異世界転移? 雑役船《マイムーナ》   作:ないしのかみ

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物見遊山は続きます。
今回の舞台は居酒屋か、大衆食堂になるのかな。スペインの小料理屋(バル)風なのは趣味。夜はもっと賑わいますよ。


〈11〉

 長い橋を抜けるとそこからは市街地だ。

 橋の正面に正門が設置され、大きな広場と幾つかの立派な道が延びている。道沿いに建てられた物も立派で大きな建物も多い。

 

「お役所の入口だからね」

「あっちは?」

 

 広場の横に賑わっている大きな建造物があった。どっしりとした石造で三階建て。最下層はぽっかりと口を開けており、様々な車両がそのまま出入りしていた。

 

「商工会議所だな」

「経済の中心か」

「王国経済の半分は、あそこで動いてるぞ」

 

 正確には四割程度だが、まぁ、これに匹敵する経済組織は王都にある奴だけである。昔は一階が市場になっていて、そのまま販売取引が行われていたそうだが、規模の拡大によって販売部門は分離して、あそこは事務のみになった。

 領都(エロエロンナ)初の公共建造物で、城なんかはこれに比べると遥かに後になって建設されたと言う。建設当時は無人の掘っ立て小屋の中に、場違いな立派な建物が鎮座していた模様で、人々から〝エロ御殿〟と揶揄されていたらしい。

 

「何処へ行く?」

「取りあえずは飯が食べたいな。おっと」

 

 りんりーんとベルを鳴らして三輪車(トライク)が通過して行く。人混みの中だから大分危険だが、運転手も通行人も慣れているらしく、ぶつかりもせずに上手く走って行く。

 

「あぶねーな」

「昼飯か。贅沢だな」

 

 周りの民衆が〝どこのお上りだ〟とユウを見ている中、ギネス軍曹が呆れる。

 今朝、きちんと朝食を摂ったばかりで、夜までにはかなりの時間がある。一日、二食が基本のエルダでは三食食べるのは贅沢で少数派なのだが、勇者は早くも腹の虫が騒ぎ出しているみたいだ。

 

「近年では、三食食べる奴も珍しくないんだろ」

「都会はな。それだけ社会が豊かになって来てる。金があればだが」

 

 生産拡大で飢える者は少なくなっている。が、それは物資が集まる都市圏に限られており、人々はやはり二食制が基本である。食べるのにもお金が要るから、富裕層はまだしも、多くの庶民は三食にありつけられぬのが多い。

 

「しっかし、トライクが多いな」

 

 ファンタジーでは自転車が出る作品が少ないのだが、エルダではごく普通に普及している。但し、二輪車では無く、前か後に荷台を載せた三輪車が基本である。

 

「貨物用として普及してるぞ」

「二輪車がないな」

「ヒト族専用車だし、荷物も運べないからだろ」

「専用?」

 

 成る程、道の脇に停車して客待ちしてるトライクを観察すると、運転手はヤシクネーであった。運転台は彼女専用にフラットになっており、底面からフットペダルが飛び出している。長さは3mちょい、幅も2m程。後ろに荷台がある。

 

「こいつを交互に踏んで動力にするのか」

 

 回転式にギアを回すのではなく、ヤシクネーの六本脚でペダルを踏んで前に進む機構である。

 成る程、サドル装備の通常の自転車じゃ、異種族に対応してなく、ついでに荷台も無いから貨物輸送にも適してない。

 

「お客さん。うちも客商売なんだ。乗らないならあっち行っとくれ」

「おっ、タクシーだったのか」

 

 客待ちしていた運転手が不愉快そうに述べた。良く見ると荷台にはシートが架装されており、乗り合い自転車だと言うのが判る。ラミアやセントールなら一人で定員一杯だが、ヒトなら四人掛け、ヤシクネーなら二人が対面式に座るのだろう。

 ただ商売道具を眺めるだけの勇者に、とうとう切れて腹が立ったのだろうか。

 

「ごめん、ごめん。近くの飯屋に頼むわ」

「おい、ユウ」

「運転手なら、安くて旨い店を知ってそうだぜ」

 

 軽口を叩くと、ひょいと荷台に滑り込むユウ。運転手のヤシクネーはギネスを見て「お連れさんかい」と質問してくるので、勇者が頷くと、向かいの座席から上板を外した。

 ヤシクネーは席に座れないから、床に腹を着ける必要があるが、これはそうした措置なのだろう。軍曹も乗り込むと運転手は席に戻って出発した。

 

「《ルヴェル広場》で構わないかい?」

「遠いな」

「安くて旨い店なら、《海賊亭》が一番だ」

 

 笑いながら「あたしはベクター。お客さんは?」と訊いて来る。それぞれ名を名乗ると、「海軍さんか、こりゃ、割増運賃は取れないなぁ」と呟く。

 どうやら、ユウをお上りさんとして幾らか余計に金をふんだくろうと考えていたが、ギネス軍曹を見て考えを改めたらしい。官吏、特に海軍は怖いのだと印象を持っている様だ。

 

「《海賊亭》か」

「名前からしてやばそうだな」

 

 かなりの快速で石畳を滑る三輪車。真向かいの軍曹の呟きに素直な感想を述べると、ほどなく「下町の店だ。確かに旨いが、治安は悪いぞ」との答えが返って来た。

 

「知ってるのか?」

「私は無いが、部下が利用してた事がある」

 

 出身地では無いから利用はしないとの話だった。が、ギネス軍曹も似た様な店なら何度も入店した事はある。

 

「あー言う店は、地元民じゃないと利用しずらい」

「治安か」

「まぁ、海軍軍人に喧嘩を吹っかける奴も居るまい」

 

 車は運河沿いを走る。領都は港湾都市の別名通り、街中に大小様々な運河が走り、多くは船着き場として利用されている。

 陸上を走るより、水上を行く方が効率的とも言われているが、地元民しか知らぬ細かい水路が網の目の様に広がっているので、慣れていないと直ぐに迷ってしまうとも言われている。

 雲助みたいに、それを利用した犯罪も多いので注意が喚起されているそうだ。

 

「わっ、雰囲気変わったな」

「ここらは貧民街だ」

 

 表側から脇に入ると下町とも呼ばれる地区になる。表通りと違ってすえた匂いが立ちこめ、数層建ての汚い集合住宅がびっちり並んでいる。

 子供が泣いていたり、大人の怒声が聞こえてきたりする。ただ、暗いと言うイメージが無いのが救いと言えば救いだ。ホームレスや泥酔者は見掛けなかった。

 路地では子供が集まって石墨で絵を描いていた。ケンケンパみたいな遊びをするのだろう。

 

「ゴム跳びかよ」

「ボール遊びよりゃメジャーだな」

 

 やっている遊びを見て指摘するユウ。因みにゴムはエルダに存在する。ボールも存在するが、ゴム紐に比べて高価なので、普及度は低い。

 他に人馬(セントール)族が道で追いかけっこをしてたり、ヤシクネーが壁に糸を発射してたりと異形の子供達が遊んでいる。

 ベクターが警戒のベルを鳴らしながら高速で通り抜けると、道にたむろしていた子供達は慌てて進路を開けながら、蜘蛛の子を散らすみたいにぱっと散ってしまう。

 

「凄い所を通るな」

「近道なんでさ。表だと色々五月蠅いからねぇ」

 

 ベクター曰く、警備隊が無謀運転を取り締まるのだそうだ。時間を短縮するのには表では無く、こうした裏道を利用した方が早いらしい。それを聞いたギネスが複雑な表情を浮かべる。

 

「おっ、広場か」

「ほい、着いたよ」

 

 いつの間にか三輪車は表に出て、広場の一角にて停車した。

 広場と言っても先の王城前とは違い、教会を中心にこじんまりとした広場である。露店が並び、商売が行われている様だ。

 

「美味しいよーっ」

 

 露天で声を張り上げるのは男性の妖精(エルフ)である。この種族が街の中で商売してるのは珍しいから、ユウは思わず見とれてしまう。

 

「へぇ、食べ物売ってるんだ」

「あたしのお勧めは《海賊亭》だぞ」

 

 軌道修正しようとベクターが声を掛けて来る。しかし、勇者の方は好奇心がアリアリで、荷台から降りると真っ直ぐに屋台へと近づく。

 どうやら中身はコンロで、熱せられた食材から旨そうな匂いが多々寄って来る。

 

「毎度。お兄さん、うちの村特製の串焼きは如何かな?」

「バーベキューか」

 

 まさにそうで、肉と野菜が串に貫通されて程良い加減に熱せられている。

 味付けは醤油ベースらしく、何処かで嗅いだ様な懐かしい匂いがする。「一番人気は肉団子だよ」と、エルフのお兄さんがミートボールを指さして自慢する。

 

「つくねか」

「つくね? ああ、東方語だな」

 

 ユウの姿歩見て勝手に皇国人だと解釈する店員。なる程、見た目はつくねにそっくりである。しかし、ふと勇者にある疑問が浮かんだ。

 

「エルフって肉を食べるのか?」

 

 日本でのイメージとしてはエルフとは森に生きる種族で、中には動物性の物が乳に至るまで全く駄目って存在だってあったと思う。植物や菌類しか口に出来ない種族。

 

「おいおい、肉を食べないベジタリアンなんて何処の貧乏人だよ」

 

 いつの間にか降りたギネスが口を挟む。自分だって貧しかったが、週に一度は肉か魚にありついていたからである。無論、それらはご馳走だったが。

 麦主体で雑草塗れのポリッジ(おかゆ)とか、雑穀米のスープに浮かんでいる肉片を思い出す。椰子の実が出ると大歓声を上げた幼少期の出来事だ。

 

「で、どれがいい?」

「あ、そのつくねをくれ、二本」

「肉団子ね。毎度」

 

 笑いながら串を手渡すエルフ。じゅうじゅう焼けて旨そうな匂いがする。更に「俺の村の鶏なんですよ」と説明してくれる。

 どうやら彼は領都では無く、近隣の農村から串焼きを売りに来た農民である様だ。

 

「へぇ、出稼ぎか」

「一応、辺境伯領の住民ですよ。二本で銅貨四枚っす」

 

 領都郊外の周辺に士族が経営してる村があり、ここで生産した農作物を領都に運び入れているそうだ。その士族は辺境伯の部下なのだろう。

 

「一本銅貨二枚か、二十円程度なのかな」

 

 日本のファンタジーでは銅貨は十円玉換算されるのが多い。それを念頭に入れてユウは貨幣価値を考える。が、こいつが安いのは材料の問題だとギネスが指摘する。

 

「くず肉を使ってるからだ」

 

 つくね状になっているのは、〝ミンチになった鶏肉の余計な部分を再利用している〟と指摘する軍曹。大方、骨に付いた肉片を集めて固めた物だろう。

 

「庶民に人気のダル・ダルステーキなんかもそうだが、こうしたくず肉を加工した貧乏飯だよ。

 ダル・ダルステーキはくず肉を固めて焼いた肉料理だ。中原のダル・ダルが伝えたからこの名がある」

 

 何でも正肉を摂った骨から、スプーンで身掻きして残った肉をこそげ取るらしい。肉は食べたいが高いので躊躇する民には人気のメニューである。

 ハンバーグみたいな物だろう。どうもエルダでは、ミンチ肉を作る人件費よりも、材料費の方を重視するみたいだ。

 

「ダル・ダル?」

「中原から来た遊牧民の名だよ。セントールだったかな。そいつの好物だった」

「名を連呼するのは、そっから来てるのかな」

 

 肉団子串を食べつつ、《マイムーナ》のラム・ラムやチェナ・チェナを思い出す。

 変な名前だと思っていたが、エルダでは中原に起因する正統派の名なのか。

 

「どうだろうな。ゴーダーカーンの大遠征の影響は、確かにあるけど……」

「歯切れが悪いな」

「いや、肉に関してだが」

 

 この話題を打ち切って、ギネス軍曹はエルフの兄ちゃんに視線を向けた。

 エルフが菜食な事は無いと彼女は断言した。一応、「取り替え児ではないな」と確認し、純粋なエルフなら森での作業や狩猟でカロリーが必要だから、普通に肉を食べると述べる。

 

「中央大陸に移り住んでるエルフは本流(フォレストエルフ)から外れた支族だからな。特に西大陸に住む竹林妖精(バンブーエルフ)なんか凶悪だぞ。」

「バンブーエルフ!?」

 

 竹林に生息する妖精族だそうだ。若竹を食べ、竹馬なる道具で長距離を移動し、竹で作った武器を用いて攻撃して来る。しかも竹を喰らう猛獣に騎乗して神出鬼没だそうである。

 緑の体毛に手足と目の周りか紅い、熊の様な猛獣〝大熊猫(バンダ)〟を操る恐るべき密林の民。西大陸へ渡った者達の記録にも、散々、凶暴性が記録されている。

 

「当然、奴らも肉を食べてる。もし活動的な生活するなら、南の森妖精(フォレストエルフ)みたいな食生活は営むのは不可能だからな」

「エルダのエルフって……」

「南大陸に住む森妖精がユウのイメージに近いが、生憎、ここら住んでるのは海妖精(シーエルフ)闇妖精(ダークエルフ)ばっかりだぞ。だから中央大陸のエルフと言い直そうか」

 

 全てのエルフは南大陸出身だと言う。

 が、エルフは分化して幾つもの種族に分かれたが、活動的な一族が革命を起こして失敗し、南大陸から亡命して全世界へと広がった。これが神話だ。

 

「シーエルフは海を生活圏に選んだ妖精で、ダークエルフは肌の黒い亜書だ。

 彼らは停滞している歴史を動かそうと、南大陸で騒動を起こした。何故なら、若い彼らと違って森妖精が余りにも保守的、前任主義だったからだ」

 

 その時、ユウの肩をちょいちょいと突く手があった。振り向くとトライクの運転手であるベクターだった。不満げに頬を膨らましている。

 

「バンブーエルフもフォレストエルフも良いけどさ、あたしおすすめの店には入ろうや」

 

 指さす先には《海賊亭》なる居酒屋風の店がある。スペインの小料理屋(バル)って感じの小さな建物で、道に数個のテーブルが出ている。

 当然、席には赤ら顔のおっさんが、でっかいジョッキを傾けていた。。

 

「あ、悪ぃ」

「案内した手前、入ってくれないと落ち着かないのさ」

 

 時間は昼過ぎだ。雨雲がまだ付近を覆っているが、天気は快晴へ向かっていて陽光も差し始めている。

 

「まぁ、話は中でも出来るだろう」

 

 軍曹も納得し、買ったばかりの串を口に押し込むと三人は《海賊亭》ヘ足を踏み入れる。中は込んでおり、なかなかの盛況ぶりを見せていた。人気店らしい。

 

「店主、新しく三人だ」

 

 カウンターに経っているひげ面の男に軍曹は声を掛けた。

 同時に左腕に巻いた海軍の青い徽章を見せる。これでぼったくりや喧嘩の予防にはなると計算しての行動だ。余程の事では無い限り、王国海軍と喧嘩したいって奴は少ないからである。

 

「機関長?」

 

 すっとんきょうな声がした。

 

「と、勇者かよ」

 

 人混みを掻き分けて、その声の主が現れた。ピンク色のロングヘアと灰色の身体の組み合わせ、ヤシクネーのラム・ラム上等兵だ。

 思わぬ再会に、軍曹も「ラム・ラム・ストローメア。奇遇だな」と目をしばたたかせる。ラム・ラムは後ろの方に手招きすとすると、「この店に野暮用がありまして……」と続ける。

 

「おや、その娘は?」

「機関長だ。挨拶しなさい」

 

 後から現れたのはエプロンを身に着け、小さなラム・ラムと言う風情の女の子だった。無論、ヤシクネーで下半身は巨大なヤシガニである。

 

「ラナ・ラナ・ハーストです。機関長さん、初めまして」

「偉いね」

「いつも言ってた妹さんだね」

「取りあえず、ダル・ダルステーキを三つ。飲み物は海賊ドリンクで」

 

 四者四様の声が交差する。ちょこんと頭を下げたのがラム・ラムの妹で、それを褒めたのが勇者のユウ。質問を投げたのがギネス軍曹。構わず品を注文したのがベクターである。

 

「はい、妹のラナ・ラナです。って、あんた誰よ」

「ベクター・バーリンデン。運転手さ」

 

 ラム・ラムはベクターの事を知らないみたいだった。彼女は「あたしを知らないとは余所者だね」と上等兵をにらみ返す。

 

「……ストローメア。ああ、農家の養女か」

「悪かったわね。あそこで収穫してたわよ」

「注文聞いてたー? 早めにね、お嬢ちゃん」

 

 ベクターはラム・ラムの言葉を受け流すと、立っていた妹に向かって言葉を投げかける。びくんと一瞬硬直したが、女給の役目を思い出した彼女は一礼して奥へと下がる。

 

「どう言う意味だ?」

 

 会話を理解していなかったユウが隣のギネスに尋ねる。ギネスは「ヤシクネーには養女が多いんだよ」と説明してくれる。

 大量に産み落とされた子供が一人前に育つのは困難だ。途中で命を落としたり、親が経済的に子供を養えない場合もある。

 

「で、だ。世の中には子供を引き取ってくれるケースがある。児童労働者として人手が要る場合に農園やら工場やらが、養女って形で雇ってくれる訳だ」

「児童労働だって」

 

 日本では無論違法だが、エルダ世界では合法だ。少ない賃金の貴重な労働力として成人前の子供は働かされている。

 

「中には産んだ途端に、雇い主の所に行く母親も居るらしいが……」

「自分で子育てする気が無いのかよ」

「多すぎるんだよ。産まれる数が」

 

 魔族の中でもヤシクネー族は多産である。一度に数十人が誕生する事もあり、だからこそ魔軍で生きた食料扱いされ喰われたのだが、この性質は現代でも改まってない。

 

「だからラム・ラムもそうした一人なんだろうな。農家から頑張って海軍に入ったんだ」

「農家の跡取りじゃ」

「継げるのは、よっぽど優秀な奴さ」

 

 ギネスは首を振る。法律で成人には最低基本給が与えられるが、児童労働費に比べて高給取りになってしまう。だから職場から解雇されるのだ。

 

「法では成人は十三歳。だから成人になる前に養女達は職を見付けないといけない。

 ある者は魔法を必死に覚えたり、ある者はいっぱしの冒険者(クエスター)になろうと努力する。無論、海軍に入って軍人になるのも手だよ。あたしやラム・ラムみたいにね」

 

 社会制度が遅れているのか、エルダはシビアな世界である。

 いや、最低基本給が設定されているのだから、何も保証がない普通のファンタジー世界よりも優遇されているかもだが、十三歳になる前に生活手段を準備しないと行けないのは辛すぎる。

 

「ストローメア家は領都からやや離れた村の名主だね。良い家じゃ無いか」

「ずっと野菜を育ててたわよ」

「あたしん所とは大違い。あたしは領都で愚連隊さ」

 

 気が付いた時には極貧生活を送ってて、同じ様な浮浪児たちとつるんでスリ、強盗、かっぱらいと悪行三昧を行う身からすれば、児童就労でも寝床と食事が保証されるラム・ラムの境遇は羨ましかったに違いない。

 何せ、きちんと教育も受けさせて貰えないのだ。

 

「お待たせしました」

「おっ、来た来た。まぁ、不幸自慢しても仕方ないよ。ま、そこで愚連隊として名を上げて、ちょいとこの地区では名が知られてるのが、私って訳さ」

 

 《トライクのベクター》って通り名だそうだ。

 ラナ・ラナが運んで来た料理の前に、彼女はにんまりと笑ってグラスを手に取った。

 

「うんっ、旨い。旨い」

 

 ダル・ダルステーキにかぶりついたユウが叫ぶ。ラム・ラムとベクターが火花を散らす会話の中、我関せずで食事にありついたのである。

 

「この肉汁が旨いよなぁ。ハンバーグ的な旨さだ」

 

 二股のフォークで、口周りが汚れるのも構わずに肉界を口へと運ぶ。

 挽肉は荒く、内臓や何か生肉とは思えない種類も感じられる。安く仕上げる為、昔のソーセージと同じ様に色々な部位を混ぜて焼いているのだろう。

 ダル・ダルステーキはハンバーグ的な、と言うかソールズベリーステーキ風の食感がある料理だが、無論、エルダにはハンブルグなる都市は存在しない。

 

「周りの空気を読め」

 

 かぶりついているユウに軍曹が突っ込みを入れる。しかし、そんな勇者の毒気に当てられたのか、当のラム・ラムもベクターも呆気に取られてユウを凝視していたが、ここで二人は破顔一笑。

 

「良かったな」

「な、ここは名店だろ」

 

 乾杯の音頭が取られる。「まぁ、過去は過去だ。今は旨い飯と旨い酒さ」とベクターが宣言してぐびりと杯を傾ける。金属製のゴブレットで薄汚いが、彼所は気にしてはいない。

 

「上等兵は彼女が目的か?」

「はい、このラナ・ラナの所に訪れたんです。機関長」

 

 ちょこまかと給仕に勤しむ妹に、ラム・ラムが目歩細める。

 

「血が繋がってるのか」

「さぁ、恐らく……。見ての通り、ラナは別の家の養女になってます」

 

 ユウは彼女達は名前がラ行で同じだが、姓が別称だったのを思い出す。

 ラムが「同じ孤児院で育ったんです」と続ける。孤児院から士族のハースト家の養女になって、農園で働いてから《海賊亭》の女給になったそうだ。経緯はラム・ラムと似ている。

 産まれたら直ぐに孤児院に置き去りにされた為に、本当の母を見た事は無いと語るラム・ラム。だが、これはまだ良い方で、ベクターみたいに産んだら産みっぱなしで放置なんて例もある。貧困社会の闇だ。

 幼児の死亡率は、当然高い。

 

「私と同期の者は生き残りませんでした。殆どが五歳になる前に倒れていきました。

 妹達は私の数年後に入所した組です。多分、母も同じでしょう」

 

 ラム・ラム曰く、ピンクの髪と灰色の下半身と言う、身体的な特徴から身内と判断しただけで、本当の血縁なのかは未確認だと言う。

 

「赤子が門前に捨てられたのを、引き取っただけでから」

「あたしも孤児院行きは免れたけど、似た様な環境だ。

 さっきの貧民街みたいな下町育ち。五歳の頃に奉公に出された」

 

 ギネス軍曹が遠い目をする。親はそれでも五つまで面倒は見てくれた。

 姉妹が多いのはヤシクネーの特徴だ。最近では数は減る傾向にはあるが。ギネスと同時に産まれた姉妹は七人もおり、前後の姉妹と合わせると二十人を越える。但し、今、生き残っているのは半分以下だ。

 

「何で?」

「幼年期に死亡率が高いんだよ。ユウの世界じゃ違うのか」

 

 子供が怪我や病気で呆気なく死ぬのは、エルダの常識だ。

 何も知らぬ幼少期に、驚いて水路に飛び込んで溺れる奴。車に轢かれて昇天する奴。

 

「轢かれるって」

「産まれた時は掌サイズだからな。部屋を脱走して馬車に轢かれたら一発だよ」

 

 貴族の子弟でも無い限り、子供ヤシクネーが出産時に厳重に保護される事は無い。

 無論、産んだ側から保護はされるが、気を付けていないと数人は外へ脱走してしまう。そこで命を落とす子供が増える訳だ。

 

「鳥や野犬に襲われて食べられた子供も珍しくないぞ。何しろ格好の餌に見えるからな」

「あ、私、その頃に海ザリガニ(ロブスター)と戦いましたよ」

 

 ラム・ラムが懐かしそうに述べた。孤児院の食事量が足りず、腹を空かせて時に食料調達を企て、海ザリガニが生息する湾へ出かけて、真っ向勝負を挑んだらしい。

 

「こっちの犠牲者は八人。死亡が二名でしたけど、やっやけたザリは美味しかった。

 まぁ、サイズは向こうもこっちも三十cm位ですから、やられる奴はやられちゃいましたけどね。

 頭が良い分、こっちの方に分があったのかも」

 

 しかし、それでも人死にが出てしまったので、大人にぱれ、以後、これは真っ向勝負は禁止になってしまったらしい。

 外から見て判る。戦って鋏や足を喪失した奴らのせいだと、ラム・ラムは分析したが。

 

「孤児院に入ってたんだろ」

 

 入所すれば、食が提供される筈と勇者は言った。

 

「孤児院だって、教会が食事と寝床を提供する程度だからな。

 食事だって少量。寝床も煎餅布団だ」

 

 ギネスの説明にユウは絶句する。

 孤児院は毎年開放されているが、入所者が多くて世話も殆どで出来ず仕舞いになってしまう。手厚く保護されている日本の施設とは違い、単に浮浪児を収監している施設に近い。

 なお、そんな環境に加え、年長者が年少の世話をするのが当たり前なのだが、ラム・ラムの場合、人手が足りずに毎年、死者を出してしまったらしい。

 

「酷ぇ」

「昔は奴隷に落とされたらしい」

 

 現在、王国では制度的な奴隷制度は廃止されている。が、これは中央大陸全体では無く、帝国や中原の国々ではまだ残っているそうだ。

 

「帝国があるのか」

「マーダー帝国。北方の大国だよ。ま、その内、出て来るだろう」

「?」

「ユウが、本当に勇者ならばな」

 

 ラム・ラムが妹と話をているのを横目に軍曹が笑った。

 二人は「ララ・ララが変なの」「変?」と話し合っている。どうも、まだ会ってない姉妹に関する情報の様だ。

 

「勇者ー? あんた勇者なのかい」

「あ、うん。そう呼ばれていた」

 

 さっきの会話を小耳に挟んだベクターが、ほろ酔い気分で尋ねて来る。

 

「勇者ってのは何だい?」

「え」

「魔王か何かと戦うとかして、偉大な成果を遺した奴じゃなかったっけ?」

 

 普通はそうである。

 他者に行為が知れて、自然に湧き上がる尊称であり、いつの間にか呼ばれる名だ。

 

「異世界では俺の尊称だったよ」

「へーっ、何かしてか?」

 

 いや、到着早々、「勇者様」と呼ばれていた様な気がする。

 場面を変えようと彼女が頼んだ海賊ドリンクに口を付けると、強いアルコールの刺激が口一杯に広がる。

 ユウはむせた。どうも何種類かの強い酒を混ぜたドリンクであるらしい。

 

「げほっ、げほっ」

「おや、酒は初めてかい」

 

 にやにや笑みを浮かべるベクター。「ふむ。お前の世界じゃ、酒は未解禁だったっけ」と軍曹。日本ではユウは未成年で、当然、飲酒も御法度である。

 軍曹も杯を口に含んで、「椰子酒の他に色々増ざってるな」と呟き、「売れ残りの酒を混ぜたドリンクだな。悪酔いしそうだ」と続けてベクターの方を見る。

 

「こいつを酔わそうと画策するなよ」

「ん」

「あたしの方はザルだから、無駄だぞ」

 

 バレたかとばかりに舌を出す運転手を無視して、卓上を見て、勇者に「喰ったなら行くぞ」と声を掛ける軍曹。雰囲気から、どうも悪い予感がするからだ。

 ステーキは悪くなかったが、もしかして何かヤクが混ぜられている可能性もある。

 

『カモにする気だな』

 

 こいつはここらの顔役だと名乗った。だから飯屋の客達がベクターにつるんでいる気がした。良い所のボンボンに見えるユウから、金を搾り上げる気がありそうな傾向が感じられる。

 ベクターが入店した際、所持していた物を思い出す。

 夜間用のトーチランプみたいな重要部品は盗まれぬ様に外して手元に置いとく物だが、こいつは所持していたか? 商売道具(トライク)に鍵は掛けたか、考えると怪しかった。

 なら何かが起こる前に、とっとと退散するに限る。

 

「ラナ・ラナ」

「はいっ、軍曹さん」

 

 ラム・ラムの妹を呼んで、数枚の銀貨を握らせる。

 多少、多い気がしたがチップとしての値段だったら適当だろう。やや、赤ら顔のユウを担ぐと「お愛想だ」と言い捨てて、出口へと向かう。

 

「機関長。同行します」

「助かる」

 

 ラム・ラムが同行を申し出た。妹に「これからララの方を見てくる」と言い残すと、機関長の後方を守る形でぴったりと付いて来た。

 広場に出るのに時間は掛からなかったが、生きた心地はしない。

 

 

〈続く〉




三輪自転車(トライク)がエルダに発展した理由は、拙作「カオスの館」を参照。
他のファンタジー小説じゃ、自転車ってあっても二輪、しかもスポーツタイプばっかりなんだよね。貨物輸送に特化した三輪が皆無(笑)。こっちの方が早く大衆に広まると思うんだけどな。

ギネス軍曹がベクターを疑った理由。商売道具を放置の上、大切な付属品を手元に管理していなかったからです。治安が悪い地区じゃ、それらは泥棒の格好の獲物ですから、「放置しても平気なら、何処かに仲間が居る」と感じた訳ですね。

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