既に読んでくれた方には申し訳ありませんが内容は殆ど変わりません。
全てを滅却する、魔界の超爆弾――黒の核晶。
その余りの恐ろしさの程は、血に飢えた獣達が跋扈する魔界においても、手を出す者たちがそういないというだけで、ある程度は計れるというものだろう。
その凄まじい破壊力からか、その超爆弾が実際に炸裂することになった事態は殆どなく、しかしそれでもその恐ろしさは風化することなく語り継がれていた。
そして今、その恐ろしさを再び目の当たりにする者が現れようとは。
今、魔界の血塗られた歴史に新たな一ページが刻まれたのだ。
そう。冥竜王ヴェルザーが――黒の核晶を起爆した。
黒の核晶という名とは対照的に、全てを白に塗り替えるその光は、分け隔てなくあらゆるものを破壊する。
その威力、その範囲。どれもが規格外。
実際にそれが弾ける様を目にしたら、過去にその記録を語り継ぐ者がいただけでも奇跡であると思うかもしれない。なぜなら――
冥竜王が炸裂させた核晶は、大陸一つを丸ごと消し飛ばしたのだから。
さしもの冥竜王も、爆弾一つで大陸一つが消えるなどとは流石に思っていなかった。
だが。
その威力をまともに受けて生還した者が居た事なんて、もっと想定していなかっただろう。
「う……ぐぅ…………はっ!?」
見渡す限りの溶岩の海。そこに浮かぶ一欠の瓦礫。その上にバランは横たわっていた。
いつの間にか竜魔人化は解け、全身は傷だらけ。ボロ雑巾よりも酷い有様だ。
目覚めて彼が感じた感情はまず困惑。それも当然だろう。突然に白い爆光に包まれた挙句意識を失い、目を覚ませば一面の溶岩の海。
彼の頭脳が、己の浮かぶ溶岩の海が大陸ごと消し飛んで出来たものだということに思い至るには、いま少しの時間が必要なようだった。
「ここは……? ヴェルザーと戦っている最中、叩き落されたことは覚えているが……」
まず思い返したのは、意識を失う直前の光景。
下へと叩き落された自分。飛び去る冥竜王。そして直後に訪れた、凄まじい震動。
何なのかは分からないが、未曾有の何かが起ころうとしていることだけは本能で理解できた。
訪れる何かから身を守ろうと竜闘気を全開にする自分と、爆轟の直撃を受けるにもかかわらず、自分のほうに結界を張ってくれた精霊たち。
その直後、白い光が視界の全てを覆い、余りの衝撃に意識を失ったのだった。
「そうだ、私は精霊達に守られて……お前も、私を守ってくれたのか」
傍らに突き刺さっていたのは真魔剛竜剣。この剣が未だ砕けていない瓦礫へとバランを導き、彼が溶岩へと滑落することから守ったのだ。
如何な竜の騎士といえど、意識を失った状態で魔界のマグマへと落下すれば死あるのみ。
神剣の意志と、死した精霊たちの献身が、彼を今生かしていた。
「しかし……ここはどこだ?」
鮮明になってきた頭脳で、状況の整理を行うバラン。しばしの黙考の後……彼は恐ろしい事実へと辿り着く。
――まさか……!!
自分は爆発が起きる前から動いていなかったこと。ここは変わらず雷竜の城塞跡だったこと。
見渡す限りの全てが――いや、この大陸全てが。爆発により吹き飛んだことを。
そして次に思い至るのは仲間。だが、バランはその末路を薄々と察していた。
この大陸全てが吹き飛ぶほどの爆発。天地がひっくり返ろうと助かるはずもなく。
自らに命を預けてくれた三人の竜騎衆。命を捨て自分を生かしてくれた精霊たち。
全員が、その命を散らしたということを。
バランの胸中に、煮え滾る様な怒りがふつふつと沸いて来る。
仲間を殺された。それだけならばまだ耐えられる。憤りはあるが、それは戦いの結果でもある。
元より死することは承知の上で、皆付いて来てくれたのだ。
「冥竜王……!!」
だが、ヴェルザーを信じてその配下となった者たちは?領下の無辜の民たちは?
何も知らされることなく、その命、その全てが一瞬の内に消し飛ばされたのだ。己の主の裏切りを知る事もなく。
このような外道の振る舞いが、力さえあれば許されるのか?彼らは力こそ正義というが、こんなものが正義だと?
――そんなものは断じて正義ではない!
バランの意志に火が着いた。動かぬ身体を精神が凌駕し、無理やりにでも突き動かす。
それは揺るがぬ決意。例え首だけになろうとも喰らい付き、絶対にお前を殺すと言わんばかりの狂獣の如き気迫。
底知れぬ殺気が、バランの瞳に宿る。
「貴様は私が殺す……! 地の果てまで追い縋ることになろうと、必ず! 絶対に! その首を叩き落してくれる!! 首を洗って待っていろ、ヴェルザァァァッ!!」
一瞬の内に塵と消えた仲間達の。無辜の民草の。そして、冥竜王を信じていた者達の無念を。
その全てを背負い、不退転の覚悟を抱いて。
バランは今、真の竜の騎士として完成した。
立ち上がったバランの前に、青白い光の渦が現れる。
それは旅の扉。天界の者達のみが使用を許された転移術の一つで、その力は三界を隔てる壁をも軽々と通り抜けることが出来るものだ。
そこから現れるのは、当然ながら精霊たち。三人の精霊の顔ぶれは、破邪呪文を使用しにいった者やバランに同行していた者たちとは、どれも違うものだった。
「通信が途絶したゆえ、竜の騎士様のお迎えに上がらせていただきました」
「……精霊か」
バランの顔は、どこか少し落胆したような。
旅の扉を見た一瞬、精霊達は生きていたのかと淡い期待をよぎらせたが、それが裏切られた故のこと。
「はい。……この地を襲った爆発の正体は、魔界の超爆弾――黒の核晶によるものです。その被害範囲は――この大陸の全土でした」
何となく分かっていたとはいえ、他者から言葉にして伝えられればそれは相応の重みを持ってバランへとのしかかる。
改めて、仲間達が生存している可能性は欠片も無いという事を突きつけられたような心境だった。
「そうか。……念のために聞くが、生存者は――」
「一人としておりません。――バラン様以外は。貴方様に同行した者達はともかく、大陸全土に配置した者たち諸共吹き飛ばされたのは全くの想定外でした。……竜の騎士様の戦いに着いていけるような者は少ないのです。我々が最後の増援だと思ってください」
生存者は居ない。ただしそれは、天界の知る範囲でのことだが。だが、彼らにはそれを知る由はなく。
そしてその生存者も、今後の彼らの冥竜王との戦いに関与することはなかった。
「分かった。では往こう……冥竜王を、ヴェルザーを殺しに」
彼らの目指す次なる地は、冥竜王が治めるもうひとつの大陸。
竜の騎士と冥竜王の戦争は、最終局面へと移行する。
その二人が再び邂逅するとき。それはどちらかが死ぬときであり、完全なる決着を意味することになるだろう。
沈みかけていた自らの乗る瓦礫を蹴り、飛び上がるバラン。
踏み込む力を受け、瓦礫は完全に溶岩へと沈む。
そしてそれを最後に、この大陸が存在していた証は完全に消え去った。
――――――――――
バラン達が飛び去ったのと、同じか少し後ほど。
大魔王が治める大陸が一つ、とある地に鎮座する白亜の大宮殿に、一人の女が降り立った。
その肩口には、アトリアが持つはずの二刀の片割れが突き刺さっていた。
「うぅ……父さんが助けてくれたのかしら……?」
肩口に突き刺さっていた剣を抜く。それを杖によろよろと立ち上がり、ここはどこかと、辺りを見回す。
前に訪れた大魔王の魔宮と似たような建築様式。だが細部が違うその趣から、前に訪れた場所ではないと判断するスピカ。
あくまでここへ彼女を飛ばしたのはアトリアの瞬間移動呪文であるため、知らない場所――アトリアの知っている場所にも飛べるという寸法だ。
そう、ここは大魔王が魔界に持つ本城。大魔王宮の一つ――第一魔宮。
ともあれ、それは彼女にとってそこまで重要な情報ではなかった。
それより頭によぎるのは、自分を逃がしたアトリアがどうなったか。
瞬間移動呪文で飛び去る途中、白い爆発光に包まれた大陸を見た。あれをまともに受けて生きていると考えるのは普通ではない。
その事実に思い至った時、彼女は気が気でなかった。
顔面が血の気を失い蒼白へと染まっていく。もともと魔族はそういう血色ではあるが。
「嫌……! 父さん……!!」
そうだ、父親を助けなければ。その一心が限界を迎えた身体を突き動かすが。
――戻らなきゃ。早くルーラを――
「うっ……!?」
再び、倒れ伏す。元より限界を超えて動いていた状態。それを更に超えるなど、幾らなんでも不可能だった。
それでも、這ってでも前に進もうとするスピカ。その道程には蒼い血の標が出来ていた。
だが、その向かう先から。がしゃり、がしゃりと足音が聞こえてくる。
それは金属と大理石がぶつかる音。鎧を着ている者の足音、というのが一番近いだろうか。
だが、この音はそれとも一風違ったもの。もっと重厚な、重量のあるもののそれだ。
「ふぅ~む……侵入者の気配がしたから来てみれば、そこにいるのは死にかけの小娘一人ときたか……」
そこに現れたのは金属の塊だった。恰幅の良い老爺を模したようなその人型は、顎に少々蓄えた髭を撫でる。
もっとも、その髭も金属で出来ているので小揺るぎもしないのだが。
「これは幸運だな! 労せずして侵入者を倒した功績を得られ、我輩の立場はより磐石となるわけだ! これも普段の行いの良さのおかげかな? ガ~ッハッハッハ!!」
そしてその老爺の最も特筆すべき特徴。
彼の身体、その全身からは満遍なく、
「……あんた……誰…………?」
誰何するスピカに、超金属の老爺が力一杯ふんぞり返って答える。
全身超金属という出鱈目な身体とは対照に、その言動からは隠し切れない小物臭さが滲み出ていた。
「グハハハハッ! 良くぞ聞いてくれたな! 我輩こそは大魔王バーン様が信頼をお寄せになる最大最強の守護神! その名は――」
にやりと、老爺の口が笑う。例によって超金属で出来た歯が、照明の光を反射してきらりと光った。
「――
大層な名乗りの割には、スピカはそこに興味を持つことはなく。それよりも気を引いたのは、彼が大魔王バーンに仕えているということだった。
「そう……じゃあ……私は、敵じゃない。同じ……大魔王様に仕える同僚よ」
「ちっちっち……嘘はいかんなぁ、侵入者くんよ。我輩はそれなりに長いことバーン様に仕えてきたが、お前のような小娘など見たことがない。……大方、苦し紛れの嘘というところだろうが、我輩の頭脳の前には通じんぞ?」
結論から言うとマキシマムの推理は完全に的を外しているわけだが、一応それには理由があった。
アトリアとスピカ。その存在は登用するか検討中というのもあり、大魔王とその最側近、及び一部の実際に接していた給仕しか知らされていない。
彼らは大魔王軍に下ってすぐに冥竜王の下で動いていると言うのもあり、面識を持つ者もいなかったのだ。
……だが、その情報を最も信頼を寄せられていると自負しているマキシマムが知らないというのは、実に皮肉なことだった。
「話にならないわね……もっと上の人を呼んできてちょうだい」
そして、もう一つの要因。
「ふん! 時間稼ぎをしようという魂胆か?だがもう無駄よ、我輩はもう結論を出した! お前の言葉は聞く耳持たん!」
それは、マキシマムのおつむが――致命的に弱いということ。
自信過剰の卑劣千万。その大きな頭部に収められているデータも、彼の頭脳にかかれば無用の長物と化す。
根拠なく自説を信じ込む、味方には一番いて欲しくないタイプの馬鹿だ。
「こんなことしてる場合じゃないっていうのに……!」
「さっさと死んで我輩の手柄になるがいい! ひしゃげてつぶれろ――」
マキシマムが、その両の剛腕を振り上げる。大質量を持ったそれは、振り下ろされれば確実に瀕死のスピカの命脈を絶つだろう。
だが――
「……どけ、掃除屋……!!」
背後から現れた影の男の一声が、その腕を止めた。
マキシマムが何故魔界の方にいるのかというと、冥竜王とバランの決着を見たうえで今後の戦略を練るために、幹部たちが第一魔宮に集められているからです。
なのでオリハルコンの兵たちは連れず、一人で来ています。