ここは冥竜王の居城、上位幹部専用の食堂。華美な装飾が施されたこの一室にいるのは、ヴェルザーとアトリア、スピカの三名のみだった。
「忌々しい竜の騎士め……!!」
冥竜王が苛立たしげに、右腕を地面に叩きつける。
美しい石造りの床が粉々に砕け、見るも無惨な姿になるが、お構いなし。
どうやら相当におかんむりのようだ。
魔界に竜の騎士が君臨してから一年。たった一年で、冥竜王軍は多大な被害を受けていた。
突如現れ、鬼神の如く暴れに暴れ、嵐のように去る。後を追おうにも現地の戦力は全滅、天界の精霊たちがご丁寧に足取りも隠蔽していく。
挙句の果てに、いつの間にか増えている敵戦力。竜に乗って好き勝手暴れる三人の猛者――竜騎衆。
それに比べて目減りしていくこちらの戦力。既に二万もの兵がその刃の錆となっていた。
「私達を地上侵攻メンバーに入れないから、罰が当たったんじゃないですかぁ?」
そのせいで暇でしょうがないと、パンを齧りながらスピカが言う。上位者に平然と嫌味を述べるその胆力は流石というべきか。
「……お望みならお前一人で竜の騎士と対峙させてもよいのだぞ」
「流石にそれは御免被りますわ、冥竜王様。わたくしは所用があるので失礼しますね~」
おほほと手を振りながら、逃げるようにその場を後にしたスピカを見て、アトリアが溜息をつく。やはり抑えられたと言っても、そのやんちゃな性分は未だ健在だった。
「……申し訳ありません、ここ一年城に篭りきりなもので鬱憤が溜まっているのかと」
「本気で言ったわけがなかろう。……地上攻略など、竜が一万残っていれば容易い。この城で待ち受け、最大戦力を以って迎え撃てばよい。じきに奴らはここへ来る」
そういってヴェルザーが指差したのは、壁に掛けられている魔界の地図。そこには、竜の騎士に襲撃を受けたポイントが×印で記されていた。
冥竜王が所有する二つの大陸の内一つ。地上への門があった場所を始点にそれは動き始め、この城を中心に円を描くよう基地や砦を撃滅していく様が読み取れる。それが示すことはつまり――
「奴らはここにオレがいると当たりをつけ、まずは増援を断つように周囲の戦力を削ぎにかかっているということだ。だがオレはそれに備え、あらかじめ周囲の拠点から少しずつ此処へ戦力を集めている……奴らに悟られず迎え撃てるようにな」
ヴェルザーがす、と爪を振る。各地にある拠点から城に向かう矢印が、その圧によって地図に刻まれた。
「奴らは容易にここまで来れるだろうな、だが――」
暗い笑みを浮かべ、持っていた骨付き肉を骨ごと噛み砕く冥竜王。
「その時が奴らの最期だ」
――――――――――
魔界の山中、仄暗い洞窟の中。
現在この洞窟には5人の者がいた。
聖なる衣を身に纏い、蛇のように目を細めている精霊のリーダー格の優男。
全身に鎧兜を装着し、その眼に鋼の如き鈍い光を湛えた魔族の偉丈夫――空戦騎。
深い紫色の鱗が全身を覆い、鋭く光る銛を持った
鎖帷子を着用し、巨大な
そして、軽鎧を身に纏い、真魔剛竜剣を背に提げた精悍な男――竜の騎士、バラン。
「今日も楽勝でしたな、バラン殿!」
気さくな様子で、オークキングの陸戦騎ががははと笑う。
彼ら――竜の騎士一行は、今日も冥竜王軍の拠点を襲撃し、その戦力を壊滅せしめてこの隠れ場所に帰ってきていた。
「当然でしょう。バラン様と私達が揃えば、敗北などありえない」
陸戦騎の言に同調する海戦騎。その言葉を証明するように、彼らの装いには傷の一つもなく、完勝であったことが伺える。
だが当のバランは、
「うむ……」
と、何やら考え込んでいる様子。それを余所に、沈黙を保っていた空戦騎が口を開いた。
「貴様ら、気付いていないのか? 明らかに最初の頃とは違い、敵が戦力を絞ってきていることに」
「それは杞憂では? 単純に敵戦力が底を着いたというだけの話ではないのですか」
彼は口を挟んできた精霊の男を見やり、呆れたような表情を見せる。
「……やはり長年天界に引き篭もっていただけある。精霊の方々はてんで戦いには疎いようだ。……分からぬなら分からぬなりに口を出さないで頂くとありがたいがね」
その言葉に精霊はむっとした表情を見せ、言葉を返そうとするが――
「何を――」
「やめろ」
若き竜の騎士が一言を放つだけで、その場を鎮めてみせる。その威厳と貫禄は既に一廉のもの。
「その違和感は私も感じていた。明らかに冥竜王は戦力を温存しにきているが……それでも取れる選択肢は他にない。むしろこれ以上戦力を集められる前に、ヴェルザーの居所――旧ボリクスの城塞へと攻め込むべきだと私は思う」
「策はあるのか?」
空戦騎の鋭い声色を持った問いかけに、バランは自信を持って頷く。
「ああ。――精霊たちの準備は出来ているか?」
「旅の扉を用いれば、大量の精霊たちを動員することも容易い。……三日ですね、それだけあれば仕込みは終わります」
「いいだろう……決戦は四日後だ」
そう言ってから、バランは皆を見渡す。意を決した表情で、話を切り出す。
「竜騎衆の皆……ここまで本当によくここまで付き合ってくれた。だが、次の戦場は生半可なものではない――冥竜王との決戦だ。ここに居る誰か、いや全員が死んでいてもおかしくないほどの戦いになるだろう」
そして長い沈黙の後、沈痛な様相で三人に覚悟を問いかけた。
「命が惜しいならば、ここで抜けても私は構わんし軽蔑もしない、が……それでも、恥を忍んで頼む。どうか私に、その命を預けて着いてきてはくれないか」
バランが漂わせる真剣な雰囲気に三人は息を呑んでいたが、その言葉を聞いた瞬間、どっと場に笑いが満ちた。
「な……何がおかしいというのだ」
「フフ……これはまた異なことを仰いますね、バラン様。とうに私の命など、あなた様に預けた身。どうぞお好きなようにお使いくださって構いませんよ」
海戦騎が恭しく礼をする。
「応ともよ! これだと思える男に一生を以って仕えることこそが我輩の夢! 我輩の命など、仕えると決めた時にとうに捧げたわい!」
陸戦騎が豪快に笑う。
「ここまで来て逃げる腰抜けだとでも思っているのか? 勘違いするなよ……お前のために命を捨てるんじゃない、そんなチャチな戦いで死ぬつもりがないだけだ」
空戦騎も、素直でないながらも戦意を示す。
バランはそれを聞き、感極まった様子。
「お前らの気持ち、確かに受け取った。……このような誇らしい部下を持った私は果報者だな」
どこか暖かい空気に包まれながらも、魔界の夜は更けていく――
そして、四日後。
「バラン様、魔法陣の敷設が完了致しました。我々は旅の扉で後に合流します」
「うむ……では、往くとしよう」
バランの前に傅き、準備完了の旨を告げる精霊の言を聞いたバランは頷き、口笛を鳴らす。
他の竜騎衆がそれに倣うと同時に、彼らの前に各々が従える竜たちが現れた。
陸戦騎の下には、橙色の皮膚に身を包む、雄雄しき竜――ダースドラゴンが。
海戦騎の下には、赤き体躯と堅牢な甲羅を備えた亀竜――ガメゴンロードが。
そして、空戦騎の下に空より舞い降りたのは、先程の二体とは一際違った力を漂わせる黒竜――ブラックドラゴン。
それに並び立つようにして、黒竜と同等の力を持った金色の竜――グレイトドラゴンが、バランに傅くように頭を垂れた。
「作戦は全て事前の打ち合わせ通りに行う! 皆、抜かるなよ」
四人ともが、己が従える竜の背に騎乗する。それぞれの竜たちが、目指す戦地へと向けて走り出した。
「――出陣だ!!」
その号令に、後ろから応と気勢のいい返答が飛ぶ。暫し無人の荒野を駆け続けていれば、バランの横に空戦騎が駆る竜が並走してきた。
「……分かっているな?」
「……ああ。この戦いが終われば――改めて決着をつけよう」
何やら因縁のある様子。バランが申し訳なさげな顔をして言う。
「お前たちにはすまないと思っている。こんな囮のような役割を押し付けてしまって――」
その言葉を、空戦騎が憤りを浮かべた顔で遮った。
「くどいぞバラン! お前に情けをかけられる謂れなどない、忘れたか? 俺とお前は――」
忘れるはずもないと、バランはその顔に薄い笑みを浮かべた。
「対等、だったな。……決着のためにも、生きて帰って来い――ヒュンケル」
そうこなくてはと言わんばかりの声色で、御伽噺の英雄の名を冠する剣士は、こう告げた。
「フン、無論だ。今度こそお前に勝って、その剣――真魔剛竜剣を頂いてやる。それまで負けるなよ」
そうしているうちに、目的地が見えてくる。切り立った崖の上にある孤城――冥竜王の居城だ。
やはりと言うべきか、その周りには数多の竜たちが空を舞い、厳戒態勢といった風情。
「そろそろだな……行くぞ! 我ら竜騎衆の武威を存分に見せ付けてくれん!!」
空戦騎――ヒュンケルの騎竜がバランから離れてゆき、他の二騎と合流し突出していく。
バランを――竜の騎士を無傷で冥竜王の下へと辿り着かせるための、囮同然の陽動作戦。
それが彼ら竜騎衆の役目だった。
やがて、空を占める竜たちが三人に気付き、向かってくる。
視界を覆うような竜の大群に対峙して、竜騎衆が吼えた。
「我輩たちの前に立ち塞がるならば、この槍斧の錆になる覚悟は出来ておろうな!!
陸を制す暴君――陸戦騎アルベルト、いざ参るッ!!」
頭上で槍斧を回す度に、風を切る轟音が鳴り響く。その音の大きさは、そのまま彼の力強さを現していた。
「私の邪魔をする者は、誰であろうと例外なく……その心臓、貫いてあげましょう!
海を統べる覇者――海戦騎シブリーム、見参!」
その射抜くような視線は、例え海の底でも見通すような鋭さをもって、敵対者を貫く。
「どかぬならば切り捨てるッ! 真っ二つになりたい者からかかってくるがいいッ!!
空を司る王者――空戦騎ヒュンケル、行くぞッ!」
堂々と啖呵を切るヒュンケルの手に握られた直剣も、その身に纏う鎧兜も。それらは全て、真魔剛竜剣と同じ神々しい光を放っていた。
彼らこそは三界の覇者。陸海空を制する者。その戦場に敗北なしと謳われたその三人衆は――
「刮目せよッ! 我等こそが――竜騎衆なりッ!!」
戦いの火蓋が、切って落とされた。
――――――――――
当然、外の騒乱は冥竜王たちの元にも伝わっていた。
最上階から見下ろせば、そこには一騎当千という言葉をその身で体現する猛者が三人。
雑兵が群がるも、相手が腕を振るだけで蹴散らされ、あるいは切り裂かれる。
「ついに来たわね」
「ああ。だが……一人足りないな」
そう、この戦場には肝心の主役――竜の騎士がいない。
となれば、これが陽動作戦であることは明らかだが、この破竹の勢いは放置するには危険すぎた。
「下の対処にはオレの血族に当たらせる。お前らはオレと共に来るであろう竜の騎士を叩け」
「御意」
「りょ~か~い」
ヴェルザーの言の通り、黒き竜たちが城から続々と飛び立ち、群れを成して竜騎衆へと向かっていく。
その様は壮観ではあったが、対する三人の英傑を討てると確信できるほどのものではない。
精々よくて互角、出来て時間稼ぎといったところだろうか。
それほどまでに、相手は強い。最早異常といえるほど。
「あの強さ……何かからくりがあるのでは? あれは常軌を逸しているでしょう」
「む……確かに。天界の奴らが何かして――」
それは突然のことだった。天より精霊の透き通った声色が響く。
――欲深き竜の王よ。今日があなたの最期の時となりましょう。
その声と同時に、地面が聖なる光に満たされる。その範囲は戦場と城を悠々と覆いつくし、目に付く範囲全てを占めていた。
「まさか……ッ!」
――邪なる威力よ退け!
破邪呪文。それも魔法円が確認できないほどの広範囲。しかしただの破邪呪文では、魔界の猛者たちの力を抑えることはできないが――
「ギッ!?」
「力が……出ない!?」
雑兵たちは、しっかりとその力を押さえつけられた様子。冥竜王には預かり知らぬことだが、この破邪呪文は、魔法陣の五つの点に、精霊の聖なる身体を媒体とした破邪の秘法――呪文の破邪力を最大限に増幅する――が用いられていた。
そのせいもあって、魔法陣は弱い者の力ならば完全に押さえつけられるほどの威力を発揮する。もはや雑兵では弾除けにすらならないほどに。
「もしや、大陸全土を覆うように魔法円を描いたのか……!?そのために周囲の拠点を念入りに殲滅したとでも……!!」
冥竜王の推察は的を射ていた。まあ、的中させた所で、全ては手遅れなのだが。
そして、ある程度以上の強者しか機能しなくなったということは、前線を保つ兵が足りなくなるということ。
それは、今も自らの傍らに控える二人の強者を前に出さなくてはならない、ということを意味していた。
「おのれ……!! 天界のゴミどもめがァ……ッ!!」
張り裂けんほどの怒気が辺りに漂う。最早物理的な熱気すら伴って。
「あっつ! ちょっと落ち着いてくださいよ!」
わなわなと拳を震わせる冥竜王に尚も軽口を叩けるのはもはや才能といえる領域かもしれない。だが当のヴェルザーは、そんなことすら気にしないほどに怒りに燃えていた。
「……アトリア、スピカ。お前らは前線に出て、竜騎衆どもを始末してこい。竜の騎士など、オレ一人で十分よ……!!」
「……いいんですね?」
「二言はない。……さっさと行け!」
「御意。行くぞスピカ」
「は~い」
窓を開け、そこから二人して飛び降りる。自由落下に身を任せ、地面までの高さが半分ほどになったころ、
見たところ、陸戦騎は冥竜王の親衛隊たちが抑えているようだった。ならば残る二人の相手は――
「やんちゃが過ぎたな。そろそろ死んでおけ」
「悪いが――この後に用事があるんでな。貴様程度に俺の命はやれん」
空戦騎ヒュンケルと、アトリアが空で向かい合う。
「また新しい自殺志願者ですか? そうならそうと言って欲しいものですね」
「その台詞、そのままあんたにそっくり返すわ」
海戦騎とスピカが、その顔に互いに武器を向ける。
冥竜王軍と竜の騎士
詳細に書くほどじゃない脇役紹介コーナー①
陸戦騎アルベルト
ガチで出番ない。二人しか宛がえる奴がいないのであぶれたかわいそうな奴。
素の能力的にはクロコダインの体力をちょっと攻撃力に振り替えた感じ。
名前の由来はハルバードを適当にもじっただけ。
海戦騎シブリーム
一応出番はあるが一話の後書き使って書くほどではないって感じの奴。
伝説の武具である銛と、めっちゃ硬い鱗が特徴。
見た目的にはドラクエのマーマンの下半身が人型になってるような感じに近い。
名前の由来は魚の名前を適当に引っ張ってきただけ。
名乗りシーンを書く際に名前を付けたが、オリキャラが増えまくっても何か分かりにくくて読みづらそうなんで、海戦騎と陸戦騎表記で基本的に進みます。