Original Bettel Royal 【The JOKER】   作:Mond_Wolf

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※オリジナル バトルロワイアルです。
 いわゆる【オリバト】と言われるジャンルで、自らが設定したキャラクター、世界観、時代背景に則り、原作のバトルロワイアルとほとんど同じルールでゲームが進行していきます。
 キャラクターの死や残酷描写が苦手な方はご注意ください。








第1話

真っ暗闇の雑木林を、まるで夕陽のような明るさが照らす。

夏が終わった秋の寒々しさは、雑木林を包む真っ赤な炎が地獄のような熱さを生み、その中で呆然と倒れ込む男……いや、子供がいた。

黒い学ランの所々は歪に焼け焦げ、いくら黒くて目立たないとはいえ、大量の血が染み込んだ形跡は隠せない。

凄く熱くて、目を開けていると眼球の水分が全て蒸発するみたいだと言うのに彼の身体中は異常な寒さが襲った。

 

ココで自分は死ぬ。

これは紛れもない現実で、その現実からは絶対に逃れられない。そう思うだけで涙が溢れてきそうだったが……涙すら出せない。

 

「……」

 

雑木林が燃え盛るその前に彼は大きな爆発に巻き込まれたせいで何メートルも吹っ飛ばされた事を思い出す。

今まで受けた事のない衝撃だった。

 

「……」

 

腰を思いっきり打って背骨でもやられたのか、足から下に感覚が無い。足を動かそうとしても何も出来ない。

残った体力で自分の下半身に目線を移すと、凄まじい光景が目に飛び込む。

腹から下が……無い。

腰から下は見事になくなっており、赤い蛇のような艶やかな内臓がボロボロになって飛び出している。

 

彼の下半身は、持ち主のいる数メートル先で転がっていた。力なく地面に突っ伏す形で、持ち主を失った下半身は神経が緩み、中で溜まった尿がだらしなく流れて出ている(目でほとんどモノが追えない状態の当の本人ではその下半身を見つけ出す事は出来なかった)

 

 

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っ」

 

不意に、自分ではない誰かの叫び声。

叫んだ声の主を探そうにも、首を動かす力もなく、弱々しく霞む目を動かすことがさえ難しい。

すると、自分の上に陰が落とされた。

ボヤける視界の中で、見覚えのある顔がこちらを覗き込んで来たのだ。

 

「……ごぼっ」

 

その顔に向かって何かを言おうとした彼は血の泡(あぶく)が言葉の代わりに溢れてくる。

 

「なんで……なんで……!」

 

自分に問い掛けて来ているのか、もしくは自問自答しているのか、こちらを覗き込む男は喉を枯らしながら涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら言葉を漏らす。

 

「うううっ……、なんで、お前が…………!」

 

【彼】と呼べる半身を抱き起しながら、情けなく声を上げて咽び泣く男。

 

「ゴボッ……ゴボッ」

 

その男に何か声を掛けようとしたところで、喉の奥からどんどん溢れてくる血が邪魔をして言いたい言葉は耳障りな音となって出て行く。

だが不思議な事に痛みは無く、それどころか幸福感が彼の全身を包み込んでいた。

アドレナリンの過剰分泌によるものなのか、息すら出来なくなっているのにも関わらず苦しみというものが全くない。

 

ああ、もう、死ぬんだ。

 

彼は目をゆっくりと閉じた。

 

「京介……? 京介! 京介ぇ!! なあ、おい!! きょうすけぇえッ!!」

 

ゆっくりと闇へ沈んでいく意識の中、男の叫び声だけが響き渡る。

頰に触れ、必死に、何かを訴えている。

しかしもう、その言葉すら認識出来ない。

 

ただ、これから死に逝く彼の脳裏には

この世に唯一無二の家族の……妹の存在が闇の中で小さく光る蛍のように浮かび上がる。

 

「……い……がふっ……い、もう、と……」

「!?いま、なんて……」

「…………」

 

彼がこの世に残した言葉が、それで最期だった。

 

 

 

(俺にはもう明日は来ない……けど、神様でも悪魔でも何でも良い……アイツの明日(みらい)を……守ってやってくれ……)

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

秋の夜風がビルの隙間を縫って吹く。

夏の猛暑がやっと終わり、涼しく心地の良い風に乗って血の匂いが混じっていた。

暗い路地裏の奥でビルの壁を背もたれに座り込む少年の服は血だらけで、その手にはバタフライナイフが握られていた。まだ血が滴っている様子から、つい数秒前にそのナイフは誰かを突いたものだと分かる。

東明都市のシンジュク区は今では治安の悪さナンバーワンと言われるほどで、そんな場面など日常茶飯事だ。誰かが喧嘩や殺し合いをしていたところで誰も助けないし、警察に通報しても駆け付けた時には喧嘩の後だけが残っていた……なんてのはしょっちゅうある。

だから、というわけも何も青山 紗維(あおやま さい)は"そんな事"についてこれっぽっちも興味などなかった。

 

だが彼女は見てしまった。

いや、呼び掛けられたような気がしただけだ……路地裏の影に。

 

「……」

 

そして目が合った。

そのまま素通りしようにも、その人物はそれを許さなかった。

 

「オイ」

 

呼び掛けられたとしても無視して逃げれば問題ないが、それでも紗維は足を止めずにはいられず呼び掛けて来た相手の方へ視線を再び移す。

 

「お前、フツー無視するか? 顔見知りが血塗れだってのによ」

 

路地裏で座り込む少年は、例え座っていたとしても元々の背の高さのせいかひと一人分の路地裏が小さく見える。

チクチクと立った髪が路地裏の街頭で照らされ、赤茶色がよく目立つ。顔色はかなり悪いのだが、それはいつもの事だ。

 

「元気そうだから」

 

だと言うのにも関わらず、皮肉を浴びせているつもりも無いであろう彼女の返答に少年は呆れたように笑いながら、手招きをした。確か同じクラスの男子だったがほとんどの接点はないし、こんなところで咲かせる話題もないのだが紗維は手招きされるがまま彼に近付いた。

 

「その血、キミの?」

「いや違う。オレが刺した側」

 

耳元がざわつく言葉だ。

まだ手にナイフを持ったままの人間に近寄るのは危険ではあるが、何故だか紗維には彼に対して恐怖という感情が全くなかった。

 

「座れよ」

 

彼の言う通り、紗維は彼の隣に座り込んだ。

相手は紗維がてっきり目の前に距離を置いて座るものだと思っていたものなので(もしくは座らないか)あまりにも無防備過ぎる行動に若干の驚きがあった。しかし暫く紗維の顔を覗くとその場で横たわる。

 

「疲れた」

 

言うつもりもなかった言葉が漏れた。

聞こえもしないだろう声の大きさのつもりだったが、街の気配から遮断されたように静かな路地裏でその声は紗維の耳にしっかりと届いている。

 

「何に?」

「全部」

 

それ以上は聞かなかった。

全部と言うからには全部なんだろう、と何故かふに落ちたからである。だからと言って、それに対して気の利いた言葉が出てくるわけでもないのだが。

 

「お前さ、生きててイヤにならねぇの?」

 

なんの言葉も返さない紗維が、この質問に答えるわけもないのは理解していたが彼は途方もない未来にすでに絶望していたからこそ……そう言いたかった。聞いてみたかった。

勿論、紗維からの答えは当然のようにない。

しばらくの沈黙が流れると、彼は思い立ったように起き上がりビルが突き刺す空を眺める彼女の横顔を覗き込みながら口を開いた。

 

「お前ン家、泊まっていい?」

「だめ」

「それには答えるのかよ」

「だって、キミには家族がいるから」

 

即答だ。

セミロングの彼女の茶髪が夜風に揺れる。

綺麗に整った顔立ちは、きっと周囲から好まれるだろうが彼女には人を寄せ付けない妙な雰囲気があった。

表情もほとんど変えず、入学当初から誰が話しかけても無愛想な返事しかしないお陰で友達らしい友達もいない。

 

「へぇー。意外と結構まともな答えが返ってくるモンだな」

 

彼は紗維と話した事はなかった。

同じクラスという接点以外の何もなく、ただ今日はこの場に居合わせたから少し話をしてみたかった。ただの気まぐれ。それだけである。

それにしても、ただの無愛想な女かと思いきや、言うことはかなりまともだった事が意外で「普通に話が出来るヤツだ」と初めて分かった気がした。

別にこれから仲良くしたいわけでもないが、少年は紗維という人間を少し知れたような気がして得したような気分になったし、もう少し知りたいと思ったが紗維はすぐに立ち上がり、彼から背を向けて言った。

 

「家族がいる事が全て幸せとは限らないかもしれないけど、帰る家があるなら今は帰った方がいい」

 

少年は「なるほどな」と直感する。

彼女はきっと、その言葉が"まとも"だからこそ周囲と上手くいかないのだと……。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

幼い子供達を殺してきた政府の法律【BR法】は、年間200人近くの犠牲を出してきた。

青山 紗維の兄、青山 京介(あおやま きょうすけ)も、その中の一人である。

 

BR法に反対した両親は紗維の目の前で惨殺処分された。BR法の犠牲者は子供達だけでなく、それを反対した家族にまで及んでおり紗維の両親も含まれている。

血の残った家でまだ幼かった紗維は一人きりにされたのだ。

【恐怖】と【孤独】に見舞われながら過ごした三日間は苦痛で、たった三日間という期間だけで幼い紗維は酷く窶(やつ)れた。

 

運命の三日目。

まるで【大きな荷物】でも入れられているかのように、大きめの箱に納められて帰ってきたのは、上半身と下半身が真っ二つに別れた京介の死体だった。

 

幼い紗維にとっては あまりにもショック過ぎる出来事であり、それが原因か……深い悲しみも怒りも、喜びも家族の死と共に消え失せた。

家族が殺され、引き取られた孤児院は他の子供達と上手く交流も出来ずに紗維は一人きりでの時間を過ごしてきた。

彼女を哀れんで近づいて来た大人達にも関心などなく、むしろ面倒くさいとさえ思えるぐらいになっていた。

 

よって、幼少時代の事は今でも あまりよく思い出せない。

 

しかし、これだけは分かっていた。

その孤児院の子供達はBR法に何らかの形で(例えば、BR法に娘か息子が選ばれて反抗したり、裏に隠れてBR法についての対策をして)反発の意思を持った親達が政府によって殺され、取り残されてしまった者の集まりだったのだ。

皆、それぞれの傷を持ちつつ育つ中で同じ境遇の者達とクラス事で互いを理解しあい、励まし合う……悪い環境ではない。――だが、その件によってショックを受けた者は紗維だけにあらず、周りの子供達と打ち解けずに育った子も少なくなかった。

 

取り残された子供達は、言わば【生きた犠牲者】だ。

 

 

一昔前ならば、義務教育の終わる"18歳"の頃。

 

行きたくもない高校など行かなければ良いものの、一通の手紙が紗維宛に送られてきた。

 

『青山 紗維様。

政府の意 意思と決定により、東明都市 S区 篠杜高校への入学を義務とする。

以上。

新世18年 3月1日 大東亜共和国 教育委員会代表より』

 

入学先の通達であった。

 

【平成】が終わり、『新たなる世』を意味した【新世(しんせい)】という時代が幕開けた今。

青少年犯罪の多くなった日本は教育方針を大幅に変え、義務教育を18歳までが対象となった。

学校は政府の教育委員が指定した場所へ通わされるようになり【特例教育学校】たる施設まで作られた。

【特例教育学校】とは、政府の教育委員が選んだ子供しか通う事が出来ず、施設が建設された10年経った今でも教育の内容が謎な施設である。

その詳細は施設に関わる者しかしる事の出来ない機密事項であり、その情報管理は厳重に施されていた。

 

【ニホン】より【大東亜共和国(だいとうあきょうわこく)】という新しい名に生まれ変わった国だが、それでも今となっては理想の高すぎる教育方針は更に子供達を追い詰める形となり、青少年犯罪は減る事無く、寧ろ悪化しつつあった。

 

その現状に対し、政府が下した最悪の決断が【戦闘実験 第六十八番 プログラム】通称【BR法】を作り出した。

 

 

元々、別の方針で作られた【指定学校】。

BR法が始まった新世12年。

 

各地、政府の判断した【処分対象の子供達の集まるクラス】はBR法の対象とされ、三日間から五日間に掛けて命を掛けた殺し合いを強制され、優勝した子供には特別な配偶を施される何一つ不自由の無い生活を保証されるという。

 

しかし、

そんな法律が長く続くハズがなく新世15年にBR法は廃止と発表された。

 

自分の子供が犠牲になる事を恐れる者よりも犠牲になった者達を追悼する声が多く、BR法廃止に当たってその詳細を調べようと動く者もいたが、新生15年になった今も内容が明らかにされる事はなかった。

 

 

ーーー

 

 

ーーー

 

 

 

その日、八角 賢(やすみ けん)は虫の居所が無性に悪かった。それは周囲の生徒達が口に出さずとも察していた事であって、そんな八角に誰も近寄ろうとなんてしない。

いや、そもそも八角は悪く目立っていて、いわゆる不良と呼ばれる生徒だ。

八角は教室のドアを乱暴に開けるとけたたましい音が鳴り響く。彼の心中を表しているかのように。

そんな八角が大人しく席に着くとは思えない……ほとんどの授業をサボっている彼がこれから始まるであろう数学に興味がいきなり湧くはずもないだろう。

八角が向かった席は窓の隅で、彼の席ではない。

 

「よう、幽霊ちゃん。ちょっとオレの相手してよ」

 

いつも教室の隅で本を読んでいる青山 紗維の席まで来た八角は青山の机に腰を掛けると本をいきなり取り上げ、その本の表紙を見て鼻で笑ってみせる。

 

「本ばっか読んで、本がトモダチなら人間のトモダチは必要ねぇって感じ?」

「今読んでる最中だったんだけど、見てわからないの?」

 

周囲がザワザワと動揺の色を示す。何故ならば、青山は周囲との関わりを一切遮断するかのように過ごしている生徒で、彼女が口を開く事など滅多にない。誰が話しかけようとも、その威圧的とも言える無愛想さは彼女の周囲にだけ見えない壁でもあるかのようで、誰も近付こうとしないからだ。

彼女に話し掛けるとしたら教師か生徒会長の岸田ぐらいであり、彼女の声を誰が一体覚えているだろうか?

 

そんな聞き慣れない彼女の声は、同じく誰も関わり合いになりたいと思わない不良の八角に対して挑戦的な言葉を発したのだ。

 

クラスで楽しい事をやっている時も、何があっても感情という感情を現さない静かな彼女は周囲から「幽霊ちゃん」と密かに呼ばれていた。本人は知っていたから知らなかったのか……いや、きっと知っていただろう。

そんな幽霊ちゃんに果たして悲しみや怒り、喜びや楽しい、という感情はないのではないか。

誰もがそう心の隅で決め付けていた。

 

「お前、本当に幽霊みたいなヤツだよね? 幽霊ちゃんって呼ばれてるの知ってるわけ? そんな学校はどう? 来てて楽しいの?」

「言葉が通じないの? 本を返してって言ってるんだけど」

 

誰もが息を飲む二人の会話だが、誰も止めようなどとはしない。

八角はキレるとすぐに手が出るし、そんな八角が青山に向かって手を出さない保証はない故に非常に危険ではあるが……二人のやり取りがどう結末を迎えるのか見てみたかった者の方が多いのだろう。

複数人の生徒は持ち込み禁止のスマホを取り出してコッソリと撮影を始め、一人の生徒は尋常じゃないその場の空気に「まずい」と察し担当の教師を呼びに教室を飛び出す。

 

「言葉が通じてねぇのお前だろ? 学校来てて楽しいか聞いてんのよ、俺が、お前に」

「別に何とも思ってないけど、今ハッキリ言えるのはキミのお陰で今は物凄く不快な気分になった」

 

すると八角は声を上げて笑う。

周囲は相変わらず緊張状態で、その笑いさえも教室の空気を氷漬けにするようだった。

 

「もういいでしょ。本を返して、私の机から降りて」

「そんなに本が大事なの?」

「返して」

 

青山は至って冷静な対応だが、それが気に食わなかった八角は窓を開けると本を校庭の方へ向かって投げ出す。

鳥の羽ばたきのような音を立てて青山の読んでいた本は地面に落ちた。

 

それとほぼ同時に

 

ーー パンッ!

 

という軽快な音が鳴り響く。

八角は一瞬、何が起こったか理解に遅れたが一部始終をずっと見守っていた生徒達は青山が八角に平手打ちをするところをしっかり見ていた。誰もが固唾を飲み込み硬直する中、平手打ちを喰らわせた本人は席を立ち鞄を持って教室を出て行く……が、少し遅れて八角は凄い剣幕で青山を追った。

 

誰も八角を止めない。

明らかにちょっかいを掛けた八角が悪いのだが、周りの事など考えずに大暴れするような彼を止める勇気を持った者などいないのだ。

 

しかし八角が青山に続いて教室から出ようとしたところ、それを阻む生徒が一人だけいた。

一部始終を見ていた者ではなく、何も知らずに教室に入ってきた生徒だ。

 

「なに慌ててんだおい」

「ーー ァア?」

 

彼もまたクラスの……いや、学校のはぐれ者。

校則違反の金髪にピアス、喧嘩で作った古傷に筋骨隆々とした体付きは言わば武闘派の不良である。屋上ではタバコを吸ってる姿をよく見かけられ、八角と同じく誰も近寄ろうとしない……赤崎 竜(あかざき りゅう)

二人の不良が乱闘なんて始めたら教師すらも止める事は不可能だろう……八角はナイフを持参しているのを見たという生徒がいて、対する赤崎は拳一つでそこら辺のチンピラと喧嘩をして相手を病院送りにさせたという。

一体この二人を誰が止めるのか。

 

しかし彼らの描く数秒先の未来は実現しなかった。

赤崎は八角の腕を掴むと教室の外へ連れ出し廊下の壁に彼を叩きつけると、ポケットのナイフを逸早く奪いながら彼に何かを耳打ちした ーー勿論その内容を知るのは彼らだけだ。

 

すると八角は小さく舌打ちし、赤崎から奪われたバタフライナイフを取り返すと教室を後にした。

 

どうして誰も怪我をせずに済んだのか、今考えても不思議である。

しかし更に不思議に思ったのが、教師を呼びに行ったはずの女子生徒 杉村 咲(すぎむら さき)が戻ってきておらず、担当の教師はこの事態を知らなかった事だ。

後々、女子の誰かが杉村に聞いたところ「怖くて飛び出しちゃった」と話していたという。

 

 

ーーー

 

 

『芸術の秋』と言う言葉は、元々何がどこで由来になったものなのか興味がある者は少ないだろう。

まだこの国が【ニホン】だった1918年に発行された雑誌がきっかけだったらしく、雑誌の中にあった【美術の秋】という言葉から【芸術の秋】という言葉になったそうだ。

その名残がまだあり、篠杜高校でも普段から筆に触れない者も構わず全員参加で写生の授業に参加させられていた。

真面目に参加する者もいれば、筆を使って落書きをしたり遊び始める者もいて、赤崎と八角に至っては授業放棄で教室にさえいない。そんな中、しばらくすると生徒達は1人の生徒の描く絵に集まり、騒ぎたてていた。

その時の授業内容は隣同士の生徒が互いの顔を写生するというものだった。月島 舞(つきしま まい)は生徒達の集まる絵に関心があったわけではなく、ただ黙々と隣の席で一緒になった水野 静香(みずの しずか)を写生していたのだが、生徒達の騒ぎに水野は「ちょっとゴメン」と月島に断りを入れると 騒ぎの絵を見に行った。

月島は持っていた鉛筆を机に置き、水野が席に戻るのを待つが心の隅では戻らない事を願った。月島は絵を描くのが得意で、写生にも自信があった。水野は彼女がどれぐらい自分を可愛く描いてくれるのか期待している。

ニキビだらけの顔にボサボサの髪を無理やりツインテールにし、眼鏡の下の瞳は腫れぼったく控え目に言っても……。

 

「ブスは描きたくない」

 

と、危うく口に出そうだったのを堪え、何度も消した後のある画用紙を見つめる月島。

 

「きゃーっ!」

 

水野が席を離れて間もなく、彼女の悲鳴が上がった。

ゴキブリでも出たのだろうか? と呑気に考えていたが"そう言えばあのブスは虫類も平気なんだっけ"なんて思いながら、心配を装って悲鳴の方へ駆け付ける。

 

「ひっ」

 

思わず月島も声を上げそうになった。

別にゴキブリが出たわけでも、この間みたく八角と青山が問題を起こしたり、男子同士の喧嘩があったわけでもない。

 

生徒達が取り囲んでいたのは妹尾 譲一(せのお じょういち)だった。特に目立つような感じではなく、美術部に所属する文化系男子といったところ。

妹尾は隣同士になった大導寺 学(だいどうじ まなぶ)を写生していたのだが……人間の形をしていなかった。それどころか画用紙に描かれた大導寺はおぞましい姿をしていて、スマートフォンで一度なにかのまとめサイトで見た事があるのだが【殺人鬼達が描いた絵】のような、見ていて気分が悪くなるどころか恐怖を感じる絵である。

水野も妹尾と同じく美術部に所属していて、確かに彼の描く絵と言うのは抽象画ばかりで人物を描く事はほとんどなかった。赤や黒、紫ばかりを使った抽象画が多く、やはり少し不気味だと感じてはいたが……。

 

水野は妹尾の描いた絵に吐き気を催し、その場からすぐに離れた。

 

男子達は妹尾の絵を見ながら冷やかしたり、仕上がりを見た大導寺に至っては引いている様子だ。一体彼はどんな風に世界を見ているのか……きっと地獄に見えているんだろう。でなければ、あんな恐ろしい絵を描けるとは思えないからだ。

 

そういえば、水野は不意に思い出した。

かつて美術部の担任で現在は副担任である綾田 景子(あやた けいこ)が言っていたのだが、とある画家がフランスの教会の天井に天国を描いた話だ。

 

「彼はなぜ天井に天使や神を描えがき、天国を表現したのか……はるか昔に亡くなった画家ですから、その理由は語られる事はありませんでしたが彼の生い立ちや性格から推測された一説があります。

 『彼はこの世を地獄と例え、ゆえに教会の天井に天国を描いた』と」

 

その当時は特に深く考えていた内容ではなかったが、妹尾もきっと見えてる世の中は地獄だと感じていたのだろうか。

 

 

ーーー

 

 

村崎 杏菜(むらさき あんな)は女子グループのリーダーだ。同じ3年3組の女子生徒である芳川 千夏(よしかわ ちなつ)、和田 麻由美(わだ まゆみ)、斎藤 みき(さいとう みき)、そして3年2組の川口 一美(かわぐち ひとみ)と岩泉 梨花(いわいずみ りか)を率いて集団万引きや苛めを繰り返していた。

指定高校の学生は基本的に政府の管理下で学校に通っている為、校則や素行なども厳しい目で見られているはずだが……現実問題、そうもなっていない。何故なら彼女達の両親こそ政府の人間であり、彼女達の問題は学校の教師達に全責任を押し付けられ、もしもそういった問題が浮き彫りになれば彼女達の両親が学校側に圧力を掛けて行くのだ。

自由すぎる彼女達の行動に学校側は問題を尽ことごとく隠蔽し、苛められる側である生徒達は不登校を強要される。

 

 

 

「ーー はぁ? なんて言ったのかもう一度言えよ」

 

授業がとっくに終わり、女子グループで夜の街を出掛けていた。時刻は22時を過ぎていて、高校生が出かけるにしては好ましくない時間帯である。6人はカラオケ帰りでこれから別々に家に帰るところだった。

 

「もう、エンコー辞めるって言ったの」

 

岩泉の唐突な言葉に村崎は目の色を変えて彼女の胸ぐらを掴み、路地裏へ引き込んだ。他の女子メンバーは路地裏の入り口を取り囲むようにしてスマホをいじり出し、他の人間が来ないよう封鎖して二人のやり取りをニヤけた顔で耳にしていた。

 

「そもそも、稼ぎが良いから始めたけど最近はアンタ達のカラオケ代のためのエンコーになってんじゃん。くっだらねぇー。これならグループ外れて自分の好きなもの買ってた方が100億倍楽しいわ」

「言うじゃない? じゃあ、アンタがエンコーやってたの親にバラそっか? 証拠の写真は全部揃えてるしぃ、そんなのバレたら家族関係も一緒にバラバラだね?」

 

言いながら、村崎は長い髪を掻き上げスマホの写真を岩泉に見せる。しかし岩泉はそれを見ても動じず、逆に口の端を上げながら言った。

 

「バラせば? その代わり、アンタが思いっきり関わってる事も、それどころか万引きとか苛めの事も全部バラす用意してるからさ、一緒に心中覚悟ならいつでもどうぞ」

「……!」

 

すると、鋭くキツい顔立ちをした村崎の顔がどんどん引きつっていきナイフのような瞳へと変貌していく。鋭く伸ばされたネイルが疼き出し、岩泉の顔を抉ろうとした直前の事。

 

「もういーよ杏菜。そのブス稼ぎ悪いし、エンコーの相手がいなくなってきたって言えないだけだっつの」

「……千夏」

 

茶髪を縦ロールに巻いた髪を指先でいじりながら芳川はオーバーアクションで飽きたように溜め息をつきながら路地裏に入って行く。

 

「大体このブス見なよ。どう考えたってそんなに稼ぎよくなるような顔してないじゃん。アタシだけで充分だし、それに前からこのブス好きじゃなかったんだわ。今までいい金ヅルになってたわけだし、もう"捨て"でいいっしょ」

 

今時のキャバ嬢みたいな格好をした芳川は、岩泉と一緒になって援助交際をしていた女子生徒だった。どこからそんなに金が出てくるのか、持っている鞄や身に付けているアクセサリーは その辺では見かけないようなモノで、普通の高校生が持てるような代物なんかじゃないのは明らかだった。

 

「それより、さっき向こうの方で喧嘩か何かで人が刺されたって速報ニュース出てるし、ヤバいのに当たる前にもう帰ろーよ」

「え? マジぃ?」

 

芳川の言葉にスマホをいじっていた和田と斎藤は速報のニュースを見ると「ほんとだ」なんて騒ぎながら村崎に帰るよう催促する。

 

「……」

 

村崎はこちらを睨み付ける岩泉をギラリと一瞥し、その手で岩泉の頬に平手打ちをした。伸びたネイルは彼女の頬を傷つけ、小さい傷をつけて血が滴る。

 

「ほら」

 

芳川はまだ何か言いたそうな村崎の腕を引く。

5人が去るのを見届けながら、岩泉は力が抜けたようにへたり込んだ。そして同時に笑いが込み上げてきた。

 

「あははっ……なぁーんだ、終わっちゃえばこんなモンかぁー」

 

独り言が世闇に消える。

川口とはクラスが一緒ではあるが、グループのリーダーである村崎とは別のクラスだったのが幸いだった。

しかし明後日から修学旅行が始まり、あの女子グループと部屋が一緒になっていた事を思い出すと吐き気を催してくる。

 

ーー 本来ならクラスの中で部屋割りをするものではあるが、度重なる少子化と言う問題のお陰で学校に通う子供達が減ってしまった。故に部屋割りどころか運動会もクラス対抗で出来なくなってしまい、毎回真ん中のクラスになる2組が1組と3組に振り分けられるシステムとなってしまったのだ。

 

今から明後日の修学旅行を欠席するわけにもいかず、風邪を引いたところで両親達は修学旅行のキャンセルを絶対に望まないのは目に見えているし、そもそも両親と一緒に過ごす時間がイヤなのだ。

本当は、村崎に援助交際の事をバラされたところで何の興味も示さないと踏んでいた。

改めて考えてみると、本当にイヤな家庭環境だと思わざる得ない。

 

 

「アイツら全員……死ねばいいのに」

 

 

心からの本音が口から出て行った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

修学旅行の前日の夜、立花 幸(たちばな さち)は祖父の事がとても気掛かりだった。

彼女は5歳の頃に両親が他界し、彼女の世話は祖父が一人で行っており中学まで面倒を見てもらっていた。中学を卒業する頃、祖父の光昭(みつあき)が病気で倒れ、以来 生活援助と年金、そして数少ないアルバイト代で生活を補っていたのだ。

 

「お爺ちゃん、本当によかったの? 私、三日間心配だよ……」

 

学生生活最後の修学旅行、本当ならば欠席したかったところだが祖父に隠していた修学旅行のプリントを見つけられてしまったのだ。祖父はこれを見つけるとすぐに年金から修学旅行代を出した。

 

「学生って言うのは一生に一度だけだから、行くと良いよ。俺の面倒ばっかりの学生時代なんて、お前には可哀想だ。……行ってきなさい。絶対に楽しいから」

 

祖父はとても優しい男だった。

70を超えてもタクシーの運転手として働いていたが、この頃は目の調子が悪く大きな事故を起こす前に引退したばかりだ。しかしその間にコツコツと稼ぎ、貯蓄していたお金から孫の修学旅行費を出してくれていた。

だからこそ、彼女はそのお金を受け取るのにかなり渋っていたが……最後は無理やりにでも祖父が学校に来て修学旅行の参加用紙と費用を提出したのだ。

 

「大丈夫! 俺はまだまだ元気だし、お前が三日間いなくても一人で生活出来るよ。そもそもお前と暮らす前はずっと一人だったんだから、三日ぐらい平気だよ」

「お爺ちゃん……」

「行ってきなさい、さっちゃん。帰ってきたら楽しい土産話をいっぱい聞かせてよ」

「……うん、ありがとう」

 

決して裕福な暮らしではなく、好きな事も全く手が付いていない。

しかし優しい祖父との暮らしは苦ではなく、どこまでも面倒を見てあげたいと思ってしまうぐらい幸せな時間だった。両親がいなくても、彼女の支えは祖父で、その祖父を置いて行くのは気掛かりだが……背中を押してくれたことに心から感謝し修学旅行へ参加するのを決意した。

 

「明日、ちょっと早めに起こすからな。年寄りの朝は早いから安心して寝なさい」

「うん!」

 

 

その日の夜は中々寝付けなかった。

やはり三日間の留守の間、家事はほとんど自分がやってきたから祖父が久しぶりに一人で家事が出来るのか、食材の買い出しは済ませたはずだが足りるのか、自分が留守の間に倒れたらどうしよう……などなどと心配事が沢山重なっていく。

そうやってグルグルと考えているうちに、布団に潜って1時間ほど経ってからようやく眠りについた。

 

ーーー

 

 

「いやぁ、まさか赤崎"さん"が納めてくれてたなんて驚きですよ」

「……お前、その喋り方やめてくんねぇ? なんかムカつくんだけど」

 

まるで職務質問でも受けてるようだった。

面談室に呼び出された赤崎は机の上にある灰皿に目をつけ、タバコに火をつける。

 

目の前にいるのは岸田 純平(きしだ じゅんぺい)だ。

胡散臭いニッコリとした笑顔でこちらを見ているのだが、見れば見るほど腹立たしい。

 

「それより、なんで俺が呼び出されるんだよ? しかもお前に。ただの生徒会長だろ……先公呼べよ先公」

「先生は赤崎さんと極力関わり合いになりたくないみたいなので、僕がここにいます」

 

タバコの煙を天井に向かって吐き出しながら、その中にため息が混ざる。換気のよくない面談室にタバコの煙はすぐに充満するが岸田は顔色一つ変えずに言った。

 

「それに、事の発端である青山さんと八角くんがいないなら赤崎さんに聞くしかないかなーっと思いまして」

「俺が知るワケねぇだろ……俺はたまたま教室に戻ったら八角があぶねー事してっから説得しただけだっつの」

「説得? あの八角くんを暴力以外で説得出来たなんて……凄いですね」

「心にも思ってねぇコト言うなよ。ーー で? 事情聴取は終わりで良いか?」

 

赤崎は岸田という生徒がどうも苦手だ。

ワザとらしい喋り方に、他人から一歩引いたような態度。だと言うのにも関わらず此方(こちら)にズケズケと入り込んで来るようで……人としてのパーソナルスペースを無断で簡単に飛び越えて来る岸田の性格(または狙いか)が赤崎には合わなかった。

いや、果たして彼とウマのあう人間なんているのだろうか……と言ったところ。

 

「赤崎さん"たまたま"と言うのは嘘ですよね」

「なんで?」

「たまたま教室に入ってきただけで状況判断する、にしても判断が早すぎますし普通は見過ごしますよ。誰かに助けを求められたんじゃないですか?」

 

赤崎は付けたばかりのタバコを一気に吸うと、全ての煙を吐き出しながら灰皿に吸い殻を押しつけ口を開く。

 

「だったらどうなんだよ。どうでもいいガキ同士の喧嘩に俺をイチイチ巻き込むなっつの、面倒臭ぇやつらだな」

「教師が頼りないから貴方を呼んだのでしょう。助けを求めた人は賢明な判断力をお持ちだったようで」

「で? もういい? 俺お前の古畑任三郎ごっこに付き合ってられる程寛大な性格じゃないことぐらい分かってんだろ?」

 

うんざりしたように席を立ち、扉へ向かう赤崎だが不意に伸びた岸田の手が自分の手首を捕まえた。

 

「では、本題に」

「さっさとしろ」

 

岸田は赤崎の手を捕まえたまま学ランの胸ポケットから一枚の写真を出し、赤崎に向けて見せる。学生服を着た、男子高校生の写真だ。

 

「この人、知ってます?」

「誰それ?」

「3年前、BR法で死亡した生徒です」

 

BR法……廃止になってから3年の月日が経つものの、その単語はあまりにも重たく簡単に口にして良いものではない。

赤崎もBR法による生きた犠牲者であり、その単語を激しく嫌っていた。ーー いや、今この時代を生きる誰もがその犠牲者だ。岸田がそれを理解していないはずがない。

挑発なのか何なのか、どうであれ赤崎に半殺しにされる覚悟があるのか……妙なことに岸田は随分と落ち着いていた。

 

「おい、岸田」

 

赤崎は岸田の腕を軽く振り払うと彼の胸倉を持ち上げ、身体中から火が出るような殺気を出しながら静かに言う。

 

「俺らの前で二度とその言葉を口にするんじゃねぇ、虫唾が走る」

「ええ、以後気をつけます」

 

相変わらずニッコリとした岸田の顔は能面が張り付いたようで不気味だった。赤崎は何も言わず、岸田を離すと相談室から出て行く。

 

その赤崎の後ろ姿を、岸田はジッと見送った。

赤崎の気配が完全になくなったところで岸田は真顔に戻り、赤崎に見せた写真を胸ポケットに仕舞い込む。

 

 

ーーー

 

 

 

赤崎はあの時、授業の前に屋上でタバコを蒸している最中だった(いつもの事だが)

すっかり灰だけになったタバコの吸い殻をケースに捨て、これから教室に向かおうとした矢先の事。一人の女子生徒が屋上へ飛び出してきたのだ。

その生徒……杉村 咲(すぎむら さき)は大人しい性格で、こんなところへ大慌てで来たという事は何かがあったのだろうと赤崎はすぐに察した。

 

「はぁ……はぁ……あの、お願いです……! 青山さんが、危なくて、その、赤崎くんに、お願いするの、変かもだけど、た、助けてください!」

 

切りそろえられた黒髪のショートカットをボサつかせ、掛けていた眼鏡は鼻からずり落ち、息を切らしながら必死で訴える杉村。

何のことだか最初はさっぱりだったが、とにかく何かは起こったのだろう。赤崎は息を切らして膝をつく杉村の頭に軽く手を乗せると教室に向かって走り出した。

 

杉村には、赤崎が小さく言った言葉がよく聞こえていた。

きっと、本人は聞こえないだろうと踏んで発した言葉だったのだろう。

 

「ありがとう」

 

 

と……。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

神崎 信作(かんざき しんさく)は3年3組の担任を務めている教師だった。

くたびれたスーツに、硬くてごわついた頭皮は脂ぎっていて不潔ったらしく、いつも無精髭が顎の周りにチクチクとはやしていてパッとしない教師である。勿論生徒からも人気などなく、授業なんて聞いてるような聞いていないような、そんな感じだった。

3組は特に問題児の多いクラスで、新任教師だった頃は上手くまとめようと踏ん張ってはいたが生徒の親からの圧力や他の職員によるパワハラにより新任教師時代の気持ちはすっかり萎えており、今年彼らが卒業したら教師を辞めようと決めていた。

 

教師としての最後の修学旅行にもなるが、これと言って深い思い入れもなく"教師だから"という理由がなければ欠席したいところである。

 

バスの中は騒がしかったが、立ち上がって好き勝手する生徒がいないだけマシだと思えるぐらいだ。

後ろの席では副担任の綾田が男女の生徒と一緒にトランプで遊んでいて、その様子が車のバックミラー越しに見える。副担任の綾田は生徒に人気があり、よく懐かれていた。

 

(一体、俺の何がいけなかったのか……)

 

何度もそう感じては自分を責め、落胆する。

 

 

しばらくバスに乗っていると心地の良い揺れに眠くなりそうだった。

次の休憩所でタバコを吸いたい……そう思いながらポケットに手を突っ込みタバコマルボロに触れる。

 

すると、不意に座席の上から声が降ってくる。

 

「神崎先生っ」

「え、あ、ああ……綾田先生……」

 

綾田の手には缶コーヒーが握られていて、それを手渡された。

 

「お疲れ、ですね」

「まぁ……」

「すみません、なんだか私が浮かれちゃって……隣、いいですか?」

「あ、はい」

 

40代の新任教師である神崎と同僚の綾田はまだ20代後半。

新任教師二人が問題のある生徒をみると言うのは大変な事で、正直"外れクジを引かされた"といったところだ。いつも学校の愚痴を吐いていた神崎を励ましていたのは副担任の綾田で、よくよく考えたらいくら同じ新任教師とは言え若い綾田に申し訳ない事をしてしまった……と神崎はとてつもなく申し訳ない気持ちになりながら缶コーヒーのプルタブを開ける。

 

「神崎先生……今年で、本当に辞めてしまうんですか……?」

 

小さな声で聞く綾田。

周囲の生徒達が騒ぎ立てているお陰で、少し声を抑えるだけで隣の神崎にはよく聞こえた。

 

「……ええ」

「もう少し、頑張りませんか? 私、神崎先生と一緒に出来たからこそ三年間教師を続けられたわけですし……神崎先生が辞めてしまうの、とても寂しいですよ……」

「……」

 

生徒に人気のある綾田から、まさかそんな言葉を聞くとは思わず神崎は驚愕し、思わず持っていた缶コーヒーを床に落としそうになった。

 

「他の先生達、ちょっと冷たいですよ……。生徒達も同じ人間で、間違いがあれば注意して当然なのに、問題が起こったら揉み消して、全部神崎先生に押し付けて……なんで優しい人が苦労しなくちゃいけないのか、凄く疑問なんです」

「綾田先生……」

 

綾田の言葉が神崎の良心を突き刺すようだった。

自分はとんだ外れクジを引かされたとしか思っておらず、生徒に対して真剣に向き合っていなかったと痛感させられるようだ。その姿勢の違いが生徒達にダイレクトに伝わっているから、生徒は綾田を好き、神崎を舐めて掛かるのだと……。

 

「お言葉はとても嬉しいのですが、僕はもう、姿勢として教師失格ですよ……。綾田先生と一緒に教師が出来たのは本当に嬉しかったです。いつもいつも僕の事を気にかけてくれて……でも、僕は教師なんて向いてなかったんです。教師たるものを、勘違いしてました。教師は人間であってはいけない、聖職者なんだと心から思いました。そして、綾田先生こそ……生徒に向き合い、他の教師達や親御さんに立ち向かう貴女こそ、本物の……」

 

 

何故だろう、とても大切な事を言おうとしているのに神崎は急激な眠気に襲われた。

 

「あ、あの、すみません……なんか……」

 

そう言ったのは綾田の方だった。

彼女もまた目をうつらうつらとさせており、頭を左右に揺らしている。

 

修学旅行先へ向かっているバスがトンネルに差し掛かる頃、視界が少し暗くなったせいか更なる眠気が催促されるようだ。

自分の胸の中に温かい感触がのしかかる。綾田が倒れ込んで来たのだと直感するや否や、神崎も身体の力が一気に抜け、深い眠りにズブズブと入り込んでいった。

 

そう言えば、さっきから生徒達がとても静かな気がする。

 

手に持ったコーヒーが床に落ちる音だけが耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

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