“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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天上天下唯我独尊…!

 

 

 

 

 空港に見送りに来てくれたのは、パトリオットとトリシャの二人。

 そしてワイスを迎えに来たジャックとSPの人達を含めたシュニー家の五人。

 必要な荷物は先に送っておいたから、軽い手荷物だけを持ったヨナタンは彼らを振り返る。

 

 穏やかに送り出してくれる両親に微笑む。当代の深淵狩りが思惑通り娘と親密になった事で、機嫌の良さげなジャックに目礼する。そして寂しげな、行ってほしくなさそうな表情のワイスに手を振って、小さく口を動かした。

 またね、と。

 毎日連絡してくれていいと予め伝えてある。だから直接会えなくても我慢できるはずだ。それにいつまで経っても本当の家族と疎遠なままなのは哀れだ。この別れは必要な事だった――そう思うようにしている。

 

 飛行機に乗り込む。彼らが帰りに【ホワイト・ファング】からの襲撃を受けたりしないよう気をつけて欲しいところだが、それは今後の自分にも言える事だろう。早ければ今回の航空便で襲われる可能性もある。

 ヨナタンは気を緩め過ぎないように意識しながら、彼らに背を向けて歩き出す。それと同時に自分に付いてくる薄い気配を感じるが、さほど気を配る事はなかった。気配の数は二つ、ナーハフォルガーの本家の人間だろう。

 元ハンターであり、ヨナタンの護衛のつもりと思われる。失念していたがヨナタンも名家の出であり、中でも老人達にとっては英雄の再来だ。昨今の不穏な情勢を鑑みて、念の為護衛を付けてくる事は充分に考えられた。

 

(水を差された気分だ……鬱陶しい)

 

 せっかくの旅立ちの日だというのに、煩わしい事この上ない。

 ちらりと視線を向けると、ギョッとした反応がある。まさか気づかれるとは思いもしていなかったのだろうか。だとしたら、些かナメ過ぎだ。ヨナタンの特異性は彼らも知っているはずなのだから。

 純粋な意味での護衛ではあるだろう。しかしその意図はなくとも監視要員にもなっている。物騒で血気盛ん、冷酷な【深淵狩りの亡霊】の一人がヨナタンに囁き掛けてきた。なら始末すればいいじゃねえか、と。

 それにヨナタンは内心で答えた。人殺しは、駄目だ。それに撒こうと思えばいつでも撒ける。()()()()()()()()()()()()()。いてもいなくても問題はない、都合の良い時だけ利用させてもらえばいいじゃないか――

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 拍子抜けするほど、空の旅は何事もなかった。

 

 何もかもが新鮮で、しかしその全てを識っている。

 初めて乗る旅客機も、そこから覗ける雲の上の景色も。降り立った先で初めて感じる温暖なる気候、大勢の人々の醸す雑多な賑わい、初めて見る街並み。それら全てが未知のそれで、同時に既知のものでしかないのだ。

 未知なのに既知で、新鮮なのに識っているのである。

 この手の感覚には慣れっこだが、恐らくこの世に共感してくれる人間はいないだろう。こうした未知と既知を内包した感覚の中で過ごしていると時折酷く虚しくなるが、だからこそ既知を孕まない未知はヨナタンの興味を引く。

 

 識っているよりも少し発展している街を好奇の目で眺め――その一方でヨナタンは自身の立ち居振る舞いを考える。

 

(可能な限り多くの人に好かれるべきだ)

 

 全員に好かれるのは不可能である。どう頑張っても頑張ったが故に妬まれ、謗られるのは人の世の常であり、そこはもう割り切って流すしか無い。好かれるのも嫌われるのも注目を集めるだろうし、目的はそれであった。

 知名度を上げる。その一環で品行方正に振る舞い、成績は常に上位に居座るようにする。そうして優等生を演じながら、心根の善良な生徒としてリーダーシップを発揮し、ある種のカリスマめいた存在になる。アカデミーという小さなコミュニティの中での話でしかないが、ゼロから始める以上最初の一歩から壮大に歩めはしない。これは妥当な切り出しだろう。

 

(僕は多くの人から好感を懐かれる性格をしている――というのは自惚れだ。誰とでも仲良しこよしなんてうんざりするし、下手に八方美人を決め込もうものなら逆に大多数から嫌われかねない。となると好かれやすいキャラクターを演じるべきなんだろうけど、下手な演技は却って不自然さを残してしまう。()()()演技が出来るならそれがベストなんだけど――)

 

 生憎と、将来の夢は俳優などではない。演技力に自信などなく、故に。

 

(こういうのは先人に倣う――いや、()()方が良いかな)

 

 カリスマ性、指導力、求心力。それらに秀でた自分の前身達は過去に幾人か存在していた。彼らこそが最高の教材だろう。

 しかしそれらを【過去降(ダウンロード)】するのはよろしくない。能力はともかく人生そのものを降ろしてしまえば、その分ヨナタンは彼らに()()()()()()事になる。嘗て一度だけ知恵に長けた亡霊を読み込んでしまった事で、現在の性格が形成されたヨナタンはその事をよく理解していた。亡霊に寄り過ぎれば自らの人間性を失うのは自明なのだと。

 故に模倣なのだ。あくまでデータを参照して参考にするに留める。それに今の自分は……自覚は乏しいが子供だ。置かれた環境もアカデミーの最下級生であり、多少の拙さは年齢相応のものとして誤魔化せる。

 人が言うカリスマ性、指導力は学べる。それは人の持つ天性の感覚を大衆が学び取り、体系化できる学問だからだ。それらが高じれば自然と求心力は高まるし、年月を積んでいくにつれて立ち居振る舞いの練習を終えれば良い。

 

 ――そんな事を考えていると、ヨナタンはシグナル・アカデミーの寮へ到着し、割り振られた部屋に届いていた荷物の荷解きをする。

 

 シグナル・アカデミーがあるのはサナス大陸ヴェイル王国の西、【パッチ】という小島だ。アカデミーに入ると自分と同じ新入生達を発見する。彼らの殆どは保護者が同伴しているらしく、大人の人数もそれなりに確認できる。

 

 入学式は簡素なものだ。これといって印象に残ったものはない。

 むべなるかな、シグナル・アカデミーとは通常の学校ではなく、ハンター養成学校の一つ――初等訓練校なのだ。最年少の七歳の少年少女ばかりで、17歳まで専門教育を受けるのである。一般的な学校とは訳が違うのも当然だ。

 

 シグナル・アカデミーでは十年を過ごす。十年――ひと言で言葉にすると短いが、多感な時期の青少年には長過ぎるように感じるだろう。しかしヨナタンから言わせれば短過ぎる。

 時間感覚の話ではなかった。七歳から専門的にハンターに必要な知識や技術を学び、機械工学や世界各国の環境地理、歴史を学ぶのだ。たった十年で詰め込むには些か短過ぎるだろう。おまけにシグナル・アカデミーでは武器の自作が義務付けられている。他者からの購入や譲渡は認められていない。ここでも才能や意識の高低が如実に現れ、格差を作られる事が容易に察せられる。

 まあ、そこはいい。ヨナタンが親密になるべきは能力が高く、意識が()()同級生だ。下手にハンターに憧れ、立派なハンターになりたいと志しているような者に声を掛けても、同調させるのは些か手間が掛かってしまうだろう。なんせヨナタンが目指しているのはハンターの営利組織化だ。そんなものはハンターじゃない! と近視眼的で正義心を燃やす人間には嫌われて当然である。

 

 しかし熟考してみると、ハンターこそ社団法人になるべきなのだと気づくはずだ。

 

 ハンターは国に縛られない国際的な組織だと謳っているが、その実態は当然のように異なっている。ハンターとて人の子であり、霞を食って生きているわけではない。国や企業から有形無形の支援を貰わねば生きていけないのだ。  支援の内容は金銭であったり特権であるわけだが――それはつまるところ国や企業に依存した存在である事を意味している。

 国、企業が結託してハンターを潰そうとすれば、簡単にハンターという存在には首輪が掛けられてしまうだろう。現にわが祖国アトラスでは、軍と政府とアカデミーが一体化し既にハンターは国に縛られつつある。

 これで『ハンターは国に縛られない』なんて、とんだお笑い草だ。形式的なお題目を大真面目に信じているのは余程の馬鹿か子供だけだろう。

 国とは人である、人である以上は多数の人間に縛られるものだ。それが評判や評価というもので、本当に国に縛られたくなければ一切の金銭を所持せず、武力を背景に相手を恫喝するか、あるいは山なり海なりで漁、狩りをして生きていくしか無いだろう。

 

 それが嫌なら将来(さき)を見据え考えるべきだ。グリムという強大な外敵がいるから現在のハンターが在るわけだが、未来永劫グリムと戦い続けるわけではない。何せ人とグリムは不倶戴天、必ずいつかはどちらかが絶滅する。

 人が負けた場合は考えるだけ無駄なので、グリムが滅んだとする。するとハンターは将来的に不要の存在と化し、容易くハンターという制度は解体されてしまうだろう。あるいは国に都合の良い軍学校に変遷するか、だ。

 それを防ぐには、敢えて自縄自縛に陥ればいい。ハンターの敵はグリムや凶悪な犯罪者、テロ組織――要するに戦う術を持たない多くの人々を害する存在だが――グリムがいなくなった後は、人の敵は人しかいなくなる。

 必然的にハンターは武力を売りにする暴力装置となるか、あるいは国家間の紛争を調停、世界の警察とでも言うべき存在になればよく、そうした未来を迎えるためにはやはりハンターの中立性を堅持しておく必要があった。

 自縄自縛に陥るのは、不自由になってこそ自由を得られるからだ。自ら国や企業の経済圏に参入し、経済圏のルールに組み込まれる事でこそ存続できる。ハンターは国の思惑に縛られないなんてお題目を真に受けず、自ら利潤を生み出す存在になる事で国や他企業に依存しない独立した組織となるのだ。

 

 ――長々(つらつら)と思考を綴りながらも、ヨナタンは同期生たちを観察する。

 

 見るのは授業風景、休み時間の何気ない言動、そしてグループ形成されたコミュニティの数々だ。誰が誰とつるむかによって、その性質も読み解く事が出来る。ノリの良い者は同じような性質の人間と固まる事が多々あり、逆に周囲の輪から弾かれ孤立する者には協調性と積極性が足りない事が分かる。

 シグナル・アカデミーに入る前には最低限、文字の読み書きはできるようになっているのが前提だ。基礎的な学力を身に着けていればなお良しである。そして大多数の生徒は自分の意志ではなく、親の教育によってほぼ強制的に入学させられているだろうから、その手の基礎学力は修めているだろう。

 この時代、ハンターになれば食うに困らず、軍に入れば花形の職業として持て囃されるのだ。親が我が子の危険を望む訳がないが、やはり高額な給与は魅力的で、可能な限り安定した生活を望むだろう。――生臭い話だが遺族年金を目当てに子供を死地に追いやろうとする者もいるかもしれない。

 

 そうした中でヨナタンが注目するのは、コミュニティから弾かれた面々だ。

 客観的に見てヨナタンの容姿は()()()レベルにあり、振る舞いは明瞭で()()()()喋り丁寧で成績優秀だ。生活態度も良好なので教職員からの覚えもよく、積極的に同期生の面々とコミュニケーションを取って遊びに付き合うので、明るい性格の者は自然と寄ってくるし頼ってくる。

 故に同期生はヨナタンをグループの中心に置いているし、無意識にリーダーだと見做しているのは分かっていた。というより、そうなるように立ち回ったのだから、そうなって当然ではあった。純粋な意味での子供達に囲まれるのは些か居心地が悪かったが――それはさておき何故グループから弾かれた、協調性や意識の低い生徒に注目するべきなのかと言うと。

 

 成績優秀者や心根の明るい人間ほど、ほとんどが物語に語られるハンターに憧れるか、もしくは親の教育に感化してハンターという存在に固定観念を持っているからだ。

 

 悪いことではないが、ヨナタンにとっては都合が悪い。そうした観念はヨナタンの目標へ忌避感やら先入観を持たせてしまうだろう。だからこそハンターになる事に意欲的ではなく、親の言うがままに入学してきた目的意識の薄い生徒が狙い目なのである。そうした生徒はやる気を出しておらず、惰性で授業を受けているだけで、上手く誘導すればヨナタンの側に引き込めるはずだ。

 理想よりも現実に則した性質の持ち主を仲間にしたい。才能や能力が伴っていれば言うこと無しであるが――

 

(……やっぱり、なんでもかんでも上手く行くわけじゃないか)

 

 ヨナタンは失望した。

 多数いる同期生を、入学後半年掛けて入念に審査した結果、誰も彼もが凡庸の域を出ない才覚・意欲の持ち主しかいなかったのだ。才能がなくてもやる気があれば能力は身に着くが、その両方を持ち合わせていないのなら論外だ。

 今年は不作の年である。ヨナタンは同期に恵まれなかった。それだけの話であり、身も蓋もない話をするなら運がなかった。

 仕方なくヨナタンは方針を切り替えた。同期はあくまでヨナタンの評判を宣伝する、生きた広報装置にしよう、と。来年以降の後輩に注目し、それまでは露骨に知名度を高め名前を売っていく事にする。後輩も無名のセンパイに声を掛けられるより、有名なセンパイに気に入られたいと思うだろうから。

 先輩方に声を掛けないのは、ヨナタンの年代の少年少女にとって、年上と年下の関係性は完全に上下のそれがあるからだ。年下の少年に何を説かれようと聞く耳を持つ可能性は低いし、なまじ優秀な者ほど年下のヨナタンに負ければ反発してくるのは目に見えている。ある種意固地になった者を説き伏せるのは面倒だし、確実なリターンを得られるわけではないのなら、積極的に知己を結びに行くメリットは薄いのである。

 

 ヨナタンは今年度のヴェイル地区のトーナメントに参加申込をする。

 

 【トーナメント】とは、ハンター養成学校に所属する生徒同士の模擬戦だ。ヴェイル王国の名の由来となっている首都ヴェイルで毎年開催され、自らの実力を喧伝するのにうってつけの舞台である。

 同様のトーナメントは各王国でも開催されているが、国際交流試合が組まれるのは高等訓練校からだ。初等訓練校に属している内は参加できないが――このトーナメントを高等訓練校に進学するまで、十年間連続で連覇していけばおのずとヨナタンの名声は高まるだろう。

 

 自分が優勝し、連覇し続ける事を欠片も疑っていないヨナタンだが、事情をよく知る者からするとそれは全く傲慢とは思えないだろう。大上段に構えるだけの能力がヨナタンにはあるし――そもそもの話、一対一の対戦をして、ヨナタンとまともに戦えるようなハンター見習いは存在していなかった。

 言ってしまえば苛烈な訓練を経験した軍人が、子供のちゃんばらに完全武装で乱入していくかの如き大人気の無さだ。それでも七歳の少年の申込みに教職員一同は無謀だと窘めたがヨナタンは引かない。名声を欲しているのだ、負ける要因が皆無と言えるトーナメントに参加しない道理はない。いわゆるボーナスステージという奴で、これを無視するのは愚の骨頂でしかなかった。

 

(初等訓練校に入学したその年から、十年間の教育期間中、ずっとトーナメントを連覇し続けた記録は存在しない。というか普通は無理だ。七歳そこらの子供が、十代半ばの優勝候補たちを捻じ伏せるなんてね。……僕だけズルしてるみたいで、普通の子たちには悪い気がするな……)

 

 そうは思うものの、譲るつもりはない。

 

 ヨナタン・ナーハフォルガー、七歳の冬。シグナル・アカデミーに入学した年は、何一つドラマを紡ぐことなく過ぎ去っていく。

 それはつまりなんの成果も得られなかった事を意味するが、何もしないで一年を過ごすつもりも毛頭なく――こうしてヴェイル地区のトーナメントは、ヨナタンの独壇場となる事が定められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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