このオヨビでない少年に祝福を! 作:タイラー二等兵
※一部内容を修正
カズマは、テーブル代わりの木箱の前に着いて縮みあがっている。表情は強張り、顔色が悪い。その前には同じく木箱をテーブル代わりにして、中央にアクア、向かって右にめぐみん、左にはリーンが座っている。三人は醒めた眼差しでカズマを見つめ。
「……ロリマ」
アクアが呟くように言うと、カズマはビクリと震える。
実はカズマ、めぐみんと売り言葉に買い言葉で一緒にお風呂に入ることになり、その最中にアクアが帰宅。バレるとマズいと、カズマは全力で『フリーズ』の魔法を放ち、扉を凍らせたものの魔力切れでぶっ倒れた。
その後不用意な言葉でめぐみんの怒りを買い、彼女はカズマの体に馬乗りに。恐怖でカズマが叫び、みんなに発見されることとなったのだ。
「まァまァ。挑発に乗ったっていうめぐみんちゃんにだって非はあるんだし、半分は事故みたいなモンなんだから。……まァ、レディと呼べる年頃の子とお風呂に入るのは、如何なモンかとは思うケド」
配膳をしながら均は、カズマのフォローを入れる。もっとも、言うべき事もちゃんと言ってはいるが。
「待ってください。今私をレディと言いましたか?」
「ん? 言ったケド?」
それが? という表情でめぐみんを見る均。
「聞きましたか、カズマ! わかる人にはちゃんとわかるものなのですよ!」
「あー、はいはい。めぐみんは立派なレディデスネー」
「ほほう。言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」
カズマの投げやりなセリフに、切れかかるめぐみん。と、そこで均が。
「ハイ、それま~でぇよ!」
変な拍子を取りながら止めに入った。
「まったく。これから食事なんだから、険悪なムードはここまでだョ」
「「あ、ハイ」」
カズマとめぐみんは首を竦め、すごすごと引き下がる。
「ねえヒトシ。ノエルはいいの?」
「あー……、どーやらさっきの場面が、余程ショックだったらしくてねぇ。横になって、ウンウン唸ってるョ。まァ意識はあるから、落ち着いたらこっち来るでショ」
「……ホントに弱かったんだね、こういうの」
リーンは半ば呆れたように呟いた。
「ねえねえ、そんな事よりこれって、炒飯と鶏ガラスープよね?」
部下とも言える存在が寝込んでいるのを、そんな事呼ばわり。駄女神様は絶好調デス。
「ウン。チャーシューが無いからカエル肉を挽肉にして、しょう油や砂糖、酒で味付けして炒ったものを合わせて、黄金炒飯風に仕上げたんだ。
スープは鶏ガラの代わりに、カエルガラって言うのかな? それでダシを取った、鶏ガラスープ風だネ。
カエル肉とガラは、ギルドで頼んで安く仕入れたんだョ!」
「貴方は主夫ですか!?」
「ヒトシって生活力あるんだね……」
「そこにシビれる、憧れるゥッ!!」
「ロリマ、うるさいわよ」
なんだかまた騒がしくなってきたが、均としては人様に迷惑がかからない程度なら、少しくらい騒がしくてもいいと思っているし、やっぱりその方が楽しく食べられるというものだ。
「さあ、おあがりよ!」
「そこは新しめのネタなのな。……じゃなくて、戴きます」
『戴きます』
「あ、えーと、いただきます?」
食材への感謝の言葉を述べ(リーンはイマイチ意味がわかってなかったが)、カズマは炒飯を口へと運び……。
「こっ、これはっ!
うーまーいーぞー!!」
今にも口から光線を吐きそうな勢いで、叫び声をあげる。
「こ、このスープは、濃厚なダシに香辛料を利かせて、
……ああ、落ちてゆく~、ど~こまでもど~こまでも、落ちてゆく~」
スープを口に含んだアクアも、暗い闇の底へ落ちていくかのような発言で、均の料理を称えている。
「えーっとォ、キミ達幾つ? ……イヤ、このネタわかる僕も大概だけどさァ」
因みに、1980年代後半の料理アニメネタである。
「ネタというのはよくわかりませんが、ヒトシの作ったこの料理、確かに大変美味しいですよ」
「ヒトシ、料理スキル取ってなかったよね? それでこれだけの料理が作れるなんて、凄いじゃない」
めぐみんとリーンも、均の料理を褒め称えた。
「まァ僕の場合、両親は共働きで帰りが遅かったし、姉ちゃんは留学して家に居なかったから、必然的に料理の腕が上がっただけなんだけどネ」
「……寂しい家庭だったのですか?」
気にかけためぐみんが訊ねたが。
「いんや。放任主義ではあったけど、どちらかっていや家族仲のいい、明るい家庭だったと思うよ?」
そう言った均の表情が、ほんの一瞬だけ歪む。それに気づいたのはカズマだけで、その理由も何となく察していた。
食後、遅くなったリーンはお風呂を戴くことになり、めぐみんが湯冷めしたのでもう一度、と二人揃ってお風呂場へ。それと入れ替わるようにノエルがやって来て、現在避けておいた食事を食べている。アクアは均から受け取った毛布を暖炉の前に敷き、だらけている。因みに薪は、憐れに思ったノエルが自腹で提供したものだ。
そしてカズマは。
「ヒトシ、手伝うよ」
食器を洗っている均に声をかけた。
「いや、泊めてもらうんだし、ここはお礼の意味でも……」
「あー、いや、俺もヒトシに聞きたいことがあるから、そのついでって事で」
「うん?」
キョトンとした表情でカズマを見る均。やや童顔気味なので、その表情が少し子供っぽく見える。
「ウン、それじゃ洗い終わった食器、拭いてくれる?」
「ああ、任された」
カズマは手渡された食器を手早く拭いていく。
「……なあ、仲のいい家族だったんだよな?」
「ウン、そうだネ」
「友人だっていたんだろ?」
「まァ、それなりに」
カズマは少しだけ間をとり、そして。
「やっぱ辛いよな。親しい人達に、もう会えないってのは」
最後の器を洗う均の手がピタリと止まる。
「……バレた?」
「ああ。ほんの一瞬だが、辛そうな、寂しそうな、そんな表情をしてたからな。
あ、安心していいぞ。他の連中は食事の方に集中してたから、ヒトシの表情は見てなかったはずだ」
カズマの説明を聞き、均はひとつため息を洩らす。
「まったく、『無責任男』の名が廃るよねェ、これじゃ」
困り顔で言う均。しかしカズマは。
「別にいいんじゃねえか? 何でもかんでも無責任に切って捨てる様な奴だったら、むしろ引くわ。
ゆんゆん相手に本気で窘めたり、お礼と言って俺達に晩飯を振る舞ったり、そういう所があるから人間味があっていいんだろ?」
かなり肯定的に受け止めてくれる。そして均は、日本である少女がかけてくれた言葉を思い出す。
── 植草くんは、無責任なだけじゃないから、植草くんなんだよ。私だって、植草くんのお節介に助けられたから……
(美里ちゃん……。うん、そうだよね)
らしくなく思い悩んでいた均の肩が、荷が下りたかのように軽くなる。
「サンキュー、カズマ。随分気持ちが楽になったョ」
「そいつはどういたしまして」
いつものような笑みを浮かべる均に釣られ、カズマもまた笑顔を浮かべた。
「話はまとまったようですね」
不意に背後から声をかけられ、ビクリとするカズマ。均は何事も無かったかのように振り返る。
「ああ、ノエルちゃん、食べ終わったんだね。それじゃあ食器を……」
「いえ、これは私が洗います。それよりも、今日扱った武器の手入れをお願いできますか? 私がお借りした部屋に入っても構いませんので。
佐藤和真さんは引き続き、食器を拭くのを手伝ってください」
「え? あ、うん。りょーかい」
「ま、任された」
どうやらカズマと話がしたいらしい事に気づき、すんなりと引き下がる均。そして、断るきっかけを掴めなかったカズマだった。
均が風呂場の前を通りかかると。
「コラッ!」
急に叱りだした。そこには誰もいないが、ビクリとした気配と、風呂の入り口にかけられた「入浴中」の札がゆらゆらと揺れている。
「ちょっとしたイタズラなら大目に見るけど、これはシャレになんないかんね?……コラッ逃げない!」
均は何も無い空間をむんずと掴むと、ゆんゆんにしたのと同じ様な、有無を言わせぬ気配を発する。
「うん、アンナちゃんの身の上は同情に値するよ? でも、それとこれとは別だかんね。しっかりとお説教はさせてもらうよ?」
にっこりと笑う均。この日アンナは、自らが死んでから初めての恐怖を味わった。
それをリビングから顔を出して覗いていたアクアは一言。
「……オカンね」
いつの頃からか、「アクセルのオカン」と呼ばれるようになる均。しかし、それはまた別の話である。
一方のノエルとカズマ。
「……佐藤和真さん」
「和真でいいよ。それでなんの用だ?」
「では和真さん。実は均さんの事なのですが」
ノエルは洗い物の手を止めてカズマを見る。
「結果は違えど、彼は和真さんと同じ行為をして亡くなられました」
「結果は違えど、ってのが引っかかるが。つまり誰かを庇って死んだって事か?」
佐藤和真は、トラック(ではなく、実際はトラクター)に轢かれそうだった(と錯覚して)女性を突き飛ばし、自分が轢かれ(たと思い込んで、ショックで心臓麻痺を起こし)死んだのだ。
「はい。暴漢から少女を身を挺して守り、その凶刃によって命を落としました」
「……俺より断然重いじゃねえか」
自分との違いに落ち込むが、すぐに気を取り直してノエルに尋ねる。
「それで、なんでわざわざ俺に? 同じ転生者だからってのもあるだろうけど」
「それはひとつ目の理由です。もうひとつは、……一緒にいるときだけで構わないので、彼の様子を窺っていて欲しいのです」
「は?」
カズマにはノエルの意図がわからなかった。彼女の言い方はまるで、均を信用していないかのように聞こえるのだから。ノエルもその事に気がつき。
「すみません。誤解を招くような言い方でしたね。
……均さんは、命というものに敏感な方です。敏感過ぎて咄嗟の時には、必ずと言っていいくらい相手を庇ってしまう程に。
人は誰しも、ある瞬間に身を挺して庇ってしまうときがあります。ですが、均さんのそれは行き過ぎてると言っても過言ではありません」
カズマにとってそれは、驚きであると共に納得のいくものであった。
先程の、ゆんゆんの「ライト・オブ・セイバー」の時もそうだ。普通ならゆんゆんの上級魔法と、それをコントロールする能力に目を奪われるだろう。だが均は、下手をしたらめぐみんも一緒に死なせていたかも知れないと指摘した。
確かに後から冷静に考えれば、そういう事もあると気づく者もいるだろう。また、ある程度卓越した冒険者なら、すぐにそういう事に気づくかも知れない。
だが均は、ある程度戦いの心得があるとはいえ、あくまでも初心者なのだ。
「言われてみれば、確かにちょっと異常だな。わかった、俺の方も注意しとくよ。
だけどあまり期待するなよ? なんてったってウチのパーティーは、問題児ばかりで目が行き届かないかもしんないからな。その筆頭はアクアだが」
そう言われてノエルは苦笑いを浮かべる。
「ええ、それで構いません。ありがとうございます、和真さん」
「まあ、俺もアイツのことは嫌いじゃないからな」
そして二人は、視線を合わせて笑い合うのだった。
均の設定が当初思ってたより重めになった。ただし死因は、当初からの予定どおり。