できそこないの竜の騎士   作:Hotgoo

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気が向いたらお気に入り、評価や感想オネシャス


9 真の竜王

 

 天蓋を突き破り、雪崩れ込んできた混沌の濁流。

 それに押し流されるようにして落ちてきたのは、ぼろぼろになった冥竜王だった。

 なかなかに手酷くやられたようだ。

 そのまま周囲を見渡した冥竜王は目聡くこちらを見つけ、声を掛けてきた。  

 

 「チッ、やってくれたな……アトリアよ、結界の解除はまだか?」

 

 結界……今後ろで休んでいる少女が、恐らくその術者なのだろう。

 だが、それを知れば冥竜王は少女を始末するよう言うに違いない。

 

 「いいえ、ですが黒の核晶のほうは既に処理しました」

 

 「そうか……で、その女は何だ?」

 

 「……結界の術者かと思われます」

 

 だが、それに従うつもりもない。ただただ命令に従って生きるより、己の欲望に従って生きたほうが遥かに良いと、冥竜王自身だって言っていた。

 

 「は?何故生かして――」

 

 その言葉が続くことは無かった。天蓋に空いた大穴から降り立った、一匹の化物の咆哮に掻き消されたからだ。

 

 「ヴェルザァァァァァ!!!!!!」

 

 なんだ、あの化物は?竜を不器用に継ぎ接ぎしたような醜悪な姿――あれが先程見たオラージュの真の姿なのか?

 漂わせる荒々しいまでの力とは裏腹に、その瞳には未だ深い知性が伺えた。最も、理性の方は完全にかなぐり捨てているように見えるが。

 いや、姿形自体はどうでもいい。問題は――明確に分かるほど、奴がオレより強い、と言うことだ。

 その化物は、座り込んでいる少女を見やって、こう吐き捨てた。

 

 「奴は……敗れたか。核晶(コア)の起爆までの足止めも出来んとは……出来損ないが」

 

 失敗作に向けるような、侮蔑と失望に塗れた視線――それを向けられた少女は、激しい怯えを露にする。

 身が震え、額には脂汗が浮かぶ。余程の恐怖を刻み付けられていなければ、こんな形相は見せないだろうと思えるほどに。

 その視線を遮るように、少女の前に立つ。

 

 「はっ……! その出来損ないに情でも沸いたか?」

 

 しかし彼女に敵意の視線を向ける存在は、眼前にそびえるオラージュだけではなかった。

 

 「その女が結界の術者なのだろう、さっさとどうにかしろ」

 

 どうにかしろとは言うが、一番手っ取り早い方法は術者を殺すこと。暗に少女を殺せといっているのと同じようなものだ。

 だがまあ――死神(キルバーン)の言葉を借りるならば、命令に従う義理はあっても義務はない、といったところか。

 

 「……結界の解除は出来るか?」

 

 こくりと小さく頷いて、やってみると言わんばかりに結界の中心に両手をかざす少女。

 小さく震えるその手に、魔力が収束しかけるが――

 

 「やってみろ。またこの世のあらゆる苦痛を味あわせてやるぞ……!!」

 

 「あ……ああ……!!」

 

 少女の脳裏に心的外傷(トラウマ)が蘇る。手元がおぼつかないほどに震えが増し、歯がカチカチと鳴り始める。彼女の手に集まっていた魔力は儚くも霧散した。

 その様子を見ていた冥竜王が、遂に痺れを切らした。

 

 「もうよい。――その女を殺せ」

 

 以前までの自分であれば、戸惑いも無く実行したであろう。だが、今の己は粛々と主の命令に従うのみの人形ではない。

 断固たる口調で、毅然と否定してみせた。

 

 

 「――拒否します」

 

 

 そこには心残りも、後悔もない。今の自分を鏡で見れば、きっと見たことの無い面構えをしていることだろう。

 だがしかし、それを見た冥竜王は命令拒否に対する憤怒ではなく、喜悦に口元を歪ませていた。

 

 「……ほう。では……どうする?」

 

 決まっている。

 

 「無論――オレが奴を仕留めます」

 

 高らかと宣言する。眼前に立ち塞がるは偽りの竜王。

 はっきり言って、戦いになれば負ける公算の方が高い。それでも、決して言葉を覆したりはしない。

  

 「クク……クハハハ……! いいだろう、やってみろ。オレは手を出さんぞ」

 

 ――あなたは、生きて。

 

 大魔王の居城で目覚めた時から、ずっとこの言葉が己を縛り、突き動かし続けていた。

 今やっていることは半分自殺行為のようなものだ。大人しく命令に従い少女を殺せば、結界から解き放たれた冥竜王が全てを終わらせてくれるだろう。そのほうが賢いに決まっている。

 それでも、死ぬかもしれないと分かっていても。あの言葉を破ってまでも、守りたいという覚悟が、今胸の中で燃えていた。

 

 飛んできた火炎弾を一刀で切り捨てる。

 

 「黙っていればぺちゃくちゃと……! そのサルにも劣る低次元な感情のせいで貴様は死ぬのだ!」

 

 「ずっと黙っていた方が身のためじゃないのか? ……出来損ないはお前の方だろう」

 

 「貴様……ッ!!」

 

 「何故お前は執拗に出来損ないという言葉を使う? ……お前は自分が出来損ないだと認めたくなくて、それを他者に投影して目を逸らしているだけだろう……違うか?」

 

 その言葉に、オラージュの目が怒りに染まっていく。

 

 「前座風情が減らず口を……! そんなに死にたいなら、さっさと殺してやるッ!!」

 

 戦いが始まった。

 

 オラージュの背より出ずる、先端に竜の顎をそなえた触手が幾つも飛来する。

 矢のような速度でこちらへ来るそれを、二刀を振って悉く弾き落とす。だが――

 

 「馬鹿が! 喰らえ……!」

 

 オラージュの狙いはそこではなかった。周囲に散った触手の顎から、雷が弾ける。一つ一つが電撃呪文(ライデイン)に匹敵する雷の吐息が、あらゆる角度から放たれた。

 

 「がぁっ……!」

 

 避けようの無い様に放たれた雷が身を貫く。熱い――肉が焦げて燻る匂いが鼻を突く。

 痛みに耐え、歯を食いしばってでも道を切り開く。剣先に圧縮した真空を、一気に解き放った。

 

 「真空・かまいたち!」

 

 真空の刃を乗せた剣圧が触手たちを切り裂いてゆく。勢いもそのままにいざ行かんと走り出した歩みを止めたのは、お返しといわんばかりの剛風だった。

 八つの竜翼の羽ばたきが生み出した風圧が圧し掛かり、動きが止まる。

 

 「ハッハッハ……こいつは凌げるか!?」

 

 動きを止めたその一瞬、襲い掛かるのは呪文の絨毯爆撃。九つの頭と幾つもの触腕が生み出す、いっそ暴力的なまでの数。

 怪物にしかできない芸当だ。

 

 「べギラマ」 「メラゾーマ」 「ライデイン」 「イオラ」 「バギクロス」

 

 迫り来る集中砲火。受ければ敗北は必至。――ならば、当たる前に全てを吹き飛ばす!

 

 「吹き飛べッ――! 爆裂・魔神斬り!!」

 

 大爆発が巻き起こり、その破壊力が全ての呪文を掻き消した。巻き上げられた爆煙の中で、少し思案する。

 

 やはり――このままでは負ける。

 

 これまでの戦いで、既に魔力は限界に近い。ダメージの蓄積もある。一手動くごとに極大魔法剣など使っていれば、すぐにガス欠になるだろう。

 どこからどう見ても、長期戦は圧倒的に不利――だが。

 脳裏に、大魔王の言葉が浮かぶ。

 

 

 ――アトリアよ、そなたには『遊び』が足りておらぬ。

 

 

 ……策は決まった。後は実行するのみだ。

 白煙を切り裂いて飛び出すと、オラージュもこちらへと近づいてきている。

 どうやらこれまでの攻防で、遠距離攻撃では埒が明かないと判断したのか。

 接近するオラージュを見て尚、進むのをやめない自分に対し、オラージュが言う。

 

 「接近戦で勝てるの思っているのなら……それは大きな間違いだ!」

 

 「……どうかな。やってみないと分からんぞ」

 

 接敵。右腕を振り上げ、爪で切り裂かんとする動き。

 当然躱す。爪だけではなく、そこから飛び散る毒液や炎も勘定に入れて。

 

 「死ねィ!」

 

 縦と来たら、次は横。先程振り下ろした右足に次いで、左手で薙ぎ払って来た。

 双剣で受ける。力負けはするが、抗わず勢いに乗り後方へと飛ぶ。

 だが。

 

 「ぐ――」

 

 「甘いわぁ!」

 

 相手もその勢いのまま横に一回転。速度を乗せた歪な尻尾が、高速で襲い来る。

 ――間に合わない。

 

 「バギ(真空呪文)ッ!」

 

 小規模な竜巻を起こし、強制的に身体を上に持ち上げる。代償として足に裂傷が刻まれるが、この程度なら仕方ない。

 何とか凌ぎきり、一息を――つけない。槍のように尖った触手が、空中で動けないこちらに向かってくる。

 気合で剣を動かし、軌道を逸らす。それは左の肩口を掠め、小さくない傷を刻んだ。

 

 「チィッ……しぶとい奴め……!」

 

 やはりだ。避けに徹すれば、時間を稼ぐことは可能。

 遠距離からの飽和的な攻撃よりも、でかい図体での小回りの利かない動きであれば、何とか耐えられる。

 まあ、そこまで長くは持たないが、それでも十分だ。

 そう――長期戦を好まないのは、こちらだけの話ではない。オレが時間を稼ぐたびに、冥竜王の体力は回復していく。

 

 相手としては、冥竜王を万全な状態に近づけた上での連戦は避けたい。故の接近戦の仕掛け。

 それは何故か。遠距離戦ではオレが極大魔法剣などでいなし続け、埒が明かないと踏んだため。

 そう――オラージュはオレの魔力に底が見えかけていることに気付いていない。オレの魔力量など知る由もないのだから。

 実際には魔法は後打てて3、4発と言ったところか。だが――勘付かれなければ、何も問題は無い。

 

 「どうした? かかって来い――出来損ないが」

 

 「貴様ァァッ!! 殺すッ!!!」

 

 重ね重ねの挑発で、相手の理性を更に削ぐ。そら見ろ、また襲いかかってきた。

 

 躱す。逃れる。免れる。避ける。ただひたすらに。

 その過程で大小問わず傷が増えてゆくが、致命傷で無いなら問題ない。

 

 「ちょこまかとッ……! ……そうか」

 

 オラージュは何か思いついたのか、暗い笑みに顔を歪める。

 そして――その九つの顔を、座り込んでいる少女へと向けた。 

 

 「ひっ――!」

 

 「ククク……こいつを守りたいのだろ? じゃあ次の攻撃はかわせないよなぁ!」

 

 九つの頭に、それぞれのエネルギーが高まってゆく。

 それに対応して、震える少女を守るように、その前へと立つ。

 やはりといったふうな風情で、オラージュは更に笑みを深めた。

 

 「言ったよなぁ……そのサルにも劣る低次元な――不合理な感情のせいで、貴様は死ぬと!」

 

 再び、バーンの言葉を思い出す。

 

 

 ――その想定外を生み出せるのが――不合理や無作為、偶然と言われるものだ。

 

 

 全くもって不合理だ。オレが誰かを庇うなど、以前なら考えもしなかった。

 だが――その不合理こそが、有り得ぬ筈の勝利を引き寄せる。これから奴は、自身の持つ最大火力の一撃――天蓋を打ち破った、あの吐息(ブレス)を撃って来るだろう。

 そう、絶対に回避することの出来ないこの状況なら。ここまで全て――計算通りだ。

 

 ヴェルザーは常日頃言っていた。欲望を持つ者こそが強くなれると。今こそがその時だ。

 守りたいという感情、覚悟――欲望を高め、その剣に乗せろ。

 

 「――――」

 

 己の手にある二つの剣が、薄青の光を纏う。

 

 「前座風情が手こずらせおって……! これで終わりだッ!消えうせろォォ!!」

 

 九つの口に集められたエネルギーが更に高まる。紫電が奔り、暴風が吹き荒れ、闇が広がる。火炎が迸り、冷気が漂い、腐毒が沸く。

 放たれ、一つとなったそれは、絵の具を全て混ぜたときのような、濁った黒色の奔流となって押し寄せる。

 

 「安心しろ、オレが守る――守ってみせる」

 

 少女を背に、眼前にまで迫り来る黒の奔流を前にして、オレは――

 

 

 小さく、笑ってみせた。

 

 

 「おおおおおおおおおッ!」

 

 叫ぶ。

 押し寄せる絶望。尋常ではない重圧。全てを呑み込む混沌。だがそんなもの、なんてことはない――守れなかったときの怖ろしさと比べれば。

 

 「フ……フハハハハ! さあ、次は貴様だ、冥竜お……!?」

 

 ゆっくりと、しかし確実に。混沌の濁流を切り裂いてゆく。完全にそれを切り開き、突破したとき。

 オラージュの形相は、有り得ない、信じられない、そんな馬鹿なー―そんな表情に染まっていた。

 さあ行こう。次はこちらが反撃する番だ。

 闇を切り裂き、飛翔する。

 

 「トベルーラ(飛翔呪文)ッ!」

 

 「なんだ……これはッ……! ……まさか!?」

 

 オレが剣に纏わせたもの――それは圧縮された防御光幕呪文(フバーハ)

 元来この呪文の用途は竜の吐息(ドラゴンブレス)を防ぐためのもの。呪文を防御する効果は副次的なものに過ぎない。

 それを圧縮し剣に纏う魔法剣ならば、如何な威力であろうが突破できると踏んだのだ。

 

 

 ――不確定要素を上手く操り、利用し、制すること……それが戦の要訣なのだ。

 

 

 天蓋を突き破ったあの一撃を見たときから、こうすると決めていた。後は如何にそれを撃たせるか。

 そのために誘導した。利用した。少女を守りたいという気持ち――その不合理を。

 相手が絶対の自信を持つ最強の一撃。それを破ったときに生まれる想定外。

 

 

 全ては――この一瞬のために。

 

 

 「ギガデイン!」

 

 記憶はなくとも刻まれている戦の技――その中の最強。

 二振りを天に掲げ、大穴より降り注ぐ剛雷を受け入れる。眩いばかりの光を放つ二刀を、大上段に構えてみせた。

 狙うはその首、九つの頭の中心。雷竜に酷似したそれが、この化物の司令塔だと確信している。

 竜の騎士は三界の調停者だという。なればきっとこの技は、均衡を保ち、あらゆる邪悪の命運を絶ってきたのだろう――その秘剣の名は。

 

 

 ――ギガブレイク。

 

 

 「まだだッ!」

 

 最後の抵抗を試みんとして、オラージュが動いた。

 硬質化した触腕を挟み込んでくるが、全て両断される。――無駄だ。

 首筋の筋骨が盛り上がり、刀身に纏わりつくように阻害するが、剣に纏う紫電が、その全てを焼き尽くす。――無意味だ。

 身体中の闘気を総動員し、首を守ってくる。さしもの秘剣も勢いが弱まり、首の半ばを断ったところで、その動きを止めた――が。

 

 「神代に謳われる真魔剛竜剣ならばまだしも、凡俗な剣ではオレの首は断てん!」

 

 まだだ。

 

 「勝った――ああ?」

 

 勢いを止めた剣をあっさりと抜き去り、その勢いのままに一回転。

 未だに雷光を纏うもう一本の剣が遠心力をも加え、先程切り込んだ位置に再び到来する――!

 

 

 「ギガブレイク――――W!」

 

 

 全く同じ箇所への二重の斬撃が、その首を今度こそ落とす。

 切り落とされた首が唖然とした表情のまま固まって、ごとりと地面に落ちる。

 そこから少し遅れて、怪物の巨体が大きく音を立ててくずおれた――

 

 

 

 

 「終わった……か……」

 

 闘いが一段落し、昂ぶっていた精神が静まる。抑えられていた痛みが表出し、アトリアが膝を突く。

 ゆっくりと立ち上がり、よろよろとおぼつかない足取りでヴェルザーの元に戻った。

 それと同時に、地面に刻まれた六芒星が薄れ、消えていく。少女のほうに目をやれば、その震えは完全に収まっていた。

 アトリアと少女の視線が交差する。先程の邂逅のときの無機質なそれと違い、互いの瞳には確かな色が宿っている。

 創造主の呪縛から抜け出した少女が、恐る恐る疑問を口にする。

 

 「なんで……わたしを殺さなかったの?」

 

 「さあ……な。強いて言うなら……思い出したからだ」

 

 「それはどういう――」 

  

 アトリアがピタリと動きを止める。その後ろで物音がした。大きな何かが蠢くようなそれの後に間をおかず、狂気と苦痛に満ちた咆哮が響き渡る。

 

 「ガアアああぁアアァあ゛あ゛ぁァァ――!!!!」

 

 振り向くと、倒れていた異形の怪物が暴れだす。切り落とされた首の断面から、泡立つ様に肉が盛り上がる。

 その箇所だけではない。怪物の身体の様々な場所から、爪や牙、腕や翼、終いには頭が飛び出す。

 

 「なっ……こいつ、まだ――!」

 

 今のオラージュの状態を例えるなら、頭の取れたぬいぐるみ。

 頭が取れたのをきっかけに緩んだ縫い目から、綿が溢れ出しているような。

 制御を失い、内側に秘めていた竜の因子が暴走している。最早それは無秩序に暴れまわる肉塊とでも表現できそうな醜悪さ。

 

 これが高みに焦がれ、届かぬ領域に手を伸ばした代償か。

 はたまた、多くの命を弄んだ悪辣な男の末路か。

 それは誰にも知れないが、現実としてあるのは、力の限りを尽くして斃した怪物が、再び起き上がった。

 

 ただそれだけのことだ。

 

 「くっ……!」

 

 無造作に振るわれた怪腕を前にして、二人はただ立ち尽くす。最早二人に闘う力は残されておらず、眼前に突如現れた死に、何をすることも出来なかった。

 

 だが。

 

 頭上より振り下ろされた前足に、巨腕は為すすべも無く潰される。見るからに格が違うと分かるほどのあっけなさ。束縛から開放され、戦意を滾らせたその者は、立つ次元そのものが違うと思わせるほどの覇気を纏っていた。

 

 「大儀であったぞ、アトリア――後はオレがやる」

 

 竜を縛る結界は消え、休んだことである程度体力も回復したヴェルザー。彼は王者の風格をもって、暴れ狂う肉塊へと歩みを進めていく。

 

 「ヴぇェルザぁアあア゛ァァ!!」

 

 当然それは看過されるはずもなく、肉塊から突き出した数本の腕が、冥竜王を貫き、切り裂かんと襲い掛かる。

 流石と言うべきか、呆れたものだと言うべきか。このような有様になっても、辛うじて竜王への執念をオラージュの成れの果ては保っていた。

 

 「くだらん」

 

 向かってきた腕を事も無げに掴みとり、束ねるヴェルザー。そしてそれを、力任せに、無造作に引き千切って見せた。

 

 「グぎィャア゛アァアア!!」

 

 呆れるほどの膂力。小賢しい能力を抜きに、全ての竜の中で一番強い。故に竜王。

 その間も、ヴェルザーはペースを崩さずに、ただ歩む。規則正しいその音は、まるで死刑を宣告するカウントダウンのようで。

 心なしか怯えたようにも見える怪物は、胸に生えた五つの頭から、炎の吐息を放つ。

 

 「煩わしい」

 

 ヴェルザーが腕を振る。たったそれだけのことで、放たれた業火は霧散した。

 そして遂に、その歩みは止まる。肉塊の前に立ったヴェルザーは大きく息を吸い――

 

 「竜の吐息(ドラゴンブレス)とはこういうものを言うのだ……!」

 

 そこに秘められた火炎を開放した。

 

 先程のオラージュのそれを業火と評するならば、これ(・・)は煉獄。

 太古から語り継がれるかの大魔王の不死鳥にも比肩するその熱量が遺憾なく発揮され、オラージュの全てを焼き尽くす。

 

 「ア゛ア゛ア゛アッッ!」

 

 魂すらも灼かれていきそうな程の火勢に包まれ、悲痛な叫び声を挙げながら肉塊は炭の塊となった。

 しかし。

 

 「――まだ生きているのか……」

 

 黒焦げの塊が蠢き、表面の炭がぱりぱりと割れていく。そこから現れた新しい竜鱗を見て、ヴェルザーは溜息をついた。

 

 「馬鹿げた不死性だな……よかろう、貴様のその執念に敬意を表し、塵の一つも残らんほどに消してやる……!」

 

 そう言うとヴェルザーは振り返り、忠告の言葉をかけた。

 

 「黒の核晶を持ってここから離れろ。死にたくなければな」

 

 「……御意」

 

 そういうとアトリアは、黒の核晶を回収するために中央塔へと向かおうとするが、やはりその足取りはおぼつかない。

 穏やかな表情で、隣の少女へ手助けを求めた。

 

 「肩を……貸してくれるか」

 

 「……うん」

 

 二人は互いに支えあい、中央塔へと歩いてゆく。

 少し経ってから、瞬間移動呪文(ルーラ)の光が大穴から出て行くのを見て、ヴェルザーは己の暗黒闘気を高め始める。

 これから放つのは必殺の一撃。方向性は違えども、大魔王の天地魔闘と同じく、くり出すからには相手は確実にこの世を去る。

 

 そしてそれは――今回も例外ではない。

 

 「教えてやろう――これが力というものだ」

 

 翼をはためかせ上へと舞い上がるヴェルザー。大穴を抜け、さらに上へと。程なくして、ヴェルザーは魔界の天蓋へと辿り着く。

 地上と魔界を分ける無慈悲なる壁と、怨念と暗黒闘気が渦巻く暗雲。魔界の空にあるのはそれのみだ。

 

 「オオオオォォ……!!」

 

 ヴェルザーの闘気に呼応し、周囲の暗雲が集ってゆく。その様は引力を発する恒星のようで。

 自身に集ってくる怨念と暗黒闘気を全て取り込み、己が物とする。暗雲を晴らし、黒く輝くその姿はさながら魔界の太陽か。

 

 そして――魔界の落日が始まる。

 

 一直線に降下を始めるヴェルザーのあまりの速度に、表面が赤熱し、炎を纏う。

 

 それは槍。ひたすらに研ぎ澄まし続けた、天にすらも届き貫く、神殺しの槍。

 それは星。赤黒(せっこく)の輝きを放ち、見たものの悉くに滅びを与える死兆星。

 それは災い。万人が逃れることも、抗うこともできぬ厄災。

 

 

 幕引きを告げる赤黒の彗星が、地に堕ちる。

 

 

 「ディザスターエンド!」

 

 「――――ァ……!!」

 

 眼も口も耳も焼かれた哀れなる肉塊(オラージュ)は、眼前に迫る終わりを感じることはできない。

 見えず、聞こえず、感じず。自我すらも漠然と漂っていた意識は、突如として訪れた終幕を前に、声を発することもなくただ呑まれていった。

 

 そうして全てが終わった後に残ったのは、ひたすらに広がった破壊痕のみ。塵の一つも残さないという宣言の通り、そのクレーターの中心には元から何もなかったかのような虚無のみがあった。

 冥竜王の奥義の余波は凄まじく、黒の核晶の砲身となるべくして造られた外壁全体へと亀裂が伝播してゆく。中央で施設を支えていた中央塔は真中から折れ、無惨な姿を晒していた。

 

 「興が乗りすぎたか。ここはもう長くは持たんな……

 ――さらばだ、オラージュよ。その強き執念だけは、ボリクスの血脈にふさわしいものであったぞ」

 

 竜王の威厳を示し、勝鬨を上げるため。

 ヴェルザーは羽ばたき、大穴から外へと脱出していく。

 程なくして施設の崩壊が始まる。瓦礫の山に突き刺さる半ばから折れた中央塔が、地中に埋もれたオラージュの墓標となっていた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 「第4軍3番隊隊長よ――100の首級を挙げたその戦果に報いて、貴様を1番隊隊長に昇格とする」

 

 「はっ!ありがたき幸せでございます……!」

 

 戦が終わり、束の間の平穏が訪れる。現在ヴェルザーの城では、幹部級を集め論功行賞の場が開かれている。冥竜王軍きってのつわもの達が、竜王の間に軒並みを揃え、並んでいた。

 

 「では最後に――第4軍団長代行、アトリアよ」

 

 「ここに」

 

 「単身で敵の本拠に乗り込み、黒の核晶の起爆を阻止し、敵の首魁に痛打を与えたその力と働き――賞賛に値する。その褒章として、禁書庫への立ち入り、及びその蔵書の閲覧を許可する――精々その力を磨き、励むがよい」

 

 告げられた褒美に竜王の間がざわめく。魔界において最も価値あるものは金でも地位でもなく、力。

 ましてやこれまで誰も見ることを許されなかった、雷竜の秘儀が収められた書庫への立ち入り許可。

 その異例の報酬が、アトリアの示した力の大きさを表していた。

 

 「ありがたく」

 

 そういって頭を下げるアトリアの目は、いつもどおりの空虚なもの。しかしその顔は、何かを懸念するように少し眉をひそめていた。

 

 「――以上だ。今回ばかりではなく、その力を持って働きを示したならば、オレは分け隔てなく栄光を与えると約束しよう。――ただし、その逆もな。ゆめゆめそれを忘れぬことだ……下がってよいぞ」

 

 その言葉を受け、統率の取れた動きで次々と竜王の間を出て行く幹部たち。少しの時間が経ち、やがてそこに残ったのは、冥竜王とアトリア、そしてその横に小さく控える少女のみ。その顔に少しの怯えが伺えるのは、自らの処遇が不定なためか。

 先程とはうって変わった静寂のあと、ヴェルザーが口を開いた。

 

 「それで……被害のほうはどうなっている?」

 

 「前線に立たされた第4軍の死者が1600ほどで……最初の混乱でやられた第一軍の損耗が500ほど。合わせておおよそ2100の戦死者が出ました。やられた部隊長以上の者は蘇生液で回復中です」

 

 その報告を聞き、フンと鼻を鳴らすヴェルザー。不服ではあるが仕方ないといった風情。

 

 「まだ地上侵攻を控えているというのに不甲斐ない――まだ何か用か?」

 

 「は……彼女の処遇について伺いたく……」

 

 意を決し話を切り出すアトリア。先程の論功行賞の中では、その隣にいる少女の処遇については一切語られていなかった。

 

 「クク……そうだな、もし殺せといったらどうする……?」

 

 僅かに口元を歪ませながら告げられたその言葉に、アトリアは鋭い視線をヴェルザーに向け、こう言い放った。

 

 「――無論、逆らってでも止めさせて頂きます」

 

 「絶対に勝てないとわかっていてもか?」

 

 「当然」

 

 ヴェルザーが笑う。その圧倒的な覇気を叩きつけられて尚、オラージュに立ち向かった時と同じ光を宿す瞳を見て。

 しかし一瞬で張り詰められた緊張と沈黙は、冥竜王の高笑いで霧散した。

 

 「フ……フハハハハ! 何がお前をそこまで突き動かすかわからんが……その面構えのほうが俄然オレの好みだぞ、アトリアよ」

  

 「……試したということですか」

 

 「いかにも。それで、その女についてだが……好きにすればよいではないか」

 

 予想外の言葉をかけられ、かすかに瞠目するアトリア。

 

 「それは……」

 

 「お前が自分の力で勝ち取ったものだろうが。そもそもオレが下賜するまでもなく、全てお前が決めることだ――それが力を持つ者にのみ許される振る舞いよ、己がしたいようにすればよい」

 

「……ありがとうございます――行くぞ」

 

 アトリアが少女の手を引き退室していく。その背中を見つつ、ようやく戦の終わりを実感するヴェルザーは、宿敵との因縁の終わりを感じ、暫し物思いに耽っていた――

 

 

 

 冥竜王の居城の廊下に、コツリコツリと足音のみが響く。

 手を繋ぎ、横並びに二人で歩くアトリアと少女。その二人の間に流れていた沈黙を破ったのは、少女の口からぽつりと呟かれた言葉。

 

 「…………ありがとう……」

 

 「気にするな……やりたいようにやったまでだ」

 

 「私だって、言いたいから言っただけよ」

 

 それを聞き、いつもの無表情が崩れ、ふっと小さく微笑むアトリア。そのあとに、そういえばという様子で、一つ問いを投げかけた。

 

 「そうか……ところで、名を聞いていなかったな」

 

 「…………ないの」

 

 「なに?」

 

 「名前さえ付けられなかったの……! あいつ(オラージュ)にまともな扱いをしてもらったことなんて一度もないわ」

 

 過去に受けた仕打ちを思い出してか、少女の顔が曇る。それを払拭するように、アトリアは少女の頭に手を乗せ、優しく撫でた。

 

 「名前……か。もしよければ――オレに決めさせてくれないか」

 

 「…………うん」

 

 少しの逡巡のあと、少女は頷いた。一度は殺されかけたとはいえ、あの地獄から命を賭して救ってくれた男なら――といった様子。

 アトリアも、問いかける形は取ったものの、付ける名は既に頭の中に浮かんでいた。

 しかしそれは、偶々思いついたというものではない。思い出したというべきか、封じられた記憶から浮かび上がってきた形。

 その名は地上の空を彩る星のひとつ――

 

 

 「スピカ――今日からお前の名はスピカだ」

 

 

 




本気を出した所で満を持して、キャラ情報第6弾はヴェルザーです。
バーンの技名がカラミティなので、ヴェルザーはディザスターにしました。
ディザスターエンドとかそれっぽい名前つけても要するに超強化版すてみタックルなんだよなぁ……

キャラクタープロフィール⑥ ヴェルザー
【年齢】不明(四桁以上)
【種族】知恵ある竜 
【出身地】かつて一つだったときの世界
【体力】13
【力】12
【魔力】8.5
【技量】7
【得意技】炎の吐息 ディザスターエンド ???
【特筆事項】転生能力 ???

フィジカルモンスター。頭もいい脳筋。レベルを上げて物理で殴るを実行している男。
力と欲を重んじる強欲な壷より強欲な男。なんなら人間より欲深い。
なんであんなに余裕ぶっこいてたかというとどうせ死んでも生き返るから。
最近のお気に入りはアトリアくん。

バラン単独に倒されたってのもなんか変なので盛りに盛りました。
杖もった老バーンとタメ張る位には強いです。



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