できそこないの竜の騎士   作:Hotgoo

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13 二つの親子

 時を同じくして、第五魔宮の玉座の間。

 

 久方ぶりに帰還したアトリアと、魔界を統べる老爺が、二人で向かい合っていた。

 もっともそれは対等ではなく、圧倒的な上位者とその臣下、という関係性ではあるが。

 いつも主の傍についている影は今日は居らず、死神も仕事中だ。大魔王の今までの話によれば、影の男は大魔宮(バーンパレス)とやらの建造の仕上げでそちらの方に顔を出しているらしい。

 

 「ふむ……冥竜王の下での報告、しかと受け取ったぞ。よくやっているようだな」

 

 「は……」

 

 とはいっても、アトリアの影に付けたシャドーでその動向は定期的に監視されているし、本人もそのことは気付いている。

 これは実際に起きた出来事と映像の間に齟齬が無いかを確認する、通過儀礼のようなものだ。

 

 「さて、今日はそのような些事でそなたを呼んだわけではない。本題に入るとしようか」

 

 「如何なご用向きでしょうか」

 

 「100年前の、雷竜の後継者を名乗る輩との決戦……忘れたわけが無かろう?」

 

 「無論ですが……」

 

 当然だろう。死闘にして、アトリアという人間の転機となったあの戦いを、その本人が忘れよう筈も無い。

 しかしてその話を出してくるということは、それに関係した案件だということであることは明らかだった。

 果たしてその内容とは。

 

 「人造竜の騎士を初めとした、数々の研究……それらを手中に収めるために、余は秘密裏に調査隊をあの牢獄の跡地に送った」

 

 なるほど確かに、あの牢獄を兼ねた実験場で行われていた研究は、見る者が見れば垂涎の宝であろう。

 シャドーを通して事の次第を知っていた大魔王ならば、それを掘り起こさんとするのも不自然ではない。

 

 「だが……それらの研究結果は既に掘り起こされた挙句に、隠滅までもが行われていた」

 

 「……!」

 

 それはつまり、どこぞでスピカのような存在がまた無秩序に生み出されかねないということ。

 アトリアからすれば、それは容認しがたい話であった。

 

 「大方の事情は把握しました。……どこまで分かっているのですか?」

 

 「そなたは冥竜王の所から抜け出してきている身。長居が出来ない事は分かっておる――その名と居場所、その全ては既に調査済み。後はそなたの処遇に任せるのみよ」

 

 流石は魔界を二分する男と言うべきか、その者の運命は既に大魔王の掌中だった。

 全てを丸裸にされ、弄ぶかのようなその手腕は、盤上遊戯の名手の名に恥じぬもの。

 

 「して、その者の名は何でしょう」

 

 「魔界の外れに研究所を構えている男だ。その名は――ザボエラ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 魔界の外れ、腐毒の沼地の片隅にひっそりと建ててある掘っ立て小屋。

 それが彼と息子の研究所への入口だった。

 論理的パズルを解くことによって開く隠された地下への階段。そこに広がる迷宮兼研究所。

 

 三層に分かれたそれは実に堅牢かつ複雑で、幾重にも張り巡らされた無数の罠が侵入者を襲う。

 悪辣にして狡猾な迷宮の奥で繰り広げられている研究。

 現在専ら行われているのは、冥竜王の領地から持ち帰ったとある研究の解読と発展だ。

 

 それはかなりの部分が逸失していたが、それでも実に有用なものだった。

 人、魔族、竜の血脈の調和、配合。その内容は、超魔なるものを研究していたその親子にとっても親和性が高い。

 実に面白いと、その魔族の老人は研究に励んでいた。――それが今日で終わると知らずに。

 

 「キィ~ッヒッヒッヒッ! こいつは面白いのぉ~。人と魔族と竜族の最適な血の配分か……これは超魔の研究にも応用できそうじゃわい。怪物にも種類があるからのぉ……ここからは実験で確かめていくとしようかの」

 

 背丈が低く、垂れ下げている薄い銀の長髭以外に毛髪がない魔族の老人――ザボエラは、自分の最も役に立つ『道具』を呼び寄せる。

 

 「ザムザよっ! 次はこの紙に書かれたモンスターの血を採取してくるがよい!」

 

 「父上……オレは先日猛毒草を採りに行ったばかりです……このペースで働かされていたら身体が持ちませんよ」

 

 「あぁ~ん? ザムザよ、ワシの言葉の言葉を覚えておるか?」

 

 ――よいかザムザよ、お前は道具なのだ。

 

 「役にも立てない道具……そんなものはゴミと呼ぶしかあるまいが……おまえもゴミになりたいか?」

 

 「…………」

 

 ザムザの胸中で、昨日一時を共にした少女の言葉が反響する。

 

 ――仲間を助けるのに理由はいらないわよ。

 

 仲間……それが具体的に何を指すのか、まだザムザには分からない。だが、一般的に家族と呼ばれる者は、仲間と同等、あるいはそれ以上のものであるはずであるとは思っていた。

 

 ――家族でも仲間でもない……道具、か。

 

 ザムザが言葉を返そうとしたその時――部屋一杯に、大音量で警報が鳴り響いた。

 

 「むうっ! 侵入者か!?」

 

 部屋に備え付けられていたモニター代わりの水晶に、映像が写る。各所に配置された悪魔の目玉を中継するためのものだ。

 水晶の中に映し出されたのは二人。そのうち一人は、ザムザにとって物凄く見覚えのある姿だった。

 

 ――スピカ……!?

 

 「フン、侵入者など、この迷宮が誇る罠が――!?」

 

 額に冷や汗が垂れる。一体何をしに来たのか、恐らく穏便な目的では無いように思えた。

 だがザボエラもそんなことを察している余裕は無い。今彼は気が気でなかった。

 

 「あ……あわわ……!」 

 

 設置されている数々の罠が発動するも、それらは即座に突破されていっているからだ。

 

 高濃度の酸で満たされた落とし穴。全て凍らされた。

 幻惑呪文を用いて永久に同じ所を巡らせる仕掛け。一瞬で看破された。

 吊り天井が徐々に下り、押しつぶされる部屋。天井ごと破壊された。

 獰猛な超魔の実験体たちを解放。一刀で切り伏せられた。

 四方から放たれる鋼鉄の矢。全てご丁寧に避けられた。

 

 迷宮そのものが形を変え、惑わせる仕組み――「もういい」

 

 「いいっ!?」

 

 爆音。崩落。フロアの床をぶち抜いて、直接こちらへ降りてきたのだ。

 相手が自分より遥かに強いと見るや、ザボエラは即座に媚びモードに入った。

 

 「こ……これはこれは! どなた様か知りませぬが、何用でお越しくださったのですかな?」

 

 揉み手に腰を低くして――元々低いが――ご機嫌を伺うような声色で露骨に媚びる。

 その変わり身の早さだけは、魔界でも右に出る者はいない。誰も見習いたくはないが。

 そしてその裏で、何とかして敵の寝首を掻こうと画策していた。

 

 ザボエラの体内に流れる数百もの毒素。それらを調合し、相手を意のままにする毒を爪先から滲ませる。

 少しでも掠れば勝ち。僅かな隙も見逃さまいと、しかとその目でアトリアを見上げる。

 

 「お前がザボエラだな?」

 

 「は、はいっ……! 何を――」

 

 「そうか」

 

 唐突に、自然な動きで。ザボエラの手首から先が切り落とされた。

 

 「ぐぎゃあああぁぁぁ!?」

 

 あまりの痛みに、脂汗が額からたらたらと垂れる。驚愕、呆然、苦痛。その三つが入り混じった表情で、ザボエラは無くなった手首から先を見つめる。

 

 「な、なぜ……」

 

 ザボエラを見下ろすアトリアの空虚な瞳が、今はただ恐ろしい。

 何故自分がこんな無体な仕打ちをされなければいけないのか。そのような気持ちで問いかけるも、帰ってきたのは一つの答え。

 

 「お前は知ってはいけないことを知った。だから死ぬ。それだけだ」

 

 何のことを言っているのかと頭の中を浚うと、思い当たったのは一つの知識。冥竜王領から持ち出したそれだ。

 確かにあの研究は相当に禁忌に迫った、危険性の高いもの。しかしまさか、自分のこの研究所が調べ上げられるなど、相当の組織力を以って行わねばできないはずだ。

 

 大魔王か、冥竜王か――どちらだろうが関係ない。問題なのは自分が今、限りなく詰んでいるということだと、ザボエラは思う。

 

 「ま、待ってくれ! 研究は全て取りやめる! 記録も消す! だから――」

 

 「駄目だ。死ね」

 

 いくら記録を消そうとも、本人の内に残る記憶を狙って消すことはできない。結局命ごと消すのが一番早いのだ。

 その剣が振り下ろされる寸前。天井に開いた穴から降り立ったもう一人の声が、それを遮った。

 

 「あれ? ザムザじゃない! 二日ぶりね!」 

 

 「あ、ああ……」

 

 迷宮を踏破したもう一人――スピカは、ザボエラの傍らで震えていたザムザを見つけるや、声をかけてきた。

 ザムザは未だ混乱から立ち直れておらず、困惑した様子。

 命拾いしたザボエラは、降りてきた少女を見るアトリアの瞳に感情が宿るのを見る。

 完全に終わったと思ったが、まだ目があるやもしれんと、気を持ち直した。

 

 「……スピカ、オレが安全を確認した後に来いといったろ」

 

 「知ってる顔がいたからついね。……で、これどういう状況?」

 

 「あの老人を殺せば任務は終わりだ」

 

 「ふーん……」

 

 「ザ、ザムザ!」

 

 縋るように息子を見る。何やらあの少女と繋がりがあるらしい。

 今の状況ではただそれだけが希望。天上から垂らされた蜘蛛の糸に縋るような心境だった。

 

 「……あの男とどういう関係なんだ?」

 

 アトリアが聞く。スピカは数秒間考え込んで、

 

 「んー……知り合い……いや、友達? 出来れば殺さないで欲しいんだけど……」

 

 との言葉。自分は助からなさそうな話の流れに、ザボエラが再び縮こまる。 

 

 「まあ、知らないのなら助けてやってもいい……おい、こいつが研究していたものの内容を知っているか?」

 

 「い、いえ……オレはまだ雑用しか任されていなかったので……」

 

 とはいえ、見聞く端々からその内容は薄らと察していたものの、そんなことをこの場で言う愚を犯すほどザムザは馬鹿ではなかった。

 

 「……それならばいいか。こいつを殺して、それで終わりだ」

 

 再び剣を突きつけられたザボエラは、今までの生涯の中でこれ以上ないほどに、目を潤ませてザムザを見る。

 人生を賭けた渾身の演技で、親子の情に訴える。今年の魔界主演男優賞は間違いなしだろう。

 

 「ザムザ……! ワシが悪かった! 今までのことも謝る! もうワシには何もない……おまえしかいないんじゃ! この老いぼれをなんとか生かしてくれるように頼んでくれんか……!!」

 

 全身全霊を賭けた命乞いを前にして、ザムザは何も語らず、少しの間瞑目する。その胸中には、様々な思いが渦巻いていることだろうが、それを決して表に出すことはしなかった。

 瞑目が終わり、静かに一つ問う。

 

 

 「……一つだけ聞きたい。――父上にとって、オレは何ですか?」

 

 「決まっておるじゃろう。ワシの……大切な息子じゃ」

 

 

 目に涙を滲ませながら、悔恨極まった様子で答える。

 少なくともそれは、傍目から見れば本心からの言葉に思えた(・・・)

 それを聞いたザムザは、再びの沈黙。その顔は未だ表情を変えず、何を思っているのかは分からない。

 そして、前に少し歩み出てスピカに頭を下げた。

 

 「頼む……! 父上を、生かしてやってはくれないか……! こんな奴でも、オレの唯一の――父親なんだ」

 

 「…………」 

 

 暫しの間、考える。父親という言葉に彼女も思うところがあったようで、その助命の嘆願を、受け入れた。

 

 「父さん、私からもお願いするわ。……一回だけ、チャンスをあげてくれない?」

 

 「……分かった」

 

 アトリアが頷く。先程までは冷めた目を向けていたのだが、娘が絡んだ瞬間の掌返し。この男も大概であった。

 ザボエラが跳ねるように頭を上げる。その顔には、生を掴んだ事への喜びが、ありありと表れている。

 その感情だけは、疑いようもなく本心だった。

 

 「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」

 

 と、ザボエラが何度も頭を下げる。ひとまずの生存が確定しても、演技に余念がない狸爺。

 条件がある、と先程の言に付け加えるアトリア。

 

 「お前らには大魔王の下で働いてもらおう……特にザボエラ、お前にな」

 

 「ははぁーっ……! この老爺、粉骨砕身で大魔王様にお仕え致します!」

 

 元来大魔王が掘り起こそうとした技術。その管理の下で振るうのならば問題はないとアトリアは言う。

 

 「しかし……寝返ったり、その研究を外部に漏らしたりしてみろ。――必ず殺す。地の果てまで追いかけてもな」

 

 「滅相もございませぬ! ワシが裏切るなどと……」

 

 「話は終わりだ……一週間やる、それまでに準備をしておけ。別の者が迎えに来るだろう」

 

 帰るぞ、とアトリアが娘に手で指し示す。ザムザが手招きしていることに気付いたスピカは、それに対し少し待ってくれるよう言い、そちらの方に寄って来た。

 

 「また借りが出来てしまったな」

 

 「気にしなくていいわよ。父親なんでしょ? ……大事にしなさいよ」

 

 どうだかなと、自嘲気味に笑う。そんなことより言いたい事がザムザにはあった。

 

 「それよりもだ、二日前にも言い忘れていたことを言いたくてな」

 

 「?」

 

 「あー、その、なんだ……――助けてくれてありがとう」

 

 「いいって言ったのに……まあでも、言われて悪い気はしないわね。――どうもいたしまして」

 

 その優しげに綻んだ顔を見て、ザムザは思わず一瞬固まる。

 そんな様子も素知らぬ風に、スピカは言葉を続ける。

 

 「そういえば、今度から同じ所で働くんだから正真正銘の仲間じゃない! これからよろしくね、ザムザ」

 

 まあ私は当分帰ってこれないけどと笑い、アトリアの下に戻っていく。

 彼らが飛び去ってからも、ザムザは暫し彼らがいた地点をぼうっと眺めていた。

 

 

 

 

 彼らが去り、少し経った後。

 

 「それでは……オレは荷物を纏めてきます」

 

 「うむ……行ってくるがよい、ワシの最高の息子よ」

 

 ザムザが出て行って数十秒。部屋に一人残ったザボエラが唐突に笑い出す。

 

 「クヒャ~ッハッハッハ! まんまとお涙頂戴の名演技に騙されよって! 全く笑わせてくれるわい! キィ~ヒッヒッヒ!」

 

 そこには先程見せた息子思いの改心した老爺の姿はもうなく、完全に被った皮が剥がれ落ちていた。

 

 「子を産ませたら母体はもういらないと始末したが……存外に上手くいってくれたのぉ! ありもしない親子の情などというものに惑わされよって……! 全く、お前は最高の『道具』じゃよ……ザムザ!」

 

 甲高い嘲笑のみが部屋の中に響き渡る。しかしその様子の全てを、ひっそりと部屋の片隅に置かれていた悪魔の目玉がその目に収めていた。

 

 

 

 手に持った水晶玉から、その様子を眺めていたザムザが溜息をつく。あの時どさくさに紛れて悪魔の目玉を召還し、部屋の片隅に配置していたのだ。 

 指を鳴らすと、その悪魔の目玉がぼろぼろと崩れていく。それと同時に水晶玉に写っていた映像も途絶した。

 

 「こんなことだろうとは思っていたさ」

 

 再度、溜息をつく。

 

 今この瞬間ザムザは、胸の内にこびりついていた未練、親に愛して欲しいという気持ち――

 ――それら一切を、完全に捨て去った。一筋だけ流れ出た涙と共に。

 

 

 ――こんなものはもういらない。

 

 

 ――だって、欲しいものが他に出来たのだから。

 

    




キャラクタープロフィール⑩ ザボエラ(昔)
【年齢】790歳(原作開始時890歳)
【種族】魔族
【出身地】魔界
【体力】3
【力】2
【魔力】8
【技量】6
【得意技】マホプラウス
【特筆事項】数百の毒素

知ってはいけないことを知り、消されそうになった人。
オラージュくんの変身はまあ竜だけしこたま詰め込んだ超魔生物もどきみたいなものなので研究として近しいところはある。
そして早々に息子に完全に愛想を尽かされた人でもある。
ザボエラの明日はどっちだ。
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