辿るは女神の足跡(そくせき)   作:なんじょ

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 新王誕生を喜ぶ間も無く、イーモン伯爵とシャーリィン達はレッドクリフへ急行する。

 しかし、オスタガーを拠点に軍を進めたダークスポーンは彼らより先にかの地にたどり着き、本隊と激しくぶつかり合った。

 そのかつてないほどの猛攻に多数の犠牲者を出したが、レッドクリフ軍は伯爵の帰還まで何とか持ちこたえ、共に駆けつけたグレイ・ウォーデンの助力も得て、辛くも闇の軍勢を退けた。

 村は壊滅的な被害を受けたが、ひととき平穏に安堵した人々は、レッドクリフ城へと集められた。

 傷つき涙する村人達と完全武装した兵士が行き交う城内、その一角に部屋をあてがわれたシャーリィン達は、伯爵と今後の方策を語らった。

 デネリムにアーチデーモン率いる本隊が向かっている。

 その情報を、先行してレッドクリフに到着していたもう一人のグレイ・ウォーデン、リオーダンからもたらされた為、夜を徹して進軍の準備を行う事となり、その間、旅の一行は休息の時を得た。

 

 しかし、グレイ・ウォーデンたる二人の戦士には、心休まる時は与えられない。

 リオーダンが彼らだけを呼び出し、いかにしてアーチデーモンを倒すのか、その方法を語って聞かせたのだ――すなわち、とどめを刺したウォーデンがアーチデーモンの魂を身のうちに封じ込め、共に命尽き果てる事で果たされると。

 三人のうち誰かが必ず死ぬ。

 その事実を突きつけられ、シャーリィンはアリスターと共に驚き、絶句した。しかしすぐさま、心中で決意する。

(それなら、アリスターにだけはその役目をさせてはならない。アリスターはこれからのフェレルデンに必要な人間だ。彼は必ず、生きて返さなければ)

 リオーダンが失敗した場合は自分がとどめを刺す。その結果命を落とす事になっても構わないと、シャーリィンは思った。

 もちろん自分にしても、この世に未練がない訳ではない。むしろその時を迎えた場合を考えると、心が引き裂かれそうなほどの悲しみに襲われたが、

(だが、グレイ・ウォーデンとして、私は務めを果たさなければならない)

 その悲痛な決意は揺らぐことなく、彼女の心に根付く。

(後少しだ。もう少しで、ブライトは終わりを告げる)

 ならばこの命を賭してでも、その使命を全うしよう。そう心に決め、シャーリィンはリオーダンの前から辞し、アリスターと別れて、伯爵にあてがわれた部屋へと足を向けた。

 ――そしてそこでもまた、驚愕の提案を聞かされる事になる。

 

* * *

 

「……待て、待てモリガン。お前の言ってる事がよく分からない……ちょっと考えさせてくれ」

 シャーリィンはすっかり混乱し、頭を抱えていた。

 彼女を待ちかまえていたモリガンの口から飛び出した提案は理解を超えていて、ただでさえアーチデーモンの件でも動揺している身としては、整理しきれない。

「いいわよ、熟考してちょうだい、シャーリィン。ただしそれほど時間があるわけでもないし、迷う必要も無いと思うけれど」

 対して寝台に腰掛けたモリガンは、悠々と構えている。

 落ち着き払ったその振る舞いは、自分の申し出が受け入れられると、信じて疑っていないかのようだ。

 シャーリィンはどうにも理解できず、額に手を当てて呻く。

「つまり、モリガン、お前は……アーチデーモンを倒す際、グレイ・ウォーデンも必ず死ぬと知っている。その上で、それを回避出来る手段があると言ってるんだな?」

「ええ、そうよ。誰も傷つかない、完璧な方法がね」

「それが、お前がアリスターと、……その、一夜を共にして子供を宿す事だと?」

 どうにも前後の文脈を結びつけられず、シャーリィンは口ごもりながら確認した。モリガンはえぇ、とあっさり頷く。

「これは古い魔法なのよ、シャーリィン。サークル・オブ・メジャイの誕生よりも更に昔、人によってはブラッド・マジックと呼ぶかもしれない、古い呪(まじな)い」

 リオーダン曰く、アーチデーモンを倒した時、その魂は手近なダークスポーンの中に飛び込み、新たなアーチデーモンとして生き延びてしまう。だからこそ竜は不死身なのだと。

 だが、その器がグレイ・ウォーデンであれば、話は別だ。

 生きた魂の中に同じ穢れた血を持つ彼らだけは、アーチデーモンを取り込み、そのまま滅する事が出来るのだ――自らの命と引き替えに。だからこそ、これまでのブライトでは必ず最後にグレイ・ウォーデンが落命した訳だが……

「穢れの血を宿した胎児は、信号灯のようにアーチデーモンのエッセンスを呼び寄せるの。

 これほど小さいな器だと、例えアーチデーモンを取り込んでも死なない。その子は古代神の魂を宿した、ダークスポーンとも人間とも全く違う生き物になるのよ」

 モリガンは淡々と説明を続ける。その言葉一つ一つを少しずつ飲み込みながら、シャーリィンは眉間のしわを更に深く刻んだ。

「そうなると……産まれたその子は一体どうなるんだ? とても普通には生きられないように思えるが」

「私の子として好きに育てるわ。詳しくは説明しないわよ。私には私の考えがあるし、あなたに分かってもらおうとは思わない」

「モリガン」

 突き放す物言いが引っかかり、シャーリィンはモリガンを凝視した。その視線を避けて、目を伏せた魔女の娘は静かに告げる。

「……これが無事に済めば、私はここから去るわ。決して後を追わないで」

「っ……」

 では、もしこの提案を受け入れれば、これが最後の別れになるのか。シャーリィンは息を飲み、拳を握りしめた。沈黙を挟んだ後、私は、と掠れた声で呟く。

「……私は、誰も犠牲を出したくはない」

「ええ、そうでしょうね。だから私もあなたに話す気になったのよ。これなら誰も死ぬ事はないんだから、良い案でしょう?」

「……本当に? 本当に誰も死なないのか?」

 爪が手のひらに食い込む。鋭い口調での問いに眉を上げるモリガンを、シャーリィンは真っ直ぐ見据えた。

「私はお前も犠牲にしたくない、モリガン」

「……何ですって?」

「確かにその方法なら私たちグレイ・ウォーデンは生き延びるかもしれない。だがモリガン、お前はどうなるんだ?

 アーチデーモン、古代神、どちらでもいいが、そんなものを宿した子供を産むとなったら、お前自身にも危険があるんじゃないのか」

 シャーリィン自身は経験がないので分からないが、出産は命がけのものだという事は理解している。

 普通の子供を産むだけでも大変なのに、その赤子が未知数の力を宿しているとなれば、母胎が耐えられない可能性だって十分にあり得るのではないか。

「……」

 モリガンはシャーリィンの眼差しを受け止め、すっと目を細めた。そして足を組み直して、そうね、と頷く。

「この手段が完璧に安全とは言わないわ。確かに私が死ぬ事もあるかもしれない。

 とはいってもね、アーチデーモンを相手にして、誰も危険を冒さずに勝利するなんて、そんな虫のいい話、あると思うの?」

「それは……」

 そんなものがあったら苦労はしない。ぐっと言葉に詰まるシャーリィンに、モリガンは更に続ける。

「シャーリィン。こんな事、わざわざ言いたくなかったんだけどね。……私も、あなたを犠牲にしたくないのよ」

「えっ」

 思いもかけない言葉にシャーリィンは目を丸くする。モリガンは真摯な表情で、

「もしリオーダンが首尾良くアーチデーモンを倒せたなら、あなたもアリスターも無事に帰ってくるでしょう。

 だけど、もし彼がしくじったなら、あなたは絶対に自分でとどめを刺すと決めているのではなくて?」

 ぴたりとこちらの考えを当ててきたので、思わずうっ、と息を飲んでしまった。モリガンは肩をすくめた。

「やっぱりね。あなたならきっとそう考えると思ったわ。自分で推した王を……アリスターを、みすみす死なせるつもりはないのよね?」

「……アリスターはこれから必要とされる人物だ。彼はブライトの後、皆を導く義務がある。彼だけは、絶対に生還させなければならないんだ」

「そして私はあなたを死なせたくない。――仲間が犠牲になってほしくないと考えてるのはあなただけじゃないのよ、シャーリィン。おそらくアリスターだって、似たような事を決意してると思うわ」

 不意に、モリガンはシャーリィンの手を取った。右手を自身の両手で包み込み、その温もりを確かめるように撫でて、うっすら微笑む。

「それにあなたはこのまま、ゼブランを置いていけるの? もし彼が今あなたを失ったら、一体どんな風になるかしらね――後を追うか、あるいは悲しみと絶望で気が狂ってしまうかもしれないわ」

「っ!」

 ずきり、と胸をナイフで刺されたような痛みが走り、シャーリィンは顔を歪めた。

 リオーダンから話を聞いて以降、敢えて考えないようにしていたのに、ゼブランの名前を聞いただけで、涙が出そうになる。シャーリィンは慌てて目を拭い、恨みがましくモリガンを睨んだ。

「そ、それを言うのは卑怯だ、モリガン」

「でも無視出来ないわよね? あなただって進んで死にたいわけじゃないんだから。それなら多少の危険があっても、皆が助かる道を選ぶべきだと思うわよ」

 きゅっと手を握って離し、モリガンは腕組みをした。

 さぁどうする、と結論を促す視線に気圧され、シャーリィンは唇を噛む。ぎゅっと目を閉じて今の話を再度反芻した後、

「……モリガン……本当に、大丈夫なのか」

 瞼をあげたシャーリィンは、おそるおそる確認した。対してモリガンは肩をすくめ、

「全く勝算がなければ、こんな事しないわ。私はお人好しのあなた達みたいに、粛々と使命に殉じるつもりはないわよ」

 いつもの蓮っ葉な調子で請け合う。

 それはきっと真実なのだろう、モリガンはいつも実際的で、自己犠牲に浸るようなロマンチストではないのだから。

「……分かった」

 ここまで腹を括っているのなら、いくら止めたところで無駄だ。シャーリィンはそれでようやく頷いた。だがこれが永久の別れなのだと思うとたまらなくなって、

「ちょ、ちょっとシャーリィンっ?」

 モリガンが戸惑うのも構わず、衝動的に彼女を抱擁した。寝台に腰掛けたその頭を腕の中に抱え込み、

「どうか……無茶な真似はしないでくれ、モリガン。お願いだ」

 声を震わせ、どうか無事でいてくれと嘆願する。モリガンは落ち着かなげにもぞもぞ動いてから、そろそろとシャーリィンの背に手を回して、

「……それはあなたもね、シャーリィン」

 戸惑いながらも優しい口調で答える。そしてそっと彼女を押し戻して身を離すと、ニヤッと笑って言った。

「さぁ、もう一仕事よ、シャーリィン。アリスターが私の部屋に来るように、説得してきてちょうだい。相手が私だろうと、あなたに言われたのなら従うでしょうからね」

「うっ……」

 その頼みごとに思わず怯む。目的がどうあれ、手段が手段なだけに、アリスターに面と向かって頼むのはかなり抵抗がある。しかも、

「儀式や子供の事は伏せてちょうだい。アリスターは知らない方がいい事もあるから」

 なんて注文をつけられたので、シャーリィンは思わず額に拳を当てて、

「……そんなの、説得できる自信ないぞ」

 気弱に呻いてしまった。これはまた、頭の痛い仕事だ……。

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