辿るは女神の足跡(そくせき)   作:なんじょ

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「そら、起きろ!」

「うっ……」

 殴りつけるような勢いで水をかけられ、シャーリィンは不意に覚醒した。頭が痛い。寒い。ここはどこだ。たっぷりしたたり落ちる水を振り払い、朦朧としながら目を瞬かせると、突然顎を掴まれて無理矢理、上向かせられる。

「はぁん、これが噂のグレイ・ウォーデンか。あてにならねぇもんだな、筋骨隆々の不細工女と聞いてたが、とんだ別嬪さんだ」

 嘲りの笑みを浮かべてシャーリィンの顔をのぞき込むのは、身繕いも知らないような見苦しい男だった。ぼさぼさに生えた髭に淀んだ目は酔っぱらいじみていたが、その身は正規兵の鎧を纏っている。

「貴様は……誰だ」

 顎を締め付けられて痛い。顔を振って逃れようとしたが、頭がずきりと痛んでめまいがした。男が黄色い歯をむき出す。

「俺か? 俺はお偉い軍人様だよ。王を裏切った薄汚いグレイ・ウォーデンとは正反対のな」

「なっ」

 それは真っ赤な嘘だ。ロゲインが真実を隠蔽し、生き残ったグレイ・ウォーデン達に罪をかぶせたのだから。とっさに反論しようとしたが、

「ああいや、薄汚いだけは取り消すか。あんたは大層上等だ……今すぐお相手願いたいくらいにはな」

 男の嘗めるような視線を受けて、ハッと自身を見下ろした。

 気絶している間に身ぐるみをはがされたのか、シャーリィンは下着以外なにも身につけていない。ほとんど裸の状態で両側から腕を兵士達に押さえられ、裸足で石の地面に立たされている事に気づいて、かぁっと頭に血が上った。

「ふ……ふざけるな! 貴様などに、誰がっ!」

 バシィン!!

 激怒して怒鳴ると、男はいきなりシャーリィンの頬を平手打ちした。途端、上下左右に揺さぶられたような衝撃に気が遠くなりかけ、吐き気がこみ上げてくる。うえ、と喘ぐシャーリィンの髪を掴んで、力任せに持ち上げた男は下卑た笑いをあげた。

「ぐっ……」

「おうおう、あまり生意気な口を利くなよ。あんたがここで上手いこと生き延びられるかどうかは、愛想良くできるかどうかにかかってるんだからな。

 ……まぁお楽しみは後だ、摂政殿が見えられるまで、あんたらは貴賓室でおもてなしする事になってるんでね……おい、連れて行け」

 男が横柄に顎を振ると、シャーリィンを捕らえている兵士たちが問答無用で歩き始める。武器も鎧も無い状態では無駄と知りながらもがいてみたが、そのまま奥の牢屋へと乱暴に引っ立てられ、

「仲良く入ってな、お二人さん。おいたはするんじゃないぞ」

 どん、と中に突き飛ばされて、地べたに転がる羽目になった。牢屋の扉が背後で閉まる中、シャーリィンはふらつきながら身を起こし、自分の後に放り込まれたアリスターの元へ急いで近づいた。

「アリスター……アリスター、おい、しっかりしろ!」

「ああ……うっ……シャーリィン……?」

 声をかけて揺さぶると、アリスターは低く呻いて目を覚ました。痛て、と呻きながら起き上がり、首筋をなでて辺りを見渡す。

「ええと……一体……?」

「大丈夫か? どこか痛むところはあるか」

 自身もじんじん痛み始めた頬を押さえてシャーリィンが尋ねると、アリスターはぼんやり顔を向け、

「……!! な、え? 何だ、どうなって、えっ、俺も!?」

 急にあたふたして勢いよく顔を背けた。その耳までみるみるうちに赤くなるのを見て、シャーリィンもはたと現状に気がついた。

(し、しまった、二人とも裸同然だ……!!)

 アリスターも同様に装備をはがされているので、ほとんど目のやり場がない。自身のそれより遙かに分厚い胸板や腹筋を間近に見てしまい、更にその下へ視線がいく前に、シャーリィンも慌てて目をそらした。

「いや、あの、すまない、気がついたらこの状態で……」

「あ、謝るのは俺の方だろう、ええと、その、見てない、俺はなにも見てないからな!」

 双方ぎくしゃくと明後日の方向を向くが、しかしこのままでは話もしにくい。結局距離をとって、視界に入らないように背中を向けて座る事にした。

 十分離れて(とはいっても牢の中なので限度があるが)少し息がつけるようになったシャーリィンは、強いて冷静に話し始めた。

「……どうやらあの後、連中に捕まってしまったようだな」

「……あぁ。殺されやしなかったみたいだが……ここがもしドラコン砦なら、楽観的には考えられないな」

 ごほんと咳払いして、アリスターも応える。ドラコン砦? とシャーリィンが尋ねると、ため息が聞こえてきた。

「王国最高の牢獄さ。どんな極悪非道な悪党も、ここに入れられるのだけは泣いて嫌がる過酷な場所だと聞いている……一日に運び出される死体の数を数えたら、いくら墓穴を掘っても足りないくらいにはな」

「カウスリエンといったか、あの女はなぜ私たちをここに連れてきたのだろう。命を奪うのなら、デネリム伯邸でもここでも、同じ事では?」

「ンー……そうだな、例えば、町中でやるんじゃ目立ちすぎるからとか。ここでなら死体の山に二体加わったって、誰も気にしやしないだろう」

 それもありそうな話だが……考えながらシャーリィンは腫れてきた頬に触れて、痛みに顔をしかめた。

「あるいは、王に背いた反逆者として、グレイ・ウォーデンを公開処刑するという手もあるな。ハウ殺害と女王誘拐の容疑もかかってるんだ、ロゲインとしては邪魔者を葬る絶好の機会だろう」

「……だな。俺が摂政でも、この状況は渡りに船だと思うぜ。まぁ連中の思惑がどうであれ、何か手を打たなきゃならない。どうする、シャーリィン」

「そうだな……」

 このまま黙って座して、ロゲインや、先ほどの不愉快な男のいいなりになるつもりはない。

 女王を連れて逃げた仲間たちがきっと今頃、策を練ってくれているだろうが、それもいつになるか分からない以上、どうにか自力で逃げ出さなければ。

「…………」

 シャーリィンはそっと外の様子を窺った。格子の向こうにいるのは看守一人。上手くすれば、簡単に倒せそうな男である。しかしこちらは徒手空拳で、何よりこの中にいる以上、手を出す事も出来そうにない。それならば……

「……アリスター、ちょっといいか」

「ん? わっ、ち、近づくなって!」

 にじり寄って顔を近づけると、アリスターはびくっとして身を退いた。その目がうろうろと落ち着きなくさまようが、今はそんな事に構っている場合ではない。

「耳を貸せ。私に考えがある……」

 

 

「おい……おい、そこの」

 日に何度か聞こえる悲鳴がようやくおさまり、やれやれやっと落ち着けると肩の力を抜いた時。不意に鈴の鳴るような呼びかけが聞こえて、看守は顔をあげた。

 自分以外に、この空間にいるのは牢屋の中の囚人だけだ。なので自然とそちらへ目を向けると、先ほど収容されたばかりの女が、格子にしがみついて彼に声をかけていた。

「何だ? お喋りならきかんぞ」

 居丈高な女の物言いが気に入らず、看守はずかずかと近づいて、鎧の胸を張って睨み下ろした。しかしそばまで来て改めて女の姿を目にすると、どきりと胸が高鳴ってしまう。

 女はグレイ・ウォーデンだとは聞いていたし、その罪も知っている。

 何でもオスタガーでケイラン王を殺し、今は女王の地位を狙って各地の部族を籠絡し、軍を結成しているという。そうでもなくとも、グレイ・ウォーデンの名だけで十分な脅威なのだから、いくら女とはいえ、甘く見てはいけない事は肝に銘じていた。

 しかし、それにしても――女は、あまりにも美しく魅力的で、目を奪われずにはいられなかった。

 人間、エルフ、ドワーフ等々、数え切れないほどの者達の血が流された陰惨な砦の中にあって、そのしなやかな体は汚れ一つなく、光を放っているかのようにすみずみまで純白だ。

 下着しか纏っていない為、身じろぎするたびに柔らかな曲線が艶めかしくしなり、ふっくらとした胸の双丘が揺れて、目を釘付けにする。更にその顔も、アンドラステもかくやと言いたくなるほど端正に整っていて、夢見がちにこちらを見上げるつぶらな瞳は吸い込まれそうなほどきらきら輝いていた。

「――お喋りはだめなのか? ほんの少しも?」

 格子の間から彼を見つめ、女が言う。その声もまた、先ほど感じたように鈴の触れるような美声で、耳に心地よい。看守は思わずぶるぶるっと身震いして、咳払いをした。

「いや……何だ、無駄話をしたいなら、お仲間とすればいいだろう。もう一人、男がいなかったか?」

「そうだが、あいつはあの有様だから」

 ほっそりした指が示す方を見ると、牢の隅で男はこちらに背を向けて丸くなっている。こんな状況でも健やかに眠れるものなのか、盛り上がった肩がすーすーと規則正しく上下しているのが見て取れた。女は格子を握り直し、

「なぁ、少しつき合ってはくれないか? こんなところに入れられて、不安なんだ……誰かと話をしていないと、落ち着かない」

「そ、そうはいってもな……俺にも仕事ってもんがあって……」

 呻くと、不意に女がすっと手を差し伸べてくる。

「……それなら、もっと別のものがいいのか? お喋りなんてものじゃなく」

 不意に声が低くなり、真っ白な手が、するりと彼の腕を撫でた。

 びくりとして見ると、女は上目遣いにこちらを見上げて、その赤い唇が何かいいたげにかすかに開いた。その唇の中で舌がちらりと蠢き、彼を誘うように更に身を乗り出すと、胸が格子に押しつけられて、いかにも柔らかそうにぎゅっとつぶれる。

 ごくんっ。

 生唾を飲み込み、看守は思わず女の手を握ろうとしたが、その前に白い腕はするりと逃げてしまう。再び格子を掴み、女はため息をついた。

「だが、望むべくもないな。お前と私は牢の外と中、完全に隔てられているのだから。忘れてくれ、ちょっとした気分転換のつもりだったんだが」

「い、いや、そういう事なら、喜んでつき合うとも! ちょっと待ってろ、今行くからな!」

 こんな上等な女が誘っているというのに、逃げ腰になるなんてとんでもない。

 相手の気が変わっては困ると、看守は飛ぶような速さで扉まで駆け、鍵束から合うものを探すのももどかしく、錠を開いた。ぎいいい、ときしむ扉の中に飛び込み、

「よし、さぁ、じゃあ早速……」

 鼻息荒く歩み寄りながら兜を脱ぎ捨て、鎧のベルトに手をかけ――しかし次の瞬間、後頭部に激しい衝撃を受け、あっと言う間に目の前が真っ暗になってしまったのだった。

 

* * *

 

 看守を倒して牢を抜け出たアリスターとシャーリィンは、近くの箱に保管してあった装備のたぐいを身につけ、ドラコン砦を駆けた。

 囚人の脱獄に気づいた衛兵たちがわらわらとその行く手を塞いだが、怒りに燃えるグレイ・ウォーデン二人を前に、無事でいられた者は一人としていない。

 まるで嵐になぎ倒された小麦畑のように兵士たちを蹴散らしながら、二人は砦の正面から飛び出した。

 そして追っ手をまく為に、複雑に入り組んだデネリムの街路の中に紛れ込み、時に不意打ちをして数を減らしながら、レッドクリフ伯邸近くまでやってきて、ようやくその歩みを緩める。

「はぁ……はぁ……こ、ここまで来れば、もう、大丈夫だろう……」

 あとは一本道を進めばたどり着くところまで来て、アリスターが息を切らしながらあえいだ。シャーリィンはまだ軽装だが、アリスターは重甲冑でここまで走ってきたのだ。いくら体力自慢でも、へとへとになるのは仕方あるまい。

「何とか……逃げ切れたようだな」

 乱れる息を整えて、シャーリィンも安堵する。

 もしや追っ手が先回りして、イーモン伯の館周辺に網を張っているかと思ったが、特にそういった様子はない。

 二人の猛攻におそれをなして逃げていく者も少なくなかったから、グレイ・ウォーデンに喧嘩を売るのがどれほど危険な事か、彼らも理解したのかもしれない。

「ああ、一時はどうなる事かと思ったが……いや、しかしまさかお前が、色仕掛けで看守を騙すとはなぁ」

 汗を拭いながらアリスターがふと思い出したように呟いたので、シャーリィンはうっ、と言葉に詰まった。

「いや、その……あの時は、あれが手っ取り早いかと思ってだな」

「まぁ効果覿面ではあったな、確かに。後ろで聞いてた俺でさえ、ちょっと……いや、何でもない、ンンッ」

「……この事は誰にも話すなよ、アリスター。もう二度と思い出したくない」

 ぎらぎらと欲望に目を光らせる男たちを思い出すと、ぞわぞわ寒気がしてくる。腕をさすりながら強い口調で言うシャーリィンに、そりゃいいけどな、とアリスターは目を向けた。

「お前は嘘が嫌いだから、あんな芝居出来るとはとても思えなかったんだけどな」

「私は嘘なんてついてないぞ」

 それについては胸を張って言える。シャーリィンはつんと澄ました顔で、

「ただ、話以外の事をしないかと言っただけで、後はあの男が都合良く深読みしただけだ。勝手に期待する方が悪い」

 そう断じると、アリスターはハハハ、と乾いた笑いを漏らした。

「シャーリィン、お前は悪女の素質があるよ、全く。あんなやり方、どこで覚えてきたんだ?」

「…………」

 それについては口が裂けても言えないと、シャーリィンは唇を一文字に結んだ。

(……まさか、ゼブランのあれをヒントにしたなんて、言える訳がない)

 あの場でとっさに色仕掛けをしようなんて大胆な事を思いついたのも、元はといえばゼブランがシャーリィンを襲ったあの記憶があればこそ、である。

(砦で私を殴った奴といい、どうやら男にとって、私は何かしらの価値があるらしいのは分かった)

 ならばそれを利用すれば、あの窮地を抜け出せるのではないかと思って、試してみたのだが……効果があったのはともかく、貞操の危機をひしひしと感じて、全くもって生きた心地がしなかった。それは戦いに際して感じるのとは全く別個の恐怖で、思い出すだけで全身鳥肌が立つ。

(今後は一切、あんな事はしないぞ。絶対しないからな)

 思わず拳を握りしめて決意していたその時、

「……シャーリィン? アリスター? あなた達なの?」

 不意に後ろから声をかけられた。ハッと身構えて振り返ったが、道の向こうからやってきたのはウィンだった。目を丸くしながら、嬉しそうに歩み寄ってくる。

「まぁ、自力で逃げ出してきたの? 驚いたわ……今からあなた達を助けに行こうとしていたのだけれど、必要無かったわね」

「ああウィン、おかげ様で何とか抜け出してきたよ……」

 それに答えるアリスター。しかしその語尾に被さるようにして、

「シャーリィン!!」

 思わず飛び上がるほどの大声が響いた。何事かと声の方を見やれば、ウィンの背後に、驚きで顔を強ばらせたゼブランが立っている。

(ぜ、ゼブラン)

 その姿を見た途端、体が緊張する。シャーリィンは息を飲んで、急いで無表情を作ろうとしたが、

「シャーリィン……!!」

 突然疾風が吹き付けたかと思うと、ゼブランが目の前に飛んできて、がばっと勢いよく彼女を抱きしめた。

「なっ」

 地面から少し足が浮くくらい、力一杯抱擁され、シャーリィンは表情を取り繕う事も忘れて硬直してしまう。

(な、な、何事だ!?)

 ゼブランは普段から多少のスキンシップを好む質ではあるが、人前で過度に接触したりはしない。

 せいぜい肩に手を回すくらいで、それも相手が嫌がるようなら控えるのに、今は人目も気にせず、シャーリィンを抱きしめて離そうとしない。

「ちょ……ぜ、ぜ、ゼブラン、お前、何をしてるんだっ」

 あまりにも予想外で頭がうまく回らない。その上、昨日襲われた記憶がまたまざまざと蘇ってきて、恐怖も感じる。シャーリィンは慌てて離れようともがいたが、しかしゼブランはがっしりと掴んだまま、

「ああ……君が無事で、良かった」

 肩に顔を埋めて小さく呻いた。

「ぜ、ゼブラン?」

 その声の調子があまりにもか弱かったので、シャーリィンは面食らって動きを止めた。すると密着したゼブランの体が、まるで凍えているかのように細かく震えている事に気がつく。

「あのドラコン砦に移送されたと聞いたから……もう、だめかと……」

 か細い声は、今にも泣き出しそうなほど弱々しく、芯からの安堵がこもっている。それを耳にして、シャーリィンは体の力が徐々に抜けていくのを感じた。

(よっぽど……心配していたのか……)

 いつも飄々と構えて、弱音などほとんど見せないゼブランが、今は母親にすがって泣く子供のように震えている。

 その怯えた様子が忍びなくて、シャーリィンはおそるおそるゼブランの背中に手を回し、ぽんぽん、と軽く叩いた。

「ゼブラン……あの、私は、大丈夫だから。心配をかけて……済まなかった」

「…………」

 腕の力がゆるみ、シャーリィンの足がとん、と地面につく。ゼブランは少し離れ、シャーリィンの顔をのぞき込んだ。その表情は、今までに見た事がないほど心細そうで、目が潤んでさえいる。

「……ゼブラン」

 その悲しげな瞳に引き込まれて、シャーリィンは身動きが出来なくなった。言葉を失ってただ見入っていると、

「シャーリィン……」

 ゼブランはなおも震える手で、シャーリィンの顔を包み込んだ。殴られて腫れてきた頬を、壊れ物を扱うような優しい手つきで撫でたかと思うと、

「……君に怪我をさせたのはどこのどいつだ? 切り刻んで殺してやる」

「えっ? え、ちょ、ちょっと待て、お前何言ってるんだ!?」

 一転、据わった目で宣言したので、シャーリィンは総毛立ってしまった。いつもの冗談ではなく本気だという事が、全身から立ち上る殺気の気配で十分伝わってきたからだ。慌ててゼブランのベルトを掴み、

「お、落ち着けゼブラン、こんなのはかすり傷で、どうって事ないから」

「かすり傷だろうと何だろうと、君を傷つける奴を僕は許さない。この代償は死をもって購うのがふさわしいだろう?」

「いや、あの、何なんだお前、言ってる事おかしいぞ!?」

 ここにとどめておかなければ、本気で砦に乗り込みそうな様子に、シャーリィンはあわくってしまう。焦って声を高ぶらせたが、

「あー……ごほんごほん」

 そこへわざとらしい咳払いが割って入った。腕組みをして見物していたアリスターが何やらニヤニヤしながら、

「お取り込み中悪いがね、お二人さん。ひとまず無事に帰り着いたんだ、イーモン伯爵のところへいかないか? 話の続きは邸宅の中でもじっくり出来るんだからな」

 そう提案してくる。ウィンもまた苦笑しながら頷いた。

「そうね、いつまでも道ばたで立ち話をしていたら、目立って仕方ないもの。行きましょう、シャーリィン、ゼブラン」

「う……あ、あぁ、そうだな」

「分かった」

 至極まっとうな指摘に、シャーリィンとゼブランは同時に頷き、気を取り直して四人は屋敷へと歩き出す。

(ま、待て待て待て、おかしいだろうこの状況!)

 しかし、ほとんど歩きにくいほどゼブランの近くに引き寄せられ、シャーリィンは再び混乱状態に陥っていた。

 そろっと視線を上向かせると、ゼブランは警戒の表情で周囲を見渡し、一時も油断無く短剣を握りしめている。

(ま、守ろうとしてくれてるのは分かるんだが……な、何でこんなにくっつかなきゃいけないんだ!?)

 肩にしっかりと回された手の力強さにくらくらして、シャーリィンはほとんど気が遠くなる思いだった。こ、これなら、ダークスポーンを相手に戦ってる方がまだましだ!!

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