どっかの武器屋のお姉さんですな。
まぁ、典型的なギャグ名なんだけど。
◆ ◆ ◆
食べるだけなら、わざわざデリバリーの必要は無いとして、カスガは酒保から食堂へ移った。
食堂は厨房より階下にあって、デッキを降りなければならないが、歩く距離はラッタル一つ分なので移動は比較的楽だった。
食堂は簡素な長卓と丸椅子が並び、比較的広い容積を持った場所だった。天井には硝子が填まっており、明るい陽光が室内を照らし出している。
「お、エレベーターか」
壁にある食事運搬用のエレベーターの姿を見て、日本の給食時間の事を思い出す勇者。
小学校に設置した奴と大きさはほぼ同じで、食事用のワゴンを収納する狭い造りだ。無論、人間が乗るのにはサイズが過少すぎる。
側面の手動ハンドルを回して上下させるらしいが、今は上の階で操作しているらしく、無人で転把がくるくる回っている。
「人力なんだな」
「この船は古いんだよ。大型艦じゃ動力付きも実用化されてるぞ」
ちーんと鐘の音が鳴ると同時に扉を開け、エレベーターに乗せられたワゴンを引っ張りだし、中の牡蠣フライ定食のトレーを手に取るのはラム・ラム。
「士官向けだけあるな。美味そうだ」
「お茶は後から来る。先にメインを食べてくれ」
卓上に移されたトレーには湯気を立てている幾つかの牡蠣フライと、サイドにトマトにボテトサラダが盛られている。
だが、それを目にした勇者が眉を釣り上げる。
「何故、ここにジャガイモとトマトが!」
「ん?」
「おかしいじゃないか、アメリカ大陸が何処にある!」
と言われても、ラム・ラムには何の事かさっぱり判らない。大体、アメリカなる単語が何なのか、地球人なら地名だと一発で理解出来るだろうが、エルダの住人には謎の名詞なのである。
勇者は更に「ジャガトマ警察が激怒するぞ」などと、謎の文句を言っている。
「アメリカって、何?」
「新大陸だよ」
「ああ、あんたの世界の大陸か……」
カスガは中世欧州にそんな作物は存在せず、新大陸から輸入された代物であると説明するが、ラム・ラムは「ふーん」程度の態度である。
「で、ジャガトマ警察?」
「そうだ」
「馬鹿馬鹿しい。このエルダじゃ、世界の成り立ちが違うからね。
そんな大陸は存在しないし、警備隊か、みたいな奴が文句を付ける訳も無い」
だいたい中世欧州的な世界と一括りに紹介されているファンタジー世界だが、本当の意味では中世欧州その物では無い。現に今のエルダの状況は中世よりも近世だ。蒸気機関が存在するから産業革命期に近いし、更にアルマイトらしき食器なんかも実在している。
そして作物だって同じ様に分布はしていないだろう。ここは中世欧州って土地では無いのだ。
「まぁ、折角だから食べなよ。下らない話をしてる内に冷めちまうから」
「う、分かった」
料理が冷たくなると聞いて、勇者はまず食べる事を優先する。
幸い牡蠣フライはまだ暖かかった。出来たてで舌が火傷する程熱くは無く、丁度よい温度になっていた。三つあったそれが胃袋に消えたのはそう時間が掛からない。
サイドの野菜も平らげられた後、食後のお茶が
「美味いな」
「だろ」
感想に輿に両手を当ててどや顔で応えるラム・ラム。しかし、本当に美味い。ソースの類も不必要で、ほんのり柑橘系の爽やかな酸味がある。
「キーラ曹長の腕は絶品だからね。安い素材でここまでの味を出せるなんて、天才よ」
「安いのか」
「官給品の食費よ。予算だって潤沢じゃ無いもの」
士官食は別途料金が掛かっている分、兵食よりは高級品だが、それでも一般の食堂に比べれば食費を抑制しなきゃらならないらしい。
朝市へ行って大量に購入する事で値引きさせたり、売れ残り品を安く買い叩いたりと烹水科の調達部隊は苦労しているのを告げる。無論、賞味期限切れを掴まない様に気を付けているから、今まで食中毒には当たっていないのが密かな自慢だ。
「中毒か」
「軍だから戦闘以外で、戦力を失うのは問題よ。
戦闘前に腹を壊して死者でも出たら、泣くに泣けないわよ」
茶器をテーブルの端に置くと、彼女はピンクの髪を翻してふぅとため息を付いた。下半身の灰色なヤシガニ体が揺れて、ブルーの瞳がゆっくりと閉じられる。やや疲れが見えている。
「体調が悪いのか」
先刻から疲れが出ていたのを案じ、勇者が尋ねる。
「お客さん。女の子の……あれよ。参ったなぁ」
魔物にも生理が来るのかと驚く勇者。もじもじして「今回は軽いと思ったら、途端にこれよ」と急な身体の変調に悪態を付いて、壁の伝声管に向かった。
ベルを鳴らし何者かと会話している。
「軍曹にあんたを頼まれたけど、今のあたしじゃ監視は無理っぽいからね」
「別に居なくたって良いんだぞ」
別に監視の紐付きは望んでいない。
だが、彼女は首を振り辛そうに輿に手を当てながら宣言する。
「ご冗談。あたしの代わりの交代要員が間もなく来るから、お茶でも飲んでるんだぞ」
時々、「いててて」と呟きながらラム・ラムの六本脚は力を失い、べたんとヤシガニの身体が床に着いてしまう。痛みで動けなくなってしまったらしい。
「参ったなぁ。力が入らない……いてて」
「無理すんなよ」
「肩を貸して」
硬質の六本脚に力を込めようとしているが、かちゃかちゃと微かに動くだけで、ちっとも立ち上がれない様子である。諦めてラム・ラムは手を伸ばす。
「壁に掛かっているハンモックを広げてよ。そこの片隅の奴がいい」
「ベッドの方がいいんじゃないのか」
「あたしは兵よ。下士官や士官じゃないもん」
寝台は上官達専用の物なのだそうだ。食堂に寝具があるので不思議に思ったが、軍艦では廊下や砲甲板でも夜は就寝スペースであり、食堂なんかも絶好の場所だと言う。
もちろん、夜間以外は広げられないから、夜食時間が来る頃には畳まねばならないが、数時間は休めるだろうとの話だ。
「それまでに治れば良いな」
「軽いと思ったんだけど、薬を飲んでおくかな」
身体に力を入れると激痛が走るらしく、しきりに呻きながら脚を動かして腹を床に擦ったまま移動すると、設置されたハンモックに身体を預け、リラックスした形で六本の脚をだらんと下げる。
上半身の人間体は自分の胸部にもたれる形で倒れ込み、仰向けになって天井を見詰めている。
「ヤシクネーってそんな感じに寝るんだ」
「こうしないと自分の身体で潰されちゃうからね。自分の身体の上で寝るのよ」
同じ節足型だから、多分、アラクネーも同じだろうと語る彼女に指示され、ロッカーの中から薬瓶を取り出し、手渡すと数錠の丸薬を飲み込むラム・ラム。
鈍痛を耐えて目を瞑っている。
「なぁ、あんたは別の世界から来たんだよね」
「? そうだけど」
「そこって、どんな生活なの」
目を瞑ったまま彼女は勇者に問うた。
「きっと世知辛いエルダと違って、もっと自由で沢山食べられる世界なんだろうね。
少しでも楽になろうと下士官昇格試験を頑張って、故郷に残した妹達へ仕送りに頭を悩ませる事なんかない様な」
理想郷の様に語るラム・ラムの言を聞きながら、カスガはパンドーラ世界と共に地球の出来事を思い出していた。
彼女は現在の状況にやや不満がある様子で、自分の悩みをカスガに直接ぶつけていた。
海軍に入って給料は過不足はないものの、貧困に喘ぐ妹達へ仕送りしてしまうと手元に残る額は僅かしか無い。給料を上げるべく下士官に任官しようと試験に臨むが、その勉強が上手く行かないので悩んでいる事。と現在の近況を語ってくれた。
「魔物が悩んでる……」
「あたしだって普通の人間だぞ」
パンドーラ界の魔物は悩まなかった。突然、登場のBGMと同時に出現し、人々に襲いかかって来るだけの敵であった。
上級ボスと思わしき個体が台詞を喋るが、その内容は「魔王様の命で貴様を殺す」や「ここで会ったが百年目」的な一方的な物でこちらの言葉に受け応えたり、自分で考えて喋ってはいなかった。
あ、時々、「くくく、人殺しは楽しい」や「あーははは」と嘲笑するのも居たな。あと斬り殺されて悲鳴も上げたり、「魔王様ーっ」と口にして経験値と宝石になるんだった。
「それ、本当に生き物なの?」
黙って話を聞いていた彼女が呟く。
反応がゴーレムかホムンクルスみたいで、頭の悪い人工知能を載せた人造物にしか思えなかったからだ。
エルダでも人間に近い反応を求めて、この手の研究が行われているし、実際、海軍の研究棟でも試作されているが、頭の悪さはそれにそっくりだ。
「いや、魔物なんてそんな物だろうと思ってた」
「魔物がそうだとしたら、その世界に住む人々は?」
カスガは口に手を当てて考えると「どいつもこいつも俺を〝勇者様〟と持ち上げてくれたな」と伝える。異世界から為政者、つまり王国の魔術団に召喚魔法で呼び出され、「この世界は魔王の暴虐に苦しめられております」と懇願されて……。
「俺に使命を語ってくれたのは姫様だったな。で、成り行きで勇者になった」
「為政者がそれか……それで、一般の奴らは?」
「俺を慕ってくれたぞ。敵を倒せば大歓迎で、涙を流して喜んでたな」
話を聞くと「勇者様」「勇者様」と持ち上げられ、衣食住の全ては無料で与えられ、代わりに魔王軍を退治する役目を担わされたそうだ。
全ての反応は、姫から一般の民衆に至るまで同じだったらしい。
「ふーん」
「やろうと思えば、酒池肉林って奴も可能だった。俺の趣味じゃ無いけどな」
「救世主扱い……だったのね。あっちは豊か……だったのか」
目を閉じながら世間話みたいに語る彼女は、真剣と言うよりは半ば寝言の様に会話を楽しむ。実際、身体の痛みを会話で紛らわしている様で、同じ質問を何回か繰り返した。
「待たせたな。やっと仕込みが終わった」
元気な女声が入口から響いた。
勇者は咄嗟に身構えるが、それは視線の先にある姿が異形だったからだ。
「おいおい、スキュラを見た事ないのか?」
警戒するカスガを見て呆れていたのは、下半身がタコの足になっている女性だった。
正確には両足の膝の下が四本ずつの触手と化しており、数匹の蛇頭が触手の間から生えている。それを除けば上半身はごく普通の美人だが、着ている服が地球のエロゲで見掛けた様な、紺色の旧スクール水着そっくりな衣装なのが気になる。
「参ったな。ラム・ラム上等兵は、睡眠薬で爆睡中か。
酒保は別の誰かにやって貰うしかないか」
緑色の髪を持った美女は睡眠モードに入ってしまった部下を眺めて、改めて「烹水長のキーラ・ランマン曹長だ」と述べた。
「カスガ・ユウだ」
「勇者のユウちゃんだな。以後、暫く私と同行して貰うぞ」
警戒しつつも自己紹介をする勇者に、苦笑する曹長。
曹長と名乗るから、ギネス軍曹よりも上位の階級なのだろう。下士官では最上位だ。これ以上になると士官職に分類されるのが、軍の階級制度だとおぼろげにカスガの知識が訴えている。
「今、気が付いたんだけど、どうして言葉が通じるんだろう?」
「知らん。もしかして魔法か何かで自動翻訳されているのかもな。何か喋ってみろよ」
「目の前にスキュラって魔物がいる」
曹長は勇者の口元を観察すると、その動きを見て「スキュラって単語だけが、我々と同じ発音だな」と結論付ける。他は恐らく別の言葉を発しているのだが、キーラ達にはエルダの言葉に聞こえているのだ。
「逆も又然り。多分、エルダの一般語がユウの耳には地球語だかに翻訳されている。
地球とパンドーラだかの言語も同じだろう。多分、本来は全く別の発音が出されている」
「へーっ」
魔法的な何かの作用なのだろうと推測を述べる。
恐らく、パンドーラ世界で施術された物では無いかと勇者は思う。地球には魔法と言う物が存在しないからだ。
「我々だって別の言語って観念はあるぞ。
もっとも、エルダには【言語翻訳】の魔法も存在する。
かつての古代王国期に開発された遺失魔法で、現在では翻訳機の遺物が残るのみなのだが、全く言語が異なる対魔族用に使われたらしい。
「魔族はエルダの言葉を使ってなかったからな。でも、今の魔族はエルダ生まれの世代だから、逆に魔族語が喋れない。普段の会話はエルダ一般語の方が便利だから」
スキュラやヤシクネーとかもエルダの単語で、本来は魔族語で別の名前で呼ばれていたらしい。中には名がそのまま直輸入されて、エルダ語になった魔族も当然あるが。
「思い出したら腹が立ってきた。言語が厄介なんだよ。
「何の話だ」
「士官昇格の試験だよ。こいつに合格すれば士族様になれるかも知れん」
試験に合格しても士官学校に入学可能なだけで、更に一年の教育期間があってエリミネートされるから、必ずしも士族に任官されぬ場合もあるのだ。
因みに士官学校で失敗したら准尉の階級を貰って現役復帰だが、士官ではあるが士族では無い微妙な立場に置かれてしまう。
しかし下士官の親分みたいな立場なので、兵の中では威張ってる古参兵が多いそうだ。
「兵は下士官に、下士官は士官に昇格するのを目論んでるんだな」
「当たり前だろ。軍は階級が物を言う世界だ。
階級が上がればそれだけ給与が増える。皆、しゃかりきになって上を目指すさ」
魔物が出世欲を持っている事が驚きだったたが、社会全体に上昇志向なのが新鮮だった。
カスガの世界では世の中に停滞ムードが漂っており、明日の事を今日より良い暮らしをする為に努力する雰囲気があった。話には聞いている高度経済成長期の日本の様な感じがした。
「さて、行こうか」
「え」
「何時までも身構えていても仕方ないだろ。それに食堂でたむろしていてもつまらないさ」
くるっとキーラは後ろを向き、「ラム・ラムは当分起きないから、寝かしときな」と呟く。
カスガが「何処へ行くのか」尋ねると、手を広げたスキュラはやれやれのポーズで、「まだ仕事が残ってるんだよ。食料庫に付き合いな」と返す。
「食料庫?」
「あたしは烹水科だからな。今日の仕込みとは別に、明日の食料を確認しなきゃいけない」
〈続く〉
ジャガトマ警察。
ライトノベル界隈にはそんな物があるらしい。
で、新大陸(アメリカ大陸)にあって旧世界(中世欧州?)に存在しないって決めつけるのは地球では正しいけど、ここ異世界だよね? しかも、現実には居ない筈のエルフだのが住んでる世界なんだから、植物だって無い筈の物が生えてたって構わないと思う。
あのトールキンだって、堂々と住人に煙草を吸わせてるからなぁ。無論、煙草は南米原産だぜ(笑)。