辿るは女神の足跡(そくせき)   作:なんじょ

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 オスタガー。かつてのフェレルデン軍の前哨基地であり、現在はダークスポーンの住処。

 そこはケイラン王が摂政の裏切りによって没した地であり、グレイ・ウォーデンの象徴的な存在であったダンカンが果てた地であり、そして――新たなグレイ・ウォーデンが生まれた地でもある。

 

 

 ダークスポーンによって辱められた王の遺体を丁重に弔った後。

 シャーリィンは激しい戦闘を経て倒したオーガの元へ、足を運んだ。

 再び蘇った巨大な魔物はすでに息絶え、微動だにしない。しかしその体には、先ほどの戦闘で負った傷の他、明らかな致命傷として深く首をえぐられた跡があった。

 その跡に刺さっている剣を、死体に足をかけてやっとの事で引き抜いたシャーリィンは、小さく呟いた。

「……間違いない」

 黒ずんだ血がこびりついているのをこすり落とすと、その下から、赤い刀身が現れる。

 縦、横にとためつすがめつ眺め、シャーリィンは息を吐いた。先ほど地面に打ち捨てられていた同じ素材の短剣を見つけた時には目を疑ったが、これは間違いなく、

「――ダンカンの剣、だな」

「アリスター」

 ケイランとの別れをすませたアリスターが、砕けた砂利を踏みしめながら近づいてくる。いつもは陽気な顔を今は悲しみに沈めた彼は、シャーリィンの手にある剣を見つめ、懐かしげに目を細めた。

「そいつは確かに、ダンカンのものだ。きっと彼は最後に、そのオーガをしとめたんだな」

「あぁ。ケイラン王の遺品もだが、まさかこんなものまで見つけられるとは思わなかった。……私たちはついているな」

 途端、アリスターがくくっと笑い声を漏らした。

「ついてる? 最初にここに来た時のお前だったら、死んでもそんな事言わなかっただろうな」

「昔の事を言うな」

 以前ならむっとしていただろうが、今はいささかの恥ずかしさを覚えて苦笑してしまう。

 確かに、ダンカンにつれられてオスタガーへやってきたばかりのシャーリィンは、世を拗ねた頑なな、いけ好かない小娘で、『ついてる』などと、絶対に思わなかっただろう。それも、昔と言うほど過去の話ではないはずだが――ずいぶん、遠くまで来た気がする。

 シャーリィンは湿らせた布で丁寧に汚れを拭き取り、両手で長剣と短剣を掲げた。

 伝説のグレイ・ウォーデンの手で数々の戦いをくぐり抜けてきたであろう一対の剣は、持ち主を失い長く放置されていたにも関わらず、その形を少しも損ねていなかった。

 しなやかな流れるような曲線、うっすらと赤く染まった刀身は柔らかく降り注ぐ陽光をまとって輝き、刀工とダンカンの魂が宿っているかのように美しく映えた。

(あぁ……私はもっと、あなたに学ぶべきだった)

 その凛とした美しさに見とれながら、シャーリィンはしみじみと悔いた。

 ダンカンと知り合ったばかりの自分は、グレイ・ウォーデンになる事の意味も、彼がどれほど偉大な人物であったかも、何も知らなかった。

 己を蝕む穢れに苦しみ、タムレンを失った事を悲しみ、生まれ育った部族から離れざるを得なかった事を嘆き、無理に――彼は強制しなかったのだが、当時はそう思っていた――自分を連れ出したダンカンを憎んですらいた。

 だが、数々の出来事を経験してきた今なら、分かる。分かる気がする。

 ダンカンが何故、あの絶望的な戦にあって退くことなく、最後まで戦い続けたのか。自分の悲しみにのみ囚われるシャーリィンを、グレイ・ウォーデンに採用し、血気に逸るアリスターと共に前線から下げたのか……

「彼は常に、ブライトの事を気にかけていたんだな」

 しゃりん、と刃同士を重ね合わせ、呟く。アリスターの目線がこちらに向くのを感じて、彼女は悲しくも暖かい思いで微笑んだ。

「ダンカンは自分の命に代えても、ブライトを止めようとしていた。そしてそれが叶わなかった時のために、私たちに望みを残そうとしたんだろう」

「……あぁ。そうだな。ダンカンは……そういう人だった」

 アリスターは沈痛に声を落とし、しかし彼もまた儚く笑みを浮かべる。

「俺は、ダンカンと一緒に戦って死ねたら良かったと思っていた。だけど今は違う。俺は、俺たちは、彼の願いに応える為に、ここまでやってきた」

 すっと手を伸ばして剣に触れ、アリスターは静かに言う。

「全てはこの場所から始まった――ダンカンが始めて、俺たちがその仕事を引き継いだ。異なる部族の者達……人間、エルフ、ドワーフ、魔道士がグレイ・ウォーデンの協定に従い、結束してブライトに立ち向かう事を誓った。後は」

 刃の上でぐっと拳を握り、今や最後の一人となった、マリク王の血を引く王子は、その優しい目を鋭くさせる。

「ケイラン王を裏切り、見殺しにした摂政ロゲインを打ち倒して、真の敵アーチデーモンに挑まなければならない」

「ああ。そしてそれは、私たちにしか出来ない仕事だ」

 シャーリィンは自身の背に負っていた二刀を地面に突き刺すと、アリスターが目顔で頷くのを見てから、ダンカンの形見を身につけた。

 赤い二本の剣はすんなりと鞘に収まり、気のせいか、肩にずしりと重みを感じる。

(これはきっと、歴史の重さだ)

 ダンカンがこれまでグレイ・ウォーデンとして背負い続けてきたもの。その歴史を今自分は受け取ったのだ。

 とても重たい、とても大切なその重荷に恥じぬよう、シャーリィンはぐっと背筋を伸ばして正面を見据える。

「行こう、アリスター。……次にここへ戻るのは、全てを終えた後だ」

 武者震いなのか、ぶるりと体を揺らしながら歩き出すと、アリスターもまた、声を震わせ答える。

「あぁ、そうしよう。ケイラン王やダンカンや、ここで死んだ皆に、勝利を報告しなきゃな」

 それに応えて無言で頷き、

(必ず、ブライトに勝利する。ケイラン王、ダンカン――あなた達に、フェレルデンに生きる全ての者達に誓います)

 シャーリィンは荒れ果てた跡地を目に焼き付けながら、強く念じた。

 今は廃墟となった要塞は、一時静けさを取り戻した。

 いずれまたダークスポーン達が戻り、我が物顔でここを闊歩するのだろう。だが、その時は決して、長くはない。

 悪が跳梁する暗黒の時代が幕を閉じる日――全ての争いが雌雄を決する決戦は、もうすぐ目の前なのだから。

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