異世界転移? 雑役船《マイムーナ》   作:ないしのかみ

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             ◆       ◆       ◆

 

 上甲板に来ると大量の人員と共に機関長らが、大袈裟な機器を引っ張り出していた。

 筒の先から、沢山の蒸気が噴き出るホースである。

 

「大変だぞ」

「面倒くせぇ」

 

 と述べながら船体に当てて清掃しているのは機関員では無く、そこらから徴集した連中らしい。

 機関員であるラタとマチュアはギネス軍曹に傍らで、露天艦橋の上でボイラーの操作をしている。と言うか直属の機関科部員は彼女ら二人だけなので、専門知識の必要な仕事を任せるのが困難なのである。

 

「圧力を落とすな」

「缶水を予備に切り替えます」

「予備の予備が必要だな。第二缶室に注水を急げ!」

 

 如何にもにも忙しそうで、次々とボイラーのコンソールに取り付いたり、下へ降りて手動ポンプで河の水を何処かへ送り込んでいる。

 

「何で今日に蒸気清掃なんかするんですか?」

 

 怒鳴るラタ。軍曹はレバーを操作しながら、

 

「上からの命令らしい。マチュア、缶水の補充は済んだのか!」

「まだでーす。誰か追加して下さい」

 

 キーラ曹長がギネス軍曹に近づき、ブリッジの下から「軍曹。うちの若い奴を回そうか?」と声を掛ける。ギネスは振り向くと、「助かる。ラム・ラムは?」と尋ねる。

 

「ダウンしてる。無理したんだろうな」

「いいけど、勇者の世話はちゃんとしろよ」

 

 曹長は「チェナ・チェナ、カルーアはマチュアの補助に回れ」と伝える。艦長の前で列に並んでいた二人が「はい」と返事をする。

 丁度、魔法で全身に霧状の液体を振りかけている所であるから、それが済んだ後になるが。

 

「消毒か?」

 

 不意にカスガが口に出す。

 艦長(兼艦医)が兵達に行っているのが、そうとしか見えない魔法であったからだ。

 

「らしいぞ。最近導入された魔法だけど、雑菌を殺す魔法らしい」

「エルダにも細菌って概念があるのか」

 

 勇者は意外に感じていた。地球ならまだしも、パンドーラでは細菌なる概念は無かった。

 軍曹は計器を眺めたまま、こちらも見ずに「最近出来た概念だがな。発酵食品の研究から産まれた錬金術の副産物だ」と続ける。

 聞くと発酵とか醸造なんかも、エルダでは錬金術の一環として考えられているそうだ。だからチーズ作りの牧場やワインの醸造所にも錬金術師が就職しているらしい。

 

「知り合いはキノコ農場に就職したぞ」

「確かに菌だな」

 

 納得である。

 雑菌は害をなす様々な菌で、最近の研究では身体に感染すると色々と悪化するらしいから、まず菌を滅殺しようとの試みが行われているらしい。

 

「まだ軍だけの試みだがね」

 

 艦長が声を掛けると同時に「霧で身体を包め【殺菌】」と、勇者に魔法を掛ける。

 全身に僅かなアルコール臭が身を包む。

 

「ヤノ艦長だっけ」

 

 勇者が尋ねる。

 

「ヤノで結構。これでも艦医だからな。

 で、本艦のこれからの予定が決まった。一旦、領都へ引き返す」

 

 艦の消毒だろう燻蒸は着々と行われている。甲板を始めとして、舷側までホースを伸ばして蒸気を吹き付けている。

 

「領都へ? 行くのですか」

 

 意外に思った曹長が尋ね返す。予算から考えて不都合だと判断したからだ。

 

「勇者だけを伴って、艦は任務に戻るのが最善だと思うのだが……」

 

 ヤノ大尉は苦笑する。《マイムーナ》と別れて、それぞれ別々に行動した方が合理的な筈だった。予算的にも引き返すのは大損害だろう。

 

「俺に会いたい奴が居るんだな?」

「御領主様だ。多分な」

「多分?」

 

 大尉はカスガへ「命令書には取って返せって命令だけだが、御領主様、エロコ辺境伯はそう言うのに興味がありそうだからな」と告げる。

 多分、普通に海軍本部へ連絡しても〝不明者は港へ下ろせ。後は現地の官憲に任せろ〟とかの当たり障り無い命令が帰って来るだけだろう。

 海軍だって面倒臭い事にはなるべく関わりたくないのである。不可思議な現象に興味を持った何者かが、この件に絡んでるのは確かだった。

 

「まぁ、いきなり異異界から来た勇者を信じる奴は少なそうだけどな」

「そう言う事だ。それと通信文のサインが御領主様の直筆だった」

 

 ヤノ大尉は笑いながらカスガへ通信文を見せるが、書いてあるのはエルダ文字なので当然、勇者はそれを理解不可能だ。

 何等かの方法で会話は不自由ないが、文字までは自動で翻訳してくれる訳では無さそうである。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 ボイラーに連結されたビームが動いていた。

 往復蒸気機関という奴でボイラーで発生した蒸気をシリンダーに送り込み、その上下運動をビームに伝達。上下動するビームはそれを回転運動に変えて、艦尾の外車(スクリュー)に伝達する。

 まぁ、それが船が推進する原理だが、部品の精度が悪いせいか、物凄い轟音を立てていた。

 

「圧力が低いな」

「少し前まで、蒸気を消費してましたからね」

 

 ラタ上等兵が機関に取り付いて計器を読む。

 マチュアはその補助だ。瑠璃色のボディを輝かせながら、先輩の動作を確認しつつ魔力の調整を急ぐ。第一缶室に投入された熱源が盛んに蒸気を生産するが、第二缶室のそれにはまだ及ばない。

 

「烹水科が消費してくれたからねぇ」

「デッキの掃除分もありますよ」

 

 デッキの掃除は無駄に蒸気を放出するので、その分圧力の低下は激しい。

 元々、航行用の機関設定をしていなかった分、仕方なかったとは言うものの、出力は五割程度に低下してしまっている。

 今は何とか回復させたが、出港時は出力が足らず、帆装を併用して何とか港を出た程だ。

 

「そう言えば、勇者は何処に?」

 

 機関室を興味深そうに探索していた少年を思い浮かべて、マチュアがラタに尋ねる。

 ラタは熱で噴き出た汗を拭い、オレンジ色の派手な髪に水をぶっかけると「ふうっ」と一息を付いた。機関室は運転時はボイラーからの熱で高温になるのである。

 

「航海長の側じゃない。艦橋辺りに居ると見たわ」

「炎熱地獄のここよりゃ、マシだわね」

 

 春の気配がする季節柄、気候はやや寒さを感じるが、この機関室よりは少なくともマシだろう。ヒト族のラタもそうだが、ヤシクネーのマチュアだって上半身はびっちりと汗まれみなのだ。

 ちなみにヤシクネーの下半身は外骨格に包まれているので汗は出ないから、温度調節はもっぱら人間体の役目であり、二人共に胸部分をブラで覆っただけの半裸姿だ。

 

「第一缶室の圧力安定」

「第二缶室から第一缶室に出力を切り替えよ」

 

 最初に消耗していた第一缶室の蒸気が復活したので、ラタの命令が飛ぶ。

 今まで酷使していた予備の第二缶室からメインの第一缶室に出力が切り替えられ、第二缶室は再び冷たい水が注水されて沸騰からぬるま湯状態になる。

 

「注水レベルは正常」

「缶水が空になるな。タイミングを見て水タンクを満杯にしてくれ」

 

 蒸気機関がまだまだ普及しないのも、この水消費量の多さからである。

 河川用としては活躍しているが、真水を容易に確保出来ない海上艦艇ではまだまだ帆装中心なのもこのせいだと言える。

 蒸気を放出するのでは無く、一旦、放出した蒸気を真水に戻す復水器(コンデンサー)なる装置が試作されつつあるが、装置の設置代と運行費用がネックとなって、なかなか普及しないのだ。

 それと、職を失いかねない風属性の魔道師が強硬に反対している事情もある。

 

「もう少し機関員を増やしてくれませんかね」

 

 外へ行くついでにマチュアがぼやく。《マイムーナ》の機関員は小型艦だけあって、ギネス軍曹を含めてたったの三人である。

 

「この船じゃこれが限界じゃない。あと一人は欲しいけど」

「あたしオーバーワークですよ。そろそろ寝たいです」

 

 二人は交替で不寝番である当直に立つが、マチュアの場合は掃除と緊急出港との非常事態で寝入り端を叩き起こされていた。

 

「缶水を補充したら寝てて構わないわ。

 あ、過剰労働分はちゃんと申告しとけ。手当が付くぞ」

 

 マチュアは了解とでも言う風に手を振って、よたよたと機関室を後にした。

 傍らに置かれている薬罐に手を伸ばしたラタは、直接、口を付けてぐいと水を飲み込んだ。数リットは入る筈の中身は半分以下に減っており、彼女は顔をしかめるのだった

 

             ◆       ◆       ◆

 

「進路正常」

 

 舵を握るフェリサが呼称する。

 後ろにあるビームが激しく動いて、リズミカルな轟音を立てている。

 増水しているポワン河を航行する工作艦。往路は色々停泊して測量やら、浚渫などを作業を色々行っていたから三日もかかったが、基本的にはゴルカの町は隣町に過ぎない。

 何もしない復路では川下りの船足の速さもあり、領都まで一日と掛からない筈だった。

 

「艦速は16Kmです」

「今日中には着けるかな?」

「さすがに夜間は速度を落とすべきかと。入るのは明日の朝になりましょう」

 

 陽が陰ってきた空を一瞥し、機関長が艦長に答える。あまり夜遅く着いても、港が機能しない場合が多いからだ。

 夜間を夜通し航行するのも可能だが、事故を防ぐ為には速度を落とす必要がある。何しろ、川には行き来する商船がちらほら見えるのだ。

 

「どっかに停泊した方が……」

 

 両岸には対比可能な白地も存在するが、ヤノ艦長は突っ走る気の様である。吹きさらしのブリッジで寒風が頬を擽るが、南国気質のここらでは心地よい。

 

「どの道、入港手続きは明朝になると思いますよ」

 

 舵輪を握るフェリサ伍長が口を添える。

 軍港では無く、民港へ入港する手続き上、このまま進めば真夜中に到着してしまうからだ。

 領都を通過して河口から外洋に出るなら構わないが、領都に入るなら役人の勤務の関係で数時間は手持ち無沙汰になってしまう。

 

「そうか。面倒な。どうも、軍には関わらせない気だな」

 

 上層部の意図を見抜いた艦長がごちる。

 東部艦隊はエロエロンナ海軍との別名もあり、辺境伯の私軍みたいなものであろが、一応はグラン王国海軍である。

 国に知られてはいけないと考えた情報が今回の勇者事件にあって、それを秘密裏に回収するのが目的だと目星を付ける。

 

「役所が最初に開くのが、05:00(ひとごうまるまる)だったか」

「はい」

「一晩過ごすのだったら、停泊しても同じか」

 

 暫く考えを巡らせていた艦長は、右手、東部域に小さな泊地があるのを発見し、「あそこに停泊する」とギネスとフェリサに告げる。

 それは三角湖の出来損ないの小さな物で、成長中のそれはまだ一部がポワン河に接続したままであった。

 無論、時期が来れば完全に湖となってしまう代物であるが、幸い《マイムーナ》程度の小型艦なら停泊出来る広さがあり、出入りも大丈夫に見えた。

 

「機関微速!」

「了解。速度5km」

 

 三日月湖もどきに入り込む《マイムーナ》。

 普通、三日月湖は元は河の流路であるが、河が短絡した時に旧水路に土や砂が堆積されて遺された痕跡である。

 上流に当たる入口の方は完全に閉塞しているが、下流にある出口の方はまだ開いている。このまま放っておけば、下流域も堆積物で埋まってしまい完璧な三日月湖になってしまうのだが、丁度、水の流れの無い泊地になっている。

 

「停船」

「停船良し。碇を下げろ」

 

 艦長の命令一下、機関が停止して碇が投げ入れられる。

 泊地の中央近くで工作艦は停まった。しかし、ボイラーはアイドリング状態で停止はしていない。ビームを停止しても盛んに蒸気を生産している。

 

「何も無いな」

 

 単なる無人地帯なのだろう。この辺りにはこんな感じの三日月湖やもどきが多く、工兵部隊も時々駆り出されて、こうした三日月湖を埋めて平地にならす作業が行われる事もある。

 しかし、ここら辺はまだ人里から遠いせいか、自然の状態だあった。

 

「墓が見えます」

 

 周りを観察していたギネスが指摘する。三日月湖の岸に立つのは幾つかのは墓石の群れ。

 艦長は振り向くと、首に下げていた望遠鏡でそいつを確認する。夜間なので視界は暗い筈なのだが、何とかそれを確認出来た様だ。

 

「古いな……」

「忘れられた廃墓地かも知れません」

 

 巫女の資格を持つヤノ大尉は墓の形態にも知識があるらしく、石積みのかなり古いタイプの墓だと断言した。しかし、ギネス軍曹もヤノ艦長もそいつの存在を無視した。

 不気味だが、今の任務には直接関係ないからである。

 

「当直を残し、本日の航行は終了だな」

「墓の隣に停泊するのは、落ち着きません」

 

 艦長の言にフェリサ伍長が反発する。「意外と迷信深いのだな」と応じると、紫鱗のラミアは身をよじって、「気持ち悪いんです」と訴える。

 

「岸からは離れているし、墓から骸骨(スケルトン)が出て来るとも思えないぞ」

 

 少なくとも墓の形式は暗黒期の様だ。古代王国期よりも新しいから、少なくとも火葬はされているとヤノ大尉は説明し、埋められた骨が原型を保ってないと解説する。

 

「大体、何でこんな所に墓が……」

「ここは領都とゴルカの中間で集落はないが、昔は村でもあったのかもな」

 

 記録は無い。と言うか東部域は長年未開拓で、ここ1世紀ばかりのは記録を除けば、不毛の地として記録なんかはほぼ無いのである。

 ここは幾つもある泊地の一つで、誰からも省みられない地であるのも原因だろう。三日月湖もどきは河口に近付くにつれ、無数に現れるのだ。

 

「気にするな」

 

 フェリサの肩を駆る叩くと、ヤノ大尉は船室に退出した。

 

             ◆       ◆       ◆

 

 勇者は驚愕していた。

 今回は隠していても仕方ないので(と言うか、噂で〝勇者が本艦に堕ちて来た〟と兵間で広まってしまっている)、今回からは食堂で皆と共に食事している。

 

「蒲焼きじゃないか!」

 

 異世界に転移してから一生食べられないと覚悟していた醤油の味。それが目の前の丼リから、ほかほかの御飯の上で鎮座している。

 

「皇国風のアレンジだよ」

 

 エプロン姿のキーラ曹長はどや顔をする。実家の旅籠で東方の料理人ら教わった醤油とみりんをアレンジしたレシピにご満悦である。

 

「皇国にはこんな料理法もある。テラが伝えたらしいけどね」

「美味い。これは美味い」

 

 がつがつと喰いまくる勇者。中身はふんわと柔らかく、真に日本で喰った蒲焼きその物であった。重箱ならぬ丼飯で、飯が陸稲で山椒は胡椒に変更だが、仲々の再現度である。

 

「一度、身を蒸気でふやかして脂を落としてから焼くんだよ。

 うちの実家では秘蔵の名物料理さ」

 

 胡椒はノーサンキューとばかりに、鰻丼にがっついている勇者が顔を上げる。

 西方での鰻はぶつ切りにして串に刺すか、ゼリー寄せみたいな調理法が一般的なのだそうで、鰻は安くて大量に獲れる食材なれど、貧者の食い物らしい。

 

「テラか。この調理が発明されたのは……。

 醤油も濃口だな。と言う事は銚子や野田が出来た頃の江戸中期か」

「どうした?」

「いや、何でも無い」

 

 鰻丼を平らげ、喰った喰ったとばかりに満足そうにカスガは大の字になる。そしてキーラ曹長に醤油の入手先を訪ねると「地元産だよ。領都で生産している」と返って来た。

 

「大豆があるんだな」

「緑豆か。若い頃に塩茹ですると美味いんだが、これは硬くなった老いた豆を使うらしい。

 製法は良く知らん、東方譲りって話だが」

 

 勇者は『枝豆も知られている様だな』と納得する。

 聞くと大豆は連作時に畑で生産する植物で、特に大豆専用の畑がある訳ではないらしく、量もそれ程大量に提供されるのは無いそうだが、毎年、供給はされるらしい。主に若い豆を茹でて食べる物で、夏の風物詩らしく、残った硬い豆が醤油の醸造に回される仕組みだ。

 豆腐も生産されているのかは聞かなかったが、多分、皇国とか言う所では生産されているのだと目星を付けた。

 

『ヤノ艦長の格好が、皇国風ならな』

 

 供給されるバター茶を茶碗に入れて飲みながら、ヤノ大尉が神道の巫女装束そっくりな服装をしていたのを思い出す。

 このエロエロンナ領は西方の最東端にある辺境らしい。

 ここから先の東部は砂漠が続き、中原なる荒野の向こうに東方があり、そこに皇国が存在する。艦長のあれも皇国由来なら、恐らく皇国とは日本文花その物が展開されている地なのだろう。

 

「よう」

「ギネス軍曹か、と言う事は操船が終了したのか」

 

 曹長が振り返る。そこにはギネス軍曹とフェリサ伍長か並んでいた。

 彼女らは席をどかすと卓に就く。ヤシクネーは身体の構造上、席に座れず、ラミアは丸椅子に座れるが、身体が不安定になるので使用は控える傾向にある。

 

「艦長は?」

「自分の部屋だろ。あの人は食堂で食べないから」

 

 ギネス軍曹の答えにキーラ曹長は頷くと、配下の兵を呼び寄せて食事を用意させ、煙草を取り出してパイプに詰める。

 

「勇者の監視は引き継ぐよ」

「助かる。あ、豚肉は明日な」

「ははっ」

 

 下士官達の会話を聞き流しながら、カスガは考え込んでいた。

 テラ・アキツシマの正体。彼の予想だと……。その時、突然、船体に強烈な衝撃が生じた

 

「何ごとっ!」

 

 多数の兵士が放り出される中、下士官三人は何とか倒れずに留まっている。

 特に叫びを上げたギネスは六本脚で踏ん張っている。直前、丸椅子に着席せずに腹で座り込んでいたのが項を成したらしい。

 

「何かがぶつかったのかな」

 

 蛇の腹と長い胴体で留まっていたのはフェリサ。カスガは顔を上げ、「敵襲か?」と呟く。

 

「敵襲? 誰が」

 

 スキュラの触手は手にもなる様で、卓をがっしりと掴んで料理と食器を守り抜いた曹長が疑問符を浮かべる。最後の戦争は既に70年も前だ。仮想敵国としてマーダー帝国があるが、こんな田舎の小型艦を襲う価値が思いつかない、その内、鐘の音が聞こえてくる。

 軍艦に限らず、艦船には乗組員に意志を伝える為に船鐘が備えられている。しかし、その鳴り具合は激しい。尋常ではない。

 

「総員戦闘配置だって」

「上甲板に出るぞ」

 

 周りは騒がしい。

 おっとり刀で上に駆け付けようとする者達の中、カスガも押されて廊下に出てしまう。ギネスが止める暇も無い。

 

「このまま上に行くぞ!」

 

 やけくそになったのか、廊下にあった棒を手に取った。本来は船が損傷した際に補修材として用意されていた円材として積んであった物で、武器としては心許ないが選んでいる暇は無い。

 武蔵が巌流島で用いた櫂の様な物を手に、上甲板に出た勇者は絶句した。

 

「な、何だ」

 

 辺りは暗いが、船の照明に入った所で巨大な何かが大口を上げて唸りを上げている。

 身体は茶色で鱗は無く、長さは10mばかり。棘が生えたうねった胴体が長い。頭と思しき場所の左右に小さな赤い瞳がずらっと並んでおり、こちらを睨んでいる。

 

「近づくな!」

 

 命令が飛ぶ。咄嗟に声のした方を振り向くと、昇降口から身を乗り出したキーラ曹長が仁王立ちになっている。

 

「魔物だ。何か力を持ってるぞ」

「何だって」

「見た事ない奴だ」

 

 スキュラであるキーラ曹長は領都育ちとは言うものの、近隣の河川や沿岸での経験はそれなりにある。領都近辺の水中生物には詳しい。

 魚介類、亀や甲殻類に水鳥、危険とされる鰐やリザードマンに至るまで、一通りの相手は頭の中に叩き込んである。スキュラだからこいつらと戦って捕食だって可能な魔族なのだが、目の前のこれは初見参であった。

 

「ラミアの亜種だな」

 

 しかし、カスガ・ユウは事も無げに言う。何かを知っている様子で櫂を構えるが、怪物は背中の棘に閃光を発する。危険を感じた勇者は口から予想可能な射線から身を逸らす。

 

「ぼあっ」

「おっ、やっぱり」

 

 二つの声が交差する。最初は怪物。もう一つはカスガだ。

 口が発光しプラズマ状の射弾が甲板を直撃する。カスガの予想した進路その物に青白い光が放射され、周囲を舐め尽くす。

 

「何か吐くんじゃないかと思ってたたぞ」

 

 棘が光ったのは、転移前に地球で見た有名怪獣映画の予備動作にそっくりな描写だった。確か放射能か何かを火焔にして撃ってたが、幸い、こっちの方は威力その物は低いらしく、エリアも狭かったし、船体が燃える様な事も無い。

 

「こいつが体当たりしてきたのか」

 

 叫ぶのはやっと昇降口に辿り着いたギネス軍曹の小柄な姿だ。既にカトラスを抜いて戦闘体勢だが、巨大な怪物に対するに短めの刀では明らかに力不足である。

 

「とにかく殴る!」

 

 勇者の得物が一閃した。櫂は充分な重さがあったらしく、甲板に乗りかかって上陸しようとしていた怪物の胴をしたたかに打った。短い悲鳴を上げて怪物が河に落ちる。

 誰かが探照灯(サーチライト)を作動させたらしく、艦の照明から外れた怪物の姿を追尾する。真っ暗な中に浮かび上がる奇怪な姿。

 

「こいつ、バンドーラのラミアだ……」

 

 カスガの呟きと共に、怪物の頭に爛々と輝いていた紅い瞳が変化し、一つ一つの瞳が人間の顔、それる鬼女そっくりの醜悪な物にとなる。

 どっかの特撮番組のボスクラスキャラに似ている。

 

「前にも思ったけど……十面鬼かよ」

 

 勇者は「ステータスオープン」と唱える。手首に填まったリング、腕時計が空中にモニターを投影して各種データを表示する。

 敵の名前、スタータスなどが表示される。地球とパンドーラの技術が融合した装備で、空中モニターは地球側の代物である。中に入っている太陽光バッテリーは魔電池なる物の補助を受けているらしいが、詳しい原理は高校生の春日 勇には判らず、また理解する気も無かった。

 

「やっぱりラミアか」

 

 ステータスの表示を読んでカスガは相手を理解する。名称が〝エレキ・ラミア〟となっていたからである。エレキと言うから先程吐いたブレスは電気だったのだろう。それから高電圧による衝撃はあるが、パワーは無いと判断する。

 焦げただけで木製の船体が燃えなかったのも威力的に大した力が無いのだろう。無論、生き物がそいつを受けたらイチコロだろうけど。

 

「出港準備っ! とにかく、奴から離れろ」

「艦長」

 

 ブリッジ直下の側面扉から、艦長が飛び出して命令を下す。

 ここに停泊する不利を悟ったのか緊急出港を要求しているが、三日月湖もどき内では満足に旋回は出来ず、このまま後進をかけて本流に抜けるしか無い。

 

「碇を斬り落とせ!」

 

 ギネスはそう判断し、傍らに居るセントールのベルサ一等兵に手元に在る碇の切断と伝えると、艦長に続いて露天艦橋への階段を駆け登った。

 

「切断ですかっ?」

「巻き上げる暇はない」

 

 ベルサに答えつつ、軍曹は機関室に繋がる伝声管を開ける。

 手元にある装置に触れる。これは相手に伝声管の使用を伝える為の為で、スイッチを入れると自転車のハンドルに付いている形のベルを鳴らせる装置だ。

 艦橋に伝声管は数本付いていて、連絡先に気が付いて貰う為に、使う際には必ず使うのが規定になっている。

 ややあって機関室から返事があった。

 

「ラタか、緊急出港用意」

「どうしたんですか、さっきの振動は?」

「後で説明する。ボイラー圧力通常。後進5km用意」

 

 伝声管は発声と聞き取りが別になっている複線だ。返事を待たず、軍曹は発声側の伝声管の蓋を荒々しく閉じる。余計な音を拾わぬ為の音声遮断用だ。

 視線を艦首に移し、ベルサの方を見ると碇の鎖を外して落とす所だった。

 これが綱だったら斧か何かで切断可能だったかも知れないが、最近の錨鎖は耐久に優れた鉄製である。時間的に遅いのが気になるが仕方ない。水音が響く。

 

「碇を切り離しました」

 

 ベルサの言葉に頷くと、ギネス軍曹は艦橋の直後にあるボイラーを注視する。

 艦体から飛び出した形で安置されている機関はと蒸気を吐いていたが、その勢いが急激に増した。ゆっくり上下していたビームの往復運動が激しくなる。

 スタンバイのアイドリングから、いつでも運転可能な様に蒸気圧が高まっている様だ。

 

「どうだ?」

「機関は行けます。指揮を執って下さい」

「了解した」

 

 ヤノ大尉とフェリサ伍長がブリッジに登って来た。怪物の方に視界を向けると、カスガが間断なく櫂を構えているのが見えた。

 相手が甲板からずり落ちたので、得物のリーチが足りないみたいである。艦長が叫ぶ。

 

「次のブレスに気を付けろ!

「当直が見当たれりませんが……」

 

 舵を握るるフェリサが補佐する。艦長は黙って足元に転がるウサ耳兵を示す。

 

「うわぁ」

「ブレスを受けたのだろう。無事ならば良いが」

 

 最初に戦勝を鳴らしていた当直の一人だ。大きな火傷とか焦げている部分は見当たらず、大電圧で感電して麻痺しているのだ。

 

『当直に立った者もこいつで薙ぎ払われたんだな』

 

 ギネスは甲板に当直兵がいないのに気が付く。生死を心配するが、艦長と共に艦橋を動けない。隣のヤノ大尉も艦医だから、犠牲者を観たいに違いない。

 だが、彼女は艦長だ。指揮を放り出して任務を放棄をする事は無かった。大の前の小。ここで指揮を捨ててしまうと艦自体が危機に陥りかねないのだ。

 

「圧力は正常値。逆転器に接続可能」

「艦長っ」

「後進開始。フェリサ、ぶつけるなよ」

 

 チン、と手元の伝声管からベルが鳴り、機関室から報告が届く。ヤノ艦長は後方を振り向きながら命令する。舵を持つフェリサ伍長が汗を浮かべて舵輪を握り直す。

 ギネスが伝声管に「後進」を伝えると、逆転器が外車(スクリュー)に繋がってガクンと船体が振動する。ゆるゆると《マイムーナ》が後進を開始した。

 

「勇者は……」

「今は後回しだ。怪物にやられてなければ、だが」

 

 一応、カスガ・ユウの事は心配している様子を聞いてギネスは胸をなで下ろす。

 後方の視界ははっきりしている。ちなみに機関は薪や石炭を燃やしている訳では無いので、もくもくと黒煙が出る描写が無いのがエルダの蒸気エンジンである。

 だから煙突も存在しないし、視界を妨げるのは白い蒸気だけだ。

 

 

〈続く〉




細菌の発見。ファンタジー世界でも醸造があり、発酵食品があって光学技術が発展していたなら、いずれ原因に辿り着く筈ですよね。

まぁ、エルダにはレンズが早くから実用化してて、顕微鏡なんかも開発済みだったからこそですが、望遠鏡も眼鏡もある世界だから、高価ですが板ガラスなんかもあったりします。
ガラスのニセ宝石なんかも盛んに売ってるし、階層問わずに流行してます。老若問わずキラキラって人を惹き付けるんだなぁ。
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