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時は夕刻。とある訓練場。
そこには人はほとんどおらず、静かな風が吹き、整地された地面には綺麗な茜色が染みわたっていた。
そんな静けさの中、ある一人の女性の声が響く。
「始め!!」
響く声に反応し、一人の少女は左腰の剣を抜いた。
恐ろしく静かに、そして恐ろしくも速く、その剣先を目標へと向ける。
その目標とは一匹のスライムである。この世界では下級の魔物として数えられている存在だ。
その上この個体は冒険者に魔物を殺すという感覚を覚えさせるために作り出された養殖個体。その行動はゆっくりと反復横跳びを繰り返すだけと、実に生物らしさを根こそぎ奪い去った種であった。
そんな動くだけの的という言葉がふさわしい生物が彼女の目標である。
だが、そんな的相手に少女はその場から一歩も踏み出すことが出来ていなかった。
スライムの動きに見とれているわけではない。
身体の全体が震えあがり、剣先はぼやけ、構えるための右足は手前に引かれたラインの半分を跡形も無くなるほど消し去られている。
息は過呼吸になる寸でのところで我慢していたが、それも時間の問題という状況であった。
それからおおよそ2分後______
少女は構えを崩し、良くない鼓動を続ける心臓を右手で押さえながら、ようやくその左足を一歩前に進めた。
彼女はその行為に少しの喜びを体感し、顔にもほんの少しながら笑みがこぼれた。
そして、この勢いを逃すまいと言わんばかりに剣を引きずりながら、まるで生き人を地面に引きずり込もうとする死者のような執着で依然として跳んでいるスライムに近づいていった。
それに伴い、一歩前進する毎に彼女を襲う痛みは激しさを増していく。
心臓の鼓動は悪化し、顔の表情は崩れていき、過呼吸は我慢が解かれ、その勢いを増していった。
しかし、今の彼女にはそんな痛みを受けているという自覚はなかった。
目の前のスライムを殺す
ただその意思一つだけが身体を支配し動かしているのであった。
そしてその意思を持った身体は遂に目標を斬れる距離まで到達したのだった。
彼女はここにきてようやく自我というものを取り戻した。
今まで自分を痛めつけてきた痛みというものと相対したが、そんなものは今の自分の状況と比べれば些細な問題であった。
彼女はいままで心臓を押さえつけていた右手を離し、左手に持っている剣の柄に手をかけ、しばらくぶりにその剣を構える。
スライムは相も変わらず跳ね続けている。
それを逃がすまいと少女は目で追い続ける。
奴を正確に、確実に。
執念に満ちた猛禽類のようなソレはひたすらにそのタイミングを待ち続けた。
そして、その待ちわびた瞬間は来た。
死ね______
その意思がまさに剣を振りかざそうとしたその時であった。
「止め!!」
再び訓練場に鳴り響いたその声が少女の耳の中に入り込んだ。
すると、彼女の力、自重を支えていたものは風に吹かれた塵の山の如く消え去り、地面に倒れこんでしまった。
「え......え......」
そのかすかな声を最後にして彼女の目の中は暗く閉ざされていった______