◆ ◆ ◆
船上にはでかい岩がゴロリと転がっていた。
ヤシクネーの水兵が脚を鳴らしながら、カタカタと歩き回っているのは船倉に移すか否かを調べているのである。
「質は悪いな」
「城壁には使えませんね。朝一で港へ降ろしましょうか」
兵達の会話から、どうやら結論は出ている様だ。
小艦艇に属する《マイムーナ》は、やはり船体積載量に限りがある為、搭載量を圧迫する様な荷物は余り載せられない。
まして船倉は手狭の上、領都エロエロンナから歩いて数時間な距離であるにも関わらず、隣町のゴルカまで三日も掛けた理由が、途中の随所随所で測量し、更に危険地帯の土砂を浚渫(しゅんせつ)していた為である。
当然、途中で掬い取った土砂は土はともかく、小石混じりの砂利は本船へと収納してある。まだ少し余裕があるが、これからの事を考えると余裕は一切無い。
「砂利回収業者への連絡は?」
「済んでます。あ、副長」
やって来たのは脚部が鳥脚の海軍士官。
若くて階級も高くないが《マイムーナ》の艦長は大尉だし、船の乗組員総員で三十名も居ないから副長の座に納まっているのだろう。
古代風のシェンティを身に付け、長い金髪をストレートに降ろしているが、光の具合によっては銀緑色に見える不思議な色彩だ。ちなみに脚部の羽毛は若草色である
「ご苦労。作業は早めに切り上げて夕飯を取るのじゃ」
「はっ」
敬礼に返答しつつ、手元にカンテラを掲げながら中尉は鎮座している岩を観察する。
既に日没してから時間が経ち、周囲は次第に闇が濃くなりつつあった。セイレーンである副長は〝鳥目〟と思われがちだが、別に夜間は見えにくくなるだけでヒトとの差は無く、逆に鷹などの猛禽類並みに視力が良く、本艦では望遠鏡要らずの監視員としての名を馳せている。
だが「いや、それでも夜間飛行は苦手だ。御免被る」と本人は謙遜するが。
「砂岩だのぅ」
茶色で乾きつつある岩を一瞥すると、その表面を触った感触で副長は断言する。
触った箇所からぼろぽろと崩れるのは、硬くない砂岩質の特徴だ。この柔らかさから城壁は無論、建物の土台にも使えない。
「これでは売り物になりませんから、砕いて捨てるしかありません」
「砕くのも手間じゃな。港に降ろして引き取って貰うしかあるまい」
建材として使える岩ならば、そこそこの値段で売買するのも可能だろう。
しかし、それ以外だと何の価値も無い。河の中へ放置するのも砕かない限りは航行を妨害する単なる邪魔者で、脆いと言っても船底に穴を開けるだけの硬さもあるから、厄介な代物だ。
かと言って砕くにも労力が掛かる。それまで船上に置いておくのも船のキャパシティから無理だから、この港へ陸揚げして処分して貰うのが最善の方法だった。
「朝一番で、川砂利と一緒に降ろす予定です」
「ん、機関長には私が言っておくのじゃ」
鮮やかな緑色の羽毛を棚引かせながら、エトナ中尉は船室へと引き上げる。
吹きさらしのブリッジの下が一段高くなっており、そこにトップデッキが設けられているが、内部は数室ある士官室と航海室、厨房で占められている。
士官は二人切りなので、多くの部屋は別の目的に転用されている。例えば、倉庫や娼妓室とかだが、幸か不幸か《マイムーナ》には女性兵しかいないので、余り利用される事は無い。
「あ、艦長」
「副長か、今、どうしようか考えていた」
航海室。海図(今は河川図)が広げられたテーブルの向こうに、和装も美しい艦長のヤノ大尉が座ってた。東方人の血を引く人形的な異国的な情緒に思わず我を忘れてしまう。
小型艦の狭い私室より、ある程度の広さがあるので航海室は使われる頻度も少なく、士官の溜まり場として使われる事が多い。当然、艦長も副長も任務が無い時にはここにたむろしていた。
「拾った少年の話かや」
「うむ。本来であれば母港へ帰るべきなのだろうが……」
「出港してから、僅か三日じゃからの」
任務も途中だし、まだ舳先を翻して領都へ戻るのは早すぎる。憲兵か何かに引き渡せれば良いのだが、当分、この先に軍事施設はないし、同じエロエロンナ領でも配下の子爵家や男爵家の封土であるのが多く、現地の治安組織に引き渡すのも躊躇われた。
「只の遭難者では無さそうだが、ずっと寝ているのでは手出しも出来ん」
「所持品じゃな」
ヤノ大尉は頷いた。
少年が所持していた工芸品の数々。それは技術者集団である彼女らの目から見ても、異様な代物だった。
まだ掌の大きさにしか小型化の出来ていない携帯用の時計。だが、少年の手首に填まった時計らしき物、腕時計とでも呼ぶべきだろうかは、今までずっと作動している。
「発見したのは水中だぞ」
「水が入って、浸水するのに動いてるのぉ」
「信じられんが、完璧な防水機能を持っているのか。まさかな」
今の懐中時計では不可能である。
元々、時計の小型化はかのビッチ・ビッチン提督のお声掛かりで、半世紀以上掛けて置き時計から進化した物で、まだ防水機能は不完全だ。
一応、海水に濡れた程度では問題なく作動するが、長時間水に浸ければ壊れてしまうのが、このエルダ世界では普通であった。
「最近はパッキンが進化しておるが……。流石にあれだけ小型化するのはの」
副長の疑問に艦長は、「とすると、超古代文明の遺失技術か」と顎を撫でて考え込んだ。
超古代文明は、魔族がこの世に現れる前、ざっと今から一万年もの昔に突如、滅びた謎の高度技術文明だ。
魔法を利用しない超技術で
「盗人である可能性もあるが……」
「盗掘者が新たな遺跡を発見したのか。有り得るが、しかし、皇国人が?」
「そこなのだよな」
彼ら互いには顔を見合わせた。
未知の不可解な事実が多すぎる。この艦の最高責任者と言っても、二十歳そこそこの若い軍人で、経験も多くない下級士官に過ぎないから、こんな時、どう対処しようか迷ってしまうのだ。
気楽に測量と、事故を未然する防止だけの清掃作業を行うだけの航海かと思っていたが、どうもイレギュラーな闖入者のお陰で、一波乱有りそうである。
◆ ◆ ◆
物を焦がす、気持ちの良い爆ぜる音が鍋から響いて来る。
気合いの入った「ほいっ」との号令と共に、食材が丸い炒め鍋から宙を飛んで再び着地する。
「ここで酒ほひと垂らし」
キーラ曹長が酒瓶を掴んで振りかけると、途端にアルコールに引火して鍋が燃える。
しかし慌てず騒がず、お玉が何往復かすると炎は消えて今夜のおかずの出来上がりだ。
「よし、こんな物だろう」
大炒め鍋から手早く、さっさと大皿に炒め料理が盛り付けられる。
ドライトマトが絡んだザケと称する紅肉の干し魚。彩り用に豆が散らされた中、紫色のナスが良い味を出している。辛みに放り込まれた唐辛子が南国風味と言うか、エロエロンナ風である。
烹水科の職場である厨房は、狭い艦内の中でもそこそこの広さが与えられている。ここでスタッフの五人は他の職場と兼任しつつも、食事時はこの聖域で必ず集まっていた。
「曹長、相変わらず凄い腕ですね」
「実家じゃ、それ程褒められなかったぞ。と、パンは焼き終わったのか」
「良い具合ですよーっ」
バン焼き窯が開けられ、二度焼きされた平形の皿パンを目にして、「ふむふむ」とばかりに曹長は頷く。ライ麦粉が粗くて低価格の品で兵食なんてこんな物だが、これでも河川部隊だから一般の航洋部隊に対して食糧事情が優れているのが大きな強みだ。
乾パンに干し肉なんて当たり前で、何ヶ月も窮乏生活を覚悟する洋上生活を過ごす彼らに対して、水も食料も寄港すれば手に入り放題だから、陸上生活に近い食生活を送れる。
代わりに予算の関係から安物しかないが、虫の湧いた食料を食べるよりは圧倒的に恵まれていると言えるから、それが河川部隊の自慢だった。
「何とか間に合ったな。椰子の実は全員に用意しておけ」
「了解」
ヤシクネーにとって椰子の実は主食だ。普段はこれ一つで食事を賄う事もある。
中の水を飲み、内側のコブラを削って食べるだけでもヤシクネーにとっては最高の食事なのだ。これに肉や魚の副食が付き、ついでにパンなどが加わると彼らにとって大変なご馳走である。
椰子の実は今度、この港で新しいのを補充するので古いのを使い切るから今夜は大盤振る舞いだ。豪華版の夕飯になるだろう。
「暖かい内に食堂に運べ」
「はーい」
カンカンとお玉で鍋を叩きつつ、部下に急く曹長。
階下の食堂に
「そう言えば、曹長が拾ったあの少年。何を食べるのかなぁ?」
「ヒト種でしょ。あのナスのトマト炒め、絶品だと思うけど……。東方人って辛いのに大丈夫なのかしら」
運ぶ最中、まだ意識不明で昏倒している人間に対し、何を食べるのか推測する部下達も二十歳前で年頃の女の子だ。軍人と言えど世間話に花が咲くと無駄口が多くなる。
キーラ曹長はスキュラの触手を振り回しながら、素早く料理の後片付けを行っているが、仕事を行っている限り、軍規違反だとは咎めたりはしない。
「あの少年まだ目覚めないのか。今、誰か付き添いは?」
「ラタ上等兵。えっと、機関長の班で見ています」
部下のネコ耳族の従兵からの返事に、曹長は脱ぎかけのエプロンを元に正した。
あの少年用の食事がすっかり抜け落ちていたからである。
「そうか。今から東方料理でも作るか……」
一応、実家で一連の異国料理は叩き込まれたが、『東方の皇国料理は白い白米ご飯が基本だったかな』と思い出す。白米は変な風に炊くとおこわになったり、生煮えになるので中々難しいし、米の種類も西方米と違うから、ちょっと出来映えが違うらしい。
「ま、無いよりゃマシだろ」
覚悟を決めて、キーラは用意した陸稲を手早く洗い出した。
◆ ◆ ◆
機関長に言われ、たまたま手空きと言う立ち位置で少年の看護に当たっていたのはラタ・サリヴァン上等兵だった。
未成年の頃は貧しい鶏農家で鶏の世話をしていたらしいが、一念発起して海軍に志願して水兵になった良くある口である。大人になってから数年を過ごし、功労賞も貰って兵士としては最上級の上等兵となったが、これ以上は下士官を目指すしか道は無い。
更に下士官から叩き上げで士官になる道も道もあるが、下士官試験に失敗し続けているので前途は長そうだ。
「よく眠るなぁ」
医務室で相変わらず、寝息を立てている東方風の人影を一瞥する。
年の頃はティーンエイジャー。しかもミドルティーンに見える。だから実年齢は自分と同じ位である。黒髪に筋肉質では無い均斉の取れた身体が異国風だ。
「ご苦労さん。これから、当直だろう」
「あ、機関長」
医務室に顔を出したのはギネス軍曹であった。直属上司を前にばっと敬礼するラタ。
軍曹は両鋏脚を左右に振って『敬礼は不要』とゼスチャーしつつ、室内へと入る。ヤシクネーの身体は大きく、狭い医務室が圧迫されて息苦しさを感じる。
左右に突き出ている六本の脚部が、ヒトの三倍は幅を取ってしまう為である。
「夕飯も食べたし、あたしが代わろう」
「すいません。では機関室に向かいます」
「夜食はあっちで用意してあるって、烹水員が言ってた。あ、それとこれ」
脇に抱えている椰子の実を渡す。ヤシクネーの好物だが、勿論、他種族だって大人気の食材だ。特に内部に詰まっている爽やかな風味のココナッツ水は人気のある食材である。
「全員に一個配られたよ。はい」
「ありがとうございます。あれ?」
受け取った後、ラタは横を見てある事に気付く。ぴくりとも動かなかった少年の身体に異変が起こっているのをだ。
寝台に横になっていた身体全体が、青白い燐光に包まれている。オーラ光か魔力を帯びた光なのかは、ラタが魔術師ではないので判別が付かない。
「きっ、機関長」
「騒ぐな。今、艦長に報告する!」
慌てかけるラタ上等兵のパニックを抑えるべく怒声を発するギネス軍曹。
ラタと違い、魔族として魔術の才能を持っていたギネスは光が魔力を帯びた物に見えたが、やはり錬金術師の様な専門家では無い為、 それがどの様な性質の光なのかの分析は不可能で、大雑把に魔力を帯びた物としてか分からなかった。
「どうすれば良いんですかっ?」
「監視だ。直ぐ戻る!」
言うなり、脱兎で医務室から廊下へ消える軍曹。
椰子の実を抱えたラタはおろおろして見守るしかないが、その間にも事態は進行していた。
青い光は少年の身体全体を包み込んだのみならず、いつの間にやら、その身体を寝台から数センチ浮かび上がらせていた。無論、少年の身体と寝台の間には何も無い。
「な、何」
すうっと医務室の室温が低くなる。ラタは思わず腰に吊ってある船刀(カトラス)の柄に手を伸ばすが、魔剣でも無い武器が何の役に立とう。
硬質な音が耳朶を打つ。良く見ると寝台のシーツの上に霜が覆っている。室温が低くなったのは気のせいでは無く、奴の周囲が温度を下げていたのだ。
霜が成長し、うっすらと表面に氷が覆う様になった時に少年を包む青い燐光に変化が生じた。びきっと表面に亀裂が生じ、ガラスが割れるが如くそれが細かい破片となって飛び散ったのだ。
「うわっ」
思わず声を発して顔を背ける。
破裂する際、一瞬強めの閃光を放った為に視界を奪われたが、飛び散った破片が身体に当たった感触は無い。目を開けると青白い破片がどろりと融ける様に形を変え、更に大気中に消え去りつつあった。
『消えて行く?』
良く見ると彼女の身体にも幾つもの青白い残骸が纏わり付いているが、それは気化して消えて行く。はっとして目を移すと、霜と氷が一面を覆った寝台から少年が身を起こしつつあった。
「う、魔族の奴らめ……時間凍結の魔法を掛けやがったな」
少年の第一声がそれである。呆気に取られて見詰めているとゆっくりと彼は身を起こし、二、三度激しく、黒髪の頭部を振る。
「ここは……おい、前は何者だ!」
こちらに気が付いたのであろう。カトラスの柄を握ったままのヒト族の軍人に、東方風の少年は鋭い問いをかけて来た。
「ラタだ。ラタ・サリヴァン上等兵」
睨み付けられると反抗心が起こり、ラタはしっかりと彼の顔を見て返答する。
少年は黒髪に漆黒の瞳と、こちらで言う所の東方人の様な姿である。ただし東方人が纏う〝キモノ〟と称される直線裁ちの服装では無く、身に纏う姿はチョッキにズボンと言う西方風のスタイルをしている。
「上等兵? 軍人なのか」
「ここはグラン王国海軍、工作艦《マイムーナ》の艦内だ」
少年は首を傾げ、「上等兵って軍に階級制度があるのか。木造船だから中世程度のレベルだと思った」とかぶつぶつ呟いている。
「艦長を連れて来たぞ!」
廊下側の扉が開いて、急にギネス軍曹が飛び込んで来た。
少年は彼女を見て顔色を変え、身を起こして立ち上がるとラタの前に出た。
「魔物っ」
「は?」
「アラクネーの亜種だな!」
アラクネーとはギネスと同じく胸部に人間の上半身が生えていて、糸を吐いて相手を絡め取る巨大蜘蛛である。それとヤシクネーは同じ節足類なので似ているが、人間を捕食する魔物と呼ばれる様な種族では無い。魔族であるが普通に人類である。
「何を言ってんの」
当惑気味の機関長を置いて、ラタを庇う形で前に出た少年は「ラ・ブームっ」とか叫んで両手を前に突き出した。
が、何も起きない。沈黙が流れる。
「? な、何」
暫しの沈黙後、思い切ってギネスは尋ねると、少年は「馬鹿な、なぜ発動しない」と呟きながら左右を見回し、後で様子をうかがっているラタ上等兵の腰に手を伸ばした。
ラタの手を撥ね除けて、カトラスの刀身を一機に引き抜く。
「危ない。ちょっ、洒落にならないよ」
「魔物め、成敗っ!」
鈍い鋼鉄の光が瞳を射貫く。
こちらに向けられた真剣に身構える機関長は、自分が丸腰であるのに気が付いた。普段なら軍人として帯剣しているのだが、非番で仕事も終了してしまったので、自分の部屋に外して置いて来てしまったのだ。
自己防衛として咄嗟に鋏脚を全面に翳したのと、少年が一撃を放ったのがほぼ同時だった。
「くうっ」
当たり前だが鋏が痺れる。ヤシクネーはヤシガニと同じく、前脚が二肢の巨大な鋏となっているものの、鋼鉄の武器を受け止められる強度を持っているかと問われれば疑問である。
カルシウム分の殻は硬いが鋼鉄程の硬度は無いからで、メイスとかピックなんかの打撃や貫通武器なんかが相手だと、鋏は割合簡単に割れてしまうからだ。
「少年、武器を収めよ」
そこへ鋭い声が飛ぶ。戸口に建つのは艦長のヤノ大尉だった。
「機関長。怪我はどうか?」
「痺れただけです。いや、殻に亀裂が入ったかな」
数打ちで、短くて軽量な
勿論、硬い外骨格に覆われていない上半身に命中したら、致命傷を負いかねないから、カトラスは船上戦闘では花形である。突く事でヤシクネーにも致命傷を与えられるから、海軍では携帯の容易さから、ずっと使い続けられている。
「えーと、まだやります?」
ひりひりする鋏脚を前に構えながら、ギネス軍曹はそう質問する。
殻に僅かながら傷が付いていた。少しだが割れていて割れ目からじわっと赤い血が染み出している。ヤシクネーの血は甲殻類系の青では無く、赤いのである。
「魔物に屈しないぞ。俺は勇者だ」
「勇者?」
「ああ、勇者カスガ、腐っても魔物になんか屈しないぞ!」
軍曹は『格闘術は苦手なんだけどな』と内心思う。軍隊に入ってからの訓練で素手戦闘は教えられているが、余り得意では無いのである。
鋏脚は確かに強力な武器にもなるが、相手が素手ならともかく、鋼鉄の武器、特に鈍器とかの重量武器に対しては大したアドバンテージは無い。打ち込まれ続ければ下手すると鋏がぽろりと取れてしまうので、武装している相手に戦いを挑むのは正直悪手だと考えているし、現にカトラスで殻を割られてしまっている。
「魔物、魔物って言うけど、それはギネス軍曹の事か?」
「節足類のアラクネーだろう。俺はこの子を護る」
「カスガと言うのかな。君は、ふーん、勇者か……勇者ねぇ」
「悪いか!」
半ば呆れ気味の艦長の言葉にむきになって反論する自称、勇者カスガ。
護られている形になっいるラタは、おずおずと「あのー、彼女は上官なので剣を向けては困ります。と言うか、あたしのカトラス返して下さい」と抗議する、
「上司だと。魔物がお前の上司とは貴様は魔王軍の手下なのか?」
「何? 魔王軍って」
「抜かった。ここは敵地だったな!」
ラタの言を聞いたカスガは、寝台まで飛び退いて剣を正眼に構える。
医務室は狭いのでその姿は滑稽だ。すぐ後は壁であり、皆に追い詰められた形で剣を向けている。
「だが、それなら容赦はしないぞ。ドパピプペっ!」
「へ?」
謎の言葉を発したカスガに、相対したギネスから間抜けな声が出る。
一方、何も起こらない状況に勇者は顔色を変え、もう一度「ドパビブペっ!」と大声で叫んだが、当然、何の変化も無い。
「ば、馬鹿な。そうだステータス、オープン」
突然、勇者カスガの目の前に何やら板状の物体が浮かび上がった。
手に填めたブレスレットから投射された光が宙に浮かび、色々と文字らしき物が点滅しているが、昔、似た様な
超古代文明期の立体モニターとやらにそっくりだ。するとカスガが勇者を名乗っているのもあながち嘘でもあるまい。
「な、なんだこの数値は、
俺のステータスが、爆裂魔法ドパピプペが」
困惑する勇者。当たり前なのだが、流れる文字に見覚えは無い。
古代語、東方語の知識すらあるヤノ大尉ですら知らぬ、未知の文字群である。
「目の前の魔物の種類すら識別しないのか、HPやMPは不明だと、何、こいつ糸を吐くのか」
「あー、そう言えば粘液が貯まってるから、
そろそろ吐いてすっきりしたいなー。近くに製糸工場あったかな」
ギネスが糸を吐くに反応する。
ヤシクネーはお尻から糸を吐くが、これは主に木登り用で、アラクネみたいな武器としては操糸能力が低いので上手く使いこなせない。
製糸工場では細長く、強靱なヤシクネ糸を生産する〝糸吐き〟にでもなれば、糸姫として花形になれるのだけど、大抵のヤシクネーの糸は不揃いで弾かれてしまう。しかし、糸の原材料である粘液は使い道が有り、古くなって来たら売って小金にするのである。
「機関長は魔物じゃありませんよ」
「とにかく剣を降ろせ、勇者カスガとやらよ」
頃合いは良しと判断したのか、ラタに続いてヤノ大尉がギネスの前に出て説得に入る。
カスガは剣を下ろし、だが警戒しながらこちらを覗っている。
「自己紹介がまだだったな。私はカレン・ヤノ大尉。この船の艦長だ」
「勇者、カスガ・ユウ! 地球から呼ばれた剣士だ」
胸を張って名乗りを上げるカスガに、「あの、ラタ上等兵ですが……」とおずおずと手を挙げる。艦長が「発言を許す」と許可を与えると、ラタは不思議そうな表情で、少年の姿を見詰めた。
「あのカスガさんは、何で勇者を名乗るんでしょう」
「勇者が勇者を名乗るのは、変じゃ無いだろう」
「いえ、その勇者と言うのは功績を挙げたとか、偉業を成し遂げたとかに対した人に奉るに称号であって、自らが名乗る物じゃ無いですよね?」
無論、エルダ世界にも勇者は存在する。好例が伝説の勇者、墜ちて来た英雄テラ・アキツシマなんかが有名だ。
一万年以上昔の古代王国期に現れ、魔族に対する幾つもの絶大な戦果を遺し、更に現代文明にも影響を与えた数々の発明と、新たな観念を表すテラ語と言われる言語体系に多大な影響を遺した人物だが、そのテラでさえ自らを勇者とは呼ばなかったのだ。
しかし、目の前の少年は何の疑問も持たずに名乗っている。
「ゆ、勇者がクラスなんだから。ほら、王女とか賢者や、聖女と同じだよ」
「クラス。何の事ですか?」
「クラスはクラスだろ。職業を表す」
「賢者や王女は有り得るけど、自分の事を聖女だって名乗る奴っているかなぁ」
聖女だって、他者が聖女らしい偉業や能力を持っていると認めて讃えられる尊称である。普通は自らを聖女でございとは宣伝しない。
「どうしたって言うんだ。今まで、こんな事はなかったぞ」
少年は混乱している様子で頭を振る。
機関長は隙を見てカトラスを彼の手からもぎ取るが、最早、勇者を名乗る少年をそれに拘らなかった。無手になった所で気にもなっていないらしい。
「どうして魔物が人間と一緒に生活してるんだ。
どうして魔法が発動しない。
そも、敵キャラであるNPCが話しかけてくるんだ。このステージは一体……」
ぶつぶつと訳の分からぬ言葉を紡ぐ少年に対し、艦長は「まず、君の事を話してくれ」と述べると側にあった丸椅子を見付け、どかっと腰を下ろした。
〈続く〉
時代は新暦1100年代。
色々新しいです。でも一応、ファンタジー世界です。