持の裏に押し隠して、品のない無様な哄笑を轟かせるのは良しとせず。
「――よかろう――
「それでいい。俺は貴様を
「
「
「フ、フフ……では此度は退こう。私は機嫌が良い。その命を長らえた幸運、無駄にしない事だ」
「ああ。さらばだ、セイラム――」
立ち上がり様にアクセルを吹かし、椅子にしていたグリムを今度こそ灰にして、深淵狩りは魔女に背を向けた。次に会う時は殺す、と。冷厳なる結論を互いに叩きつけて。
しかし、別れ際に深淵狩りは魔女へ告げた。
それは福音。あるいは、予言。終末に向けた契約の禍福。
「――
深淵狩りの齎すもの
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狂い哭け、お前の末路は『英雄』だ
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真に愛するなら壊せ!
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新世界の開闢に散る華となれ!
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お前は、要らない
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泣き叫べ劣等――今宵、ここに神はいない