“継承”のセンブランス   作:飴玉鉛

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今回の投稿はここまで。


悪には華を

 

 

 

 

 黒と白のスーツの人達は、誰憚ることなく表通りに事務所を構えていた。

 

 黒スーツの方は、宝石店を。白スーツの方は、不動産を。前者は最近になって首都ヴェイルに進出してきた、ヴァキュオ王国に本社を置く会社らしい。後者は昔からある土着の不動産であり、一見後ろ暗い雰囲気はなかった。

 

 今日は雑踏の影に隠れて黒スーツの親玉らしき――オールバックに撫でつけた白髪と白い虎髭の、壮年の男。彼について回るとしよう。

 宝石店のオーナーをしているらしい彼は、午前中は店内にいたようだ。が、午後前に部下へ車を運転させて外出した。昼食の時間なのだろう。案の定というか車を()()()追っていくと、彼は高級レストランに入っていった。

 マナーを守った上品な食事風景である。

 会計を済ませ、さて店に帰るのかと思いきや――彼らは元来た道を辿らずに繁華街に向かっていく。

 ダスト・ショップや居酒屋、バー、ポルノ・セックス関連の店をつぶさに観察し、時には入店して店内で何事か言い争っているようだ。……いや、取り巻きの黒スーツが、一方的に店を恫喝しているらしい。怒声が聞こえる。

 穏やかではないが、割って入るような無駄はせずにその様子を写真に収めておく。店内から出てきた男達はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら車に乗り、走り去っていったが、このまま見過ごしたのでは片手落ちもいいところだ。彼らの正体に見当はついたが、所詮は物証のない憶測でしかない。何をしようとしているか特定せねばならないだろう。

 

 追いながら様子を伺っていると、今度は或るビルに入っていった。それは最近開店したという金融会社……端的に言ってしまうと金貸しだ。暴利で金を貸す悪徳な会社である。おいおいと内心呆れ、ヨナタンは嘆息する。

 こうも露骨だと隠す気はないようだ。精力的に働いているようだが、些か性急に過ぎるし、足元がお留守な印象を受ける。

 事務所に侵入しようと夜を待ってみたが、消灯せず数人ほどが寝ずの番をしていた。しかし障害にはならない。【痣】を通して過去の経験・能力を読み込んで、彼らの拠点に侵入し黒スーツ達に気取られないように行動する。

 事務所を漁ると――出るわ出るわ、裏帳簿が山のように。PCもあったのでクラッキングしてみると、ヴァキュオにあるという本店、親会社との遣り取りの履歴も発見できた。とっくに確信はしていたが、これで裏は取れただろう。

 

 彼らはマフィアだ。

 

 ヴァキュオから進出し、ヴェイルの裏社会に食い込もうとしている。であれば、あの白スーツ達の背後関係も察しが付こうというもの。

 白スーツはヴェイルの裏社会に根付くマフィアなのだろう。こうして自身の縄張りに粉を掛けてきた黒スーツ達と緊張状態にあり、あの日の晩にどういうつもりなのだと彼らの真意を糺していたわけだ。

 とはいえ余所者が我が物顔で動いているのだし、藪を突けば抗争待ったなしだろう。帳簿に記されている、彼らの武器と人員の一覧を確認しコピーを取ると、所在を掴んでいた他の拠点にも侵入して回ってデータを取り揃えた。

 

 どうやら汚い仕事もしているらしく、麻薬・売春なども扱っているらしい。

 ヨナタンは暫く熟考し、このデータを利用する事に決めた。

 

 マフィアだなんだと言って、いたずらに排除しようとするのは浅慮である。人間が人間である以上、汚い部分はどうしても出てくるものだし、潔癖にそれらを取り除いても後から必ず湧いて出るものだ。

 イタチごっこなんて不毛なのだから、逆に体制側に取り込むか、それが嫌ならある程度の筋を通し、裏の秩序を保てる面子を選定、それに管理を任せるのがベターな判断だろう。

 無論ヨナタンはそんな事を考えて実行するようなお偉い人間ではない。そもそもそんな立場でもなかった。一市民の一人として警察に通報するのが無難な行動であり、ヨナタンに都合の良いタイミングでそうするつもりだ。

 

 白スーツの男達の拠点に潜入し、『善意の協力者からのプレゼントです』と書き込んだメモと共に、入手していた全データを置いて行った。ヨナタンは情報を渡し、白スーツの勢力に黒スーツを駆逐させる事にしたのだ。

 

 置いてきたデータには、白スーツ勢力を攻撃する計画も含まれている。先日はお行儀よく挨拶していたようだが、黒スーツは同業者は邪魔者としてしか見ておらず排除を画策していた。それを知った白スーツの動きは自明だろう。

 情報の裏取りはするだろうが、事実なのだから困る事もない。一週間ほどで白スーツの勢力は動き出すと思われた。――が、予想に反して動きが早い。白スーツはどんな手を使ったのか、僅か二日で情報の裏を取り事実であると確信したらしい。すぐさま白スーツ達の首領(ドン)が号令を掛け、銃器や近接武器を手に黒スーツへと襲撃を仕掛ける準備を整え、あのオレンジ髪の青年が手下を率いて襲撃を掛けた。するとたちまち追い詰められていく黒スーツ勢力。襲撃の手際の良さから、白スーツは最初から黒スーツを駆逐するつもりでいた事が分かる。頭のキレる知恵者と、果断な行動力を併せ持っているようだ。

 

 ヴェイル警察も抗争の気配を察知して動き出しているが、そちらにはヨナタンの方から匿名で欺瞞情報をたれ込んでおく。白スーツではなく、黒スーツの武器が隠されている宝石店の所在を報せ、併せて白スーツへ反撃のために集まりつつある、黒スーツの兵隊達の所在も通報したのだ。これで警察は多少動きが遅れ、抗争の現場に駆けつけてくるタイミングを遅らせられただろう。

 ヨナタンはそこまで手配した後、白スーツの元へ向かう。黒スーツ勢力はなんの面白みもない、野心だけは一丁前なチンピラに過ぎなかった。消去法的に【天啓】が反応したのは白スーツと断定し、そちらを贔屓したまでである。

 

 ――こちらから接触して、何をどうするのか。

 何通りかのパターンを想定してはいるが、最も望ましいのはヨナタンの夢を叶える為に、有用な存在を発掘する事である。それが叶わないなら、適切適当に収拾を付け処理するだけのことだ。

 

 

 

 向かった先は首都ヴェイルの倉庫街(コンテナヤード)だ。

 

 

 

 元気にドンパチしているかと思ったが、意外なほど静かである。

 無言で歩を進めるヨナタンの靴が、ぺちゃり、と水溜りを踏んだ。視線を下に向けると、そこには血溜まりが小さな川となり流れてきていた。

 血が、下水路に流れ落ちていく。――既に決着が着いてしまっているのだろうか? だとするなら随分と仕事が早い。

 

 抗争の現場である倉庫街、そこには一組の男女がいた。

 先日も目にした、二十歳前後のオレンジ色の髪の青年。こちらは初見だが、青年より一回り以上小柄な、ヨナタンに近い年齢に見えるピンクと黒の髪の少女。右半分がピンクで、左半分が黒といった配色だ。

 右目を隠す髪型の青年は、先日と同じ衣装を纏っている。対して少女の方も配色の似通った衣服を纏い、パッと見て取れる差異は白のハイヒールタイプのロングブーツを履いている事ぐらいだった。

 

 彼らの足元には多数の――数にして十一の死体が転がっていた。凄惨だな、という思いを脇に捨て、足音を立てて近づくと、青年と少女が弾かれたように鋭い視線を向けてくる。

 

「……おやおやこいつは予想外の珍客だ。こんな所に何の用だい、お坊っちゃん。良い子はお休みの時間だろう? 早く帰って眠っちまいな」

「………」

 

 青年の深緑の瞳。その視線がザッとヨナタンの全身を走る。――身なりがよく、腰には革の鞘に収められた短剣がある。ダスト弾の帯もベルトに括られていた。初等のハンター養成学校の生徒だろう――と、判断したらしい。

 ヨナタンの正体を推察した青年の反応は瀟洒だった。しかしそれは皮肉めいていて、小馬鹿にしてもいる。

 微かな嘲りは、しかし色濃く。同時に予想外の闖入者に対する苛立ちも滲み出していた。少女に至っては完全に無言だ。だが対応に迷っているようで、青年の方をちらりと見て判断を仰いでいる。

 

「ガキに構うなよ、ネオ。無駄な事にいちいち目くじらを立てるのは『名誉ある男』のする事じゃあない。そうだろう?」

「………」

 

 ネオと呼ばれた少女は、改造杖を持つ青年の言葉に頷いた。『ネオ』はパラソルを改造した小さな武器を手に一歩下がる。

 名誉ある男と青年は言った。なるほど、響きからして意図的な揶揄かもしれないが、()()()台詞だ。シッシッと犬猫でも追い払うような仕草をする青年に向け、ヨナタンは微笑を浮かべる。悪戯に成功した小僧の笑みだ。

 

「――死体の身なりは似たりよったり。けど一人は貴方のように高級な服を着ている。互いに争っていたらしき痕跡から片方は()()()()で、偉そうな死体の彼は敵対者かな」

「――――」

「差し詰めここは目障りな余所者を始末した現場……付近に見張りも立てていなかったのは、余剰人員を用意するよりも戦闘に投入して、早期に決着を着けようとしたから。結果を見るに予想外に手強く、戦いに勝利したはいいものの……随分と苛烈な抗争だったようだね。悲惨なことに貴方達以外は全滅してしまった。貴方はマフィアの幹部、もしくは首領(ドン)の息子なんだろう。けど、後始末にはそれなりに難儀するんじゃないかな」

 

 白スーツの彼らもマフィアである。マフィアは主に殺人や暗殺、麻薬やダストの密輸、密造などの非合法な活動を主にしていると思われがちだが、一方で不動産業などの合法的な会社を有している場合もある。

 青年の言った『名誉ある男』とは、マフィアの一部が持つ志向だ。一般にマフィアは賭博、暴利金融、ポルノ・セックス関連、周旋業をしており、商売や賭博業をしたい人間にサービスを提供できる者を繋いで、対価として共同経営者となる仕事をしているが、目の前の青年のようなマフィアは『売春と賭博は名誉ある男のする事ではない』と嘯き手を出さないのである。

 

 高級志向の漂う衣服と武器。暴力の気配を隠しもしないくせに、子供の姿をしているヨナタンを見逃そうとする度量――いや、余裕。こんなにあからさまな抗争現場と、ヨナタンのこれみよがしな推理を否定する要素はない。

 

 突然現れた少年の台詞に、しかし青年は胡乱な反応を返した。

 

「ほほぅ……目端は利くようじゃないかお坊っちゃん。感心させられたよ。ずばり、図星だ。素晴らしい名探偵だと褒めてやってもいい」

「………」

「待て、ネオ。……だがここで推理を披露するのは賢くないな。私は推理小説の犯人よろしく、大人しくお縄につくような柄じゃあない。目障りな探偵はすぐに処分してしまうからだ。……犯人に襲われて痛い目を見る間抜けになりたくなかったら……これが最後だ。優しく諭している内に帰ってしまうといい」

 

 低身長ゆえに幼く見える少女が無言で殺気を纏うや、青年はすかさず制止してヨナタンへ()()()するように促した。

 

 殊の外、親切な対応である。しかしそれは優しさや甘さからくるものではない。青年は冷酷な目をしている。こちらが子供という事で無駄に殺すつもりはなく、最後通牒を出したのはあくまで一度は見逃すと言ったからだ。

 ごねたり、下手な動きを見せたら、気紛れめいた慈悲は撤回されるだろう。

 仮にここでヨナタンが引いてヴェイル警察に通報し、事件現場とこの青年達の風貌を教えても、彼らはどうとでも対処できる自信があるようだ。だから目撃者を見逃すという選択肢も出た。

 この青年はそうした自信、根拠がなければ、躊躇なく殺しに掛かって来ていた気がする。となると警察の追求から逃れられるだけの、相応の立場と組織がバックにあるのが察せられた。やり過ぎれば指名手配ぐらいはされるであろうが……やはりちんけなチンピラではなさそうだ。時間を掛けたくなかったら表面的な調査を怠っていたが、もしかすると彼のバックにいるマフィアは相当根深く浸透しているのかもしれない。

 

 ――彼らは人殺し、犯罪者である。この現場を見れば一目瞭然だ。であればハンター見習いとして、彼らを拘束し警察に突き出すべきなのだろうが――生憎とヨナタンはそんな事をするつもりはない。

 

 人殺しはいけない事だし、犯罪を犯したなら罰を受け償うべきだとは思う。だが死んでいる人間は全て見知らぬ赤の他人な上、両方とも生粋の無法者(アウトロー)なのだ。ハンター見習いではあっても、正規のハンターではないヨナタンに、彼らを拘束して警察に突き出す義理はあっても義務はなかった。

 これで死傷者が一般人なら対応も変わっただろうが、異形の精神を有する少年の価値観は徹底してエゴの塊である。自分や、情を移した相手、自分に関係のある人間以外がどうなろうと、その心には漣の一つも立つことはない。

 殊に、犯罪者は捕まえないといけない! なんて無邪気な正義心とは無縁という事もあり、ヨナタンの態度は淡々としたものである。ヨナタンがこの状況で思うことは、どこまでも己の利になる事柄であった。

 

(思えばほとんど収穫のない一年を過ごしていた。人生はたったの100年も無い。このまま成果を得られる見込みもないのに、漫然と過ごしてるのは時間の無駄……ここは一つアクションを起こすのもいいかもしれないね。いや、寧ろ彼らを仲間にしてみようかな? ……うん、物は試しとも言うし、勧誘するだけしてみようか。無理そうだったら素直に諦めたらいい)

 

「ちょっと待ってくれないかな」

「………?」

 

 帰宅を促された少年は、なおもその場に留まった。訝しげな反応は、あくまで予想外のリアクションに対するものだ。それはすぐに呆れへ転じ、呆れつつも敵対行動――というよりは愚かな少年を始末しようとするだろう。

 だから訝しまれている内に言葉を紡ぐ。

 

「僕は何も、貴方達の邪魔をしに来たんじゃないんだ。むしろ建設的で素晴らしい交友関係(フレンドシップ)を結びに来たんだよ」

「……分からないな。私は帰れと言ったはずなんだがね。お坊っちゃんのようなお子様に構っている暇はない」

「ああ、それなら大丈夫。今暇を作って上げ――いや、差し上げましょう」

 

 敢えて遜った物言いに言い換え、ヨナタンはおもむろにオーラを解き放つ。

 それは明らかな敵対行為。まさかヨナタンの歳でオーラに目覚めているとは思っていなかったのだろう、彼らは驚きながらも即座に臨戦態勢を取った。

 流石に青年は慎重な構えを崩さなかったが、少女は違った。瞬時にパラソルを構え、素早く踏み込んでくるやその先端を突き出してくる。ヨナタンは半身になりながら左手を掲げ、オーラ・バリアを展開してそれを受け止めた。

 

「っ……!」

 

 驚愕する少女の顔を横目に見遣る。

 思い切りの良さや、刺突の鋭さなど見るべきところはあるが、それよりも間近で見て取れた少女の肌年齢――張りと膨らみなどから、ヨナタンと同じか少し上程度の歳だと判断する。厳しい修練が読み取れるが師は青年だろうか。

 空けていた右手で――本当は手の動きで操る必要はないが――四方へ電磁波を投射。即座に複数の対象から発火させる。【火の触媒(パイロキネシス)】を行使し、瞬間的に発揮し得る最大火力で周囲の死体を燃やした。

 

「ほほぅ……」

 

 青年が面白げに吐息を溢す。

 またたく間に灰となった死体は、それを処理する手間を失くしたが、そんな事よりも青年が着目したのは、死体を燃やした少年の行為そのものだ。

 論より証拠、少年は言葉を費やすより行動で示したのである。こちらへの害意はなく、ただの子供ではないと力を見せた。それはつまるところ、本気でこちらに取り入ろうとしている証明である。

 『ネオ』は戸惑いながら跳び退く。青年の傍に戻った少女は、少年の行為が敵対に繋がるものではないと理解して、ひとまず静観する構えになる。青年がどう出るかを見るつもりらしい。

 

「確かに少しは暇が出来たが……それで? 坊やはいったい何を考えているのかな?」

「今のは軽いデモンストレーションです。僕が貴方達を害する意図はないと、これで分かって頂けたはず。こんな真似をしたのは、僕は貴方達に会いたいと前々から思っていたからです」

 

 嘘である。だが唐突に、偶然出会ったと言うよりも、こちらから接触する意図があったと言う方が彼らも納得しやすいだろう。それにこの方がより印象付けられる。このガキは見掛け通りのガキじゃない、と。

 睫毛の長い双眸を眇め戦闘態勢を解除する――ような素振りをするだけで、実際はすぐに動ける体勢のまま――青年は無言で先を促してくる。

 

「この記念すべき出会いを祝して自己紹介をさせてください。僕はヨナタン・ナーハフォルガー。去年と今年のヴェイル地区トーナメントの優勝者と言えば、もしかしたら耳にした事ぐらいはあるかもしれません」

「聞かない名前だな。生憎とガキの遊びには興味がなくてね」

 

 嘘である。青年は微かに反応した。平然と知らないふりをするのは、恐らく場の主導権を握る為だろう。そうした嘘を吐くという事は、多少はヨナタンの話に耳を傾ける気になった証左であった。

 

「だがまあお子様相手に名乗らせておいて、こちらが応じないようでは私の沽券に関わるかな? 私はローマン・トーチウィック、この無口な小娘がニオ・ポリタン……見所があるから傍に置いてやっている」

「ミスタ・トーチウィック、ミス・ポリタン、お会いできて光栄です」

 

 ニオ・ポリタンが会釈してくる。ローマンに倣ったのだろう。ネオというのは彼女の愛称なのかもしれない。

 胸に手を当て礼儀正しく、上品に一礼する。高級志向の強いこの青年には、こうした気品が好みなはずだ。すると案の定その姿勢が気に入ったらしく、青年、ローマン・トーチウィックは今思い出したような口ぶりで言った。

 

「ああ! そういえばナーハフォルガーの名は聞き覚えがあるな。なんでも御伽の国からこんにちは、なんて大真面目に囀るアトラスの名家らしいが、もしかしてお坊っちゃんはその?」

「如何にもその通りです。時代錯誤の英雄信奉者ばかりで、ほとほとうんざりしてました。僕がご先祖様と同じ【痣】を持っているせいで、さらに熱を上げてしまい……付き合ってやるのも億劫で、こうしてヴェイルまで飛び出して来てしまったんです」

「……痣、だって?」

 

 ローマンの表情が一変する。

 

 ナーハフォルガーの言う【痣】とは一つしか無い。

 それは【銀の眼の戦士】や【四人の乙女達】のようなお伽噺と同類項だが、しかし確実に存在した【深淵狩り】の特徴だ。実話に基づいた神話として、話の中身は盛っていると思われているが――それでも、【痣】の持ち主は総じて化け物ばかりというのは余りに有名な話であった。

 説得力、信憑性、それらをどの程度感じ取るかは個々人の感性に拠る。お伽噺の存在だと断定し端から信じないか、はたまた一定の真実は含まれているだろうと見做すか。ローマンは――後者だった。

 

 直前までは戦場神話や都市伝説のような物と思っていた。確かに実際の功績もあるにはあるのだろうが、所詮は自分の血筋に泊をつけようと浅ましい嘘で塗り固めた大法螺だろう、と。

 しかし眼の前の少年は目を掛けてやっている――将来は右腕になるだろうと確信している才女、ニオとほぼ同年齢でありながらオーラを高度に操り、センブランスまで十全に扱うばかりか、片手間でニオの刺突をあしらった。

 普通の子供、見かけ通りの子供と見るには実力があり過ぎる。ともするとハンターがセンブランスで幻影を作り、姿を偽っている可能性もあると考えていたが――目の前で炎を操られた以上はその可能性も消えた。であれば、お伽噺が真実であったなら辻褄は合うと考えられる。

 

 その思考を正確にトレースしているヨナタンは、補強材料を提供する。

 

「ああ――そういえば、僕からのプレゼントは役に立ちましたか? 善意からの協力だったとはいえ、役に立てていたならいいのですが……」

「………」

 

 ローマンはその台詞に目を細める。それは自分達の拠点に置かれていた、黒スーツ達の詳細なデータの送り主――その正体を露骨に暗示するもの。この少年がただのガキではない証明である。

 ヨナタンの行動、幼さに見合わない物腰、言葉の節々に感じられる知性、あのデータを人知れず送りつけてきた行為を含めた、デモンストレーションで見せられた能力。頭からお伽噺だと否定せず、この目で見て自分の頭で考え、冷静に分析したなら――頭の固い愚か者ではないなら、当然の結論に行き着く。

 

 すなわち、お伽噺は真実である、と。

 

「なるほど……まさに()()()()()()()()()()()と挨拶された訳だ」

 

 時間で言えば『こんばんは』だがね、と。

 ローマンは余裕のある態度を崩さない。寧ろ相手が普通の子供ではないと見做した瞬間に、体を弛緩させてすらいる。油断させたところで騙し討ちをされるかもしれない、なんて考えは霧散していた。

 複数の死体を一瞬で蒸発させる火力。あれだけの力を行使し得る存在が、そんな迂遠な戦術を取ることはない。正面から当たってもこちらを打倒し得る。ローマンはそう考えて、ヨナタンに敵意がないことを認めたのだ。

 となると俄然興味が湧いてくる。お伽噺の英雄様が、一体全体どうして自分に会いに来たのか、と。

 

「ええ、僕の挨拶を気に入って頂けたようで安心しましたよ」

 

 上品に微笑みながら、ヨナタンは冗長に間を空けずに切り出す。

 

「貴方達に会いに来た理由ですが、説明しても?」

「構わないとも。無論この場に長居する気はないんでね、手短に頼みたい」

「ではそのように。――単刀直入に言うなら僕の夢を叶える為に、貴方を利用させて欲しいと思いまして」

「……ほほぅ? この私を利用したいとは大きく出たもんだ」

「対等の関係で取引を、とは言いません。寧ろその逆、僕を貴方の仕事に噛ませて欲しい。それにあたって手下のように働きましょう。欲しいのは色んな経験と、貴方達の力。金やら利権やらは一切求めません」

「金は要らないが仕事は欲しい? つまり責任は負わない、表沙汰になる事は避けたい、お行儀よくお勉強をさせてください、ってわけだ。ハッハー、随分と図々しい坊やだな。そんな事をして私になんのメリットがある? 便利なのは認めるが、生憎と坊やの力を不可欠と感じてる訳じゃあないんだがね」

 

 ローマンとの会話に、ヨナタンは段々楽しくなってきていた。

 

 とんとん拍子で話が進むのが小気味よいのだ。こちらの言葉の真意を瞬時に読み取ってくれる知性に好感を持ちさえしている。相手がマフィアであるとか犯罪者であるとか、そんなことはどうでもいい。

 今のヨナタンは、【痣】からの読み込みを弾かれる組織作り、運営のノウハウを欲している。切れ者らしいこの青年の傍にいたらそれを学べると感じていた。喜ばしいのは彼が非正規な闇組織の存在だという事。表社会のそれとは異なり、子供の身でも現場の仕事を学べる。その予感を前にすれば合法とか非合法とか、悪とか善とか、そんな些末事など丸っと無視してしまえた。

 

 彼は確信した。目の前の青年にこそ【天啓】は反応したのだと。

 この邂逅を無下にしてはならない。これはある種の運命なのだとすら感じている。

 

「僕が貴方にコンタクトを取ったのは、そこそこの立場があり、能力があって知恵もあり、そして貴方が野心家足り得る上昇志向の持ち主だと判断したからです」

 

 この会話の中でローマンの気質は読み取れていた。立場は元より、能力と知恵、上昇志向に関しても現在進行形で察したのであるが、それを前々から知っていて接触したのだと――そういう方向性で行くことにする。

 嘘は吐く。嘘は悪ではない。騙される方が悪いというのはヨナタン自身にも言える事だが、()()()()()()喚くのは敗者か無関係の偽善者だけだ。しかし何事も嘘だけで凝り固めるのはよろしくないだろう。

 

「ミスタ・トーチウィックはマフィアだ。頭もキレる。今の首領の跡を継いだなら、ヴェイル王国に知らぬ者のいない悪党にだってなれるでしょう」

「お世辞は結構。要するに坊やは何が言いたいんだ? そちらの目的が見えて来ないんじゃあ、私としても返答に困るというものだ」

「ああ――つまりですね。このままいけば、貴方は()()()()で終わるだろうという事です。順調に行けばヴェイルの裏社会でのドンになるかもしれませんが、どこかで道を踏み外してしまうと単なる犯罪者として終わりかねない。貴方ほどの人が、そんな吹けば飛ぶような虫けらとして終わりかねないのは見ていられませんでした」

「――言うじゃないか、化け物め」

 

 忌々しげに吐き捨てたのは、ローマンがヨナタンの未来予想図に一定の信憑性を感じたから――ではない。いや、少しは感じたが、自分に限ってそんなヘマはしないと思っている。

 だがローマンはそんな些末なものより、もっと深刻な悟りを得た。ヨナタンと名乗った少年の、目に見える部分。言動と、力。それらを総括してローマンはふと気づいたのである。

 

 ――ヨナタンの身が宿す、およそ人間のものとは思えない、圧倒的という言葉すら生温いオーラ総量に。

 

 普通は見て分かるものではない。だがヨナタンほどに多すぎれば、ふとした拍子に透けて見えてもおかしくはなかった。

 ローマンが感じたヨナタンのオーラ総量は、感覚で言うなら――かつて見た名も知らぬ正規ハンターの、()()()()()()()である。言うまでもなく人間の持ち得る量を遥かに超えていた。

 この時ローマンは言語を超越した部分で察した。深淵狩りとは、一切の誇張のない存在である、と。伝承に語られるように、代を重ねるごとに進化を続けてきた怪物なのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは、アカデミー創設者の一人である深淵狩りの言葉らしいが、事実なのだろう。

 であれば、この少年もそのはずだ。見掛け通りのガキじゃない、どころではなく。下手をしなくても中身の実年齢はそこらの老人よりも上だろう。

 

 ――それは誤解だ。ヨナタンは能力自体は化け物で、亡霊に引きづられて精神も年齢に見合わないほど成熟しているが、実年齢は見た目通りに幼く視野も狭い。しかしその誤解はヨナタンにとっては都合が良かった。

 

 冷や汗を浮かべたローマンはヨナタンを誤解した。こんな化け物が言うのなら、有り得る未来なのだろう、と。

 

「僕は貴方を誘いに来ました。僕の夢の同志になってもらいたいから。大いなる器の持ち主である貴方が、取るに足りない犯罪者で終わるかもしれないなんて勿体ないでしょう? どうかミスタが裏と表の境なく君臨するお手伝いをさせてください。ひいてはそれが、僕の夢を叶える事に繋がる」

「……夢、ね。さっきから随分と持ち上げてくれるが、私がそれに乗る事でどんなメリットがあるんだ? 中身のないふわふわしたプレゼンは聞き飽きた。お伽噺の英雄サマは、いったいこの私をどんな道化に仕立て上げたいのか聞かせてもらいたいね」

 

 ローマンの反駁に、ヨナタンは微笑む。それは天使のように美しく――悪魔のように邪悪な笑みだった。

 知らず、悪魔の契約書の前に立たされたらしい。ローマンは思わず苦笑してしまった。抗争相手のマフィアが思いのほか手強くうんざりしていたのに、こうして悪魔にまで目をつけられるとは、今日は厄日なのだろうか。

 

「世界の警察ですよ」

「……はぁ?」

 

 ヨナタンの壮語に、ローマンは思わず間抜けな声を出した。

 話が飛びすぎて流石のローマンも理解が追いつかなかったのだ。

 

「警察という名前が気に入らないなら、国際連盟――国連、あるいはハンターによる社団法人の代表取締役でもいい。僕の夢はハンターを営利組織化し、四王国間の経済圏へ参入すること。そうすることで真の意味で国から独立し、後々には国同士の諍いや不法行為、不正を糺す中立機関の設立を目指しています。……貴方にはその頂点に立ってもらいたい。嫌なら僕がやりますので、補佐をお願いしたい。ちんけなマフィアや犯罪者で終わるより――ずっと有意義で大きな仕事だと思います」

「………ネオ。この英雄サマが何を言ってるか、分かるか?」 

「………」

 

 少女も呆気にとられている。首をふるふると左右に振った。

 

「ちょっと待て。……、……。……あー……つまり、なんだ。お前はもしかして――()()()()()()()()()()()()()を見据えてるのか?」

「――ああ、やはり貴方は素晴らしい、ミスタ・トーチウィック」

 

 ローマンの疑問に、ヨナタンは我が意を得たりと満面の笑みを浮かべた。

 やはり頭がキレる。今の話を聞いて、そこまで理解が至るとは。これは本当に同志になれるかもしれなかった。不都合があれば容易に切り捨てるような駒ではなく、本当の意味での仲間に。

 そう思えばこそ、俄然言葉に熱が入るというものだ。

 

「言うまでもなく、グリムと人間はどちらかが絶滅するまで戦い続けるでしょう。人間が負けた後の事なんて考えるだけ無駄です。なら戦後を見据えて早期に動いていた方が良い。何せハンターは、グリムがいるから成り立っている職業でしょう? 今ですら犯罪者を捕らえるような仕事をしてますが、それは本来警察の仕事だし、武力を用いた軍事行動は軍隊の仕事だ。ハンターはいずれは不要のものとなる。であればいずれ廃れるハンターという存在を、有益な存在として残すにはどうしたらいいのか? 現在の『国の思惑に囚われない』というお題目を真実のものとすればいい――恐らく貴方はハンターという()()()()()()()が気に入らないかもしれませんが、そうした存在を顎で使えて、かつ世界を股にかけた組織の長になれるとしたら……そこそこ興味を持って頂けるのではないでしょうか」

「………」

 

 熱の入った誘惑に、ローマンは沈黙で返す。

 熟考していた。頭のキレるローマンだ、ヨナタンの言葉は理解できる。そして理解が及んだが故に考慮し、天秤に掛けるのだ。

 何と? 今まで自分が描いてきた、未来予想図という人生の青写真と、たった今、目の前に広げられた栄光を、だ。

 

「ふ――クク」

 

 ローマンは溢れそうになる笑いを噛み殺す。

 なるほど、やはり悪魔の類いだったか、と。誘惑の仕方が、実にローマンの琴線に触れている。何より気に入ったのは、度々仕事の邪魔をしてくれるハンターを顎で使えるという部分だ。それにこの悪魔は承知しているだろうが、どんな組織も裏は汚いものである。癒着、不正、なんでもござれ。組織の大きさはそのまま闇の巨大さを示す指標でもある。

 ヨナタンの展望は、大いなる善を成す。しかし同時に大いなる悪も内包する矛盾に満ちたものだ。それは、つまり――合法的な社団法人も抱えるマフィアと、なんら変わりはないという事である。単にスケールアップされているだけで、本質的には大きな差はない。表では善人のふりをして、裏では自分本位のあくどい仕事ができるというのは――ああ、実に面白い絵図だ。

 

「――前期は世界的な正義の味方、後期は清濁合わせ呑む穢れた偶像、か」

「ええ。しかしまだ始まってもいません。だから最初の仲間に貴方を求めた。ミスタが応じてくれないなら……」

「心配するな。乗ったよ、その妄想に」

 

 ヨナタンの仮定を途中で切り捨て、ローマンは笑いながら即断した。

 ローマンはクレバーな男だが、しかし()なのだ。そこらの馬鹿が囀っても聞く耳は持たないが、目の前の悪魔にこんな面白い話をされて――心が踊らないと言えば嘘になる。

 

「ある程度形になってたら乗る気にならなかっただろうが、こんな面白い話がまだ手付かずだったなんて幸運だった。どうせお前の事だ……私が乗らなくても計画を練り、駒を集め、実行に移していただろう? そして恐らくそれはある程度は現実に、形として成せる」

「高く買ってくれてるみたいですね、僕のことを。普通はなんて誇大妄想をするガキなんだって笑うところでしょう」

「よく分かってるじゃないか。これは妄想だ、それもとびっきりの。だが――()()じゃあない。少しでも実現可能な余地があるなら……なるほど、確かに()と形容できるだろうさ」

 

 青年が少年に歩み寄る。

 身長差から、青年が少年を見下ろす形になるが、あくまで見た目だけ。

 

「だが私を抜きにして進めたら、お望み通りの大層な組織にはならないだろうよ。もしお前が駒になり、私をプレイヤーにすると言うなら……ああ。英雄サマが描いた夢が、このクソッタレな世界に歪まされる程度を薄め、より理想的な形になるようにしてやろうじゃないか」

「なら……これからよろしくと言ってもいいですか? ミスタ・トーチウィック」

「勿論だ。これから私達は同志になろう、()()()()()()、ね……ふ、クク……まさか私がこんな()()()台詞を吐くとは……」

 

 ローマン・トーチウィックが手を差し出す。同時にヨナタン・ナーハフォルガーも差し出していた。

 どちらともなく、握手を交わす。

 仲良しこよしではない。駄目そうなら、ローマンは即座にヨナタンを切り捨てるだろう。だが、それは逆説的に、ヨナタンが自らの利になる限り、決して裏切らないという事でもあった。

 

「さしあたり、お望み通りお勉強をさせてあげよう。その後は、私は私で。お前はお前で、裏と表で人を集める……それでどうかな?」

 

 ローマンの提案に、ヨナタンは頷きつつも苦言を呈した。

 

「異論はありません。学ぶ機会を設ける約束に感謝を。しかしですね……」

「ん?」

「お前だとか、英雄サマとか、坊やとか。そんな呼び方はやめてほしい。僕にはヨナタンという名前があるんですから」

「ふっ……くく、ああ……すまないな。じゃあ、ヨナと。そう呼ぼうと思うんだが、どうかな? ついでに下手に阿るのもやめていい」

「ではフレンドリーに接するという事で。僕も貴方をローマンと呼ばせてもらおうかな。それから……ミス・ポリタン、君の事を名前で呼んでも?」

「………」

 

 少女は薄く微笑みながら頷いた。話してくれないから分かりづらいが、どうやらローマンが認めたことで好意的な態度で接してくれるらしい。ヨナタンの要望に嫌な顔をせずに、自分を名前で呼ぶ許しを与えた。

 おもむろにニオが携帯型情報機器のスクロールを取り出す。それにローマンは連絡先の交換を失念していたと気づき、ヨナタン共々スクロールを取り出すと、各々の連絡先を交換する。

 

「ああ、ローマン。そういえば一つ伝えておくことがあるんだけど」

「なんだ同志ヨナ、そんな改まって。我々は何者にも替えられない大事な仲間だろう? 気安くいこうじゃないか。……ふ、くく……」

 

 自らの台詞に笑ってしまうローマンに、ヨナタンも笑ってしまう。小綺麗に取り繕った台詞が、なんでこんなに似合わないんだ、と。

 

「僕はそろそろ()()()()の時間なんだ。なんでも、親愛なる同志に曰く、()()()()()()()()らしくてね」

「――アッハハハ! それじゃあここらでお開きとしようか! 同志ヨナ、良い夢を! 明日改めて連絡しよう。スクロールだと履歴が残る、ネオを遣いに出そうと思うんだが、いつがいい?」

 

 笑いのツボに入ったのだろう。上機嫌に笑って、ローマンが訊ねてくる。それにヨナタンは真面目くさった面持ちで答えた。

 

「いつでも。僕はパッチにあるシグナル・アカデミーの生徒だし……向こうに帰った後、首都ヴェイルのアカデミーに転入手続きでもした方が良いかな?」

「同志が身近にいないようでは私も寂しいから、そうした方がいいかもな」

 

 シグナル・アカデミーにいる理由はなくなった。

 活動拠点を首都ヴェイルに移し、漸くヨナタンの記念すべき第一歩が踏み出される。

 

 一人の悪党との出会いによって、ヨナタンの夢はやっと少しの前進を見た。

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「ん……? ああ、心配するなよ、ネオ」

 

 くい、と袖を引かれたローマンは、立ち去っていく少年から視線を切る事なくニオ・ポリタンに答えた。

 ニオは、極端に無口である。周囲の連中はそれに苛立つが、ローマンは然程気にしていなかった。むしろ気に入っていると言える。

 なんせ他の能無しどもと違って五月蝿くない。静かなのは素晴らしい美徳だろう。加えて頭の回転が早く、残虐になれる素質があり、戦闘センスもある。今はガキだが、将来的に使える奴になるとローマンは確信していた。

 ニオが気にしているのは、ローマンが本気で子供の姿をした悪魔の話に乗ったのかどうか、だ。論理的に見て話の流れが脈絡がないし、客観的に判じるなら狂ってるとしか言い様がない。理解度が高く、柔軟な頭の持ち主でないなら置き去りにされる展開だっただろう。ニオの理解が及んでいないのは、まだ幼く未熟だっただけで、何年かした後なら完璧に追随して来れていたはずだ。

 

 ローマンは笑って踵を返す。悪魔の姿が見えなくなったからだ。

 

「あれで正解だったのさ」

「………?」

「話を呑んでなければ()()()()()()。話に乗った理由としては、この上なく分かりやすいだろう?」

「………!」

 

 ハッ、とローマンは鼻を鳴らし、愕然とするニオを連れて根城に戻る。

 その中で訳が分かっていなさそうなニオに教授した。ローマンはマフィアの首領の息子であり、次期首領である。そしてニオは幹部の娘であり、次代の幹部になる事を期待されてローマンの付き人をしていた。

 馬鹿の相手はしないローマンだが、物分りの良い子分には寛大になる事もある。

 

「お前はまだオーラに目覚めてないから分からなかったんだろうが……アレのオーラは化け物のそれだ。論理をすっ飛ばして、お伽噺が誇張なく真実だったと信じざるを得ないぐらいのな。見た目通りのガキだとナメてたら馬鹿を見るだろう。自分の為なら悪党ぐらいゴミみたいに殺しても良心が痛まない、最高にクソッタレな気配もするしな」

「………」

「誇大妄想を大真面目に語っていたのには面食らったが……お伽噺の英雄サマが本気なら、実現できなくもない。何かに躓いても、躓かなくても、そこそこ良い話ではある。なんせどう転んでも私の利にはなるからな。この場で殺されないという生存の権利と、あの化け物を手駒として用いられるメリットがあるんだ。仮に上手くいったなら、私は世界的な成功を手に出来る……上手くいかないなら、河岸を変えて再出発を図り勝手にいなくなる手合いだろう……これであの悪魔の話に乗らないなんて、馬鹿らしいな」

 

 それに、とローマンは呟く。その先は口にはしなかった。

 

(――マフィアのドン程度で終わる、か。確かにそれは()()()()()。こんな低能どもの中で埋もれてるよりも、大それた賭けをして盛大な花火を打ち上げた方が面白いに決まっている……)

 

 勝ち目のない賭けはしない主義だが、分は悪くても勝ち目があるなら乗りもする。配当金は目玉が飛び出そうなほど巨大とくれば尚更だ。

 ローマンは周囲の人間総てを見下している。何せ馬鹿ばかりだからだ。今回余所者が来ても、身内は穏当に交渉しようなどと言い出すし、ローマンが秘密裏に襲撃の手配をして、『善意の協力者』からのデータを見るや即座に本物と断じ行動しなければ、自分の組織は大打撃を受けていただろう。

 無能共が雁首揃えて死に絶えるのは笑えるが、その中に自分が入ってしまうなら笑えない。こうして大々的に攻撃できる口実を与えてくれただけでも、あの悪魔を評価していたが、それに付け加えて――

 

(やかましいヴェイルの犬っころ(警察)やハンターなら、とっくに現れてもおかしくない頃合いだってのに、そんな気配もない。ヨナの奴が手を回してるんだろう。……アレは少なくとも馬鹿じゃあない、それだけで存在を許容できる。つるむなら最低限、頭のデキがよくなけりゃあイライラするだけだ……)

 

 のんびり歩き、車に乗り、優雅に運転して帰る。想定していたよりもずっと穏やかな気分だ。身内も含めての塵掃除も綺麗に終わったのだし上々である。

 そう。ローマンが今回引き連れていたのは、身内で武闘派を謳う能無しがほとんどであり、吐き気がするほど頭の血の巡りが悪い塵だ。余所者の排除にかこつけて、身内の恥を消したのはローマンである。だからローマンと、腹心の部下に育て上げている最中のニオ以外は生き残っていなかったのだ。

 

(何より、誰かに使われるってのは性に合わない。敷かれたレールの上でならプレイヤーを気取れるだけマシってもんだ。ドロップアウトしても、お賢い英雄サマは筋と理屈が通るなら許容する。馬鹿じゃなければな……考える頭は私だけでいいが、従順じゃないだけスリルもある。ああ――御大層な夢の為に努力はするさ……私にとって面白い話であり続ける限りはな)

 

 ローマンは笑う。機嫌よく。

 掲げる野望は大きければ大きいほど良い。そこに駆け引きのスリルと、きちんとした勝算があるなら言うことはなかった。

 どうせ命は一つきり……あの悪魔を除いては。なら、必ずどこかで、一度は大きな勝負をしなくてはつまらないだろう。その大きな勝負で、勝ち目があるだけ面白みも見い出せるというものだ。

 おまけにプレイヤーの立場で色々出来て、自分に都合よく動いても、あの悪魔はある程度許容するだろう事を思えば、考えうる限り最高に愉快な賭けになるだろう。ハンターやアカデミー、軍や国の連中の鼻を明かしてやれたなら最高を超えた至福の気分も味わえる。

 

 ローマンは機嫌よく笑う。

 今夜は面白い話が出来たし、ついでに目障りな塵も掃除できた。

 綺麗好きなローマンとしてはやはり、何事もさっぱりしていた方が好ましく感じる。

 

 助手席のニオは、ローマンが機嫌良く車のハンドルを握るのを見て、上品に微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ローマン・トーチウィック
・原作キャラ。原作だと初期から活躍する。本作中だとまだ二十歳手前で若々しい。彼や後述するニオは経歴・年齢が不透明なので、苦渋の決断として独自解釈を挟まざるを得なかった。ヴェイル王国に拠点を置くマフィア。ドンの息子。身なりや言動から、本作ではそういう経歴にした。後々なんらかの犯罪でトチって指名手配犯になるはずが、ヨナタンと出会った事で運命が軌道修正される。個人的に原作男性陣で一番魅力的だったり。
結果、後に登場するシンダーの仲間にはならない事に。
今後原作で彼の背景が明らかになって本作のオリ設定が大外れだったら泣く。

なお日本語版の声優は某機動戦士ダブルのオーの狙い撃つ人で格好いい。


ニオ・ポリタン
・原作最可愛の一角。可愛い。低身長。可愛い。無口。可愛い。ドS。可愛い。可愛い。可愛いは正義なので彼女も正義。
原作での経歴が不透明な人。なので上記の人(ローマン)と同じく独自解釈を挟むしかなかった。身なりや人間関係から、後に登場するシンダーの部下とするか悩んだものの、ルビチビなどでニオがローマンを大事な人と形容。ローマンがニオを愛称で呼ぶなど、浅い仲とは思えなかったのでローマンがシンダーの仲間になる前から部下だった扱いに。立場としては、ローマンの親父がドンをしているマフィアの幹部の娘。跡取り息子のローマンの付き人。ニオが使える奴になると睨んだローマンに目を掛けてもらってる、という感じ。
ローマンとの関係は上司と部下、師弟。兄貴みたいに慕ってる的な……? 今後原作で彼女の背景が明らかになり、本作のオリ設定が大外れだったら泣く。





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