辿るは女神の足跡(そくせき)   作:なんじょ

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 さて、ドラコン砦の脱獄から時間は少し巻き戻って、前夜の事――

 

* * *

 

「ああシャーリィン、それは恐ろしかったでしょうね、可哀想に……」

 真夜中も過ぎた時分、ベッドに並んで腰掛けたレリアナはシャーリィンを優しく慰めていた。いつも毅然と振る舞っている白のエルフはしかし今、声を殺して泣き続けている。

(私の見込みが甘かったわ。ゼブランったら、まさかシャーリィンを手込めにしようなんて!)

 気弱に揺れる肩を包み、レリアナは憤る。

 ゼブランがシャーリィンに思いを寄せているのは誰の目からも明らかで、いずれ二人の間で何か起こるだろうと考えてはいたが――まさか彼がこんな強硬手段に出るとは。

 シャーリィンの両腕に残る赤い手の跡を見て、レリアナは眉間のしわを深くした。

(いくらゼブランがシャーリィンを好きだとしても、こんな乱暴するなんて、許せない)

 めらめらと胸の内に怒りの炎が燃え上がる。

 レリアナとて、ミンストレルとして活動する中で、男たちの理不尽な暴力に晒される事は一度や二度ではなかった。女を物として扱う傲慢な男たちには特別嫌悪感が強い。

 それ故に、完全な男嫌いというわけでは無いにしろ、レリアナの心中には男性への軽微な不信感が根付いていた。

 マジョレーンへ愛情を抱いたのはそれも原因の一端だろうし、誰もが憧れるような美しいシャーリィンが今こうして男に傷つけられている事に、怒りを覚えずにはいられなかった。

「レリアナ……私はどうしたら……」

 エメラルドの瞳を涙に濡らし、シャーリィンが呻く。

 ひどく悲しげなその表情は胸が痛むほどに哀れを催したが、一方で白い肌が紅潮し、涙がはらはらとこぼれ落ちていく様は、儚げでなお麗しい。思わずときめきを覚えつつ、レリアナはシャーリィンをぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫よ、シャーリィン。ゼブランには今後絶対、こんな事させないから。あなたは私たちが守ってあげる」

「――ちょっと! 勝手に人を数に入れないでちょうだい!!」

 途端、鋭い抗議が飛んできた。何よ、とレリアナは口を尖らせて、椅子に腰掛けたモリガンへ顔を向けた。

「モリガンはシャーリィンが可哀想だと思わないの? こんなに怯えているのに」

「知らないわよそんな事。何で私の部屋に押し掛けて、そんな下らない話で眠りを妨げるのか、納得のいく理由を教えてくれるかしら」

 化粧を落とし、寝間着に着替えていたモリガンは、苛々した様子で腕を組む。

「モリガンだってゼブランはひどいと思うでしょう? 私たちがシャーリィンの味方になってあげなきゃ」

「何言ってるのよ、頭おかしいんじゃないの。

 大体話を聞いてたら、シャーリィンだって馬鹿じゃない。夜中に男と二人きりになって何もないと思わないわよ、とりわけあのゼブランが相手ならね」

「……だって、ゼブランが戻ってきたのは、遅くになってからだったし……早く話しておきたくて……」

 気が弱くなっているのか、シャーリィンの口調がどこか子供っぽい。ぐずぐず言うのにハッと笑い飛ばして、モリガンは尊大に足を組んだ。

「話があるなら明日でもよかったじゃない。わざわざ自分から引っ張り込んだくせに、いざ牙をむかれたら、しくしく泣いて被害者ぶるなんて、そっちの方が嫌らしいわよ」

「モリガン!」

「何よレリアナ。あなただって同罪でしょ? わざわざ二人を置き去りにしたんだから」

「そ、それは……」

 そこをつかれると痛い。あの時はそうした方が良いと思ったのだ――いつまでも煮え切らない二人の関係を、ちょっと後押ししたい気持ちだったので。

 口ごもってから、レリアナはじゃあ、とモリガンに尋ねる。

「それなら今回の件はシャーリィンが全部悪いっていいたいの? モリガン」

「全部とは言わないわよ。ゼブランのした事だってほめられたものじゃないし。要するにお互い様と言ってるの」

「……私も、悪かったのか」

 ぐす、と鼻を鳴らしてシャーリィンが涙を拭う。その表情には未だ、怯えの色が見え隠れしている。

「でも、まさかあんな事になるなんて、思いもしなかったから」

「警戒心がなさ過ぎなのよ、シャーリィンは。ちょっと考えれば分かるじゃない」

「そんな事言ったって……最近のゼブランはむしろ、私を避けてたんだぞ? 目も合わせないくらいだったのに、あんな……」

 そこでシャーリィンの頬にぱっと血の気が上った。そこで手の甲で唇をごしごし擦るのは、ゼブランの熱烈な口づけを思い出してしまったのだろうか。

「あ、あんな真似されると予測出来る訳がないだろう」

「うーん……確かにこのところ、ゼブランの様子はおかしかったけど」

 レリアナは小首を傾げた。シャーリィンの言うように、ゼブランは敢えて距離をとり、彼女にだけよそよそしく接していた気がする。しかし、

「あれはむしろ、シャーリィンを意識しすぎてるせいじゃないかと、私は感じたわ」

「え?」

「あなたが気になって仕方ないから、今までみたいに気軽に接することが出来なくなったんじゃないかしら。もしかしたら彼、本気になると不器用なタイプなのかも。それで我慢に我慢を重ねてたところに……」

「無防備な子羊よろしく、あなたが身を差し出してきたから、これ幸いと狼になったってわけね」

「…………」

 興味がないという風にあくびをしながら言うモリガン。シャーリィンは顎に手を当て、今言われたことをぶつぶつと繰り返し、数秒経ってようやく、

「……それって、つまり、ゼブランは私を嫌ってるんじゃなくて……あの、もしかして、その逆って事か……?」

 まさか、と言いたげに目を丸くしたので、レリアナも呆れてしまった。

「シャーリィン、ここまで一体何の話をしてたと思ってるの?

 ゼブランは元黒カラスだもの、仕事でなら関心のない相手と一晩過ごす事にも抵抗はないでしょうけど、今は『ただのゼブラン』だわ。まるで興味がなかったら、今回みたいな事はしないと思うわよ」

「だっ……」

 シャーリィンはいきなり立ち上がり、部屋の中をぐるぐる回り始めた。だってそんなまさか、と何やら鬼気迫る様子でうめき、

「あ、あいつはいつも私をからかうばかりで、そんな、私に関心があるようなそぶりは……」

「散々あったじゃないの。あなたの事を穴があきそうなくらい見つめるわ、四六時中そばにいて、耳が腐り落ちそうなくらい甘ったるい口説き文句を並び立てるわ、鬱陶しいくらいだったわよ」

 モリガンの指摘に、シャーリィンはぴたっと足を止めた。まさかそんな、と同じフレーズを呟きながら、顔に両手を当てて再びベッドに腰掛ける。

 と同時に、その顔がさらにかぁぁぁっと赤く染まった。

 潤んだ瞳に紅潮した頬、涙の滴が乗ったまつげをぱちぱちと瞬かせながら恥入る様は、見ている側の心臓が跳ねるほどに可愛らしい。レリアナはまたもドキドキしながら尋ねる。

「もしかしてあなた、本当に、これっぽっちも考えてなかったの? ゼブランがあなたを好きかもしれないって」

「すっ……! な、だ、だってそんな、か、考える訳がないだろう!」

 いつもの落ち着いた態度はどこへいったのか、シャーリィンは火照る頬を手で覆ったまま、髪をしゃらしゃら鳴らして勢いよく首を振った。混乱の表情を見ると、どうやら掛け値なしの本気で言っているらしい。

(に、鈍いところがあるとは思ってたけど、まさか本当に気づいてなかったなんて……)

 思わず絶句するレリアナ。対してモリガンが眉根を寄せ、ケッといわんばかりに口を曲げた。

「やめてよねシャーリィン、純情ぶるのは。あれだけアプローチされて、気づかないなんてあり得ないでしょう」

「あ、あり得ないと言われても……だってゼブランからす、……とか、言われてもいないし……」

「何よ、跪いてあなたが好きです、つき合ってくださいとか言ってもらわなきゃいけないって訳?」

「そ、そこまでしろとは言わないが、はっきり言葉にしてもらわなければ、何を思ってるかなんて分からないだろう。こんな経験ないから、私には察するなんて無理だ」

 …………。

 シャーリィンの言葉で、部屋に沈黙が落ちた。

 恥ずかしがって俯いたシャーリィンは、しかし相手が完全に無反応なのを訝ってか、上目遣いに見渡す。そして二人とも硬直している様子を見て怯んだ。

「な、何だその顔は。私はおかしい事を言ったか?」

「え……」

「あー……えぇと、そうね……」

 何か今、聞き捨てならない事を口にした気がする、この見目麗しい純白のエルフは。

 レリアナはモリガンと顔を見合わせ、それからおそるおそる問いを口にする。

「……ちょっと確認したいのだけれど、シャーリィン」

「何だ?」

「その、もしかして……恋人がいた事、一度も無いの?」

「……………」

 シャーリィンはむう、と口を横に引き結び、赤面したまま無言で頷いた。瞬間、嘘でしょ!? とモリガンが叫んで勢いよく立ち上がる。

「シャーリィン、あなた今まで、誰にも言い寄られたりした事ないの!? そんな訳ないでしょう!」

 男女問わず人々の心を魅了するような、奇跡のように美しいこの容姿なら、引く手あまたの選びたい放題だろうに。

 ずいずいと詰め寄ってくるモリガンに押されてのけぞりながら、シャーリィンは無い無い! と再度首を横に振る。

「そ、そんな事言われても、今まで私に告白してきた者なんて、誰一人いないぞ。私もそこまで誰かに関心を持った事はないし」

「嘘。それならあれはどうなのよ」

「あれ?」

 びしり、と鼻先に指を突きつけ、モリガンはシャーリィンの顔をのぞき込んでにらむ。

「あれよ――あなたが行方を探してたっていうエルフ。タムレン、とかいう男がいたじゃない」

 するとシャーリィンがぱちくりと目を瞬いた。

「タムレン? どうしてここでタムレンが出てくるんだ」

「どうしてって……」

 故人について触れていいのか迷いつつ、レリアナも身を乗り出す。

「だってあなた、彼のこと愛してるって言ってたじゃない。タムレンもそういっていたし、両思いだったのではないの?」

「両思いって……それは当たり前だろう」

 何を言ってるのか、とシャーリィンは軽く手を振った。

「タムレンは私の兄だ。家族を愛するのは、当然の事じゃないか」

「あ……」

「……兄、ですって?」

 

 

「……ちょっと待って、一度整理しましょう」

 しばし場が混乱して収拾がつかなくなった後。レリアナがびしっと手を立てて、議論を打ち止めにした。

 それを潮にモリガンが、バカバカしい! と呻いて乱暴に寝台へ身を投げ出す。もう何も聞くものか、と言いたげに枕に顔を埋めるのを横目に、レリアナは問いを口にする。

「それで、シャーリィン。改めて聞きたいのだけれど、タムレンはあなたのお兄さんなの?」

 未だにどうしてこんな事を確認されるのか分からないという顔で、シャーリィンは頷く。

「……とはいえ、実際血のつながりがあるわけじゃない」

「どういうこと?」

「私はデイルズの部族で生まれたが、幼い頃に両親と死に別れた。元々デイルズの部族はそれ自体が一つの家族のようなものだから、皆で私を育ててくれたので、不自由は無い。そして部族の中では、タムレンが一番私と年が近かったから、自然と一緒にいる事が多くなって……」

「兄妹みたいに近しい相手になったって訳ね」

「あぁ、そうだ」

 思い出をたぐり寄せるようにシャーリィンは遠い目をした。自然と笑みを浮かべるところを見ると、タムレンとはよほど仲良く過ごしていたのだろうか。

「親を失った時、私は自暴自棄になっていて、誰も寄せ付けようとしなかった。皆が慰めるのも諦めて私を一人にしておこうと決めても、タムレンはしつこいくらいつきまとって、ずっと心配してそばにいてくれたんだ。

 その時はどうして放っておいてくれないのかと思っていたけれど、本当はタムレンの存在に、ずいぶん心を慰められた。

 ――だから私はタムレンにとても感謝しているし、愛してもいる。タムレンがいなかったら、今の私もいないからな」

「……ふぅん。なるほどね。よく分かったわ」

 レリアナはふう、とため息を漏らす。

 ゼブランとシャーリィンを見守る中で、レリアナはタムレンの存在がずっと引っかかっていた。彼女が亡き人を思い続けるのであれば、悲恋に終わってしまうだろうと危惧していたのだが……全くの杞憂らしい。

 それなら、とレリアナは再度身を乗り出して、

「シャーリィン、一度確認してみたかったんだけれど……あなた、ゼブランの事をどう思ってるの?」

 正面切って尋ねてみた。するとシャーリィンはすっと柳眉を潜め、

「どう、と言われても……よく分からない」

 困惑した様子で首を傾げた。自身の心の内を探るように長いまつげを伏せ、考え考え語る。

「最初は軽薄で、いい加減な奴だと思っていたから、いつも苛々させられた。私をやたら誉めるのも、お喋りなところも鬱陶しいなと」

「私は今でもそう思ってるわよ」

 すでに話の輪から外れたはずのモリガンが、足を上げてふらふらさせながら主張する。だがそれに続いたシャーリィンの声には、暖かな親しみがこもる。

「……でも、ガントレットで私がハイドラゴンに挑もうとした時、いち早く助けに来てくれて……その後も、とても真剣に私を諫めてくれた」

 レリアナ、そして身を起こしたモリガンがその表情を窺うと、シャーリィンは膝の上で指を組み、思い出に耽っていた。その唇に、柔らかい笑みが浮かぶ。

「その時いろいろ話もしてみて、分かったんだ。ゼブランはいつも自分を悪党のように貶めるが、実はとても繊細で、優しい人だ。それに気づいた時、私は――そう、守ってあげたいと思った」

「……うえーっ」

「ちょっとモリガン! 静かにして!」

 それはこっちのせりふよ、とモリガンは起き上がり、シャーリィンの方へ向き直った。立て膝に頬杖をついて、

「よりにもよって守ってあげたいだなんて、頭が悪いにもほどがあるわよ、シャーリィン。そんなだからつけ込まれるんじゃない」

 小馬鹿にして言い放つと、シャーリィンはむっとして唇を尖らせた。

「モリガンはあのゼブランを見てないからそう思うんだ。

 内容は言えないが、ガントレットで彼はとても個人的な話を打ち明けてくれて、涙さえ見せた。あの時のゼブランは本当に、とても弱々しくて、悲しそうで……私に出来る事があるなら、力になってやりたいと、心から思ったんだ」

 しかし、そこでシャーリィンはぎゅ、と胸元の服を握りしめ、

「……けれどその後からゼブランが私を避けるようになってしまったから、どうしていいのか、分からなくなってしまった」

 しょぼん、と絵に描いたような様子で、肩を落とす。悩ましげにため息をつき、

「目が合うとあからさまにそっぽを向かれるし、話をしていてもよそよそしいし、どうして急に冷たくなってしまったのか、全然分からなかった。もしかして私は気づかない内に、彼を怒らせるような事をしてしまったのかと考えたのだが」

「それはさっき言ったでしょう? ゼブランはあなたを嫌いになったわけじゃなくて、むしろ好きだからこそ、そうなってしまったんじゃないかって」

「そ……そう、なんだろうか……」

 顔をあげたシャーリィンはまたも頬を紅潮させた。

 自信のなさそうに眉を八の字にする様に、レリアナはあぁもう、と吹き出しそうになった。

 何だ、あれこれとこじれてどうしようもないと思っていたのに、答えは簡単ではないか。「ねぇシャーリィン」悩ましい表情の彼女をのぞき込み、悪戯っぽく笑う。

「自分でもまだ気づいてないみたいだから、教えてあげる。――あなた、ゼブランに恋してるでしょう?」

「…………え」

 今度も反応が鈍い。シャーリィンは黙り込み、石像のように硬直した。モリガンがまた呻き、

「あり得ない。趣味悪すぎ。まだアリスターの方がマシだわ……まっさらな分だけ」

 などと毒づくのにも反応せず、しばらく待っても全然動かないので、

「……シャーリィン、大丈夫?」

 レリアナが目の前で手を振ると、シャーリィンはびくっと大きく震えた。そして、

「え……えっ、え? え、あ、そ、そう……えっ、そうなのか!?」

 滅多に聞けないほどの大声で叫んで、恐慌状態に陥ってしまった。狼狽して、ぶんぶん頭を横に振るシャーリィンの肩に手を置き、レリアナはだってそうでしょう? と笑い出してしまう。

「ゼブランに助けてもらったり、打ち明け話をしてくれた事が嬉しかったんでしょう?

 彼が気になってついつい目で追ってしまって、でも無視されて、素っ気なくされて悲しかったんでしょう? おまけに、お父様の形見の小手まであげようとしたなんて、仲間に対しての感謝にしては、ちょっと度が過ぎてるって自分でも思わなかった?」

「なっ、そ、それ、は……えっと……」

 指摘されるたびにいちいち腑に落ちるのか、シャーリィンはあうあう、と魚のように口を開き閉じした後、ぷしゅうと頭から煙が出そうな勢いで真っ赤になった。

 慌てて顔を隠そうとするが、しかし顔どころか、尖った耳の先端、首筋、果てはむきだしの腕まで朱色に染まり、ごまかす事などとうてい不可能になってしまった。

「おやおや、体の反応は正直ね。肌が白いと、まぁ赤いのが丸わかりだこと」

 呆れながらも苦笑してモリガンが、シャーリィンの赤い腕をつつく。や、やめろっと腕をかばうシャーリィンにけらけら笑った後、モリガンは真顔に戻って、

「あんな男に惚れるなんて、本当に趣味悪いと思うわよ、シャーリィン」

 吐き捨てて、再度横になってしまう。こちらに背中を向けたモリガンに、

「もう、そんなひねくれた言い方しなくてもいいじゃない。だってシャーリィンの初恋なのよ? こんなに素敵な事って無いわ」

 うきうきと弾んだ声音でレリアナが呼びかけたが、相手は不機嫌に鼻を鳴らした。

「その初々しい初恋の相手に乱暴されそうになったってのに、どこが素敵だっていうのよ。当初の問題をもう忘れてるなんて、色ぼけしてるんじゃないの、レリアナ」

 その指摘で、すっと空気が冷める。おろおろしていたシャーリィンは息を飲んで俯き、レリアナもそういえば、と落ち着きを取り戻した。

「……そうだったわね……うーん……」

 様々な話題で盛り上がりすぎて、そもそもの事件についてうっかり失念してしまった。あんなに怒ってたのに私ったら、と反省するレリアナ。せめて事後対策を考えようと頭をひねったが、すぐには良案が出ない。

「あ、明日からどんな顔でゼブランに会えばいいんだ……私はとても、普通に話せる自信がないぞ」

 シャーリィンが本当に自信がなさそうに呟く。元々嘘をつくのが苦手な彼女の事だ、今ゼブランと顔を合わせたら、ぼんっと赤くなって支離滅裂な事を喋る羽目になりそうだ。

「なら、無視すれば?」

 するとモリガンが面倒そうに口を挟んできた。背中を向けたまま手をひらひら振り、

「ゼブランが何をしようと、何を言ってこようと無視。その場に居ないのと同じくらい完全に無視して、思い知らせてやればいいのよ。力づくでどうこうしようなんて、身の程知らずだってね」

「無視か……ううん……」

 シャーリィンは首をひねりつつ、その提案をとりあえず採用する事にしたらしい。

「下手に取り繕うよりは、その方がいいかもしれない。どうせ諸侯会議の件で忙しくて、二人きりになる場面もそう無いと思うし……」

「まぁ、あなたがそれでいいなら、止めはしないけど」

 レリアナは手放しには賛成できない。こういう事は早めに話し合って、誤解を解いた方がいいと思うからだ。

 しかしシャーリィン自身が気持ちを整理できず、ゼブランに対して少なからず恐怖心を持っている事を考えると、冷却期間は必要ではないかと思う。

「でもね、シャーリィン」

 レリアナはシャーリィンの手をそっと取り、優しく握った。

 未だ戸惑いを見せる、綺麗に整った女神のように美しい、しかし今はただの少女のように恥じらう可愛らしい彼女に、にっこり笑いかける。

「もしゼブランがあなたに謝罪を申し出てきたら、無視しないできちんと話を聞いてね。彼にもチャンスをあげるべきだと思うから」

「チャンス……」

「えぇ。あなただって、ゼブランとぎくしゃくした関係のままではいたくないでしょう?

 こんな危険な旅の中で誰かを好きになれるって、私はとても素晴らしい事だと思うの。

 それが初恋なら、なおさら――あなたが初めて人を好きになったのなら、その気持ちをきちんと伝えて、幸せになって欲しいわ。もしかしたらお互い、明日には命を失うかもしれないものね」

「……」

 その言葉にシャーリィンの目が潤み、そっと手を握りかえされる。彼女は小さく頷いて、

「あぁ、そうする。きっと、そうするよ。……話を聞いてくれてありがとう、レリアナ、モリガン。私はいい友達を持った」

 それは嬉しそうに、花がほころぶような愛くるしい笑顔を見せた。それがあまりにも可愛らしいものだから、レリアナは胸がとくとくと高鳴って幸せな気持ちになったし、

「やめてよね、私はもう寝たいんだから、さっさと出てってちょうだい!」

 肩越しに怒鳴るモリガンもまた、その顔を真っ赤に染めてしまったのだった。

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