東岸は砂漠地帯。本来領都はこっちが先に開発されたのですが、主な取引先は全て西岸なので、市場は西岸に移っています。
造船所が多く、工業地帯か下町の趣きもあります。
「嘘だろ……」
市壁を越えたらそこは砂漠だった。
しかも見事な砂砂漠である。白い砂は太陽を浴びてきらきらと輝き、砂の中に雲母か何かの硅素質が混ざっている様だ。遠目には幾つかの建物も見えるが、蜃気楼が作用しているのかゆらゆらと揺れて、明確な形が確認が出来ない。
「ポワン河から東は、海岸から内陸までずっと砂漠だ」
「西は普通の土地だろ」
確か小麦とか野菜畑が広がっていた気がする。でも、こっちは見事に砂漠である。見渡す限り、ずっと砂砂漠だ。
「精霊力の違いだな。ここらは炎と風の精霊力が強い」
「精霊王でも居るのかよ!」
無茶苦茶な説明に、ユウが叫ぶと軍曹はあっさりと「居るぞ、精霊王」と答えを返す。土地には精霊の力を持った存在が普通に住んでいるらしい。
「ここら出身の副長が方が詳しいんだけどな。精霊王。
砂漠の部族の巫女一族だから」
エトナ中尉は砂漠のオアシスを守護していた有力部族の出であるそうだ。あくまで話であるが、ここの精霊王は具現化すると、ばかでかい炎の巨鳥みたいな姿になるらしい。
「塩田は海岸寄りにある。砂に海水を撒いて塩を作る施設だ」
「知ってるよ」
一応。概念は知っている。確か朝ドラとかで見た事もあるが、専門家ではないから良くは知らない。詰まる所、海水から水分を飛ばして塩を作る施設である。
砂漠にあるから太陽熱を利用しているのだろう。ララ・ララと言う女の子はこの塩田で働く、塩田職人なのだろうが、何の仕事をしているのかはまだ説明がない。
「塩は領都の特産品よ」
ラム・ラムが説明してくれる。
今は他にも特産が多いけど、初期の頃は海塩を取引材料に|領都(てな名前ではなかった寒村だったけど)は貿易を行っていた。その昔、中原は岩塩を用いていたが、安価な海塩がこれに取って代わる原動力になった物だ。
「大量生産して値段を下げたら売れたのよね」
海岸近くの村でも製塩は行っていたが、とにかく、これが大規模にやった事は無かったから価格破壊が起こったのだ。
だって太陽光たっぷりの砂漠だから元手も要らぬ。だから安価だったのだ。
塩は売れた。国外でも国内でも売れた。水運で大量に内陸に運ばれた海塩は大流行になった。売れすぎて、岩塩を産出する領地から工作員やら刺客が送られる程、売れた。
「もし第四次大戦がなかったら、危なかったかも知れんな」
大戦と言う名の戦争は、隣国マーダー帝国との戦いだけに使われる。西方の二大大国が戦った戦争である。第一次から第三次までは一進一退の戦いで、一番は旧い戦いは数百年前の建国当初まで遡る。
結果は大国同士だけあって一進一退でどっちかの本国を屈服させるまでの決着付いた事は無い。途中でどちらも力を使い果たし、手打ちになるのがパターンである。
「戦争中だから、お目こぼしがあったって事か?」
「普通なら、経済の構造を変える様な変革は嫌われる」
そりゃそうである。流通革命なんぞ既存の組織にとっては敵その物だ。
只でさえ商業ギルドが強い世界だから、それだけ保守勢力の既得権益が強いのだ。が、時期は戦争中、味方を攻撃するのは国家にとっての利敵行為になる。
「国が領主を擁護したのだろう。その頃、領都に軍港の建設をしていたし、天才技師として艦隊も整備していたし、彼女が没落して貰うと困ったんだろうな」
「タイミングが良かったんだな」
「まさか、水運の一大拠点になるとは思わなかったんだろうな」
当時の輸送は陸上がメインで、東の辺境にあるここは誰も住まない田舎だった。
だから住民を募集しても集まらず、やむを得ず、移民は亜人に頼る事となるが、それが逆に都市を発展させる原因となるのは皮肉である。河の根元を抑える事で積み替え港として勢力を伸ばし、石鹸や造船なんかの工業を興して今は国内の一級都市だ。
「ありゃ、道が途切れた……」
市壁の門を出ても東へは直接進まない。大通り風の街道が一直線に続いているが、それが見えるのは門から暫く行った所までで、末端は砂の海に消えている。
「砂の下よ。
幾ら整備しても砂中に埋没するから、今は門の入口だけ清掃しているそうよ」
風が強いと一晩で幾つも砂丘が出来てしまうから、道は数キロ続いているにも関わらず、門の前以外は放置が基本である。この先は〝砂漠街道〟とも呼ばれている東西の交通路なのだが、舗装路を整備するのは挫折したらしい。
中原を越えて、隊商はキャラバンを組んで砂を越えてくる。
「東岸は中原色が強い。隣国の帝国の影響もある」
マーダー帝国も砂漠文化圏なので、文化的に中原の影響が高いそうだ。
ぽつぽつと彼方からラクダを連れた人々がやって来る。砂漠地帯に暮らす遊牧民で首に付けた鈴をならしながら、羊みたいな動物の群れを連れている。
「《スキュラ亭》も砂漠越え商人の
今は高級ホテルでございって顔をしているが、貧しい寒村だった頃はターゲットを隊商に定めないとやって行けなかったのだろう。
めえめえ鳴く羊を横目に見ながら、ギネスの説明は続く。歩みは東ではなく、海岸寄りの南方向に変わっていた。塩田があるのはやはり海沿いらしい。
「あれ?」
ユウは市壁沿いに歩いてて気が付いた。砂漠と市壁の間に何か建造物が建っている。モンゴルのゲルみたいなテントとか、バラック建ての貧相な小屋とか。
「話しただろう。スラムだよ」
ラム・ラムの説明に、昨日、貧困地区を通った際に話題に出ていた物だった。
「市民じゃ無い奴が、市壁の外で生活してるんだ」
言われて見れば身なりも何処と無く貧相だ。だが、活気はあって賑やかな感じはする。貧しいだけで決して停滞してるって訳ではないみたいだ。
「景気は良いからね。でも多くは市民権がない」
都市の一員になるには戸籍が要る。でも都市は一定以上の人間を養えないから、都市で働きたくて職を求めて来た人間も拒絶するのだ。だから郊外にこうした溜まり場、非公認のスラムが誕生してしまう。
「西岸の方が規模はでかい。門前町として非公式な街が出来ちまってるからな。それに比較すれば東岸のこれなんて可愛いモンだ」
「千人は暮らして居そうだけど」
ちょっとした街である。しかし、市民ではないから基本的な生活に保護はない。
街灯や井戸みたいな生活インフラは用意されていないから、自力で何とかしなきゃならない。これが領都だったら、公式な公共事業として供給されるのだろうが、市民ではないから適用の範囲外だ。もっとも彼らも税金を支払ってないから当たり前だけど。
「市民には義務があるのよ」
ラム・ラムが言った。市民権は審査が必要になると。
「単に都市に来ただけじゃ、何時までも〝余所者〟だわ。今のユウ、旅行者もそうね」
「俺は旅行者?」
「どっかの戸籍があって、身分が保証されてる者かな。
宰相から身分証、貰ったでしょ?」
金貨に二十枚でファスナーを譲った際、ミキ・ラートリィがくれたのを思い出す。金貨の革袋に突っ込んだままで、先程、市壁門の市警に見せたばっかりだったが。
「宰相府が身分を旅行者として保証してくれてるのよ。期間限定だけど」
「本当だ。一年限定になってる」
身分証を確認して有効期限を認めるユウ。数日で簡単なエルダ文字なら少し勉強しているから、かろうじて数字なら理解出来る。一応、ユウだって努力家なのだ。
しかし、証書に写真なんかは当然ないので、どうやって本人なのか確認するのかまでは判らない。
「一年で報酬が尽きると計算したのでしょうね」
「使い込めば、どんな財産だって一瞬だよ」
反発を受け流しながら、ラムは「一年過ぎたら、再発行が必要になるよ」と教えてくれる。無論、今回みたいな只じゃない。〝それまでに身の振り方を何とかしろ〟とでも言外で言ってると言う意味なのかとユウは気が付いて青ざめる。
「スラムか。もしかして、ここに住む事になるのかな」
周囲を見回してため息を付く。
「どうかした」
「い、いや」
勇者なるブランドが通用するかと思っていたが、どうもエルダではこいつが無力な存在であると判って来たからだ。それを悟られない様に何とか誤魔化す。
「?」
歩いていると地面の固さに違和感があった。
砂地なのに足が沈まないし、しっかりした土台でもあるのか地面が固い。
「スラム地区を離れてご覧よ」
それを指摘するとラム・ラムはそう言った。防風・防砂林になってるらしいヤシ林の外へ出ると、途端に足元が不安定になる。
「スラムを領都が黙認しているのはこの為だ。スラム街は土を作るのさ」
軍曹が説明する。人々が生活すると廃棄物が生じる。それが腐って土が作られるのだそうだ。無論、ただ単に風化に任せるのではなく、土を形成してくれるミミズとか虫の力が必要となるのだが、人々が生活してくれる居住地には、彼らが共生し易い環境が作られルるからだ。
「オアシス近辺の村とか、砂漠に出来る居住地も同じだぞ。人々が集まって生活する内、だんだん土が形成される。やがて畑も耕作可能なる」
「もっとも、長い月日が必要になるけどね」
ラム・ラムが補足し、辺りを見回しながら「ここまで土地が広がるのに、数十年は掛かっているだろうね」と告げる。砂漠を緑化する事業をスラム街は自然に進めてくれるからこそ、こうして移民者の不法対滞在地区を放置しているらしい。
西岸は東岸とは違った自然環境なので別の理由があるが、こっちは正式な市街地として整備が進められているそうだ。もっとも、領都に編入されると公共サービスを受けられる反面、税も支払わねばならず、徴兵義務とか法にも従う必要が出るので反対運動も多い。
「あれは何?」
市壁の周囲を取り囲むスラムの中に、ユウは面白い物体を目にした。
土の山だ。丘みたいな形でこんもりと盛り上がり、表面には無数の穴が並んでいる。洞窟かと思ったが、粗末な扉みたいのが備え付けてある物件もある。
「
軍曹は素っ気なく言うと目を逸らした。すると穴の中からヤシクネーの子供が這い出してくる。瞬時にこれは彼らの住居なんだと理解する。
「ヤシクネーでも最下層の貧民は土に穴を掘って巣を確保するんだ。土の壁が寒暖も防ぐし、ただ寝るだけなら問題は無いわよ。但し、狭くて私物は殆ど持ち込めないし、煮炊きも出来ないけどね」
掘りつつ糸を吐いて土を固めるのだそうだ。無論、耐久性は低く、風化で一年と持たないが、壊れたら手直ししながら住み続けるのだそうだ。糸が凝固剤になるので雨とかは弾くが、
「巣も崩れれば土になる。だから巣の設営は顔役から奨励されている」
「顔役って」
「地主。土地を仕切る親分みたいな奴だ」
幾ら領都外でも、お上からしたら不法の土地占拠である。エルダでは個人での土地所有は士族以上の階級でないと認可されない。一般人は土地所有者から借りる形で金を払う必要がある。
「で、ここらの土地を所有するのが顔役って連中だ」
「地回りか」
「うむ」
暴力団の事を連想する。実際、地所代をそんな風に徴収している連中だって存在するだろう。
ちなみにヤドカリみたいに鋏で穴を塞ぐが、最近では不法侵入を防止する為に前面に扉を設置するのが流行ってるそうだ。
「小金を持ってるのも増えたせいかな。鍋釜もあるしね」
「鍋泥棒?」
「売ればお金になるわよ。銅製の奴なんか特に」
現代では鍋釜の廃品なんか、誰も見向きはしないのだが、どうやらエルダでは金属資源はまだ高価みたいだ。江戸時代みたいに火事の焼け跡に釘拾いが殺到するのかも知れない。
とにかく、最近は貧民でも私有財産が増え、巣に置きっ放しにする者が増えて泥棒も出没するとの話である。
「昔は身一つだったからね」
手に入れた食料も生で食べてた。椰子の実は無論、野菜、魚や肉に至るまで、自前の鍋や釜を持たないから料理出来ないからだ。そして火を起こすにも金が掛かる。
串焼き料理は器具が不要だから、貧乏飯の代表だと聞かされる。そこらの枝に具材を刺して、ただあぶれば完成だからだ。
「料理する様になって、病気になって死ぬ者も減った」
「行政は何してるんだよ!」
「スラム街だぞ」
怒るユウに軍曹は「市民以外の奴に金が投下されるもんか」ときっぱりと答える。市壁の外、ここは行政の適用外なのである。
現代日本だったら、不法滞在者でも何等かの措置が執られるだろう。。しかし、エルダ世界では市民権を持たない、或いは何処の領民でも無い人間は、〝無い者〟として処理されてしまうのだ。
何処も領民以外を養う余剰の力が存在しない為だ。
「まぁ、疫病でも派生したら動くわね」
「え」
「スラム地区の撤去よ」
人々を救済するのではなく、疫病の原因である不法居住者を追い払い、焼き払うなりを行って土地を整地してしまうのである。
追い払われた難民の事は知らんぷりだ。不法に住んでるのが悪いのである。一応、聖教会が慈善で食料配布とかもしてくれるが、ただそれだけだ。公共の補償は一切無い。
「酷すぎる」
「では勇者よ。お前なら、こいつらを救えるのか」
キネスは『意地の悪い質問だ』と内心思いながら問うた。色々試行錯誤して現状で最善の策、妥協案がこれなのだ。
それは誰でも人間が死ぬのや、不幸になるのは防ぎたい。だが、全ての者を救うのは不可能だからだ。使える予算は限られているし、やろうと思えば、湯水の様に金を溶かす事も可能だから、何処かで誰かが手綱を取って制限を加えねば成立しないのだ。
「まず独裁政治、貴族政治を止めて民主的に皆が参加出来る政府を造って……」
ユウは理想を語り出した。
「貴族を廃する?」
「偉そうにしている奴が、自分を特権階級だと思い民で富を集め、民を虐げて好き勝手してるんだろう。そんな物は要らないんだ」
現代日本人の持つ貴族のイメージを語る。ベルサイユ宮で毎晩豪華に夜会を催し、市民に重税を課して塗炭の苦しみを与えながら、「パンが無いならお菓子を食べろ」と傲慢な言い草で発言する貴婦人。それが彼のイメージだった。
「全ての民衆が参加出来るしなきゃ」
「特権を剥奪された貴族はどうする?」
黙ってる訳は無い。彼らは無力な民草では無く、その下には彼が庇護する領民が居る。
「大人しくして貰うさ」
「反乱が発生するな」
内戦だ。それに乗じて外国が攻めてくるだろう。
曲がりなりにも平和だった世界が、血で血を洗う地獄と化すのだ。
「皆で平等な社会を……」
「無理だな」
皆が参加可能な政府っての無理だ。何故か、現代日本の政治が最新で他は時代遅れで間違っていると考える奴は多いが。それに必要な条件が全く整っていないのだ。
「どうやって? 富む者から財産を奪って貧者に与えるのは誰だ。リーダーは?」
それを成すべき力はあるのか、旧ソ連にはボルシェビキなる暴力装置があったが、それに相当する力を持った存在が、今のエルダに存在するのか。
運良くあったとしても、そいつが権力を奪取した後、単に後釜に座ろうとするだけではないか。旧ソ連みたいに。
旧支配者を倒した後は、彼の国は一個人の独裁だった。
「俺が……」
「だいたい、投票とか無理だぞ」
王国は識字率は高い方だが、大量に存在する文盲は文字を読めないし、書けないから候補者へ投票も出来ない。それに下層の大衆が候補者の事を理解しているかも疑問である。農民が気にしているのは明日の作物の実りで、候補者の存在など頭を占めているとは思えないからだ。
「農家で大切なのは日々の生活。水やりだの、雑草取りだのの方に頭が一杯で、せいぜい貼られたポスターの似顔絵を見て〝こいつ顔がええなぁ〟程度の認識になるな」
農民は農作業が機械化して、余暇が生まれない限り、他の事に気を遣う余裕が無いからだ。別の事にかまけていたら、たままち生活が破綻する。
「酷いかも知れん。だが。領主様が領民以外を放って置くに理由がある」
軍曹は言い淀んだが、「これは知り合いの貴族様の言葉だが……。自分の領民、自分の為に力になってくれる味方を助けるのが領主の仕事だそうだ」
「それ以外は」
「味方とならぬ以外は斬り捨てる」
当たり前と言えば、当たり前だ。仮に歩いていて、何処からか現れた乞食の大群が「金をくれー」と纏わり付いて来たら、貴方は素直に金を渡すのだろうか?
乞食が手に手に武器を持って、「金を渡さねば殺すぞ」と脅迫でもして来たら、身の安全の為に金を出す事はあるだろうけど、それ以外は無視せざる得ないだろう。
「暴力装置を持たない集団には応じない。それが世の中の理だな。
味方でもなく、力も持たない連中に金は出さない。その金を領民に使って少しでも生活を改善させる方が有意義で、回り回って自分の力になるからだ」
何故か、スーパーのレジに並んでると自分の篭に勝手に商品を入れて、会計後にちゃっかりその商品をかっ攫って行く悪ガキを思い出した。当然、お代はそいつが払っていない。
「領主とて同じだよ。領民は救うべき味方だ。だから手を差し伸べるが、それ以外は救う義務はない。だから斬り捨てる」
「でも」
「誰が財源を用意するんだ。金は無限に出て来ないぞ」
痛い所を突くギネス。
下士官は艦の財政に関わる所がある。勿論、専任の主計は士官ほどの権限は無いが、兵と違ってここらの内実にも触れられるのが責任者の性質だろう。
《マイムーナ》は小型艦だから主計士官は副長兼任だ。そして、彼女はいつも愚痴をこぼしていた。金庫から予算をだす時、「もっと予算が欲しいのぅ」といつもぼやいていた。
給料日に乗組員に支給する時に見る姿だ。そうして取り出した金袋を各班長に配るのだ。
「公共の金は領地からの税金だ。税出す人間に還元するのは当然だ。
役人は無論、軍隊や市警もその為にある」
税も払わない人間は救う価値も無い。非情であるがそれがエルダ人の結論だった。
「そりゃ、助けられれば助けたいよ」
ラム・ラムが口を開いた。
「でも、『そいつらの為にお前が犠牲になれ』と言われたら、あたしは綺麗事なんて撤回するね」
そう、ぴしゃりと述べる。
「一番は結局、自分なのか」
「そうだよ。余裕があれば手を差し伸べるかも知れないけど、貧しいあたしらに他種を救済する余裕なんてありはしない」
バイは一つ。両者に分け与える余裕は無い。どちらも貧しく、他者に利益を分けられない。自らを犠牲に? そんな自殺願望の輩が居るならビックリだ。
領主は考える〝ならば役に立つ方を優先し、もう一方を無視する〟しか選択肢がないではないか。最善の道として。
◆ ◆ ◆
「俺は無力だ」
勇者は力なく呟いた。勇者として別の世界に来たからには、大勢の民を救って英雄に相応しい葉働きをしなきゃなせなかったのではないか。
「パンドーラじゃ、そのつもりだった」
「役目が違うんだろ」
あっけらかんと軍曹は言う。そして「元の世界での役割は何だったんだ」と問う。
言われて見ればただの高校生だ。しかも、成績もヘ平均下の劣等生。到底〝勇者〟を名乗れるステータスは持っていなかった。
「世界によって与えられる役目が違うと思うぞ。
もとの世界では単なる学生。パンドーラでは勇者。ではエルダでは?」
そう言われると悩む。ファンタジーな世界へ来たのだから、前と同じく勇者のつもりだったが、ここでは肉体的にエルダの住人とはさほどの違いは無いみたいだし、特に強い装備なんかも入手していない。
一応、バンドーラから引き継いだアイテムもあるが、ああっ、腕時計じゃ無くて魔剣〝ツヨイケン〟を所持してれば、この世界でも!
「あのな、人は全てを助けられないんだ」
「軍曹」
ユウの肩を叩くと、ギネスは足早に彼を追い越して先に出る。もしかすると真面目に語る顔が見られたく無いのかも知れない。
「何かを成す為には、時には何かを選択する必要がある。
あたしもそうだった。自分が生きる為には時には姉妹を見捨てる事もあった」
そして「あたしは一度、姓が変わってる」と呟いた。この世界で姓が変わるのは結婚した後に、相手の家へ嫁入りするのが主だが、それ以外の原因も実は多い。
「貧しくも和気藹々な家族。でも、あたしは生家を捨てて、スタウト家に入った」
養女。これが姓が変わる主な理由だ。養女となれば、姓が雇傭主の名になるのだ。
〈続く〉
市壁に沿ってスラム街がベルト状に広がっています。だから、市壁から100m前後は土が形成されています。難民キャンプみたいな感じ。
一応、暮らせるだけのインフラは自主的に整えてます。共同調理場とかね(有料)。
椰子の木は防砂林。無論、実は食料に、幹や葉は建材として利用されています。大体、十五年ほどで最盛期が過ぎて実を付ける効率が落ちるので、その頃に伐採するそうです。公共林ですが勝手に所有権を主張する奴も居るみたい。
ヤシクネハウスに住んでる者も居ますが、あれは背負って移動可能なので昼間は見当たりません。夕方になると出現します。