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10 魔界の名工(予定)
懐かしい、夢を見ていた気がする。
生温い泥の中から浮上するような感覚を感じつつ、意識を取り戻す。どうやら身体の方はあらかた回復したようだ。
目を開けるとそこには、心配そうにこちらを覗き込む少女――スピカがいた。
「……大丈夫?」
「…………ああ、大丈夫だ」
万全とはいえないが、まあ概ね問題ない。返事を返すと、ゆっくりとベッドから半身を起こす。
周りを見渡せば、そこは殺風景な広い部屋。私物の一つも置いていない、何時も通りの己の私室だ。
闘いから帰ったときの装束のまま故、シーツが血と汚れに塗れているが、自分が知ったことではない。
本来眠る必要はない身体なのだが、今そこに寝ていた――厳密には寝ているわけではないが――のには理由があった。
時は少し遡り、戦いと論功行賞が終わり自室に戻ったとき。自分は自室に着くなり、倒れるように寝台に入った。
端的に言えば限界だったのだ。この身体は回復呪文が効かず、暗黒闘気によって損傷を回復する。
魔力を限界まで使い切り、身体も最早ぼろくずのような有様。それに比べて己の微小な闘気では、到底回復が追いつかなかった。
故に意識を放棄し身体を休め、回復に専念する必要があった。いわば先程までは休眠状態にあったのだ。
「今……いつだ?」
「あの戦いから二日。丸二日ピクリとも動かずにいたのよ」
結構な間自分は眠りこけていたらしい。よくよく見てみれば、その目の辺りには泣き腫らした様な痕が見えた。
「すまん……随分と、心配をかけた」
「ホントに……あまりにも動かないもんだから、死んだかと思ったのよ!? でも……生きていてくれたんだから、許してあげる」
「それは重畳。……少し歩くか、身体が凝り固まっていていかん」
寝台から立ち上がり、軽く身体を捻る。乾いた血がぱりぱりと剥がれ落ちる音と、二日間で凝り固まった身体がばきばきと音を立てるのが重なる。
しかし何というか、やはり不思議だ。この少女を前にすると、自然と感情が沸いて出て来る。
他の者にとってはそんなことは当然の事なのかもしれないが、少なくとも自分はそうではなかったのに。
「では行くか、スピカ……自分で付けておいてなんだが、馴染みが無いからか呼び慣れんな」
「あら、いい名前じゃない。付けられた本人が言ってるんだから間違いないわよ」
二人して部屋を出る。
広大な白亜の廊下を並んで歩きながら、言葉を交わす。
「あの時は聞きそびれちゃったけど……なんで見ず知らずの私を助けたの?」
それを聞かれると結局、上手く言葉には出来ない。確かに彼女の風貌には何かの面影を感じる。
知らないのに知っているという感覚。失われた記憶に起因しているのだろうが――それだけではない。
「正直に言うと何故かは分からん、が……守りたいという気持ちは本物だ。それに、お前と居れば――自分が人形じゃないと実感できる。だから、命を懸けることになっても後悔はしていない」
「……そう」
一拍置いて彼女は、明るい顔で話し出す。その顔はオラージュの下に居た時のものとは違い、ある種活き活きとしているようにも見えた。
「私もあいつの下に居たときは、恐怖に縛られて只言うことを聞くだけの人形だった……けど、あなたが助けてくれたお陰で、今はとても開放された気分。……今後はあなたの下で動くことになるんでしょ?」
「まあ、そうだな……ここはあそことは違う、力さえ示せば――自由に振舞える。そしてお前にはその力がある」
それを聞いたスピカは、一層眩しい笑顔を浮かべて、こう言った。
「自由……いい響きね。――それじゃあ、これからよろしくね、お父様?」
告げられた聞き覚えの無い語句に、一瞬思考が固まる。
「……オレはお前の父親になった覚えは無いが」
「名付け親なんだし実質親ってことでいいじゃない! それに、
「……好きにしろ」
そう言いながらも、不思議と悪い気分はしなかった。自然と受け入れられるほどに。
そしてふと思う。自分がスピカの言うとおり、『父親』として振舞うとしても、彼女に教え、残すものが何一つない事を。
250年余りを生きてきて、その生き様は余りにも空虚。目覚めたときから戦いしか知らず、それからも戦いのみに生きてきた。
「演習場に行くぞ」
「え?」
「父親なんだろ? じゃあそれらしく……稽古の一つでもつけてやる」
「ええ~!?」
ならばせめて、それだけは伝えよう。戦いを、力を――この
――――――――――
誰の領下でもない、魔界の外れにある荒野にて、そこに集うは3人の強者。
軽鎧とローブを合わせたような戦装束を纏う、戦士と魔法使いを折衷したような男――アトリア。
背にある直剣に手を掛け、油断ならぬとばかりの表情で対面を睨む金髪の少女――スピカ。
そして、その視線の先にいる、瞳に求道の炎を滾らせ、精悍な雰囲気を漂わせる魔族の若者――
「ロン・ベルク――冥竜王の下へと付く気はあるか?」
「フン……お断りだな」
あの戦いから三年ほどが経ち、アトリアとスピカには新しい任務――スピカにとっては初めてでもある――が申し付けられた。
その内容は、
「近頃名を上げている剣客――ロン・ベルクとか言ったか。そいつが今この大陸にいるとの情報が入った。……そいつをオレの軍へと勧誘して来い」
というものだった。
だが、分かっているのはロン・ベルクなるものがこの大陸にいる、という情報だけ。
二人はそれだけを頼りに、手探りで情報を集めていくこととなった。
「ひいっ! わ、分かった、言う、言うから! だから命だけは――」
「冥竜王の領外に行くって言ってたのを聞いたんだ! 修行に来たって!」
時には足を棒にして
「ロン・ベルクという男を知って――」
「生贄だ! 我らが神に捧げる生贄が来たぞ!」
「話にならないわね……サクッとやっちゃってから調べない?」
「……そうするか」
またある時には
「二日前に団員が何者かに斬り殺されてるって書いてあるわよ!多分これじゃない?」
「……だろうな。よくやったぞ」
そんなこんなで紆余曲折。
アトリアとスピカの二人は2週間をかけて、ロン・ベルクの居場所を突き止めた。
『悪霊の神々』とやらを信奉する邪教の集団が仕切る土地――もっともほとんどの構成員は二人に皆殺しにされたが――を彷徨っているらしいということが判明し、二人して飛び回って捜索した結果、見事発見。
そこから一言二言言葉を交わしたあと、冒頭の場面に至っていた。
「断る、と来たか……何故だ?」
非常に面倒だ。二重の意味で。
最も、大魔王の勧誘を最初は断ろうとした男が言える言葉でもないかもしれないが。
とにかく、この手の輩はそう簡単には考えを変えない。そして何より、この男は強い。
だから二重に面倒なのだ。説得するにも骨が折れるし、力づくでいこうにも相手は強い。
「今オレが興味のあることは、剣の道を究めることのみ……いかな冥竜王といえども、その自由は奪わせんぞ」
そもそも他人に共感できないのだから、説得という行為自体が致命的なまでに向いていないのだ。
人選ミスなのではないか――?という思いが頭をよぎりかけたとき。
「でも、いくら鍛えたってそれをぶつける相手がいなきゃ意味がないんじゃない? 私達ならそれを提供できるわよ?」
思わぬ助け舟。こういった事はスピカの方が遥かに向いている。60年間閉じ込められていた箱入り娘に交渉能力が劣るというのも変な話だが。
「フン、いい線行ってるが……小娘に言われてもな」
「はぁ~!? あんただって10歳くらいしか変わんないじゃない! 私が小娘ならあんたは若造だっつーの!」
「ハッ! 親子連れでピクニックに興じてるお子ちゃまが何を言う」
「あぁ? なに、喧嘩売ってるわけ? 力づくで連れてってあげてもいいのよ?」
……訂正しよう。ベクトルは違うが、自分と同じく致命的に交渉に向いていない。沸点が低すぎる。
頭が痛くなってきた。何かを思い出せそうとかそんなものではなく、単純に呆れからくるそれだ。
「……やめろ。こいつは力づくで捻じ伏せても言う事を聞かん。そういう類の奴だ」
「ほう……話が分かるヤツだな。じゃあ――いや、待てよ」
ロン・ベルクは獰猛な笑みを浮かべ、こちらに鋭い視線を向ける。その形相は、飢えた猛獣を彷彿とさせた。
「……オレは剣の腕においては、魔界の中でも右に出るものは居ないと自負している。
――剣だ。剣だけでオレを倒せれば、オレはそいつに従ってやる」
そう来たか。まあ、慣れない説得をするより力で語った方が手っ取り早い。
一筋縄では行かないだろうが……分かりやすくていいことだ。
「いいだろう、相手をしてやる」
「ちょっと! 私が……」
「お前では勝てん。奴は――強い」
手を横に出して制止する。剣で右に出るものはいない、と言ったのは世迷言ではない。
体つきや構え、佇まい。それらを見れば分かる。奴が超一流の剣客であることが。
「それが分かるってことは……ちょっとは期待できそうだ」
「抜かせ――」
剣を抜き、正眼に構える相手に対し、こちらも呼応するように剣を抜き、交差させるように構える。
既に戦いは始まっている。互いにじりじりとにじり寄り、機を伺う流れ。
気の起こりを読み切った者こそが、この戦いの初手を制す。
筋肉の動き、呼吸のペース、視線の先……あらゆる情報を総動員して、相手を探る――そしてそれは、相手も同様だ。
試しに足元の小石を蹴飛ばしてみれば、一顧だにもせず切り払われる。その動作が行われる最中でも、奴の様子には一切の変化は無かった。
「ふ……小細工はやめろ、無駄だ」
「……それはどうかな?」
次は剣圧を飛ばす。それにも相手は動じず対応するが、まだ終わらせない。
間髪入れず次を仕掛ける。持っていた双剣の片割れを――力一杯放り投げた。
「――!」
さしもの奴も目を見開く。投げた剣は弾かれたが、対応に一瞬の遅れが生じる。
その隙を狙って、全力で踏み込んだ。
ここからが――本当の戦いだ。
二人の激突を見ているものはスピカだけではない。
誰も気に留めていなかった、小ぢんまりと荒野に鎮座する祭壇。それに取り付けられた悪魔を象った象の眼が紅く光り、二人の戦いをその眼に焼き付けていた。
キャラクタープロフィール⑦ スピカ
【年齢】67歳(原作開始時266歳)
【種族】人造竜の騎士(魔族ベースの三種族混血)
【出身地】魔界 ヴェルザー領(旧ボリクス領)ボリクスの牢獄
【体力】7
【力】6
【魔力】7
【技量】6.5
【得意技】各種魔法剣 ???
【特筆事項】魔法剣 電撃呪文使用可能
数多の実験の末生まれた人造・竜の騎士。同じ被造物ということでオラージュくんのコンプレックスを刺激したらしく、碌な扱いは受けられなかった模様。
まだ戦闘者としては未熟。それなりには強いがそれなり止まり。
決戦の折にアトリアが救出したことで配下として加わるが、父と呼ぶほどに懐いているようだ。
抑圧されていたが本来の気性は活発。容姿も性格もどっかの僧侶に酷似している。