できそこないの竜の騎士   作:Hotgoo

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19 できそこないの竜の騎士

 私のご先祖はかつて争いの耐えぬ魔界の有様を嘆き、自ら魔界に堕天していったと聞かされていた。

 魔界などという血気盛んな獣共が住む地など放っておけばいいというのに、そのせいで私は裏切り者の末裔として、天界では爪弾きにされていたのだ。

 

 露骨な冷遇などがあったわけではない。ただ例えば、全く同じ功績をあげた二人がいるとしよう。

 その二人を序列付けるとき。『どちらか』を選ぶ時の判断基準など、そんな見えない所にそれは確かにあったと断言できる。

 

 だから、皆に認められるために私は人一倍努力した。結界術、封印術、呪文、秘法……近い歳の者で、私の右に出る者はいなかった。

 多数のために少数を犠牲にするのも仕方ないことだ。『正義のために』その御旗のもとに、世界のためならば多少のことは許容される。あの時のことだってそうだ。

 

 そうして私は続々と功績をあげていった。精霊たちの隊長格まで昇格することもできた。――ただし、その上には決して上がることはできなかった。

 見えない何かに阻まれているかのように。

 

 それでも。かの冥竜王ヴェルザーを討って歴史に残る大金星を挙げれば、私のことを見てみぬふりをすることもできなくなるだろう。

 そのためならば、薄汚い魔界の者どもと手を組むことだってして見せよう。

 

 

 そう、全ては――正義のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭痛がする。

 最も今は、全身がずたぼろなせいでそちらの痛みの方が酷いが。

 

 頭痛の根源は、娘の剣を止めたあの精霊。その顔に、どうしようもなく既視感を感じたからだ。

 久しぶりに訪れたそれは、やはり失われた記憶に起因しているものだろう。己はあの男を知っていたはずで、あの男も己を知っている。

 

 「……!!」

 

 その証拠にほら、あの男もこちらを見るなり目を見開いた。

 

 「ヒュンケル、あそこで倒れている男……必ず仕留めて下さい」

 

 記憶が揺さぶられる感覚。とめどなく喚起される感情。もっとも今沸いてきているのは、前回とは違って悪感情ではあるが。

 

 「その男がどうした? 既に半死半生だろう、もう戦いは終わりだ」

 

 「ちょっと、私のことを忘れてもらっちゃ困るわ……よ……ッ!?」

 

 二人の前に立ち塞がろうとするスピカの歩みは、一歩目にして膝をついたことで中断された。

 星皇十字剣を模倣したあの技も同じく、その威力に相応の代償が伴う危険な技のようだ。

 本家よりは威力が低いお陰か致命的な負傷などはないが、生命の剣での消耗と相まって戦闘の継続は困難だ。

 

 片腕を失い、鎧を砕かれ満身創痍の有様ながらも、ヒュンケルがこちらの方へ歩み寄ってくる。

 非常にまずい。二人ともが戦闘不能の今、その凶刃に抗う術は無く。

 

 ここで死ぬわけにはいかない。あの言葉を守らなければならない。娘も守らなければ。それに加え、あの精霊を見るたびに頭痛が増してゆく。

 三重の要因による、今までに無いほどの想像を絶する痛み。

 

 「確かにあの男は魔法剣や電撃呪文を使っていたが……それと何か関係があるのか?」

 

 「ええ、大いに関係がありますよ……あの男は天界の意に背き、神々の定めた理に反してまで生にしがみついた裏切り者――」

 

 似たような言葉を何処かで聞いたような気がする。果たして何処だったろうか。

 光に包まれた、雲の上のような場所だった気がする。

 そうだ、そこで投げかけられた言葉が――

 

 

 「――できそこないの竜の騎士です」

 

 

 この精霊の男を黙らせたい。その口から紡がれる言霊を耳に入れる度に苛々が募る。

 いや、そんなものではない。今胸の内を占める感情。

 

 それは――憎悪だ。

 

 高まる憎悪と殺意に比して、指先一つ動かない身体。ただただ発散されぬ感情のみが胸の底から積もっていく。

 しかしこの場において、その瞳を憎しみに染める者は一人ではなかった。

 

 「取り消せ」 

 

 精霊の男に、稲妻が落ちる。それはヒュンケルに庇うようにして切り払われたが、その呪文を唱えたのはスピカ。

 限界を超えて立ち上がるその顔は、怒り一色に染め上げられていた。

 

 「父さんは出来損ないじゃない……!!」

 

 「そのライデイン……貴女もですか。神に命を授からずして生まれた、存在してはならない生物。

 挙句の果てに神の使いである竜の騎士を模倣した失敗作とは――父が出来損ないなら娘も出来損ないというわけだ」

 

 奥歯が砕けるほどに歯を食いしばる。蓄積されていく負の感情に比例して頭痛も強まっていき、いよいよ意識も危うくなってきた。

 霞みゆく視界の中の端に映るのは、怒りのままに立ち向かう娘の姿。 

 直線的な動き。読みやすいことこの上ない。

 

 「黙れぇぇぇ!!!」

 

 「駄目……だ……逃げろ……!!」

 

 薄まる意識で最後に放った言葉。

 駄目なのだ。既に勝機は逸した。怒りのままに剣を振るっても勝てず、その先には死があるのみ。

 せめてスピカにだけは生きてもらわなければ。だが、その言葉は届かず。

 

 ヒュンケルがふうと溜息をつき、剣を構える。

 

 「怒りで目が曇ったな」 

 

 「……あっ…………」

 

 袈裟斬り一閃。それだけで終わった。

 

 肩から腰にまで刻まれた裂け目から、蒼い血の華が咲く。

 血潮を噴き出しながら墜落し倒れていく娘の姿が、やけに遅く見えた。

 風船のように膨張していた憎悪が限界を迎え、弾ける様な錯覚を覚える。

 

 その感覚を最後に視界が黒に染まっていき、己の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは発露だった。アトリアに与えられた暗黒の杯の中身――暗黒闘気が、記憶の中の憎悪を糧に築き上げた膨大な氷山の一角の。

 それは兆しだった。大魔王が意図した、氷に覆われた心より発芽する憎しみの芽が、やがて全てを燃やす炎となることの。

 

 精霊の男と会った事による記憶の封印の揺らぎ。内より芽吹かんとする暗黒と、外部から与えられた憎悪の混ざり合い。

 それら全てが作用し合い、ついにその心の容量は限界へと達する。

 

 この状態は一時的なものに過ぎない。例えるならば水がなみなみと入っているグラスに、更に水を注いでいるような状態。

 限界容量から溢れた暗黒が漏れ出しているだけであり、それが終われば元通りの蓋がされた状態へと戻る。

 

 それでも。

 今この場において戦いぬくには、十分だ。

 

 

 アトリアの体内から、暗黒闘気が溢れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……終わりましたか」

 

 「ああ…………

 

 ――いや、まだだ」

 

 ぞわり。ヒュンケルの背筋に、怖気が走る。

 本能的な恐怖。生命の危機に対し、身体が警鐘を鳴らしている。

 その原因は何か。それを探ろうとする前に、暗黒がこの場に吹き荒れた。

 

 「まだ、終わってない」

 

 ヒュンケルほどの猛者に、生命の危機を感じさせる暗黒闘気。

 その発生源は――倒れ伏していたはずのアトリアだった。

 幾多にも刻まれていたはずの傷から、底なしとも思える暗黒闘気が湧き出てその傷を塞いでゆく。

 ほんの僅かな、少しだけの間。既にアトリアの体は万全の状態へと回帰していた。

 

 「不浄な……!」

 

 体の修復へと充てられていた暗黒闘気が外へと漏れ出し、溢れ出す暗黒は勢いを増した。

 アトリアがゆらりと立ち上がる。我を失い、憎悪に支配されたその様はまるで幽鬼のような。

 刺し貫くような殺気が、二人を貫く。

 

 「…………」

 

 そこに言葉は介在せず、ただその殺意を行動で示すのみ。

 ごう、と爆発したような音が鳴る。それは地面を踏み砕いた音であり、その力強さはそのまま速度に変換される。

 一度瞬きをすれば、既にヒュンケルの眼前にはアトリアがいた。

 

 「な……ッ!?」

 

 その速度は補助魔法を受けたヒュンケルのそれにも比肩する。いや、戦いの中で消耗しきった今のヒュンケルと、万全な状態までに回帰した状態のそれでは――アトリアの方が早い。

 無造作にその兜を掴み、ヒュンケルごと持ち上げた。

 

 「がぁぁ……!!」

 

 「素手でオリハルコンを……!?」

 

 みしみしと、金属が軋む嫌な音がする。暗黒闘気を集中させた右手が、王者の兜ごとヒュンケルの頭部を握りつぶそうとしていた。

 このままだと頭が潰れた柘榴より酷い有様になるのは明らか。どうにか拘束から逃れようと、ヒュンケルがもがく。

 

 だが、その凄まじい締め付けはちょっとやそっとのことでは外れず。

 今まで闘気による身体強化を全く用いず戦ってきたアトリア。膨大な暗黒闘気によって後押しされたその膂力は、以前とは一線を画する。

 頭が潰されるまでのタイムリミットは、刻一刻と迫っていた。

 

 「この……っ! 叩き切ってくれる!!」

 

 宙に吊られた状態での腰の入らぬ斬撃は、しかし左の手刀により弾かれる。

 軽い切り傷が左の掌に滲むが、逆に言えばその程度。すぐさま暗黒闘気が滲み出て修復される。

 だが、気が逸れた一瞬、ヒュンケルは己を掴んでいる右腕を思い切り蹴り上げることで、逆上がりのような形で兜から頭を抜き、脱出してみせた。 

 

 その一瞬後、兜が音を立てて(ひしゃ)げ、潰れた。

 こうなっては神代の装備も形無し、ただのスクラップと成り果てる。

 アトリアが後方に跳んだヒュンケルを追撃せんと動くが、それは精霊の男が張った結界により阻まれる。

 両者共に、距離を取る形。

 

 「出来損ない風情が……正義の邪魔をするなッ!」

 

 精霊が叫ぶと同時に、三色の光が煌き、敵対者へと向かっていく。相手の身体能力を下げる妨害呪文だ。

 その光に対し、アトリアが取った行動は回避ではなく――

 

 アトリアの双手から出ずる濃厚な暗黒。黒い靄のようなそれが光を絡め取り――跳ね返した。

 

 「おおおっ!?」

 

 余りの事態に、対処が遅れるヒュンケル。跳ね返された光が直撃し、かけられていた補助呪文の効果と相殺し合い、その効果が消える。

 身体能力が急落する。無論そんなものが無くても卓越した肉体を誇るヒュンケルではあるが、元の能力が高いほど効果を上げるのが補助呪文の特徴。

 その落差は大きく、彼が想定する動きと現実の間にズレが生じた。

 

 再び踏み込んだアトリアの速度に、次こそはと目を凝らす。

 初見のときのそれとは違い、この速度は既に知っている。来る場所さえ分かれば対応できると、アトリアの視線の先を読んだ。

 

 その視線の先は――ヒュンケルの背後。

 

 「貰ったッ!」

 

 剣を振る。斬るというよりは、置く。飛び込んでくるスピードを利用することにより、斬撃の威力を高める魂胆。

 しかし、その剣が実際に何かを斬る事は無く。

 剣を振っている半ば。既にアトリアは背後へと回っていた。

 

 ――早……!?いや、そうではない!俺が想定よりも遅くなっていたのだ!

 

 「ごはぁッ!?」

 

 暗黒の掌撃。ヒュンケルの身体がくの字に曲がり、血反吐を吐きながら吹き飛ばされてゆく。

 吹き飛ばされるその先は、マグマの河の中。

 

 「まずいですね……! トラマナ(罠無力化呪文)!」

 

 光の皮膜がヒュンケルを包み、マグマに落ちるその体を保護する。

 使い手により効力の程度は異なるが、魔界の溶岩をも無力化するほどの使い手はそうはいない。

 もっとも、魔界の溶岩は長時間無効化できるほどの生易しいものでもないが。

 

 「早く出てください! 長くは持ちません!」

 

 その叫びは届かず、ヒュンケルの体はマグマへと沈んでいく。先程のダメージを切欠に蓄積されたダメージが表出し、彼は失神していた。 

 

 

 

 ――早く! ――長くは――せん!

 

 

 ――何か、いけ好かない奴の声がした気がする。俺は何をしていたのだったか……

 

 沈んだ意識の中で、手に持った王者の剣を見やる。意識を手放しても、その剣だけはしっかと握って放ささず持っていた。

 

 ――この輝き……真魔剛竜剣と同じ。真魔剛竜剣……?何だ、それは?

 

 無色だった風景が切り替わる。そこは鍛冶場、ヒュンケルの原風景。

 初めて己が打った剣を見る。それが王者の剣へと変わり、真魔剛竜剣へと変わる。

 

 そして、その真魔剛竜剣を握る男の姿が現れる。竜鱗であしらった鎧を纏い、尋常ではない強さを漂わせる男。

 

 ――バラン……そうだ、バラン! 真の英雄に相応しい男……!

 

 再び、風景が切り替わる。それは水中。頭上にかすかに見える光が、己の意識が浮上しかけていることを示唆していた。

 

 ――まだだ、まだ死ねない……!

 

 どんどんと水面が近づいてゆく。

 

 ――ああ、そうか。今は戦いの最中だった。そうと分かれば、こんな所で油を売っているわけには行かないな。

 

 そして遂に、浮上する。その頭上に燦然と輝くは、太陽の光。

 

 ――己に誓ったのだから。あいつと再びまみえるまでは、もう絶対に負けないと。 

 

 意識が、覚醒する。

 

 

 

 マグマの河が真っ二つに割れ、闘気の奔流が光の柱となり立ち昇る。

 そこから飛び出してきたのは、今までに無いほどに闘気を滾らせたヒュンケルだった。

 

 「おおおおおおおッ!」

 

 中空から、闘気を込めた剣圧が放たれる。アトリアもそれに倣い剣を抜き、同じく暗黒闘気の剣圧で応戦。

 それは両者の中間点で衝突し、炸裂する。

 

 

 燦然と輝く、生命の息吹を連想させる若々しいヒュンケルの闘気。

 

 堰を切ったように溢れ出した、底の見えぬ深淵を思わせるアトリアの暗黒闘気。

 

 

 両者の性質は違えども、その勢いは――互角!

 そして互いに悟る。この状態は、長くは続かないことを。 

 

 アトリアの暗黒闘気は溢れたものを利用しているだけであって、それが尽きれば元通り。

 ヒュンケルの闘気は生命力を闘気に転化し限界以上を引き出しているだけであり、その先は長くない。

 

 そうなればすべきことは一つ。

 己の全ての力を一撃に込めて繰り出す、短期決戦だ。

 

 「合わせろッ!」

 

 「ええ!」

 

 精霊の男が祈りを込めて十字を切ると、空中に光の十字が投影される。

 ヒュンケルは両手で剣を握り、闘気を収束させてゆく。覇王斬の構え。

 

 やがて巨大な剣の幻影が、魔界の中天に映し出される。その幻の刀身が湛えるは、生命の輝き。

 それは儚くも鮮明で。ともすれば、オリハルコンの神々しい光沢よりも美しく。

 

 

 対するアトリアは、両手から放つ暗黒の糸で、やられた兵が持っていた落ちている剣を二本見繕う。

 そうすれば次は、手に入れた二本の剣を地面に突き刺した。

 剣が突き刺さった地点を中心に、黒い魔法陣が周囲へと広がる。

 

 何故の二刀か。ギガブレイクWのように、威力を高めるためではない。

 その答えは、剣を守るため。今から放つ剣の威力は、まさしく未曾有。二本の剣に威力を分けなければ、放つ前に剣が耐え切れないと予測したためだ。

 当然、放てば剣は砕けるし、腕も砕けるだろう。腕は修復できるので問題は無い。だからこそ、壊していい剣を見繕ったのだ。

 本来アトリアが持つ二刀は、大切な物であるが故に。

 

 その未曾有の破壊力の秘訣とは。地面に広がる黒い魔法陣がその答えだった。

 魔法陣の中心に、黒い穴のようなものが開く。そこから伝わる黒い稲妻が、突き刺さる二刀に這った。

 

 「……ジゴスパーク(暗黒電撃呪文)

 

 天の力は借りない。地の底から出ずるそれは地獄の雷。最強の電撃呪文にして、かの雷竜の切り札。

 

 暗黒闘気に一時的に目覚め、力量(レベル)が底上げされているいま。この時ならば、契約しておいたこの呪文を使えると、アトリアの本能は判断した。

 黒雷を纏う二刀を引き抜き、その刀身に暗黒闘気を送れば、それを貪るようにして地獄の雷が更に強さを増す。

 

 準備は整った。

 両者の必殺剣の威力が極限にまで高まった時こそが。

 

 剣豪の伝説を継ぐ者(ヒュンケル)と。

 

 できそこないの竜の騎士(アトリア)の。

 

 それぞれの究極を、ぶつけ合う時だ。

 

 

 「――いざ、勝負ッ!!」

 

 

 幻の巨剣が、アトリアへと向けて放たれる。それは光の十字架を貫通し、聖なる光をも帯びた。

 太陽のような輝きを放つ幻の剣の周りを、星々を思わせる光が廻る。

 バランの竜闘気によってなされるそれが小宇宙ならば、これはさながら太陽系。 

 

 アトリアがその身を弾丸に、弾かれたように飛び出す。双手に携えるは、純黒の稲妻を纏いし二刀。 

 聖なる幻影の剣を前にして、体を捻り、回転させる。円運動の遠心力を技の破壊力に加える、ギガブレイクWと同じ構え。

 図らずもその高速回転により、二刀の残影が黒い円を描く。ひたすらに深い闇を湛えたそれは、まるで全てを呑み込む黒孔(ブラックホール)のようで。

 

 二人の距離が縮まっていく。白と黒、闇と光。相反する二つが雌雄を決するのに小細工は要らない。

 その決着に必要な要素は――どちらが強いか。ただそれのみだ。

 

 

 「グランド――ネビュラッ!!」

 

 

 「――ジゴブレイクW……!」

 

 

 二つの極致が、衝突した。

 

 「これは……! 何も……っ!」

 

 壮絶な爆音と、視界を覆う白光。そして衝突の余波。辛うじて精霊の男は結界を張ることで難を逃れたが、どうなったかを知る術は無く。

 おそらく、相当の土砂が巻き上げられたのだろう。土煙が辺りを覆い、それが晴れるのには少しの時間が要りそうだった。

 

 果たして、激突の勝者は――

 

 「ぁ…………」

  

 煙を掻き分けて、一本の手が精霊の男の首元へと向かう。その腕は見た事も無いような傷がびっしりと刻まれていて、それはまるで内側から粉々に砕けたような。 

 しかしその傷は少しずつ、滲み出る暗黒闘気により修復されている。

 

 「あぁ……っ!」

 

 がしりと、その手が精霊の細首を鷲掴みにする。込められたその力に気管が圧迫され、呼吸すらもままならない。

 

 「…………ッ! ……ッ!」 

 

 声無き声を必死にあげようとしながらも、精霊の男が己を掴む腕の先を見れば。

 

 

 そこに一人で立っていたのは、アトリアだった。

 

 

 煙が晴れた。アトリアの背後、少し離れた所に倒れているのはヒュンケル。上半身と下半身が分かたれて、更には己の生命力を根こそぎ使い果たし、木乃伊(ミイラ)のような有様。

 辛うじて、ただ本当に辛うじて、その命脈を保ってはいるが、それも三十秒もすれば尽きるだろう。

   

 もう、精霊の男を守るものは誰もいない。

 

 

 

 ――なんで私がこんな目に。

 

 苦しみの中、逃避するように思考を巡らせる。

 

 ――誰よりも努力し、誰よりも正義のために働いてきたのに、周囲の私を見る目は冷たかった。

 

 思い浮かべるのは、これまでの生涯。

 

 ――私だけが我慢して魔界の者たちの付き添いに行けば、裏切り者の末裔にはお似合いだと陰口を叩かれて。

 

 ひたすらに正義のために奔走してきた人生。その先に待つのがこれかと、自嘲する。

 

 ――正義のために行ったことなのに、何故私がこんな仕打ちを受けなければならない? あいつは正義のための犠牲、仕方の無いことだったというのに。――いや。

 

 細められていた目が見開く。ようやく気がついたのだ。正義のためにと犠牲にしてきた者たち。その順番が――自分に回って来たというだけのことだったということに。

 自分がなって、初めて分かる。犠牲にされたものたちの気持ちが。

 

 ――これが正義か? こんなものが――?

 

 それは天界にいるものとして、絶対に抱いてはならない考えだった。

 精霊の瞳に、正義への失望の色が宿る。そして、そんなものに生涯を捧げてきた己への絶望も。

 

 それを見て、憎しみに満ちていたアトリアの顔が嗤う。

 

 ――その顔が見たかった。 

 

 自分の一番大切なものを踏みにじられた。ならばその報復としてすべきことは。

 

 相手の一番大切なもの(正義)を踏みにじることだ。

 

 もう十分だと、首にかけた手の力を強める。

 

 「死ね……!!」

 

 それは単純にして陳腐な言葉だった。だが、そこに込められた憎悪は計り知れず。

 

 戦闘を行えないように出来ている精霊の体は脆い。生々しい音を立てて、その細首はあっさりと潰れた。

 生命の灯火が消え失せたその身体を、興味を失ったアトリアが適当に放り投げた。

 

 その数瞬後、地面に鳴動が走る。

 それを切欠に、アトリアは正気を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直に言おう。何が起きたのか全く分からない。

 いつの間にか死んでいる精霊の男。真っ二つになって倒れているヒュンケル。全快している身体。

 そして飛んでいる記憶。少なくとも周囲の凄まじい荒れ具合から、戦闘が行われていたのは確かなようだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。いやよくはないが、この場で優先すべきことではない。

 

 それは何故か――黒の核晶が爆発する寸前の魔力の鼓動が、今この場に伝わってきているからだ。

 以前自分が手ずから封印したもの。この律動は間違いなく黒の核晶。しかももうすぐ爆発する。

 非常にまずい。なんと言っても時間がない。娘はどこへ――

 

 「……うぅ…………」

 

 周囲を見渡せば、遠くに倒れている姿。意識を失っている時に起こったと見られる大爆発の余波で吹き飛ばされたのだろう。その衝撃で目覚めてもいるようだ。まずは生きていたことに対する安堵が胸を占める。

 しかし、魔族は死んでいなければ再生できるとはいえ、それを目算してもかなり危険な状態だ。迅速に治療を施す必要がある。

 

 そして距離。最早爆発まで十秒とない。走って届く距離でもないし、二度瞬間移動呪文(ルーラ)を使う時間はない。この大陸を出る前に、爆風に飲まれるだろう。

 なら、自分の命と娘の命、どちらを取るか――? 

 

 考えるまでもない。

 

 「ルーラ」

 

 二刀の片割れを抜く。呪文を付与し、娘に向けて思い切り放り投げた。

 

 「……父さ――!?」

 

 矢のように飛来したそれは狙い通り、右肩へと突き刺さる。付与された呪文が発動し、剣と娘は指定された場所へと光となって飛んでいった。

 後は賭けだ。自分の魔力で黒の核晶の威力に耐えられるか――

 

 呪文を唱えようとした所で、一際大きな衝撃が走る。

 

 「……ッ!」

 

 足元の大地が大きく割れ、突然に空中へと放り出される。

 地割れの底に煮えたぎるのは溶岩。空中であの呪文は唱えられない。飛翔呪文で対応しなければ。

 だが、そんなことをしている時間はない。一つの呪文を唱える時間しか爆発までの余暇はない。

 どうする、どうすれば――焦りが胸中を渦巻く。だが、その焦りは杞憂となった。

 

 「受け取れ……!!」

 

 飛来した剣が己の腹を突き刺し、身体ごと吹き飛ばす。それにより地割れに呑まれる事は免れたが、今オレを助けたのは――? 

 

 「お前は……何故――」

 

 視線を辿れば、剣を投げたのはヒュンケル。文字通り最後の死力を尽くし、剣を投げた後に死んでいたがその死に顔はどこか穏やかで。

 敗北への悔恨はありながらも、満足気な表情を浮かべ逝っていた。

 

 ともあれ、思わぬ助け舟により窮地は免れた。

 感慨に浸っている暇はなく、やるべきことをやらなければ。

 高まる魔力の鼓動、迫る爆発の時。終幕への秒読みを背後に、呪文を唱える。

 

 「アストロン(鋼鉄化呪文)!」

 

 腹に突き刺さった王者の剣ごと、足からその身体が鋼鉄――厳密には鋼鉄ではなく、使い手の魔力によってその硬度を変える魔法金属だが――に覆われていく。

 

 頭の頂点までが鋼鉄に覆われたその瞬間。

 

 白い光が弾ける。

 破壊の極光に包まれながら、再び意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――負けた。

 

 生命の全てを振り絞り、死力を尽くしても尚、あの黒き雷に打ち勝つことは敵わず。

 最初は勝っていた筈だった。圧倒し、致命傷を負わせた筈なのに。襷を渡すように、あの二人はか細い勝利への道を繋いできた。

 

 爆裂の二刀、閃熱の一閃。 生命の十字、地獄の黒雷。

 

 彼らが脈々と繋いできた勝利への布石。

 認めよう。その積み重ねの前に――俺が負けたということを。

 

 ――すまないな、バラン。……約束、守れそうにない。

 

 もう自分はどうなっても助からない。身体を両断され、生命力を一片も残らぬほどに使い切った。

 耳は聞こえず、感触もない。視界も霞がかり、後僅かな間で永遠の暗闇へと誘われるだろう。

 死にゆく自分の最後の心残り。それは――

 

 ――強き武具は、相応しき主の下へ。

 

 最早バランに王者の剣を渡すことは敵わず。ならば、この剣を託すに相応しい者は。

 

 俺を打ち負かしたこの男――アトリアしかいない。

 

 あの精霊は出来損ないと言っていたが、とんでもない。俺を倒したその力、その絆。

 それは確かに、本物の煌きを放っていたのだから。

 

 「受け取れ……!!」

 

 お前は死ぬな。お前は負けるな。

 願わくば、俺の代わりにその誓いを守ってくれと、身勝手な期待を剣に込め、投げる。

 それでお終い。正真正銘全ての活力は尽き――俺は息絶えた。

 




精霊の男くんは精霊の中ではガチ強いほうです。
具体的にはバランについていった四人と一人で拮抗するくらい。
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