1週間前、ギルドメイン大陸北方、国境を挟んで睨み合っていたリンガイア軍とルビア軍が遂に軍事衝突に至った。
原因は定かではないが、現地の調査員によればこれといったものはなく、とりとめもない諍いが切欠となり膨れ上がっていた両国間の緊張が爆発したという見方が有力とのことだ。
城塞の堅牢さに定評のあるリンガイアと、山岳地帯に居を構えるルビア*1は互いに守りは堅く、攻め手に欠ける両者の戦況は泥沼の状態だ。
両軍の死者数を合計すればその総数はなんと二万にも及ぶ見通しで、今後も増え続けていくことが予測される。
そして何よりもこの開戦が意味することは、魔王のもたらしたまやかしの平和が消えてしまったということだ。
現在は停戦中においても国民の敵対感情が激しく、同じく極度の緊張状態にあった国々は他にも多々あった。
南北オーザムやホルキア三国など、ギリギリの所で開戦を免れていた国々は列挙に暇がない。
そうした国々も今回の開戦に端を発し、次々と後に続いていくことは容易に予測できることだ。
またベンガーナといった、戦乱の時代に軍需による貿易によって台頭してきた国にとっては、今回の開戦は喜ばしいものとなるだろう。
どうなるにせよ、この戦を発端として世界情勢は再び大きく動き出すことになるだろう。
しかし筆者はこの大動乱の予感を前に、一抹の不安を感じずにはいられない。
主要国家は、存在するかも疑わしい魔王など恐るるに足らずとの論陣を張っているが、果たして本当にそうなのだろうか。
再び起こる大戦を経て、世界は元の形を保っていられるのだろうか。
いずれにせよそれは、時が経った後歴史が判断することだ。
それまでは私がその顛末を、最後まで目を背けることなく記録していく所存である。
それが唯一戦に巻き込まれなかった国、テランに属する私の責務だと信じて――
「いつかはこうなると思ってたけど……遂に始まったわね」
南オーザム、とある町の高級宿の一階にて。
テーブルを挟んで向かい合う一対の男女――アトリアとセレネは朝食のサンドイッチを齧りながら、羊皮紙に書かれた記事に目を通していた。
「……どうでもいい」
その内容は、遠く離れた地――この世界の中央、ギルドメイン大陸での戦争の始まりを告げるものだった。
とはいえ、アトリアにとっては魔王を倒すことだけが至上命題。人間達が争おうがとんと興味がないという態度だったが――
「そうでもないかもしれないわよ」
異論の言を差し挟んだセレネは、そのまま言葉を続ける。
「皆は魔王の存在に懐疑的だけど……私達は知っている」
あの後、南オーザムへ無事辿り着いた彼らは互いに情報交換をした。
アトリアが三界の調停者の竜の騎士であることも、天界から啓示を受けて魔王を討ちに来たこと――つまり、魔王が実在していることも、二人は把握している。
「世界が混乱に呑まれようとしている今、魔王はこの機を逃さず動くんじゃない? そしてそれはどこか――戦乱の渦中にあるリンガイアかルビアでしょ」
「一理あるな……いいだろう、次の目的地はギルドメイン大陸北部だな」
もとよりアトリアがオーザムを訪れたのも深い理由はなく、地図の上の方から虱潰しに探していこうという程度のもの。
ある程度目星が付けられたなら、その地へ飛ぶことには否やはない。
「決まりね! それじゃあ長~い船旅と洒落込みましょうか」
そんなわけで、新たなる大陸を目指し旅立つこととなった二人。
セレネは長旅に備え食料や水、地図その他諸々などの買出しへ。
主に人相が原因でついていくことを憚られたアトリアは、約束の時間まであてもなく町の中をうろついていた。
「今日は大漁だ! 今なら安くしとくよ!」
「手袋、帽子、コート、なんでもあるよ! 暖かい毛皮で誂えた一級品さ!」
「新鮮な野菜はいらないかい? 雪の下から掘り起こしたばかりの品だよ!」
大通りに満ちる喧騒。しかしその賑やかさの中でも、アトリアの纏う威圧的な雰囲気が周囲の人を黙らせ、その周りには小さな空白ができていた。
それを煩わしく思ったのか、静かな路地のほうへと歩を進めるアトリア。
その喧噪がうっすらと聞こえる程度の距離、石造りの家が立ち並ぶ住宅街と商店街の中間といったところへ足を踏み入れたその背に、透き通るような声がかけられた。
「もし……そこの方。よければ占いでもしていきませんか?お代はもちろん頂きません」
振り返ったアトリアが目にしたその者の姿は、粗末なローブで身を包み、深くフードをかぶった占い師らしき男だった。
「…………結構だ」
しかしアトリアにとってはそんなものに興味は微塵もない。
故に、その男を一瞥するだけで向き直り、そのまま立ち去ろうとするが、
「まあまあそう言わずに……私の占いはよく当たると評判なんですよ」
そういったその男は、諦めずに肩に手をかけ、引き留めようとしてくる。
アトリアに声をかけたこともそうだが、取りつく島もなく断られたのに臆面もなく食い下がるその男の肝は相当据わっていた。
しつこく食い下がる男に対し、ついにアトリアが業を切らしたか、少し力を入れて振り払おうとするが――
「邪魔だ――!?」
「ふふ……受けてくれる気になりましたか?大丈夫、すぐ終わりますよ」
少し力を入れたといっても、竜の騎士の基準でのそれだ。
怪我をさせないように最低限配慮したといえど、非戦闘者の常人には反応も抵抗もできない程度の力で振り払ったはずだが――その手が当たる前に、男はアトリアの前へと回っていた。
根負けしたアトリアは渋々立ち止まる。
「さっさと終わらせろ」
「ええ。……その場に立っていてもらえますか?」
言われたとおりに立ち尽くすと、男がアトリアの目をじっと見つめてきた。
正面に相対することで、深いフードに隠されていた占い師らしき男の顔立ちが明らかとなる。
美しく輝く銀髪に、白磁を思わせる少し病的なまでの白い肌。中央に据えた大きな宝石を彩るような額飾り。
その端正な顔立ちには活力に満ちた若々しさと、その陰に隠れるように長い年月が刻んだ皺が散見される。
しかし今、その壮年の男に対しアトリアが意識を向けているのはそれらではなく、その目だった。
閉じているように見えるほどに細められた双眸からは、矛盾しているようだが力強い視線を感じる。
そしてその視線がアトリアを貫いて少し経ったとき――全てを見透かされているような錯覚に陥った。
それと同時に、男が驚いたような様子を見せる。
「…………! 素晴らしい……!!」
しかしそれは悲観的なものではなく、どちらかといえば喜びに近いもの。
例えるならば望外の僥倖、嬉しい誤算――方向性でいえばそんなところだろうか。
だがその感情の大きさは並大抵のものではなく、平静を装っていた男の顔から喜色が漏れているのが伺えるほど。
少なくともそれは見知らぬ者へと向ける感情として適当なものだとは言えなかった。
「終わったか?」
アトリアの問いかけに応じ、男は感極まった様子で話し出す。
「あなたは闇を晴らしてくれる者であると――そう出ました。将来あなたは我々の世界を覆う暗雲を切り拓く勇者になると……!」
「ふん……」
素っ気ない反応を返しながらも、黙考する。
――確かに魔王を倒すことが、闇を払うということであるならば――あながち間違ってはいないかもしれん。
とはいっても、アトリアからすれば占いなどという不確定なものなど参考には値しない。
抽象的なことを言ってたまたま当たっただけだろうと、今度こそこの場を立ち去ろうとする。
「気は済んだか? もう纏わりついて――」
だがそれは、背後から現れた少女の声によって遮られる。
「ああ、ここにいたの! 探したわよ……あれ?あなたは――」
アトリアに声をかけたのはセレネだった。膨れ上がった荷物袋を背負ったその姿に驚きを見せたのは、しかしアトリアではなくむしろ男のほうだった。その反応を見るに、どうやら顔見知りのようだ。
「……ばれてしまったなら仕方ないか」
男がフードを外す。露になったその顔に、やはりセレネは見覚えがあるようだった。
「やっぱり……フェティア様!? なんでこんなところに?」
「それはこちらの台詞だよ……よく生きていてくれたね」
「こいつを知っているのか?」
アトリアの問いかけに、セレネは当然といった顔で返す。
「知ってるなんてもんじゃないわよ……この人は北オーザムの三番目に偉い大司教で――唯一、あの国で私に良くしてくれた人よ」
なるほどと、アトリアの中の違和感が少し氷解する。
場末の占い師にしては整った顔立ちと纏う神秘的な雰囲気。粗雑な格好に対するそれの説明はつくことになる。
「君は今本国では行方不明扱いだ……まあ、何が起きたのか大体想像はつくよ――枢機卿か教皇、どちらにやられたんだい?」
「多分父上ですよ。……随分と用意周到でしたからね」
「……君と会ったことは口外しないよ」
「ありがとうございます。ところで、こんなところで何を?」
しかし当然だが、そのような者がこんな場所にいる理由がわからない。ましてやここはほぼ敵国と言っていい南オーザムの街中である。セレネの問いは至極当然といえた。
「私は南オーザムへの交渉役で、大使として訪れたのだけど……はっきりいって現状は芳しくない。このまま進めば十中八九戦争になるだろうね」
「そんな……! 魔王がいるというのに人間同士で争うなんて……!」
「驚くことではないさ……君たちはこれからどうするんだい?」
その言葉を聞いて、興味なさげに沈黙を貫いていたアトリアが会話へ割り込んでくる。その声色は冷たく、一切の感情が籠もっていなかった。
「――魔王を殺す」
「そうかい、どうりで……占いは当たっていたってことかな?」
「占い?」
「私の趣味さ……国というものを知るためには上だけではなく、下――市井の人々のことも知らなければいけないと思ってね。それでお忍びで来ていたところ、たまたまそこの彼と会ったというわけさ」
「へぇ……なんて言われたの?ちょっと気になるかも」
「……周りをよく見てみるといい」
一見、何の変哲もない住宅街に見えるような辺りの風景。しかし目を凝らせば、そこには一年半前の戦争の爪痕がちらほらと散見された。
整備されず放棄された廃屋が所々に目立つ家々。どこか全体に漂う陰鬱な雰囲気。路地裏には親を亡くし凍死した子供の亡骸がそのまま打ち捨てられていた。
「資源の少ない常冬の大地に加え、得るものなく停戦された戦争――この国の貧困は深刻なものとなり、その裏で麻薬も流通する始末。
私が言えたことではないが、北オーザムも酷いものだ。聖職者は腐敗しきり、上は未だ権力闘争に明け暮れている。果ては父親が娘を暗殺するように仕向けるときた。おそらく他の国々も、同じような問題を抱えているだろう」
だから、とフェティアと呼ばれた男は続ける。
「魔王だけじゃない――この世界を覆う暗雲を、彼は晴らしてくれる。そんな勇者になってくれる存在だと、私は思っているよ」
アトリアとしてはそんなことをする気はないし、態度からもそれは容易に伺えたが――フェティアはそれを理解して尚、並々ならぬ期待を彼に向けているようだった。
「……お前に言われたとおりにするつもりは毛頭ない。オレは魔王を殺すだけだ」
「それでいいんです、あなたはあなたの思うままの道を行ってください。……そしてセレネ、あなたは彼を支えてあげてくださいね」
「最初からそのつもりよ。どうせ帰る場所もないしね」
その言葉を聞き、満面の笑みを浮かべフェティアは言い放つ。
「では――あなたたちの旅路に神々のご加護があらんことを」
――――――――――
時と所変わって、ルビアのとある酒場にて。
ここは今、戦の匂いを嗅ぎつけた傭兵たちが集い、荒っぽい喧騒を作り出していた。
そしてその端で、場に似合わぬ杖を突いた老人がちびちびと酒を嗜んでいる。
「聞いたか? 今日入ってきた新人の話」
「ああ……可愛こちゃんと、おっそろしく強面で、おっそろしく強い戦士の二人組だってな」
しかしその老人は、飛び交う喧騒の中からとある言葉を耳に挟むや否や、目の色を変えて立ち上がる。
そしてその言葉を発した傭兵の男のほうへと、杖を突いて歩いて行った。
「恐ろしく強い戦士……そのことについてもっと詳しく聞かせてくれんかの?」
「なんだジジイ、勝手に割って入ってきてんじゃ――」
老人の杖から、ちん、と音がした。それは誰にも捉えられなかったが、仕込み杖に納めた剣を振りぬき、一瞬のうちにそれを鞘に戻した音であった。
傭兵の男が着込んでいた鎖帷子が、真っ二つに裂けた。
「な……!?」
「三度は言わんよ……その恐ろしく強い戦士について教えてくれんか?」
男は一瞬のうちに悟る。自分の首元に、既に刃が添えられていることを。
「わ、わかったよ……そいつは竜を模した長剣を持ってるって話だ……俺が知ってるのはそれだけだ……!」
「竜を模した長剣……?」
暫しの沈黙の後、老人の口元が喜悦に歪む。長きに渡り待っていた瞬間が訪れたといった風情だ。
「遂に……遂にこの時が来た……!」
活力に満ちた足取りで、老人が店を出ていく。枯れ木のような有様だったその様子は、一瞬にして生命力に溢れたものとなっていた。
「待っていろ……! 竜の騎士よ……!!」
めちゃくちゃ遅れて申し訳ありません。一生シレン5の原始やってました。
真面目な話すると次に書くのがアバンが動いてた時代なので、今やってるスピンオフの漫画の展開見ながら書こうか悩んでたので遅れました。
とりあえず切りのいいとこまで過去編書いて、それでその時点になったらどうするか決めます。