23 顔のない男
大魔王が冥竜王の敗北を察知する少し前。
「そろそろ地上に出ようかと思っておる」
「そりゃまた急ですねぇ。ボクの主と竜の騎士の決着を見届けるとおっしゃっていたじゃあないですか」
玉座の間にいるのは、いつもの面子。即ち大魔王とその影、死神と竜の娘である。
普段ならアトリアもそこにいるのだが、彼は未だ目を覚ます素振りを見せず回復用の水槽に安置されたままだ。ちなみに王者の剣は彼の戦利品ということで、そのまま下賜されることとなった。
「精霊どもも防諜に気を使っているようだし、ヴェルザーの所には悪魔の目玉が然程配置されておらん。このまま網を張っていても、時間の無駄だと判断した……それに、地上の
大魔王が目配せする前にその意図を汲み取ったミストバーンがす、と手を振る。壁に配置された水晶に、黒いローブを身に纏った魔族の男だった。
「これは……今地上に侵攻してるっていう魔王ですかね? 地上のほうっていうのはこれを指してたんですか。流石バーン様、耳が早い」
「余もヴェルザーに倣い、精強な軍団を用意しようと思ってな。そうなれば必然、兵を纏める者が必要になる……その任をこの者に任せようという訳だ」
「確かに魔王を名乗るだけあってそれなりにはできそうですけど……バーン様が思い描く大軍団を統率する者として適格ですかねェ……」
はっきり言って、現在の魔王――ハドラーはここにいる者全員より弱い。確かに大魔王軍の面子と比べても突出した強さを誇ってはいるが、今一つ物足りない。
スピカの少し下といった程度だろうか。大魔王軍の最上位幹部三人には敵わない、というのがキルバーンの目算だった。
「……目だ」
ぽつりと、影が口を開く。
「その通りだ、ミストバーンよ。この野心と覇気に満ちた眼差し……今はまだ未熟だが、然るべき器を与えてやれば大化けするやもしれん。それなりの将器もあるようだし、な。お前らにはそうはいくまい?」
大軍を率いるには強さだけでなく、将としての器も重要になる。ミストバーンを大々的に表に出すわけにもいかぬし、キルバーンなど将としての資質の正反対を行っているような男だ。
本質的にバーンに忠誠を誓っていない竜の父娘に大軍を任せるわけにもいかない。
だからこそ、魔王ハドラーを選んだという訳だ。
「怪物どもの特性に応じて編成された六つの軍団……ミストバーンとアトリアにはそれぞれの軍団の指揮を任せる。キルバーンはそのまま、暗殺を続けて貰おう」
ハドラーより強い筈のミストバーンが、ハドラー傘下の軍団長となる……その意図を瞬時に察した影の男は、黙して頭を下げる。
要はお目付け役だ。ハドラーが正しく軍を運用できるかの。
そして、この場にいて言及されていない者が一人。
「……あれ? 私は?」
「スピカか……そなたには別に、やってもらうことがある」
そう言って大魔王は可笑し気に微笑を浮かべ、持っていた杯を口元に傾けた。
――――――――――
「だからっていきなり地上に放り出すのはどうかと思うのよね」
「まあそう言うな。一人じゃないだけ幾分かマシだろう」
お祭り騒ぎのような喧噪のなか、石造りの大通りを並んで歩く二人。当然だが、二人とも
ここはリンガイアの街中。魔王ハドラーが討伐されたという一報が世界中に広まり、現在はどこの国へ行ってもお祭り騒ぎであった。
『ハドラーとの接触はこちらで行う。そなたは地上で人間たちに紛れ、社会に溶け込むのだ。今は旅人として各地を回り、見識を深めるがよい。任務があれば追って知らせる』
これが大魔王からの指令。聞く話によれば魔王ハドラーとの接触は成功したらしく、その本人は勇者との戦いの傷を癒すため眠りに就くということだった。
そこでスピカたち地上潜入組は、人々が浮かれているいる今ならば紛れやすいということで地上に出たという訳だ。
「しっかしあなたと組んで仕事することになるとは奇遇ねぇ……ザムザ。ま、知り合いの方が色々とやりやすいし。今後ともよろしくね」
「確かにお前となら退屈しなさそうだ。オレは超魔研究との掛け持ちがあるからずっと居られるわけではないがな」
「……で、結局のところ具体的には何してればいーのよ」
その言葉を聞いたザムザははぁ、とため息をつき、下された命令の意図を説明する。
「地上について知る、というのもあるだろうが……この間にある程度オレ達の名前を広めておく必要がある。要は十五年前からオレ達という人間が居たという証拠を作ることで、例えば国の中枢とかに入り込むときに怪しまれづらくなるってことだろ」
「ふ~ん……あんた、頭いいのね」
「お前な……」
「あ! でもそれならあんた嬉しくなったら高笑いするのやめたほうがいいんじゃない? ほら、キィ~ヒッヒッヒ! ってやつ。あれ多分人間に見られたらドン引きされるわよ」
「……お前な…………」
「冗談よ冗談。それより、名を挙げろってことは……要するに力を見せつければいいんでしょ?」
大魔王軍の中でも比較的まともというか穏健な考え方のスピカではあるが、やはりそこは魔界出身。
どことなく脳筋な感じがその言動からは滲み出ていた。
「間違ってはいないが……魔界にいた時と一緒に考えるなよ?」
「流石に分かってるわよ。……これなら私たちの強さをアピールできて、名声も得られてお得じゃない?」
そういってスピカは、町の掲示板に貼られていた一枚の依頼書を剥がす。
そこに記されていたのは――
「城塞跡に巣食うモンスターの調査もしくは掃討……まあ、これが無難なところか」
「遠いわねー……」
空中を飛ぶ二人の眼下には、ひたすらに広がる森と山脈のみ。
依頼を受けた彼らはその足で直接、地図に記された依頼の場所へと向かっていた。
「まぁそう言うな。どのみちここに不穏分子が居るというのなら……依頼に関係なく排除しなければならない所だ。この近くの山脈には、
「ああ、鬼岩城ってやつね……それにしてもホント森しかないわね。昔の人間が不便すぎて管理を投げ出したってのもちょっと分かる気がするわ……」
彼らが向かっているのは現在はリンガイア領土ではない、旧ルビア領土のとある要塞。
そこを基点としてアンデットたちが湧き出ているのが狩人に偶然発見され、原因の調査もしくは排除を願った、というのが依頼人の言だった。
「オレ達は飛べるからさして関係ないがな……そら、見えてきたぞ」
山脈の中腹にある切り立った崖。その上には古びた城塞が建てられていた。苔むし、罅の入った城壁は年月の洗礼を如実に表している。
確かに人間にとっては鉄壁だろう。正門以外からは到底侵入できそうにない地形に、一方的に上から打ち下ろせる形の城壁。
それらの防衛機構は飛べる者に対して意味を為さないが、人間同士の戦でそれを考えろというのは酷な話だろう。
飛翔呪文を使える人間などそうは居ないし、少数であれば弓矢などで迎撃できるからだ。
「なーんか不穏な感じがするわね。歓迎されてないみたいだし」
近づくほどに伝わってくるこの感覚。暗黒闘気に近い、黒い靄のようなものが砦を覆っている。
そして城壁の上に目を向ければ、そこには弓を構えた骸骨の兵士たち。
あまり穏便な雰囲気とは言えなかった。
「話の分かる奴なら勧誘してもと思ったが……あまり期待できないな」
それは何故か。二人に矢を向けたからか?そうではない。
この程度で二人をどうにかできると思ってしまうほど――相手の程度が低いと判断したからだ。
「あんたと一緒に戦うのは百年ぶりくらいかしらね……ついてこれる?」
「フン、馬鹿にするなよ……行くぞ!」
「ええ――ひと暴れと行きましょうか!」
二人が射程圏内に入ると同時に、城壁に並んだ不死者の兵士たちが弓を引き絞る。
だが放たれた矢の雨が、二人に届くことは無く。
何故なら、スピカの両手より生まれた真空の竜巻がその全てを絡め取ったからだ。
「……ったく、こんなしょうもない攻撃を受ける身にもなりなさいっての!」
「全くだな……ヒャダルコ!」
「ほーらっ! お掃除の時間よ!」
「カカッ……カァッ!?」
ザムザが放つ氷塊をも竜巻は取り込み、その中はまるで撹拌機のような様相を呈する。
骨の身体は打撃に極めて弱い。質量物が渦巻く氷の竜巻に吞まれた骸骨たちは、瞬く間に粉々となって風に散り行き消えていった。
城壁の敵を片付けた二人が、砦の中の開けた場所――練兵場に降り立つ。
「……マ……? 読めないわね」
壁に貼り付けてあった、錆付いた鉄の板。最早そこに書かれていた文字を判読することはかなわないが、それはこの砦の名を記したものだった。
「おい! 新手が来るぞ」
がしゃり、がしゃりと。鎧兵士の足音が四方から。
扉という扉から、大量のさまよう鎧が二人を囲うようにして現れる。
隙間一つない包囲に、揃った足音。妙に統率の取れた動きから、それを操るものの存在を感じ取る。
「やっぱ親玉がいるのね……さっさと片付けて奥に行きましょ」
「次はオレが行く!」
鎧兵士の群れに走り出したザムザに振り下ろされる剣は、しかし闘気を込めた腕に阻まれる。
更に腕を跳ね上げ、がら空きになった胴に、
「でやあっ!」
拳の一撃。嫌な音を立ててひしゃげた鎧兵士は、そのまま倒れた。
そして倒したことによって空いた、敵中に空いた空白に入り込み両手を突き出す。
「食らえッ! ベギラマァッ!!」
極大の領域に限りなく近づいた、両手からの
更に彼はその体制のまま回転することで、周囲の鎧兵士たちをすべて焼き切る。
以前スピカと共に戦った時とは見違えるような成長。百年以上に渡る弛まぬ鍛錬が、その強さを実現させていた。
「やるじゃない! 中々強くなったんじゃないの?」
「当然だ! 何のために強くなったと思って――」
ザムザの顔に得意げな笑みが浮かぶ。長きに及ぶ鍛錬を続ける活力の源となった人物が目の前にいるのだ。それも仕方ないと言えた。
――そうだ。オレはお前と肩を並べて隣に立つために――!
「私も負けてられないわね! 行くわよ――
「……は?」
天より降り注ぐ轟雷。剣に湛えられたその輝きの強さは、そのままこの技の壮絶なる威力を示唆していた。
桁違いの力を前に、ザムザはただ立ち尽くす。遥か昔のあの日に感じた、彼我の大きな溝は埋まっていなかったということを実感して。
「纏めて消し飛びなさい! ギガスラッシュッ!」
稲妻の剣閃は鎧兵士の群れを何の抵抗もなく消し飛ばし、その向こうの壁を砕き散らした。
幾ら彼が研究の合間を縫って過酷な修練に身を投じようとも、彼女もまたその間に死闘へと身を投じている。
それに加えて彼女は、戦いの為だけに造られたといっても過言ではない最高に近い肉体と才能を持つ。
両者の差は、そう易々と埋まるものではなかった。
「…………」
「粗方片付いたわね。次が来る前に行きましょう……どうしたの?」
「……いや、何でもない。そうだな、行くか」
「何処へ行くのかね」
「!?」
背後から掛けられた声。前後の敵は二人が全て一掃し、ここには誰もいない筈なのに。
その者はいつの間にかそこにいた。
軍服を纏い立っていたその者には、顔が無かった。顔があるはずの顔面は、まるで鏡のような光沢を放っていて。ともすれば見たものの顔が映り込みそうなほどの。
城塞を覆っていた黒い靄が、その者を中心に渦巻いていく。
もはや彼が鎧兵士や骸骨兵士を率いる頭目だということは、一目で分かるだろう。
「ごきげんよう、魔王軍の諸君。ようこそ――我が城塞へ」
「ふーん? 一目でばれるような杜撰な変装をしたつもりはないんだけどね」
変身呪文は損傷を受けなければ解除されない。このレベルの敵を蹴散らすのに二人がダメージを貰う道理もなく、二人の姿は地上を訪れる際に変化したもののままだった。
しかしその擬態を、彼は一目で見破って見せた。あまつさえ、二人が魔王軍に所属しているということも。
「分かっているなら話は早い。魔王軍に付く気はあるか?」
「いいや。私は誰の下にも付かない。君たちが私の下に付くというなら――」
「あっそ。じゃあ死になさい」
即座にスピカが剣を携え飛び掛かろうとした、その刹那。
「そうか――残念だ」
顔のない男が指を鳴らす仕草をする。その瞬間、二人の動きがぷつんと、何かが切れたように止まった。