厨二エロゲーの中で俺は勘違いし、勘違いされる   作:アトミック

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プリンス・プリンセス ③

 ロリの言う「食糧庫」に辿り着いたのは、家を出て数分も経たなかった。

 ……近くにあったわけではない。ロリの右腕に俺が、左腕にお嬢様がしがみつき、魔法を行使しただけだ。高速移動。一度体験したことがある俺はまだ慣れていたが、お嬢様は言うまでもなく初体験で、「ひょぁー!?」という愉快な悲鳴を漏らしていた。

 で、だ。

 その場所に到着して、ロリは眉を顰めた。

 

「誘われたか」

 

 どういうことだ、と俺は聞き返さなかった。

 ロリの真意がわかったわけじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「うぷ」

 

 吐きそうになった。喉の奥からこみあげてくるなにかを、俺は押し戻すので手一杯だった。隣では堪え性のないお嬢様が嘔吐している。

 ―――なんだ、これは。

 目の前は、死体で埋まっていた。それだけじゃない。いや、その時点で異常極まりない状態だってんのに、それ以上におかしなことが起きていた。

 死体の中に、動く奴らがいた。

 

「――――――」

 

 ゾンビだ、と俺の中の冷静な部分が叫んでいる。

 

死人憑(しびとつき)か」

「え」

「死者に別人の魂を植え付けるふざけた魔法。オーウェンにできる芸当ではないな。ふん。今世の魔法師にも中々優秀なヤツはいるようだ」

 

 ロリの冷静な声を聞いて、少し落ち着いた。

 彼女を見る。真剣で、無邪気で―――残虐な瞳。

 殺し合いが始まるのだ、とその表情を見てすぐに理解できた。

 

「オーウェンはこの場にいない。ならばお前を守ってやることはできる。私の後ろから離れるなよ、ハーロック?」

「……ああ」

 

 俺は情けなくそんな相槌を打った。打ってから、それでいいのか、と内心感情がむくむくと湧いてきた。守られるだけでいいのか? ばかな考えだった。いいのか、じゃない。俺がこの場で、ロリに対していったい何ができるというのか―――

 それでも、無駄だとわかっていても、俺は口を開かざるを得なかった。言う前からロリには真意を見抜かれているのだろう。俺が喋る前から彼女は顔に呆れを張り付けている始末である。

 

「俺にできることはあるか」

「……ふん。本当に面白いヤツだよ、お前は。膝をがくがく震わしながらよく言ったもんだ。……気絶しているお嬢様を連れて下がっていろ」

「え」横を見ると、本当にお嬢様は気絶していやがった。「だが」

「こんな状況に放り込まれて、正気で入れるお前はどうかしているよ。く、くく。お前たちを連れてきたのは半分嫌がらせのつもりだったんだぜ」

 

 そう言い直して、ロリはこちらを向かなくなった。

 ゾンビ―――死人憑? たちはこちらを見つめている。死者の身体をしているはずなのに、その姿は生きている人間と何も変わらなかった。

 百を超える死体の中から、数十体。もぞもぞと動くそれらは何かを呟いている。「あ」と俺は思わず声を上げた。気づくのが遅い。遅すぎた。この場にいるってヤツってことは、何らかの戦闘手段を有しているに決まっている。そんなヤツらが口にするものなんて、一つしかない―――!

 

「ロリ、あいつら詠唱してやがる―――っ!!」

 

 気づくのが遅すぎた。

 そう後悔しながら、俺はロリに向けて警鐘の声を上げ。

 

「ばーかぁ。ノロマはお前だけだ。私も一緒にするなよ」

 

 その瞬間。

 彼女の詠唱は、殆ど完了していた。

 

Απορρίπτω(リジェクト)

 ημιτελής(未完詠唱)―――απόβλητα(汚染された) Ελαφρύς δράκος(光輝竜たちの一撃)

 

 ……それは、あまりにも早い詠唱で。

 そのクセ、今まで見たどの魔法よりもけた違いだった。

 

 ロリの背中から黄金に輝く竜が現れた。前触れもなく。どろどろと顔面の右側だけが溶けている。俺はその大きすぎる竜に視界のすべてを遮られ、馬の嘶きのような声が聞こえたと思ったら、すぐに消えた。

 消えて―――その嘶きが、死者たちすべてを吹き飛ばしたのだと、ようやく気がついた。

 

「………………」

「ふぅ。疲れた。……お、まだ生き残りがいるらしいな。あの一撃を受けて耐えるとは、オーウェンめ、中々手練れを用意していたらしいな。転写する魂をどうやって確保したのかは気になるが……」

 

 そんな、よくわからないことをロリは呟くように言っていた。

 

 ……ばかみたいだ。自分を殴りたくなった。この戦闘が始まる前まで、俺は少しだけ心配じみた感情を抱いていた。何故かって? こいつがこんな真剣な目を見せるのは中々なかったし、陽の光を浴びて妙に苦しそうな顔をしていたし、何より「今回はそれ以上になるだろう」なんて妙な発言をしていたからだ。

 だってのに、赤子の手をひねるような気安さでやってのけやがった。数体。確かにロリが言うように、まだ動いているヤツはいる。でも、それはほとんど虫の息だ。死体なのに、人間みたいに喘いで、身体を引きずりながらもがいている。あれじゃあもうどうしようもない。本当にこいつらがドラル・ルチアより上だったのか? 俺は少し疑問が浮かび、違うと思い直した。今回の魔法がけた外れすぎたんだ。

 思い返してみたら、あの時のロリは殺そうとしていなかった。ほかならぬ俺がお願いを立てたからだ。今回は状況も相手も違う。殺してもいいというか、もう既に死んでいるヤツらなのだから。

 

 ふぅ、と溜息を吐いた。

 吐いてから―――たぶん。

 

 その場で一番早かったのは、俺だったのだと思う。

 

「――――――」

 

 どういうことだ?

 最初に出てきたのは疑問だった。

 明らかにおかしい。おかしすぎる。

 あり得ないことが、複数発生していた。

 

 視界の端に、存在するはずのないものが、存在していた。

 

「――――――どうして」

 

 ()()は明らかに、この世界においても異質な存在だった。継ぎ接ぎだらけの身体。六本の腕と八本の脚。兎のように小さな瞳が十個。粘土を固めたような胴体はなんの生物のものかもわからない。なによりおかしなことは―――そんなふざけた存在がこの場に存在することを、誰もが知覚できなかったということだ。

 あのロリが気づかなかった。見逃していたわけじゃない。あんな生物、好奇心の塊みたいなヤツが見逃すはずがない。じゃあなんだ。本当に気づかなかったのか。そういうモノなのか? 存在感がけた外れに薄いみたいな。じゃ、じゃあ。どうして俺は気づけたんだ?

 色々な意味で異質すぎる存在だった。俺が気づいてから数秒。ロリはまだ気づかず、純粋な瞳で殺戮を繰り広げていた。

 身体が震える。足がうごかない。でも、口はうごくはず。

 あのバケモノの存在について怒鳴ろうとして―――八本の脚が躍動するのが、みえた。

 

「…………っ」

 

 速かった。蜘蛛を連想させる動きだった。

 それはいい。別に問題ない。蜘蛛だからなんだ。八本も脚があるんだから、飾りじゃないに決まっている。だが、進行方向がまずい。あのバケモノは、一心不乱にロリの方へ向かっている。

 ロリはまだ、気づいちゃいない。

 

「――――――」

 

 …………。

 ……どうして。

 どうして、俺は。

 

 あのバケモノの粘土みたいな身体が割れて、大きな口ができ、ギザギザの歯がでてきたのがみえた。俺の脳裏によくないものがかすめた。

 それに噛みつかれて、絶命するロリの姿を、幻視した。

 

「……そんな、こと」

 

 あり得ない。

 あり得るはずがない妄想だった。

 

 ロリは気づいていない。あの存在に気づいていない。その理屈はわからない。どうして俺なんかが気づけるものに、チート級に強いあいつが気づかないのか。知識がない俺にはどうしようもないくらいに理解できないが、そんなことが起きるわけがないとは思った。

 だってそうだろ? 不意を打たれたからって、ロリが負けるはずがない。「あ痛」とか言うのが関の山。すぐに反撃されてばらばらにされるに決まっている。決まっているはずなのに、目が離せなかった。

 ……頭がおかしくなっている。たぶん、考えすぎたからだ。ロリの体調だとか、真剣さだとか、発言だとかがまだ頭をぐるぐる回っている。それらはまとまることなくミックスジュースみたいにごちゃ混ぜになった。

 なって、最終的に、俺は自分がどんな存在なんだと自問自答した。ヒロインが不意打ちされそうになっている。ヒロインはたぶん負けない。杞憂に過ぎないのかもしれない。怪我一つ負わないかもしれない。でも、心配なんだ。理屈じゃない。理論立てて考えられるほど俺は頭が良くない。だからって、こういう時にどうすべきかをわからなくなるほどばかじゃないはずだ―――!

 

「俺は主人公なんだろーが」

 

 だから、こんな端っこの方で、縮こまってなんていられない。

 

 決断は早かった。抱き留めていたお嬢様を地面に下ろす。

 下ろして、左脚一本で跳び上がった。

 

「―――ず、ぁッ!!」

 

 跳躍。

 考えたこともない手段だった。ロリと俺の距離は数十メートル。あのバケモノの方が動き出したのが早いから、普通なら間に合いっこない。

 ―――だけど、俺には普通じゃない義足がある。それに限界まで力を入れて、地面を割れるくらい踏みしめ、左脚一本の力でロリの方に跳んだ。規格外のスピードで、ロケットみたいに俺は吹き飛んでいく。地面と平行。地面しか見えない。

 左脚が折れる音がした。問題ない。義足だからすぐに回復する。折れた骨が巻き戻るみたいに組み立てられていって―――俺は、跳びながら堪えきれずに悲鳴を上げた。この場にロリとお嬢様以外に生きている奴がいなくてよかった。素直にそう思う。

 

 速すぎて、いつ止まればいいかはわからない。

 そもそも、この速度は俺には止めようがない。

 ―――だけど、止める必要が、そもそもない。

 

「むぅ……っ?」

 

 勢いのまま。

 俺は、ロリに背中から衝突した。

 

 ロリは本当に気づいていなかったらしく、衝突した瞬間に変な声を漏らした。

 ……不思議と、衝撃はなかった。規格外の速度だが、ぶつかった対象がそもそも規格外のロリなのだ。ふんわりと包み込まれるような妙な感触が身体を走り、ヘンに怖くなる。こ、こいつ。どういう身体なんだ、ほんとに。

 ロリはぶつかってきた俺に抵抗しなかった。微かに見えた顔は呆れていた。が、それだけ。俺がどんな思いでこの場に来たのかは理解しているのだろう。

 目の前には、もう一つの規格外がいる。こいつがどれだけ強いのか? 俺にはわからない。疾走するバケモノ。その動きは速いが前のハンマーを持った男の方が速かった気がする。威圧感はユーゴシュタイナーの方があった。まあ、それでもこの場にいるんだから弱いわけがない。

 構える……時間はない。跳躍でほとんどの時間は使い果たした。折れかけの脚で小鹿みたいになりながら立ち、茫然と俺はバケモノの十の瞳を見る。裂かれた口が大きく広げられる。あれに胴体を噛み千切られたら流石に死ぬよな。そう思い、俺はなんとかして足を動かし―――いつものように、盾のように左腕を前に出した。

 

「けぷ」

 

 間抜けな音がバケモノの口から漏れ、俺の左腕は簡単に噛み千切られた。

 

 ……想定内。しかたがない。こんなバケモノ相手だ。大体いつものことじゃないか。左腕が所詮食い千切られただけだ―――と俺は内心で必死に思う。痛え。痛すぎる。これだけじゃない。この後の再生の方が痛いんだ。それを理解してしまっているから、余計に怖くなっちまう。

 左腕は喰われた。一瞬、消化されても復活できんのか? と不安になった。が、考えない。そんなことは俺にはわからない。わかることはロリが作ったということと、「壊れても元に戻るようになってる」という彼女の言葉のみ。信用してやる。性格は終わっているし、どう考えても善良な女じゃねえけど。魔法に関してはこの世界で出会った人間の中で一番優れているヤツなんだ―――!

 

 

 左腕は喰われたが、数秒後に復活する。

 だから、俺は左腕はまだ或るものだと思い込むことにした。

 

 

「――――――」

 

 切断された左腕を動かすのは、想像以上の激痛だった。

 左脚の痛みは少しずつ薄れていっている。峠は越えたのだろう。その分腕の痛みが強くなってくる。

 

 ―――まず、一秒。

 やはり、切断された左腕は再生を始めた。激痛が来る。今にも来る。

 覚悟を決めながら、左腕を強引に動かして、身体を捻る。

 バケモノはそんな俺を嘲笑うかのように十の瞳を動かした。

 

 ―――そして、二秒。

 激痛が走りながら、腕が巻き戻しのように再生されていく。痛い。痛すぎる。視界がぼやけた。脳が焼ける音がした。口から何かよくわからない液体が漏れた。

 そうなりながらも、俺は左腕を振るう準備を済ませる。

 バケモノは大きな口で味わうように俺の腕を喰らっている。

 

 ―――そして、三秒。

 腕は七割がた回復した。激痛はピークに達しようとしている。

 それを理解しながら―――俺は。腕を全力で振り抜いた。

 

「――――――ガ」

 

 液体と一緒に変な声が口から漏れた。

 腕が命中するまでに、タイムラグがある。あと半秒後。着弾する瞬間に腕が完全な状態になっていればいい。そうでもしないと間に合わない気がした。

 バケモノは俺の雰囲気を見て、八本の脚で後ろに跳び下がろうとしている。やはり。最速で動かなければ間に合わなかった。冴えている。今日の俺は冴えているだろロリ―――脳内で彼女に届くようそんなことを考えながら、半秒が経過して。

 復活した腕が、バケモノの胴体にめり込むよう直撃した。

 

「繝ュ繝ェ縺ィ繝上?繝ュ繝?け縺ョ繧ィ繝ュ繧キ繝シ繝ウ隱ー縺区嶌縺?※縺上□縺輔―――ッ!?」

 

 理解できないコトバが、バケモノの口から漏れ、思いっきり吹き飛んでいき。

 ―――同時に、俺の左腕が弾け飛んだ。

 

「――――――」

 

 どうしてかはわからない。

 わからないが、限界だ、とは思った。

 

 がくり、と後ろに倒れる。あ、あの一撃を喰らわしてやったんだ。あいつだって倒したはず。そうに違いない。なんたって完全に入ったんだ。俺の改造された左腕を完全にぶつけて立ち上がったヤツなんて―――まあ一人くらいはいた気もしたが――――今は思い出すのも億劫だ。

 背中から地面に倒れようとして、ロリに抱きすくめられた。お。守ってやったぜ。感動したかよ。そんなことを思いながら、閉じていく瞼を堪えて彼女を見たが、いつも通りの呆れた表情だった。なんだよ。変わらねえヤツ。でもまあ、こいつはそっちの方がいいや。今日みたく変に張り詰めていたり、敵に気づかなかったり、陽の光に妙に気分悪そうにしたり。

 なんかそういう姿をこいつが見せるのは、いやだった。

 

「今日の俺、中々冴えてんだろ? 命の恩人って呼んでいいぜ」

「……お前よりばかなヤツは、たぶんこの世界に存在しないよ」

 

 そう言いながらも。

 ロリはいつものようにけらけらと笑い出した。

 

 それを見て―――ヘンに安心してしまい、俺は少しだけ眠ることにした。

 

 




この話の主人公=ハーロックさん(気絶。満足そう。馬鹿)
この話のヒロイン=ロリビッチ(ハーロックさんにかなり呆れてる。ちなみにバケモノに不意打ちを受けても勿論ノーダメージでした)
この話のヒロイン2=ララシャンス(気絶。馬鹿)
この話の敵キャラ=改造生物(実はかなり強い。ハーロックさんが今まで戦ったヤツの中なら最強かも?)

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