異世界転移? 雑役船《マイムーナ》   作:ないしのかみ

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デリックは工作艦らしい装備。



〈4〉

             ◆       ◆       ◆

 

 

 船室から出て、上甲板に出た勇者は目を(みは)った。

 河港に横付けされ、片舷を水面に映しながら停船する《マイムーナ》を初めて目にしたのである。

 

「本当に船だったんだ」

「何だと思ってたんだ」

「いや、あの部屋って窓が無かったし、船にしちゃ揺れなかったからな」

「河港に入っていると言ったろ」

 

 ギネスが呆れるが、河港は防波堤に囲まれているから波は基本的に立たない。

 無論、船舶関係者はそれが常識と思うが、それ以外にとって『それは通じないのか』とも痛感する。先入観から、船は揺れる物と思ってしまうらしい。

 

「あれは、何だ」

 

 指摘された方を見ると、後甲板に載っていた大きな岩をコロの原理で転がす所であった。

 既に岩の下には何本もの丸太が敷かれていて、力強そうな人馬族(セントール)が牽引体勢を準備していた。

 

「ああ、岩を港へ降ろす準備だろう。

 起重機(デリック)が使えれば楽なんだが……」

 

 しかし、デリックは蒸気動力で作動する為、ボイラーの火を落としてしまった現在、残念ながら動かない。

 セントール達は腹帯を巻いて、岩にロープを引っかけると力を込めて曳く。

 

「ん、ギネズ軍曹か」

「ああ、航海長。おはよう」

 

 こちらに気が付いた航海長のフェリサが、ラミアの特徴である長い胴体を引き摺って近づく。

 勇者カスガの顔が引きつるのは、蛇な姿の異形の接近からだろう。実際、紫色の蛇体の長さは迫力がある。

 

「当分、出港しないから、操船科も野良仕事だよ」

「ベルサ一等兵か……。まぁ、本艦唯一のセントールだからな」

 

 セントールもヤシクネーに比べれば希少種族では無いが、馬の下半身から来る身体の構造から海軍の将兵としては少数派で、艦隊任務よりも陸戦隊に属する者が殆どだ。

 

「荷駄としては優秀だぞ。お、こちらは例の少年か。

 私はフェリサ伍長だ。航海長をしている」

 

 機関長側のカスガに気付いて、自己紹介するラミアの航海長。

 うねる紫色の鱗にやや怖気づきながら、「勇者、カスガだ」と返す勇者。それを見て、くすりと微笑みを浮かべるフェリサ。

 

「ラミアは初めてか?」

「前の世界、パンドーラでも出会ってるが」

 

 パンドーラのラミアはサイズがフェリサに比べて、遥かに巨大なモンスターであった。いや、蛇体の側面にヤツメウナギ風に人の顔が幾つも埋め込まれて、ついでに先端に蛇頭が付いていて、馬をも丸呑みする様な小山の様なキメラ的な化け物だった。

 完璧にエルダのラミアとは別物である。

 

「やっつけると経験値が高かったな。宝石も多かった」

「経験値?」

 

 初めて聞いた単語にフェリサは興味を覚えた。宝石が何の事だか判らず、問い質す。

 カスガは魔物は倒すべき存在で、退治すると自分を強化する為の経験値と言う物を排出し、その身体は宝石と化して財産になるのを説明した。

 

「たまにドロップアイテムも落とすけどな。宝石は拾うのが大変だったけど、アイテムでイベントリに自動収納される機能を追加したら、勝手に収集されて大助かりだった」

「うーん、良く理解出来ないな」

 

 航海長との会話に、艦長が言っていた〝勇者カスガはエルダの常識に疎いらしい〟とはこの事かと実感する。ギネス軍曹は異世界という物は、全く違う常識が横行しているのに口をあんぐりと開ける。

 

「倒すと経験値が宙空に表示されて、モンスターは宝石に石化されて砕け散るんだぜ。パパラパーとファンファーレが鳴ってね」

「ファンファーレって、誰が鳴らしているのさ」

 

 フェリサの突っ込みに、「知らん。どっからとも無く勝手に鳴るモンだろ」としれっと口にする勇者。いや、それエルダでは怪奇現象なんだけど。

 

「済まないが、カスガを見てくれるなら置いて行くぞ。あたしは機関室に行く」

 

 会話が弾んでいるので、機関室に急ぎたかったギネスがフェリサに提案する。

 監視役は下士官以上であれば誰でも良いので、彼女が専任で面倒を見てやる必要は無いのである。

 

「機関室。どんな物なんだ」

 

 意外にも食い付いたのはカスガだった。

 

「蒸気機関を据え付けてる所だよ。本艦の主要な動力源で心臓部だ」

「えーっ、蒸気機関。この世界にはエンジンが存在するのか!」

 

 行きたいとせがむ勇者に、せっかくこいつのお守りから解放されると思っていたのが目論見が外れ、頭と胃が痛くなる機関長だった。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 グラン王国東部にあるエロエロンナ地方。

 古妖精語(エルフィン)で〝波瀾万丈の光(エロエロンナ)〟との意味を持つ、エロエロンナなる名と男爵位を授かったエロコ・エロエロンナ嬢が、この土地を授かって約一世紀。

 何も無い不毛で、ただ広大だった土地に海軍基地を誘致し、国一番の大河、ポワン河の河口に姓と同じエロエロンナと言う名の街を建設して、爵位も成り上がって辺境伯領ともなった今日は、既に押しも押されぬ大貴族となっている。

 そこが領都となっている港湾都市、エロエロンナは当然、領都である。

 

「久しぶりね」

 

 ぼっぼっぼっ、ぼっ、とバルスジェットエンジンが豪快な騒音を立てている。

 王都との間に設けられている飛行便の客となっていた女領主は、眼下の領都を見下ろした。マッチ箱みたいな建物群が幾つも建ち、広場では市が開かれてごま粒みたいに人が蠢いている。

 

「ここまで来るのに一世紀もかかっちゃったわ。まぁ、あたしは半妖精(ハーフエルフ)みたいだから、まだまだ先は長そうだけど」

 

 この飛行船は錬金術が造り上げた奇跡である。

 浮遊石によって宙を浮かび、科学で造り上げた噴射機関推進する最新型だ、東部域の辺境と呼ばれるエロエロンナ地方と中央の王都との所要時間が僅か数時間にまでなっているのも、この新型エンジンのお陰である。

 まぁ、代償として恐ろしく燃費が掛かり、商業的にペイせずにこうした軍事用に限られてしまうのだけど。

 

「降下開始。提督、間もなく到着致します」

 

 太り気味の魔鳥族(セイレーン)の護衛士官の言葉にはっとなる。

 一応、今でも海軍軍人だから〝提督〟と呼ばれているが、予備役で名誉職みたいな物だが、セイレーンは現役軍人だから、エロコの事を提督扱いしてくれる様だ。

 海軍ではセイレーンは珍しいのだが、墜落した時に備えて主に空中勤務に集められている。

 窓の外に雲が流れ、やがて視界一面が白くなるのは高度を下げて雲海に突入したからだろう。

 

「ありがとう。もうすぐミキとも再会ね」

 

 半年近く離れていた領主代行の宰相の姿を浮かべる。

 辺境伯ともなると、自領より中央での政治活動や社交が中心となるのが悩みであった。

 もっとも、西部や北部では「今は自領を離れられぬ」と中央に滅多に顔を出さない辺境伯も居るのだが、帝国国境線に接してない分、東部のエロエロンナ領は軍事的な圧力が少ないので、これは仕方の無い事だろう。

 

『はぁ、本当はずっと自領に引きこもりたいのだけど』

 

 内心ごちる。元々、技術士官だから物作りが専門だし、田舎者だから、社交に夜会とかは苦手なのだ。必要だからこなしてはいるが、ドレスなんぞは着慣れないので、夜会は軍服専門である。

 夜会に費やす暇があれば、図面を描くか、新たな技術の勉強をしたいと思う。まぁ、社交は政治的な意味も含まれるので、出席をせぬ訳には行かないのだが。

 

「! 揺れた?」

 

 鈍い衝突音が耳朶を打つ。ややあって船体が不自然に揺れる感覚が身体を襲う。

 先程の士官が伝声管に駆け寄り、「何があった」と慌てて艦橋に問い質し、暫く、そのやり取りに時間が過ぎた。

 

「何があったの」

「事故です。雲中でセイレーンと本船が接触したらそうです」

 

 セイレーンにしてはぽっちゃりした士官が、片手で伝声管の送話口を押さえて返事をする。

 

「まぁ。その方は怪我しなかったのかしら」

「何とも……収容はされていますが、あ、どちらへ」

 

 エロコは好奇心が出てしまう。

 収容された衝突相手。一応、この船には一流の魔法医が乗ってるから、命に別状はないだろうが、久々に面白いアクシデントである。

 会って会話したい。彼女は船室を出ると、部下に「案内しなさい」と命令した。

 

「しっかしセイレーンが衝突か。これが騎竜だったら、大惨事ね」

 

 ちらりと今度の閣僚会議に、航空法の制定を提案しようと思ってしまう。

 飛行船《ファルグレン》との接触事故、それはエトナ中尉にとって不幸ではあったが、エロコ辺境伯にとっては勇者の存在をいち早く知るきっかけとなる。

 

 

             ◆       ◆       ◆

 

 気が付くとそこは見知らぬ場所であった。

 天蓋付きの上質なベッドの上に寝かされ、フカフカな寝具が周りを囲んでいる。

 

「妾は確か……そうだ雲の中で何かと衝突して」

 

 シェンティ姿の美女セイレーンは身を起こし、身体の何処にも異常が無いのを確認する。

 そして自分がまだ飛行形態のままな事に気が付き、魔力を集中して地上形態へと変化を遂げる。双翼が二本の腕に変化し、太い筋肉が解かれて幻苦如く、羽毛が消えて行く。

 

「気が付きましたか。エトナ・パトラス中尉」

「貴女は……みっ、ミキ宰相閣下?!」

 

 声に気が付いて振り向いたエトナは、思わず我が目を疑った。

 辺境伯領の宰相。つまり領主代行である女傑、ミキ・ラートリィ女史がそこに立っていたからだ。たかが下級士官の彼女からすれば、雲の上の人物である。

 

「ええ、ミキ・ラートリィよ。覚えてますか、貴女は雲中で飛行船と衝突したのですよ」

 

 白の宰相との異名を取るハーフエルフは今まで読んでいたらしい文書を丸めると、トレードマークの白いドレスを翻してエトナへと近づく。

 

「船に優秀な聖句使いが乗り込んでいたから助かりましたが、普通ならお陀仏ですよ。

 もっと周囲を確認すべきでしたね」

「は、はい。これからは気を付けるのじゃ、じゃなくて気を付けます」

 

 慌てて言葉遣いを直すエトナ。宰相は美しい金髪に映える微笑みを浮かべると、エトナの髪を触ると「同じ金髪なのに、不思議な色ね」と手櫛でそれを漉く。

 お互いストレートな髪の長さは同程度なのだが、比べるとややエトナの方が濃色である。宰相の金髪は色が薄い。

 

「ところで報告書にあった勇者なのだけど……。

 ああ、済まないけど報告書は読ませて頂きました」

 

 彼女は先程の文書を通信塔に入れて、すっとエトナへ差し出した。

 

「あの、ここは?」

 

 当惑気味で通信筒を受け取るエトナだが、肝心なこの場所の事を聞きそびれていたのを思い出して口に出す。

 

「領都のお城ですよ」

「え、エロエロンナ城ですか」

 

 領都の城と言うならそうなる。河口の先に設けられた領都でも、海に向かって最先端にある城で海からの攻撃から都市を守る無骨な要塞であった。

 領主自らが設計し、優美さの欠片も無い城塞として有名だったが、内部にはこんな素敵な部屋があったんだと感心する。

 

「貴女の接触した《ファルグレン》には辺境伯が搭乗していましてね。

 軍本部への報告書は、いずれここにも回って来るから先に読ませて頂きました」

 

 まぁ、回って来ると言っても軍の意向で握り潰される事もあるし、取るに足りない、上層部を患わせる必要無しと判断された事柄は上げられない場合もある。

 特に今回の様に世迷い言に近い報告は、領主や宰相の所まで上げられる可能性は少ないだろう。

 

「はぁ」

「内容は知っていますね」

 

 彼女は真顔で確認する。確認したのはエトナが単なる伝令で、報告書の内容を知らないと困るからである。

 

「勇者の事ですね。はい、直接、出会っております」

「良かった。エロコ、いえ辺境伯が貴女と面会したいそうです」

「え、御領主様がですか」

 

 宰相が頷くと「今、辺境伯は別のお仕事でこちらへは来られませんが、貴女との会見を予定しております。それと、報告書の内容は他言無用ですよ」と続けた。

 自分みたいな海軍中尉が辺境伯、しかも提督であるお方と直接謁見が可能なのかと驚くエトナ。しかし、内容が他言無用とは理由は何だろう。

 

「返答には時間が掛かるのでしょうか?」

 

 長く拘留されそうな気配を感じ、エトナが心配そうに問う。

 工作艦の副長であるから、いつまでも領都に留まる事は出来ない。なるべく早く帰還するつもりであるが、一週間(エルダの一週間は六日。一ヶ月は五週である)は予定を立てていた物の、それ以上の時間を取られそうな予感があったからだ。

 

「《マイムーナ》には騎竜を出しました。今日中に返答が届くと思うけど間に合うかな」

「きっ、騎竜ですか」

 

 海軍にだって騎竜は居るが、殆ど偵察部隊に所属するか、伝令として使われるだけで貴重な騎獣である事は変わりない。そんな騎竜を《マイムーナ》みたいな雑役船に出してくれるのか。

 

「異世界から来た者ですからね。防疫が心配です」

「はい?」

 

 防疫って、何の事だろう。

 

「つまり、未知の病気とか持ち込まれると困るのですよ。

 貴女も異世界人と接触してますから、ここへ来る前までに徹底洗浄していますし」

 

 

〈続く〉




辺境伯は王家との血縁無しの最上位。
大体、公爵級の偉さです。
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