メアは思わず立ち止まり、声のする方角をサッと振り向くも、レンガの壁と思しきものに、木製と思しき枠組みで囲ってあり、その声の言う入り口らしきのものが不自然とそこにあるのみであった。
その後周囲を見渡すも人影など微塵も見当たらない。入り口の中を覗いてもあるのは、夜中でありながら目立たんとするばかりの暗闇のみ。
困惑は深まるのみであったが、まるでその考えを見透かしたかのように再びあの声が聞こえてきた。
「この中です。この暗闇のなかですよーー」
いきなりのその声に驚き、メアは思わず駆け足で後退した。
「いやぁ突然の無礼をお許しいただきたい」
初対面とは思えないほどの馴れ馴れしい声は怯えているメアをよそ目に話を続ける。
「それよりもお嬢さん。占いとかどうでしようか?」
「うらない......?」
「そうです。占いですよ。ウ・ラ・ナ・イ」
メアは目の前で起きているあまりにも不可思議な光景に恐怖を覚えずにはいられなかった。
「い、いえ......お金とか、持っていませんし......」
メアは震えた声でそう言うと、崩れかけた跡の残るその顔を隠さんとばかりに、その場から立ち去ろうとすると、それを止めんとばかりに暗闇の中から再び男の声が聞こえてきた
「いえいえ。お代なら要りません。なんなら中に入ってもらわなくと、その場で立ってもらっているだけで十分ですので。それに......」
「それ...に?」
「お嬢さんは今、自分のことに深い悩みを抱えているとみえる。そう、例えば自身の夢を捨てざるを得なくなったとか......」
その突然の発言にメアは驚きを隠せずにいた。
暫くの間に感じていた恐怖や困惑などといった感情を全部取っ払うような、そんな衝撃である。
「どうしてそれを......!?」
「昔からこういうことは得意なものでして...... まぁそれはともかく」
男はそう言うと、一瞬喉を濁し話を続けた。
「無理に己に鞭を打たなくても大丈夫。お嬢さん、あなたの夢は必ず叶う」
一周回って胡散臭さも感じるセリフであったが、メアにとってはそんなことは気にも留まらなかった。
「なんでそんなこと......」
「いやはや興味を持ってくれて恐悦至極の限りです。お嬢さんの将来______それをどうすれば良いのかは占うまで私にもわかりません」
「しかし、これだけはわかるのです、貴方はそのままで終わるようなお方ではないと。まぁ長年の勘のようなものです。罵っていただいても構いません」
メアは自分の頬を滴る冷や汗を右の裾で拭った。
「いえ...そんな...」
「......少し話が脱線してしまいましたね。それでどうです?占ってみますか?」
さっきとは打って変わった上機嫌な声に、メアは一歩踏み出しこくりと頷く。
「ありがとうございます。では、早速ではありますが______」
男のその言葉と共に、メアは頭上で何かがフッと現れたのを感じた。
その何かが現れた瞬間、辺りは薄っすらとした青白い光に包まれ、壁の凹凸やおおまかな色合いの違いといった情報がメアの目に飛び込んできた。が、入り口の情報は依然として暗闇のままである。
それらの情報を整理したメアは頭上の何かが気になって上を向くと、四つほどの人魂がその身体を揺らがせながら円を描いていた。熱さといったものはなく、まるで男の意思が乗り移ったかのようにステップを踏んでいる。
メアはその光を放つ人魂が自然と気になってジッと見つめた。
町の光とは違い、人魂の光には不思議と怯えというものは感じていない。
むしろ彼女は安心さえ覚えていた。
その姿はさっきまであった怯えや震えといったものはまるでなかったかのようにシャンとして、目の中はまるで尊望の意が込められているかのようである。
数分の時が経った___
相も変わらずにメアはその姿勢を崩すこともないまま人魂に集中している。
すると、光が少しずつ濃いものへと変わっていくのに気づいた。
刻一刻と勢いを増していくその眩しさ。メアは右の手の平を人魂のそばへと運んでいた。
何故そんなことをしているのかはメア自身解らなかった。しかし、メア自身一つだけ理解していることがあった。
このままだと何かが起きてしまう______
そして、その理解は的中した。
指先が触れる間も無く人魂は四つとも急に収束を始め、跡形もなく消え去っていった。そして、辺りには何もなかったかのように暗さが戻る。
メアは思わずあ、と口を開けていると、彼女にとっては久方振りというべきあの男の声が聞こえてきた。
「はい。お疲れ様です。占いの結果が出ましたよ___
メアは息を呑みながらも例の暗闇の方角へと顔を向ける。
___やはりあなたは私の予想通りの御方だ。あなたはそう遠くない未来、ある出会いがあります。そしてその出会いが必ずあなたの夢を救ってくれるであろう。と、私の占いは示しております」
「......本当ですか!?」
「えぇ。あなたの夢は必ず叶います。ただ、それを実現するために必要なことがありまして」
「必要こと...ですか?」
「はい。それはあなた自身がその夢を信じ続けることです。もしもその夢を捨てるようなことがあればこの未来が訪れることは無くなるでしょう。当たり前のことかもしれませんが......」
男のその言葉を聞き入れると、メアは軽く頭を下げた。
「あの......色々とありがとうございました」
「いえいえいえ、なにも頭を下げられることはしていません。それに元々あなたを引き留めたのは私ですし...... あぁそれと!」
男は唐突に何かに気づいたかのように声をあげた。
「実はあなたに渡している物があったんです」
メアは首を傾げた。
「さっき人魂が消えた際にあなたの右ポケットに仕込ませていただきました」
フッと少し驚いたメアは慌てて右手をつっこむと何か固い手触りを感じた。
取り出してみるとそれは人魂と同じような色合いの宝石だった。装飾などといったものはなく、雑多に削られているだけの小さな石である。
「私からあなたへのお守りみたいなものです。あなたに必ず良き未来が訪れるように...まぁ何かというと神頼みみたいなものですね」
「神頼み、ですか」
「私は結構信じている人なんです。こうなんというか、ロマンがあると思いませんか?」
「はぁ」
メアは淡白そうに答えた。
「......すみません唐突に。では私はこの辺りで失礼させていただきます。この後大事な用事があるもので」
落ち着きのある声と共にその場には静寂の時が戻った。
メアの視線は手の中にある宝石に向いていた。
そしてしばらく見つめた後、右ポケットにしまうと再び表に出るために歩き出したのだった