久しぶりに筆が進んだので調子に乗って二話連続投稿だぁ!
もちろん水曜日にも投稿するので許して! お兄さん許して!
明け方のことである。コンコン、とドアがノックされた。
洗顔を終えて歯磨きをしている最中だった事もあり、早くも来客が訪れた事に驚かされた。昨夜の記憶が褪せる間もない。
急いで身支度を整えてドアを開ける。こんな早くに誰だろう、なんて疑問はない。心当たりは一人しかなく、部屋の外にいたのは案の定、遣いとして赴いてきたニオ・ポリタンだった。
彼女の装いは昨夜と変わっていない。お気に入りの一張羅故に、何着か同じ物を取り揃えてあるのだろう。
急ぎ足で出迎えてしまった事に申し訳なさを感じる。ジャックハート達を一足先にパッチへ向かわせた事を少しだけ後悔した。彼らを残していたらニオが訪ねて来た事を報せてくれて、こうも慌ただしく出迎える羽目にはならなかったはずだ。
「やあ、おはよう。随分と早いお越しだね」
「………」
言ってみるもやはり無言のままだ。しかし挨拶への返答のつもりか、口角を上げて笑みを見せ、開いた掌をヒラヒラと振って来る。その所作は立場に似合わず可憐で思わず苦笑した。
少女の小さな手がヨナタンの胸を押して、ずいっ、と踏み込み部屋に入ってくる。あまり人目には付きたくないのか、はたまた別の思惑があるのか。同年代の少女という事もあり、ヨナタンはその真意を図りかねて眉尻を落とした。若干困惑している少年には構わず、ニオは適当に見繕った椅子に腰掛けると、優雅に脚を組んで懐から手紙を取り出す。
手紙を手渡された。この時代に随分とアナログな事だが、だからこそ痕跡は残らない。秘密はデジタルではなく、アナログな手法の方が守りやすいという思想が透けて見えた。こんなに早くニオを遣わせてきたローマンの動きの早さに、彼は知能犯の気質があるのを再認する。緻密なスケジュールを構築するには、緊密な連携が不可欠である事を熟知しているのだろう。
「………」
「………」
「……ニオ。君の上司は計算高く、そして冷酷だね。素晴らしいじゃないか」
「………」
手紙にはぎっしりと文字が詰まっていた。
二枚の書状の一枚目には、適当な挨拶を流し書き、ヨナタンが迅速にパッチへ帰還して、首都ヴェイルのアカデミーに転校の手続きをするようにと記してある。期限は来月までだ。昨日話した内容のおさらいのような物である。そして二枚目には入念かつ稠密な計画が記されており、その内容はなかなかに劇的で、エキセントリックかつニュース性に富んでいる。文末にリストが書き殴られていて、ヨナタンは笑みを浮かべた。
少年の言葉を受けてニオは微笑したようだ。どうやら上司が褒められて嬉しいらしい。ニオの笑顔を尻目に【火の触媒】で手紙を燃やした。中身は総て、一読のみで暗記してある。
「返信は必須かな?」
「………」
「……ニオは喋れないの?」
「………」
訊ねるも、やっぱり返答はない。所作と表情で返されるが、ヨナタンは微妙なやりづらさを感じた。喋れないわけではないらしいが、喋らない。何故こうも頑なに喋らないのか……。
疑問だが、彼女の独特な個性か、あるいはもっと別の理由があるのだろうと思うだけに留める。返信は不要らしいので、ニオの目を見てローマンに宛てた返答をしておいた。
「了解した、ってローマンに伝えて」
「………」
頷いたニオが軽やかに席を立つ。さっさと立ち去ろうとするのを尻目に、なんとなく気に掛かったことがあって呼び止めた。
「待った。ニオに一つ教えてほしいんだけど」
「………?」
「君って今
「………ハァ」
あわよくば声を聞こうとしたのだが、露骨に溜息を吐かれた。
やれやれとでも言うように首を左右に振りながら、ニオは退出していく。
苦笑を深める。女は秘密を着飾って美しくなると言うが、ニオは幼くしてミステリアスな少女だった。
肌年齢から察するに、だいたい同年代という事にしておこう。ヨナタンはそう思い、早速引越し先について思案を始めた。どこぞに良さげな物件が転がっていたらいいのだが……。
そういえばローマンの所属しているマフィアは、不動産も運営していたはずだ。その伝手を使うのも良いかもしれなかった。
† † † † † † † †
ヴェイル地区トーナメント2連覇。その功績を引っ提げてパッチに帰還すると、ヨナタンはいよいよヒーローの如くに持て囃された。
小島パッチは、言葉を選ばなければド田舎である。話題に乏しい為、華々しいニュースは瞬く間に広まり、ヨナタンは一躍時の人となった。だからどうしたという話ではあるが。
適当に手を振って愛想を振りまくヨナタンだが、既にその心はパッチには無い。帰還したその足でシグナル・アカデミーの校長室に向かうと、早速転校手続きの話を切り出した。
当然事情を聞かれる。それにヨナタンは爽やかな笑顔で言った。
「ヴェイルで得難い友人を得たんです。そして叶えたい夢も見つけました。ここにいたのではそのどちらも遠のくだけなので、思い切って転校する事にしたんです」
しかしだね、と渋る校長。
ヴェイル地区のトーナメントで、二年連続の優勝を果たすという、ある種の偉業を成し遂げている少年を手放すのを惜しんでいる――というわけでもなさそうだ。
ヨナタンの特異性を度外視し、表面と事実だけを見るならヴェイル地区トーナメント優勝者の最年少記録保持者だ。このまま飛び級制度を使用しなかった場合、十年連続の連覇を果たし得る規格外の天才である。そんな天才がいたらシグナル・アカデミーも脚光を浴び生徒数は増えるだろう。
だがそんな事よりも、校長はヨナタンを純粋に気遣っているようだった。
ヨナタンは優等生である。上級生は『なんだか凄い後輩がいるぞ』という程度の認識だが、同級生や下級生からはスターめいた存在として慕われていた。比例して友人も多いと思われても不思議ではない。だからこの人の好い校長は気を揉んでいるのだろう、今いる友達と別れる事になるぞ、と。
無用な心配だった。ヨナタンはシグナル・アカデミーで、誰のことも友人だと思っていない。卓越し過ぎた能力値は、嫉妬や僻みを超えた位置に人の心を追いやるものだ。周囲の人間はヨナタンを自分達とは違う生き物だと見做し、手の届かないスーパースターだからと距離を置いている。そんな者を友人だと思えるような精神性をヨナタンは持っていなかった。太鼓持ちや取り巻きを友人と言い張るなら別だが。
「僕に友達はいませんよ。だから友達のいるヴェイルに行きたいんです」
そこのところははっきり明言しておく。
校長は困惑して、何故か傍らにいる教職員の一人、クロウ・ブランウェンに視線を向けたが、彼は肩を竦めるだけで口を挟んでこない。
というか本当に何故クロウ・ブランウェンはここにいる? ヨナタンも生徒の一人だが、殆ど関わり合いのなかった人だ。ちらりと視線を向けるも、意味深に目を細めてくるだけである。
「……僕の中ではもう決まってる話です。登校するのも今日限りにして、引越し先の手配と荷造りに専念します。二年間お世話になりました、失礼します」
言うだけ言うと、校長は説得できないと諦めたらしい。なんとも言い難い表情の彼に背を向けて校長室を後にする。すると入り口のすぐ近くの壁に背を預け、こちらを見ていたクロウが囁いてきた。
「下手くそな学生ごっこは卒業か。
「………」
ヨナタンは冷めた目でクロウへと一瞥をくれて、音を立てて扉を閉めるとその場を後にする。思いの外、視線に圧を乗せてしまったのか、クロウは肩を竦めてそっぽを向いた。やり合うつもりはない、という態度だ。……今更こちらの正体を突きつけられても、感じるものなど何もない。なんとなく察せられているとは前々から感じていた。
故に思いを馳せるのは――クロウが特殊な立ち位置に在る人物である事。
彼は現役のハンターだ。彼が普通のハンターであるなら上に報告し、ハンター・アカデミーもヨナタンの正体を把握しているはずだ。であればなんらかの接触を計っていただろう。少なくとも放置だけは有り得ない。にも関わらず、今までなんのアクションもなかったのであれば、アカデミーは当代深淵狩りを把握していない事になる。ヨナタンの正体を知っている様子のクロウが報告していないとなれば――彼は表舞台に立っていない何某かの組織に属している可能性があった。
クロウが直接戦闘を熟している所を見たことはない。が、一年以上も遠巻きに観察していたのだ。大まかな実力は大体察しがつく。恐らく現行世界トップクラスの腕前かもしれない。
そんな彼が辺鄙な片田舎にいるのは、多くの人にとって損失としか言えないと思っていた。が、どんな強者でも休息は必要である。偶にどこかへ姿を消している事もあるのだし、今も休み休み任務を熟してはいるのだろう。
(どうでもいいね)
ヨナタンは同期か下の学年のハンター見習いにしか興味がない。頭の凝り固まったハンターは、どれだけ言葉を費やしても説得するのは困難だからだ。おまけにクロウは得体が知れない。
また会おう、と言ったということは、いずれ向こうから接触してくるという事である。ならその時まではノビノビとやらせてもらうさと思うに留める。
寮に帰ったヨナタンは、自分で荷造りをする。山のようにあるダスト各種とダスト弾は慎重に纏めつつ、ローマン――ではなくニオにメールを送った。履歴は残るが、ローマンではなくニオ相手なら言い訳も出来る。ヴェイル地区のトーナメント中に親しくなった個人的な友人であり、彼女が何者かなんて知らなかったと。故に送るメッセージも当たり障りのないものだ。
ヴェイル地区トーナメントは冬期休講時に開催される。今は冬期休講が明けて三日が過ぎた頃――新年を迎えて一週間が過ぎたばかりであった。つまり、まだ一月の中旬。ニオに送ったメッセージは『二月に入る前にまた会えるね』という、さも仲の良い友人に再会できる時期を報せたかのようなものだ。
それからダラダラと過ごす。パッチでは本当に個人的な物はやる事がなく、そしてなんの収穫も得られなかった。ニオを介してローマンから送られてきたメッセージによると引っ越し先の宛も出来、後は雑多な手続きもやってくれているようだ。有り難い事である。
その間、シグナル・アカデミーの同級、下級生から別れを惜しまれるが、それは身近なスターが都会に羽ばたいていく事を祝福するようなものだった。内心なんら感じ入るもののない送別会を無難にやり過ごし、ヨナタンは向こうに着いた直後から待ち受ける
ヨナタンは小島パッチを去った。なんの未練もなく。
――後年、彼は少しだけ後悔した。後少し待てば、新入生として才能溢れる少女が入学して来ていたのだ。更にその二年後には――銀の眼を有した、さらなる才気を有した少女も。
性急に事を運び過ぎ、稀有な出会いを無にした。ヨナタンはそれをほんの少しだけ悔やんだのである。
ヨナタンを後悔させた少女たちの名は、ヤン・シャオロン、ルビー・ローズという。
シグナル・アカデミーの教員、タイヤン・シャオロンの娘達であり、クロウはルビーの伯父であった。
ルビー・ローズ
ヤン・シャオロン
原作主人公チームの二人。腹違いの姉妹。