辿るは女神の足跡(そくせき)   作:なんじょ

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 立て続けに放った矢がダークスポーンの頭を射抜き、三体が重たい音を立てて地面に倒れ伏す。

 射たすぐ後に駆けだしていたシャーリィンは、ダークスポーンが息絶えるのとほぼ同時に、その脇を走りながら矢を引き抜き、影のようににじみ出たシュリークを、同時に放った三本矢で絶命せしめる。

「オグレン!」

 ざ、とその場にとどまり名を呼ぶと、豊かな髭をたくわえたドワーフはおう! とおめいて、バリスタに大槌を振り下ろした。バーン! と派手な音を立ててバリスタがまっぷたつに割れ、不利を悟ったダークスポーン達は一斉に逃走に転じる。

 だが、隠密で背後に回っていたレリアナとゼブランの仕掛けた罠に引っかかり、トラバサミに足を取られ、グリースで滑って雪崩打つように倒れ、辺りは騒然となった。そこにアリスターとスタン、マバリ犬が突進し、次々ととどめを刺していく。

 そうして戦いはさほどの時間もかからず、グレイ・ウォーデン一行は多勢に無勢を見事乗り切り、ひとまずの勝利を得たのだった。

 

「オグレン、大丈夫か? さっき背中を斬られていただろう」

 やれやれ、と岩の上に腰を下ろすと、矢を回収しながらシャーリィンが近づいてきた。

 辺りは鼻が曲がりそうなほどの血の海でどす黒くなっているというのに、このエルフは白一点、汚れもない。全く嫌みなほど綺麗なものだ。

「あの程度の攻撃で、怪我なんぞするか。放っておけ」

 ふん、と大きく鼻を鳴らしたが、シャーリィンは納得しなかったようだ。するっとオグレンの背後に回ってのぞき込み、

「……ウィン! オグレンも看てくれ!」

 鎧の下に血が滲んでいるのを見つけたのだろう、ヒーラーに呼びかける。

 はいはい、と魔道士が近づいてきて治療を始めるそばで、シャーリィンはぐるりと辺りを見渡した。端正なその顔が暗い表情になっているのを認めて、オグレンはまたも鼻を鳴らす。

「何だ、あんたもう疲れたのか? 見た目通りの柔だな」

「いや、そういうわけではないが……まだ奥まで進んでいないだろうに、ダークスポーンの数が多いな。地上の比じゃない」

「そりゃそうだろう、ここは連中の巣穴だからな。奥に行けば行くほど、蟻のようにたかってくるだろうよ。こんなところで弱音を吐くなんざ、伝説のグレイ・ウォーデンも大した事ないな」

 治癒の光を注ぐ魔道士を苛立たしげに押しのけ、オグレンは立ち上がった。

(こんなところでぐずぐずしてる間に、ブランカが死んじまったらどうしてくれる)

 元妻が一族を率いて、伝説を探索しにいったのは、もう二年も前の事だ。

 大勢の一族全てが滅びるには短いが、一人の女が死ぬには十分な時間、オグレンは探しに行くことも出来ず、酒に溺れるしかなかった。

 鬱屈した日々を過ごした後、ようやく地底回廊に入れたのはいいが、一行のリーダーを務めるエルフのグレイ・ウォーデンは細身の女で、見るからに頼りないのが歯がゆい。

(八つ当たりだってのは分かっちゃいるんだが)

 王位継承問題を解決する為にパラゴンの助けがいるという理由があるにしろ、彼女たちがブランカの捜索を了承し、同行を許してくれたのは感謝している。

 だが一度足を踏み入れると、後から後からわいてくるダークスポーンと絶え間なく戦いになり、進むにつれ猛攻を受けるようになってきて、焦りに心が揺れ動く。

(俺が行くまで無事でいてくれ、ブランカ)

 この二年は、どれだけ彼女を愛していたのかを思い知る二年だった。

 そりゃあ、彼女が出て行く前に喧嘩別れするわ、浮気が発覚するわ、二年の間に他の女によそ見をするわ……まぁいろいろありはしたが、それでも彼女を敬愛し、戻ってきて欲しいと願う気持ちに嘘はない。

「さっさと行くぞ、ウォーデン。ぐずぐずしてる暇なんぞない」

 がん、と大槌を地面に打ち付けて急かすと、一行はむっとした様子でオグレンを睨みつけた。

 少なからず疲労している上に、リーダーでもない相手に指図されるのが気に入らないのだろう。

 それはエルフの女も同じに違いない、とシャーリィンを見やったが、彼女は静かな表情を保ったままだった。オグレンのそばに寄り、

「オグレン、逸る気持ちは分かるが、少し待ってくれ。皆にも休息が必要だ」

 宝石のような目で見下ろす。だが、と反論しかけたのを手で遮り、きっぱり言いはなった。

「焦っては駄目だ。それは死に向かって走っていくのと同じ事だから。――案ずるな。お前のブランカは必ず探し出す」

「……あぁ、分かった。分かってるさ、そんなことは」

 相手に分があるのは、自分でも理解していたので、オグレンは渋々腰を下ろした。ぶふーと大きく息を吐き出すと、中途半端にふさがった傷がずきりと痛む。思わずのうめき声を聞き咎めたのか、

「ウィン。……最後まで頼む」

 シャーリィンは再度魔道士を呼び寄せ、戦場を見渡す。そして、

「……地上がこうならないよう、アーチデーモンをしとめなければな」

 ふと独り言を呟くと、マントを翻して皆の様子を見に立ち去ってしまった。その揺るぎない決意に満ちた言葉を聞きとめ、オグレンはむう、と太い眉を寄せた。

(アーチデーモンをしとめる、か。ずいぶんな大口を叩きやがる、ひよっこめ)

 オグレンとてグレイ・ウォーデンの勇名は聞き及んでいるし、探索の恩もあるからそうそう軽んじたくはない。

 しかしあんなほそっこいエルフの女が、地を割り天を炎で埋め尽くすというアーチデーモンに立ち向かっていくなど、おとぎ話のようにあり得ない事としか思えない。

「なぁ、ウィン。あんたらはどうして、あんな弱っちそうなエルフに従ってるんだ? あれじゃあ頼りなくって仕方ないだろうに」

 背中で治療を続けるウィンに問いかけると、年経た魔道士は静かに答えた。

「あなたはシャーリィンを知らないのよ、オグレン。彼女は強く、優しい人だわ。それはたまに、くじけたり失敗したりすることもあるけれど、決して屈しない。こうすると決めたなら、最後までやり抜く意志の強さがある」

 傷を癒し終え、杖から光を消したウィンは、穏やかに微笑みかける。

「彼女は約束を守るわ。安心しなさい、オグレン。ブランカはきっと見つかるわ――彼女が必ず見つけてみせるでしょう。もちろん、私たちも力を貸すものね」

「……そう願いたいもんだな」

 オグレンはふーと息を吐いて呻いた。

 出会ったばかりのオグレンに、シャーリィンの意志の強さなど、まだ理解出来ない。

 しかし、まぁ、少なくとも戦いにおいては思っていた以上にやる事は、分かる。

 あの細腕から放つ矢は雨霰と降り注いでダークスポーン達を打ちのめし、それをかいくぐって襲いかかる連中も、冴え渡る剣技によってあえなく倒れ伏した。

(あの調子で最後までやり遂げてくれりゃ、文句はないがな)

 皆に声をかけて回るシャーリィンを眺め、オグレンはやれやれと肩をすくめた。ブランカが見つかるまでの辛抱だ。

 その時はそう考えていたのだが……

 

 地底回廊から帰還し、パラゴンの手で作られた王冠をもって、王位継承問題に終止符を打った後。

「――なぁ、あんたと一緒に行っちゃいけないか」

「ああ、構わないとも、オグレン」

 オグレンがおっかなびっくり申し出ると、シャーリィンはいともあっさり了解した。思わず、

「いいのか? 自分で言うのもなんだが、俺は酔っぱらいで、女房にも逃げられたろくでなしだ。あんたに対しても、愛想のいい態度をしなかった。下手すりゃあんたの大層な旅の足手まといにもなりかねん」

 自ら欠点をあげつらねたが、シャーリィンは少し笑って、

「お前の戦い方は実に勇敢だった。その力が借りられればこちらとしても有り難いし、それに」

 ぽん、とオグレンの両肩に手を置き、まっすぐに見据えて言う。

「ブランカの思い出が詰まったこの地にいる事が、お前にとって辛いのなら、今は離れてみるのもいい」

「!」

 捜し当てた末に失った愛妻に対する思い。何を見ても彼女を思いだしてしまう苦しみから逃れたい、ひそかにそう思っていたのを、まさか見透かされるとは考えてもいなかった。

 ぐ、と胸に痛みを覚えたオグレンは俯き、低く呻いた。

 病的なまでの執着に囚われたブランカに安らかなる死を与えられた。

 いつまでもぐずぐずとくすぶっていた厄介者の自分に、戦う場を与えてくれた。

「……感謝するよ、シャーリィン。あんたは俺達を救ってくれた」

 ならば、この大恩を返さなければ。

 オグレンは顔をあげ、今度は自分からシャーリィンを見据えた。気の強いブランカとは正反対の、繊細で柔らかい、静かな美貌を見上げて、ニッと笑う。

「あんたに力を貸そう、グレイ・ウォーデン。アーチデーモンの野郎をぶっ飛ばして、おねんねさせるまでな」

 そういうと、シャーリィンは晴れやかに笑って頷き、

「あぁ、よろしく頼む、オグレン。――ブライトを終結させるため、共に最後まで戦おう」

 ほっそりとしたか弱い見た目とは裏腹に、力強く迷いのない誓いを打ち立てたのだった。

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