エルダ世界に地球由来の単語や文花、概念が普及しているのは概ねこの人のせい。
古代文明期の伝統とかになっちゃってる。スク水も昔からある由緒高い水着(笑)。
いや、独自の単位とかを設定すると、読者が混乱するでしょ。
◆ ◆ ◆
凶報な魔物が目の前に現れた。
見た目はでっかい蚊の化け物〝カウォーク〟だ。低位の魔物ではあるが、頭身大の蚊と言うだけでも一般人や家畜には脅威の存在である。
血を吸われたら、あっと言う間にミイラになってしまうだろう。
「へっ」
人々が逃げ惑う中、勇者カスガは愛剣〝ツヨイケン〟を鞘から抜くと、鼻を鳴らしてカウォークの前に立ち塞がる。
刀身にプラズマ光が宿り、青白く発光するとカスガは事も無げにそれを振り下ろした。
「クァァァァ」
耳障りの悲鳴を遺してカウォークが斬り裂かれる。同時にどこからか「パパパパパパー」とファンファーレが鳴り、カウォークが宝石に変化すると、EXP200とか150Gなんかの数字が光るロゴで空中に踊る。
「雑魚が、おっ」
注意警報と共に「エネミー接近」の文字が浮かぶ。
上空から出現したのは黒と黄色の縞模様と、女性の上半身を持った
額には人間の双眼に加えて、小さな六個の赤い瞳が輝いている。アラクネーは「お前をコロス」と無表情で呟くが、機械的で感情の伴わないただの台詞に過ぎない。
「中級魔物か。いい稼ぎになってくれよ」
八本の蜘蛛脚が横移動して回り込もうとする。
勇者は間断なく、剣を構えて対峙した。
◆ ◆ ◆
「てな感じだったな。パンドーラの日々は」
日本人、春日 勇はパンドーラを思い出しながら説明する。
《マイムーナ》の上甲板。ギネス軍曹に付き添われた勇者はそこで駄弁っている。
「敵を倒すと宝石になるのか。信じられんな」
「俺はこの世界の方が信じられん。モンスターは勇者のレベルアップの餌だろう」
パンドーラとは勇者カスガが素遺書に召喚されたい世界で、このエルダが二度目に飛ばされた異世界なのだそうだ。
何でも魔王とか言うラスボスに挑んで返り討ちに遭い、パンドーラからエルダに転移させられたが、ギネスはラスボスとか言う存在を今ひとつ理解出来なかった。
「俺の生まれた世界は地球と言う。ここともパンドーラとも違う世界で、魔法って奴が存在しない」
「魔法が無い? じゃあ、物理と言うか科学だけなのか」
「ああ」
それじゃ不便だろうと思うがさに非ず、物凄く発展しているとの話だ。
飛行船に匹敵する大型航空機や、星界へ行ける船が存在するそうだし、地平線をも越える射程の爆裂兵器が生産されているらしい。
「航空機はエルダでも研究途中だがなぁ」
「え、あるの?」
「この船には無いよ」
錬金術の最新鋭技術だから、こんな雑役船には当然搭載されていない。しかし、彼女らは少なくとも技術局所属だから、概要は知り、実物を目にした事はある。
「お、帰って来たみたいだな」
「買い出し組か」
港の路上に数名の買い出し小隊が現れた。
岩を下ろして何やら業者と取引していた別の班が、彼らに合流する。
「機関長、烹水班と臨時上陸部隊、帰還しました」
「ご苦労」
艦上に戻って来たベルサ一等兵が報告して来る。
彼女は操船科なのだが、
「魚貝だな」
「魚市場を回ってましたから。今夜、食前に並ぶと思いますよ」
「鰻かぁ。ゼリー寄せは勘弁なんだけど……」
以前食べた鰻料理を思い出す。ぶつ切りにされた鰻を煮こごりに包まれたそれは、あまり見た目もも食感も機関長の好みでは無い。
鰻の串焼きなどと同じく、屋台なんかに供される安い庶民向けの料理である。だから予算の少ない兵食に採用される食材なのであろう。
「市場でも売れ残りだったんで、安く仕入れました」
「今夜は余り期待出来ないな」
「どうでしょう、烹水長の腕は一流ですよ」
後から現れたヤシクネーは烹水科の一員だった。
おばさん……失礼、大人びた顔立ちだが、まだ二十歳前だと言う。鮮やかなピンクのロングヘアが印象的である。
烹水科は艦内配備なので、咄嗟に名前は出て来ない。腕に付けた徽章からかろうじて上等兵だと識別は出来たものの、それが誰なのかはギネスは判らなかった。
「キーラ曹長の実家は旅籠だっけ?」
「はい、老舗のホテルですよ」
嬉しそうに微笑む上等兵。
椰子油の陶器瓶に小麦粉と彼女も背中に調達済みの物資を括り付け、さながら沖仲仕の様だ。酒瓶が目立つのは酒保用だろうか。
「なぁ、なぁ、ギネス軍曹と、そっちのお姉ちゃん」
「ラム・ラム上等兵です」
突然、勇者に指名された娘はラム・ラムと自ら名乗る。
ロングのピンク髪が鮮やかなヤシクネーだが、身体の色は灰色がかり、
「変な名前だな。とにかくそろそろ昼に近いかだけど、、昼飯はまだか」
「ありませんよ」
昼御飯を要求するカスガに対し、不機嫌にないと平然と答えるラム・ラム。
変な名と言われたの意趣返しもあるが、ある意味、当然だ。エルダの食事は基本二食で、貴族様か裕福な階級でも無い限り、三食は提供されない。
一般的に朝か夜。又は昼か夜に食べるのが普通である。
「農村は労働でぶっ倒れない為、朝と昼パターンが多いな。
都市部は灯りが使えるから、朝と夜が食事タイムだ」
上等兵に代わってギネス軍曹が答える。
「何でだよ。三食食えば良いじゃないか」
「貴族様なら……な」
不満を漏らすカスガに「お前、庶民がそんな贅沢出来るとでも?」」と、問う機関長。
遡る事数百年。古代王国が滅んだ暗黒時代、人々は生き延びる為に必死だった。常に飢餓状態に置かれ、魔獣や怪物の襲撃に加えも少ない食料を巡って人間同士の争いも耐えなかった。
「今だって二食、豊かに食べられる人々だって少ない。
孤児とか貧民は喰うや、喰わずだからな」
貧乏人だった自分の実家もそうだった。ひもじい思いをしてようやく一食にありついたのは、苦い思い出である。
「…………」
「それだけ、エルダはまだ貧しい。冬期には餓死者も出る」
冬期でも極寒にならぬ東部域はまだマシな方なのだが、それでも冬場は食料の入手が難しいので餓死する者は皆無では無い。
食うや食わずの食糧事情は改善され、さっきの朝市の状況から見ても判るが(そも食料が足りなければ、市など立たない)、都市部では豊かになり三食制が出来つつあるが、それでも三食食べるのは贅沢だと思われている。
「間食するなら昼に酒保が開きますよ。今日は私の担当です」
と、ラム・ラム。お昼からAM20:00までは酒保の開店時間だ。これも烹水科が仕切っている。
お金さえあればお菓子や煙草とかも入手可能だ。味気ない軍隊生活わ彩る一種の清涼剤である。
「魔物が店頭に立ってるのかよ」
「モンスターじゃ無くて人間ですってば。この時期なら果実水。食べるなら干し肉が良いわよ」
干し肉きと言ってもドライサラミでは無く、鯨肉のジャキーだ。
果実水は季節によってりんご水やみかん水など種類がある。年中流通しているのはココナッツジュースくらいだろう。飴も売ってるが、勇者は飴を舐めるのだろうか?
「ビールとかエールは?」
「アルコールは18時からね」
就業時間に飲酒されては困るからと説明が入る。ちなみにエルダでは成人は十三歳からなので、高校生のカスガが酒を飲んでも合法である。もっとも前の世界、パンドーラでも「勇者妻」とおだてられて勝手に呑んでいたのだが。
「ちぇっ」
「もうすぐ、開くわよ」
酒保の開店を告げるラム・ラムに、勇者が舌打ちする。
中世の欧州でも水の代わりにワインが飲まれていたが、これは世界に水が乏しいというか、生水が危険だからと言う理由だからと言う。硬水だから腹にも悪いしね。
エルダでも基本そうなのだが、この世界には水魔法なる技術があったから、貧困層は別にして魔法を使える層にはこれを使って、軟水で安全な水を確保するのが可能だった。
だから、中世欧州並みにあちこちに酔っ払いがふらついている状況は無い。
「来るなら早めにね。じゃ」
「おいっ」
「忙しいの、私」
ラム・ラムは「はいはい」と半ば勇者の言葉を無視してよいしょと荷物を背負い直し、ピンクの髪をした灰色ヤシクネーが甲板下に消えて行く。
ややフラフラしてるのが気になったが、彼女、結構強気な性格なのかも知れない。
「さて、機械を点検するか」
「何で普通なんだよ……」
昇降口を見ていたカスガがそう口走る。
ギネスは機関科が現在暇なので、こうして勇者の監視役として連れ回されている。操船科のフェリサ伍長もそうだから、代わってくれないかと頼んでいたが、どうも操船科は雑用に駆り出されている様で、「お断り」との非情な答えが返って来た。
『キーラ曹長はいつも忙しいからなぁ』
先輩だが仲が良いキーラは烹水科だから、普段の調理から酒保の管理に至るまで毎日忙しい。作業科の連中だってそうだろう。あと暇してるのは陸戦科だが、仲が悪いので頼みたくない。
小所帯の小型艦でも、人間関係は結構、頭を悩ませるものなのだ。
「おかしいだろ!」
突然、勇者が叫んだ。
上甲板で訓練をしていた将兵が動きを止め、体操の手を止めて勇者の方を凝視した。
当直の兵はさすがに不動の体勢で、槍を構えながら保証を続けている。
「魔物って言うのは反社会的で、気ままに生きてるモンだろう!
それが仕事だって、労働してるのかよ」
「いや、軍人だからな」
軍曹は〝何を言い出すんだ?〟と言った表情で首を傾げる。
「前の世界ではそうだったぞ。うようよしてて、突然現れて、人々に悪事を成すんだ」
「酷い世界だな。つーか、そいつらどうやって生活してるんだ?」
うようよってエルダ並みに人口があるなら、どうやって食べてるのだろうとの疑問が浮かぶ。
人々を襲っているなら襲撃者は少数になる筈だ。野生動物を食べてる? 獲物があっと言う間になくなるぞ。農業か何かしてないと食い扶持が無いんじゃないか。
「で、魔王軍とかって昔口にしていたけど」
「パンドーラでは、殆どの魔物は魔王軍の配下だ」
軍の指揮下なら、何となく理解は出来る。こっちも海軍の所属だから。
どっかに補給部隊があって、後方で調達した物資を前線に届けてくれるんだろうと思ったら、そんな物は何処にも存在せず、盗賊団みたいに群れた連中が、勝手気ままに襲撃を繰り返しているだけらしい。指揮系統ってどうなってるんだ。
「補給段列が無きゃ、軍なんて直ぐ崩壊しちまうぞ。
しっかりした後方体制が無いと、安心して戦えないよ」
「知らねぇよ」
思わぬ突っ込みが入り、勇者が困惑する。
「大体、絶滅戦って嘘だろ」
「蹂躙だ。手当たり次第人を殺して、突き進んで来るんだ」
「虜囚が居ないなんて……」
敵を皆殺しにするのは悪手だ。
遥か昔、魔界の軍勢がエルダに攻めて来た時代でも、こちらの魔王軍は勇者が語る魔王軍よりもギネスが理解可能な戦法を駆使してきた。
戦闘部隊と支援部隊が存在、補給段列を整備して組織的に攻め、捉えた虜囚は後方へ送って農奴として生産に寄与させた。ある意味、捕らえた民とは財産なのだ。
「エルダでも昔、魔王と戦った時代があったけど……サッキュバスなんかは人間牧場を作って、自分の力として利用していたよ」
「卑劣な」
「うちらの種族は生きた食料だったけどね」
カスガの瞳が見開いたのを見て、「やっぱり知らないか」と異世界出身者にギネスは苦笑した。
「食料?」
「そう。ヤシクネー族は魔族の中でも最底辺だったのよ」
古代王国期、魔界から現れた魔族の軍勢はエルダにの世界に襲いかかった。当時のエルダは混乱期で魔族はたちまち中央大陸の半分を制圧した。
「当時は各地の勢力が小規模だったから、大勢力だった魔軍に次々と蹂躙されたらしい。それだけではなく、魔軍は補給体制もしっかりしていたんだ」
特に食料は大群が行軍しても全く問題なく、牛や羊を連れ歩く様に、生きた魔族を食料として帯同する事で、常に飢える事無く機動した。
「まさか……」
「そうさ、それがヤシクネーだったんだよ」
士官昇進用テキストの内容を丸暗記しているから、ギネス軍曹はすらすらと口を滑らせていた。
エルダ史の古代王国部分からの引用だが、ここら辺は色々と独自に研究している。同族のそんな歴史を知ると俄然、興味が湧いて来る。
「奴隷だったのか」
「奴隷以下だね。無慈悲に殺され、ただ食べられるだけの存在。だから、魔王の影響下に無い個体は反逆した」
「魔王の影響下だと?」
「そっちの魔王は違うのか?」
エルダに於いて魔王とは魔族に対して絶対支配力を持った個体なのを説明する。
つまり、影響下にあるならば、魔王が「死ぬ」と命令すれば、有無を言わさず必ず死なねばならないのだ。魔王とは魔族にとってそんな強制力を持った絶対的な存在なのである。
「ヤシクネーの脚肉は美味しかったらしい。胴体もカニミツもね。
今から考えれば、完璧な
無論、ヤシクネーを喰う所業は、現在では単なる殺人である。
古代王国期に強大な魔王が倒され、混乱した魔軍を決死隊が魔界の門を封じて退けた。その後も魔王を標榜する魔族が現れたが、いずれも真の魔王に比較して支配力は弱く、その間にヤシクネー族は魔軍から離脱してエルダ側に味方した。
ヤシクネーだけでは無く、現在、魔族として人間扱いされている種族の多くが、この時期にエルダの軍門に下った者達である。
「これが古代王国期の話。ああ、ヤシクネーって名も、この時、命名されたって聞いた。テラ・アキツシマが『アラクネーに似ていて、椰子が好物だからヤシクネー』って、いい加減だよな」
確か、元々の魔族としての種族名はあった筈なのだが思い出せない。ちなみにアラクネーもテラが名付けた、いわゆるテラ語であり、こっちにも今や死語となってしまった魔族語の別の名前がある。
「テラ・アキツシマ?」
「墜ちて来た英雄。伝説の人だよ。ユウと同じ異世界人だな」
伝承では「異世界から来た」と自称していたとされる。が、それもあくまで記録に遺された伝聞に過ぎず、実際はどうなのかは不明だ。
ただ、彼女がエルダ、当時は古代王国に遺した実績は余りにも多い為、実在が疑われている。だが中には現在ですら再現不可能な技術もあり、天才であったのは間違いない。
「ふーん」
「一部、間違ってるかも知れない。教本からの孫引きだからな」
そしてギネスは士官への昇級試験を受ける事を話した。
軍曹にもなれば、現場からの叩き上げで士官への道が開けているのがグラン王国海軍だ。無論、門戸は狭いが、士官に一旦なってしまえば、給料も上がるし、準貴族として〝士族〟身分へと昇格して社会的なステータスも上がる。
「準貴族?」
「うん、世襲貴族じゃなくって、自分ー代限りだけどな」
勿論、男爵以上の世襲貴族に与えられる権限は行使出来ない。が、それでも平民と身分は天と地の違いがある。
「普通、平民が士族になる為には多額の金が必要だけど、軍の士官になってしまえば、何とただで士族になれるんだ」
爵位持ちからの任命によって誕生する事もある。
例えば優秀な
「おかしいな。軍曹の言を聞いているとまるで普通の人間みたいだ」
「普通の人間だぞ。士官を夢見る……な」
小市民的な所もあるが、それなりの夢はある。
エルダに生きる者ならば、何等かの希望や野心を持って生きているのが普通だと思う。王や領主じゃ無いから、天下統一とか勢力拡大なんかは夢物語にせよ、明日のより良い生活に向かって、努力をするのが当たり前だと思う。
「パンドーラじゃ、そうじゃなかった」
「ん?」
「お前らみたいな魔物は、ただ人を襲うだけの化物で、勇者に倒されるべき存在だった」
話によると画一的な定番の台詞を喋るが、どれもこれも「勇者覚悟」や「殺す」とかの画一的な物で無味乾燥な反応だったと言う。
それを聞いて軍曹は『生物と言うより、
「人間、誰でも個性を持つし、夢や希望を叶えるべく努力する。小さな事に悩んだりする。前の世界ではどうだか知らんが、少なくともここではそうだ」
「……」
「ユウの世界、地球ではどうだったんだ?」
いつの間にかギネスが勇者を呼ぶ時の名詞が、「カスガ」から「ユウ」に変わっていたのに、今更ながら軍曹が気付く。
「魔物は居なかったな。猛獣はいたらしいけど」
下半身が蛇や魚に、翼を持った種族はおらず、猛獣にしても直接目にした事は無かったらしい。
近くに居るのは「熊がせいぜいだけど、山奥でなかったから会った事は無い」と話す勇者。
「ではヒトや亜人の他に、妖精族しか居なかったのか」
「いや、妖精族って長命なアレだろ。知的種族は人だけだ
獣人ってのも伝説の中だ」
どうやら、地球とはかなり特殊な世界らしい。
それにしてもヒト族以外に知的種族が存在しないとは驚きだ。
◆ ◆ ◆
「あ、干し肉一束ね」
「はーい」
「こっちはハッカ飴と鉛筆をくれ」
厨房の近所にある酒保は開店直後から騒がしい。
非番だった者が三々五々集まって来て、商品を漁って行くからである。店頭に立つラム・ラム上等兵も両腕だけで無く、灰色の鋏脚まで駆使して接客に忙しそうだ。
「ありゃ、勇者くん。何か買うの?」
それが一段落付いた時に、ラム・ラムは勇者カスガの姿を見付けた。
気難しそうな表情を浮かべ、じっとこちらを凝視している。
「お腹空いてるなら士官用の特別食もあるよ。有料だけどね」
「いや、俺は……」
「遠慮すんなって」
酒保注文すれば士官用に調理された質の高い食事をオーダー可能で、そのまま食堂で食べるなり、個室にデリバリーしてくれる。
但し、これは兵食ではないので有料で、士官は自腹を切るのを嫌って我慢して兵食を摂ったりするし、長期航海なんかで食糧事情が乏しいと、艦長命令で士官食の供給を停止される事態もある。
今の《マイムーナ》は幸い食糧事情が豊かだから、お金さえあれば兵にも供給可能な余裕がある。もっとも、これは規律の緩い本艦だけなのかも知れない。
「え」
「身分差って奴。うちのヤノ艦長は余り気にしないけどさ。
中には士官と兵には越えられない壁があって、幾ら金を持ってても士官と兵が同じ料理を口にするのは我慢ならんって奴も居るのさ」
ラム・ラムは「じゃ、食事代けちって兵食喰ってる士官様はどうなるんだろ?」って馬鹿にした様に述べると、クスクス笑う。
「注文があれば作るよ。うちの士官様はたった二名で、しかも艦長は士官食を食べないし、今、副長は不在だろ。キーラ曹長は腕が振るえないのが不満だしね」
「じゃあ、頼む。メニューは……」
「基本はお任せだけど、何か、食べられない食材やお好みの料理とかある?」
彼女は壁にある伝声管の蓋をぱかっと開けて、好みとかを確認する。
特に指摘が無さそうだったので、手に持ったハンドベルを振って先方に伝声管を使用するを伝え、次に受話用のそれに耳を当てる。
「士官食一つ、注文が入ります。えーと届け先は医務室だったよな」
「だと思った。何分後かな」
「今日のメニューは牡蠣フライ定食だってさ、15分もあれば届くんじゃないかな」
ここでカスガは不思議な事に気が付いた。
「おい、分って」
「時間の単位よ。エルダの時間の計り方を機関長にでも教わったでしょ」
「いや、そうじゃなく、何で……」
こいつらは、分なる単位を理解してるのか。
それまで後ろで黙って会話を聞いていたギネス軍曹が、「1分間は60秒。1時間は60分」と口を挟んできた、
「何故、それを知っている?」
疑惑の目を向けて尋ねる軍曹。
「まさか、一日は24時間じゃないだろうな」
「そうだ。テラ時間と呼ばれている。古代王国期に広まった単位だな」
「それ、地球の時間単位じゃねぇか!」
◆ ◆ ◆
午後二時。
仮眠を取っていた艦長は既に目を覚ましていた。
「ご苦労、機関長」
「勇者のお守りは疲れますね」
「ははっ、勇者は今?」
ギネスは烹水科に監視を引き継いだ事を伝える。烹水科は忙しいので、この報告が済むまでの臨時だが、その後は航海科に引き継ぐ段取りを付けている。
「ほぅ、勇者は混乱していたか」
「テラ時間と単位についてですが、地球との類似点があったみたいです」
「ふむ、テラ単位に関しては我々も謎が多い」
英雄、テラ・アキツシマが広めたとされる各種単位が何処から来たのか、いつも当たり前みたいに使ってるメトル、リットなどの単位が、勇者の出身地である地球にも存在するのにギネスらも驚いている。
もしかしたら、カスガはテラがやって来た世界から来たのかも知れない。
「結論は上層部が下すだろう。我々だけの判断だけでは何ともな」
「はっ、これから《マイムーナ》はどうするのですか、何時までもゴルカに寄港しっ放し言う訳にも行きますまい」
ヤノ艦長は東方風の単衣姿で顎を撫でた。船の運航に関しては艦長の指揮下であるが、このまま寄港を続けると経済的にまずい。国税で動く軍艦と言えど、ここらも考慮しなけれぱならない。
「測量はやるべきだな」
艦が寄港していても可能な仕事だ。ただ、増量中で流れも急な河に小艇を出すのは危険であった。漂流物にでもぶつかったら転覆しかねない。
「水に潜っても平気な連中がもっと欲しいな。水中に行ける人員が足りん」
「キーラ曹長だけですからね」
スキュラとかマーメイドならば、ボートが転覆しようが人死には出ない。
が、それは現状叶わぬ夢である。
「潜水艇を出しますか」
「工作部のあれか、使い物になるのか?」
艦長が顔をしかめる。ギネスは「何でも試してみるべきですよ」と言う。
工作艦だけあって、変な装備は色々と積まれているのだ。
〈続く〉
エルダの魔王軍は侵攻時は組織的でした。
少なくとも後方と前線の区別は付いてました。乱暴だけどちゃんと統治もしてたんだよ。ただ破壊・蹂躙するだけの軍ではありません。
魔王が討たれてから、崩壊しちゃったけどね。