「こん、のォ……ッ!」
「………」
自らに叩きつけられようとしている
掌とメイスが接触するインパクトの瞬間のみ、真紅のオーラをバリア状にして展開。ゴムボールの様な形質で放出したオーラ・バリアはメイスの打撃力を吸収し、その威力の向くベクトルをそっくりそのまま相手の方へ転換する。そうすることで厳つい殴打武器の直撃を受けた掌には一切の痛痒がなくなり、メイスはあたかも巨大な城壁に弾かれたように跳ね返された。
驚愕に目を見開く、十代半ばの少年。ヨナタンは直立姿勢のまま一歩も動いていない。そうして不動を保ち左手に握っていたクラウ・ソラスの銃口を少年に向けるや、薄いプレートメイルに覆われた相手の胴体を銃撃した。
自分の攻撃を跳ね返されたばかりで隙だらけだったのだ。ヨナタンの銃撃をまともに受けた少年は吐瀉を撒き散らして吹き飛んでいく。
使用したダスト弾はアース・ダスト。本来の仕様とは異なり単発での発砲である。普通の人なら即死するが、オーラに守られているなら死にはしない。バレルを折って空薬莢を排出し、優雅にすら見える所作でダスト弾を一発だけ装填したヨナタンは、ちらりとバックスクリーンに映るゲージを見遣る。
便利な時代になったもので、人の宿すオーラ残量は機器によって計測できるようになっている。そのお蔭でオーラ残量を見誤る事はなくなった。オーラが生物の防御力を上げ、オーラが尽きるまでは簡単に死ぬことがない以上、相手を殺してしまう心配は殆どなくなったと言ってもいい。極限まで自身を追い込む訓練が容易になった証左でもある。
対戦のルールはなんでもありの一騎打ちだ。勝利条件は相手の戦意喪失、もしくは計器に映る相手のオーラ残量を零にすると勝利した事になる。スクリーンのゲージには、ヨナタンと対戦相手の顔とオーラ残量が表示されており、相手の少年は既に危険水域を意味する赤色にまでオーラを減らしていた。
対するヨナタンは、全くの無傷――歓声が湧いた。
『――強いィッ! 強すぎるッ! シグナル・アカデミーの2回生ヨナタン・ナーハフォルガー、去年のトーナメントで優勝してのけた実績に偽り無し! 今年も準決勝の舞台まで無傷で勝ち上がって来た! この強すぎる天才少年の快進撃を止められる選手はいないのかァッ!? このままだと2連覇を果たしてしまうぞッ!』
ここは首都ヴェイル。年に一度開催されるトーナメントの舞台。
アリーナの中央には今、
ヨナタンは外野の野次を丸っと聞き流す。去年は誰も障害になる事なく無傷の優勝を果たしたが、どうやら今年も同じ結果になりそうだ。
よろめきながら立ち上がった対戦相手へ、無造作に発砲してアース・ダスト弾を浴びせる。相手の少年はなんとかダスト弾をメイスで弾くも、立ち上がったばかりの所へ銃撃を受けた為さらに体勢を崩してしまった。
『ああっとぉ!? ヨナタン選手が懐に手を入れた! お馴染みの必勝パターン、詰みに入るつもりか!?』
聞かず。ヨナタンは懐からなんの加工も為されていない、小さなファイア・ダストを取り出すと無造作に握り潰した。すると粉砕された赤いダストが秘めていた熱量を解放し、如何なる原理か眩い炎が手の中に発生する。
ヨナタンはそれを
ダストは膨大なエネルギーを宿す鉱石資源だ。色合いによって宿しているエネルギーは異なり、レッド・ダスト、バーン・ダストとも呼ばれる赤いダストは炎を内包している。小さな欠片でも危険な代物だ。
操った炎を火球として放ち、それを緻密な操作によって百の火弾に分散させる。それらを一切の過不足なく制御したヨナタンは火弾を対戦相手に殺到させた。銃撃の威力に蹈鞴を踏み、辛うじて体勢を立て直した直後の相手は、自身に襲いかかってくる百の火弾を視認して悲鳴じみた絶叫を迸らせる。
「クッソォ――!」
直線的に当てに行くほど
果たして相手はろくな抵抗もできず、次々と被弾しオーラ残量を零にする。
力尽きて倒れ伏す対戦相手。このまま追撃を加えたら殺してしまうだろう。ヨナタンはルール上の勝利条件を達成するや、即座に余っていた火弾を虚空で停止させる。そして余剰火弾を舞い上がらせて制御を手放した。
すると、火弾は綺羅綺羅と輝く星のように煌めく。
オーラの制御を失った火弾は、自然と燃え尽き消滅していった。火の粉がぱらぱらと舞台に舞い落ちていく光景は幻想的で――演出としてはなかなかに美麗なものだ。絵になる美々しさを計算した行為である。
『勝負ありッ! 圧倒的――正しく圧倒的と言う他ありません! 昨期優勝者ヨナタン・ナーハフォルガー、去年からこの準決勝に至るまでの全十七試合を完全無傷のまま突破しました! 今回の相手のジョナサン選手だけではありません、今までの対戦相手の中にまともな戦いを成立させられた選手が一人もいない! 優勝候補筆頭と目されるヨナタン選手、決勝進出決定……このままの勢いで2連覇も達成してしまうのか、ヴェイル地区に彼の快進撃を止められる選手は一人もいないのかァ――!?』
熱を帯びる実況席の男。既にファンも付いているらしく、舞台から去っていくヨナタンの背中に気安い声援が送られてきた。ヨーナー! と。それに対し一度立ち止まり、折り目正しく一礼すると歓声は更に大きくなった。
『ヨナ』とはヨナタンの愛称だ。
父と母にしか呼ばれた事のないそれを、自身のファンとはいえ顔も知らぬ赤の他人に使われるのは、ほんの少し嫌だったが。自分の売名行為が実を結んできている証左なのだと、甘んじて受け入れるしかない。
少年は少しずつ、目的に向けて歩を進める。
売名行為はその一環であり――しかし、あくまで
† † † † † † † †
舞台裏の選手待機室に戻りながら、確か――と、ヨナタンは記憶を探る。
(確か――“ヴェイル地区トーナメント始まって以来の快挙! 七歳の天才美少年、ヴェイル・ミストラル・アトラス・ヴァキュオ地区の最年少優勝記録更新”……だったっけ? 美少年、ね……)
去年の新聞の一面を飾った文句だが、変な持ち上げられ方をしていた。
自分の容姿を褒められて悪い気はしない。が、美少年呼ばわりは過剰な気がしたものである。現にとある雑誌の表紙にヨナタンの顔写真が掲載されていたが、あれは少しばかり加工され実物よりも顔の造形が良くなっていた。
称賛され持て囃されるのは、個人的にも目的に沿う意味でも喜ばしい。
しかし本人より写真の方が美形なのはどうなのか。ヨナタン自身そこそこ顔立ちが良い方だという自覚はあるが、これでは実物に会った人が失望してガッカリしてしまうかもしれない。
身も蓋もない現実問題として、顔の美醜やスタイルの良さは、生じる外聞に大きな差を生む。普通より少し顔が良い程度だろう、と自己評価していたが、【痣】から肉体改造の特性を【ダウンロード】して、違和感が出ないように年単位でじっくり顔の造形を整えていこうか悩んでしまった。イメージ戦略的には、外見の清潔さや美醜が疎かに出来ないファクターなのだ。手は抜けないし最善を尽くすべきだろう――
と、去年の今頃は考えていた。
しかし現在はその考えを捨てている。パトリオットとトリシャという、素晴らしい両親から授かった大事な体だ。それを戦いの結果や成長に拠らず、人為的に変化させるのは親不孝ではないかと思ったのだ。
要するに。早い話、美形な方の写真のヨナタンに期待して、実物のヨナタンに会って失望するような手合いは、こちらとしても付き合いを持つのは願い下げにすればいいと、そう思っただけの話だ。
――ともあれシグナル・アカデミーに入って一年目は、ヴェイル地区トーナメントに出場し、予定調和の如く優勝した事以外に成果は何も無かった。
シグナル・アカデミーには、超一流の元ハンターであるタイヤン・シャオロン、現在も現役であるクロウ・ブランウェンという教師がいるのだが、この二人とはまともに交流できていない。
ヨナタンとしては避けるつもりはないのだが、不思議と二人の方から避けられているようなのだ。
教師としてそれはどうなんだと思わなくもないが、実際問題としてヨナタンほど教え甲斐のない生徒もいない。人格面はさておくとしても、ヨナタンの能力的に見て教育自体が不要なのだから当然だ。ヨナタンに構うより他の生徒に労力を割くのは自然だったが――どうも何某かの思惑を感じないでもない。彼らの視線は子供を見るそれではなく、明らかにヨナタンの正体を識っているような素振りが見て取れる。
その上で放置してきている以上、こちらからもなんらかのアクションを起こすつもりはないし、ヨナタン自身彼らに興味はなかった。彼らの実力は恐らく歴代深淵狩りの多くを上回っているだろう。しかし内面と志操が完全に成熟している為、ヨナタンの目的に完全な賛同をしてくれるとも思えない。
それに――特にクロウ・ブランウェンの方にはヨナタンを見定めているような気配がある。
向こう側がヨナタンの素性や事情を完全に理解し把握したなら、ヨナタンに教師と生徒という立場以外で接触してくるだろうと思われた。その時を待つ事にしている。こちらには特に思うところもないのだから。
「はあ……」
選手控室から出るなり、すぐにマスコミに囲まれインタビューを受けた。
不躾なカメラの光が焚かれ。彼らとの遣り取りで嫌な顔一つせず、愛想を振りまき、無難に謙遜しながらやり過ごすのは、率直に言えば面倒だったが。その思いを溜息に乗せて吐き出して、ひとまずは忘れることにする。
ヨナタンは耳にヘッドフォンを付け、ジャズという種類の音楽を聞きながら首都ヴェイルの街に繰り出した。
力強く、リズミカルな音楽が耳と心を楽しませてくれる。ヨナタンは様々な音楽に関心を持ったが、中でもジャズを好ましく感じていた。――独特な音調に耳を傾け、ヨナタンは自省する。
どうもいけない、と。友人と呼べる者は全く無く、周囲の人からは『手の届かない存在』として距離を置かれ、それを良しとして人気稼ぎに奔走している為か、一人になると益体もない事ばかり考えている。
トーナメント以外で、一年目から目立った成果を得ようとは思っていなかったが、それでも――甘い見通しだと自覚していたが――目ぼしい人物を何人か引き込めると思っていたのだ。なのに現実には、そんな人材は一人も仲間に出来ていない。これはなんとも期待外れ極まる。
――長じれば頭角を現す人はいるのかもしれない。しかし、ヨナタンの求める水準は無自覚ながらも高すぎるきらいがあった。並大抵では唾を付ける気にもなれないのだ。
(どうしたものかな……)
時刻は夕暮れ時を過ぎ午後八時を回っていた。首都ヴェイルは祖国の首都アトラスほどではないが、初代深淵狩りの時代を原始時代と呼び捨てられるほどの発展を遂げ、発展した科学技術の恩恵で夜でも明るさを保っている。
整然と並ぶ街灯。街中に緑を飾る街路樹。道路を走る車両に、男女のカップルだろうか? 仲睦まじく腕を組んで歩いている人達もいた。どの店も開店しており、積極的に客を呼び込む店員の姿もあった。
ヨナタンはそれを見ると、いつもなんとも言い難い感慨を持ってしまう。
【痣】を通して古い時代の深淵狩りの感覚が流れてきているのだ。古い時代の人からすると、文明が此処までの発展を遂げているのを見ると感動してしまうのだろう。しかし、いい加減に慣れてほしい。
亡霊に引っ張られる感覚は
――シグナル・アカデミーのある田舎の小島、パッチから都会のヴェイルに来るにあたって宿泊していたホテルに向かわず、その足で外を出歩いた。
ヨナタンの目当てはダスト・ショップだ。
今日の準決勝の試合でもダスト弾を数発、他にも欠片を消費した。本当なら何も使わなくても、それこそ武器を封印した素手の状態でも充分だが、流石にそんなナメた態度で公の舞台へ出る気にはなれない。
年下に惨敗し、ただでさえ屈辱的な思いをしているであろう対戦相手に失礼だろう。相手の名誉を必要以上に傷つけ過ぎない為の必要経費と割り切って、毎試合一定量のダストは使用する事にしていた。ヨナタンなりに手を尽くして倒しているのだというポーズだが――それこそがナメていると言われればそれまでだ。しかしヨナタンからしてみたら、ナメられる方が悪い。
ちなみに弾丸の形に加工された各種ダスト弾、エネルギー源としての未加工のダストは、既に一定量備蓄していたりする。それでも備蓄を満タンにしておきたいのは単なる性分だ。自室の棚に空きがあると落ち着かないのである。
「……?」
不意に背中から脳へ矢が突き抜けたかのような……あるいは悍しい昆虫が、脊髄を伝って耳の穴から飛び出したかのような異物感に襲われる。思わず足を止め、ヨナタンは猛烈な不快感の正体を探るべく周囲に視線を走らせた。
――ヨナタンが
後者の超直感【天啓】は、発動するとヨナタンになんらかの行動を起こす切欠を与えてくれる。それは重要なものだったり、酷く下らないものだったりもして重要度にはバラツキがあった。だが無駄だった事は今まで一度もない。
実態としては高感度のアンテナのようなものだ。【天啓】が働くと脳みそに鋭利なものが突き刺さったような違和感を覚えたりするのだが、能力の便利さを考慮すると軽すぎる代償だと言えるだろう。
単に我慢して耐えればいいだけだなんて、実質的には代償とも言えない。
「………」
パッと見て、周囲におかしなものはない。
夜空は静謐な冷たさを保ち、平和な街にはヴェイルの日常が広がっている。ハンター見習い達によるトーナメントという、大きなイベントがある為か、それなりに人通りが多く喧騒を生んでいるが、さほど注目するほどでもない。
アトラスは今の季節と極寒だ。同じ冬とはいえアトラスに比べると遥かに温暖な気候であるヴェイルが羨ましく感じつつ、ヨナタンはヘッドフォンを外し首に掛けた。目に見える異常がないなら、耳に頼るのだ。
それとなく耳を澄ませる――車道の車のエンジン音、走行音、歩道を歩く雑多な足音や話し声を雑音として処理し、音の海を掻き分けた。探る音源はそうした平穏から掛け離れたものである。
そうして耳に意識を傾けること一分。オーラで強化されたヨナタンの鋭敏な聴覚が、物騒な怒声を捉えた。
(聞こえた)
音の発生源は、建物と建物の間。有り体に言うと、路地裏。チープなドラマにありがちな、如何にも何かありますよと宣伝しているかの如き、街灯の乏しい暗い道。【天啓】はそちらへ進むように促してきている。
今、ヨナタンの思考に
が、その前に。左右を一瞥し付いて来るなと身振りで指示する。ナーハフォルガーの本家から派遣されている護衛達が、今も尾行してきているのだ。とはいえこちらに位置は筒抜けだし、その事はこの一年で彼らも承知している。
護衛達の顔と名前は知っているが、彼らには寸毫足りとも興味はない。そもそも頼んでもいない護衛に気を遣うほど親切ではないし、普段は許容しても付いてきて欲しくない時まで張り付かれていたのでは気分も悪くなる。
ヨナタンは護衛に対して非友好的だ。一応は連絡先の交換ぐらいはしているが、親密な関係を構築するつもりはなかった。友好的になるまでもなく彼我の立場には明確な上下があるのだからそれで充分であるし、そもそも定期的に護衛の面子は入れ替わっている。彼ら個々人と親密になる意義は皆無である、とは言わないが、労力を割いてまで知己を結ぶ価値があるとは思わなかった。本家の人間は勝手な英雄偶像を押し付けてくる傾向はあるが、基本ヨナタンには忠実なのだし、やはり個人として付き合う気にはなれない。
護衛達は仕方なさそうに散っていく。いつも視界に入らない程度に遠巻きに侍っているが、根本的に彼らは理解している。偉大なる祖霊を身に宿す深淵狩りに、そもそも護衛の類いなど無用なのだということを。故に職務放棄とも取れる行為にも、命令なら仕方ないと従順に従うのだった。
「………」
護衛の目が離れたのを見計らい足を動かす。
薄汚い路地裏には剣呑な空気が流れている。奥の方から複数人の気配が感じ取れた。
――気配とは、五感が取得する情報を総括して感じ取るものだ。
空気の流れを感じる触覚、場にそぐわぬ音や臭いを嗅ぎとる聴覚と嗅覚、不自然な動きから意図を読み取る視覚など。味覚は余り役立つ場面はないが、他の四感は“気配”という曖昧な情報を脳に悟らせるのである。
オーラで強化されるのは、一般に耐久力やら攻撃力やらと言われている。しかし肉体を強化するという一面を突き詰めれば、研ぎ澄ました五感にも適用できるのは自明であろう。ヨナタンが姿を視認しないまま遠くの“気配”の数を識別できる技能を有するのは、彼の特異性を鑑みれば保有していて当然である。
(十人前後……いや、きっかり十人だね。にしても……少し遠い)
壁際に背を貼り付け、気配のする方向に意識を向ける。話し声は成人した男のもの。野太く、相手を威圧するかのように低い声音。時に恫喝も交えながら行なわれているのは……交渉? 手打ち、協定という単語も識別できた。
もっと聴覚を強化すれば聞き取れるだろうが、これ以上強化すれば表通りの喧騒まで捉えてしまい、逆に何も聞き分けられなくなる。過ぎたるは及ばざるが如しだ。意識を絞って集中するにしても限度があった。
暗がりに隠れ潜むヨナタンに、誰かが気づく様子はない。ちらりと壁際から顔半分を出して覗くと、位置の悪さを悟り内心舌打ちする。十人は路地裏の開けた位置にいて、周囲には隠れられる箇所がない。ヨナタンの現在地が最も近いが、それでも耳を澄ませないと話し声が聞こえない位置だ。
やむなく彼らの風体を観察するに留める。自らを導いた【天啓】が、いったい何を指し示したのかを判別する必要があった。
男達はほとんどが厳つい体格と面構えをしており、高級な黒と白のスーツに身を包みサングラスをしていた。堅気の人間ではない――五人は左右にそれぞれ別れて睨み合っており、友好的な間柄ではない事が察せられる。
黒スーツ、白スーツ。なんとも分かりやすいチーム分けだ。
中央には年嵩の男がいる。年齢は五十代手前かそこらで、黒スーツ四人を率いているようだ。虎髭を蓄えている白髪の巨漢で、身の丈ほどもあるメイスを背中に背負っている。そして白スーツの男たちを率いているのは、虎髭の男の孫と言っても通じる若い青年だろう。矢面に立って壮年の巨漢と対峙している事と、その自信に満ちた表情からそう判断する。
右目を隠すオレンジ色の髪の青年は、赤いラインの入った白スーツを纏い、黒のロングパンツを穿いている。グレーのスカーフを首に巻き、黒のグローブを嵌め山高帽を被っていた。手には、杖。あれが武器なのだろう。
「………」
この場で抜きん出た存在感を持つ青年に目を引かれるが、ヨナタンはこの場に長居するのはよろしくないと判断した。会話を詳細に聞き取れない以上、見つかる可能性がゼロではないのだから離脱すべきだと考えたのだ。
決断したら行動は早い。懐から【
目的を達したのなら速やかに、かつ静かにその場を離れる。表通りに出て人混みに紛れ込んだ。
彼らの正体は、恐らく首都ヴェイルに根付く非合法団体だ。そんな輩になぜ【天啓】は反応した?
疑問は尽きないが、それを晴らすには彼らのことを知る必要がある。ヨナタンはスクロールを操作して、先程撮影した写真を護衛達に送信した。メッセージも送る。『この二組のマフィアの拠点を調べ上げるように』と。
するとダスト・ショップに寄り必要な買い物を済ませ、宿泊先のホテルに引き返していると護衛の一人から連絡が来た。スクロールを開き通話状態にするや、護衛の男が困惑しながら物申してきた。
『――マイ・アンセスター。ジャックハートです』
「やあ、マイ・ディセンダント。『
少年の身空で大人のような言い様で、自身より二十年は長く生きている大人に対して偉そうに接する。傍から見れば滑稽に見えるが、ナーハフォルガー家に於いてはこれが普通なのだ。
深淵狩りこそが自分達の祖先であると考え、歴代の深淵狩りが地続きの自意識を持っていたとされる為、ヨナタンもそうなのだと決めつけられている。そのため本家にとってヨナタンは父であり祖父であり、敬い崇めるべき師でもあるのだ。だからこそ彼らはヨナタンをマイ・アンセスター、我が祖と呼び。ヨナタンは彼らを我が子孫、我が末裔と呼び掛ける。
繰り言になるが、ヨナタンは歴代とは異なり、深淵狩りの集合体による自我の坩堝に塗り潰されていない。ヨナタンの自我は彼だけのものであり、よって本家に対する認識はあくまで親戚でしかなく、間違っても自らの子孫と思ってはいなかった。ヨナタンに自覚はないが、彼はどこか超然とした佇まいをしているが――それは単に浮世離れしているだけであり、自らの特異性と才能、幼少期から本家に『降霊の儀式』と称される、特性の覚醒訓練を施された経験が混ざり合って、ヨナタンの自我を尋常の域から乖離させただけである。
ヨナタンの本家に対する認識は、およそ一般の人間関係しか持たない者には想像の付かないものだろう。ヨナタン自身、彼らを自分がどう思っているのか正確には把握していない。
『無論。しかし我が祖、なにゆえにこの者らを調べるので?』
「私の意図を汲もうとする必要はない。言われたことをやっていればいい。それが正しく、正義だ。違うかな、ジャックハート」
『……ですが、明日でヴェイルのお遊戯会は終わり、翌日にはパッチへと戻られると聞いておりましたが』
「予定はキャンセルする。ヴェイルには私の要件が終わるまで滞在するから、それまで体調を持ち崩したとでもアカデミーには言っておくさ。君達の任務は私の護衛だが、私にそんなものは不要だと知っているだろう? 家の心配性な老人どもは、護衛として君たちを遣わせてきているが、他の者は小間使いとして私の近くに置いているのだと理解している。そしてそうであるからこそ、君たちが侍ることを許していたに過ぎない。こんな簡単なお遣いも果たせないようでは、とても我が末裔とは言えないね。それに口ごたえをするのも可愛くない。もしかして、私の
『そのような事はッ! ……そのような事は、断じて有り得ません』
これだ。
安い宗教のように、【痣】持ちを神聖視し、絶対視する。自らに流れる血を誇り、それを深淵狩り当人に疑われる事を何より恐れる。
駒としては便利だが、やはりヨナタンは彼らを敬遠したくなる。深淵狩りとして振る舞う限りは従順だが、そうでないと逆に口やかましく『自らをお偽りになられることはありません!』などと、自分達の固定観念を押し付けてくるのだから。若者風にはっきり言ってしまうと、ウザいのである。
……とはいえ、彼らも優秀ではある。
手掛かりが画像しかなくとも、近日中に調べ終えるだろう。ヨナタンが言ったように、言われた事しかやらないため、余計な事を仕出かす恐れもない。
ヨナタンは嘆息してホテルの自室に戻り、シャワーを浴びて、軽くご飯を食べた後に歯磨きをすると就寝した。
それから一日を置いた。その間に決勝は終わり、煩わしいインタビューを無難にやり過ごす。後は音楽を聞いて、テレビを見て、街を散策した。
スクロールで実家のパトリオット達と話して、ワイスとも歓談したりして過ごしているとジャックハートから連絡が来る。標的の拠点を発見した、と。
やはり優秀だ。有能なのは確かなのだから、個人的な観念は捨て置き多少のリスクも許容して、手駒にしてしまえばいいと思うが。しかしどうにも、自分でも分からない鬱陶しさに似た感情が邪魔をする。
露骨に嘆息したヨナタンは、早速行動を起こす事にした。
スクロール
・原作中の携帯機器。ケータイ、スマホみたいなもの。生活必需品であり、同時に戦闘とかにも役立つ多機能っぷり。