できそこないの竜の騎士   作:Hotgoo

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24 未来の勇者(偽)

 ここはどこだ?今はいつだ?何もかもが曖昧で、何をしていたかもわからない。

 

 「う……」

 

 段々と視界が鮮明になってきた。石造りの部屋、液体の沸き立つ音、カプセルに入った怪物(モンスター)たち。

 ここは――この見慣れた風景は。

 魔界にあるオレたちの家。オレは父の研究所にいたのだった。

 

 そして、目の前で背を向けていた小柄な老人がこちらへと振り向く。

 

 「はぁ……つくづく使えんのう、お前は」

 

 「父、上……」

 

 オレの世界には、自分と父上しか存在しない。それ以外のものは全て道具に過ぎない。

 そして、父上にとってはオレすらも道具の一つでしかないということも、分かっていた。

 それでも。そんな狭い世界においてただ一つだけ抱いていたささやかな望み。

 

 「お前にはほとほと呆れ果てたわい」

 

 ただ、褒めてほしかった。労ってほしかった。心のこもった言葉で。一回だけでもいい。

 父上だけが世界の全てだった。見捨てられることなど考えもしたくなかった。

 

 「のう? ザムザ。使えん道具がどうなるか、ワシは前にも言ったはずじゃがのぅ?」

 

 そう、オレはただ――父上に認めてほしかった。

 

 「ザムザ……お前はゴミじゃ。お前は――もう必要ない」

 

 

 ――いや。違う。

 

 

 「ヒ……」

 

 「あぁん? ゴミはゴミらしく――」

 

 「キィ~ッヒッヒッヒ! まったく、笑わせてくれるな! 父上――いや、親父!」

 

 自分にはもっと欲しいものがある。黴臭い研究所で、ありもしない肉親の情を求め続ける必要もない。

 やるべき事を思い出した。そして今、自分がどんな状況にあるのかも。

 

 「必要ない? それはこっちの台詞だ! 親父はもう、オレの世界には要らんのだ!」

 

 「なっ!? ザムザ、貴様……!」

 

 「自分で言っていたよなぁ!? 役に立たぬものはゴミだと! あまつさえオレの道の邪魔をするならば、それは最早ゴミの中のゴミ――ゴミはゴミらしく、廃棄処分しないとな!」

 

 そうと分かっていれば、こんな所で立ち往生している暇はない。まやかしの世界を打ち破るべく、動き出す。

 

 「貴様、まさか見破って――」

 

 「少し情報が古いんじゃないか? 消えろ! 親父の幻影と共に!」

 

 親父の姿をした何かの首をひっ掴み、力任せに引きちぎる。蒼い血が噴き出る筈のその断面からは黒い靄のみが噴出し、やがて周りの全てが霧と化し散っていった。

 辺りを見渡せば、先ほどまでの城塞の風景。どうやら無事、現実に戻ることが出来たようだ。

 

 「キサマ……!」

 

 顔のない男もそこには居らず、渦巻く黒い靄の中から声が聞こえて来るのみ。やはり先程の姿もまやかしで、本当の奴の姿はただの黒い靄に過ぎなかったということだ。

 さて、種明かしをする前にまだやることがある。寝覚めの悪い寝坊助を叩き起こしてやらねば。

 スピカが居た地点を覆う黒い靄の球体。その中へと迷いなく手を差し入れた。

 

 「世話を焼かせるんじゃない! さっさと起きろ!」

 

 出会ったときとまるで逆の構図。

 数瞬が経った後、差し入れた手を握り返す暖かな感触を感じた。

 

 

 

 白亜のみが広がるだだっ広い部屋だったそこは、今では所狭しと血の紅に染まっていた。

 そしてそこらに転がるは、自分の姉や兄だったもの(・・・・・)

 白と紅のコントラストに彩られたその惨劇の中心に蹲っているのは一人の少女――自分だ。

 

 「何故だ……!」

 

 閉ざされていた扉を開き部屋に足を踏み入れた一人の男は、繰り広げられた惨劇に眉一つ動かさずそう吐き捨てた。

 白衣を纏ったその男は私の恐怖の象徴であり、そして父親でもあった。

 

 「竜の紋章は何故発現しない……!」

 

 毎日のように与えられる苦痛と絶望。父親だと思ったことは一度たりともないし、憎からず思っている筈もない。

 

 「ひ……っ!」

 

 それでも、その狂気と執念の籠った視線を受けるだけで。

 身体は恐怖に震え、ただの人形に成り下がってしまうほどに、私は折られて(・・・・)しまっていた。

 

 「何が足りない? 更なる苦痛か? もっと深い絶望か? それとも――いや、そんな筈は無い! 俺の最高傑作が出来損ないである筈など……!」

 

 身勝手なその期待も、私の中に見出した自分の鏡像に向けられたものに過ぎず。

 ひたすらに孤独な地獄の時を過ごすうちに、私の心は摩耗しきり、残ったのは恐怖のみ。

 

 「そうだ……! きっとまだ足りないだけだ。もっと強い苦痛と絶望が……! そうと分かれば、出来の悪い娘には罰を与えねばなぁ……!」

 

 眼前に迫る掌が視界を覆い、世界を暗闇へと染めていく。

 諦観と共にその身を委ねようとしたところで―― 

 

 ――世話を焼かせるんじゃない! さっさと起きろ!

 

 暗闇に亀裂が入り、世界が崩れ光が差し込む。どこからともなく響く声を聞き、私は全てを思い出した。 

 

 「もうあんたの言いなりにはならない……!」

 

 「貴様ッ……!」

 

 翳された掌を振り払う。触れたそばから黒い靄となって散りゆく過去の幻影が忌々しげに末期の言葉を吐いた。

 

 「お前が父と慕う男はもう目覚めない! 永遠の孤独に身を置くくらいならば、ここで死の安息に身を委ねたらどうだ?」

 

 「冗談も大概にしたら? 父さんはあんなんで死ぬタマじゃないっての! それに――私はもう、一人じゃない」

 

 周囲の風景すらも形を無くし、全てが黒霧となり霧散していく世界の中、声とともに差し出されたその手を戸惑いなく掴み取る。

 答えの分かりきっている問いを投げかけると、闇の向こうから少し恥ずかしげな声が聞こえた。

 

 「――ねぇ、ザムザ。なんで私を助けたの?」

 

 そう。一人で恐怖に震えていた、弱かったころの私とはもう違う。

 

 「フン、決まっているだろう――仲間だからだ……小恥ずかしいことを今更言わせるな!」

 

 私には――仲間がいるから。

 

 「ふふっ……ま、そーゆーことよ。あんたはお呼びじゃないってわけ! さっさと消えなさい、過去の幻影よ!」

 

 忌まわしき過去に決別を告げると同時に、周囲の風景が先ほどまでいた城塞のものへと戻る。

 そして私たちの目の前には、顔のない男が再び立っていた。

 

 

 

 黒い霧が生み出した幻から抜け出した二人は、再び顔のない男の前に相対する。

 表情も読み取れない筈のその佇まいからはしかし、以前とは違う何かが感じ取れるようだった。

 

 「ふぅ……なんだかよく分からないけど、戻ってきたみたいね。それじゃ……今度こそ死になさいっ!」

 

 分からないなりにも状況を把握し、剣を携え飛び掛かるスピカと、その後方で何やら考え込みながら静観するザムザ。

 必殺の気迫を纏い高速で接近するそれを前に、顔のない男は僅かな動揺と、そしてそれ以上の余裕を滲ませながら正面から見据える。

 そして、先ほどと同じように指を鳴らす仕草を見せた。 

 

 「まさか、自力であれを打ち破るとは……だが!」

 

 その瞬間、スピカの目に宿っていた光が消え、動きが止まる。

 この砦を覆っていた黒い霧の一部が収束し、スピカの周りを覆い――

 

 「二度は通じないっての!」

 

 「……!」

 

 振るわれた剣により霧散する。

 霧の中より飛び出したスピカの目には、再び意志の光が戻っていた。

 

 「タネは分かんないけど、要するに精神系呪文の類でしょ? 来るのが分かってるなら、気を強く持っていれば抵抗できんのよ! さっさとあの世に行きなさいッ! ……あら?」 

 

 しかし、顔のない男の正中線を確実に捉えたはずの斬撃に手ごたえは無く。

 外れた、躱された、ということではない。全くの抵抗を覚えることなくその体は二つに割れ、先ほどの幻影のようにあっさりと霧散した。

 

 「……やっぱりな」

 

 その様子を後方から観察していたザムザが、得心のいったように頷く。

 

 「コイツには実体がない。その正体は暗黒闘気や負の思念が集結した霧状の生命体……この城塞跡に積もり積もった怨念が結実して産まれた怪物(モンスター)……といった所か」

 

 「その通りだ」

 

 どこからともなく声が響く。その発生源は黒い霧が渦巻く空。

 

 「お前は他者に物理的干渉をすることが出来ない代わりに、精神に干渉することに特化した能力を得た……それが記憶の一部を読み取る能力と、様々な呪文への適正だ」

 

 空を覆う黒い靄は嘲るような口調で憶測への回答を告げる。

 

 「全く持ってその通りだ。流石の洞察力……血は争えないというべきかな?」

 

 「キヒヒッ! 下らん揺さぶりはもう通用せんぞ? 自在にその形を変える霧の身体と、変身呪文を組み合わせることで貴様はあらゆる姿を象ることが出来る……記憶から切り取った一場面を再現することすら可能だろうな」

 

 「あー! あれってそういうカラクリだったのね」

 

 「精神混乱呪文(メダパニ)によって一瞬の錯乱状態を作り、記憶を基に作り上げた光景を現実のものとして錯覚させる……これらの組み合わせを用いた精神攻撃によって無防備になった敵を――」

 

 言葉を中断し、背後を見ずに強烈な裏拳を叩きこむザムザ。音を殺して背後に迫っていたさまよう鎧の兜が派手にひしゃげ、後方へと吹き飛んでいく。

 

 「――背後からグサリ。これが奴の必勝法だ」

 

 「なるほど……ねっ!」

 

 それと同時に、スピカも振り向きざまに剣を振り下ろす。バターを切るように両断された鎧が、力が抜けたように左右に倒れ音を立てた。

 

 「お生憎様。こんな雑魚をいくらよこしても意味は無いわよ?」

 

 「フン、だがそれはそちらも同じこと。実体を持たない私を傷つけることは不可能――」

 

 「そーでもないのよね、それが。ねぇザムザ、こいつって要はこの砦に憑りついた幽霊みたいなもんでしょ?」

 

 「……まぁ、間違ってはいないが」

 

 微妙な表情をしながら答えるザムザ。その回答を聞いたスピカは、悪戯を思いついた悪童のような笑みを顔に浮かべる。

 

 「じゃあ、この砦ごと跡形もなく壊しちゃえば、そこに憑りつくあんたはどうなっちゃうのかしらねぇ?」

 

 「な……!?」

 

 冗談のような発言だが、笑みを浮かべながらもその目は本気であることを物語っている。

 そして彼女から滲み出る力から、その発言を実行することも不可能ではないだろうということが感じ取れた。

 

 「そういう方法もなくはないが……あまり事を大きくはしたくない。それに……もっとスマートなやり方がある」

 

 とは言っても彼らがこれから人間の世界に潜伏する以上、そういった人間離れした荒業を用いて事態を解決するのは望ましくはない。

 しかしその言葉は確実に、相手に恐怖を抱かせるのに十分な役割を果たしていた。

 

 「へぇ……面白そうじゃない。聞かせなさいよ」

 

 「なに、そう難しいことじゃない。作戦は――――」

 

 そう言うとザムザはスピカに近寄り、作戦の内容を耳打ちする。

 彼女はそれがお気に召したようか口元を笑みに歪め、剣を握っている右手をザムザの方へと差し出す。

 

 「……いいわね。乗ったわ」

 

 そして彼もそれに応えるように左手を差し出し、重ねるように剣を握る。

 二人は握った剣を、黒い靄が覆う空へと振り上げた。

 

 「行くぞ……合わせろ!」

 

 「分かってるわよ!」 

 

 ザムザが何言かの呪文を唱えれば、二人が握る剣に薄白い光が纏われていく。

 これは魔法剣。ザムザの呪文を利用する形――二人の息が合致していなければできない芸当だった。

 

 「食らいなさいっ!」

 

 二人がその剣を振ると、その呪文の力を乗せた光の刃が黒い空へと放たれる。

 それは空を覆う黒を一瞬だけ切り裂いて見せたが、ただそれだけ。何の痛痒も与えられていないように思えたが――

 

 「無駄だと言っているのが分からんのか!? 貴様らの攻撃は――な、んだ?」

 

 光の刃が切り裂いた場所を基点として、薄白い光が黒い空を波紋のように駆けていく。

 ダメージを受けた様子は無い。何か良くない事をされたという感覚もない。黒い靄の主からすれば、何をされているのかとんと見当がつかなかったが、何か意図があってやったであろうことは間違いない。

 

 「キヒヒッ……これで、おまえの位置は把握した」

 

 「何を言って――!?」

 

 ザムザの発言の根拠。それは魔法剣に使用した呪文――鑑定呪文(インパス)の効用からだった。

 

 「超魔生物の研究という仕事柄、俺はあらゆる種類の怪物(モンスター)の生態、能力について精通していることが求められた……当然、おまえのようなガス生命体や、闘気の集合体のような手合いもな」

 

 鑑定呪文(インパス)――その呪文の本質は、『見極める』という点にある。

 主な使い方は未知のアイテムや、宝箱の中身などの判別に用いられる。その物体の構造を解析し、アイテムであればその効能や使用法、宝箱であれば中に何があるか――それは金銭だったりアイテムだったり、はたまた宝箱に擬態したモンスター(ミミック)であったりする――そういった情報を使用者へと還元するわけだ。

 

 「残念ながら超魔にその特性を活かすことは出来なかったが、代わりに幾つかの発見をすることが出来たのだ」 

 

 とはいっても呪文を使わなければ分からないような複雑怪奇な道具などほぼ無いし、宝箱にしたってそのまま開けてしまう者が殆どだ。そういった事情からこの呪文は余り広まることはなく、一部の物好きや知者のみが習得する呪文となっていた。

 

 「例えば、お前のような身体を持たない怪物を五つに等分し、別々の場所に離してみた実験があった……全く同じ組成で構成されている以上、お前たちに急所という概念はなく、切り離された場合はその量の多寡によってどちらに自我が残るかが判断される、というのが通説だった。ならば完全に等しく、複数に分断した場合はどうなるのかと思い立ってな」

 

 当然、この呪文は戦闘で使うことなど想定されていなかった――通常であれば。

 二人分の魔法力を以て効力を底上げし、魔法剣という理外の術を用いることにより、その効用を無理やり敵対者に付与することが可能となる。

 そうするとどうなるか?

 

 「そしたら、等分されたうちの一つだけが残り、他の全てはじきに霧散した。それをまた等分し、残ったものをまた分ける……それを繰り返していくうちに、ある一定の大きさを下回ると、生命活動を停止することが分かった」

 

 鑑定呪文の効力は全身を解析し、その結果を術者へと伝達する。その結果―― 

 その生命体における重要で、そして脆弱な部分。とどのつまり、急所を見極めることが出来るのだ。

 

 「それは非常に小さく、体内ならば自在に移動させることが出来るため、長らくその存在に気付かれることはなかった……だが、お前たちのような存在にも、急所は存在する。いや――魂が存在する箇所、と言うべきか」

 

 当然、その呪文による情報は術者であるザムザへと齎される。

 少々非化学的な言い回しだがな、と締めたザムザの視界には『それ』が克明に映っていた。

 

 「ま、まさか…………!」

 

 「見える、はっきりと見えるぞ……お前の魂が! キィ~ッヒッヒッヒッ!」

 

 二人の作戦とは、そう複雑なものではない。

 力を合わせた鑑定呪文の魔法剣で敵の核たる部位を突き止め、闘気の扱いに長けたスピカがそこを叩く。

 

 「そんじゃ行くわよ……! 首洗って待ってなさい!」

 

 「おのれぇぇぇっ!」

 

 その目論見をようやく悟った黒い靄は、空を覆っていた黒霧をすべて彼女の周りに差し向ける。

 しかし当然ながらその動きを妨げることは出来ず、視界を覆うだけの悪あがき同然のものに留まった。 

 

 何故なら今の彼女の目は、他にいるからだ。

 

 「俺が指示を出す! 視界に囚われるな!」

 

 「わかってる!」

 

 この作戦を完遂するのに最も必要なもの――それは、信頼。

 スピカは既に目を閉じていた。そして、ふわりと浮き上がる。

 

 「まずは上空50メートルまで飛べ」

 

 「オッケー!」

 

 黒い霧の中を突き進み舞い上がるその姿に、新たに生み出された骸骨の兵士たちが一斉に弓を番える。

 

 「矢が来るぞ!」 

 

 「しゃらくさいっての!」

 

 放たれた矢を躱しているスピカを尻目に、ザムザもまた襲い掛かる鎧兵士たちを蹴散らしていた。

 しかし雑兵たちがいくら束になろうが、彼らを阻むことは能わず。

 

 確実に敵の本丸へと迫るスピカの背中から、あるいは正面から。あらゆる方向から数多の声色が懇願する。

 

 「やめろ」 「助けて」 「やめてくれ」 「来るな」 「嫌だ」

 

 それは彼女の父親(アトリア)彼女の創造主(オラージュ)といった彼女が知る者たちの声であり、そしてこの場所で果てた兵たちの怨嗟の声でもあった。

 

 その声たちとともに、スピカへと幾百、幾千の怨念が流れ込んでいく。体の末端から芯までが、自分でない何かに浸食されていくような感覚。

 近づくにつれて強まる怨念に、相手の本丸に近づいているのは間違いないらしいと確信を強める。

 脳裏にまで響いてくる怨嗟の声に、さしものスピカも苦しそうに顔を顰めた。

 

 「……最後の足掻きってわけ?」

  

 ――試してみるか。

 

 心の中でそう呟いたスピカは一旦、動きを止めた。

 息を吸い、大きく吐き出す。それと同時に、意識を己の内に埋没させていく。

 

 「おい、何を――」

 

 ひたすらに潜るにつれて、聞こえてくる声も薄れていく。脳裏に響く怨嗟の声も、下から届くザムザの声も。

 外界からの全てを遮断し、辿り着いたのは音も光も届かぬ暗闇。

 呼吸すらも忘れ、深海を揺蕩うような感覚の中、思い返すのは父の言葉。

 

 『覚えておけ、スピカ……形あるもの、形なきもの、そして目に見えぬもの。それら全てを切り捨ててこそ、一人前の剣士を名乗ることが許されるのだ』

 

 全ての五感を閉じ、極限まで研ぎ澄ましたスピカの感覚が何かを捉えた。

 

 「――見えた」

 

 意識を浮上させるのと同時に目を開ける。そこには何もない中空が広がるのみのように見えたが、彼女には分かっていた。

 この地より生ずる怨念を纏い、一際大きな邪気を放つそれ。

 この砦を統べる主の、魂の在処が。

 

 やるべきことは分かっていた。そこへ行き、ただ切るだけだ。

 手を伸ばし、縋り付いてくる知己の幻影を、あるいは声を振り払い進む。

 

 「……終わりにしましょうか」 

 

 「ま、待て――!」

 

 手を剣の柄にかけるスピカ。その視線の先は空を見上げるザムザとも一致しており、それは彼女が亡霊の魂の所在を感じ取っているということの証左に他ならない。

 静かに鯉口を切るその佇まいからは、一本の刃の如き研ぎ澄まされた闘気が滲み出る。 

 

 「そこだッ! やれ、スピカ!」

 

 声援を背に受け、ただ無心に剣を振りぬく。

 鞘に込められていた闘気は刃に変じ、巨大な断頭刃と化した剣は一瞬の内に魂の中核を両断した。

 

 「心眼一閃――ってね」

 

 残心のままに剣を鞘に納めれば、変化はすぐに訪れた。

 

 「バ――カ、な……!? こんな、こんな所で、終わる、など……!」

 

 怨嗟か、あるいは悔恨か。引き裂かれるような声と共に、辺りを漂っていた黒い霧が、ほどけるように薄まっていく。 

 下を見やれば、ザムザに群がっていた鎧兵士や骸骨たちも力を失ったように崩れ落ちる様子が伺えた。 

 

 「終わったか」

 

 「ええ」

 

 ふわりと地面に降り立ったスピカ。背から掛けられた声に振り向けば、そこには拳を突き出すザムザの姿があった。

 それを見た彼女はくすりと笑って、

 

 「あんたも丸くなったもんね」

 

 「……言うな」

 

 こつりと、拳を突き合わせた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 「あー疲れた! 地上にもいるところにはいるもんねぇ、それなりの奴」 

 

 「あのレベルの奴はそうそういないとは思うがな」

 

 後始末を終え、町への帰路へと就く二人。 

 とりとめのない話をしながら帰路に就く途中、ザムザは脳裏に思案を巡らせていた。

 

 ――オレがいくら努力したところで、スピカに追いつける日は来ないのか?

 

 自問する。遠き日に感じた力の差は決して埋まらず、両者を隔て続けている。ザムザはその事実をはっきりと感じていた。このままでは彼女の隣に胸を張って並べる日は来ないと。

 それでも諦めることだけはせず、ひたすらに考え続ける。それだけが彼に残された取柄であると、自分で分かっているからだ。

 

 ――オレがスピカに勝っている部分。それは頭脳(ココ)だけだ。

 

 その差を埋めるには、真っ当な手段では不可能だ。ならば、真っ当ではない手段を使えばいいだけのこと。

 彼の思考に、一つの言葉が浮かぶ。それは彼とその父の研究の結晶であり、唯一手が届きうる圧倒的な力。

 

 「……超魔、か」

 

 「……? なんか言った?」

 

 「いや、なんでもない」

 

 「そう? それより、私決めたわ。地上では勇者を名乗ることにしたの! 電撃呪文も使えるし、いかにもって感じじゃない?」

 

 「それならオレは賢者か? ……ま、悪くはないな」 

 

 この件を皮切りに、地上に現れた新たな勇者――スピカの名は、次第に広まってゆくこととなる。

 平和な時代に生まれしアバンに次ぐ二番目の勇者。その仮初の名声の真実が白日の下に晒される時は未だ来ない。

 世界を救いし大勇者ダイ。その冒険譚が綴られる時が来るまでは。

 

 

 

 

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