ただひたすらに、魔界の中天を飛ぶ。
相対する二人の下を飛び去り、三分ほどか。戦場を覆う真紅の光幕にぶつかったが、冥竜王の推察通り、抵抗なく抜けることが出来た。
恐らく、地下への入口も魔法陣と同じく隠されているだろう。だが、同じような手法を用いていると分かれば、見つけることは難しくない。
眼下を見下ろしてみれば、何も無い不毛な荒野が広がるばかり。だがそのある一点に、なんとはなしに違和感を感じた。
注視すると、やはり他の場所とは違う。地面の皹の入り方や僅かな起伏によって織り成される模様――それらが規則的になっている、といえば分かるだろうか。
これらが自然に出来ることはほぼ有り得ないと言っていい。つまり、人為的に魔法か何かで隠されている、ということ。
「……ここか」
強く地面を叩いてみれば、帰ってきたのは金属音。掛けられていた隠蔽が解け、合金らしきもので作られた地下への扉が現れた。
表面に帯びている魔法的な封印は、恐らく
ここは力ずくでお邪魔するとしよう。
ふぅ、と息を吐く。一息ついてから、剣に纏わせた
「爆裂斬りッ!」
爆裂・魔神斬りのダウングレード版といったところか。扉を壊すためだけに極大魔法を使っていては体が持たないし、非効率的だ。
大穴が開き、歪にひしゃげた扉の先に広がるのは、先ほどまで来た方向――戦場がある方だ――に広がる、先の見えぬほど長い階段だった。
階段を下りながら思案を巡らせる。
この先にいるであろう結界の術者は恐らく、あの時に会った何者かだろう。
そもそも会ったところでどうするというのだ?対面したとき、今度こそ戦いは避けられないだろう。
……会ったときに考えればいいか。思考を放棄して、ひたすらに続く階段を下っていく。
ようやっと平らな地面に足が着いたと思った途端、真っ暗闇に警報のような音が鳴り響く。
『侵入者ヲ検知。侵入者ヲ検知。コレヨリ迎撃システムヲ起動』
そのような音声とともに、ガチャガチャとした機械音が聞こえてくる。暗闇の中に現れた赤い対の眼光が、自分を取り囲むようにして現れた。
これが迎撃システムとやらだろう。何にせよ、邪魔をするなら蹴散らすだけだ。
ゆっくりと瞼を閉じる。この暗闇の中ならば視覚に囚われる必要はない。鞘に収められたままの剣に右手を置き、その場に佇み、相手の動作音、空気の流れを感じ取る――視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、その時をただ待つのみ。
複数の音が、空を切りこちらへと向かってくる。その全てが己の間合いに入ったことを認識し、そして――抜刀一閃。
金属がずれて落ちる音のあと、もうそこには音を発するものはいなくなった。
さて、当面の邪魔は払ったものの、この暗闇では色々と不都合だ。まずは明かりを灯すとしよう。
「
その呪文を唱えた瞬間、己の背後に不可視の光源が現れ、辺りを照らす。範囲はおおよそ半径10メートルといったところか。なんにせよ、普通に行動する分には十分な範囲だ。
周りを見渡すと、真っ二つに両断された鉄くずがそこらに転がっていた。
先に続く道は、左右に分かれていた。一見してみても特に手がかりになるものはない。迷っているくらいなら、どちらかの道をさっさと選んでしまうほうが合理的だろう。
右の道を選んで道なりに進んでゆくと、この施設が何なのか、多少なりともわかってきた。
まず、ここが何らかの研究施設であること。通りがけに適当に入った部屋にあった実験器具などから分かったことだ。
そして、自らが通ってきた通路が弧を描いていること。おそらく、それは反対側の通路も同じで、円を描くような形で繋がっているのだろう。先ほどの考えは間違いではなかったらしい。
そしてここまでその円の内側に繋がる道がないことから、そこに何かがあるであろうことは推察できる。
壁を破壊して内側に入ることも考えたが、何らかの呪法が掛けられているのか、かなりの硬さを誇る上に、その壁の尋常ではない分厚さから、それなりのリソースを割かねば破壊できないと判断。
これからも戦闘が予測されるのに、それは得策ではないといえるだろう。
時折現れる迎撃システムや罠を斬り捨てながら、何の飾り気もない白亜の道を駆け抜けてゆく。それから少ししてから、他のものとは一風変わった扉を見つけた。他の鋼鉄の扉とは違い、青い合金でできた扉に貼り付けられているプレートには『主任専用実験室:警備レベル5』と記されている。
いかにも重要な何かがありそうな部屋ではある。恐らく上で出会った敵の頭目――オラージュが使っていた部屋だろう。
おそらく彼以外は入れないようになっているのだろうが、どうせ壊して入るので関係ない。今までもそうしてきたし、これもそうだ。適当な魔法剣で扉を真っ二つにした。
扉を開けてまず感じ取ったのは、むせ返るほどの血の匂い――死臭。警戒しながらも部屋の中に入るが、周囲に動く物の気配はない。辺りを見回すと、その死臭の原因はすぐに分かった。大部屋の中心に配置されている巨大な手術台から、血溜りが広がっている。
一番奥にある人が入りそうなサイズをしているカプセルや、雑多に置かれている機械や実験器具を見るに、ここは実験室だったのだろう。それも人や魔族などを使った生体実験が行われていたことが推測できる。
ともかく、一々細かく調べている暇はない。
奥のテーブルに無造作に置かれていたノートと、壁に提げられていた鍵束を掴んで、部屋を出る。再び純白の一本道を進みながら、持ち出したノートに目を向けた。
どうやらここで行われていた研究についての日誌が記されているようだ――
1
究極の生物とは何か。魔界において少しでも長生きしている者たちならば、こう答えるだろう。神々が創りたもうた最高傑作――竜の騎士であると。
無論、究極=最強という意味ではない。単純な強さと言う点では、魔界を統べる大魔王や知恵持つ竜など、神代から生きてきたものたちに軍配が上がるだろうと思われる。
だが、竜の騎士は20年かそこらでそいつらと同じ土俵に上がれるほどに強くなる。これを異常と言わずして何と言う?
現に、古代からの実力者や知恵ある竜たちが竜の騎士に粛清された、なんていうのは魔界の歴史を紐解けばちらほら出てくる話だ。
しかし、その竜の騎士にも決定的な欠陥がある。
人間をベースにしているが故に、短命であるという点だ。
この欠陥を克服するため、魔族の体をベースに竜の騎士を人為的に産み出せないかと私は考えた。
そうして真なる究極の生物を創り、己の手駒とすれば、奴を討ち取ることも不可能ではないはずだ。
早速研究に取り掛かるとしよう。幸い、検体には困らないのだから。
2
実験体一号は失敗だ。
もとより竜の騎士を構成する要素の一つである人間の体と心。これらは力に何ら影響しない、むしろ邪魔なのではないかと思っていたが、一概にそういえるものではないらしい。
人間の要素を抜き、竜と魔族の遺伝子のみを使用した生命体を産み出そうとした結果、その二種族の力が体の中で衝突したのか、目も当てられないドロドロの何かとなってしまった。
当然生きているはずも無く、こうなってしまってはただの生ゴミにしかならない。
廃棄処分としておく。
3
実に不快だ。
前回の失敗を鑑みて、使用するサンプルや配合の割合を調整した結果、実験体二号は魔族としての形を保ったまま生を受けることに成功した。
だが、相変わらず二つの力が反発しているせいか、竜の力を持たない、外見に竜の特徴を残すだけの出来損ないが産まれてしまった。
こいつを見ていると、昔の自分を見ているようで非常に苛々させられる。
即刻廃棄処分。
10
奴が死んだ。冥竜王との決戦に敗北したとの情報が入ったそうだ。
自らの手で引導を渡したかったが……仕方ない。
その代わりに奴を殺した冥竜王――ヴェルザーを殺すこととする。
そうすることで私は奴を――ボリクスを超えることができるだろう。
そのためにも研究を迅速に進めていかなくてはならない。そのうち冥竜王による残党狩りも始まるだろう。
雷竜の子という立場を利用すれば、戦力を集められるかもしれない。ちょうど検体やサンプルも不足してきたところだ。要検討だな。
23
地上に侵攻する魔王が現れた。魔界の猛者が地上を求めて侵攻し、そのたびに竜の騎士に粛清される。
幾度と繰り返されてきた光景だ。だが、今回に限ってはその光景が繰り返されるかはわからない。
大所帯を引き連れ1000年もの間生き続けていた大物だ。もっとも、そいつが闘った光景を見た奴は未だにいないと言われているが。
ともあれ、そこまでの大物が地上に出るとなれば竜の騎士が出張ってくるのは必至だろう。
うまくやれば、実物のサンプルを取れる可能性もある。
その軍勢に間諜を紛れ込ませておこう。奴は魔界でも極めて珍しい博愛主義だというから簡単だろう。戦いのドサクサにまぎれて竜の騎士の血でも採取できれば最高だ。
36
研究の方は芳しくない結果が続いているが、進捗は見られる。
研究を重ねた結果、竜の力と魔族の魔力を持つ個体を創ることには成功した。
だが、どうやら竜の力は相当な影響力を持つらしい。魔族をベースにしたはずなのに、知性も持たない、竜を人型に押し込めたような歪な怪物が産まれてしまったのだ。蜥蜴人が一番近いだろうか。
この現象は知恵もつ竜たちが後世に知性を引き継いだ個体を全く残せなかった現象に相似点が見られる。
力を保ったまま魔族を姿を取った者を創ったり、知性を持たせる試みは全て失敗した。
一応強力な怪物程度の戦力は期待できるだろう。一応魔法も使える。戦略を考える頭などは無いが。
研究の過程で産まれた10体程度の個体は、使う時が来るまで牢に閉じ込めておくとしよう。
42
結局、件の魔王も竜の騎士に敗れ去ったようだ。
だが、その配下に送り込んでいた間諜が、決戦が行われた場所から血のサンプルを回収できたようだ。
しかし、その血を解析した所、竜の騎士でもなんでもないただの人間の血であることがわかった。
その役立たずは後で処分するとして、このサンプルもこれはこれで使いでがある。
要するに、この血はおそらく竜の騎士の仲間、つまり人間の中でも最高峰の強さを持つ者のものだろう。
今後なんらかの用途で必要になる場面が出てくることは十分にありうる。
丁重に保存しておこう。
48
予想通り、雷竜の名を使ってボリクスの配下だった者たちに呼びかけた所、それなりの数が集まってきた。竜の姿を持たない私が気に食わない奴もいたようだが、力を見せ付ければすぐに黙った。
冥竜王の残党狩りも苛烈さを増してきた。集まってきた奴らによると強力な刺客を送ってきているらしく、多くの仲間が殺されていたという。未だそいつと戦い生還した者はおらず、奴らはそいつのことを「処刑人」と呼んでいた。
この調子では思ったよりも時間は稼げないかもしれない。この拠点を知るものはもはや外部にいないとはいえ、丹念に調査されれば見つかる可能性はある。
残党狩りの最後のターゲットは自分になるだろう。たが、策はある。
大量の竜の血を捧げて描く古の結界呪法。これで奴を封じ込め叩き、最後にこの施設を砲身に一切合財を消し飛ばす。部下に手に入れさせた黒魔晶を使えば可能になるだろう。
なんにせよ決戦に備え研究を急がねばなるまい。
67
実験体は43号までを数えるようになったが、未だ成功の兆しは見られない。
魔族と竜の血だけでは限界があると判断し、人間の要素も取り入れた実験体を作成した。
これが中和剤のように作用したのか、力と魔力を両立した個体を創ることには成功したが、問題点も多い。
最大の問題は魂が宿っていないことだ。これではいくら強かろうと、ただの動かない肉人形に過ぎない。
もうひとつは力の割合が魔力に偏っていることだ。単体で全てをこなせるからこその竜の騎士であって、弱点が生まれてしまうのはよろしくない。
これらに関しては新たに取り入れた人間の血が影響していると予測される。
元より人間と魔族は子を為せるほど親和性が高く、魔族の力が強く出たのもそのせいだろう。
魂に関しては、肉体の強さに反して精神が追いついていないためだと思われる。この研究によって完成するのは竜の力と魔族の体と魔力、そして人の心を持った究極の戦士。
その器の強大さに只人の心では耐え切れないのだろう。
早速、例のサンプルの出番が訪れたかもしれん。
だが、あれはごく少量しかなく、使用できるのは一回のみ。ここから実験を重ね、それ以外の課題を解決していくことが先決だ。
この個体は数体作成し、魔力タンクとして運用する。これで黒の核晶に込める魔力を賄えるだろう。
77
ついに完成した。
研究に研究を重ね、実験を繰り返し、ついに我が最高傑作は完成した。
完璧なる力の調和にして究極の生物。人造竜の騎士――実験体百号が。
魔族の身のままでありながら、身体能力・魔力・知性が平均のそれを軽く凌駕している。
精神と身体ともに何の異常も見られず、至って健康だ。
自分でもこれ以上のものは創れないといえるほどの出来である。
唯一にして最大の懸念点を挙げるならば、竜の紋章だろう。
通常の竜の騎士の紋章は成年への成長とともに発現するため、幼体の現在ではその存否を確かめる方法はない。
訓練と教育を施しつつ、経過観察を行っていくこととしよう。
82
経過は極めて順調だ。
能力の成長にも陰りは無く、異様とも言える速度を見せている。
その上、電撃呪文の習得も確認された。最も、サンプルに雷竜の血を引いたドラゴンを使っているのだから、元より使える可能性はあった。
だが、今までの失敗作どもはそれすらも出来なかったのだ。
ともかく、研究のほうは最早年月が経つのを待つのみ。
しかし、各地に散らした雷竜の犬どもも連絡が取れない者が半分を超えた。
残された時間は思ったよりも少ないようだ。
91
何故だ?何故竜の紋章が発現しない?
実験体百号の完成より50年。魔族が成人するには十分すぎる時間だ。
確かにこの肉体は究極の生物と呼ぶに相応しいものだった。現に僅か50年で配下の幹部に匹敵、あるいは凌駕するほどの強さを身に着けている。電撃呪文も不自由なく使用できる。
それなのに何故だ?竜の紋章だけは発現しない。
完成間近のパズルの最後のピースをどこかに隠されたような……そんな歯痒さと憤りを感じる。
99
認めざるを得ない。実験体百号すらも失敗作であるという事を。
結局、あらゆる手段を用いても竜の紋章の発現は確認できなかった。
極限状態に発現するという文献を読み、徹底的に追い詰めた。強い感情の発露とともに現れると聞いて、あらゆる苦痛を与えた。戦いの中で覚醒することを期待し、100日間休む間もなく戦わせることもした。
だが、どのような試みも私の望む結果をもたらすことは無かった。
なぜだ?竜の紋章は神による賜物で、下界の者たちには触れ得ぬ領域にあるとでも?
それとも、まさか……人間であるからこそ発現するのか?魔族や竜に比べればちっぽけな、火花のような一瞬を生きる人間にのみ許された、一抹の輝きこそが、あの紋章なのか?
だが、いくら考えてももう遅い。目ぼしい幹部どもは全て始末され、残るは私と竜の雑兵が一万と少しだけ。
私に『次』を考える時間はもう無い。
100
全てを併せ持つ者を天は許さない。
三界の均衡を崩すものは竜の騎士に粛清され、その竜の騎士も定命に縛られる。神々は弱き人間に太陽を与え、魔族と竜から地上を奪った。そして神代の竜たちからも、その強さ故に、その血脈から知恵を剥奪しようとしている。
神々が持ちすぎた者の誕生を許さないというならば。
遍く産まれる全ての生命は欠けていなければならないと言うのであれば。
欠けている所は、埋めればいい。
足りないならば、足せばいい。
はじめからこうしていればよかった。
記述はここで終わっている。
日誌を読み終わり、進んだ距離はちょうど半分といったところか。恐らくここは入口の正反対の場所にあるということになる。
日誌を懐に仕舞い、目線を元に戻す。そこには、円の内側へと続く重厚な大扉が鎮座していた。