これからはぼちぼちいつものペースで行きます。
結局、ザボエラの研究所での出来事は、二人が大魔王軍の所属で働いてもらうという顛末に収まった。
彼ら親子が大魔王の所に下ったのを確認し、竜の父娘もヴェルザーの下へ戻り、またいつも通りの日々を過ごしていた――ひとつの違いを除いては。
その違いとは、ザムザとスピカが文通を始めたことだ。 鏡に映った血文字でやりとりする禍々しい光景は、文通という字面通りの微笑ましい見た目では全く無かったが、そんなことは魔界ではよくあることだ。
その事を聞いたアトリアが内容を見せて貰えるように頼んだが、娘の「なんか恥ずかしいからやだ」との言葉に断念。
冥竜王や大魔王にも物怖じせず接する元竜の騎士様も、娘にだけは弱かったらしい。
やっぱりあの時二人とも殺しておけばよかったと思ったとか思ってないとか。
とまあ、そのような感じで年月は再び刻み、85年の年月が経つ。その間に
そうなれば地上も手中に収めたい冥竜王としては、地上侵攻計画を急いで進めざるを得ない。
どこか急造の粗を残しながらも、現在になり冥竜王の軍勢は地上侵攻の準備を整える。
遂に一週間後に地上侵攻の開始を控え、現在この城塞内は戦の前の慌しさと喧騒に包まれていた。
――が、地上侵攻から外されている二人にとっては、そんなことは微塵も関係なかった。
「父上、なにやってるんですか?」
そういった魔族の女性――スピカも長い時を経て、その活発な気性も多少は落ち着きを見せたようだ。あくまで多少は、だが。
その風貌ももはや少女ではなく女性と呼称するくらいにまでは成長し、一端の魔界を生きる者としての風格を漂わせている。
その視線の先には、地面に描かれた六芒星魔法陣の中で胡坐を組んでいる男――アトリアの姿があった。
「見て分かるだろう、呪文の契約だ」
魔法陣の中に座すアトリアの横には、黒く、厳重な装丁がなされた本が置いてある。
彼は今、ヴェルザーの城――この城はボリクスから奪い取った物らしいが――の禁書庫から持ち出した魔導書を使って、新たな呪文の契約に取り組んでいた。
「流石にそれくらいは分かりますよ。何の呪文の契約をしてるのかってことです」
「雷竜しか扱えなかった、古に伝わる電撃呪文らしい。……契約は出来たが、オレの
雷竜がこの禁書庫に残していた蔵書には、魔法と呪法の深淵とでも言うべきものがこれでもかと詰まっていた。
例えばとある呪法。185年前の戦いで使われた、その種族の生き血と魂を捧げ描くことで、中にいる生者を縛るもの。
例えばとある秘法。皆既日食の時にのみ使える、時すらも凍て付かせてみせる秘術。
例えばとある知識。極めて限られた者にしか発現しない、額に現れる第三の瞳についての考察。
その力や特異性について、神代からの叡智をもって記してある。
先の呪文にしてもそうだ。契約ができるということは扱える素養があるということ。
だというのに、相当の力量を誇り、魔法に長じているアトリアが、単純な力量不足で扱えないというのはそれ相応の呪文であるということだ。
最も、雷竜の系譜が途切れた今、この呪文の素養があるのはアトリアやスピカ、当代の竜の騎士くらいに限られるが。
「父上でも使えないってどんだけやばいんですかその呪文……私だってつい去年にギガデイン覚えたばっかりなのに……」
「こればかりは気長にやるしかあるまい」
そういってアトリアは立ち上がり、新しい本を持ってくる。その古ぼけた本の表紙にはただ『記録』とだけ。
内容を見てみれば、それはボリクスが記した太古からの記録――最も古い歴史書と言っても差し支えないものだった。
「これを見てみろ。……ロン・ベルクの言っていたことは嘘じゃなかったらしい」
その本に記されていたのは、魔界が生まれる以前。地上にて三つの種族が覇を競っていた神話の時代の出来事。
その時代、人間は二人の指導者の下で生きていた。
野心を抱き、戦いに心奪われた比類なき強さを誇る王。
非力ながらも人望に厚く、弱き人間を庇護していた心優しき王。
そしてその弱き王に協力し国を守っていたのが、魔族の中で、その剣の腕では右に出るもの無しと謳われた最強の剣豪――ヒュンケルであった。
彼は魔族であったが情に篤く、弱者を救わんとする王の理念に共感し、その側に付いたのだ。
その有様は力を重んじる覇王とは真逆。故に彼らは度々戦場で顔を突き合わせ、その度に戦っていた。
その時彼等が纏っていた戦装束。それは王たちに神々から与えられた伝説の武具。
覇王が纏っていたのは覇者の冠、覇者の鎧、そして――覇者の剣。
ヒュンケルが纏っていたのは王者の兜、王者の鎧、そして――王者の剣。
対となるその二つの武具は、どれもが
種族としては脆弱な人間を、有り方は違えどもこの二人が守っていたといっても過言ではなかった。
だが、それも長くは続かない。
知恵ある竜たちの群れに敗れた覇王軍。覇王本人も劣勢の中で疲弊し、最後は冥竜ヴェルザーに討ち取られる。その鎧は遺失し、剣と冠も散り散りに。
三種族のパワーバランスが崩れたことを懸念し、長きに渡る争いを見かねた神々も重い腰を上げる。
その結果、竜と魔族は魔界に押し込められ、地上には人間だけが残った。
そしてそれは――ヒュンケルも例外ではない。
人の世に残すには余りに突出しすぎた力を持つヒュンケルを地上に置いておくことをよしとしなかった神々は、その身に纏う武具もろとも彼を魔界に落とす。
そして今までの世の反省を踏まえ、三種族の調停者――竜の騎士が生まれたのであった。
その後は魔界に伝わる御伽噺の通り。その気性を利用され、少女に化けた魔族に心臓を貫かれ討ち取られたヒュンケル。
その武具は討ち取った魔族に奪われたというが、その魔族もまた殺され。今やその所在は、誰も知らないと言われていた。
「へぇ……すっかり忘れてましたけど、あれって本当だったんですね」
「だから何だってわけでもないがな。知っておくに越したことはないだろう」
難しい話は結構とばかりに、スピカが大きく伸びをする。
「しっかし暇ねぇ……最近みんな地上侵攻の準備で手一杯だから、私たちやることないし……そんな大層な準備しなくても、うちの戦力でパパッと攻めれば終わるんじゃないですか?」
「案外そうすんなり行かんかも知れんぞ。大魔王や天界が手をこまねいて見ているとも思えんしな」
「そんなもんですかねー……」
「そんなに暇だと言うなら、手合わせの一つでもするか」
そういってアトリアは、ばんと音を立てて本を閉じる。元あった場所に本を戻して、スピカの首筋をひっつかんで連行していった。
「い……! そ、それだけはご勘弁を……」
「問答無用。さっさと行くぞ」
禁書庫を出ると、相変わらず廊下では忙しなく往来する兵士たち。連れ立って歩いていると、今までの者とは違う空気を纏った者が、二人のほうに駆けて来ていた。
他の者たちが、期待や興奮に満ちていたとするなら、この者が表情に浮かべているのは、焦燥や恐怖。
その恐怖の源とは――
「アトリア様! 竜の騎士が……竜の騎士が前線基地に!!」
――――――――――
いつもの二人を付き従え、大魔王の間にて酒を嗜むバーン。
その視線の先には、アトリアと、竜の騎士の襲撃を報告する伝令役の姿が映された大水晶。
彼はいつになく上機嫌な顔で、葡萄酒を舌の上で転がしていた。
「……どうやら目論見通りに行ったようだな。意趣返しは成功といったところか」
「そのようですねぇ……酷いなァ、ボクにも何をするか教えてくれればよかったのに」
「ふ……教えればそなたは必ず邪魔に入るだろうが……」
「ウフフッ……それじゃあ仕方ないですね」
曲がりなりにも主の計画に水を刺されたというのに、笑って済ませるキルバーン。
最終的には主が勝つと信じているのか、主の失態を茶化しているのか……彼ならばどちらも当てはまっていそうっではある。
「なに、簡単なことだ……ギルドメイン山脈の山中にヴェルザーが開いた、魔界への門――その場所を天界の奴らにちょっと教えてやっただけのこと」
「そうすれば、門の向こうに展開している大軍団を見て竜の騎士が慌てて攻め込んでくるっていう寸法ですか……バーン様もタチの悪いことしますねェ」
「ちょうど竜の騎士が成人する時期だからな。その使命を伝えに地上に降りて来ると踏んだ……その結果があの、精霊どもも伴ったあの大軍勢と言うわけだ」
バーンが手元にあるチェス盤から、ナイトとキングの駒を弄びながら嗤う。
「賽を振ったのは余だが……出目がどうなるかは誰にも分からん。騎士が王を討って見せるか……王が貫禄を見せ付けるか。どちらに転ぼうが損はせぬ」
とはいえ、冥竜王も大魔王と対等と呼ばれているのは伊達ではない。竜の騎士と冥竜王がそのままぶつかれば、十中八九勝つのはヴェルザーだと、バーンは予想していた。
「ボクは無論、王が勝つほうに賭けさせていただきますよ」
「クク……両者が同じ所に賭けたのでは賭けにならんではないか……では、余は敢えて騎士が勝つほうに賭けてみようか――ミストバーンよ、お主はどうだ?」
その問いに今まで沈黙を保っていた影が、水晶の向こうに写るアトリアを見て、こう言った。
「……わかりませぬ」
「ほう……その真意は?」
「アトリアはバーン様の思惑通り……この400年余りの間、冥竜王の下で成長を見せてきました。そして冥竜王は強欲……一度手の内に納めたものは、そうそう捨てられません。……それがお気に入りならば尚更」
「フフ……それ当たってるよ、ミスト」
「竜の騎士も一筋縄では行きませぬ……勝利の為に何かを捨てねばならなくなった時……その強欲から生まれる躊躇いが、勝利を遠ざけるやも……そう考えると、一概にどちらが勝つとは言えないかと」
影の男らしからぬ長大な物言いに、大魔王は髭を摩りながらも考える。
「成程……的確な分析だな。その逆もまた言える訳だ――アトリアの存在が上手く作用し、勝利へと導く可能性もあると」
「は……」
「じゃあここは一つ、ボクが後輩クンの今後を占ってあげましょうか……ボクのトランプ占いがハズれた事はない……」
死神の手からカードが舞う。円を描いて廻るそれを一枚だけ取り出すと――
「スペードの9……ですか。あんまり良いカードじゃありませんねェ」
スペードの
「ククク……災難だな、アトリアのやつも」
――死や苦痛、最悪の状況。
ヴェルザーも完全にタイマンで勝ったわけではないと言っておきます。
他の知恵ある竜たちとかとも戦って消耗した所を、死んで生き返って強くなった時にぶっ殺したというような感じの顛末になっております。
というか知恵ある竜がごろごろいて魔族にもバーン様みたいのがいる時代に同じ土地で覇を競ってた人間やばすぎないか?一応今作では理由付けはしたけども、世界が一つだった時の人間って種の限界易々と超えてきてる気がします。
まあ世界を分けた所から見て多分劣勢だったんでしょうけども。