できそこないの竜の騎士   作:Hotgoo

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22 想いを継いで

 

 黒の核晶の炸裂から一週間。

 

 完全にバランを始末したものだと思い込んでいた冥竜王の思惑は、またもや竜の騎士が兵営を壊滅させたとの一報によって、完全に覆された。

 矜持さえも捨てて始末したはずの宿敵が、再び蘇りこちらへと刃を向けてくる姿を想起して、冥竜王は怒りの余り歯噛みする。

 

 「おのれ……! あの爆発の中から生還するとは……!!」

 

 バランに貫かれた右目が疼く。それだけでなく、グランドネビュラにより刻まれた数々の傷もその神聖さがヴェルザーの身体を蝕み、治癒を著しく遅らせていた。

 到底万全とはいえない状況。しかし、最早冥竜王に余裕は無く、早急にバランを討ち取らなければならない状況に追い込まれていた。

 

 地上侵攻とバラン討伐のために戦力を集めていた大陸を丸ごと吹き飛ばしたために、現在冥竜王の軍勢の戦力は大きく削がれている。

 おおよそ六割ほどが消し飛んだだろうか。それに領下の治安維持などに駐在させなければならない戦力なども引けば、地上侵攻のために残しておかなければならない戦力はギリギリだ。

 

 そう、ヴェルザーにとってバランに敗北することの他にも、絶対に避けなければならないことがある。

 

 大魔王バーンに先を越されることだ。

 

 両者の戦略の性質上、ヴェルザーは大魔王に先んじて行動を起こさなければならない。

 地上が消えれば地上侵攻も何もないからだ。故に地上侵攻の戦力にも影響が出る前に、この地で暴れている竜の騎士バランを討伐しなければならないのだ。

 

 冥竜王は考える。

 

 ――業腹だが、あの時そのまま戦っていれば、オレは敗北しただろう。

 

 雪辱を晴らすための策略を。

 

 ――やはり精霊が厄介だ。味方の能力を引き上げるだけでなく、こちらの能力を引き下げてくるときた。奴らに準備させて、先手を打たれれば先の戦いの再演となりかねん。

 

 やがて巡っていた思考が、一つの結論へと向けて収束しだす。

 

 ――奇襲で精霊どもを迅速に無力化する。烏合の衆どもを連れても戦いの役には立たんし、動きを察知されては意味がない――ならば、オレが一人で行くしかあるまい。

 

 「忌々しい神々の遺産ども……次こそが貴様らの最期だ」

 

 作戦は決まった。後は何時実行するか――決まっている。

 冥竜王は欲望を抑えることを知らない。今その胸の内を占める最大の欲望は――バランを殺すこと。

 すなわち、今だ。

 

 ――余計な邪魔さえ入らなければ、オレは絶対に負けん。

 

 そして同時に、これは竜王としての矜持を取り戻すための戦いでもある。

 二度目の敗北は絶対に許されない。そう誓ったのだ、あの日下した雷竜に、不戦を結んだ大魔王に、そして何より己自身に。

 

 竜王の名は、それほどまでに重い。

 

 「バラン……! 貴様はオレが潰す! 冥竜王の名にかけて!!」

 

 雑念の一切を捨てて。

 唯一つの執念を果たすため、冥竜王が動き出した。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 「今日は異常なし……か」

 

 魔界の山間部を一人歩くバラン。彼は現在仮拠点の周囲を見回っているところだった。

 敵の兵営を襲撃すれば、自分達を追っている者が居ないかを見張り、見つけたら消す。

 その後は速やかに拠点を移動する。前の大陸でもやっていたバラン達の基本的な行動方針だった。

 

 前までは竜騎衆の二人一組で持ち回りでやっていたことだが、現在ではそれができるのはバランのみ。

 毎晩のように一人で見回りを続けるうちに、バランはどこか郷愁のような、以前を懐かしむ思いを感じていた。

 そうやって失った仲間達を想えば、底を知らぬ怒りがふつふつと沸いて来る。バランの心の奥底には怒りの炎が絶えず燃え続けていた。

 

 周囲を一通り見た後に、バランが家路へとつく。現在彼らが身を寄せているのは山中に広がった大洞窟。

 その端のほうを少し間借りして、誰にも見られぬように隠れ潜んでいた。

 洞窟の中へ足を踏み入れたところで。

 

 「戻ったぞ……っ!?」

 

 そこに広がっていた光景は。

 

 「ああ、良く来たな――」

 

 血反吐を吐き傷だらけで倒れている精霊達と。

 

 

 「待ちわびたぞ」

 

 

 精霊の一人を足蹴にして、笑みを浮かべる冥竜王の姿だった。

 

 「バラン……様……」

 

 「――っ! 離れろッ!」

 

 その姿を見るや否やに斬りかかるバラン。冥竜王はあっさりと身を翻し、後方へと飛ぶ。

 

 「これからゆっくりと嬲り殺す予定だったが……貴様の方が先だ。貴様を見ていると右目が疼いてしょうがない」

 

 「貴様に踏みにじられた者達の痛みに比べれば、そんなもの塵屑も同然だ……!!」

 

 今にも睨み殺しそうなバランの視線を、なんとはなしに受け流すヴェルザー。向けられた言葉に悪びれもせず、平然とした表情で返した。

 

 「んん? ……ああ、黒の核晶に巻き込まれた奴らの事を言っているのか。確かに大勢の者が死んだ。あれは失敗だったな……だが、貴様には関係の無いことだろう」

 

 「……は?」

 

 唖然。信じられないという表情。

 

 「弱きものが強者の都合に振り回されるのは世の習い。とどのつまり弱いのが悪いのだ……それが嫌ならば強くなればいいだけのこと」

 

 「貴様という奴はッ!!」

 

 放たれる紋章閃。それを難なく弾いたヴェルザーは、大上段から挑発するように手を招く仕草をする。

 

 「くだらんな――早く竜魔人になれ」

 

 「何を……!」

 

 「貴様の全力を潰さねば意味がないのだ。先の敗北の雪辱を濯ぐには――竜王の矜持を取り戻すにはな……!」

 

 冥竜王の余裕のあるように見える仕草の奥には、やはり隠しきれない憎悪と怒りが滲み出て。 

 しかしその殺意の熱量は、バランとて劣ってはいなかった。

 

 「そんなに見たいならば見せてやる……! 貴様が目にする最期の姿だ! よく目に焼き付けておけッ!!」

 

 バランの怒りに呼応するように、轟雷が天より山中を貫き、洞窟内へと降り注ぐ。

 崩れ落ちた岩盤と土煙がバランを覆い、少しの間その姿は見えなくなるが――

 

 「ウオオオオオッ!!」

 

 竜闘気が爆発的に膨れ上がり、その衝撃でバランを覆う全てのベールは吹き飛ばされる。

 煙が晴れたそこには、竜の騎士の真の姿――竜魔人が立っていた。

 その研ぎ澄まされた有様は、冥竜王を討つ為だけに存在する一振りの刃のごとし。

 前回の邂逅よりも尖った、剥き出しの殺意がヴェルザーを襲う。 

 

 「そうこなくてはな……来い!」

 

 「貴様が与えてきた痛み……今こそその身に受けろ! 冥竜王ッ!!」

 

 翼をはためかせ、バランが空中を突貫する。金色の竜闘気を纏い、大気を切り裂くほどの速さで突撃してくるそれに対し、冥竜王の応手は炎の吐息だった。

 

 煉獄の炎と、金色の一矢が激突し――その火中を、バランが突っ切ってきた。

 

 「おおおおッ!!」

 

 無論その業火の中を無傷で突破できるはずもなく、その身からは焦げた煙が上がっている。

 だがそのダメージに怯む様子も無く、バランが見据えているのは冥竜王の首一つのみだった。

 必ずヴェルザーを殺すという極まった覚悟が、限界を超えた力と多少の損傷には怯まぬ心持ちをバランにもたらす。

 ことこの戦いにおいては、バランという男の強さは先よりも一段上の強さに至っていた。

 無論補助呪文は抜きにしての話ではあるが。

 

 「ぐぬぅ……っ!」

 

 対して爪をクロスさせ、その突貫から身を守る冥竜王。苦し紛れの防御では全身全霊をこめたそれを受けきれず、どんどんと奥へと押し込まれていく。

 幾重もの洞窟の壁を突き破り、最終的には一番広い空洞――洞窟の中央までに追いやられる。

 これで精霊達に流れ弾が飛んでいくことは無いだろうとの、バランの気遣いだった。

 

 冥竜王に刻まれた傷痕は未だ癒え切らず、神聖な気が身体を蝕み思うとおりに動かせぬ現状。

 本来、如何に竜魔人であろうと万全の冥竜王には敵わぬはずであったが、両者の状態の違いが戦いを成立させていた。

 

 「地獄へ送ってやるぞ……ヴェルザァァッ!!」

 

 「地獄だと……? そんなもの飽きるほど見てきておるわ……! 我らが魔界に押し込められた日から――今日という日までなあッ!!」

 

 冥竜王が足を踏み鳴らす。そうすれば大きな衝撃音と共に洞窟全体が揺れ、バランの頭上に尖った岩欠が落ちてきた。

 が、そんなものに本人は意を介さず。溢れ出る竜闘気に触れるとともに、自ずとそれは砕けて消えた。

 

 しかし何の影響も及ぼさなかったそれは――丁度いい開戦の合図でもあった。

 

 「イオラッ(中級爆裂呪文)! イオライオライオラァッ!!」

 

 冥竜王の双手から生み出されるは爆裂球。その威力は大魔王のものに及ばずともかなりのものだが、竜闘気の前には通じぬはず。

 呪文を弾くため、身体を覆う竜闘気を強めるバラン。

 しかし――

 

 「む……!? これは……!?」

 

 爆発、しない。その間に爆裂球は生み出され続け、バランの周りを舞う。

 なぜ――?ヴェルザーの姿を見て、その疑問は氷解する。

 翼だ。その翼で気流を操り、爆裂球同士や、バランに激突しないよう軌道を操っている。

 そして次に感じたのは直感。ここにいては危ないという。しかし、もう遅い。

 

 「カアアッ!!」

 

 舐めるように襲い掛かる炎の吐息。それは周囲を埋め尽くすほどに増殖した爆裂球に触れ――

 起爆する。すべての爆裂球が同時に。

 

 「ぐおおおおおおっ!!!?」

 

 その様を端的に表すなら、大爆発。全ての爆裂が同時に炸裂することで、極大爆裂呪文をも遥かに超える威力を実現する。

 塵も積もれば山となるを地で行くような絶技は、竜闘気の守りを容易く貫いた。

 

 バランもただでは終わらない。大爆発の爆煙を切り裂いて、真魔剛竜剣の輝きが冥竜王へと迫る。

 

 「甘いわァッ!」

 

 容易くも受け止められるその斬撃の重みを怪訝に思えば、剣を握っているはずの者はおらず。

 弾かれ中空を舞い、地面に突き刺さる神剣を余所に――冥竜王の身体が不意に動かされる。

 

 「な――!?」

 

 「ふんっ――ぬうおおおおおおおおおッ!!」

 

 後ろ。そこには冥竜王の尾を掴むバランが、漆黒の巨体を持ち上げ、振り回す。

 回る、回る、回る。散々振り回された巨体は、存分に遠心力を身に付け眼下へと叩きつけられた。

 すかさず突き刺さった剣を拾い、天に掲げるバラン。再び山を貫き落ちた稲妻の威力が、剣へと充足される。

 

 「ギガ、ブレイクッ!!」

 

 「竜王を……この冥竜王を舐めるなああッ!!」

 

 即座に冥竜王が起き上がる。

 突き出される超金属の爪。超圧縮された暗黒闘気を纏うそれと稲妻の神剣は激突し――バランの剣が、ぬるりとその軌道を変える。

 

 力の流れを操る剣術。

 

 「――!? それはアトリアの……!?」

 

 戦いの遺伝子。歴代の竜の騎士が積んで来た戦の経験は、この紋章に全て集約されている。

 無論、アトリアが竜の騎士として活動していた時期のものも。

 本格的に使うには習熟しないといけないが、さわりの部分ならばバランにも十分使える。

 二度は通じない奇手だが、一度通じれば上等だ。 

 

 「う、おおおおおおおおッ!!!」

 

 その剣が向かう先。それは冥竜王の尾。

 獣のような叫びをあげて。振り下ろされしその剣は、尾を半ばから断ち切った。

 

 「貴様あああぁぁぁッ!」

 

 先立つのは痛みよりも怒り。その一刀は確かにヴェルザーに痛手を与えたが――今バランは、冥竜王の逆鱗に触れた。

 

 「がっ……!」

 

 「殺す! 塵の一つも残さずに!」

 

 腕の一振り。早すぎるそれに反応できず、バランの身体は毬のように吹き飛ばされる。

 間を空けず追撃。衝撃の後の一瞬の暗転から空けたバランが目にしたものは、視界を追いつくす冥竜王の足。

 転がり避けようとするも、左腕が逃れきれずその踵の下に。当然のように守りを貫き、骨の砕ける音が響いた。

 

 「がああっ……!!」

 

 まだ止まらない。左右の爪を止め処なく振るい、バランの身体を千千に裂こうと襲い来る。

 動作だけで言えば、猫が何かを引っ掻くような。だがこれは、当然ながらそんな生易しいものではない。

 

 次々に来るそれを、真魔剛竜剣で受け止め、或いは躱し。しかし到底受けきれるものではなく、裂傷がどんどんと刻まれてゆく。

 傷口から蒼い血が流れ出し、意識も朦朧としてきた。

 

 ただ、怒りに任せ本能のままに戦う。

 

 それだけで、バランは勝てない。

 純粋な力、単純なる強さ。これが――

 

 ――竜王。

 

 度重なる激突の衝撃に、洞窟の天蓋が崩れていく。

 そこにあるのは相も変わらず闇のみで。しかしその闇をも突き破り、天を掴み取らんとする勢いで、冥竜王が空へと昇っていく。

 

 「黒の核晶でも死なぬならば、この一撃を食らわせてくれる……!!」

 

 周囲の暗雲が晴れゆく。中央に居る冥竜王へと収束していくことによって。

 黒く輝く凶星が、魔界の空に強烈に存在を主張する。見る者全てを惹きつける黒き太陽が魔界の空に昇った。

 

 「――死ね、バラン」

 

 誰にも聞こえない空中で、小さく呟く。

 短くも確かな声色のそれは、竜王の告げる絶対の死刑宣告。

 バランが負ければ、地上、そして太陽はヴェルザーの手に落ちるだろう。いわばこれは、魔界の夜明けを告げる一撃。

 魔界の黒き太陽が、本物の燦然と輝く太陽になることの。あるいは、天を掴む覇道の第一歩としての。

 

 夜明けを告げる開闢の黒星が、天より降り注ごうとしていた。

 

 

 「――まだだ」

 

 自分はまだ何一つ無念を晴らしてはいないではないかと、バランは黒い彗星を見やる。

 その双肩に背負うものは今までの何よりも重く。散っていった仲間達の命。無為に消えた無辜の民達の想い。主に裏切られた者達の無念。

 

 そして――世界の命運。

 

 それらを思えば、こんなところで寝ている場合じゃない。骨が折れ、血が流れ、満身創痍だったとしても。

 約束もある。今は亡き最強の仲間(ヒュンケル)と交わした――互いに再度まみえるまでは、絶対に負けないこと。

 

 「バラン様……! 負けないで……ください……!!」

 

 背に受ける期待と懇願の視線。開かれた大穴から、動けぬ精霊達の祈りが背中を押す。

 

 「まだ、負けられん――!」

 

 二つの掌を、重ね合わせる。

 そこに作り出された竜の顎へと、バランの全てが収束していく。

 

 魔力。竜闘気。そして生命力も。一回分に込めるそれでは足りないと判断し、限界を超えて。

 

 竜の顎がぎちぎちと震え、両腕に罅が入っていくような感覚を覚える。もっとも、片方は既に折れているが。

 この一射に全てを込める。そうしないと、拮抗すら出来ないと戦いの遺伝子が警鐘を鳴らしている。

 これこそが、竜魔人の切り札。竜の力を魔力で包み打ち出す最強呪文。

 それが今、発射された。

 

 

 「ドルオーラ(竜闘気砲呪文)!!」

 

 

 地より放たれる金の極光。

 

 

 「ディザスターエンドッ!!」

 

 

 天より堕ちる黒の彗星。

 

 その二つは衝突し――

 

 

 天地が、交わる。

 

 

 「オオオオオオオッ!!」

 

 「ガアアアアアアアッ!!」 

 

 魂が張り裂けそうなほどに叫ぶ。

 己を鼓舞しないと、瞬く間に呑まれてしまうから。

 

 一瞬の、しかし互いにとっては永遠に感じられるほどの時間が経ち。

 

 拮抗を破った黒が金色の奔流に逆らい、その中を泳ぐように突き進む。

 地から天へ、天から地への違いはあるが、その様は滝を登る昇り竜の如き力強さで。

 

 「バ……バカなぁッ!?」

 

 遂に冥竜王は黄金を泳ぎきり、その源――バランへと辿り着く。

 

 地に触れた黒き彗星が、その威力を遺憾なく発揮させ――破壊の爆風が、その場に吹き荒れた。

 

 

 

 天地のぶつかり合いは山を半ばから消滅させ、消えない爪痕をそこに残した。

 そしてその中心。かつてない惨禍が起きたことを予感させる破壊痕に横たわるのは――

 

 力尽き斃れ、ぴくりとも動かないバランの姿だった。

 

 「勝った……! フ、フフ……フハハハハハハッ!!」

 

 勝ち誇り、嗤笑するヴェルザー。その視線は、倒れ伏すバランへと向けられて。

 

 「だが、万が一ということもある……天界や神々が絡むと特にな。奇蹟など起こらぬように、その身体を喰らってやろう」

 

 それは冥竜王なりの、最大限の敬意の表し方だった。

 太古の時代での覇王との戦いでもそうだった。彼は己を苦しめた敵手を喰らい、その身に取り込む。

 弱肉強食、力こそ正義の自然の摂理に則り、血の一滴まで残さず、一つとなることで敬意を示すのだ。

 しかし―― 

 

 戦いはまだ、決着していなかった。

 

 「貴様の全てを喰らってくれる……! 腹の中でオレの覇道を見届けるがいい……っ!?」

 

 冥竜王が膝をつく。

 全てを振り絞った竜闘気砲呪文(ドルオーラ)の中を突き進むという常軌を逸した荒行の代償は、少し遅れて現れた。

 暫しの間、動けない。だがそれだけでは、戦いの勝者は変わることはないが――  

 

 「なんだ、これは……!!」

 

 ぽつり、ぽつりと。水滴が天より降り落ちる。

 雨――魔界では殆どありえるはずのない現象。ましてや頭上の雲は晴れている状況で、自然現象でないのは明らか。

 冥竜王が辺りを見回す。周囲を探れば、二人(・・)の精霊が五体満足でこちらへと近づいてきていた。

 

 幾重もの疑問が、冥竜王の胸中へと積もっていく。

 

 ――確実に動けないほどに痛めつけたはず。何故全回復している?何故一人減っている?

 

 「……まさかッ!?」

 

 これはただの雨ではない。天界の秘術のひとつ――いやしの雨。

 生ける者を癒す恵みの雫が、倒れたバランへと染み込み、暖かな光に包まれていく。

 

 「バラン様の勇姿……しかと目に焼き付けました。私達も応えましょう――この命を以って!」

 

 自らの命を(なげう)ち、仲間の全てを癒すとある呪文を使った精霊たち。

 バランが命を賭して戦う姿に奮起され、彼らは覚悟を決めた――命を捨てる覚悟を。

 後の世での大魔王との戦いに際して、北の勇者と呼ばれた英雄の一人が、こう言ったという。

 

 真の勇者とは、皆の勇気を奮い起こす者である、と。

 

 今、この瞬間。仲間を奮い立たせるバランのその様は。

 

 紛れもなく、真の勇者だった。

 

 そして。

 

 

 勇者は――何度でも立ち上がる。

 

 

 「ば……馬鹿なッ! 立ち上がれるはずは……!!」

 

 ふらり、と。倒れていたはずのバランが立ち上がる。

 

 「ありがとう……精霊たちよ。そして――」

 

 暗黒闘気の影響で治癒の力は大幅に減ぜられていて、竜魔人を維持する余裕もない。

 それでも。

 

 「貴様を殺しに地獄から舞い戻ってきたぞ――ヴェルザー!!」

 

 一太刀。一度剣を振るう余力さえあれば、それで十分だ。

 

 「うっ、動けん……!!」

 

 「ギガデイン(上級電撃呪文)!」

 

 高々と、堂々と。剣を天へと掲げる。

 今日で三度目の雷鳴が鳴り響き、神剣に雷光の輝きが備わった。

 

 やはり竜の騎士の戦の最後を飾る技には、この技が相応しい。

 最も多くの邪悪の命運を断ち、世界を守ってきた必殺剣。

 そして今、断ち切ってきた邪悪に、新たなる名がまた一つ加わる。

 

 

 「終わりだ、冥竜王。――ギガブレイク!!」

 

 

 稲妻を纏いし神剣が、漆黒の巨竜の首を断ち切った。

 

 

 バランが力が抜けたように座り込む。持っていた力を全て使い果たした故に。

 だがその顔は、成し遂げた達成感に満ちていて。

 

 「皆……終わったぞ……!」

 

 だが――まだ冥竜王は、死んでいない。

 

 ――このオレが神々の犬どもにやられるなど……!……だが!

 

 「なっ!? 貴様、まだ――!!」

 

 声――ただし肉声ではない。魂に直接語りかけてくるような。

 それも当然だろう、冥竜王は現在、肉体を失い魂だけの状態で話している。

 不滅の存在である彼は死しても転生し、より強靭な肉体を備え現世へと還るのだ。

 

 ――覚えておけよバラン……! オレは不滅!再び蘇りしとき、必ず貴様を殺し、今度こそ世界を手中に収めてみせる!

 

 魂となった冥竜王が死した肉体から飛び出し、空へ昇ろうとしたところで――

 

 ――いいえ、させません。

 

 二つの霊体が同じく飛び出し、冥竜王の魂を押さえつける。

 その根源は――倒れている二人の精霊の死体。彼らは転がっていた岩片で自らの首を裂き、命を絶っていた。

 彼らは自ら命を捨てることで魂だけとなり、冥竜王へと干渉できる存在になったのだ。

 

 先に命を捨て自分達を癒した精霊の、そしてバランの命懸けの死闘を、無駄にしないために。

 

 ――貴様らああッ! 自ら命を捨ててでもこのオレを封じようというのか!

 

 ――ええ……正義に、そして仲間たちの死に殉じるために!

 

 魂だけの存在には最早肉体の強度は関係ない。二人がかりで押さえ込まれた冥竜王は、その魂を岩塊へと押し込まれてゆく。

 

 ――やめろ! オレに……オレの魂に触るなッ!!

 

 ――貴方にはこの岩の肉体がお似合いですよ!

 

 岩塊へと封印された冥竜王。その岩の形は魂に見合ったものへと変じていく。

 そして二人の精霊の魂が、その周囲へとなにやら結界を敷いていく。冥竜王の魂をここに完全に封じ込めるために。

 

 ――やめろォォォォォッ!!!!

 

 その断末魔の叫びとともに。冥竜王ヴェルザーの魂は完全に封じられた。

 

 今度こそ、戦いは終わったのだ。

 

 役目を終えた精霊達の魂が、天へと昇っていく。彼らは成仏し、魂は漂白され輪廻の環へと戻っていくだろう。

 最後の置き土産として、バランの足元が青白い光の渦に包まれていく。地上への旅の扉だ。

 

 「お前達にはずっと助けられてばかりだったな……本当に感謝する」

 

 ――私達には過ぎた言葉ですよ、バラン様。労いの言葉を頂けるだけで十分です。

 

 光に包まれ地上へと送還される直前。最後の言葉を残し、精霊達は成仏していった。

 

 ――最後の力で地上へと送ります。貴方の旅路に、幸運があらんことを。

 

 

 そこに残されたのは石像と化した冥竜王のみ。やがて天界から後続の者達が訪れ、封印が開放される日が訪れぬよう厳重に管理されることだろう。

 

 バランは地上へと帰り、そこで生涯の伴侶を見つけることとなる。ただし精霊の祈ったように、その生が幸運に祝福されるかどうかは、別として。

 

 ともあれ、全ては終わった。

 冥竜王と竜の騎士の戦争は決着し、魔界に新たなる歴史が刻まれることとなる。

 

 だが。

 

 

 「地上侵攻の兆しはない……ヴェルザーは恐らく敗れた」

 

 「あらら……負けちゃったのかぁ、ボクのご主人サマは」

 

 「では……」

 

 「ああ……次は我等の番だ。計画の実行は15年後……地上破滅の刻に備えよ」

 

 

 闇に潜む者達の蠢動は、まだ終わってはいない。

 

 




第二章終わりです。
次はまた過去編いきます。
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