今日の夜に続き投稿するのでゆるして。
「――そういうわけで、こいつも旅に同行することになった」
「ノルンと申す。以後よろしく頼むぞい」
「あ、そうなの。こちらこそよろしく……っていやどういうわけよ!? 二人ともなんか死にかけだし!」
セレネは困惑していた。アトリアを見つけたと思ったら、何故かボロボロになっているうえに同じくボロボロのお爺さんがいきなり旅に同行するときた。
困惑しきりのセレネに、アトリアがさらりと爆弾発言を投げ込んだ。
「殺し合ったからな。そんなことより回復呪文を頼む」
「はぁぁ!? 殺し合ったって何!? ますます訳分かんないんですけど!」
「まぁ、色々あっての。端的に言えば需要の一致というやつじゃな」
ぶつくさ言いながらもアトリアの背に触れ、治療を始めるセレネ。
暖かな光がその体を走り、傷を癒していく。
「この体たらくでは魔王に勝てん……だからこいつから剣術を学ぼうと思っただけだ」
「だからって殺し合いからいきなりそうなる? ふつー……あんたが大概なのは知ってたけど、そっちのお爺さんも相当なもんね」
「ほっほ……魔王を倒す旅、のう。それじゃあ彼は一応勇者ってことになるのかの」
「勇者って柄じゃ全然ないけどね……ていうか旅の目的も知らないでついてきたの!?」
「儂はアトリアに剣を教えられさえすれば構わんよ。それに、魔王を斬るというのも中々面白そうじゃ」
好々爺然とした雰囲気を漂わせていたノルンの顔に一瞬、獰猛な笑みが宿る。だがそれを気にする様子もなく、セレネもそれに呼応するように微笑んだ。
「面白い、ね……いいじゃない、意外と気が合いそうね」
「それに――
「ふふ……違いないわね」
三人が治療を終え立ち上がる。馬は駄目になってしまったが、徒歩でも到達可能な距離までには近づくことが出来たようだ。
半分ほどに減った兵士や傭兵達に帯同し、要塞のある方向へと三人も動き出していった。
――――――――――
ギルドメイン山脈に連なる山々の中腹、リンガイアとの国境付近にその要塞はあった。
切り立った崖の上に居を構え、堅牢な正門に続く細い一本道は招かれざる客の訪問を頑なに拒む。
そして山中に広がった城壁の上からは、高所から常に弓兵たちがあらゆる方角――特に国境方面や、首都へと続く街道の方面である――へと睨みを利かす。
しかしその鉄壁の防備も完璧というわけではない。壁に散見される焦げ跡や亀裂、突き刺さっている弓矢、飛び散っている血痕。
それらの名残を見れば、ここで激しい争いが幾度となく繰り返されてきたことは容易に推察できた。
ここはルビア国防の要、マラッカ砦。
日も登りきらぬ薄暗い時分、見張りに勤しんでいた兵士の目に映ったのは暗がりに浮かぶ十個と少しほどの灯りだった。
「ん? あれは……」
「門を開けてくれ!」
よく見るとその灯りは兵士の掲げる松明で、後ろには見知らぬ者たち――恐らく傭兵だろう――の姿。
傭兵を募集しに行った者たちは今夜中に帰ると聞いていたが、未だ姿を見せない。そしてこのボロボロになって帰ってきた兵士たち。
彼の中で、二つの情報の断片が繋がった。
「……よし! 大丈夫だ、開けていいぞ!」
ぎぎぎ、と重苦しい音と共に、重厚な門が開いていく。
波乱の道中を越え、彼らは第一の目的地――マラッカ砦へと辿り着いたのだった。
「はぁ~、疲れた! とりあえず一段落ってところかしらね?」
あの後、砦の内部へと招かれた一同は各々の部屋で休息をとっていた。
傷つき負傷したものは医務室へ、目立った傷がないものは三人一組の寝室へ。
本来なら一度この砦を統括する将軍に面を通したのち、仕事を割り振られることになるのだが、将軍からの計らいで一日の休みが与えられたらしい――と、兵士が言っていた。
「油断はするなよ」
「そうじゃのう、ぬしらの話が本当なら、ここは敵中も同然。寝込みを襲われたりしても不思議ではない」
「分かってるわよ。……ところでこれ、何だと思う?」
回復呪文により、負傷がなかった彼らはそのまま部屋に通され、くつろいでいた。
そこでセレネが懐に手を入れ、戦場で拾ってきた瓶を取り出す。
「聖水じゃないのか」
「やっぱり分からないのね……これ、実はただの水なの。僧侶じゃないと違いは分からないみたいね」
聖水は清めた水を汲み取り、満月の夜に僧侶が祝福を込めることによって生成される。
その効能は、
しかしその見た目は、素人が見ても水とは区別がつかない。元が水なのだから当然ではあるが。
「聖水は偽物だった……にもかかわらず、奴らは怪物達に襲われることなく森に潜むことが出来ていた――やはり魔王の手の者が絡んでいるという事か」
「そーゆーこと」
「分からんな……初めに戦争を誘発させた下手人はルビア側に潜んでいる。だというのに何故リンガイアに利するようなことをする?」
二人が首を傾げる中、ノルンが静かに口を開く。
「これは儂の推測じゃが……」
「?」
「以前小耳に挟んだことがあるのじゃ。この砦を巡る二国の攻防では、現在ルビアが優勢らしいと」
「それがどうしたってのよ」
「だからこそリンガイア側に今回は肩入れした……恐らく魔王はどちらかの国に勝ってほしいのではない。戦争を長引かせること――それ自体が目的なんじゃないかと、ふと今頭に浮かんだのじゃ」
根拠のない推測ではあるが、二人はどこか腑に落ちたような感覚を覚える。
両国の疲弊を狙っているのか、それとも別の目的があるのか――それはいまだ不明だが。
変身能力を持つ者がいるならば、戦況をある程度操作することも不可能ではない。
「……まあ、いくら憶測を立てた所で仕方ない。敵を捕まえて直接聞きだせば、全て分かることだ」
「そうねぇ……とりあえず今日は休みましょ。回復呪文じゃ体力は戻らないし、あんたら疲れてるでしょ。一応私が起きて見張っておくから寝なさいよ」
「それじゃ、お言葉に甘えるとするかの」
結局誰かが襲いに来るということもなく、彼らは無事に明日を迎えた。
翌朝。
将軍への面通しのため、練兵場へと集められた傭兵一同。その数は町を出発した当時から、二十と数人――半分ほどにまで、人数を減らしていた。
そんな彼らの前に姿を現したのは、豪著な軍服を纏い、恰幅の良い隻腕の壮年だった。
その男は残された腕で杖を突きながら、二階のバルコニーから彼らを睥睨するように見下ろしていた。
「――傭兵諸君。よくぞ来てくれた……ようこそ、マラッカ砦へ。道中は災難だったな」
一瞬だけ見せた、品定めをするような冷えた視線。それもすぐに鳴りを潜め、彼は平坦な表情で言葉を続ける。
「さて、君たちに長ったらしい話……そうだな、国のためだとか、誇りだとかの話をしても仕方ない。諸君らに重要なのは――己の働きに見合った報酬を得られるか。それだけだろう?」
かつん、と杖を鳴らす。粗野な傭兵達が、この時に限っては不思議と、静かに将軍の話を拝聴していた。
それは目の前の隻腕の男から感じる雰囲気が、自分たちよりも多く死線を潜ってきている人物のそれだということを、肌で悟っていたからであった。
「かくいう私のこの腕も、戦場で失ったものでね。命を懸けて戦うという行為の重みは、それなりに分かっているつもりだ。想定外の襲撃を退けた君たちの働きに敬意を表し、全員に二千ゴールドの特別手当を出そうじゃないか」
その言葉を聞き、傭兵達がにわかにざわめきだす。二千ゴールドといえば結構な大金だ。三か月くらいならば余裕を持って暮らせるほどの。
それを全員にぽんとくれるというのだ。沸き立つのも無理はあるまい。
「どう受け取るかは自由だが、これが私がその働きに対し与える報酬である、とだけ言っておく。諸君らも、それに見合うよう力を存分に奮ってくれることを期待する――以上だ。各々が当たる業務の仔細は担当の者に追って説明させよう」
言い切るや否や、将軍は背を向けて要塞の中へと戻っていく。それを区切りに、傭兵達のざわめきが喧騒へと変わり――
「太っ腹じゃねえか! 死ぬような思いをした甲斐があるってもんだ!」
「こんだけもらえりゃ当分の間は贅沢できるな!」
「結構な額を出すもんねぇ。まあでも、私たちも路銀が尽きかけてたし丁度いい――ん? どうかしたの?」
「……分からんかったか?」
その中で、将軍が立っていた場所を静かに見つめているものがただ一人。
「何のこと――」
「お主らの探し人じゃよ……あの将軍、恐らく人間ではないようじゃ」
目の見えぬはずのノルンだけが、そこをじっと見つめていた。
その夜。
「間違いないんだな?」
「うむ……このノルン、目は見えずとも相手の気を見紛うことはない。あ奴からは奇妙な――何かを被っているような違和感と、その中に魔の気配を感じた。何かあることは間違いないじゃろうな」
「にしてもその夜に押し掛けるとはねぇ。ま、善は急げっていうし早いに越したことは無いか」
殆どの者が寝静まったころ、三人は将軍の執務室を目指して移動していた。
目的は将軍に化けていると思わしき何者かの討伐。
事の成り行き次第では騒ぎになりかねないため、深夜に行動を起こしたのだが……当然、全員が寝こけているわけではない。
「こんな夜更けに何の用だ?」
将軍の執務室、その扉の前には護衛の兵士が立っていた。
「将軍にお目通りしたい。通してくれんか?」
「通すわけがないだろうが! 話を通してから出直してこい」
当たり前と言えば当たり前の対応である。こんな非常識な時間に、新入りで得体の知れない者をはいそうですかと通すわけはない。
だが、アトリア達も引く気は毛頭なかった。
「あー……詳しくは言えないんだけどね、あなたのとこの将軍が何者かに成り代わられてる可能性があるのよ。私たちはそれを止めに――」
こんな話を聞いても、常人ならば与太話としか思わないだろう。いいとこ執務室に入るための出来の悪い作り話という受け取られ方が関の山だ。
だが、兵士の反応はそのどちらでもなく――
「そんなこと知ってるよ」
「え?」
「将軍が誰かと入れ替わったことなんて、とうの昔に知っているって言ったんだ」
「なんで……」
それを知っていて従っているのか、といった表情。その理由は至極単純明快だった。
「あの人がいなければ俺たちは死んでいた……二年前のあの日にな」
兵士が思い返すのは二年前、この砦を巡っての攻囲戦が最も激しかった時期だ。
「変わっちまう前の将軍は大貴族のボンボンでよ……戦のいの字も知らないボンクラだったのさ。大方戦功を挙げたくて、コネかなんかでぶち込んだんだろうな。幾らここが難攻不落だっつっても、そんなヤツを頭に据えてりゃガタが来るもんだ」
見渡す限りの敵、敵、敵。常に飛び交う矢と呪文。補給を絶たれ、逼迫していく戦況。あの戦場はまさに地獄だったという。
「それでいよいよやばいって時に、将軍自らが指揮を執って少数精鋭で包囲を突破し、補給に向かうだとか言いだした。けどそんなことが出来るわけがないって、ただの逃げ口上だって誰もが分かってた。その時思ったよ。ああ、俺たちは見捨てられたんだなって」
「…………」
「だけどあの人は戻ってきた。どこでやったかは知らんが失った右腕も気にせずに前線に立って指示を出し続けてたよ。ありゃ凄かった――まるで未来が分かっているような的確さだった。まるで別人だよ。俺みたいに護衛として長いこと近くにいれば分かる……口調や装いを真似て見せても、何処か以前と違うところが見えちまう」
ノルンが分からんでもないというふうな顔をする。彼も以前同じようなこと――王に化けていた怪物を見過ごしていた――をしていたことがあったからだ。
まあ彼の場合、その王は元から怪物だったのだが。
「でもそれが何だ? あの人がいなければ俺は死んでいた。今だってそうだ。あのボンクラが将軍のままだったら、今頃ここはリンガイアの領土になってるに違いない。
そうだ、言葉にしてみりゃ単純なことだ――俺は死にたくないからお前らを通さない」
が。この冷血漢にとって、そんな事情など一切関係のないことだった。
「そうか、お前の考えはよくわかった……だがオレがやることに変わりはない」
「っ! 誰か―――ぅぐっ」
大声を出そうとした兵士に対し、アトリアがその鳩尾に拳を叩きこむ。胸当てがへこむほどの衝撃を受け、肺の中の空気が一気に抜ける。
結果、零れ出るようなかすれた声を残し、兵士はくずおれた。
「……殺してないでしょ?」
「オレを何だと思っているんだ…………手加減はした。たぶん殺してない」
「たぶん!?」
「大丈夫、息はしておるよ――さて、行こうかの」
執務室の扉に手をかける。ぎぃと音を立てて開いた扉の先には、今朝見た姿と同じ将軍が立っていた。
今度の今度こそ次で一区切りです。