異世界転移? 雑役船《マイムーナ》   作:ないしのかみ

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エルダ世界はそれなりに広いです。
まだ中央大陸の一国、一地方が舞台で他の大陸を含めると世界は広大です。
今は西大陸へ行くのがブームですが、開拓民は凶暴な竹林妖精(バンブーエルフ)と戦ってるみたいですね。怖いぞ、バンダ!


〈13〉

             ◆       ◆       ◆

 

 工作艦《マイムーナ》は海軍工廠に回されていた。

 機関長が任を離れたので、移動は操船科による帆装を使った。帆柱に帆を広げて風魔法で推進する昔ながらのやり方である。

 効率は良く、運航費も風魔導士一人分なので低価格だが、万が一にも担当が病気か何か、或いは敵からの攻撃で倒れた場合、にっちもさっちも行かなくなる弱点がある。予備の魔導士が居れば大丈夫なのだが、そんなに沢山の交替要員を雇うのは軍ならともかく、民間では経済的に不可能だし、推進効率の問題もある。

 個人の技量に頼るので、どうしても能力に上下が出来てしまう。

 特に曳船みたいな船は、前進や後退を繰り返すので風での推進が向かず、一定の馬力が必要なので、遂に海軍は蒸気機関を採用したのだが、初期型なので充分な力を発揮しているとは言い難かった。

 

「頭が痛いな」

 

 艦長室でヤノ大尉は頭を抱えた。

 

「今回の修繕は大規模じゃのう」

「缶も取り替えるらしい」

 

 副長のセイレーンは「ほぅ」と目をつり上げる。船が船渠(ドック)入りして〝陸に上がった河童〟と化しても、艦長と副長は責任者として乗艦を離れる事は無い。他の乗組員には休暇が出ているのに居残りである。

 

「前に電撃を浴びたのが、ここまで影響するとはのぅ」

「あの怪物にお仕置きしてやりたい気分だ」

 

 せいぜい塗装の塗り直しと失った碇の補充程度だと、高をくくっていたが、まず高価な時計が電磁波なる物を帯びて正常に機能しないのが調査で判明した。

 更にいい加減、使い込まれた機関に老朽化が報告された。艦内の計器類も異常が見られたので、こいつを一新する方向に決定したのだ。

 

「磁器コンパスが明後日の方向を向いたぞ」

「この船が河船で良かったのぅ」

「洒落になってないぞ」

 

 大海原で沿岸航行していなかったら遭難確実である。陸も見えない長距離航海をするケースは増えつつあり、海軍も長距離護衛に力を入れている。

 最近は昔の大航海時代みたいに、西大陸へ向けて新天地へ船出する連中が増えた。貧しさから脱出を計るべく、旧大陸から開拓に乗り出しているのだろう。

 

「しかし、爆雷が設置されるのは朗報じゃ」

「要らん装備かと思ってたが、これであの怪物に対抗出来る」

 

 水圧で爆発する新兵器だ。今まで人魚みたいな水棲種族かクラーケンの様な対化物用で、河船には縁の遠い存在であったのだが、あの〝ラミア〟のせいで一変した。

 自爆せぬ様にと細心の注意は祓う必要はあるが、これで水中に潜まれてもどうにかなる。

 

「改装が済むまでに勇者、戻って来るかのぅ」

「機関長に任せてある。最悪、戻って来なくとも宰相閣下は〝気にしない〟そうだ」

 

 今の《マイムーナ》は宰相府の指揮下にある。当然、勇者カスガも宰相府の管理下だが、その最高責任者がそう断言しているのだ。

 

「ほぅ、してその理由は?」

「世界に対する影響度が低いからだそうだ」

 

 宰相曰く、「技術者でも特殊能力者でもない」ので社会に影響を与える要素が余り認められないのだそうである。無論、「監視は必要ですが」とも付け加えたが。

 

「何か我々の知らぬ技術を持ってるなら、使い出はあるのぅ」

「昔のテラだな」

 

 数千年前、魔法しか持たぬエルダに技術をもたらしたのがかの英雄。先進すぎて。今では遺失になってしまった物も多いが、これが錬金術の基礎となる。

 

「製鉄転炉の技術や、電気の知識を持っていれば助かったのにのぅ」

 

 どちらもエルダで研究中の最先端技術である。鋼鉄の生産効率を上げ、魔力の一種と考えられる新たな動力源の利用法は、工廠でも多くの技術者が知恵を絞っている。

 

「転移者が、皆、テクノクラートではない証明だな。

 だが、わい・けい・けーの実物が手に入ったのは大きい」

 

 すくなくとも構造が解析出来れば、コピーも可能になろう。

 問題は精度だ。恐ろしく緻密すぎて手が出そうもない。規格を数桁単位で厳格化して造れる様に進化させないとならない。

 ようやく部品の規格化なる概念が浸透して、部材、そして捻子やナットを規格化した〝エロエロンナ規格〟略してエロ規格を導入した矢先、突き付けられた厳密化だ。

 これで隣の弩砲が壊れても、唐突にポンプの柄が破損したり投石で窓ガラスが割れても、予備部品交換で直ちに修理出来る体制を造り上げ、隣国より優位に立てると自負していたのだが。

 

「監視か。我々の他に誰かが勇者を見張って居るのか」

 

 エトナ中尉の声が下がる。

 艦長は頷き、「注目点はそこだな」と彼女に合わせて声のトーンを落とす。機関長は監視役だが、スパイみたいな能力は期待していない。穏当にお目付役に過ぎない。

 

「海軍諜報部か、宰相府の誰かか」

 

 うわさでは辺境伯はかなり優秀な間者網を持っているらしいが、

 

「災難じゃのう」

「勇者がか、それとも宰相か」

「どっちもじゃ。転移なるイレギュラーが起こらなかったら、誰もが平穏無事だったろうに」

 

 転移者がこの世界に現れるのは天災だと言い切る副長。

 

「もし、神様が実存するなら皮肉じゃのう」

「神?」

「そんじゅそこらの社に顕現する、地方神とは違うぞよ。世界を司る主神クラスじゃ」

 

 無論、地方の社に祀られているのも神だ。豊穣を祈願したり、厄災を避ける様に祈りを捧げる存在であるが、主神とは神の持つレベルで格が違う。会社で言うなら、代表取締役とか会長と部長・課長を比べる様な物だ。

 

「ああ、そう言えばエトナの家系は神職だったな」

「お主もそうであろう?」

 

 巫女装束に身を包んだヤノへ、皮肉っぽくエトナが指摘する。

 カレン・ヤノ。エトナ・パトラス。どちらも神職の家系である。東方系のヤノの家は皇国の正当なる社の血筋を引いており、砂漠の部族に育ったエトナは、オアシスを護る鎮護の一族で出であった。だから両者共に【聖句】呪文を操れる。

 違うのが艦長が艦医クラスまで魔法を進化させたのに対し、副長のそれは素人に毛の生えた程度しか、【聖句】を使いこなせない事だ。

 

「神か。介入があったのかと見るのか、副長」

 

 極彩色のセイレーンを見詰める艦長。腕を広げ、エトナはやれやれと首を振って天を仰ぐと、「気になってる事があるのぅ」と切り出した。

 

「神という奴は、人智の常識を越えた存在じゃ。これはお主も体験していよう」

「うむ」

 

 同意するヤノ大尉。実家やその他で神が顕現する現場に立ち会ってるから、それは判る。

 圧倒的な何かを持った存在なのだ。現世のどの様な力とも異なるソースを持った未知の何か。特に【聖句】を有した女性は敏感に察知するらしく、それが神が現れた際に素肌にびりびりと感じられるのだ。

 

「まやかしだ。気のせいだと一蹴する連中も多いがな」

「一般大衆は殆ど感じられぬからのぉ」

 

 気の一種だ。だが、皇国的な思想であり、唯物論が広まってる西方世界では受け入れにくいのであろう。もっとも、この二人も錬金術を嗜む海軍工兵なのだが。

 

「報告書にあった〝ラミア〟との遭遇じゃが、お主は何も感じなかったのかや?」

 

 この時、エトナ中尉は《マイムーナ》に乗り込んでは居ない。

 

「いや、特には……指揮を執るのに精一杯だった」

「気になるのは白い人影じゃ」

 

 勇者が見たとされるそれを指摘する。

 距離が遠かったのか、それとも角度が悪くて視界に入らなかったのか、艦長以下はそれを目にしてはおらず、付け足しの様に勇者の目撃例が記されているだけだ。

 

「まさか……」

 

             ◆       ◆       ◆

 

 大勢の通行者と共に開閉橋を渡りきると、夕闇の空は帳が降りて来ていた。

 ユウは魔物二人と並んで歩いていた。ヤシガニの身体は低いが、その頭部に立つ女性の上半身は大人の女性程度の身長がある。ピンク髪の方が笑いながら、「《スキュラ亭》かぁ、楽しみー」と話しかけてきた。

 

「老舗だっけ」

「領都が出来る前からのね。お食事が美味しいんだ」

「俺は魔物と行動してる方が信じられないよ」

 

 軍曹は「人間だ」と訂正するが、ヤシガニを下半身にしたアラクネーもどきが大きな鋏が付いた腕をひょいひいと動かしているのを見ると、違和感が半端ない。

 妖精(エルフ)とか土小人(ドワーフ)だのヒューマンタイプの異種族ならともかく、モンスター娘っぽい連中だと少し怖い。

 他に頭に獣の耳が生えた連中とか、下半身が馬だの蛇だのの連中が談笑しながら歩いている。両手が翼になった人間も立ち話をしている。夜になったから、飛行を止めた魔鳥(セイレーン)族だと言う。

 

「領都は四割近くがヒト以外だからな」

「それって多いのかい」

「ああ、普通は二割以下だぞ」

 

 辺境伯領が有力貴族になったのも、この亜人勢力のせいだった。

 ヒトに全く不人気の移住先であった東部域に、異種族が殺到して王国内での影響力が増大したのだ。人間が大量に要る生産でも軍事でも、これは大きい。

 

「辺鄙な田舎だったのが、増大する力を受けて一気に変わった」

「江戸だな」

 

 西から移封させられた徳川家が、関東の未開拓の江戸に居城を移した後、百万都市と化したのに似ているとユウは感じていた。

 確かに海軍と水運を把握し、巨大な生産量を駆使して経済を成長させたエロエロンナ地方は江戸に通じる所はある。だが、何でこう人外が多いのか。

 

「新しい地方だからよ。旧来のしがらみや偏見がなかった」

 

 ラム・ラムが補足する。王都に当たる西部域は人外も住んでいたが、確かに偏見や差別が大きい歴史があった。過去の騎馬民族の襲来から、人馬(セントール)族なんかは明らかに蔑視されていたし、獣人も数は少なく、現世に関わらない層が多い妖精族は自分達だけ独立して、ヒトとま交わるのは少なかった。

 

「ユウが述べる江戸は知らないけどね。それも新興地区なんだろ」

「確かに歴史は浅いな」

 

 江戸は近畿や東海に比べれば、歴史は浅い。住民も大半は地方からの移住者であって現地民は少数派である。まぁ、それから数百年も経ってしまったから、強固な地元意識は育ってしまっているが、建設当時の江戸は新参者ばかりだろう。

 

「住人に偏見が少なかったし、自由な雰囲気があったからじゃないか。

 あたしは今でも別の土地に行くと、居心地の悪さを感じるんだよね」

 

 海軍の軍人だから、時々、地方にも赴く必要があるが、雰囲気的に何か偏見を感じるらしい。住人がフレンドリーな東部域とは全く別の。

 

「沿岸地方はそうでもないけど、内陸は特にね」

 

 沿岸域は温暖な気候も相まって、南洋事件からヤシクネーが大量に移住している。彼の地の綿花畑の労働者として、大勢の者が従事しているせいもある。

 出産率のせいで子供が多く、低賃金労働者として綿花産業に重宝されているのだ。

 

「寒いと死んじゃうから、ヤシクネーって北方に殆ど居ないしね」

「北方か、あの山脈がある辺りか」

 

 グラン王国とマーダー帝国の境界にもなっている暗闇連山の麓辺りだ。春になると雪が解けて、ポワン河に氷塊混じりの雪解け水を流してくれる元凶だ。

 

「行った事ないけどね」

 

 ヤシクネー族は元々、熱帯か亜熱帯を住み家にしている為、極端に気温が低いと活動が鈍り、零下になると命の危険がある種族だから、北方には殆ど縁が無いのである。

 

「あたしさ、世界の色々な所を回ってみたくて海軍に入ったんだよね」

 

 遠い目をして彼女は語る。勿論「お給料と仕事の安定さでもこの職を選んだのたけど」とも呟くと、笑顔をユウに向けた。

 しかし、体質のせいで北方へ行った事はない。もし氷点下に遭遇すると死んでしまうから仕方ないが、北の風景を描いた絵画集は持っていると言う。

 雪という奴を本格的に感じてみたい。一応。エロエロンでも雪は見た事はあるが、直ぐに融けて本格的に積もったのを見た事は無い。

 

「脚は大丈夫なのか」

「あは、女の子の日の時よりは軽いよ。あたし、何か怪我ばっかりだね。」

 

 自嘲する。そして……。

 

「北へユウなら行けるんじゃないか。観て来てごらんよ。 

 お、到着だ」

 

 東岸の繁華街が見えて来た。領都の一番古く、歴史のある地区である。

 その中でひときわ大きな立派な建物。宮殿かと見間違えそうな門構えがある。軍曹が感嘆してごちる。

 

「《スキュラ亭》、入るのは初めてだな」

「でけぇ」

 

 無論、大きさだけではなく、内装も豪華である。

 玄関にはボーイが立っていて、一礼しつつ扉を開けてくれたし、この暗闇の中、あちこちに照明が輝いている。しかもシャンデリアみたいな豪華絢爛な奴で、青白い色調から魔力灯らしい。

 

「いらっしゃいませ」

「予約は入れていないが、三名泊まれるか」

「はい、お名前を」

 

 軍曹が正面のフロントで交渉を開始する。相手は人馬族の執事と言った感じの初老の男だ。

 

「工作艦《マイムーナ》機関長のギネス・スタウト軍曹だ。連れはラム・ラムとユウの二人」

「何と《マイムーナ》、キーラお嬢の艦ですな」

「一番安い部屋でいい。ん、キーラ曹長はうちの烹水長だが……」

 

 ここは確か曹長の実家であった。最高級宿の一つであり、曹長から「安い部屋でも豪華だぞ。お金の取り過ぎだって思うけどな」と、普段から冗談混じりに語られていた。

 交渉は済み、三人は部屋に通される。何か、一番安い部屋の筈なのに、見晴らしが良いのは気のせいだろうか。

 

「三級クラスの部屋で済みません」

「いやいや、充分に贅沢だよ」

 

 家具など調度も立派で、何と便所と浴室まで完備である。さっき、皆で浸かる大衆浴場の前を通ったから、この部屋が最下級の物では無いのは確かだ。

 

「キーラお嬢の知り合いに出来るのはこの程度です」

「烹水長、お嬢様なんだな」

 

 ユウの言葉に案内してくれたメイドは苦笑して、「はい、お嬢ですから」と述べると一礼して退出した。荷物を放り出して、一同は各々休憩に入った。

 

「伝声管がありますよ。機関長」

「ルームサービス用だな」

 

 軍艦でお馴染みの装備を壁に見付けてはしゃぐラム・ラム。ただ、軍艦と違って複線タイプでは無く、送受信一体型みたいである。ちなみに呼び出しベルはちゃんと付いている。

 

「ふかふかだーっ」

 

 寝台を飛び跳ねるユウ。軍曹は「お前は子供か」と呆れるとベッドを確かめる。

 大丈夫だろうが、敵の間諜が変な細工を仕掛けてないかである。最高級とは行かないが、反発性の効いた高級品だ。

 

「スプリングを使ってるな。やるな《スキュラ亭》」

 

 普通はこれらに気を遣わぬ固定式か、あっても竹素材で編まれた構造だが、スプリングを使ってるとは驚いた。

 鋼の量産は開始されているが、民間でこうした高張力鋼の針金を使うのは贅沢品だからだ。せいぜい、車両の撥条(サスペンション)に使われているのを見掛ける程度だろう。

 

「さすがは老舗」

「だけじゃないぞ。上等兵」

 

 寝台から顔を上げると、ギネスは「多分、この部屋も我々が烹水長絡みなのでスイッチされた筈だ。何故なら、最下級の部屋なら、もう一回上に昇らにゃならんからな」と上を指さす。

 

「天井裏?」

「であっても立派な宿だ。もっと酷いのは地下だが、こっちは従業員用だろう」

 

 従業員の生活空間はこうした地下だ。屋敷で雇われる使用人も同様だが、地下は大勢の人間を人々の目から隠すのに最適なのである。

 環境が良いとは言い難い、上階からの靴音は響くし、夏は暑く冬は寒い。

 

「ここなら天井裏も立派だろうが、気が付いたか」

 

 軍曹によるとこの部屋は西向きなので陽射しが照るのには難があるが、それでも最初にオーダーした部屋よりは遥かに上等らしい。日中は日陰になって暗いだろうが、そもそも一泊の予定なら支障は生じる事も無い。

 

「心遣いに感謝しよう」

 

 

             ◆       ◆       ◆

 

 翌朝、ユウ達は道を歩いていた。

 目の前に市壁がある。東岸と市街地との境界でこれを過ぎると領都の郊外となる。二重になっており、外壁は遺跡並みに古く、内側の奴が領都になった時に新設された壁だ。

 

「お食事良かったなぁ」

 

 夢見心地で語るのはラム・ラム。昨日の晩飯は素晴らしい食事だった。ローストした鴨のステーキがメインで、すっぽんのスープに高そうな赤葡萄酒が添えられる。

 付け合わせの白パンがフカフカで旨い。ラム・ラムは「旨い、旨い」とパンだけで何皿もお替わりしていたが、確かに一流の腕が感じられる素晴らしい夕食だった。

 

「凄く取られたけどな」

「そうなの?」

 

 未だエルダの金銭感覚が無いからか、ユウは首を傾げた。

 ギネスは自分の財布からではないので懐は痛まないが、それでも宿泊費込みで大銀貨3枚なのはびっくりだ。それだけあれば、頑張れば半年は暮らせる。

 最下級部屋の料金で据え置いてくれてもあの値段だ。もう二度と、あの宿に泊まる事はないだろう。老舗、恐るべし。

 

「ごちになりました~」

「調子良いな、上等兵」

 

 にこやかに笑う彼女に突っ込みを入れると、「これからどうする?」と軍曹は尋ねる。ユウの方にも振り返り、「行きたい所でもあるか」と聞いてみる。

 

「あー、特に無いな」

「あたし、妹の所に寄って行きます」

 

 双方の返事がハモる。ハースト家に行ったラナ・ラナ以外に、まだ数人の妹が領都に居るのだろう。ギネスはピンク髪のヤシクネーを見る。

 

「東岸に居るのか」

「昨日話題になったララ・ララです。塩田の人夫ですが、経済的にかなり苦しいらしくて……」

 

 少しばかり寄り道しても構うまい。勇者があの有様なら、社会見学の一端としても無駄にはなるまい。軍曹は予定を決めた。

 

「良し、付き合おう」

「その前に靴屋に寄っていいですか」

 

 昨日言っていた事か。

 

「早くしろよ」

 

 返事と共に幾つか開いてる露店へ駆け込んで行く。

 雑貨は店舗を構えている店より、こうした露店の方が安い場合が多いからである。店舗には税金が掛かるから、商品は高めになるが信頼度が高い。

 露店は逆だ。直ぐに畳めるから、粗服品を売り抜けてトンズラする様な危険がある。だが、そこはリスクを天秤に掛けての選択だ。

 

             ◆       ◆       ◆

 

「んーっ、負担が減った」

 

 六本の脚に履いた靴を誇らしげに見せびらかしながら、ラム・ラムは履き心地を確かめている。靴はゴム引きの底部はショックを和らげてくれる。

 

「靴って靴下みたいな物か」

「失礼な」

 

 六本の脚に装着しているヤシクネー用の靴は、ユウの言う通り、靴下みたいな構造だったが良く見ると地下足袋風でちゃんと靴底がある。

 外は革製のブーツみたいな外見たが、ゴム引きで濡れた所も大丈夫そうに見える。これなら反発力で固い地面の衝撃を防いでくれそうだ。

 

「靴を買ったのは子供以来だなぁ。もう少しシックな色合いが欲しかったれど……」

「楽しいのか」

「うんっ」

 

 形と機能は満足だが、真っ赤な色が気に食わない。だが、この派手な色のせいでずっと売れ残っていたバーゲン品なで、結果的に安く買えたので文句も言えない。

 舗装の多い都会のヤシクネーなら履いてる者は皆履いてる靴だが、貧乏な彼女にとって久々のお洒落なのだ。色の点は気になるが、形はファッショナブルなので満足度は高い。

 

「女の子なんだなぁ」

 

 楽しそうに浮かれる姿を見てユウは呟く。

 魔物であっても普通の女の子とおなじく、身に纏う靴みたいなファッションに敏感だ。二十歳をとうに超えている筈だが、反応は若い女の子その物だった。新しい靴に心を躍らせている。

 

「で、塩田だから街の外だな」

 

 市壁の向こうを指さすギネス。

 早朝の陽射しを浴びて、広場でくるくる踊ってるラム・ラムの様子を無視して、事務的に用件を進める。東岸も河からこれだけ離れると空気が乾燥している。

 

「今の時間は仕事に行ってますね」

「じゃあ、塩田の方へ行くか」

 

 城門を抜ける。海軍の二人は徽章を見せればフリーパスだが、ユウだけは呼び止められて質問を受けるのは、市民でも軍人でもない〝余所者〟な為である。

 

市警(シティガード)に税金で小銀貨1/4も取られた」

「高いな。街道税分取られたか」

 

 小銀貨は銅貨千枚に当たり、半小銅貨はその半分、銅貨五百枚相当の大金で、1/4は二百五十枚に当たる。エロ銀貨とも呼ばれる鋳造貨幣を1/14に割っただけで半銀貨はこれが1/2になっただけだが、通貨として通用する。

 銅貨二百五十枚、或いは五百枚相当のコインを設定しないだけなのかも知れないが、ちゃんと流通しているらしい。切り口は意図的にギザギザになっており、コイン同士を合わせるとぴったり一致している為、意図して加工しているのが明白である。

 ローマ時代の貨幣にも似た物があるが、歴史に疎いユウは知らない。

 

「街道税って?」

「西岸から河を横断したって判断されたんだ。ポワン河を越えるのは税金が掛かる」

 

 大河を横断させるには金が掛かる。渡し船を整備するにせよ、橋を架けるにもだ。だから収入として市税を取るのは大切な仕事になる。

 現代人はついつい忘れがちだが、無造作に置いてあるインフラだって只じゃないのだ。

 

「小銀貨1/4は高いなぁ」

 

 小銀貨の価値は銅貨千枚。1/4なら銅貨二百五十枚分、《ヴェルデ広場》で食べたつくねなら百ニ十五本分、ダルダル・ステーキなら五十皿は食べられるのを思い浮かべて、ようやく金銭価値がユウにも理解出来た。

 

「払えただけでもラッキーだぞ。払えられなきゃ、下手すると豚箱行きだ」

 

 市警は都市の治安とかを司っている民兵だ。市民生活に密着してる分、水道局やら火消しとかにも顔が効くから、ある意味、軍なんかより敵に回したくない相手である、

 

「酷ぇ」

「だから貧民は河を渡らない。渡っても市壁から外に出ない。

 まぁ、ユウは我々が説明してやるから、豚箱行きは免れそうだがな。宰相の名を出せば何とかなりそうだし」

 

 渡っても領都内で全てを済ますと言う意味だ。西岸、又は東岸から領都に入っても中州で全ての用事を済ませて、決して対岸には渡らない。だから同じ領都民でも、対岸の街を見た事が無い住人だって存在する。

 

「金はあるんだ。けちけちするな」

「確かにまだ金貨はあるけどさ」

 

 軍曹の指摘通り、彼の腰に下げた革袋には金貨が充分に残っている。しかも、消費金はまだ金一枚未満だ。宰相の渡した額はそれだけ膨大と言う訳だ。

 

「砂漠だ」

 

 ふと気が付くと目の前に真っ白な砂が広がっていた。

 

 

〈続く〉




跳ね橋は船を通行させる為の物。ポワン河は大河で昔から、東の防衛線でした。大井川みたいに昔は架橋が禁止されていました。でも架橋に当たって船を通す必要が出たのです。
無論、渡し船も可能でしたが陸に対して輸送効率が落ちます。街道は全市を貫いて東西両岸を縦断する必要がありました。で、解決法が開閉橋でした。旋回橋など色々あります。動力付きもあるみたいです。
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