モチベはまだ全然あるんでぼちぼち書いていきます。
一面が雪化粧に彩られていたオーザムと違い、眼前に広がるのは石畳の道に木造の街並み。そしてその背後に聳える、雄大な山々。
二週間に及ぶ船旅の末に、ようやくたどり着いた新たなる大陸。彼らは今、ルビア唯一の港町へと足を踏み入れた。
「あぁー! やっと着いたー! 他の大陸なんて行ったことなかったけど、壮観なもんねぇ」
地に足をつけるなり、窮屈な船内に押し込められていた鬱憤を晴らすように大きく伸びをするセレネ。
後に続くように、アトリアも船を降りた。
船を降りた足で町の大通りを歩く二人。その往来にはどこか、平時と違った物騒な雰囲気が漂っていた。
そこに行き交う人々の装いの多くは、明らかに戦闘を生業とするもののそれ。それも画一された兵士のものではない、もっと何か荒くれた気配を纏った者たちだ。
「で、目的地までどうやって行くの?戦時中だし、旅人だなんて言っても入れてもらえないわよ?」
「問題ない。方法は考えてある――これだ」
その時、一陣の風が吹き、地面に落ちていた一枚の紙が巻き上げられる。
アトリアがそれを掴み取り、セレネへと見せる。それは、彼らがこの町を訪れてから幾度となく目にした貼り紙と同じものだった。
リンガイアとの戦争に際し、今後更なる戦況の激化が予想されるマラッカ砦周辺への兵力増員のため有志を募集する。
我こそはと思わんものは下記の詳細を読んだ上で、指定の駐屯地にて申請すること。
契約内容:マラッカ砦防衛など戦闘を含む作戦への従事
契約期間:二年間(戦況などに応じて短縮や延期もありうる)
報酬:日給150ゴールド。戦闘に参加した人員は500ゴールド、その他活躍に応じた歩合給あり
募集人数:無制限
「へぇ……傭兵に紛れて砦に入るってわけね」
「ああ、だが戦争に関与するつもりはない。目的を達成したらさっさと立ち去るぞ」
新たなる大陸へ辿り着いた彼らの目的地は、激戦の渦中にある城塞。
何故そこを目指すに至ったのか、その答えとは――
「それでね……君たちに耳寄りな話があるんだ」
時は遡り二週間前、南オーザム。
あの後二人は、フェティア大司教からとある情報を得ていた。
「上の立場に居ると色々な情報が入ってくるものでね……ルビアとリンガイアが開戦したというのは知っているだろう?」
「ええ、今朝の記事でちょうど」
「開戦の切欠を厳密に言えば、国境を挟んだ睨み合いの緊張に耐えかねたルビア兵が恐慌状態に陥り、砲撃を放ってしまった……ということになっているんだけどね。詳しく話を聞くとおかしな点があったんだ」
「……それは?」
その日は新たに、国境を守る部隊が交代で配備される日だったという。新たに編成された部隊のため、誰もその開戦の切欠を作った男と知己である人間はいなかったため、当時は発覚しなかったことだが――
「その彼は、一年半前の戦で戦死していたはずの兵士だった――つまり存在しないはずの人間が、この戦争を引き起こす切欠を作ったのさ」
「……!」
「……なるほどな」
それが意味することは――何者かが死んだはずの人間に化け、意図的に戦争を引き起こしたということだ。
そしてそんなことをする意味がある陣営など、今この地上には一つだけ。
「この戦争は……魔王が裏で糸を引いてるってわけ!? だったら事情を説明すれば……!」
戦争を止められる、と発言しようとしたセレネの言葉は、しかし冷酷な現実に遮られる。
「止まらない、だろうね。既に二万人が死んでいるんだ……それにその何者かが作ったのは切欠に過ぎない。この二国を覆う憎悪は、他でもない国民たちが育て、培ったものだ。それが消えるまで、根本的な解決にはならないよ」
「…………」
黙りこくるセレネを尻目に、今度はアトリアが口を開く。
「……それだけじゃない。それだけ詳細な情報を掴んでいるお前なら、もっと深いところまで知っている筈だ」
「その通り。ルビアには信用できる部下を一人潜ませていてね……権力に取りつかれた魑魅魍魎たちの中でのし上がるには、これくらいのことが出来ないとやってられないのさ――話を戻そうか」
戦火の発端にして、アトリアたちが目指すべき場所。その地の名は――
「死んだはずの兵士が最後に在籍していた場所。リンガイアとの国境近くに居を構える、ルビアの国防の要にして堅牢なる砦――マラッカ砦に、謎の答えが秘められていると、私は睨んでいる」
そんなわけで場面は戻り、再び現在へ。
「二名での登録だな……確かに承った」
「ああ」
顎髭を生やした、ベテランの兵士といった風情の男――今回の傭兵募集に際しての責任者である――と会話し、二人は手続きを終える。
本来こういった戦に、傭兵として参加するためにはある程度の実力の担保が求められる。
当然国としては即戦力を求めているためだ。
それは所属している傭兵団のお墨付きであったり、軽いデモンストレーションを行ったり――例えば魔法使いならば、使用できる呪文を見せたりだ――が必要とされるのだ。
この場合の二人は後者だ。
詳細は割愛するが、実力を見定めるための兵士との模擬試合で勝利することでアトリアは実力を示した。
刃を潰した鉄の剣で相手の剣を力任せに圧し折ったその様子は、兵士たちだけでなくそれを見ていた他の傭兵たちの今晩の語り草となったという。
「出発は明日、日が沈み始めた頃に出立する。それまでにこの場所に集合しておくように――お前の働きには期待しているぞ」
最も、本人には傭兵として働く気は全くないが。
「明日ね……分かったわ、それじゃ宿に帰りましょ!」
ちなみにこの少女も、模擬戦で鉄の兜をメイスで叩き潰し、密かに戦慄されていたことを記しておく。
翌日、指定の時刻。
日が落ち始め、夕暮れに染まっていた空が夜の闇へと塗り替えられようとしているとき。
森へと続く街道に、何台かの馬車が列を作り並んでいた。
「これよりマラッカ砦への出立を開始する! 各員は指定された番号の馬車に乗り込め!」
一台に乗り込める人員は10名。それに加え御者役の兵士が各馬車に一人ずつ。割り振られた番号の都合上、アトリアとセレネは一つ違う馬車へと乗り込むこととなった。
しかし――その背をじっと見つめる何者かの視線に、アトリアは終ぞ気付くことは出来なかった。
「よし……出発だ! 先頭の馬車に追従せよ!」
馬車が進む。石造りの路面を車輪が踏みしめる音を響かせながら。
ルビアの国土を多くを占める山脈地帯。その麓には、
そしてその森林の中には先人たちが命を賭して敷設した街道が複雑に張り巡らされている。その道を外れれば、闇の中に潜む獣系モンスターたちの餌食となることは想像に難くない。
そうして森の中を進み、山脈の中腹に聳える難攻不落の要塞、それこそがマラッカ砦だ。
……が、その難攻不落の要塞を覆う現状は、余り良いものとは言えない。国境はすでに突破され、砦の周辺のどこに敵兵が潜んでいるかも分からない状態。端的に言えば、緩やかに包囲されている状態だ。
それでも陥落しないあたりは、さすがの防御力ともいえるが。
ともかく、その辺の事情を考慮し、戦力増員のための傭兵の募集が行われたわけだが、先ほど言及したようにどこで敵に出くわすかも分からない現状だ。
そのため、あえて視界の利かない夜間に出立し、進む経路も砦を取り仕切る将軍と、今回の責任者である隊長にしか知らされていない。
情報漏洩を抑え、会敵のリスクを極限まで減らすためだ。
そしてその狙い通り、彼らが搭乗する馬車は敵に出会うことなく、順調に経路を進んでいた。
――今の今までは。
「――――うぁぁぁ……!!」
遠間から聞こえてくる悲鳴。次いで響くのは馬の甲高い叫び声。そして勢い良く回転していた車輪が急に止まったことに引き起こされる不協和音が、セレネの耳に入る。
「……馬車に乗ると碌でもないことになる星の下にでも生まれたのかしらね、私は」
どこか感じる既視感。雪山でアトリアと出会った時と同じだ。つまりこれは――
「敵襲だ!!」
色めき立つ車内。その中でセレネは静かに、武器を取り立ち上がる。二度目となれば慣れたものだ。
――とはいえ、私が直接戦争に関与するのもね……
そう考えながらも外へ出ると、そこは微かな月明かりに照らされた仄暗い森の中。
そしてそこに広がっていた惨状を見て、思わず息を吞む。
そこらから聞こえる呻き声。火矢か魔法でも受けたか、炎上し横転している先頭の馬車。
「おおおおおっ!!」
「死ねぇっ!」
そして、互いが武器を交わす音。剝き出しの殺意がぶつかり合う、戦場の音だ。
僧侶として傷ついた人々を数多く見てきて、こういうものには耐性があったつもりのセレネでも、この光景には堪えるものがあるようだ。
そして、横転した馬車の下から隊長の男が息も絶え絶えに這い出てくる。その顔は信じられないものを見たというような表情に彩られていた。
「馬鹿な……ありえん……!」
それは二重の意味を含んだ言葉だった。待ち伏せからの奇襲など、本来起こりうるはずのないこと。
夜の森に大勢で、灯りも付けずに潜むなど正気の沙汰ではない。たちまち飢えた獣系怪物たちに蹂躙されるのがオチだ。
それに経路だって、彼と将軍の二人しか知り得ない情報の筈だ。複雑に交差する街道の内、どれを通るかなど事前に知っていないと分かるわけがない。
と、いうことは――
「まさか――」
しかし、その推測は続けられることはなかった。
今まさに、その頭脳に飛来した矢が突き刺さったためだ。そのまま彼の命の灯は潰え、地へとその体は倒れ伏す。
「……見ててあんまり気持ちいいもんじゃないわね」
それだけではない。奇襲を受けた今、戦のペースは完全に相手側にある。このまま状況が進めば、壊滅は避けられないだろう。
それを見過ごすのも寝覚めが悪いし、何より砦に辿り着けないのは困る。
「仕方ないか……」
右を見れば屍、左を見れば内臓をやられたのか、吐血しながら膝をつく兵士。上空には矢が飛び交い、死んではいないが倒れ伏す者たちも見渡せばごまんといる。
死屍累々の現状を前に、セレネは一つの手を打つことを決めた。
持っていたメイスを地面に突き立て、両の手を眼前で合わせる。
その体からは、膨大な魔力が滲み出し始めていた。
「行くわよ――!」
時に、なぜ回復呪文は対象に接触して使用されるのだろうか?
接触していたほうが魔力の伝達効率が良い、というのは当然ある。
しかし実は、回復呪文を離れた場所へと飛ばすことは可能なのだ。接触して行われたそれとの対費用効果は段違いではあるが。
そこに目をつけて、一度に多人数の仲間を癒す回復呪文を使うことは出来ないか、と考えた古の僧侶がいた。
だが、その試みによって生まれた呪文は後世に広まることは無かった。余りにもハードルが高すぎるのだ。
まず第一に膨大な魔力。接触していないうえに複数人を回復しようというのだから、それはもう莫大な魔力が求められる。
その次に繊細な集中力が必要だ。一定範囲内を回復するといっても、仲間と戦っている敵も回復しては意味がないのだ。戦場の中で冷静に対象を選り分ける集中力がなければ、それは実用に値しない。
最後に、僧侶としての非常に高い
当時でさえ、この呪文を扱える人間は片指で数えても余るほどだった。
そして現在、この呪文を扱えるのは地上においてただ一人のみ。
僧侶大国とも呼ばれる北オーザムの秘奥を修め、聖女とも謳われた一人の少女だけが。
彼女の持てる呪文の中で最大にして、回復呪文の到達点。
その呪文は――
「――
暖かな緑色の光が弾け、夜の帳が落ちていた森を一時照らす。
「お……?」
「傷が……塞がっていく……!」
「よくわかんねぇが……すげぇぞ! これでまだ戦える!」
地面に倒れていた者。戦いの最中にある者。死んでさえいなければその一切を問わず、大小あった彼らの傷が全て塞がっていく。
奇蹟のような事態に沸き立つ自軍に、理不尽を前にして動揺する敵軍。その一手によって、戦場の空気は完全に逆転した。
「……っ! これでこっちは大丈夫でしょ……」
セレネといえども、
味方を回復しただけといえば聞こえはいいが、あの後彼らは敵を殺すだろう。そして自分はそれに加担した。
間接的に人を殺したといっても過言ではない。流石に
やらなければやられていた、というのも一つの正論ではあるが、彼女にとってそれは自分を慰めるための言い訳に過ぎない。
彼女の精神性は、その責任から逃げることを良しとしない。心の底の何処かに溜まる重いものを受け止めながら、それでも尚前を見て進むのだ。
頬を両手で張り、心持ちを入れ替える。今はそれどころではないのだから。
「よしっ! 次はアトリアと合流しないとね……あいつどこ行ったのかしら…………ん?」
アトリアが乗っていた馬車は後方にある。ひっそりと彼女もその場を離れそちらへと行こうとしている途中、あるものが目に留まる。
倒れ伏す敵兵が、腰に掲げていた瓶。少し凝った意匠が用いられたそれは――
「聖水……? これでモンスター達を退けたのかしら……?」
ほぼ同時刻、アトリアの方はというと。
「…………」
当然、アトリアも同じような状況に陥っていたが――一つ違う点を挙げるとするならば、アトリアには殺人を躊躇う倫理観も、敵に加える情けも一切持ち合わせていないということ。ついでに言うなら、友軍を助ける優しい心もだ。
最初は参戦せず、不動を貫いていたアトリアであるが、手出しをしなかった結果周囲の友軍は全滅。
当然アトリアが動かなかろうと、相手からすればお構いなし。怯えて動くこともできないのだろうと襲い掛かれば――当然のように真っ二つにされた。
結果、アトリアの周りにはただひたすらに屍の山が積み重なるのみ。混沌とした戦場の中で、誰も寄り付かない奇妙な無風地帯が出来上がる結果となった。
「……とりあえず、あいつを探すか――っ!」
セレネを探して移動しようとするアトリアの背筋に、静かに怖気が走る。
鋭くありながら、どこか緩やかな殺気の源に目をやれば、そこにはもう一つの無風地帯が出来上がっていた。
音が聞こえる。ちっ、ちっ、ちっ、と、舌打ちをするような。
「カッカッカ……その強さ、やはりか……」
連なる屍たちの中で、ただ一人立っている男――それはこの場には似つかわしいとは到底言えない、白髪の老人であった。
その老人は奇異な装いをしていた。上質な布であしらわれた見たことのない服装――端的に言えば羽織と袴である――で身を包み、腰には一対の二刀を差している。
そしてその閉じられた双眸には、一文字の大きな傷跡が刻まれていた。
ともあれ、アトリアからすれば一応友軍の筈だ。襲い掛かってくる道理もないはずだろうと、何事かを呟いた老人の横を通り過ぎようと歩みを進めるが――
「竜の騎士よ……一つ、お手合わせ願えぬか?」
「……は?」
掛けられた言葉に足が止まり、様々な思考がアトリアの中で通り過ぎていく。
味方ではないのか?気狂いか?なぜ自分が竜の騎士だと知っている?それとも魔王の手先か、はたまた――?
それらの思考を簡潔に纏めれば、意味が分からない、という帰結に至る。いや、言っている言葉の意味は理解できるが、どういう意図のもとでの発言か全く分からない。
とりあえず、拒絶の言葉を返そうとしたところで。
「――まあ、選択の余地はないんじゃがの」
既にその老人は、アトリアの眼前に迫っていた。
何が何だか分からない……が、アトリアにとってあの老人は敵であるらしい。それならば斬るだけだと、アトリアは決意を固める。
「何のつもりだ……!」
ぎりぎりではあるが、獣じみた反応速度で何とか剣を抜き、老人の剣を受け止めることに成功するアトリア。
止めてしまえばなんてことのない、年相応の力しか籠もっていない剣だ。
そのまま押し切ろうとして――その剣は空を切る。力が望まぬ方向へと操作されている感覚。
老人はアトリアの剣を、受け流して見せたのだ。
「なに、老い先短い老人のささやかな望みよ……今は思う存分、ただ仕合おうではないか」
軽やかな身のこなしで老人は後方に飛び、一回転し着地する。
そこにアトリアが間髪入れず追い打ちをかけた。直線的な踏み込みではあるが、並外れた身体能力によりその一合は尋常ならざる破壊力を備える。
剣術を修めていないアトリアではあるが、その戦闘センスにより本能的に自らの力を効率よく運用する術を会得していた。
「ふむ、これではまるで獣ではないか。そんな剣では儂は斬れぬよ……ほれ、横からちょいと力を加えてやれば……」
しかし、如何な破壊力を持つ攻撃であろうと、対象に届かなければ意味はない。
先ほどの再演のように、再びその力の流れは曲げて逸らされ、空を切る。
「……!?」
「剛の剣はそこそこだが、柔の技がなっておらんな?ただただ押すばかりというのは、稚拙に過ぎるの――今度はこちらから行くぞい」
ぐ、と老人の足に力が入る。その刹那、アトリアの紋章の内に眠る戦いの遺伝子が、直感として警鐘を届ける。
右から来る。仕草、表情、筋肉の動き、気配。幾星霜もの戦いの経験の蓄積がそれらの要素から動きを読み、弾き出した結論だ。が、しかし。
「そっちではないんじゃよ、残念ながら」
「な……!?」
実際に攻撃が来たのは、左。寸前で咄嗟に身を引くも、脇腹に浅くはあるが一筋の傷が刻まれる。
まさか、幾千年もの戦いの歴史の蓄積が、たった一人の只人に上を行かれたというのか。
「そら、次じゃ」
「ちょこまかと……!」
今度こそ見間違えるまいとその目を凝らすも、やはりその動きを見切ることは出来ず。
それどころか、アトリアは恐ろしいことに気付く。先程から断続的に聞こえる舌打ちのような音。あれはやはり、老人が舌打ちをしている音に相違ない。
もしかして、老人はその音の反響を聞き、周囲の状況を把握しているのではないかということ。
そして、常に閉じられている目にあの傷跡――老人は、盲目のままあの極まった技を身に着け、行使しているということを。
「離れろ!」
剣を大降りに振り回す。これは最初から当たることは期待しておらず、距離を取らせ仕切りなおすためのもの。
剣が生んだ風威に逆らわず後ろに飛んだ老人は、その剛力に舌を巻く。
「ほっほ……流石の力じゃな、儂にこのような真似はとてもとても…………
じゃがのう――人を殺すのに、大層な力はいらんのよ」
そう宣った老人は、二刀を持った腕を後ろに
「――かまいたち」
それは剣が放つ風圧という点では、先ほどのアトリアのそれと同じものだ。
だがそれは、一緒にするにはあまりにも烏滸がましいほどの違いがあった。
極限まで、薄く鋭く鍛え上げ、高められたそれは最早刃と言っても過言ではない。
しかしその刃が抉るのはアトリアではなく、その直前の地面。土煙が上がり、目前の視界を遮った所に、もう片方の風刃が飛ぶ。
すんでの所で反応し、斬り払うが――
「その程度――なっ!?」
それすらも計算内。風刃と共に土煙に隠れ、踏み込んできた老人は剣を振り下ろすアトリアの手首を掴む。
「足りない力は補えばいいのじゃ――例えば、相手の力を利用したり、自然の力を使ったり」
その刹那、アトリアの天地が逆転する。投げられたことに彼が気付いたのは、既に地面に叩きつけられ地に伏した後だった。
そして、老人は既に次の行動に移っていた。軽業師のように木へと登り、空へと飛び上がる。
充分に勢いと重力を乗せて、一つの剣の切っ先に全てを乗せて落下する。狙うはアトリアの首ひとつ。
貫通力に特化したその技の名は。
「落葉・一閃突き!」
仰向けで、ろくに抵抗出来ないアトリアに迫る凶刃。そのままの勢いで刃はその顔を貫くように思われたが――
がきり、という音がした。それは生肌と剣が触れ合った音として生じる筈のものでは到底ないが、事実としてそうなのだから仕方ない。
剣を弾かれた老人は、動揺する素振りも見せず、むしろそうでなくてはつまらないといった表情で飛退いた。
「カカカ……失敬失敬、忘れておったわ、お主は人じゃなく――」
その刹那、アトリアの周囲で何かが爆発したような衝撃が走る。
注視すると、その全身からは光る気流のようなものが見受けられた。
それこそが老人の刃を防いだ力の要訣。竜の騎士を最強の断罪者たらしめる要素の一つ。
最強の矛にして最強の盾――竜闘気。
「化け物、じゃったな」
ゆっくりと立ち上がるアトリアの額に、竜を模した紋章が力強く輝く。
その輝きに陰りはなく、その瞳にも未だ陰りはない。
「覚悟しろ」
前座は終わった。
本当の戦いは、ここから始まる。
とりあえず次か次の次くらいで今回の過去編は終わりです。