あれは今から60年、いや70年ほど前の事だったろうか。
ラインリバー大陸の北西に、一つの国が
その国は他の国々との関わりを絶ち、独自の文化を築いていたというが、正確な資料はどこにも残されていない。
外部の者たちが知っている情報は、その国から逃げてきたと称する少数の者たちの伝聞のみ。
それも世間に流布した何も知らない者たちの噂話と混じり、何が本当の事なのか分からなくなってしまった。
曰く、財宝に溢れる黄金の国であると。
曰く、未開の小国ではあるが、その国の刀匠は伝説の武具をも鍛え上げる一流の腕前揃いであると。
曰く、大蛇に若い女性を生贄として捧げる、忌まわしき風習が蔓延っていると。
曰く――その国を治める女王の正体は、怪物であると。
そんな与太話が幾つも世の中に溢れたが、その真偽を知る方法は最早ない。
真実を知る、ただ一人を除いて。
かつて黄金の国と称され、歴史の闇に埋もれて消えていったその国の名は――ジパング。
その日は、燦燦と太陽が輝く快晴だったような気がする。
気がする、と称したのは、もう空の色がどんなものだったかも忘れてしまったからだ。
国が貧困にあえぐ中、無駄に豪奢に誂えられた宮殿の中で、俺は今日も今日とて自分の仕事に勤めていた。
色々と黒い噂がある女王サマの近衛隊長に任命されて少しの月日が経つが、その噂は本当の事だったらしい。
ここまで近い位置まで来ると、そちらさんも隠すつもりがあまりないのだろうか。
若い娘が部屋に入って行ってそのまま出てこなかったり、時たま口の端に拭い切れなかった血がついていたり。
要するに女王サマは人食いのバケモンだってことだ。
それもそうだろう。今やこの国に残っている奴らは、恐怖で逃げ出すこともできない小心者か、化物に仕えることになろうが気にしないイカレの二択くらい。
当然、俺は後者だ。主君が化物だろうが人間だろうが、強くなる邪魔さえしなければどうでもいい。
こんな化物の近くに居れば、強い奴とも戦えるだろうって目論見もあるし、国宝だという一対の双剣も頂くことが出来た。
杖としても使えて、柄に嵌った宝玉に呪文を込められるという能力が備わった伝説の武具らしいのだが、俺としては斬れさえすれば何でもいい。
その点を見ればこの剣は素晴らしい。伝説というだけはあって、今まで見てきたどんな剣よりも業物だ。
後は自分の力を試せる強敵でも現れてくれれば、不満はないのだが。
そういえば扉の外に漏れ出た会話を耳にしたことがあるが、世界征服がどうのだと。
中々面白い発想だ。そうすれば自分も各国の強者たちと戦うこともできるし、早く乗り出してくれないものか。
「なんだ貴様――」
突如、剣が轟音と共に扉を突き破る。その直後、扉の向こうを守っていた兵士の亡骸も吹き飛んできた。
突然の事態に思考が一瞬硬直するが、即座に意識を切り替える。これは――敵襲だ。
自分の守る扉は女王の間へと続くものにしてこの宮殿の最奥。気取られることなくここまで進んできたということは、出会った敵全てを声を上げさせる暇もなく、一撃で屠ってきたということだ。
成程それは凄まじい。間違いなくそいつは強者だろう。その証拠にほら、突き破られた扉の向こうに立つ男の威圧感はまるで桁違い。まるで人の形に竜を押し込めたような、そんな底知れなさを感じさせた。
だが自分はそれこそを求めていたのだ。比類なき強者との、血沸き肉躍る戦いを。
しかし――
「来い……!」
その日、俺は思い知ることになった。
求めてきた強さも、積み上げてきた力も。その全てが儚く崩れ去り、自分は目指す頂の末端にすらも到達していなかったことを。
決着は一瞬だった。
この国一番の戦士と呼ばれたその剣は、たったの一振りで拮抗することもなく弾き飛ばされ。
己が最後に見た光景は――視界一杯を埋め尽くすほどの距離に迫った、白刃の煌めきだった。
今まで屠られた者たちと、自分との違い。それはただ、寸前で反射的に半歩下がれたかどうか。
その僅かな違いが、彼我の生死を分ける。しかし、辛うじて拾った命の代償は――あまりにも大きかった。
「あ――あああああっ!?」
痛い!目が、目が見えない!ただ只管に広がる暗闇が、視界を覆う。そして淡々と迫る足音を前に、避け得ない死を直感した俺は、情けない声を上げてその場にへたりこんだ。
「ひっ!?」
戦いに身を投じるものとして、戦の中で死ぬことへの覚悟は出来ていた筈だった。
だがこれは、戦いですらない。力の桁が違う。圧倒的上位者に捕食される恐怖など、考えたこともない。
しかしその死を宣告する足音は――自分の横を通り過ぎ、奥の扉へと歩いていった。
余りにも無様な姿を哀れんだのか、眼中にさえ入っていなかったのか――きっと後者だろう。
程なくして、数体のものが重なったような竜の咆哮と、裂帛の気合を込めた叫び声が聞こえてきた。
女王サマの正体は、幾つも頭が生えた竜の化物だった、というわけだ。
そしてその両者の衝突により生じる衝撃は、この無駄に広い宮殿でも到底受け止めきれるものではないようで。
稲妻が降り注ぎ、業火が所構わずそこらを舐める。途方もない規模の戦いの音をバックに、宮殿が崩落していく。
そうしていくうちに戦いの余波を受け、俺は吹き飛ばされた。当たり所が悪かったのか、そのまま意識までもが暗闇へ誘われていった。
そして俺は目覚めた。いや、目覚めてしまった。
打って変わって訪れた静寂。近くに落ちていた二刀を手探りで拾い、立ち上がるもそこに動くものの気配は無く。
「誰か……誰か、いないのか……?」
後に聞く話によれば、そこには人どころか、建物一つすらも残っていなかった。ただ瓦礫のみが折り重なり、そしてそこに自分だけが立っていたと。
神話に描かれるような戦いの爪痕は、国一つを塗り潰し、消して見せたのだ。
全てが終わった後、かつて国だった瓦礫の山の中心で、俺は泣いた。
故郷を失ったことにではない。そんなことはどうでもいい。
自惚れていた自分の不甲斐なさ、そして弱さに泣いたのだ。
何もかもを出し切った後、その心の底に残ったのは己の原点。俺は、ただ強くなりたかった。何の為でも、誰が為でもない。
だが、その前にあいつを――竜の騎士を打ち倒さなくては。そうしなければ、俺は前へと進めない。
その心は、求道においての不純物であったが、しかし強力な原動力でもあった。
目が見えない?だからどうした。相手は自分よりはるかに強大?それが何だ。
武とは、己より強い相手を制するために存在する。人の技――その神髄を極めれば、きっと化物だろうが打倒できるはずだ。
それからは、ひたすらにその時に備えた。常に戦に身を投じ、竜の騎士についても少ない文献を漁り調べあげた。狂気染みた鍛錬に身を浸し、技を身に着け、目が見えなかろうと戦う術を備えた。
そして――長い長い年月の果て、遂にその時は来た。
只人が生涯を捧げた末に見える、頂の片鱗を。神々の最高傑作へとぶつける時が。
俺、いや――儂の名はノルン。黄金の国ジパングの、最後の生き残りだ。
相対する男から感じる威圧感は、やはりあの時のそれと同じ。
視覚を持たぬからこそ克明に分かる、その太陽と見まごうかのような圧倒的熱量の闘気。人の領域を遥かに超えた所に存在する力。
だからこそ――越える価値がある。
「……ふんッ!」
その剣が振るわれるたびに、大地が抉れ空が裂ける。掠るだけでも一撃で持って行かれるという確信。
怖い。そんなことは当然だ。歩く災害のような化物と対峙して、恐怖しないものはどれだけいるだろう。
しかしその恐怖を受け入れ、見据えることこそが生還への正着なのだ。
確かに威力は飛躍的に増した。だが、積み上げてきた技術は一朝一夕では変わらない。
先程までと大差ないその剣筋を見切ることは容易。少しでもしくじれば死ぬという点を除いては。
「これは……難儀じゃの」
大上段からの振り下ろしを避け、その隙に一閃。しかし男は小揺るぎもせず、一切の損傷はない様子。
どうやら儂の力では、あの闘気を抜いてダメージを与えるのは難しいようだ。だが、それがどうした?
人の道理を超えた化物を打ち倒そうというのだ、無理くらい押し通さんで何とする。
死の舞踏を踊り続けること三分。未だに突破口は見えず。
足、腕、腹、胸、背中、顔面。あらゆる部位へと攻撃したが、竜闘気を破るには至らず。
どうしたものかと思案しながらも、神経を張り巡らせた攻防を続ける。
この老体ではこれ以上剣戟を続けるのも難しくなってきた。集中力の限界も近い。
一度離れる前に、一撃をお見舞いしようと剣を振るうと――
「…………!」
男が纏う闘気が膨張している――まずい。咄嗟に男の体を蹴って距離を取ろうとするが。
「カアアッ!」
「ぐぅ…………がはっ!」
爆発。成す術もなく木へと叩きつけられた。あばらがやられたか、衝撃で口から血が漏れ出る。
溜めていた竜闘気を全身から放出することで、全方位への攻撃を行ったのか。
成程、周囲でちょこまかと動き回る敵を捉えるには最適の技だ。技術的には素人でも、戦いのセンスは一級品ということか。
直前で後方へ跳んだからこの程度で済んだものの、直撃していれば終わりだった。
「面白いのぉ……」
それに、発見もあった。
「ほほほ……最後の一撃は弾かれる前に少し食い込んだの? もしかして、その闘気を出し続けるにも限界があるんじゃあないかのう……」
「……何なんだ貴様は」
考えてみれば道理だ。あれほどの闘気、常に全開にしていれば底を突くのも当然。分かっていれば抑えたり、一点に集中して節約したりするものだが――このような弱点、対等な相手と長時間戦わねば分かるまい。
壁にぶつかったり、窮地に陥らねば発見や成長は無い。
常に強者で居続けたこと――それこそが奴の死角。
「ちっ……メラ!」
肌を刺すような熱気。闘気の消費を抑えるため魔法で攻めてきたか。
「――ふうぅぅ……」
深く息を吸い、一閃。それだけで炎は両断され、霧散する。
形なきものも切れずして何が剣士か。形あるもの、形なきもの、そして目に見えぬもの。
それら全てを切ってして、初めて一端の剣士を名乗れるのだ。
「ヒャド!バギ!イオ――」
「無駄じゃよ」
次々と襲い来る初級呪文を切って捨てる。この程度ならばどれだけ続こうが問題はない。
だが、これが牽制に過ぎないということもまた分かっていた。ならば本命は――
「ライデイン!」
「無駄じゃと――言ったであろう?」
これだ。選ばれた竜の騎士にしか使えない電撃呪文。雷の速度ならば躱せないとでも思ったか?
伏せていた奇手のつもりであろうが、竜の騎士を調べ上げていた儂が知らない筈はない。
ならば後は簡単だ。早すぎて反応できないならば、撃たれる前に退けばいい。
稲妻が落ちるタイミング――気の起こりさえ読めれば、当たる道理はない。
「魔法も……剣も…………ならば……」
俯きながらも何かを呟く男。
次は何だ?何を見せてくれる?
「はああああぁぁ――ッ!!」
猪突の如き踏み込みで此方へと突っ込んできた。破れかぶれの特攻か?余り賢い手とは言えないが。
「イオ……!」
唱えられた呪文。爆光を纏う剣。
まさか、これは――受け流すのは困難と判断し、咄嗟に身を引く。吹きすさぶ爆風に飛ばされぬよう、剣を地面に突き立て踏ん張った。
「ぐ…………!」
剣と魔法の融合――常人には不可能なその絶技。奴もまた、窮地の中において殻を破り、成長したというのか。
化物のような強さを持ち、さらなる進化をも併せ持つ。これこそが神の作りし最高傑作……!
「まだだッ!」
今の爆音で聴覚がやられた。少しの間使い物にはならないだろう。最初からこれが狙いだったというわけだ。
長年の修練の末身に着けた、反響により周囲の地形を探知する技術。それによって築かれた
何も見えない。ああ、これは――あの時と同じだ。
なればこそ、今が証明する時だ。あの時の『俺』とは、何もかもが違うということを。
考えろ。奴の決め手は何だ?どう攻めて来る?恐らくは受け流しを警戒して魔法剣で来るだろう。
ならば組み合わせる呪文は?奴の中で現在最強の呪文――電撃呪文に違いない。
感じろ。目も耳もなかろうと、闘気だけは感じられる。
闘気とは生命エネルギーそのもの。心の動きはそのまま闘気に現れる。攻撃する際に殺気を抑えても、必ずその兆候は闘気に現れる。
だが奴は、これまで不気味なほどにその揺らぎが見られなかった。まるで心がないかのように。
それでも、奴にも心はあるはずだ。それが小さく、欠片ほどのものだったとしても。そうでなければ、少女を連れ立って、守るような真似はしないはず。
集中しろ。見極めろ。見逃すな――奴の攻撃の起こりを。ほんの微かな心の揺らぎを。
――――今!
「ライデイン……っ!?」
アトリアの頭上に投げられた剣。完璧なタイミングで放られたそれは、掲げていた神剣に降り注ぐはずだった稲妻を吸収する。
耳も目も使えない筈。それなのに何故だと、アトリアを困惑が包む。
「きえええぇぇいっ! …………なんちゃっての」
その刹那に飛び掛かってきたノルンに対し、咄嗟に剣を横に構え、防御態勢を取るアトリアを襲ったのは更なる予想外だった。
ノルンはその構えた剣に足を下ろし――再び跳んだ。
そして、頭上に投げた剣を掴み取る。とうに霧散している筈の、剣に落ちた稲妻は――柄に嵌った宝玉を黄金に輝かせ、未だ衰えぬ紫電が剣を覆っていた。
『杖としても使えて、柄に嵌った宝玉に呪文を込められるという能力が備わった伝説の武具らしい――』
もう誰も知らぬことだが、この一対の双剣は遥か昔、ジパング一の刀鍛冶が伝説の英雄の御業を再現するために打ち上げた逸品だという。
その英雄とは古の竜の騎士。その御業の名は魔法剣。本物には到底及ばぬが――
今、その御業は図らずも再現される。皮肉にも、本当の竜の騎士を相手に。
「擬似魔法剣――」
剣を掴んだノルンは、落下の勢いに加え体を捻り回転させる。
それによる遠心力を加え、二重の斬撃を全く同じ箇所に見舞うことにより破壊力は倍増する。
その奥義の狙いは――無防備な背中。
そして最も恐るべきところは、耳も目も機能しない状態で、これらの神業を――己の読みに全てを委ねて、その通りに実行したことにある。
「黄金・
最初の一刀が背中を守る竜闘気の鎧に食い込み、間を開けず訪れた金色の二刀目はその守りを貫き、背中の肉を深く抉る。大きく血が噴き出し、アトリアがたたらを踏んだ。
只人が一生を捧げ磨き上げたその切っ先が、神々の傑作を遂に貫いたその一瞬。
「ぐっ……あっ……!」
感慨をおくびにも出さず、既にノルンは次の行動へと移っていた。
噴き出した血潮を背中に浴びながら、感無量の思いが胸中を占める。
だが、戦いはまだ終わってはいない。体力も限界だ。再び竜闘気を貫けるかは定かではないが、それでも。
奴が振り返った瞬間、首を狩る――!
最後の一合が始まる。振り向きざまに振るわれたその剣を上へと逸らそうとして――思うように力の流れを変えられない。
何故だ?極限の状況で腕が鈍ったか?いや、そうではない。あいつも対抗して力の流れを操ろうとしているのだ!
それは
即ち、大いなる力に逆らわず、利用するという。
しかしだからこそ、その大いなる力を持つ者がこの術理を極めれば、儂が修めてきた道の、その先を見られるのではないか――そんな考えが、儂の心の底に浮かんだ。浮かんでしまった。
先の魔法剣のような、出鱈目な成長速度ではない。儂のような只人が、一つ一つ積み重ねていくようなそれ。
この戦いを通して、
まるで『人間』のように。
――見たい。
これをどうにかすることは簡単だ。敢えてあいつが操作したがっている方向へ更に力を入れてやる。
そうするだけで、その拙く未熟な剣は行き場を失い空を切る。
そして残るのは、剣を振り終えて隙だらけのあいつの姿。
――その先を。
やるべきことは一つだけ。がら空きになったその首に剣を振るい――
「……何故止めた」
その剣を、寸前で止めた。
「最初に手合わせだと言ったはずじゃがのう?何も互いが死ぬまで続ける必要はあるまい」
見え見えの嘘だ。儂は手を止める寸前まで本気で奴を殺しにかかっていたし、奴もそれを分かっていない筈がない。
奴にとっては建前などどうでもいいのであろう。ただ目の前の儂から殺意が消えたという事実のみを理解して、そこに至る道程は気にしていない。
それは余りにも機械的というか、人間が抱くべき感情と乖離しすぎているとも言えた。
「そうか、ならば――」
とはいえ、儂も人のことは言えないだろう。手前の都合しか考えず、到底先程まで殺し合いを繰り広げていた相手に言うものではない言葉をかけようとしているのだから。
「ところで、お主――」
だが、さすがにこれは読めなかった。異常者同士といえど――
「オレに剣術を教えろ」
「儂の弟子になる気はないか?」
奇しくも同じ帰結に辿り着くとは。儂は少しの驚きと、奇妙な親近感を覚えていた。
キャラクタープロフィール⑬ ノルン
【年齢】91歳
【種族】人間
【出身地】地上
【体力】4
【力】4
【魔力】1
【技量】9.9
【得意技】大体アトリアの使う剣技と同じ
【特筆事項】盲目 第六感
パーティメンバーその2。
簡潔に言えばプロキーナ老師の戦士バージョンです。
若かりし頃に竜の騎士に国ごとぶっ潰され、目も失いましたがそこについては大して恨んでません。どっちかというと弱くて自惚れていた自分に嫌気が差して鍛えなおした感じ。
第六感というのは、敵の気を精密に探知する能力です。ダイがフレイザード戦で空裂斬覚えた時のアレをもっと正確にした感じ。なのでガス生命体等も切れるし禁呪法生命体の核も分かります。
双剣の能力の擬似魔法剣ですが、本家のものより威力は劣るうえに、一度使うと30分ほど間を開けないと使えないようになっています。
現代でもアトリアが握っていますが、自前で魔法剣が使えるので全く使っていません。