ショタvs全盲おねーさん    作:熊猫パンダ

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ショタvs全盲おねーさん 下

「……へくしゅんっ!」

 

寒い……もう夏なのに、どうして?

まだ重い瞼を無理矢理開き辺りを見渡すと、知らないベッド、髪が濡れている、それに──服がない!

寝る前の記憶が妙にあやふやだ。

僕はたしか、麗華さんにお茶会に誘われて……?

 

「……お目覚めになりましたか。運が良いですね」

 

「ひゃあっ!……良かった!僕の服を知りませんか?」

 

「勝手ながらあなたごと洗濯させていただきました。汚かったので」

 

メイドさんはそっけない言い方。

やっぱりあんまり快く思ってもらえてないみたい。

でもお仕事は丁寧で、僕が来ていたシャツにはアイロンまでかけられていた、まるで新品みたいだ。

ありがとうございます、とお辞儀して受け取る。

 

「今何時ですか?もう麗華さんには申し訳ないですけど帰らないと……」

 

この部屋には窓も時計もないから時間が分からない。

けれど体が凄くスッキリしてるから、沢山寝たんだと思う。

メイドさんも麗華さんも寝てる僕を見つけて困ったに違いない、謝らないと。

 

「眠ってしまってごめんなさいっ!麗華さんにも伝えにいかないと……」

 

「今お嬢様と会うのはおすすめしません。食べられてしまいますからね」

 

もう遅いかもしれませんが、と語るメイドさんの目は憂いの色を帯びていた。

 

「食べる?僕を?麗華さんが?」

 

「はい。だから逃げた方がよろしいかと」

 

僕はふと、今日返されたテスト『注文の多い料理店』を思い出した。

服を脱いだり、体を洗ったり、食べられるための準備をする話。

言われてみると今の状況に少し似てる……?

でも麗華さんは優しかったし、巨大な猫でもないし、そんなの信じられない!

 

「僕、麗華さんに確認してみますっ!」

 

「……では、一つだけ覚えておいてください。『背中を手で触られたら負け』です」

 

それがお嬢様が好きな鬼ごっこのルールですから。

よく分からないけど、ちょっぴり不安だし覚えておこうと思う。

……部屋を出たは良いけど、どこに行けばいいんだろう?

 

 

 

遠くから鈴の音が聞こえる。

ここが何階かも分からないし、辺りは真っ暗。

……怖いけど、音の鳴る方に行くしかない。

そう思って一歩踏み出したときに、何かに気づいて走っているように、急に鈴の音が近くなった。

じゃあたぶん、鈴を持っているのは麗華さんだ!

曲がり角で、今度はぶつからないように注意して声をかける。

 

「麗華さん!」

 

「……あら、志葵くん。どうしたの?」

 

昼とは少し雰囲気が違うけど、間違いなく麗華さんだ。

 

「家に、帰りたいんですけど……お茶会の約束破っちゃったことを謝りたくて……」

 

「うーん、ルールって聞いたかしら?」

 

メイドさんが言ってた『背中を手で触られたら負け』というものだろうか。

……取り敢えず頷く。

 

「自ら食べられに来るなんて偉い子ねぇ」

 

食べる!?

──じゃあやっぱり、この家は注文の多い料理店!?

 

「麗華さんって本当は大きな猫……なんですか?」

 

「?ネコにもなれるわよ。普段はバリタチだけどね」

 

こんな大きいのを使うのよ、と指を広げる麗華さん。

 

「ぅ、うわああああああ!」

 

メイドさんが言ってたことは本当だったんだ!

僕は食材で、きっと捕まったら太刀(タチ)でサイコロステーキみたいにバラバラにされちゃうんだ!

逃げないと!

 

「……誘い受けとはいい趣味じゃない!!待ちなさい痴ショタ!」

 

ガラガラと後ろから近づく鈴の音。

すぐ後ろを並走されているのが分かるのだ。

頑張って階段を登ってるのに、目が見えないはずの麗華さんは躓かずに着いてくる。

廊下はどこまでも長く、代わり映えがない。

同じところを走っているような気がして、そのことも志葵の体力を削っていた。わ

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

「ほら、頑張れ♥頑張れ♥エコロケーションで位置もバレバレなのよっ」

 

狭い場所だと鳴らしてる鈴の音で位置が分かる、みたいな丁寧な解説まで添えてくる。

そんな余裕を見せながら息切れ一つしていないという事実に、心が折れそうになる。

でも、死にたくないんだっ!

 

履いていた靴を二足とも後ろに向かって蹴り出す。

靴下になったことで足音が小さくなるのに加えて、当たれば一瞬動きが止まること読みの一手。

一度きりしか使えないから不安だったものの、見事に命中。

勢いよく飛んだ靴は、麗華さんの持つ鈴を弾き落とした。

 

「きゃあっ!……中々やるじゃないっ!興奮が──」

 

女の子らしい悲鳴に少しの罪悪感を覚えたが、すぐさま鈴を拾おうと立ち上がったのを見て、声の続きが聞こえる前に、再び階段を駆け上がった。

 

 

 

「……ひぅ……ふぅ……、どうだ……っ!」

 

振り向いた後ろに、追ってくる人の姿はない──鈴の音も聞こえない。

既に全力以上の力を使っているが、同時に頭も回り始めてきた。

麗華さんが目が見えないというのはおそらく本当、音の反響で周りを見てるのも本当だ。

鈴を落としたとき僕を見失うどころか、壁にぶつかりそうになっていた。

だから少しでも反響しにくいように、部屋のドアは全部開けておく。 

気休め程度にはなるかも。

 

他にも予測できることはある。

今まで通ってきた廊下も部屋も窓が付いていなかった。

だからたぶん、ここは地下だ。

玄関ホールから上り階段を使ってバルコニーへと向かうとき、横に下り階段もついていたはず。

上の階にさえ行けば最悪窓から飛び降りての脱出もできる。

……痛そうだし、すごく怖いけど。

 

 

「……よし、いくぞ」

 

「どこにかしら?」

 

「なんでっ!?」

 

鈴の音は聞こえなかったからエコロケーションは使ってない!

足音もほとんど立てなかったはずなのに!

 

「そんな汗のいいニオイ漂わせてたらすぐに分かるわよ」

 

「くそぉ……」

 

嗅覚もそんなに良いのか……っ。

メイドさんが洗ってくれた服も、恐怖と走り続けたことで既に汗が染みてきている。

これじゃあ逃げても、必ず位置がバレてしまう。

 

「そろそろ決心がついたかしら。お姉さんに任せてっ」

 

ちょっと激しくヤっちゃうかもしれないけど、と食べる気満々の発言。

麗華さんの手が伸びる。

……もう無理かもしれない。

運動が苦手な僕にしては凄く沢山走った。

きっとこんなピンチでもあきらなら……、何とかしたのかもしれない。

運動神経が良くて、スタイルがよくて、可愛くて優しい彼女(あきら)と一緒に生きたい。

やれる!

一か八か、喉が潰れるほどに叫ぶ。

 

「はあ゛ああああああああっ!!」

 

「──っうるさ……」

 

ギリギリまで引き付けてから耳元で雄叫び。

麗華さんがよろけるのを尻目に最後の全力疾走。

暗闇で足元も覚束ないけど、階段の横、壁に書いてある数字だけは見える。

──1F、目の前は玄関だ。

扉も開いてる!

外へと一歩踏み出したところで、足が縺れて転けた。

 

 

 

 

 

 

「根性あるショタ良いわ、大当たり。耳がキンキンするけど」

 

「……うぅ」

 

玄関ポーチでうつ伏せに倒れた僕の背中を冷たい指が触れる。

 

「はい、タッチ。いい汗かいたし、後はヤるだけね」

 

「……お嬢様、ここは既に家の外ですよ」

 

最初からそこに居たかのように、メイドさんが現れる。

そして麗華さんの手を……、僕から離させた。

 

「そんな堅いこと言わないでよ。あなたにもあげるわよ。舐める?ショタの汗」

 

「要りません。……ルールに反しますよ」

 

倒れた僕からは見えないが、メイドさんはきっと頭を抱えるような仕草をまたしているんだろう。

……今のうちに這ってでも良い、少しでも遠くに逃げないと。

 

「──はぁ、良いわ。あなたには楽しませてもらったし、諦めるわよ」

 

私意外と純愛も好きなのよ、と笑い含みの声が聞こえる。

 

「お嬢様はその乱れた性生活を正してください。……では、この子を家に送ってきます」

 

メイドさんに抱きかかえられて後部座席に乗せられる。

もう意識が持たない──。

 

「やっぱり着くまでの間、襲っていいかしら?」

 

「ダメです」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、自分の布団の中で目が覚めた。

テストのことはママに凄く怒られたし、帰りが遅いことも怒られた。

あきらは連絡が付かなかったことを心配してくれた。

いつも履いてた靴が無くなっていたことが、あの出来事は夢じゃなかったと確信させてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、注文の多い料理店は存在するんだよ!」

 

「妄想と現実を混ぜるなって、テストが悪かったことを根に持ち過ぎなんだって」

 

もうそれ半年前のテストだぞ?と笑うあきら。

僕はそのテストが一生忘れられないだろう。

 

「それより今日は公園でピクニックしようぜ、……弁当作ってきてやったからさ」

 

「うん!今日ずっと楽しみだったんだよーっ」

 

「うるせぇ!っ、先行くからなっ」

 

よーいドン!とあきらが叫んで始まった公園までの競争。

あきらは女の子なのに凄く足が早くて、鈍臭い僕がいつも負ける。

遠くのあきらを見ていた僕は、人とぶつかりそうになってギリギリのところで避けた。

 

「ごめんなさいっ!」

 

「──あら、残念。また、杖を壊してくださいね?」

 

「っ、ひぃっ!!」

 

麗華さんは心底残念そうに、呟いた。

 




いただいたプロットと企画の詳細、感想は活動報告に掲載してます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=247318&uid=207626

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