これは、私達の住む地球とは違う世界での出来事。
竜人(ギオラム)と呼ばれる種族に、ラーディーという女性がいた。
人間の生態を観察する学者である彼女は「結界実験」により友人を失い、呆然と過ごす日々を消費していた。
ある日、旧友と食事に出掛けた彼女は「墓参り」を提案される。

※日帰りクエストの最終巻ネタバレを含みます。
※また原作読了を前提に、オリジナル要素を多分に含んでおります。

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前編

 竜人(ギオラム・バスカー)と呼ばれる種族がいる。

 強靭な肉体を持ち、高等な知性を備えたその種族は、この世界の中でも上位に君臨する生命体だ。

 

 南方にその大多数が住まう彼らは、知性ある生き物の例に洩れずいくつかの国家を形成している。

 

 ーー今日、その中の一つで。国葬が終わった。

 

 春の良く晴れた日のことである。

 ヅェムド王国。その王都ズェルドア、マジュラ城。雲を突き抜け、遥か高みより君臨するは黄金王ジグラドの居城。

 

 そこより運ばれるのは白銀の棺。

 

 それは厳重な護りに導かれ、眠るべき場所へと向かっていた。

 

 神殿は各地に存在するが、王都には一際大きなそれがある。

 大神殿と呼ばれるそこには多くの竜人が集まり、その誰もが悲嘆の声を漏らしていた。白銀の棺は神殿で清められ、ゆっくりと墓所へと向かっていくのだ。

 神殿に用意された献花台。そこへ老若男女問わず、集まる竜人たちは一人ずつ花を添えて行く。

 

 彼らの個性である艶やかな体色と相まって、それはまるで大きな花の渦のようであった。

 

 訪れる人々の表情を彩るのは総じて嘆き。

 嗚咽が、罵声が。悲嘆が、至るところから棺へと集められていた。

 

 

 夏の雲よりも更に白く、棺の主の気高さを示すかのような白銀。

 

 そう。この棺に眠る者の号は白輝帝。

 

 国王ジグラドの実弟ーーそして竜人が人間への侵攻の一環として開始した、『結界実験』の最高責任者。

 

 白輝帝ゾムド。

 それが彼の名前であった。

 

「ああ白輝帝……!」

「ゾムド様……あの御方までもが犠牲になるなんて……」

「お労しい……嘆かわしい……何故ゾムド様が亡くなられねばならなかったのだ」

 

 震える翼が献花台に溢れていく。

 

 白輝帝ゾムドは王族としては異例ながらも民草に慕われていた。

 

 学生時代の彼は学友との付き合いが深く、城下町でよく見かけられていたものだ。

 深い叡智を宿す眼差しに、穢れなく麗しい白銀の体躯を持つ竜人。

 それが在りし日のゾムドであった。

 

 学友の竜人と年頃の青年のように笑い合っていた姿を記憶しているものは少なくない。

 白銀の王弟は、その叡智で偉大なる黄金王を支える懐刀として期待されていた。そんな彼の死を嘆かぬものは王都にはいなかったのだ。

 

 

 そんな翼たちが大神殿へと流れる中。一人、鮮やかな青色が流れに逆らうように歩いていた。

 

「……」

 

 青い竜人……ラーディーは覆面のように顔を覆う布を握りしめていた。

 青い翼が時折人の波に揉まれようと気にする様子はなく。いつか、人間の国で見た春の空のような青い瞳は、何を見つめることもなく虚ろとしてそこにあった。

 

「…………」

 

 日が傾き、白銀の棺の姿が神殿から消える。

 

 けれどそれでも神殿から嘆く者の数が減ることはなく、ついに空には月が昇り始めた。

 太陽が真上から地へと沈み込み、夜の闇に白銀の月が浮かぶ。

 

 そこまで時間が経って、やっとラーディーは自分が家にたどり着いていたことに気づいたのだった。

 

 

 国葬が終わり七日が過ぎた。

 

 王都にある自宅でラーディーは書棚の掃除をしていた。

 彼女は結界実験の参加者である。

 数ヶ月以上の留守の埃を被っていた書棚は手強く、はたきを振るう度に日差しに自己主張している。

 

 研究資料でもある書物に傷をつけないよう細心の注意を払いながらの作業は神経を使うものだ。

 

 埃臭く汚れた空気を吸わないようにと纏った口布は既に薄汚れており、ラーディーはうんざりとしていた。

 

 

 ーー家に戻ってから数日経つのに、どうしてこうも掃除が進まないのでしょうね。

 

 

 こびり付いた埃を拭い去る。

 べっとりと灰色の汚れが青い皮膚に張り付き、青空を塞ぐ雲のよう。

 それはまるで、ラーディーの心中を主張しているかの色模様であった。

 

「ラーディー。ラーディー!」

 

 隣室から呼び声が聞こえる。

 ぼんやりと指先を見つめていたラーディーはハッとし振り向いた。

 

「どうされましたか、ラムダ」

「ああ、こっちにいたのね。というかどうしたもないわよ。私の方は掃除が終わったというのに、貴女まだ同じ場所にいるの?」

 

 ひょっこりと壁から桃色の翼が生える。現れたのは桃色の体躯を持つ竜人であった。

 彼女はラーディーの学生時代からの旧友であるラムダという。

 

 ラムダはラーディーが留守の間、家の管理を任せていた竜人だった。

 

 とは言え彼女も忙しい学士の身。最低限の維持・管理程度しかできず、結界実験の間ラーディーの家は掃除を行き届かせるというということができなかったのだ。

 それを詫びる為、帰ってきた家主を手伝いに来ていたのだった。

 

「手が行き届かなかった私がもちろん悪いのだけれど、そこってそんなに掃除に時間かかる場所だったかしら?」

「それは終わりませんよ。ええ。ここの埃は重点的に除かねばなりませんから。

 だってこの部屋の資料は、古代竜人学の貴重な書物ですもの。その貴重さ、ラムダにはわかるでしょう?」

「げ、ここがそうだったの。しまったわね留守の間もう少し借りておけば……あーあー!借りっぱなしにはしないわよそこは安心して!

 重要なのはわかったわ。

 でも、その割には埃を被ったままの資料、多すぎる気がするのだけれど?」

 

 言われてラーディーは目を瞬かせる。

 埃一つなく掃除が終わっているのは今彼女が目の前に立つ棚だけで、他は手付かずの状態だ。

 書棚にはそれこそ数えるのも億劫な資料がある。

 

 だというのにその大半は資料としての意味を成せないような状態で捨て置かれていた。

 

 朝方から掃除を始め、既に太陽は頂点を過ぎた頃。いかに長年の埃を相手にしていたとは言え、掃除できたのはたった一つの棚。

 言われてみれば進捗が遅いのは確かであった。

 

「…………。流石にゆっくりやり過ぎましたかね」

「気づいてなかったって言ってもいいわよ」

「……ラムダは意地悪です」

 

 青い頰が小さく膨らむ。

 図星を突かれたかのようなラーディーの小さな抗議に、しかしラムダは小さく肩を竦ませた。

 

 ーーラーディーが「こう」なのは、結界実験から帰って来てからずっとだ。

 

 帰ってきた当日はひどかった、とラムダは振り返る。

 心ここに在らず、と言わんばかりの虚無。

 人間の国から王国まで他の結界実験の参加者達と共に飛び帰ってきたとは聞いていたが、良からぬ輩に絡まれなかったのが幸いな有様。

 

 当然そんな状態でこの荒れた自宅で過ごさせるわけにもいかず、帰ってきた日は無理やりラムダの家に泊まらせたものだ。

 

(この子、ただでさえ美人で有名なのにこんな状態で放っておけないわよ)

 

 原因はわかりきっている。

 しかし言葉に出して指摘するには、ラムダは結界実験の間に何があったのかを知らなさすぎた。

 

 ゆえに。気を取り直し、ラムダはラーディーの青い頰を突いた。

 

「美味しいものでも食べに行きましょう。いい加減休憩が必要よ」

「あーうー……。これ本当に今日中に終わるのでしょうか」

「終わらなかったらまた明日も頑張ればいいのよ。あんた当分お休みでしょ?」

「まあそれはそうですけれど……腹が減ってはなんとやら。ラムダの言うことも一理あります。食事をして再開ですね」

「そーそー、張り詰めても駄目駄目。気楽に終わらせましょうよ」

 

 桃色の翼が悪戯っぽく震える。

 青の竜人は懐かしいその仕草に目を細め、小さくうなずいた。

 

「じゃあ、いつもの店に行きましょうか。なんだかんだ戻ってきてからラムダにご飯ばかり作ってもらってる気がしますし、奢りますよ」

「いいわよそんなの。留守を預かっていたのに掃除まで手が回らなかったのはこちらの管理不足だもの」

「むむ……確かにそれは大いにありますね。では奢りは取り消し、いつも通り割り勘で」

「あっ、そこはもうちょっと謙虚に出なさいよ!?」

 

 軽口を叩きながら二人の竜人は外出の準備を整える。

 人間の言う常夏の暑さを保つ竜人の国では、外套を羽織る習慣はほとんどない。

 

 けれど美醜によってのトラブルは人間も竜人も変わらず起こるもので。

 

 それをよく知っていた二人の美女は薄手の布を外套として羽織ると、手慣れた動作で新しい口布を巻いた。

 

 戸締りを確認し、翼のひしめく街へと繰り出す。

 向かう先は大通りから少し外れた小さな店。

 

 無骨な翼を背負う灰色の竜人が二人に気づいた。

 

「なんだ、学院のクソガキ二人じゃねえか。久しぶりだな」

「はぁいおじさま、美竜人のラムダちゃんとラーディーが遊びに来たわよ〜」

「はっ、寝言は寝ていいなちんちくりん。造りがいいのは顔だけだろうがよ。色気を携えて出直せ」

「変わりませんねえ。では注文。いつものお願いします」

 

 はいよ、とぶっきらぼうに店の奥に消えていく主人を尻目に、二人はほどほどに空いている机の中、店の端の椅子へと腰掛ける。

 四人掛けの席は女二人にはどうにも広々としていたが、ちょうどいいとばかりに外套を下ろす。

 

「こちらではやっぱりこれ暑いですねえ」

「でも着けてないとやってられないわよ。ナンパ鬱陶しいし。

 さてラーディー。注文来るまで話聞かせてよ。結界実験で人間を間近で観察研究したんでしょう?」

「構いませんよ。人間研究専門家としての知見を交えてお話ししましょうとも。

 私もラムダの研究成果が気になりますので交換ですよ?」

「もちろん」

 

 水の入ったコップを揺らし、ラーディーは機嫌良く語り始めた。

 

 ーー人間の生態。生息環境から文化について。

 ーー特に興味深い知識を持った少女との出会いと別れ。

 

 結界実験で得られたそれを、宝物を自慢する子どものように意気揚々と語り続ける。

 

 残念ながら料理が来たことで中断はしたものの、まだまだ語り足りないことばかりであった。

 

「いいなあ。そっちちょっと大変って聞いてたけれど、聞く限りじゃめっちゃ楽しそうじゃない」

「実際とっても楽しかったですよ。異文化交流を存分に行えましたし……個人的に、良い縁を結ばせてもらったので」

 

 ーーまたね。と別れた黒髪の少女の姿がラーディーの脳裏に浮かぶ。

 

 結界実験そのものはラーディーにとって大いに有意義で、得難く尊い経験だったと彼女は胸を張って言えることだろう。

 

「へえ、ラーディーの嬢さん実験参加者だったのか。じゃあ坊ちゃんのあれやこれやも聞けるかねえ」

 

 料理を運んで来た主人が口にした名前に青色の翼が固まる。

 

「ちょっとおっちゃん、デリカシーってもんがないんじゃない?」

「はん、化けの皮剥がれてるぜ桃色お嬢。ここに来たってことは俺に聞かれるのも当然だって忘れてらぁな?

 お前さんら二人だけでここに来る。それ自体初めてだってのに、坊ちゃんのってワード出しただけでこうなるたあ重症だ」

「……はあ。店主、あまり弄らないでいただけると嬉しいのですが……」

 

 観念したようにラーディーはため息をひとつ零す。

 そういえばこの店主は、学生時代からの長い付き合いであったことを今更思い出した。

 

 当然、ラーディー、ラムダ。そしてもう一人のことについても知っているし、それなりに親しくしていた、とラーディーは認識している。

 

「……ゾムドが墓所入りしたのはもう七日も前ですよ。私もいい加減吹っ切ったと思ったんですけどねえ」

「全然吹っ切れていないからそんなんなんだろうよ。どうせ家でもそんな感じだろ、お前さん」

「く……このおっちゃんまるで見て来たかのように。いやまあその通りだから私は否定できないけれど!」

「そこは否定してくださいよラムダ」

 

 青色の翼の疲れ切った声色に桃色の竜人は仕切りなおすようにコホンと咳払いした。

 そんな彼女らの様子をニヤニヤと眺めながら、店主の竜人は顎で続きを促す。

 

 その仕草が妙に頭にきたのか、ラムダは店主の眉間に軽く爪を刺した。

 

「お”おぅ!?」

「ニヤニヤ笑いキモいわおっちゃん。美少女いじめて愉悦すんな」

「けっ……このおてんば娘がよ……」

「つーかここで油売ってていいの?向こうでおばさんすっごい形相でこっち見てるけど」

 

 そういってラムダが指差す方には恰幅の良い女竜人の姿。

 笑顔で接客をしているがその額には確かな青筋が浮かんでおり、店の主人である灰色の竜人を時折睨みつけている。

 

「げっカーチャン!油売ってるわけじゃねえよこれも接客の一環でな!?」

「お黙り!別嬪さんに絡んでる暇があったらとっとと注文出してきなこの助平親父!!」

 

 

 

 ラムダはラーディーとは長い付き合いだ。

 彼女が先日まで行われていた結界実験の被験者として人間の領域へ行っていたのは当然として、青い翼と白銀の翼の仲の良さも知り尽くしていた。

 いわば学び舎での親友と言える存在だろう。

 

 マイペースなラーディーはしっかり者のラムダの世話になったことは一度や二度でもない。

 そんな親友の気遣いに、ラーディーは整った顔を申し訳なさそうに曇らせた。

 

「ええ、勿論。……ありがとうございます、ラムダ」

「アタシとあんたの仲じゃない、気にしないで。あんたが元気ないのはこっちも見てて調子狂うのよ」

「これでも自分の中では割り切ったつもりなのですがね……」

「どう見ても割り切れてないわよ。王都二の美貌が台無しよ。勿論一位はこのアタシだけど」

「美醜で評価する風潮はあまり好きではないのですが……分かってて言ってますねラムダ?」

 

 口布の下でラーディーはくすくすと微笑んだ。

 ようやっと辛気臭い顔が崩れたわね、とラムダは汚れも構わずラーディーに組みつき、二人は声をあげて笑いあった。

 

 身を清めた二人が遅めの昼食にと選んだのは寂れた茶屋であった。

 特に示し合わせたという訳ではないが、学生時代から利用しているからか、足が自然と向かっていたのだ。

 

「ええーなにその人間! 竜人と人間の和平って面白い考え方ね!」

「エリは本当に面白い人間でしたよ。高度な知識を修めていると思ったら常識的なことをなにも知らないし、かと思えば賢者のような言い回しをしたり」

「あははは、そんなのがいるならアタシも参加すれば良かったかなあ実験。

 でもちょうどお師匠様の研究手伝わされてたのよねえ、残念」

「そちらの研究はどうなったのですか? 確か辺境の伝承調査でしたよね」

 

 昼食を食べながらラーディーはラムダの研究分野を思い出す。

 彼女は民俗学を主とした歴史学者だ。ラーディーは生物……とりわけ人間の生態を研究しているが、切っては切り離せない間柄だ。

 

「それはもう終わり。大した収穫もなしに半年も辺境に飛ばされてあの師匠の鬼畜を再確認したわ」

「あはは懐かしい。師匠の無茶振りを振られるのは大抵ラムダかゾムドでしたものね」

「そうよ。あの白銀野郎が薄情にもアタシを見捨てて王宮に戻りやがったから、師匠とあんたの無茶振り大変だったんだから」

「ラムダ、ラムダ。私別に無茶振りなんてしてませんよー?」

「自覚ない天然は黙ってなさい」

 

 コン、と。空になったコップが軽い音を立てて机に鎮座する。

 一瞬の空白。

 

 会話と会話の繋ぎ目に、ほんの少し混ざった苦味を乗せるような眼差しが、青の竜人を捉えた。

 

「ーーねえ。アンタさ。魔道士として士官させられるって、本当?」

 

 たっぷりと白湯の入ったコップが揺れる。

 ラーディーの柔らかな目が細まった。

 

「魔道神官が反旗を翻し、一般兵や友軍だけに飽き足らず、将軍や王弟ゾムドを殺害した最悪の事件ーー『白銀の狂気』。

 あそこでアンタはその類い稀な魔力を持って狂乱の神官ベヅァーを撃退したと聞いたわ。

 

 ベヅァーのせいで王宮の魔道士達の評判は大暴落。王宮そのものへの批判も大きいわ。

 

 そこでそのベヅァーを撃退し、先の実験でも研究が評価された上に、誰もが認める美貌を持つアンタを迎え入れて評判回復を狙っているーー。

 

 アタシに想像がつくのはその辺りまでかしら」

「……ラムダはすごいですねえ」

 

 ラーディーは肯定も否定もしなかった。

 困ったように眉間に皺を寄せ、切れ長の瞳をただ揺らすだけであった。

 

 そんな親友の態度にラムダは大きくため息をつく。

 

「拒否権実質ないんでしょ。あー政っていやだわほんと」

「一応この国の民なワケですからねえ、私たち。お偉いさんには中々逆らえませんて」

「ムカつくわ。黄金帝の鱗ちょっと禿げないかしら。冠の下あたり怪しいんと思うんだけれど」

「ノーコメントですよ」

 

 手を当てた口元から小さな笑みが溢れる。

 ほんの少しだけ、空気が和らいだのを二人は敏感に感じ取っていた。

 

 だらしのなく机に頬杖をつき、ラムダは小首をかしげた。

 

「王城で黄金帝に顔合わせたら泣いちゃうんじゃない?」

「いえ、さすがにそれはないかと……黄金帝とゾムドはあんまり似てませんし」

「そーかしら。あの二人、すっごい似た者同士だと思うのよねえ。求愛されたらどうするのよ?」

「ありえませんしナイです」

「そうよねえ。アンタ、ゾムド一筋だもんねえ」

「ラムダ!」

 

 青の翼が威嚇するようにピクリと盛り上がる。そんな彼女の様子を見てラムダは小さく微笑んだ。

 

「分かり易すぎるのよ、あなた達。どうせ結界実験でも研究デートしてたんでしょ」

「いえ、それはないです。ゾムドは普通に忙殺されてましたし、研究は研究ですから。お城から逃げてくるゾムドにお茶は出してましたけど」

「それ普通に自宅デートじゃない。死してなお不憫ねゾムド……」

 

 在りし日の白銀の翼の苦労を思い出しラムダは目を拭った。

 

 ラーディーは絶世の美女である。

 青い翼は海のような落ち着いた色合いをしており、彼女の知的な雰囲気を高めている。

 形の良い顔は職人が丹精を込めて作り上げた人形のようでいて、知的好奇心が疼けば様々な表情を彩るのだ。

 

 かつて感覚の違うはずの人間の親友にも美人と称えられた美貌は伊達ではない。女性のラムダから見てもラーディーは文句なしの美女だった。

 そんなラーディーはありとあらゆる求婚アピールにとても慣れている。

 慣れているゆえに白銀の翼の奥ゆかしいアピールに気づかなかったりする。

 

 そんな青い翼に近づく男どもをことごとく排除していた白銀の翼の苦労を思い出したラムダは目頭が熱くなった。

 

「……今度お酒でも持って行くわね、ゾムド」

「ラムダ、ラムダ。死人にどうやって酒を渡すのです。王族ですし墓所も隠されてますよ?」

「わかってるわよ気分の問題よ! あーもうゾムドの幽霊が出ても驚かないわよあたし!」

 

 そう言ってラーディーのコップに残っていた、もうすっかり冷めてしまった白湯をラムダは乱雑に飲み干した。

 親友の抗議の眼差しを華麗に無視し、桃色の翼はいいことを思いついたと言わんばかりに指を立てた。 

 

「そうよ。墓参りよ墓参り!」

「私の飲み物返してください。何です、突然」

「何かの本で読んだ気がするのだけれど、人間の文化には墓参りってのがあるんでしょ。それをするのよ」

「……確かに人間の文化にそういうものがありましたが。

 どうやってやるんです。さっきも言いましたけど、王族の墓所は隠されてて私たちじゃ知り得ることはできませんよ?」

「堅物ねえ。でも、気持ちの整理にはなるんじゃない?」

 

 細い指がラーディーの額を捉える。

 

「王宮に行けば、ジグラド王とは嫌でも顔をあわせるわ。アンタに腹芸が出来ないってワケじゃないけれど、魔宮に行くなら心の余裕くらい持って行きなさい」

「………………」

「アタシ、これでも心配してるのよ。親友」

 

 触れた指が微かに震えているのは、わかっていた。

 竜人は人間のように柔らかな皮膚を持たない。高い体温を持つわけでもない。

 

 故に肌と肌が直接触れようとも、それは直接的に感情を伝えられるわけではない。

 

 それでもラーディーは、親友の心に触れた気がした。

 

「ありがとう、ラムダ。

 

 そうですね……仕官の前にお暇をいただいていることですし。しっかり気持ちの整理をつけて行こうと思います」 

 

 空を見上げる。

 雲のかかった蒼穹の先。

 

 かつて結界実験の行われた人間の土地を思い出し、ラーディーは手をかざした。

 


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